●リプレイ本文
指定の場所まであとわずか、という距離に迫り、戦闘を歩いていたシン・ウィンドフェザー(ea1819)が足を止めた。ギルドからの報告によれば、ここからしばらく歩いた所に巣の入り口があるはずだ。
前方から何かが近づいて来るのを確認したシンは、視線を右方向へと向けると、それから後ろを歩いていた源真霧矢(ea3674)を振り返った。
「‥‥戻ってきたらしい」
巣がある方から、小柄な影が駆けてくる。その側に、それよりさらに小さな影が飛び回っていた。
元気良くシンの前でぴたりと足を止めた、パラのマート・セレスティア(ea3852)は、息切れさせていたが、黄牙虎(ea4658)の方はずっと飛行していたので、そうでもなさそうだ。
「どないやった、二人とも」
源真が聞くと、マートがまず口を開いた。
「北側の方には、入り口にゴブリンが三体ほど立っていたよ。多分、ギルドでA群って書いてたやつらだと思う」
「南側の方も、同じようなのが居たわ。残りは奥だと思う」
「ご苦労さん、二人とも」
源真はさて、と一呼吸置くと、話を切り出した。
「どないする」
「俺は、二班に割けて時間差で攻撃を仕掛けるのがいいと思う。洞窟内に残っているなら、集団で戦うには不利だし、全員こっちに向かってきてくれるとは思わない」
シンの答えに、ガゼルフ・ファーゴット(ea3285)が頷いた。
「そうだな、どっちかの入り口から逃げられるかもしれないし。‥‥で、あんたは何か案があるのか?」
俺はあんまり思いつかないけど、とガゼルフがからからと笑った。シンは皆を見回すと、話し出した。
「どちらかの入り口でおびき寄せている間に、別の入り口から進入して挟撃する。洞窟内じゃ動きが取りづらい為、洞窟に入るメンバーの方を少なくするべきだと思う」
「せやったら、わいは中に入る方にさせてもらうけど‥‥ええか? わいが見た所、こん中でそこそこ剣が使えるのは‥‥わいとシン、そんでこのねえちゃんやろ。せやったら、わいとシンが分かれる方がええ。少数精鋭っちゅう事で、ねえちゃんはわいと来るな?」
と、源真はカタリナ・ブルームハルト(ea5817)を指した。カタリナはきょとん、としてシンを見る。そしてこくりと頷いた。
「後は回復役やけど‥‥牙虎がつれてきとんのやったな」
黄のフォローに来ているクリミナが回復役となり、黄とともに外でおびき寄せる事となった。これにより洞窟の中に入るメンバーは源真、カタリナ、シンのフォローで来ているセーツィナと七刻。外で待つのはシン、リア・アースグリム(ea3062)、ガゼルフ、黄、アルジェント・ディファンス(ea4472)、マートそして黄のフォローにララ、とクリミナが入る事となった。
「荷物は、馬に乗せて置いていった方がいいと思います。洞窟の中には連れて行けませんから」
静かな口調で、リアが言った。確かに馬は洞窟での戦いに連れて行けない。洞窟に入る源真も、どこかに馬をおいていく事になるだろう。
「源真」
つんつん、と肩をつつく黄に、源真が自分の肩を見下ろすと、黄が荷物を差し出した。
「‥‥何や、これ」
「馬に載せるに決まっているじゃないの。‥‥お兄さまと例の真似をされたくなかったら、馬に置くのを許可するのよ」
何故か偉そうな、黄。源真ははは、と笑うとうやうやしく頭を下げた。
「ご随意に〜」
シン達が到着した南側の出口は、北側の出入り口に比べてやや狭くなっていた。腕組みをして、その岩穴をじっと見つめ、アルジェントがシンを見返した。
「こっちから先に攻撃する事になっていたわよね。‥‥私は砲撃台だからグラビティーキャノンを撃つだけなんだけど‥‥普通に撃ったら、みんな巻き添えになるわよ。‥‥まず最初に撃った方がいいと思うけど、どうかしら」
「そうだな‥‥制圧には時間がかからない方がいい。効果的にグラビティーキャノンと直接攻撃を併用して、さっさと片づけよう」
