●リプレイ本文
並んで待つのは嫌じゃない、と言うだけあって、里見夏沙(ea2700)は長い間立ちっぱなしでも何とも思わないようだった。先に来た人たちの様子を見ながら、自分の順番を確認して立つ。
パリの人たちの中にあって、東洋人の里見は少々目立っているが、それもあまり気にしていない様子だ。里見は、群衆の外側でもぐもぐと何か口にしているリーニャ・アトルシャン(ea4159)を見つけ、くすっと笑った。
その横に居るウリエル・セグンド(ea1662)も何か、おそらくリーニャと同じものを食べている。二人揃っていると、リーニャが妹だと言っても誰も疑わないに違いない。
どん、と後ろから突かれ、里見は我に返って前を見つめた。どうやら自分の番らしい。周囲の人々が見守る中、里見は椅子に掛けた。
占い師、レイは噂通りの美貌だった。ただ、里見はあんまりこういう妖艶な女性に惹かれる事が無いだけで。逆に、持っているカードに興味を惹かれた。
「それ、何なんだ。占い道具?」
里見は、絵の描かれた薄いカードを見つめて、レイに聞いた。くすりと笑い、レイは一枚手に取り、それを里見に見えるように差し出す。
カードには、灯りを持った老人の絵が描かれていた。
「このカードを使って占いをするのよ。こういった、絵の描かれたカードが全部で22枚あるわ。さあ、異国の少年。あなたは何を占って欲しいの?」
少年‥‥里見はもう子供じゃないのだが、彼ら西洋の国の人々から見るとそう見えるのかもしれない。
「そうだな‥‥恋愛運とか」
「ふふ‥‥恋愛ってのは“女”に興味がなくちゃ駄目ね。あなた、女性を見るのにとっても冷めた目つきだわ。女なんてものはね、追われるより追う方がいいのよ。女に追われるより追ってみなさい。その方がお互い丁度いいの」
「はは、冗談だったんだけど‥‥忠告は受け止めておくよ。俺、もう少しでジャパンに戻らなきゃならないんだ。ほんとは、それについて聞きたかったんだ」
「あら、ずいぶん遠い国から来たのね。‥‥そうね、あなたきっと‥‥また戻って来るわ。でも帰って来られる場所を大切にしなさいな。それが幸せの近道よ」
レイの手元にあったのは、女帝のカードだった。
彼女が店を終いはじめると、集まっていた人たちも散っていった。辺りは薄暗く影っており、日はとうに落ちていた。里見は人々に混じって歩き出し、通りの向こうに立っていた褐色の肌の少年と落ち合った。
「里見さん、どうだった?」
ユーディクス・ディエクエス(ea4822)が聞くと、里見は微笑してユーディの肩に手をやった。
「さ、それじゃあ行こうか。‥‥占いの結果は秘密」
ちら、とユーディが振り返ると、リーニャがウリエルと別れて、一人歩いて行くのが見えた。彼女の前には、レイの姿が見える。
リーニャの目的は、レイの尾行にあった。リーニャは、この中では最も尾行に適していたが、それでも一応レイに気づかれないように気を付けて歩いていた。
ふ、と姿が曲がり角の向こうに消える。慌てる事なくリーニャが歩いていくと、曲がった向こうに酒場の看板が見えた。
どうやらレイの宿は、ここらしい。しばらくして二階の窓に明かりが灯り、窓辺にレイの姿が見えたのを確認すると、リーニャは踵を返し、仲間の元へと向かった。
酒場は今が最も活気づく時間帯だ。リーニャが足を踏み入れると、既に仲間がテーブルについて談笑していた。
ワインのカップを手に豪快に笑っているのは、フィラ・ボロゴース(ea9535)。長身で逞しい体つきをしているが、女性である。その横で静かに酒をたしなんでいるのは、ルシエラ・ドリス(ea3270)。ジャパン出身の本多風露(ea8650)は、その格好も神秘的だ。
