蛇と森の少女

■ショートシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月03日〜01月08日

リプレイ公開日:2005年01月11日

●オープニング

 シャンティイの外れにある森の中、一軒の家がある。何かにつれシャンティイまで出掛けなければ物を手に入れる事すら不便であろうが、彼はそこに一人で住んでいる。
 大量に集められた書物、何が入っているのか分からない瓶や箱。用途不明の怪しい植物の鉢。デスクについたまま、彼はちらりとギルドの青年に視線を向ける。
「聖夜祭の期間中なのに、お仕事ご苦労様」
 しれっとアッシュは青年に言った。絹糸のような銀色の髪、そして端正な顔立ち。青年は聖夜祭と言われ、むすっとした。
「‥‥まあまあ、お聞きなさい。せっかく聖夜祭の期間、家で一人で居るなら人の顔を見ている方が楽しくないですか?」
 あなたは、苦しんでいる顔を見ているのが楽しいのでしょう?
 と青年が聞くと、アッシュはうっすらと笑みを浮かべた。
「そんなに嫌な仕事ではありませんよ。ちょっと薬の材料を取ってきて欲しいだけです」
 どんな薬なんだか‥‥。
「楽な仕事でしょう?」
 その笑みが怖いのだ、笑みが‥‥。
「ただし‥‥」
 ほらきた、といったように青年が眉を寄せる。
「その薬の映えている場所を知っているのが、森に住む精霊だけなのです。一般にアースソウルと呼ばれている精霊で、小さな女の子の姿をしています。この子を捜し出して、はえている場所を何とか聞き出してください。‥‥本来なら私が行く所なんですが‥‥」
 行かないという事は、何か裏があるに違いない。と青年が思っているのに気付いたのか、アッシュが付け加えた。
「どうやら彼女はご機嫌を損ねているようで、姿を見せてくれないのですよ。それもこれも、森に住み着いた蛇が原因なんですが。‥‥その蛇というのは、この辺には住んでいない熱い砂漠地帯に住んでいるものなんですが、どこかの好事家が飼っていたのでしょう。ところが大きくなって飼いきれなくなったのか、この森に捨てていったようなのです。それで妖精さんはご機嫌を損ねてしまいまして」
 大丈夫ですよ、そんなに大きくないですから。それに取ってくる薬草も、そんなに危険なものじゃないですよ。
 アッシュは怪しい笑みで青年に言う。
 去り際、つけ加えるようにアッシュが彼に声を掛けた。
「そうそう、言い忘れていました。取ってくる薬草は丸くて緑色をした球体だから、すぐに分かるでしょう」
 ‥‥それって薬草じゃないんじゃあ‥‥??

●今回の参加者

 ea0508 ミケイト・ニシーネ(31歳・♀・レンジャー・パラ・イスパニア王国)
 ea1695 マリトゥエル・オーベルジーヌ(26歳・♀・バード・エルフ・フランク王国)
 ea4817 ヴェリタス・ディエクエス(39歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4919 アリアン・アセト(64歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea5243 バルディッシュ・ドゴール(37歳・♂・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea5840 本多 桂(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6597 真 慧琉(22歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 ea7866 セルミィ・オーウェル(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)

