●リプレイ本文
豪華で優美な衣装に身を包み、紳士淑女が華麗にダンスを踊っている。
遠目で見る事しか出来ない彼女は、一人ため息をついていた。
舞踏会の会場に入る事も出来ず、シンデレラはうらやましそうに眺める。
その時、どこからともなく聞こえてきた声‥‥。
『シンデレラ‥‥』
シンデレラが振り返る。ゆっくりと視線を巡らせながら、一歩二歩‥‥と歩いた。確かに今、自分の名前を誰かが呼んだはずなのだが。
と、突然曲がり角から誰かが出てきた。視線をそらしていたシンデレラは避けきれず、ぶつかって床に倒れてしまった。
「すまない、気を取られていたものだから」
シンデレラが視線をあげると、そこには美しい衣装を着こなした男性が立っていた。風に舞う、輝くブロンドヘア、彼女をまっすぐ見つめるサファイアのような瞳。
騎士と、黒髪の青年を連れている。どちらもまだ、二十歳にならない少年だ。
男性はシンデレラに手を差し出すと、そっと助け起こした。
「申し訳ありません‥‥衣装を汚しませんでしたでしょうか?」
「全然大丈夫だよ、気にしないでくれ。僕の名はアスター。‥‥何かあったら、言いに来てくれたまえ」
シンデレラはぽうっと顔を赤くして、彼の背中を見送った。
そのとき、再びシンデレラの耳に届いた、あの声。
『‥‥おいでシンデレラ』
「私を‥‥呼んでいるの?」
再び歩き始め、シンデレラは声の主を追い求めて外へと歩き出した。
外は夜風が優しく吹いている。
ふ、とシンデレラが屋敷の向こうを見ると、暗がりの中に影がある。
「あなたは誰なの?」
近づいていくと、そこには若い女性が立っていてシンデレラを見つめていた。
「シンデレラ、行こう」
「‥‥ど、どこへ?」
「舞踏会に参加したいと思わないか?」
もちろん、シンデレラも舞踏会に参加したい。しかし、この薄汚れた格好で舞踏会に行くわけには‥‥。
手際よくドレスの縫い目をほどいていくサラフィル・ローズィット(ea3776)の手元を、感心しつつ見下ろしていたシンデレラの手を、女性が引く。
ちら、とサラが女性を見ると、声をかけた。
「ルシエラさん、そこにある衣装はミリアさんに渡して頂けますか? 外に来ているはずですから」
サラが作業をしているテーブルの端には、淡いピンクを基調としたドレスが置かれている。
「分かった。サラ、衣装は頼んだよ」
ルシエラ・ドリス(ea3270)が部屋を出ると、シンデレラは何が何だか分からずに部屋を見回した。
何故彼女たちが、何の為に自分を屋敷に連れ戻したのか。
サラは微笑を浮かべ、シンデレラに答えた。
「魔法使いさんは、教えてくれませんでした?」
「舞踏会に‥‥参加したくはありませんか、と‥‥」
「そう、舞踏会に行きましょう」
ふう、と息をついてサラは椅子から立ち上がると、今まで縫っていた衣装をシンデレラの体にあわせた。青と白の、刺繍が美しくスカートを飾ったドレスだ。
「この衣装、アスター様のお屋敷から頂いて来たんです」
「ア、アスター様‥‥あの方ですか? こ、こんなものをどうするのですか‥‥」
「あなたが着るのです」
どうしていいのか混乱しているシンデレラを落ち着けるように、サラは笑顔を絶やさずにドレスを手渡した。
「‥‥お節介の妖精が来た、と思ってください。いつも献身的なあなたの心が通じれば、幸せはきっと訪れますよ。‥‥さあ、これを着て」
無言でシンデレラはドレスを受け取る。
サラが仕立てたドレスは、シンデレラにぴったりのサイズだった。うれしそうにサラが笑い、そうっと首に手を回した。冷たい金属の感触が、首筋に伝った。
