●リプレイ本文
彼女は体長30センチほどの、シフールよりひと回り小柄な妖精だった。一般にシェリーキャンと呼ばれる、ものを腐食させる力を持つ妖精である。
「名前は何でもいいんだけど、メイがシェリーって呼んでくれるから、シェリーでいいわよ。‥‥聞いてる?」
シェリーは、後ろから遅れて付いて来ている小柄なウィザードのレニー・アーヤル(ea2955)を気にしながら、声をかけた。先ほどからレニーはあちこちを見回し、景色に目をやっては足を止めていた。おかげで、進行は遅々として進まない。
「レニーさん、みんなこっち睨んでるよ‥‥」
「はい‥‥ごめんなさぁい」
レニーの手を引きながら、同じくウィザードのミカエル・テルセーロ(ea1674)が彼女を急かす。はい、と返事はするものの、またレニーの足が止まる。
「‥‥お前等と一緒に歩いていると、いつまでたっても辿り着きゃしねぇよ」
呆れ顔で、オラース・カノーヴァ(ea3486)が冷たい口調で言った。オーラスはレニーとミカエルを置いて、さっさと歩いていく。その後に、リア・アースグリム(ea3062)が続いた。
「あ、ま、待ってくださいよ〜」
ミカエルは、レニーの手を引きながら、駆け出した。
道は適度にならされており、泉までの道をかすかに記している。その道は、シェリーとメイだけが知る道。
「シェリー、何故突然コボルトがやって来たんですか?」
先に行ってしまったオラースとリアの代わりに先頭を守りながら、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)がシェリーに聞いた。
「よくわかんないけど、お酒の匂いか何かだと思う。あそこは果実がなっているし、水場だし、たまに寄って来るのよ。いつもは私が追い払っているんだけど‥‥たまたまメイが居る時に襲ってきたもんだから」
「メイというのは、あなたの大切な友達なんですね」
マリウスが言うと、シェリーは慌てたように言い返した。
「メ、メイはメイよ! あたしの‥‥そう、手下よ!」
手下‥‥ですか?
きょとんとしているマリウスから、シェリーは逃げるように飛んでいった。
目的とする泉は、もうすぐそこだ。姿は見えないが、コボルトはまだ泉に居るようだった。確認してきたカルゼ・アルジス(ea3856)とエルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)によると、泉の周囲はやや広くなっており、戦うには適当だ。
「俺がミストフィールドを張るから、敵を包囲するように陣を張ろう。いいかな?」
カルゼが聞くと、皆頷いた。
「だけど、出来るだけその場所を荒らしたく無いですね。泉の源泉を血で汚すというのはどうでしょうか?」
「では私が囮になってコボルトを泉から引き離します。そうすれば‥‥あなたたちの大切な場所を傷つけずに済みますから」
エルフェニアも、秘密の場所を血で汚したくはない。そう、マリウスに言った。
軽装のエルフェニアとマリウスがコボルドを誘い、カルゼはミストフィールド。残るミカエルとレーヴェ、レニーとリアとオラースがコボルドを包囲、という配置となった。
話を聞いているのか分からないレニーと、分かってる、叩きゃいいんだろ、と答えたオラースの事がリアは不安だったが、シェリーによればコボルドは3体居るらしい。
「心配ない、リア。コボルドはよく、毒の塗られた武器を所持している。だから必ず解毒剤はいくつか持っているはずだ」
レーヴェ・ツァーン(ea1807)がリアを安心させるように言った。泉ではなくとも、泉から流れる小川ぞいで戦えば足場もある。
「大きな石も無いようだから、川沿いにおびき寄せればいい」
「じゃ、レーヴェさんとリアさんがコボルドの後方を封鎖って事でいいかな?」
「‥‥構いません」
リアは答えると、レーヴェ達とともに森の中に入っていった。
小川の先は、日が差して明るく輝いていた。いくつかの足音が、こちらに向かってくる。その影を三つ確認すると、マリウスが手をあげた。きらりと、マリウスの手の中の瓶が光る。
「‥‥コボルド、お前達がここを離れてくれるなら、このワインを代わりにあげよう。ここは元々、シェリーキャンのテリトリーです。ここは諦めてください」
マリウスの呼びかけにコボルドは顔を見合わせ、答えのかわりに剣を抜いた。やはり、素直に応じる気は無いらしい。
「行きましょう、マリウスさん。‥‥話し合いは無駄のようです」
「そうですね」
マリウスはワインをバッグに戻すと、剣に手をやった。コボルドを引き離さない程度に川ぞいを駆けながら、目印に草むらに放っていた剣をエルフェニアが手に取る。
エルフェニアはまだ剣を抜かず、コボルドを誘っていた。先にマリウスが足を止め、続けてエルフェニアが止まった。
「これが欲しいんでしょう?」
マリウスの掲げたワインに、コボルトが向かってきた。
と、コボルトが足を止めて振り返る。コボルトの退路を塞ぐように、レーヴェとリアが現れたからである。剣を抜いて斬りかかったレーヴェとリア、横合いからはオラースが切り込んだ。
ちらりとレーヴェがリアの動きを見て、それぞれ一体ずつを相手にする。残る一体は、オラースが組み付いていた。
「カルゼ、頼む!」
レーヴェの声に反応するように、カルゼの詠唱が終わって周囲に霧が立ちこめる。レーヴェの目に映っているのは、目の前にいるコボルトの姿だけだ。足下は見えないが、どうなっているのか、覚えている。