●リプレイ本文

やたらと元気よく送り出してくれたアッシュの姿は、森の木々に隠れて見えなくなっていく。
 森の散策に入った者のうち、収穫祭の模擬戦に参加したセルミィ・オーウェル(ea7866)を除いてマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)とミケイト・ニシーネ(ea0508)は、アッシュの依頼を受けるのが初めてではない。
「あの人‥‥相変わらず、胡散臭いわね」
 マリは、アッシュの笑顔を思い返しながら呟いた。胡散臭いというのには、ミケイトも同意だ。そもそも、探してくるもの自体がおかしい。
「薬草っちゅうけど、そないなもん‥‥何にするんやろか」
「薬草じゃないわ、それ。ビリジアンモールド‥‥湿った所に発生する植物の一種よ。とても薬になるとは思えないけど」
 ミケイトにマリが答えた。
「でも‥‥そのアースソウルさんを放っておく訳にもいきませんし‥‥私、会ってみたいです」
 すい、とマリの横に飛びながら、セルミィが言った。
 ミケイトやセルミィが知るかぎり、アースソウルは森に住む精霊の事だ。詳しい事を知る者がこの中には居ないようだが、話を聞くかぎりには危険なものではなさそうだ。
「アッシュはんの言う危険やない、っちゅうのがどこまで信用出来るか、あやしいもんやけどな」
「‥‥それもそうね」
 と、ミケイトに同意するマリであった。
 話しているうちにも森を進む道はどんどん険しくなり、疲労でシフールのセルミィ、そして同じく真慧琉(ea6597)がリタイア。
 セルミィはミケイトの肩に、慧琉はバルディッシュ・ドゴール(ea5243)の肩に飛びついた。
「えへへ、バルディッシュの肩、戴き!」
 いっとう高いバルディッシュの肩に座ると、ぎゅっと襟首を掴んだ。バルディッシュは、気にする様子も無い。マリは途中から歩くのに疲れ、騎乗していた。
「‥‥ちょっと聞いてもいいかしら」
 アリアン・アセト(ea4919)が、先頭を歩くヴェリタス・ディエクエス(ea4817)に声を掛けた。
「この間、聖夜祭であなたと同じ姓の人と会ったんですよ。ローマではよくある姓なんでしょうか?」
「そういえば、私とバルディッシュが受けていた依頼でも、会ったわ」
 マリがアセトに続いて言う。
 ヴェリタスは少し考え、ああ、と答えた。
「もしかして、クレイユの‥‥。それはおそらく、俺の弟達だ。アッシュに頼まれた、苗を運ぶ依頼でも、うちの妹婿がお世話になったと聞いたが」
「じゃ、あのジャパンの忍者ってあなたの義弟なの?」
 ヴェリタスに聞き、マリが驚いて声をあげる。
「ああ。何かとアッシュに迷惑をかけているようで、すまんな。弟の方も、何か迷惑をかけませんでしたか」
「いいえ、とても元気のいい人でしたよ。子供が好きなのね、よく面倒をみていましたよ」
 アセトは笑顔で首を振った。
「そうですか。‥‥俺が孤児院を経営しているものですから、そのせいかもしれないな」
 パリのどこかに居るであろう弟を思い、ヴェリタスは安心したように微笑した。
 森に咆哮が轟いたのは、その時だった。聞いた事のない、大きな地響きのような声が響く。
「何なの、今の声は」
 腰の刀に手をやりながら、本多桂(ea5840)が視線をあげる。声の方角を探るように、耳をすませた。セルミィがふわりと飛び上がり、きょろきょろと見回した。
「あんな声‥‥聞いた事が無いです」
「‥‥捨てられた蛇の声‥‥とは、ちゃうか」
「蛇があんな声を上げるものか」
 バルディッシュは、ミケイトの言葉に肩をすくめて否定した。
「もしかすると、砂漠に住むっちゅう蛇はあんな声をあげるのかもしれへんで」
「あたしは‥‥蛇ってサイドワインダーが大きくなったものか、大蛇だと思っていたんだけど‥‥あんな声はあげないと思うわ」
 マリも眉をしかめて言った。
 ともかく、あの声が何なのか、確かめた方がよさそうだ。慎重に声の方角を確かめながら、ヴェリタスとバルディッシュが前後を守りながら進む。
 さらに一声響き、森の奥でがさりと茂みが動いた。ぱっ、と桂が飛びかかる。
「見つけた!」
「きゃあっ」
 小さな悲鳴が、桂の手の中で聞こえた。桂はしっかりと抱え込み、静かに視線をおろした。
 その影は、桂よりずっと小さくて華奢だ。
 じたばた動く影を、桂は抱え込んだままじっと見つめた。
「‥‥あれ‥‥?」
「こんな所に‥‥女の子ですか?」
 セルミィが、桂の手の中でもがいている少女を見る。アセトは桂の手に自分の手をそえ、少女の顔をのぞき込んだ。
「すみません、怖がらせてしまったかしら」
「‥‥」
 ふるふると震え、少女はアセトを見あげる。桂がゆっくりと手を離すと、少女は桂から飛び退いて木の根本にしがみついた。すう、とバルディッシュが後ろに下がる。
「俺が怖がらせているのかもしれん」
「そんな事はありませんよ、きっと大勢の人間をみるのが初めてなんですよ」
 アセトは少女の前に座り込んだ。アセトの横で、小さいセルミィと慧琉が飛び回る。慧琉は少女の前を飛びながら、気軽に声をかけた。
「ねえ、この辺に緑色の毒カビがあるらしいんだけど‥‥知らない?」
「‥‥」
 答えない。
「慧琉さん、やっぱり蛇さんの事を怒っているんじゃないでしょうか」
「‥‥食べるかしら」
 そうっとマリが、お菓子を差し出した。少女は、マリが差し出すお菓子をじっと見つめている。にこ、と笑顔でマリが手を差し出す。
「ごめんなさいね、大勢で押し掛けて。‥‥あたし達、アッシュって人に頼まれて来たの。ビリジアンモールドを探しているのよ」
「なあ、蛇はうち等が倒したるから、そのカビが生えとる場所‥‥教えてくれへんかな」
 ミケイトが聞くと、少女はマリのお菓子とミケイトを交互にみながら、すうっとお菓子に手を伸ばした。

