京三郎の面〜名入りの水衣
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:5〜9lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 2 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月13日〜05月19日
リプレイ公開日:2005年05月22日
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●オープニング
故あって、彼女は今アッシュの家に世話になっていた。
普段、彼は決して人を自分の家に住まわせたりしない。しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。シャンティイ卿‥‥レイモンドの頼みとあれば、断る訳にはいくまい。
少女は最初は大人しく部屋の隅に座っていたが、じきにアッシュの部屋の片づけをはじめようとした。むろん、これはアッシュが丁重に“下手に触ると、どうなるか保証しませんよ”と、お断りしたが。
クレスというこの少女を最初に保護したのは、シャンティイの城の門番であった。着の身着のままで汚れた裸足のまま、シャンティイの門前にぼうっと立ちつくしていた少女に、彼は声をかけた。
知らない者は入れるな、声を掛けるな。シャンティイの誇る騎士団“メテオール”の騎士達は、口を酸っぱくしてそう言い聞かせる。こと、悪魔の活動が活発になってきた今日、どんな姿をした悪魔がやってくるかわからない。
しかし、少女はあまりに汚れた格好をしていたから、まさか悪魔ではなかろうと門番は思ったのだった。
無事、彼女がレイモンドと面会を果たせたのは、3日後の事だった。
アッシュは、いつものようにギルド員を呼びつけると、話してきかせた。
「彼女が言うにはね、自分はジャパンの舞師に憧れて家を飛び出したんだそうな。そう、京三郎ですよ。丁度町を訪れていた旅商人が、ジャパンの舞を教えられる者を知っていると言ったものだから、居ても立ってもいられず、親を言い含めて家を飛び出したんだそうです。その当時、既に京三郎はこの世の人ではありませんでしたが、彼は京三郎の遺品である水衣という着物を持っていて‥‥」
遺品を持ち出し、彼はこう言った。
京三郎の死は、自分も聞いた。とても悲しい事だ。
しかしもし、お前が踊り子になりたいというなら‥‥自分の知り合いに、ジャパンから来たという踊り子が居る。彼女に頼めば、京三郎のような舞を教えてもらえるかもしれない。運良くすれば、ジャパンに行ける。
ところが、この旅人‥‥あまり質のいい商人ではなく。はっきり言えば、人やシフール、精霊やモンスターなどを売り買いしたり、不法な売買を扱う商人で。
若く見目も悪くない彼女は、商人の召使いとして旅に連れられていった。逃げようとした事もあったが、金を少しも持っていない彼女が逃げられる所などたかが知れており、見つかれば酷い折檻をうけた。
それから3年。シャンティイの近くまでやってきた彼女は、隙を見て城に向かう別の商人の荷馬車に忍び込んだ。
「それにしても、よくレイモンド様がお会いになられましたね」
ギルド員が聞くと、アッシュはふ、と笑った。ギルド員が、恐怖に肩をすくめる。
「‥‥その商人が持つという水衣、もしかすると本物かもしれません。京三郎の持ち物には共通して、どこかに名前を書いているんだそうですよ。持ち物に名前を入れるなんて、几帳面な性格ですねぇ‥‥。その水衣にも、異国の言葉が書いてあったそうです。残念ながら彼女はジャパン語が出来ませんから、何が書いてあったのか‥‥ジャパン語であったのかすら分からなかったそうですが。そこで!」
急に勢いよくからだを起こすと、アッシュはテーブルに乗り出してギルド員を見つめた。
「その商人から、水衣を盗って‥‥いや、貰ってきてください」
盗って、と言った! 確かに、ギルド員の耳には聞こえた!
