●リプレイ本文
森に囲まれた狭い村の中心部に立つと、山の麓にそのほこらのてっぺんが見えた。木々の合間の岩場に、岩を削って作った装飾が見える。豪華な装飾ではないが、ここから祠を見つける為の目印にはなっている。
先に村を一回りして来たノルマンのファイター、マルス・ラティーア(ea3001)と、神聖騎士のディアルト・ヘレス(ea2181)は、ウイザードのナスターシャ・エミーリエヴィチ(ea2649)へと村の印象をざっと話した。
「ギルドに依頼したのは、この村の村長のようだね。ゴブリンが現れたのが数日前。村の青年が一人、祠に行ったまま行方不明になっているらしい」
「ゴブリンの群れは大きいのですか?」
マルスに、ナスターシャが聞き返す。
「いいや、3、4体らしい。ただ‥‥行方不明になっている青年の婚約者が、祠への捜索に加えて欲しいと言っていて‥‥」
むろん、マルスはそんな要求をのむ事は出来ない。ナスターシャは振り返ると、ただ一人ゲルマン語が話せないヴォルディ・ダークハウンド(ea1906)へマルスの話を簡単に通訳してやった。
「連れて行け? ‥‥それって、戦えるのか」
「いいえ。‥‥村の人の話では、ショックで自暴自棄になっているらしいですね。居てもたってもいられない‥‥という所ですね」
ヴォルディはぽりぽりと頭を掻くと、ため息をついた。
「‥‥俺、そういう辛気くさい女は苦手なんだよな。まぁ、邪魔にならないように他の奴らに頼むわ」
「そういう強気の態度で居られる状況だと思っているのですか、ヴォルディ。誰が大切な旅の資金を‥‥」
「わかったわかった。‥‥じゃ、説得は誰かそういうのが得意なやつに頼んでくれよ」
ヴォルディの様子を見て察したのか、マルスが眉を寄せてヴォルディへ言い返した。
「何か不満でもある?」
「‥‥いいえ、カレンさんに元気出して欲しい、と言ったんです。気にしないでください」
と、ヴォルディに代わってナスターシャが答えた。
「では私たちは祠の方に向かいます。あなた方はどうしますか?」
「村を空ける訳にはいかない。あんた達が行くなら、俺はここに残ろう」
ヘル・ディラ(ea2952)がナスターシャに答えた。
その祠は、もう二百年以上昔からそこにあるらしい。村の者でも、その祠がどういういきさつで立てられたのか、はっきりとは知らなかった。
祠についてマルスとともに村長に聞いて来たディアルトは、祠について話し始めた。
「ここはしばしば水不足に悩まされるらしく、その際に祠へ祈りを捧げたら水がわき出すと信じられているらしい。‥‥村の者も信じては居ないらしいがな。ゴブリンがそれを知っているのかどうかは分からないが、ゴブリンがしばしば襲撃するのは確かだな」
「そんな何度もゴブリンに狙われるなら、余所に移せばいいのによ」
「ヴォルディ殿! その祠は、村人達にとって大切な信仰の場でないのか。移せば良いというものでは無いぞ」
ディアルトは、声を荒げて言い返した。
「モンスターに狙われちゃ、信仰も何も無いだろうが。‥‥まぁもう、いっそ全部燃やしたら‥‥」
と、そこで通訳していたナスターシャが足を止めた。ヴォルディが振り返る。
「今回の依頼は、祠を燃やす事ではありませんよ。では何? あなたの家にモンスターが押し掛けて来たら、燃やして一掃するというのですか。それは手早く済みますねぇ、今度からそうしましょうね」
「‥‥スペイン語で言ってくれよ」
「簡単な言葉しか話せないんだから、仕方ないじゃないですか。だったら、あなたがゲルマン語を覚えればいかがですか?」
平然と、ナスターシャは歩き出した。
強い口調で何やら言い合うナスターシャとヴォルディの様子を心配そうに見ていたルフィスリーザ・カティア(ea2843)は、前方に視線をやって声をあげた。
「あ‥‥あれ、祠じゃないですか?」
リーザの指さす先に、小さな石造りの祠が木々の合間に姿を現す。二人とも喧嘩を止め、そちらを見た。
カレンは、まだ十七歳になったばかりの、顔立ちの幼さの残る少女だった。最初は硬い表情をしていたが、リル・リル(ea1585)がオカリナで演奏をはじめると、少しずつ表情が軟らかくなっていった。
「よ、よかった‥‥です」
「?」
カレンがうつむき加減でそう言ったイフ・エスケープ(ea2642)を、見返す。
「やっぱり‥‥あの、ヘルさんが言うように、い、生け贄は‥‥よ、よくない‥‥です」
「そうよ、ちょっと言い方は悪いけど、ヘルくんもカレンさんが命を捨てるのは良くない、って言おうとしたのよ、きっと」