 大きな木の根の間に、たしかに影がうごめいている。側に寄って確かめた慧琉とセルミィが、猛スピードで飛んで戻った。
「すっごい大きいよ! ‥‥あたいとセルミィなんか、ひと飲みだね」
「あの‥‥あんなに大きな蛇だったんですか?」
 おそるおそる、セルミィがマリをみる。マリだって、まさかヒトの倍以上もある蛇だとは思っていなかった。
「だ、大丈夫よ。‥‥ねえ?」
 マリがミケイトをみる。ミケイトはバルディッシュを‥‥。慧琉は、ふるふると首をふった。
「蛇って、寒いのが苦手だから、それほど素早くは無いと思うよ」
「そうだな。‥‥ただ、あの巨体で締められるのは勘弁願いたいが」
 バルディッシュが、洞穴にうずくまっている蛇をみながら言った。しかしセルミィは、あの蛇を倒すのにはちょっと反対だ。
「蛇さん‥‥寒がっています。故郷に帰れずにこんな所へ捨てられるなんて‥‥可哀想です」
「でも、春になったら活動的になって、ヒトを襲うかもしれないわ。あたし達の仕事は、あの蛇を倒してカビを採取する事‥‥間違えちゃ駄目よ」
 桂に言われ、セルミィはしゅんとしてうなだれた。
 残念だが、可哀想とは言っていられない巨体だ。森を荒らされて怒っている精霊の為にも、蛇には眠ってもらわねばならない。
 素早い動きで慧琉が蛇の目の前をちらちらと飛び回り、気を引く。蛇の頭がゆっくりと上がり、慧琉をとらえた。
「ほらほら、こっちだよ!」
 慧琉を餌だと思ったのか、蛇がずるりと動き出す。木の根本をはいずり出ると、慧琉を追った。口をぱっくりと開けた蛇の牙を避けつつ、慧琉が桂の後ろに飛び込む。
 桂は小太刀を抜くと、蛇を待ちかまえた。
 蛇の牙を受け流そうとした桂であったが、7mもの蛇の巨体が繰り出すパワーを受けきれない。蛇の頭に振られ、吹き飛ばされた。
「くっ‥‥冬だってのに元気がよすぎない?」
「桂さん、そのナイフでは短すぎるのよ」
 アセトは桂を治癒しながら、桂のかわりに飛び出したバルディッシュとヴェリタスに視線を向ける。桂はアセトが治癒をかけ終わると、すぐに立ち上がって蛇に向かった。
「大丈夫‥‥ほら、こっちよ!」
 桂は、短い小太刀を振り、蛇の気を引く。その隙にバルディッシュが蛇の背後に回る。ゆらり、と蛇の頭が揺れ、桂に飛びついた。
 避ける間もなく、桂の体が蛇に巻き取られる。
「桂さん!」
 慧琉の声が響く。バルディッシュは、力任せに剣を蛇の尾にたたきつけた。
 しかし尾を切られてなお、蛇はぎりぎりと桂を締め付ける。
「く‥‥っ‥‥苦し‥‥」
 バルディッシュは苦しむ桂の側に駆け寄ると、蛇の体を剣で串刺しにした。さらに、手で蛇の頭を抱え込んで引きはがそうとする。
「マリ!」
 ヴェリタスが、後方で竪琴を手に取ったマリへ声をかけた。すう、とマリの目が見開かれる。弾むような音が響き渡った。
 音楽は蛇の体から力を抜き、静かに眠りへと誘っていく。
 やがて、桂の体がずるりとはがれ落ちると、地に倒れた。すかさず、バルディッシュが頭に剣を突き刺す。それ以上の抵抗もなく、蛇は動きを止めた。
 眉をよせ、じいっとセルミィが蛇を見つめる。
 蛇とて、こんな所で一生を終えたくはなかったであろうに‥‥。するとセルミィの気持ちを察したアセトが、蛇に歩み寄った。
 蛇の脇に立ち、セルミィを振り返る。
「ここに埋葬してあげましょう。‥‥せめて安らかな眠りにつけるように」
「そうですね!」
 セルミィはこくりと頷いた。