「今日は里見と‥‥ルシエラ、あんただったっけ。占ってもらったのは」
フィラはつい、とグラスをルシエラの方にさして聞いた。整った顔立ちでふんわりとした雰囲気のルシエラは、彼女自身踊り手で占いも行う。
そのルシエラが占いで確認したかったのは、占い自体ではなく、彼女の行動や発言だった。
「占いとは幸せを告げ、人々を導く為のものだから‥‥予言じゃないんだ、絶対に当たるなんて事は無いんだよ」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦‥‥ですものね」
風露が言うと、フィラが少し首をかしげた。
「何だい、それ」
「当たる事もあれば外れる事もある‥‥占いとはそういうものだという事です」
「そうだね、予め口裏を合わせておいた人間を客に忍び込ませたりするのだってよくある事だし、占いを聞いてどう行動するかは、結局本人次第だもの」
だから、彼女の事をとやかく言う気持ちはルシエラには無い。ただ、その影で人から物を奪ったりしているのであれば、話は別だ。それは占いではない。
「彼女、観察眼は鋭いと思うよ。私が“踊り子を始めたばかりなんです”って言ったら、嘘でしょう、って言われたんだ」
あたしの占い、見に来たのね。でも、そういう人は成功するわ。レイは、そう告げた。
「昨晩ユーディクスと二人で、占いをしてもらった人の話を聞いてきた」
里見は、レイの前に緊張した面もちで座っているユーディを遠目に見ながら、フィラに話した。ウリエルとリーニャは、聞いては居るのか居ないのかわからない。先ほどまで一緒に居たサラフィル・ローズィット(ea3776)は、レイの占いの列に並んでいた。
昨晩、リーニャが尾行をしている間、彼らはあの占いをしてもらった人たちを捕まえて話を聞いていた。あの占いの結果はどうだったのか、どんな結果が出たのか、と。
自分の悩み事であるのだから、当然教えてくれなかった者も居たが、聞いた範囲では良い結果半分、悪い結果とその他曖昧な結果が半分。
「でも、占いだけでも相当稼いでいるようだけどな」
人気がある事の一つは、やはり確実に的中する占いの評判によるものだった。無くし者が見つかる、盗賊に襲われる、そういった事はあまりはっきり言わないし、言っても的中率は五分五分。それが当たるも当たらぬも八卦という事。
所がレイは違う。里見やフィラは、じっとユーディの占いを見た。
ユーディがレイに依頼したのは、兄の事であった。家出した兄さんが見つかるか、どこを探せばいいのか、と。
レイは、何枚かカードを切っていく。真剣な眼差しで、カードをじっと見つめていた。
「そうねぇ‥‥。待った方がいいようね。待っていれば、いずれ戻って来るわ。今見つけて会っても、いい結果は出ないようだから」
「そうなんですか‥‥せっかく一人でパリまで探しに来たのに」
ユーディは、彼女をじっと見返した。本心から聞きたい事は本当はあった。しかし‥‥。後ろにちら、と視線を向ける。次の客‥‥サラが後ろに立っている。
ユーディは軽く会釈をすると、椅子から立ち上がった。
見つけてもいい結果は出ない‥‥。という事は接触して来るのか? 予想が付かないユーディは、人混みの向こうに立っている仲間に、ちらりと視線をやる。
最後のサラが終わるまで待ち、それからにしても遅くは無いかもしれない。少し離れた所に立って、ユーディはうろうろと人混みの間を歩き回った。
最後は、サラの番だった。
肌も白く華奢な印象のサラは、レイに自分の浪費癖について相談していた。特に格好は気にしていなかったので、サラの現在の服装はクレリックとしてのものである。