「嫌ですねえ、悪い事をしてもうけているんだから、一つや二つ盗ったって何も言いやしませんよ。‥‥まあ、それが嫌なら、どうにかして交渉して来てください。ただし10Gしか出しませんから」
いつぞやの翁面の時はもっと出したのに‥‥。ギルド員は金を見下ろした。
「どうやら、商人は彼女を捜して、まだシャンティイ近郊に居るようですよ」
お気を付けて‥‥。アッシュは不敵に笑った。
●リプレイ本文
少女の体には、無数の傷があった。
格好は異様だが本人は真面目なエルフの芸人(え、違う?)、ガゼルフ・ファーゴット(ea3285)は少女クレスの手を取ると、眉を寄せた。
「酷い痣だな‥‥どうしたんだ、この傷は一体‥‥お兄ちゃんに話してみな」
「‥‥いえ‥‥何でもないんです」
クレスは首を振ると、手をひっこめた。まだ警戒心があるのか、目を合わせようとしない。ガゼルフの前にゆっくり進み出ると、かわって白い手がクレスの手を取った。
柔らかな物腰で、彼女がクレスに語りかける。
「具合はいかがですか? ‥‥お食事はきちんと取っておられるでしょうか」
「はい‥‥あの‥‥」
ちらりとアッシュを見上げる。
アッシュの家にどんな料理が並ぶのか、おそらく誰も想像もつかないが、一応まともなものを食べさせてもらっているようである。彼女、サラフィル・ローズィット(ea3776)はこくりと頷いた。
「そうですか‥‥傷は大分癒えているようですから、じきに癒えるでしょう。痕は残るかもしれませんが、年月を経ると薄くなっていくものですから、心配ありませんよ」
「うん。でもやっぱり女の子だもんね、目に見える所に傷があると気になるよね。治るんだったら、良かったじゃないか」
はは、とリュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)が笑って言った。ガゼルフ、サラと三人、めずらしくエルフばかりである。その中でもリュシエンヌは、二人より一回り以上年が上で、どこか落ち着いた雰囲気を持っていた。
「私たちがどうしてここに来たか‥‥アッシュに聞いたかい?」
「はい‥‥水衣を探しているのだと聞きました」
「まあ、それが主な目的だという事は否定しないよ。それで、詳しく話が聞きたいんだけど、いい?」
リュシエンヌが聞くと、クレスは彼女たちをじっと見上げた。サラ、そしてリュシエンヌがガゼルフの方を見る。
うん。きっと、この場に居る誰も、ガゼルフがどんな格好をしているのか分からないだろう。聞いてもきっと、分からない。
「少し変わっていらっしゃいますけど、いい方なんですよ」
「だから俺は‥‥」
「そうそう、まあ見なかった事にしてちょうだいな」
二人はガゼルフの言葉を遮ると、クレスに話を促した。
クレスは視線を落とすと、口を開いた。
京三郎‥‥。本名は不明。
パリに居るサラの仲間が調べてくれた所によると、京三郎に関する依頼のほとんどは、この周辺に集中していた。そしてそのうちのほとんどが、アッシュという青年によってもたらされている。
「どうやら、アッシュさんのお知り合いの領主様が収集なさっているそうです。京三郎様の持ち物は呪いが掛かっているといわれていて、とても高価で取引されるのだそうです」
サラは、階段を上がっていったきり降りて来ない聯柳雅(ea6707)を気にしながら話を続けた。柳雅はアッシュの依頼を幾度も受けているから、京三郎に関する知識もある程度は持ち合わせているようだ。
「呪い‥‥ねぇ。そんなもんがあるなら、お目に掛かってみたいわね」
本多桂(ea5840)はワインの入ったカップに口をつけながら、ふふ、と笑った。呪いのかかっている物品など、冒険者をやっていてもそう遭遇するものではない。しかし、サラの調べによると、そのほとんどは“呪い”だと思っていた人々によって起こった騒動に過ぎない。