 アッシュの家に戻ってきたのは、日がすっかり暮れた頃であった。
 まだ気持ちが悪いのか、ヴェリタスは青い顔をしている。心配そうに、慧琉がヴェリタスの様子をうかがっていた。
「大丈夫? まだ毒が残ってる?」
「‥‥いや、心配ない。もう毒は抜けている」
 解毒剤を飲んだとはいえ、あの毒カビの吐く霧をまともに浴びたヴェリタスは、当分バルディッシュに肩を担がれなければ歩けない程であった。
 出迎えたアッシュは、ヴェリタスをベッドに寝かせると、さっそくミケイトから毒カビの入った袋を受け取る。その嬉々とした顔といったら‥‥。
「相応の危険手当をもらっても、いいんじゃないの?」
 桂がアッシュをじい、とみる。桂は、自分の腰に下がった酒瓶を指した。何か飲ませろ、という事らしい。
「ヴェリタスだって死に目に会ったのよ? ‥‥美味しいものをもらわなきゃ、割に合わないわ」
「‥‥仕方ないですね、それではとっておきを出しますか」
「お、気前がええなぁ‥‥何や気持ち悪いわ」
 ミケイトが苦笑する。アッシュは奥から、小さな酒樽を出した。
「この間知り合いの領主の所からもらってきた、ベルモットです」
「あ、それ模擬戦の時のですね」
「そうですよ」
 セルミィが聞くと、アッシュは桂に酒をついだ。
 これよこれ。桂は嬉しそうにベルモットがつがれたグラスに、口をつける。
 それにしても‥‥あんなカビ、何に使うのだろうか。慧琉が、大切そうに袋を奥にしまい込むアッシュに、怪訝そうな視線を向ける。
「‥‥何に使うのかって? ‥‥それは秘密です」
 にんまりとアッシュが笑った。

(担当:立川司郎)