どっちが先に頭の首を取るか‥‥酒代でも掛けるか。シンはそう呟くと、笑った。
ゴブリン達が目にしたのは、一人で森から出てくるエルフの少年だった。
少年は自分達を見つけると、にかっと笑った。
「ほらほら、さっさと来いよ! 相手になってやるぜ」
顔をつきあわせ、しばらく突っ立っていたゴブリンだったが、元々それほど頭の良くない連中の事。斧を振り回しながら、こちらに向かってきた。
ガゼルフは剣を握りしめ、ちらりと後ろに視線を向ける。そしてマートがガゼルフに伝えた通り、森に向けて駆けだした。
逃げれば追う。
ゴブリンが二体‥‥三体。すう、とガゼルフが横に避けると、マートがロープを思い切り引っ張った。立て続けに三体、ロープに足を取られて地面に転がる。
そこに、アルジェントのグラビティーキャノンが空を薙いだ。向こう側から駆けつけた残る一体も巻き込み、グラビティーキャノンがゴブリンを転倒させる。
「行けっ‥‥!」
立て続けに、ガゼルフがソニックブームを放ち、シンとリアが剣をたたき込んだ。あっという間に三体を動かなくさせると、リアが視線を入り口の方へと向けた。
「‥‥まだ居ます」
リアの視線の先に、穴から出てくるゴブリンが映る。今倒した三体と同じように斧を持ったものが一体、そしてそれよりやや大きめで鎧を身につけたものが一体‥‥。
「多分、A群はあれで最後だね。‥‥そろそろ、洞窟に別働隊が入った頃かな‥‥」
マートが、森の北側へと目を向けた。
洞窟の中は、セーツィナの明かりがあってもまだ薄暗く、しかも空気がこもっていた。何か、肉が腐敗したような臭いがかすかに鼻につく。
「なんか‥‥死体とか出てきそうな感じだね‥‥」
剣を握りしめたまま、カタリナが眉を寄せる。中はそれほど入り組んではいなかったが、とにかく狭くて暗くて臭い。
「何や、ズゥンビ怖いんか?」
「こ、怖くなんて無いよ!」
ずんずんとカタリナが歩き出す。その後を、苦笑まじりの表情で源真が続いた。
「ゴブリンの被害って、あちこちで出てるでしょ。だからさ、僕が頑張って‥‥被害が少なくなればいいじゃないか‥‥」
「せやな。カタリナはんは、なかなか勇気がありはるわ〜」
「あのねぇ‥‥」
カタリナが振り返った時、源真が右手を刀の柄に手を掛けた。左手の鞭をふり抜き、カタリナの後方に叩く。振り向きざまに、カタリナも剣を斜めに振った。
源真の鞭が捕らえた一体に、カタリナの剣が食い込む。
「カタリナはん、もう一体を頼むわ。七刻はんとセーツィナはんは、わいらのフォロー、頼むで」
カタリナと源真が相手をしているゴブリンの背後からは、もう三体が迫ってきている。一番後ろに居るゴブリンがリーダーである事を確認すると、源真は七刻に声を掛けた。
「五体を二人で防ぐんは、限界がある。魔法で弱らせた方が、ええやろ!」
「分かった」
七刻のサンダーボルトが源真とカタリナの間を抜け、洞窟を一瞬照らした。サンダーボルトはカタリナのマントを少しだけ焦がしたが、カタリナはかまわずサンダーボルトで弱ったゴブリンに剣をたたき込んだ。
まだ、洞窟の奥に気配がある。源真が、カタリナと間を取りながらゴブリンの進行を食い止めているが、源真にはまだもう一隊が近づいているのが分かった。
「あかん、まだ来る。‥‥巣長の群れやないとええんやけど‥‥」
ぴく、と源真が顔を上げる。洞窟内が音を立てて振動していた。振動はしばらくして止まったが、どこかで何かが崩れる音が聞こえる。
いったんはこちらに向かっていた群れが、向こうに引き上げていく。その間に、源真が声を上げた。
「今のうちに片づけて、あっちと合流するんや! ‥‥どうやら入り口壊したようやな」
「‥‥分かってる、片づいた!」
カタリナは、最後の一体にとどめを刺すと、剣を握ったまま振り返った。セーツィナが指さすのに気づき、自分の体に視線を落とす。いつの間にか、肩口を切られていたようだ。
あはは、と笑いながらカタリナが傷をマントで拭く。
