鉄の爪の任務
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 3 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月23日〜11月28日
リプレイ公開日:2004年12月01日
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●オープニング
相変わらず、彼の住処は人の出入りが少ない。そればかりか、人の出入りが出来ないような森の中に建っている。これでは、人が出入りしようにも、なかなか出来ない。
その小さな住処に、一人の客が訪れたのは月初めの事であった。燃えるように紅い髪を腰まで伸ばし、しなやかで豊満な肢体を惜しげもなく晒し出している。
庭先のベンチで本に視線を落としていた家の主、アッシュは顔を上げて入り口に顔を向けた。彼女はアッシュの姿を見つけるとまっすぐこちらに歩み寄った。
「‥‥何の用ですか、私はかの有名な盗賊団“鉄の爪”に狙われるような大層な人間ではありませんよ」
アッシュが問いかけると、彼女‥‥リィゼはふ、と唇の端を引きつらせた。
「まあそう言いなさんな。‥‥まあ、一杯どうだい」
リィゼはアッシュの向かい側の椅子を引くと、腰を下ろした。何時の間に持ってきたのか、手にはグラスが二つとワインのビンがある。
その一つをアッシュに差し出すと、なみなみとグラスに液体を注ぎ込んだ。黙ってそれを見つけるアッシュに、リィゼが話しをはじめた。
「‥‥あたしも大変な仕事を抱えていてね。なぁに、つまんない事なのさ」
と、リィゼはビンをテーブルに置くと、かわりに腰に下げていた革袋を出した。革袋の中身は、テーブルに触れるとじゃら、と金属音を響かせる。
「この間まで、とある場所‥‥まあクレルモンの南あたりに倉庫を持っていたんだ。奪った積み荷や金を隠すのに、山ん中の洞穴を使ってたんだけどね‥‥そいつが、あたしが野暮用で仲間の始末をしている間に、すっかりカラになっちまってたのさ」
ふふ、とリィゼは自嘲気味に笑うと、グラスに口をつけた。
「見張りに聞いたら、いきなり集団で襲いかかってきて、あっという間に奪っていったというじゃないか。‥‥それも、いやに戦い慣れした奴らがさあ」
「‥‥」
静かにグラスのワインを飲むアッシュを、リィゼがじいっと見つめる。
「その積み荷が、どうやら5日後‥‥10キロ程離れた場所に運ばれると聞いた。運び込まれるのは、リアンコートの端っこにある倉庫だ。倉庫の持ち主はクランツ商会という名前になっているが、こいつはリアンコートの領主の使っている名前で、実際は経営なんてしてないのさ」
「それで‥‥私に何をしろと?」
「‥‥アッシュ、あんたには貸しが一つ‥‥あったはずだよ」
リィゼはグラスをテーブルにどん、と置きながらアッシュをにらみ付けた。アッシュは肩をすくめると、ふと笑みを零す。
「さあて、そうでしたか?」
「クレルモンの隠れ家から荷物を奪ったのは、リアンコートの領主だ。‥‥そう、今回の仕事は、辺鄙な所のお頭とはいえ、一応領主に手を掛ける事になる。いくら、リアンコートの領主が“黙ってクレルモンの領地に入って、盗賊からお宝を奪っていった”としても、ヘタに動けないのさ。あんた、この間マレーアと模擬戦やったそうじゃないか。どこぞの領主唆して、ねえ?」
つう、とアッシュが顔を上げた。
「まさか、レイモンドに口利きをしろと言うのですか? アレは私以上に偏屈ですよ、とても手回ししろなんて言って聞くようなタマではありません」
「分かった、それじゃあ金を出す。それならかまわないだろう?」
リィゼの否と言わせない迫力に、アッシュはついに折れた。深くため息をつくと、テーブルに置かれた金に手を出した。
「交渉成立だ。‥‥これであたし達は、心おきなく積み荷に手を出せるってもんさ」
リィゼは満足そうに、椅子を蹴って立った。
●リプレイ本文
木々と木々の間を駆け、すり抜ける速さは常人を逸している。もし誰かが近くを歩いていたとしても、風が吹いた位にしか気づかなかっただろう。仲間の視線を浴びながら踊っていたサーラ・カトレア(ea4078)はむろん、監視していたジャパンの忍者の遊士璃陰(ea4813)すらも、近づくまで気づかなかった。