「‥‥分かっています、神に仕える身でありながら、このように欲に負けてしまうようでは、悪魔にも太刀打ちできません。分かっているのですが、福袋とか‥‥よい物が出なくてついムキになって買ってしまったり、それを売ってお金が増えたら、よせばいいのにまた買い物をしてしまって‥‥どうしたらよいのでしょう」
完全に嘘をついてしまうのは、神職者としてサラには出来ない。
だから、これは半分くらい本当の話である。刺繍入りの美しいローブに、少し変わった装飾品。そして七色に光るリボン。サラの話をよく裏付けている。
レイはにこりと笑って答えた。
「そうねぇ‥‥そういう人は、一度きついお仕置きを受けないと分からないものよ。でも、あなたは聖職者だもの。どんな苦難に陥っても、それは修行であると受け止めなさい。それがあなたに課せられた試練なの」
「そうですか‥‥分かりました、神の試練なのですね」
どういう試練だか。
その様子を見ていた風露は、人混みの中からサラに続き、一人の男が立ち去るのを見つけた。どうやら、側に立っていたユーディも気付いたようだ。ユーディ、そして風露はそれぞれ別々にサラと男の後を付いて歩き出した。
荷物を取り落とし、歩き出したユーディの合図に気付いたウリエルが、ぼんやりとそちらを見送る。レイはまだ占いを続けていた。
サラはユーディと風露が尾行していたが、フィラとルシエラは途中でサラを見失い、戻ってきた。
「途中で小火騒ぎが起きてさぁ、巻き込まれちまったよ」
「フィラも? 実は私もなんだ。もしかすると、尾行しているのを気付かれたのかもしれない」
ルシエラもフィラ同様、小火騒ぎで駆けつけた人々に阻害されて、見失っていた。帰ってこないのは、里見と風露のみ。
実はリーニャも尾行をするつもりだったのだが‥‥。
「‥‥どこかで‥‥見た気がする‥‥」
ぽつり、とウリエルが呟くと、すうっとリーニャが顔を上げた。
「ん‥‥どこかで‥‥見た」
「間違いない‥‥と思う」
「‥‥でも‥‥何で‥‥」
「わぁぁっ! お前等、もっと速くしゃべれよ! 肝心な事だろ、一体のあの女は何者なんだ」
フィラは、たまらず叫んだ。誰も突っ込もうとしなかったが、彼らのペースに黙って付いていける程フィラは気が長くは無い。
どうやら、あの女の正体はリーニャもウリエルも気づいているらしい。
ウリエルは長くなりそうな話を、努力して短くして話してみた。
「‥‥盗賊団“鉄の爪”の‥‥リィゼだと思う」
「リィゼ‥‥半年ぶり‥‥元気そうだった‥‥」
「うん」
いや、その話さえ聞き出せれば、後はどれだけ長々と話していようが関係ない。
「じゃあ、彼女の裏で動いているのは盗賊って事だね」
ルシエラが言うと、すう、とリーニャが歩き出した。喋るのは遅いが、行動は早い。あっという間に散ってしまったリーニャとウリエルを追って、フィラ達も駆け出した。
突然暗闇から現れた人影は、3つ‥‥あっという間に彼女を囲んだ。サラはおろおろとした様子で、周囲を見まわす。仲間が尾行して来てくれているはずだが、もし駆けつけてもらえなかったらサラは‥‥。
「ねえちゃん、痛い目と有り金とどっちがいい」
男が低い声で聞いた。サラはきっ、と男達をにらみ返す。
「わたくしは、そのような悪事に屈したりはしません!」
「じゃ、痛い目にあってもらうとするか」
男が更に手を伸ばした、そこに激しい炎がぶつかってきた。空を飛んできた炎は、サラの前に立ちふさがる。それと同時に、風露もサラの背後を守るように立った。
