勇敢な姫と優しい騎士
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:3〜7lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月30日〜02月04日
リプレイ公開日:2005年02月06日
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●オープニング
夫は騎士で収入は比較的安定していて、娘と息子が居て‥‥。
決して不幸せではなく、パリの屋敷で安泰に暮らしていたはずであった。
ギルド員には、彼女がここに訪れる理由が全く見当つかない。
「‥‥で、ごのような用件なのですか、奥方」
上品な服装に整った顔立ちの彼女は、静かな話しだした。とても深刻な表情で。
「それが‥‥誰か、少しの間でいいですから娘と息子の家庭教師になって頂きたいのです」
「家庭教師ですか? ‥‥それなら、失礼ですがどこかの裕福な育ちの家の方とかにお頼みするのが筋ではありませんか」
ギルド員が聞くと、婦人は頷いた。
「たしかにそうです。‥‥これまでそうしてきたのですが‥‥それでは手が足りないものですから‥‥」
とまどい気味に、彼女は少しずつ語り出した。
「お恥ずかしい話ですが‥‥どうしても息子と娘が聞き分けないものですから‥‥」
「といいますと?」
婦人は、悲しそうに目元へ手をやる。
「夫は騎士‥‥その父もまた騎士でした。当家は騎士の家系で、男子が代々騎士となる事を義務づけられています。‥‥ですから、息子にもそうして欲しいと願っていますし、娘は良き縁があれば嫁いで欲しいのです」
「はあ‥‥親御さんでしたら、そりゃあそう願っておられるでしょうとも」
ところが‥‥。
庭で朝から晩まで、暇さえあれば剣を握って修行に励み、騎士としての心得を習い、騎士見習いとして父の側に行く事を夢見ている子。
優しい性格で戦いを嫌い、いずれクレリックとして世の人を救う事を夢見る子。
「ああ‥‥セレナ、どうして今日もダンスの稽古をしなかったの」
母が聞くと、10才になる長女のセレナは振り返りもせずに答えた。
「私ももう10才になったもの‥‥ダンスなんかより、騎士として剣の稽古をする方が大事よ」
「‥‥ルーイン、どうして剣の稽古をしないの‥‥」
母が聞くと、ルーインはぽやんとした表情で本から視線をあげ、母を見上げた。
「僕は剣の稽古はあまり好きではありません‥‥どうしてもしなければなりませんか?」
「‥‥」
粗暴でダンスや縫い物、礼儀作法の習い事を嫌い逃げ出す娘。かたや、荒々しい剣の稽古を嫌う息子。
相談しようにも、父は旅に出ている為に話しすら出来ない。
「まあ、冒険者の方々も‥‥お国に家族を残している方がいらっしゃるでしょう。ここは、奥方の頼みを聞いて、子供達の素行を治してやってもらえませんかねぇ」
ギルド員は、そう語った。
●リプレイ本文
深くため息をつく女性の視線の先には、大切な娘と息子の姿がある。いつかは家から巣立ち、いつかは立派に父のあとを継いでくれる‥‥はずだった。
庭先で剣を振っている少女は、じっとこちらを見ている青年にちらりと視線を向けた。何だか、ちょっと変わった格好をしている男の人だ。
「‥‥あなた、ルーインの新しい先生?」
どう見ても、ダンスや学問を教えに来たようには見えない。彼はにっと笑うと、少女に木剣を放った。空で軽く柄を掴むと、少女がきょとんとした顔で見返す。
「何なの?」
「セレナ‥‥やったかな。わいは源真霧矢(ea3674)ゆうてな、これでもジャパンの武士や。いっちょ、稽古つけたろか」
「稽古?」
セレナは、目を白黒させている。今まで、一度だって剣の師範が来た事なんか無いのに。彼の後ろで、その様子を剣士風の女性が二人見ていた。
「ルーインの先生じゃないの? 私は‥‥」
答える間もなく源真の剣が飛ぶ。源真は軽く振ったつもりだが、まだ成長しきっていないセレナの腕には、若干重い。
「なんや、腰が引けとるやんか。しっかり構えとかんと、弾かれるで」
「‥‥な、何よ‥‥言われなくたって!」
必死になって返すセレナの様子を見て、すうっとリア・アースグリム(ea3062)が微笑した。神聖騎士たるリアも、あのように剣を振るっていた頃があった。‥‥あの頃の自分とは、目的が違っては居るが‥‥。
「剣の相手は、どうやら足りているようですね」
「しかし、どうもあの子の中にはおとぎ話の騎士の姿があるように思えますね」
ノンビリとした口調ながらきつい一言を、シュヴァーン・ツァーン(ea5506)がリアに言う。すると、静かな口調でアルアルア・マイセン(ea3073)がシュヴァーンに答えた。