振り返った時に遊士の眼前に居たのは、ほんの少年だった。少年の背丈は、遊士より遙かに小さい。
「お疲れサン」
「偵察なら、おいらにお任せさ」
マート・セレスティア(ea3852)は元気よく言うと、踊りを終えたサーラを見た。サーラの踊りは、誰もが見ほれる程である。リィゼから感嘆の拍手が送られ、サーラはほんのり頬を染めた。
「ありがとうございます。‥‥私の力では、雲を呼ぶ事くらいが限度ですが、それでよろしかったでしょうか‥‥」
「ああ、十分さ。襲撃時間に月が出てなきゃ、それでいいさ」
リィゼが言うと、すう、と麗蒼月(ea1137)が顔をあげた。
「正確‥‥には、朝方、だけど‥‥」
低めの声で、蒼月がひとつひとつ言葉を発する。蒼月に同意するように、ウリエル・セグンド(ea1662)が続けて話す。
「そうだな‥‥襲撃するなら‥‥移動してない、夜が‥‥いい」
蒼月、そしてウリエルも少し話し方に特徴がある。遊士は腕組みをしながら、すこし首をかしげて二人をしげしげと見つめた。
「あのなぁ‥‥兄ちゃん達、もう少しこう‥‥キビキビと話されへんの? それとも、乗り気やないとか?」
俺は忍者やから、こういう仕事は別にどうも思わへんけど。遊士はそう言って笑った。サーラとエルフの傭兵であるレーヴェ・ツァーン(ea1807)は少し気が重そうにしているが、ガゼルフ・ファーゴット(ea3285)は何故か燃えている。何故燃えているのか、薄々気づいているだけに突っ込みたいが、あえて誰もガゼルフに教えようとしていない。
「私、は‥‥気にしないわ‥‥。小難しい、こと‥‥を、考えるより‥‥単純明快、で、分かりやすくて‥‥いいわ。話し方、は‥‥これが、私、の‥‥普通、なの」
「‥‥そうかな‥‥変‥‥かな」
同意するウリエルに、彼の保護者とも言うべき楽士のガブリエル・プリメーラ(ea1671)は、深いため息をついた。そりゃお互い似たもの同士だから、変だと思わないかもしれないが、いくらガブリエルにでもそれ位は分かる。
「気にしないでちょうだい。この子はそういう話し方なのよ、気長に話し終わるのを待ってやって。それより、連中はどうだった?」
「こっちに向かってきているよ。時間的に、この近くの広場で野営すんじゃないかと思うな。この辺だとそこしか、馬車を停められる所がないし」
偵察に行ったマートが、答える。マートによると、馬車は一台。馬に乗った戦士風の男が二人横に付いている他、馬車を操っている男が二人(これは身なりからして、普通の商人のようだが)が一人。馬車の中はよく見えなかったが、二、三人居るようだ。リィゼが話していた通りの人数配置と思われる。
「襲撃、は‥‥朝方、が、いい‥‥わ」
「確かに、向こうも襲撃は予想しているだろうから、もっとも油断する朝方がいいだろう。しかし、明かりはあまり使いたくないな」
レーヴェが言った。しかし、朝方となるとサーラのサンレーザーが使えない。
「お前さん、ナイフとか使えないのかい?」
リィゼが聞くと、サーラは腰に差していたナイフを出した。
「持っている事は持っているのですが、踊りの小道具として使う程度にしか‥‥。避ける事は得意ですけども、攻撃としては使いませんから、得意とはいきません」
「じゃ、ガブリエルをフォローしてやってくれ。メンツから言うと、あたしは戦う方がいいようだね。レーヴェ、あんたもそうだね?」
「元よりそのつもりだ」
「よし、じゃ俺も戦うぜ。‥‥見てろ悪人、俺が必ず一撃くらわせてやる!」
ガゼルフの発言に、しぃ〜ん、とする一同。その悪人が、彼のすぐ側に居る事には、どうやら気づいていないようだが。
「‥‥ガゼルフ、これは‥‥」
「レーヴェさん」
突然、ガブリエルが声をあげて彼を呼ぶ。レーヴェが振り返ると、ガブリエルはにこりと笑った。
「それより、打ち合わせをしましょう」
しかし‥‥と口を濁らせるレーヴェへ、首を横に振った。気づかないで燃えられるなら、それはそれでいいじゃないか。依頼前に消沈するより。ガブリエルはそう心中で思った。
サーラは、そっと顔をあげた。風が吹いている。風は、前方から吹き付けていた。
「‥‥こちらの方から吹いています。向かい風で襲撃するのが、最善と思われます」