それは、サラが付けていたクロスであった。
「‥‥首もとが寂しいようですから、これをお貸しします。お守りだと思って、持っていってくださいませ」
「サラ‥‥さん、ありがとうございます」
「いいんです。‥‥さ、あとはダンスの練習だけですね」
サラが視線を向けると、ドアからルシエラと礼装の少年が入ってきた。ルシエラはメイド服に着替えている。ルシエラが着ているものも、屋敷から借りたものであった。
「サラ、他の服は無かったのか?」
「ごめんなさい、皆さん礼服か騎士としての格好で会場に入るようですから‥‥わたくしものメイド服を着させて頂きます」
アスターの屋敷から支給された、黒いメイドの衣装を指してサラが言った。サラも着るなら致し方ない。
ふうと息をつくと、ルシエラはドアの向こうに声をかけた。
「ヒール、そろそろ始めよう」
そうっとドアを開け、ヒール・アンドン(ea1603)が中に入ってきた。ヒールもまた、礼服を身につけている。年ならばルシエラより年上なのだが、ヒールは顔立ちがやや幼く、年下に見える。
「ヒールと申します。‥‥お姉さん達が帰ってくるまで時間がありませんし、とにかく基礎だけお教えします」
「でも‥‥私、ダンスは幼い頃に少しだけ教わっただけで‥‥」
「大丈夫、お相手がエスコートしてくださいますから」
ヒールに手を取られ、おずおずとシンデレラはステップを踏み始めた。
サラは裁縫道具を仕舞いながら、その様子をほほえましく見つめた。
ガラガラと車輪の音を響かせ、シンデレラの屋敷から馬車が出ていく。街頭に立ってその馬車をじいっと見送ると、少女は歩き出した。
ととっ、と後ろから馬の足音が聞こえる。
後ろからスティル・カーン(ea4747)がついてきているのを、ちらりと視線を向けて確認すると、ヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)は屋敷のドアを叩いた。
しばらくして、一人の女性が顔を出した。髪も結い上げ、サラの縫ったドレスを身につけ、首からはサラが貸したクロスがかかっている。
「美しいですよ、姫君」
騎士装束姿のアイゼンは、すうっとシンデレラに手を差し出した。
「馬車は用意出来ませんでしたけど、会場までは彼がお送りします」
愛馬に乗ったスティルが、シンデレラの前に付ける。アイゼンはシンデレラに手を貸すと、彼女を馬の前に誘導した。
「皆さん‥‥私‥‥」
「しっかりなさってください。‥‥あなたは望んだ。一度でいいから、舞踏会に行ってみたい、と。‥‥この機会を逃したら、あなたはもう夢に焦がれる資格すら失ってしまう‥‥あなたの前にあるチャンスを、掴むんです」
アイゼンの強い口調を受けて、シンデレラは馬を見上げた。アイゼンの助けを受けて、シンデレラが馬に乗ると、スティルが自分の前にシンデレラをしっかりと抱え、アイゼンを見下ろした。
「スティル、会場に遊士が待っている。彼に預ければいい」
「分かった。‥‥アイゼンはサラと遅れないように来いよ」
馬を急かし、スティルは会場へと馬を馳せた。
風から避けるように目を細め、シンデレラがスティルを見上げる。
「何故こんな事をしてくださるんですか?」
スティルは無言で、シンデレラを見下ろす。
そして視線を戻し、口を開いた。
「俺達はアスター氏から、会場警備を依頼されている。そのついでだ」
「ついで‥‥ですか」
その割に手が込んでいるようだが‥‥。シンデレラの言いたいことがわかったのか、スティルは話を続けた。
「その調子じゃ、いつまでたっても舞踏会に行けやしないだろうからな」
そう言うと、スティルは口を閉ざした。