「おとぎ話の騎士は、誰しも憧れるものです。その先を間違わなければ‥‥」
と、苦笑をしてシュヴァーンはリアと視線を合わせた。
「‥‥母の言い分も分かります」
達観した口振りで、ルーインは五所川原雷光(ea2868)に言った。8才になるルーインは、五所川原と、彼の側でルーインの話しを聞いていた法衣姿の女性フランシア・ド・フルール(ea3047)の来た目的を、察しているようだった。
「ルーイン坊はクレリックになりたいのか。やはり白派なのか?」
五所川原が聞くと、こくりとルーインは頷いた。
「僕は聖なる母の教えの方が、すきです」
「好き‥‥か。正直な意見でござるな」
にこりとルーインが笑う。確かに、この子には白派の教えの方が会っているかもしれない。五所川原の信仰する天の教えや、フランシアの黒派に共通する強い力を望んでいなかった。
「何故、あなたは主にお仕えする道を選びたいのですか」
フランシアが、じっとルーインの瞳を見つめる。まっすぐなフランシアの視線を受け、ルーインもまた迷いなく答えた。
「愛すべき力を信じる‥‥その祖となるものこそ、信仰心だと思うからです。信じるという事を僕はもう少し学びたい‥‥それに、教えに従って学んでいく事こそ、皆を救う道になると‥‥そう思うのです」
「立派な考えですね。その強い信仰心と努力は、きっと神の新王国の一歩となることでしょう。しかし‥‥」
フランシアは、ぱたんと聖書を閉じた。
「母君を説得するのも、神があなたに与えられた試練ではないでしょうか。その試練から逃げて、神の教えを理解し広める事など、出来はしません」
「それは‥‥」
初めて、ルーインは小さな子供のような悲しい目で俯いた。母と父はやはり、この子供にとって大きな試練なのであろう。しかし、あえてフランシアは強い口調で言う。白派であれ、彼が立派に巣立っていけば、きっと立派な賢人となるだろうから。
「あなた剣がお嫌いなのですね」
「‥‥人を傷つけるのは、好みません」
ルーインが言うと、ふむ‥‥と一息ついて聯柳雅(ea6707)が腰に手をあてた。
「しかしルーイン殿、五所川原殿やリア殿のように、神の教えを説きながら武道も極めた者は沢山居る。神の教えを説く者は武道を必要としない、という訳ではないぞ」
じいっと五所川原を見上げるルーインに、柳雅が付け加える。
「何も、五所川原殿のように逞しくなれ、と言うのではない。‥‥剣を学ぶ事もまた必要だという話だ」
「そうですね」
首を盾に振り、フランシアがルーインを見る。
「他の道を歩く事は、決して神の教えに背く事ではありません」
五所川原は、すうっと席を立った。ちらりと柳雅が見返す。どうやら、この場はフランシアとルーインだけでいいようだ。五所川原が入る隙が無い。
庭先で剣を教えていたはずの源真達の姿が、廊下から見えない。階下に降りると、セレナの部屋のドアが開いていた。入り口で様子を見ていたクレア・エルスハイマー(ea2884)が、そっと唇に指をあてる。
アルアルアが、セレナに懇々と話をしていた。
難しい顔で聞くセレナは、アルアルアの言う事を黙って聞いている。それも、アルアルアがあのフォレスト・オブ・ローズ騎士訓練校の生徒だと聞いたからであった。遠い海の向こうの国からでも、その名声は聞こえてくる。共に居るリアも、神聖騎士‥‥。
「騎士様‥‥お母様を説得してください! 私はお父様のあとを継いで騎士になりたいんです!」
強い口調で、セレナが言った。リアは、やんわりとした口調でセレナに話した。
「あなたの気持ちは、剣を通して受け止めました。‥‥しかし、一言に騎士になると言っても、その道は容易ではありませんよ」
「それは分かっています。でも、私は剣をきわめて、お父様のように困っている人たちを守る騎士になりたいんです」
守る‥‥。リアはその言葉を聞いて、少し悲しそうな顔をした。
「気持ちだけで、大切な人を守る事など出来ません。剣をいくら極めても、気持ちが強くても‥‥」
「‥‥」
セレナが黙ってリアを見つめる。すると、リアに変わってふわりと笑みを浮かべてシュヴァーンが口を開いた。
「セレナ様‥‥リア様はあなたに問いかけておられるのですよ。剣の腕だけで、立派な騎士がつとまるのかと」
「剣以外に、何が必要だと言うの。剣の腕がなければ、何もならないわ」
「それはおとぎ話の中だけの話しです。騎士は年中剣を振っている、とお思いなのですか? 本当の騎士は悪者を倒して、ジ・エンドでは終われないのですよ」
さらりとシュヴァーンは、厳しい文句をセレナに言い放つ。アルアルアは、シュヴァーンの台詞を補完するように、セレナに丁寧な口調が語った。