「ポーションを持ってきていたんだ。‥‥怪我した人が居たら使おう、と思って。でも自分に最初に‥‥使えないよねぇ‥‥まだ大丈夫だよ」
「その調子や。よっしゃ、そんじゃ行くか!」
カタリナは源真に、こくりと頷いた。
崩れ行く土が、入り口に居たゴブリン達を巻き込んでいく。立て続けに放ったグラビティーキャノンが入り口を崩し、ゴブリンを押しつぶした。入り口は完全にふさがれてはおらず、上半分が覗いている。土の下敷きにならなかった二体が、こちらに出てこようとしているのが見えた。
「まだ‥‥行く?」
アルジェントが、シンを見返す。だが、ガゼルフがアルジェントに声を放った。
「いや、奥から出てくる!」
「一気に片づけるぞ」
シンが駆けだすと、黄がララと視線を交わして飛び出した。リア、そしてガゼルフも続く。
ゴブリンが六体、鎧を着ているゴブリンが二体。うち一体はフレイルを持っていた。フレイルを持ったゴブリンが、後ろで何事か声を上げている。
「なあ、アレが一番えらい奴なんじゃないの」
マートに言われ、シンがそちらを見た。しかし、まず目の前の六体を倒さない事には近寄れそうにもない。シフールの黄とララはゴブリン達の周りを飛び回ってソニックブームを放っているが、シフールの攻撃だからではなかろうが、さほどダメージを与えられない。
シンとリア、ガゼルフ、そしてマートが前面に出て、後ろのアルジェントとクリミナをガードするように動く。
ナイフを使うガゼルフとマートでは、後ろの二人を防ぎきれない。
そう思い、必死に剣を振るリアは、次第に戦いに熱中していた。
グラビティーキャノンしか撃つ術のないアルジェントは、リアの様子に気づいていた。しかし彼女を止めようにも、止める事が出来ない。
「‥‥マート、リアを‥‥」
その時、洞窟の奥から別班のカタリナが顔を出した。
カタリナは、まず目についたゴブリン一体に剣を振る。後ろから現れた源真が、鞭をふるい、巣長と思われるゴブリンの剣に絡ませた。
気づいたゴブリンが剣から力を抜いて鞭をほどくと、カタリナと源真へとフレイルを振り回す。フレイルの動きに対応出来ないカタリナの肩にフレイルの先がたたきつけられ、カタリナが体勢を崩した。
「‥‥こっちはええから‥‥そっちは頼むわ」
「牙虎、ララ、悪いが一体引きつけておいてくれ。マートとガゼルフ、一体ずつ頼む」
シンは素早く指示すると、一体にとどめを刺した。残る一体をリアと二人で片づければ、後は速い。出来ればアルジェントの魔法で‥‥。
シンがアルジェの視線に気づくと、リアは必死に剣を振るっていた。自分が傷を負うのも気にせずに。
誰かの腕が自分を掴んでいる事に気づき、リアがようやく視線をあげた。
心配そうに、マートが自分の手を掴んでいる。ゆっくり後ろに視線を投げると、ガゼルフが抱え込んでいた。ガゼルフはぱっ、と手を離してリアから離れると、声をあげた。
「い‥‥いや、別にやましい事があった訳じゃなくて‥‥」
「どうしたの、リア」
眉を寄せ、マートが聞く。リアは黙って自分の傷を見下ろし、それから洞窟の方を見た。どうやら、戦いはもう片づいているらしい。
「巣長は僕と源真さんが、やっつけちゃったよ。‥‥他のゴブリンは、シンさん達が‥‥まあ、ほとんどリアさんが片づけちゃったかな」
カタリナに言われ、リアが深く息をついた。
「私‥‥」
「リア、戦いの最中に違う事に気を取られるのは、あんまり感心しないわね」
アルジェントの冷静な口調に、リアはただうなだれてこくりと首を振る。
「ごめんなさい。私‥‥あの‥‥」
「いいのよ、無理に話が聞きたい訳じゃないから」
ぽん、とアルジェントが肩に手を置いた。
きょろきょろと見回し、しんとした空気を裂くようにカタリナが声を上げた。
「さあ、勝利の雄叫びをみんなで‥‥」
「なんやそれ‥‥」
眉をしかめた源真に、くす、とリアが笑った。
(担当:立川司郎)