同行したセルミィ・オーウェル(ea7866)は、京三郎の事はよく知らないものの、柳雅とは依頼で顔を合わせた事がある。
セルミィが同行したのは、対象の商人の興味を引く為であった。
実際、商人はセルミィの方をちらちらと見ていた。
室内には柳雅とセルミィ、そして商人と護衛が一人。旅の間、この宿に宿泊しているらしい。隣室には、別の護衛が待機していた。使用人達は出払っているのか、それとも別の護衛に見張られているのか、姿が見えない。
セルミィは柳雅の方に座って、機嫌良く歌を口ずさんでいた。
柳雅は、セルミィを見る商人の視線に気を付けながら、話をはじめた。
「あなたが京三郎の水衣を持っている‥‥と伺って来たのだが、見せていただく事が出来ないだろうか」
「水衣? さあ‥‥知りませんなぁ」
しらばっくれるつもりなのか、商人は目を閉じて考え込んだ。柳雅はつとめて冷静に、言葉を返した。
「私は今まで、何度か京三郎の持ち物を見た事がある。そのうちの一つは、クレルモンに居る富豪が持っていたはずだ。今はシャンティイ卿の手に渡ったがな」
「‥‥なるほど、確かに京三郎の事に詳しいようですな。それで、何故わしが持っている事を聞きなさった」
商人が柳雅に聞いた。一瞬、柳雅の言葉がつまる。
「それは‥‥私にもよく分かりません。アッシュという男が依頼主だが、あの男の素性は私にもとんと分からないものでな」
商人は黙り込んだ。柳雅が更に続ける。
「確認さえすれば、満足する。一目だけでもいい、見せて頂けないか」
かかげよ 高らかに
清らかな唇が祝福をのべると
かかげよ 高らかに 杯を持ち祝福と乾杯を
「‥‥お邪魔でしたか?」
セルミィが歌を止める。柳雅は眉を寄せ、立ち上がった。するとセルミィがふいと飛び上がって、飛び回った。
「柳雅様、京三郎の服‥‥見せてもらわないんですか? 私、見てみたいです」
「しかし‥‥セルミィ」
歌が好きなのか。
商人が聞くと、セルミィはハイ、と高い声で答えた。
柳雅はセルミィをドアの所に促すと、商人に聞こえないように小声で言った。
「セルミィ、何をする気かわからないが、止めておけ。何かあってからでは遅いぞ」
「大丈夫、殺されたりとかはしないはずです。それに私、皆さんを信じてますから」
セルミィはふいと飛ぶと、テーブルへと戻っていった。
三日の間、そのシフールを借りたい。実は取引先の者が歌が好きで‥‥。
という商人の話を嫌々聞いて、柳雅はセルミィと引き替えに水衣を確認して来た。本当ならば、セルミィを置いて来たくはなかった。しかし、あんなセルミィは柳雅も初めて見る。
信じる‥‥。
ならば、それに答えねばなるまい。
柳雅が確認した所、水衣には確かに漢字が書かれていたという。柳雅の知っている言葉は華国の言葉であるから、正確に水衣に書かれた名前を読む事は出来ない。しかしおそらく間違いは無いだろう、と柳雅は話した。
翌日。
セルミィの事が気になる一行は、すぐに行動に起こした。
ガゼルフとリュシエンヌは、二人で商人の元をおとずれた。商人はすでに宿には居なかったが市場に居る所を見つけて、近づいた。
どうやら、商売をしているのではなさそうだ。
近づこうとするガゼルフの腕を、リュシエンヌが掴む。
「さりげなくだよ、さりげなく」
「さりげなく、商品を探す旅芸人のふりをする‥‥ってのは駄目か」
「人や盗品の売買をしている商人が、真っ昼間から商品並べてたりするもんか」
リュシエンヌは、少し離れた所に場所を定めると、歌を歌いはじめた。リュシエンヌの演奏もさる事ながら、歌はかなりのものだ。歌にあわせてガゼルフが芸をはじめると、人が集まってきた。
商人の目も、こちらに向いている。