「‥‥どこですか、レーヴェさぁん?」
後ろから、やや不安そうな声が聞こえる。
「ミカエル、ここだ!」
レーヴェの声の方向に、人の気配が近づく。コボルトはミカエルの気配を察し、ミストフィールドのエリアから逃げようとレーヴェに背を向けた。
レーヴェの横に、ミカエルの手が見える。ミカエルは真っ直ぐコボルトの体を捕らえ、引き寄せた。
「離すな、ミカエル!」
「えっ? は、はい!」
ヒートハンドで焼かれた肉の臭いが周囲に漂う。悲鳴をあげるコボルトの声は、レーヴェの剣を受けて途絶えた。
直ぐさま、レーヴェとミカエルがコボルトの体を探る。
しかし、コボルトの体から解毒剤らしき瓶は出てこなかった。
「無いです!」
ミカエルの声は、他のメンバーにも聞こえていた。
霧の中、剣を抜いたマリウスはオラースとコボルトの姿をぼんやりと確認していた。霧の中、声は聞こえている。ゆっくり近づくと、背後からコボルトに斬りかかった。
立て続けに、オラースが正面から斬りつける。
「オラースさん、駄目だ‥‥解毒剤が割れたら‥‥っ」
「斬った後で確認すりゃ、いいだろ」
オラースは再び剣を振り下ろした。
コボルトの体が崩れ落ちる。マリウスがコボルトの体を受け止め、地に横たえる。
しかし、オラースの剣戟の痕には、割れた瓶が付着していた。
「‥‥すまん、割っちまった」
「割った‥‥っ?」
声を挙げたのは、リアだった。
リアは顔色を変えると、正面のコボルトと向き合った。残るは、この一体のみ。逃走しようとするコボルトに、リアが飛びかかった。
「逃がしません!」
リアは、身を挺してコボルトの逃走を阻止した。コボルトの剣が腕に斬りつけられる。
「リアさぁんっ、大丈夫ですか〜?」
「レニー‥‥早くとどめを刺してくださいっ」
リアは剣を投げ出すと、コボルトを押さえ込んだ。コボルトの背後から、レニーがウォーターボムを打ち込む。必死に逃げようとするコボルトを、横からエルフェニアが斬りつけた。
「‥‥大丈夫ですか?」
エルフェニアは声を掛けながら、コボルトの毒をうけてふらつくリアに手を貸した。リアは立ち上がり、毒が回りかけているというのに剣を深くコボルトに刺した。
その行為には、怒りすら感じる。
エルフェニアは、リアを黙って見つめていた。
コボルトの持っていた瓶を、レーヴェはシェリーへと渡してやった。幸い、解毒剤は二瓶ある。
「リアの分はまだある、シェリー。お前は早くメイの元にいってやれ。花束は後で届けよう。解毒剤が先だ」
「そうですね。私たちはお手伝いをしただけ‥‥これを持ち帰ったのは、あなたの友達を思いやる心ですから」
レーヴェとエルフェニアに言われ、シェリーは瓶を受け取った。
「‥‥ありがと」
小さな声でシェリーは礼を言うと、照れくさそうに笑って飛び立った。
「無茶をしてはなりません」
エルフェニアはリアに瓶をわたしながら、やんわりと言った。リアは一気に薬を飲み干すと、立ち上がった。すたすた早足で寄ったのは、オラースの所であった。
厳しいリアの表情を、オラースが見返す。
「あなた‥‥解毒剤が何より大切だと分かっていたはず。何故あのような、後先考えない戦い方をしたのですか!」
「あの、リアさん‥‥」
止めようとしたミカエルを、リアがはねのける。勢いでミカエルは地面に転がり、呆然と見上げた。
「‥‥どうしてあんな言い方をしたんですか」
ちら、とリアが顔を上げると、マリウスが横に立っていた。リアは深くため息をつく。
「何でも無いんです。ただ‥‥」
リアは地面をじっと見つめながら口を閉ざし、マリウスを見返した。
「あの子が助かればいい、と思った‥‥だけです」
秘密の場所は、とても綺麗なところだった。
泉が湧き、色とりどりの花が咲き誇っている。あちこちコボルトに踏み荒らされていたが、それもほんの一部だ。
エルフェニアは花園を見回し、レニーとミカエルカルゼを振り返った。
「‥‥花を摘んでいってあげましょう」
ミカエルは泉の側に駆け寄ると、笑顔で見回した。
「良かった‥‥僕、炎の力を使うから‥‥燃やしたらどうしようって思っていました。カルゼさんの作戦のおかげですね」
「そんな事は無いよ。みんなのおかげ。‥‥じゃ、花をすこし摘んでいこう」
と花に手を伸ばし、カルゼはエルフェニアを振り返った。オラースとエルフェニア、リアは見ているだけだ。
「‥‥みなさんは?」
「血が付いた手で花を摘むのは駄目だ、ってさ」
とオラースがマリウスへ視線を向ける。
マリウスは、無言で両手を差し出してみせた。コボルトと戦った時ついた血が、付着していた。マリウスに言われ、オラースは花摘みに参加せず(参加する気があったかどうかはともかく)、傍観に徹していた。
そういわれれば‥‥。
と、ミカエルが自分の手を見る。
ヒートハンドでコボルトを掴んだ時についた血が、自分にも付着していた。そうっと立ち上がるミカエル。
カルゼとレニーは、お互い視線をかわすと、一行を振り返った。
「それじゃあ‥‥わたくしが花の首飾りを作らせていただきますね〜」
レニーは楽しそうに、花を摘み始めた。沢山花を摘んでいるレニーを、カルゼが首をかしげて見る。
「そんなにどうするの?」
「花の首飾りを作るんですぅ」
一つはメイに。
もう一つは、優しい妖精さんにですぅ。
レニーは丁寧に白い花で、小さな首飾りを作った。
翌日冒険者達の取ってきた解毒剤で元気になったメイの部屋の窓辺では、レニーとカルゼの作った花の首飾りが日の光を浴びていた。
(担当:立川司郎)