リルも、イフに同意する。つい先ほどまで、ヘルとマルスがこのカレンの部屋に来ていた。ヘルは、白の教義を信じるディアルトとは違い、黒の教義を信仰している。カレンに会い、カレンの思いを聞いたヘルは、強い口調で言った。
「バカか、そんな事をされては、こっちも村人も迷惑だ。生け贄を差し出したからといって、あのモンスターどもが居なくなるという保証はあるまい」
リルはパタパタと飛び回りながら、カレンに言った。
「ヘルくんは言ってましたよ。ヒューイが死んだともかぎらない、って。祠に行ったナスターシャちゃん達を、待っていようよ。‥‥ほら、あたしがクックルですてきな曲を聴かせてあげるから!」
「クックル‥‥ですか?」
カレンが、聞き返す。
「うん、クックルはこのオカリナの名前‥‥ううっ‥‥」
と、急にリルが泣き出した。何か自分が悪い事を聞いたのか、おろおろとカレンがイフを見る。イフにも何がなんだか、分からなかった。
「ううっ‥‥あたし、本当はお糸ちゃんと一緒に、カレンちゃんへ演奏してあげられるはずだったのに‥‥」
「お、お糸ちゃん‥‥ですか?」
「そうです、イフちゃん。お糸ちゃんは、あたしの運命の相手。パリのエチゴヤで一目惚れして買ったのに‥‥重くって、持てなかったの!! ‥‥ううっ、お糸ちゃん‥‥」
結果、お糸ちゃんは再びエチゴヤの元に戻っていった。
「‥‥そ、そんな事があったんですか‥‥リルさん‥‥」
何故か、イフもつられて泣いている。
「お二人とも、元気出してください‥‥あの〜‥‥また買い戻せばいいんですから。もっと強くなったら、きっと持って冒険出来るようになりますから」
「そうよね!」
「‥‥そ、そうです」
イフは、ぎゅっとカレンの手を取って握った。
「あのぉ‥‥えっと‥‥カレンさん、今の言葉と‥‥同じだと思います。‥‥私たちに、カレンさんの人生についてどうこう言う権利はありませんけど‥‥あなたの指にある銀の指輪は、あなたを責める権利が‥‥あ、あると思います」
カレンが、静かに指輪を見おろす。
「ヒューイさんが生きている‥‥なんて安易な言葉で今、安心させるつもりは‥‥ありませんけど、あなた自身が事実を知り、その結果を受け止められるまで‥‥それまでは、信じて待っていてげられる‥‥はずです」
「そうよ〜、ねぇカレンちゃん、祠に行ってみようよ。そうしたら、カレンちゃんにも何か分かるかもしれないし‥‥それにちゃんと事実を知る事が出来るよ」
大丈夫、あたし達が守ってあげるよ、とリルは元気良く笑って言った。
振りかざしたヴォルディの剣が、最初の一体に食い込む。
「‥‥三体‥‥四体か。怪我したくなきゃ、下がってろよ!」
ヴォルディは、剣を更に上段から叩き付ける。ナスターシャとリーザを挟んで、ディアルトがヴォルディの反対側でゴブリンの攻撃をくい止める。
ヴォルディとディアルトが盾になり、その間に二人が魔法で‥‥というのが常套手段なのだが、はっと気づくとヴォルディの後ろにいたリーザがナイフを出していた。
「あっ、危ねぇ!」
ヴォルディの脇をかすめてゴブリンにざく、と命中したリーザのナイフ。
「えいっ」
「えい、じゃねぇ! ‥‥普通、バードが前に立って戦うか? 退け!」
ぐい、とヴォルディがリーザを後ろに追いやる。ヴォルディが何を言っているのかは分からないが、ディアルトには彼が“何を言いたいのか”は分かった。
「リーザ殿、前に出ると危険だ」
「ナスターシャさんが詠唱している間、フォローしないと、と思いまして‥‥」
「あなたとナスターシャ殿のガードは、私とヴォルディ殿でする。だから、あなたは詠唱に専念して欲しい」
「‥‥はい、そうですね。すみません」
ようやく詠唱を終え、ヴォルディの攻撃していたゴブリンにウィンドスラッシュで追い打ちを掛け、リーザはムーンアローで支援する。
この数を相手に、ヴォルディはどこか楽しげだ。
「ヴォルディ殿、我々の目的はヒューイ殿の生死を確認する事ではないのか。‥‥ゴブリンはもはや、どうでもいい!」
とディアルトは言い放ったが、通訳するべきナスターシャが詠唱中なので、ヴォルディには彼が何を言っているのか分からない。分かっていた所で、聞かなかったかもしれないが。
ヴォルディはゴブリン退治が先で、居なくなったヒューイの事は興味が無かった。しかしディアルトは、ゴブリン退治はヒューイを探す為の付属のようなものだと、思っていた。神聖騎士であるディアルトにとって、モンスター退治よりも人の命の方が先、というのは当然の行動だったのだが。
「とりあえずゴブリンを倒す事に、専念しましょう。‥‥逃すとまた村を襲うかもしれませんから!」