「この方に傷をつけたら、首と胴体がお別れする事になりますよ」
風露はしっかりと柄と鞘に手をやったまま、男達を見据える。飛びかかってきた一人に、抜きざま一撃。返す刀で、その背後の男を突いた。突きは浅かったが、風露はそれ以上踏み込む事はせず、サラを守る事に徹する。
一方里見は、目の前の一人に拳を突きつけ、襟首を掴んだ。抜けだそうとして放ったダガーを避ける為に一度は手を離したが、ちらりと視線を腕に落とした。
「占いじゃ、怪我をするって聞いてないけどなぁ‥‥」
だが、どうやら仲間が駆けつけたようだ。
にやりと里見は笑った。
「さあ、どうする?」
八対三‥‥男達は、じりじりと下がっていく。
「‥‥だらしないね!」
「あ‥‥」
リーニャが声をあげる。つかつかと大股に歩み寄ってきたのは、あの深紅の髪の占い師‥‥いや、鉄の爪のリィゼだった。
リィゼは事に手をやって一行を見まわした。と、その視線をウリエルとリーニャで止める。
「おや、どこかで見た顔だね」
リーニャとウリエルが答えるより速く、ユーディが声を上げた。
「占いと称して影で盗賊を使っていたのは、あなたなのか!?」
「そうさ」
リィゼは平然と答えた。また、同じく平然とした様子でウリエルがゆらりとリィゼの側に立って、スカーフを彼女の襟元にそっと掛けた。
予想不可能な行動に、一行の動きは停止したまま‥‥。
「リィゼ、胸が見えてる‥‥」
「これは見えてるんじゃないの、見せてんのよ。ふふ」
ふ、とリィゼは笑うと、瞬間手を突いた。いつ持ち出したのか、ナイフがその手にある。間一髪、ウリエルはそれを避けていた。にやりとリィゼが笑う。
「‥‥使えるようになったじゃないの、“アンジュ(天使)”」
「ウリエル、そいつを捕まえな!」
フィラが声を張り上げている。
風露、いや彼女より速く動いたのはリーニャだった。しかしリーニャの動きも鮮やかに避け、リィゼは後ろに流れるような動きで後退した。
「リィゼ、占い‥‥嘘だったの ?」
リーニャの問いかけに、リィゼは眉を寄せる。彼女の前に、男達が立ちふさがった。
「何言ってんだい、無くし物をわざわざ夜中に探してやったり、人生相談に乗ってやったりしてるんだ、それ位駄賃だろう?」
人生相談に乗ったのはリィゼかもしれないが、労力を使っていたのは主にこの男達であると思うが。
「悪いね、せっかく再開したのに慌ただしくて。それじゃ、あたしはこれで失礼するよ」
ひらひらと手を振りリィゼは去り‥‥男が三人、残された。
煮るなり焼くなり殺すなり、どうぞお好きにしてやって、というリィゼの捨てぜりふを残した。
「でも、盗賊団って言うわりに‥‥やる事セコイと思うけど」
「そ、それは言わない約束なのでは‥‥」
サラは苦笑まじりに、里見に答えた。
確かに三人は捕まえたが、肝心のレイには逃げられてしまった。
どっと疲れた様子で、七人は酒場のテーブルについた。
「ひとまず、あの占いが詐欺だったという証拠はつかめたのですから、よしとしましょう。‥‥さあ、お茶をどうぞ。幸運が見えることもあるそうですよ」
と、柔らかな口調で話ながら、風露がお茶を一人ずつ煎れていった。ルシエラはお茶を戴きながら、ちらりと器の中を確認する。
「幸運は訪れる兆しも無し‥‥か」
くす、と笑ってルシエラは鞄からカードを取り出した。
「さあ、それじゃあ私が代わりに占いをしようかな。‥‥ちゃんと占ってあげるよ、人生相談込みでね」
皆、顔を見合わせて沈黙する。誰から行く? という雰囲気。
「あ‥‥」
と声を上げたのは、ユーディだった。彼の手にあった“幸運の印”は、確かにぴんと立っていた。
(担当:立川司郎)