「‥‥それでは、もしあなたが無事騎士となり、祝賀会が開かれたら‥‥あなたは優雅なダンスを踊れますか? もし舞踏会で主を守る任務を負ったら? あなたは賓客に礼儀作法を披露出来るのですか」
それは‥‥。セレナが、黙って俯く。
「私達の学校でも、剣ばかりを教えているわけではありません。騎士として必要な、様々な知識を身につける事‥‥それもまた、騎士のつとめです。苦手な事や嫌いな習い事に目を背けては、なりませんよ」
「そうですよ。私もアルアルアさんも‥‥源真さんだって、習い事をしてきたんですよ」
リアが言うと、源真が眉を寄せた。
「源真さんだって、は余計やないか〜‥‥。わいかて、茶道とか書道とか、嫌や言うてもさせられとったんやで」
「‥‥セレナさん」
廊下で見ていたクレアが、セレナに声をかけた。
「お母様を、もう一度きちんと説得してはいかがかしら? 私達はお母様に頼まれて来たとはいっても、あなた達の意志を押しつけたりしたくはありません」
「そう‥‥ね」
思い足取りでセレナがクレアの前に立つと、階段からルーインが下りてくるのが見えた。クレアは、二人を交互に見ると、問いかけた。
「二人とも、お母様とゆっくり話す必要があるのではないですか?」
セレナが言うと、ルーインが姉を見上げた。
セレナに剣を教えていた時点で母も嫌な予感はしていたようだが、心配そうな顔で母親はクレア達を見つめた。
クレアがルーインとセレナの背中をそっと押しやると、セレナが口を開いた。
「お母様‥‥あのね、私‥‥」
ちらりと見上げると、後ろでリアとアルアルアが見ていた。視線を母に戻し、きっ、と見返す。
「私、やっぱり騎士になります! ‥‥ダンスも礼儀作法のお稽古も、きちんとするから‥‥だから‥‥だから騎士になる事を許して‥‥」
「セレナ‥‥女の子が騎士になるのは、容易な道ではないのよ?」
「私、それでもやります」
きっぱりとセレナが言い切ると、今度はルーインが母に話しを切り出した。
「僕も‥‥お父様の後は継げません。僕、やっぱり神官になりたいんです」
目の前が真っ暗になったように、母がふらりと体勢を崩す。
セレナとルーインの意志は堅かった。呆然とする母を、クレアが支えながら起こす。
「お母様‥‥私達はお母様も仰る事も、もっともだと思います」
「それなら、何故‥‥」
「自分の決めた道を歩もうとしている、あの子達を応援したい気持ちもある‥‥そのどちらかだけを取ったら、しこりが残るだけではないですか」
クレアが言うと、五所川原が頷いた。
「伝統と習慣を重んじる“家”を守らねばならない奥方も、さぞ大変な思いでござろう。しかし、セレナ殿もルーイン殿も、奥方の愛すべき存在ではありませぬか。それに枷をはめてしまうのはいかがかと思うが」
「セレナさんとルーインさんには、お母様が仰る習い事をする事も、おのおのが進む道に必要である事は説きました」
クレアが、アルアルアとフランシアを振り返る。
アルアルアとリアは、セレナに礼儀作法と貴族としてのたしなみが必要である事を、フランシアは障害を避ける事なく進む事を。
「‥‥どうやら、言っても聞かないようですね」
深くため息をついて母に、シュヴァーンがぽつりと言った。
窓辺の椅子に掛けて考え事をしている風の母親に、柳雅がそっと近づく。ちら、と母が顔を上げた。
「最後にお聞きしてもよろしいか?」
「何でしょう‥‥」
「何故、男子が家を継ぐ事に拘られる。アルアルアやリアを見ても分かる通り、女子とて騎士となる事は出来る。世間体を気にしておいでなのか?」
「代々我が家は、男子が騎士を継いできました。‥‥それだけではありません。女性が騎士となるのは、大変困難な道だと聞きます。娘には、幸せな結婚をして欲しいのです。息子には、父のあとを継いで立派な志に生きてほしい」
「親の心、子知らずと言いますけども‥‥貴族においても、同じようですね」
「この心、親知らず‥‥とも言うんやないか?」
シュヴァーンに、源真が答えた。シュヴァーンと母親が源真を見返す。
「親の都合もあるやろけど、子供が夢を見るのはええ事や。男は男らしく、女は女らしく生きなあかん、って決まりは無いと思う」
「夢は夢‥‥それを掴むのがいかに難しいか、皆様ご存じでしょうに」
「拙者は‥‥拙者は、あの子達の可能性を信じてやりたいでござる。それを、奥方も信じてやって欲しいものでござるな」
五所川原は、必死に親に意志を伝える二人の子供を思い返し、そう言った。
「未来‥‥」
母は、ちらりと庭に視線をやった。明日もまた、セレナは剣の稽古に出るだろうか。ルーインは、本を読んでいるだろうか。
だけど明日は、セレナはダンスの稽古を、ルーインは剣の稽古をしているかもしれない。
(担当:立川司郎)