「了解した」
ディアルトは返答を返すと、ゴブリンを片づける事に専念した。
先ほどのヘルの剣幕に、マルスはなんだか納得出来ない思いを抱いていた。ヘルは黒の教義を信仰しているから、というだけなんだろうか。
ヘルは振り返ると、マルスに答えた。
「‥‥別に、お前が期待している意味なんか無い」
「そう‥‥かな」
ヘルはため息をつく。
「黒でも白でも同じだ。‥‥愚かなる者、デビルやモンスターの脅威に屈服しない。生け贄を捧げるというのは、屈服するという事じゃないか?」
「そうですね」
「その上カレンが自分が生け贄になると思ったのは、村人の為に命を捧げようという殊勝な考えがあっての事じゃない。自分がヒューイとともに死にたかったからだ。‥‥愚かな考えだ」
ヘルはそう言うと、歩き出した。
祠の中には、大量の血痕が残っていた。
呆然とした様子で祠の中に足を踏み入れるカレンの前に、ディアルトが立つ。
「カレン殿、祠の中の安全を私たちが確認するから、あなたは少し待っていてくれ」
ディアルトはランタンに照らされた祠に入っていく。ディアルトに続き、リーザとイフ、リルが続く。ヴォルディは入り口で、見張りをしていた。
壁に散った血を見て、足をふらつかせるカレンをイフが支える。
「カ‥‥カレンさん‥‥」
「大丈夫です」
カレンは気を取り直し、周囲を見回す。リーザとリルは、床を見回して何かを探しているようだった。カレンは、祠の奥に目をやるとふるふると首を振った。
「あそこに天使の石像があったんです。‥‥壊されてる」
「天使の石像に‥‥い、祈りを捧げていたん‥‥ですか?」
「はい。ヒューイは特にあの石像に興味を持っていましたから、よく祈りを捧げに来ていました。行方不明になった日もそうです」
その時、崩れた石像の側で捜し物をしていたリルが声をあげた。彼女の両手に、何かが抱えられている。
「カレンちゃん、これ‥‥ヒューイくんの指輪じゃない?」
パタパタと飛び、リルがそっとカレンの手に銀色のリングを置いた。ランタンの明かりに照らされ光るそれは、飾り気のない質素な銀の指輪だった。
大切そうにカレンは指輪を握りしめ、胸に抱いた。
瞳から涙がこぼれる。
「そうです。‥‥ヒューイ‥‥」
残された血痕と、残された指輪と。
遺体は出なかったが、彼が生きている可能性は、ほとんどないだであろう。
リーザは外で待っていたナスターシャに、悲しそうに声をかけた。
「ナスターシャさん、ゴブリンにテレパシーで話しを聞くとか、何とか出来ないんでしょうか。せめて遺体だけでも‥‥」
「オーク族は独特の言語を使うんです。いかに言語に長けた私でも、オークの言葉は分かりません」
「そうですか‥‥」
祠の中に立ちすくむカレンを、リーザはゆっくり振り返って眉を寄せた。
祠に向かっていた一行が戻って来ると、ヘルとマルスが出迎えた。
「カレンを連れて、どこに行っていたんだ」
怒った様子のヘルにリルが肩をすくめる。
「ごめんなさい。‥‥カレンちゃんを祠に連れて行きたくて‥‥」
「あの‥‥その、悪気があった訳じゃ‥‥二人とも‥‥ど、どこに居たのか分かりませんでしたし」
「聞き込みをしていたんだよ。‥‥探してくれれば、すぐに見つかるだろうに」
広い村じゃなし、とマルスが苦笑を浮かべて言った。
「それに、お前達が居ない間にモンスターが襲撃して来たら、どうする気だったんだ。‥‥まあいい、マルスと二人で祠について調べて来た」
ヘルとマルスは村の長老や、カレンの両親などから祠に関する話を聞いて回っていた。
「マルス達が最初に聞いてきた通り、あの祠は二百年以上前からずっとあそこにあるらしい。水がわき出すというが、祈りを捧げて水がわいた事は一度も無い」
「あの祠に、小さな天使の石像がありましたけど、壊されていました」
リーザが、カレン達と行った捜索の件をヘル達に話す。ヒューイの指輪だけが発見された事も。
「それだけの血痕が残っていたなら、生きては居ないだろうな」
「ヘル!」
マルスがヘルに抗議の声をあげた。ヘルは構わず話を続ける。
「あの祠には、何か魔法が封印されたものがあったのかもしれないな。だが、今となっては真相は闇の中、だが」
「モンスターが持っていった、とは限らないと思います。もし持っていくなら、もっとゴブリンの数も多かったでしょうし、オークなどが付いていておかしくありませんから」
ナスターシャが答えた。
「カレンちゃん‥‥元気になるといいね」
リルは、カレンの家の方を振り返りながら言った。
(担当:立川司郎)