リィゼはナイフを事から抜くと、レーヴェとガゼルフ、そしてウリエルの顔を見回す。
マート、そして遊士は後ろから接近して荷物を奪い、ガブリエルは蒼月とともに側面から襲撃、ウィザードを沈黙させる。サーラはガブリエルのフォローだ。
遊士は出発前だというのに、いつの間にか着替えていた。着替えは、リィゼから拝借している。
「何かもっと、男モンの服とかあらへんの? スカートやないのは幸いやけど、これって女物ちゃうのん、おば‥‥いやいやねぇちゃん」
遊士は自分の格好を見て、呟いた。しかしそもそも服を貸してくれ、と言ったのは遊士の方だ。忍者服が目立つというので(ジャパンではともかく)、何か別の服を貸してくれとリィゼに頼んだのだ。だが、リィゼはそんな事より遊士の発した単語に反応していた。
「おば‥‥何? もう一度言ってみな」
のど元にナイフを突きつけ、満面の笑みを浮かべるリィゼ。しかし目が笑って無い。すると、マートがタイミングよく割り込んだ来た。
「じゃ、おいらはそろそろ行くね。リィゼねえちゃんも頑張ってね!」
「もちろんだよ。マートも気をつけな。‥‥おっと、あんたも行くんだっけね」
マートってわざとじゃないか、と遊士は涙をこらえて笑うのであった。
襲撃のタイミングを見計らって空を見上げるリィゼからやや離れ、ガゼルフの様子を気にしていたレーヴェがそっと彼のマントの襟元に手をやった。
無言でガゼルフのマントの襟元を上げたレーヴェを、きょとんと見返すガゼルフ。
「悪い事は言わん、顔はかくしておけ」
「‥‥」
何だかよく分からないが、レーヴェの深刻な表情を見て取り、黙って従った。
ぱっ、とリィゼが振り返る。
どうやら時間のようだ。ナイフを持つ手を下げ、リィゼが駆けだした。その後ろを、ウリエルが続く。そしてガゼルフ、レーヴェ。朝靄の立ちこめる森は、うっすらと明るみはじめていた。まだ日が顔を出すには早い。
目的の馬車が迫り、四人は一気に突っ込んだ。最初に目を覚ましたのは、馬車の外で眠っていた戦士だった。瞬間、剣に手を伸ばす。レーヴェとリィゼ、ウリエルが戦士に標的を定めたのに対し、ガゼルフは馬車の側面に回った。
やはり、向こう側にも戦士が居る。ガゼルフが剣を抜いても、戦士は気づく様子が無い。
同時に森から風のように蒼月が飛び出して、後ろを駆け抜けた。素早くナイフで幌を切り裂き、中に飛び込む。
ガゼルフの役目も本来ウィザードであったが、すでに蒼月が後ろから襲いかかり、首筋に手刀を叩き込んでいた。ガゼルフは呆然と立ったままの戦士にソニックブームを放つと、身動きが取れないのを確認して自分も中に飛び込んだ。
もう一人のウィザードとは、サーラが格闘していた。しかしサーラはナイフでの戦いには向いていない。いたずらに切り裂いているだけのサーラに気づき、レーヴェは身をかがめて剣を横薙ぎに払った。足を切られて転がる剣士から離れ、レーヴェがサーラとウィザードの間に割ってはいる。
「戦士を頼む、まだ動くぞ」
レーヴェの言っているのが、先ほど彼が相手をしていた戦士の事だと気づき、ガゼルフが立ち上がってきた戦士に剣を突きつける。
「す‥‥すみません‥‥」
サーラはレーヴェに小さな声で礼を言うと、馬車を降りた。
ちら、と森に目をやると、静かに接近してくるマートと遊士の姿が見えた。マートが、手をぱたぱた動かす。どうやら、状況はどうかと聞いているようだ。
こくり、とサーラが頷くと、マートと遊士がすうっと森から姿を現した。馬車の中に居る戦士達は、蒼月とガゼルフ、そしてレーヴェが相手をしている。一方外では、ウリエルが戦っていた。
最初にウィザード達へ幻術をかけたガブリエルは、続けて戦士達に幻術を掛けている。すなわち、彼らの目に自分達が見えていないように、幻を掛けるのだ。
ガブリエルの術の効果もあり、また役割分担が的確に行われていた事もあって、時間を取られる事もなく、事はあっという間に終わった。短い歌を一つ歌い終えるほどの時間、たったそれだけの間で戦士が五人とウィザードは、意識を奪われて地に転がっていた。
数えてみると、たしかに50G分。
酒場のテーブルで一枚ずつ数え、リィゼは満足げに頷いた。
「確かにあるね」
「‥‥それにしても、全部で50Gじゃ、それほど多くないわね」
ガブリエルが、金袋を前にしてリィゼに聞く。