アスターの事をスティルから聞こうとしたが、スティルはそれきりシンデレラには答えてくれなかった。一言二言、そっけない言葉を返すだけのスティルから話しを聞き出すのをあきらめた頃、スティルの馬は会場に到着した。
スティルが会場の前まで駆け込むと、門前にそわそわした様子で遊士璃陰(ea4813)が待っていた。
「待ちくたびれたで」
「すまんな。‥‥後は頼むぞ、俺は馬を戻してアスターの所に戻る」
馬を下りると、手綱を引いてスティルはさっさと行ってしまった。
「‥‥あ、まあスティルの事は放っといて、それじゃシンデレラも行こか」
気を取り直して、遊士はシンデレラの手を取った。屋敷玄関では、メイド服を着たルシエラが待っているのが見える。
「遊士、アイゼンはまだ? アイゼンがエスコートをするって言ってたんじゃないのか」
「もうちと待ちいな。‥‥で、例の王子様はどれなんや?」
すう、とルシエラが指をさす。会場内の向こう端に、人に囲まれた青年が立っていた。
遊士がにんまりと笑みを浮かべる。
「なんや、なかなかええ男やんか。これなら‥‥」
と言いかけ、遊士はルシエラににらまれているのに気づいて口を閉ざした。
先ほどから、しきりに入り口の方を見ているティム・ヒルデブラント(ea5118)に、アスターがそっと耳を近づけて聞いた。
「何かあるのか?」
「あ‥‥いや、何でもありません」
あわててティムは答え、視線を会場内に戻す。
手はず通りにシンデレラを会場に案内しているはずだが、やはり気になって仕方ない。やがて会場の入り口からスティルが歩いてくるのを見つけ、軽く手をあげて招いた。
「‥‥無事に到着したぞ。後はアイゼンの到着を待って、ここに来る予定だ」
「そうですか‥‥それなら良かった」
ティムがほっと一息つくと、スティルが険しい表情でティムに顔を寄せた。
「アンタ、どういうつもりだ」
「何がですか?」
「先日、わざとらしいイベントを仕込んだだろう」
ああ、とティムは苦笑して頭を掻いた。
彼が言っているのは、曲がり角でぶつかった件だろう。
「第一印象は肝心です。‥‥でも、話の種にはなりますよ」
ちら、とティムが会場の入り口に目を向けると、アイゼンが入ってくるのが見えた。ティムの視線を追い、スティルもシンデレラとアイゼンの姿を確認する。
それと同時にシンデレラの母親と姉に目を向けるが、どうやら彼女たちは気づいていないようだった。
シンデレラの母親の近くには、メイド姿のルシエラが、アイゼンの後から入ってきたメイド姿のサラがルシエラに近づく。
一方、ミリア・リネス(ea2148)は会場内をドレス姿で歩いている。時折声を掛けられたりしているが、彼女は困ったように手を振って、あわただしく駆けていった。
「‥‥あれでは、どこかの姫には見えんな」
ぽつりと言ったスティルに、ティムは苦笑で答えるしか無かった。
せっかくサラにドレスを貸してもらったのに、なんだか迷い込んだ市民のようだ。ミリアはダンスの誘いを断りつづけながら、会場の端に逃げた。
ダンスは踊れないし、誘われても困る。
冷静さを取り戻そうと、ミリアはグラスを取った。その視界に、こちらを見ているスティルとティムを見つけ、手を振りかけてミリアは手を止めた。
じっと二人を見ていると、スティルが軽く視線をどこかに向けた。
「え? ‥‥あ、ああ‥‥」
どうやら、あの姉と母親を何とかしろ、と言いたいらしい。
グラスを持ったまま、ミリアは歩き出した。
慣れないドレス姿は、ミリアの動きを束縛し続ける。視界の中にあるシンデレラの姉が、アスター氏を見つめていた。その足がアスター氏に向いたと分かり、ミリアは足を速めた。