「まあね、金は分担して運ばれていたから、ある程度は鉄の爪のメンバーで回収してあるのさ。今回はそれで手が足りなくってね」
「ねえねえ、鉄の爪って何? オイシイの?」
ぐい、とマートがリィゼの服をつかんだ。遊士は、眉を寄せてマートを見る。‥‥知っていて聞いているのだったら、ホントに食えないガキだ。
「まぁ、美味しいには違いないねぇ。甘くて美味しいさ」
「でも‥‥口、から出す‥‥時は、辛い‥‥わね」
ぽつり、と蒼月が付け加える。
甘くて辛いもの‥‥。一番首をひねっているのは、ガゼルフであった。
「‥‥なあ、甘くて辛いって‥‥何なんだ?」
一同、顔を見合わせる。レーヴェに視線を向けると、レーヴェも言いにくそうにしていた。そういえばレーヴェは、顔を隠せと言って居たが、あれは何の為だったのだろうか。
「本当に知らなかったのか? ‥‥おぬし、依頼内容をよく聞かなかったのか?」
「うーん‥‥」
ちら、とガゼルフがメンバーを見る。今回の依頼文は、実はギルドで見つけたものではなかった。この依頼は、とある裏通りの酒場で聞いたものだ。
依頼を受けようとしていたマートやサーラはどう見てもイイヒトそうだったし、以前仕事をともに受けた事のあるウリエルは、ちょっとぽやんとしている所があるけど、いい奴だった。
たまらず、ガブリエルが口元に手をやった。
「‥‥鉄の爪っていうのは、盗賊団の名前よ。リィゼは鉄の爪の中の一斑の、リーダーなのよね」
「盗賊? ‥‥みんな知ってたのか? ‥‥サーラさんも?」
「だって‥‥元々このお金は盗まれたものなのでしょう。しかし、だからといって別の方がそれを盗んでいい、という訳ではありませんし」
サーラとて盗みを働くのをよしとはしないが、今回は元々盗まれたものであるという前提だ。サーラもその点は割り切っていた。
「私とレーヴェさんはリィゼと面識があるの。リィゼの依頼だから受けたのよ」
ウリエルはちらりとガブリエルを見た。
ガゼルフは、初めて自分が盗みに手を貸した事に気づき、しばらくショックで動けなかったのだった。
どうやらこの酒場は、鉄の爪の息がかかった酒場のようだ。リィゼを見ても、誰も驚かない。カウンターに腰掛けているウリエルが食べている料理は、先ほどサーラが作って振るまってくれたものだ。マートとウリエルの食べっぷりに、サーラもうれしそうに笑っている。よく観察すると、蒼月もさりげなく皿が増えていっている。
「‥‥よっしゃ、俺も作ってもええ?」
料理を作ると言い出した時に、とたんやる気になった遊士に、間髪入れずガブリエルが駄目だししたのは秘密だ。
「何故駄目なんだ?」
「以前の依頼でちょっとね‥‥。ともかく、遊士に料理をさせちゃ駄目よ」
レーヴェに答えると、ガブリエルはそっとウリエルの横に座った。
ちら、と彼がこちらを見る。
「‥‥ガブリエル‥‥すまない‥‥」
「どうして謝るの?」
「だって‥‥」
盗みなんかさせた。そう言いたげなウリエルの頭を、ガブリエルは優しくなでて、ぎゅうっと抱きしめた。
「何言ってるの、これは私が受けたのよ。あなたは気にしなくていいの。‥‥謝るのは私の方よ、ウリエル。ご免なさいね、あなたを悲しませてしまって」
こくり、とウリエルが頷く。
視界の端に、サーラが立っている。
料理に夢中になっていたマートは、ぴたりと手を止めた。
「何なに、何が始まるの?」
「サーラ、が‥‥踊りを‥‥踊る、のよ。リィゼ、のご指名、でね」
蒼月は、食後のワインを味わいながら、体をサーラの方に向ける。
「サーラねえちゃん、頑張って!
マートが拍手を送ると、サーラ微笑を返した。気が付くと、ウリエルの横にガブリエルは居なかった。笛を手に取り、サーラの後ろに立っている。
「あれから私も巧くなったのよ。あなたに聞いてもらわなきゃね、リィゼ」
「そうかい。それじゃ、楽しみにするとしようか」
リィゼが見守るなか、ガブリエルの笛が響き渡る。それにあわせ、サーラの体が躍動した。笛と踊り、どちらもはじめて合わせたとは思えぬほどぴったり合い、路地裏の酒場の中である事を忘れさせる程の美しい旋律と踊り。
薄暗い明かりが、サーラの動きと肢体を際だたせて魅惑的にみせている。
このひととき、素晴らしい踊りと演奏を、一同は‥‥そしてリィゼも、黙って鑑賞したのだった。
(担当:立川司郎)