「ちょ‥‥ちょっと待ってくださ‥‥あっ!」
その瞬間、ミリアの足は自分のスカートの裾を踏んでいた。
手を離れるグラス、そして宙を舞う、ワイン。
あっ、という間にワインは姉の頭から降り注いだ。
ミリアは、というと、何とか派手に床へ転ぶのだけは避けて、起きあがってきた。
視線をあげたミリアの目に、怒りにふるえる姉と、何事かキーキーと叫んでいる母の姿が映った。
いや、確かにこれを狙っては居たのだが‥‥姉の邪魔をしようと思っては居たのだが‥‥まさか、本当に転んでしまうとは。
「ご、ごめんなさいっ‥‥大丈夫ですか?」
オロオロとミリアが見回すと、すぐにメイドと給仕が駆け寄った。
遊士とルシエラだ。
遊士は姉の手を取ると、そっと引いた。
「向こうでお着替えなさってください。大丈夫、アスター様にはお伝えしておきますから」
「ア、アスター様に?」
姉と母は、その名前に即答した。
「ええ、そうしてくださいな。きちんとアスター様にお伝えしてね」
ミリアに一別もくれず、姉と母親はいそいそと会場から姿を消した。
あこがれの王子様が、今目の前に立っている。
アスターが、自分に手を差し出している。
「君がルシフォーニュ殿の姫だとは、気づかなかった。‥‥無礼を許してくれ」
彼の背後には、曲がり角でぶつかった時に居た、あの青年が立っている。どうやら彼、ティムが父親の件をアスターに話してくれたらしい。
「アスター様、彼女は父親不在の間、献身的に姉君と母上に尽くされたそうです」
「‥‥いいえ、私は妹ですから‥‥お姉さまとはお話されましたでしょうか」
この期に及んで姉の話をしてしまい、シンデレラは顔を赤らめた。
「御父上には何度かお会いしたが‥‥ああ、失礼。まずはダンスをお願い出来ますか?」
さっと手を取られ、シンデレラはこくりと頷いた。
楽しそうに会場でダンスを舞い、時折笑顔を浮かべているシンデレラを、ミリアとルシエラがうっとりと見つめていた。
「素敵だね、王子様と姫の運命的な出会い‥‥」
「そうですよね〜」
ミリアは、二人の様子をじっと見つめていた。
「せやったら、行って楽しんできいや。ほら、ミリアもヒールも」
「え? 本当ですか?」
きらきら目を輝かせながら、ミリアが胸の前で手をぎゅっと握りしめた。遊士はこくりとうなずく。次にミリアがルシエラを見返すと、ルシエラは首を振った。
「メイドの格好で、踊れない。それに会場警備もしなければならないからね」
「‥‥遊士さん一人で、お仕事をさせる訳には‥‥」
ミリアは嬉しそうな顔をしているが、ヒールは遊士だけを置いて自分達だけ行ってしまう事にちょっと罪悪感を感じた。
しかしけろっとした様子で、遊士はパタパタと手を振った。
「ええってええって、ここはわいに任せとき。あの貴族の兄ちゃんには、ちゃんと仕事しとったって言うさかいに。‥‥まあ、あの様子やったら、周りは見えてへんやろ」
シンデレラと楽しそうに話している『王子様』の様子をちら、と見ると、ヒールがミリアと向き合った。顔を真っ赤にして、ヒールが口を開いた。
「あの‥‥それじゃ‥‥せ、せっかくですから僕と‥‥踊っていただけませんか」
あの、いえ、せっかく舞踏会に来ているんですし、とヒールがまるで言い訳のようにあれやこれや言うと、ミリアもぽうっと顔が赤くなった。
「私で‥‥よろしければ‥‥」
そうっとヒールが、ミリアの手を取った。
足を躓きそうになるミリアを、ヒールはシンデレラに教えたように‥‥いや、それ以上丁寧に、ステップを教えた。
(担当:立川司郎)