二人と離れて見張っていたサラは、割波戸黒兵衛(ea4778)、遊士燠巫(ea4816)の方を振り返った。
「リュシエンヌ様達が気を引いている間、わたくしはあの傭兵さん達を何とかします。セルミィさんの事、どうかお願いします」
「任せておけ。さあ、お前さんは行った行った」
黒兵衛に急かされてサラが商人の所に向かっていくと、黒兵衛は燠巫を連れてその場を離れた。商人達は、荷物を持っていない。という事は、自分達が連れた馬車に積んであるのに違いない。
昨夜のうちに、馬車が市場の端に繋がれている事を調べていた燠巫。また、黒兵衛も独自に商人に接触していたが、思ったように話は進まなかったようだ。
「荷物を置いて行く程の者じゃ、傭兵は信頼されておるのじゃろうな」
「残っているのは傭兵一人か‥‥。どうする、気絶させるか?」
燠巫が聞くと、黒兵衛は頷いた。
「ではわしが護衛を気絶させる。お主はその間に、入りこめ」
黒兵衛は足音を消して傭兵の後ろに回り込むと、物陰に隠れながら静かに近づいた。音もなく、拳がたたき付けられる。鋭く素早い一手は、傭兵の意識を一瞬で奪った。
なるほど、年を経ているだけはある。ただ、暇さえあれば口説いている所を見ると、自分の将来があそこに有るのではないか、という一抹の不安がよぎるが。
不安を振り切ると、燠巫は馬車に近づいていった。商人達は戻って来る様子が無い。使用人達は、サラが話しかけて気を引いている。
中に入ると、うす暗い馬車の荷台の中で、何か小さな影が動いているのが見えた。
「セルミィ‥‥大丈夫か」
「大丈夫です。きっと来てくれると思ってました」
セルミィは檻から出ると、燠巫にしっかりと抱きついた。燠巫は何も言わずに背中をそっと撫でてやると、馬車の外へと視線をやった。黒兵衛が、倒した傭兵の横で周囲を見まわしている。
セルミィが捕まっていた檻に付いた木札、そしてシフールのセルミィより小さな精霊達。既に売られていったのか、木札だけが箱の中に幾つも転がっている。
それらを適当に仕舞い込むと、燠巫は馬車を飛び出した。
無い。
商人は、馬車の中をひっかき回した。どこをどう探しても、あったはずの木札がない。証拠は残さない主義の商人だったが、唯一残っていたのが木札だった。売却済みか否か、売却先はどこか記す為につけていた木札を、売った後もしばらく残していたのである。
‥‥そのはずだった。
「何の為に雇っていると思ってる! この役立たずどもが!」
商人は傭兵を怒鳴りつけると、荷物を投げた。
鞄が馬車の床にぶつかり、地面に転がっていく。ふ、とそれに視線を落とすと、女性が馬車の中をのぞき込んだ。
「何を探してるの? ‥‥もしかして、これ?」
桂は手の中にある木札を、商人へとかざして見せた。青ざめた顔で、商人が飛びつく。その手をかわし、桂は手を腰にやった。
「渡す訳にはいかないね」
桂にかわって、黒兵衛が商人との間に割って入った。黒兵衛の顔を見て、商人は覚えていたのか声をあげる。たしか、数日前に雇ってくれと言って来た男だ。
「‥‥お前‥‥」
「別にとって喰おうって訳じゃない。ただちょいとばかり、商売の話があるだけじゃ」
黒兵衛の後ろで、桂が傭兵達に隙無く視線を向けている。
「お前さん、京三郎の水衣を持っておるじゃろう? そいつを渡して欲しいんじゃ」
「ふ、ふざけるな! 誰が売るもんか!」
「おや‥‥そんな事を言っていいの? これ、要らないのかしら」
と、桂が木札を手の中でもてあそぶ。商人は口をぱくぱくさせながら、うろうろと歩き回った。続けて黒兵衛が、あるものを差し出す。
「ただで、とは言わん。‥‥ほれ、5Gでどうじゃ」
「そんな‥‥ええい、たかが二人‥‥おい、お前達!」
商人が後ろに視線を向けると、傭兵達がゆらりと前に進み出た。手が腰の剣に伸びる。桂はにやりと笑った。
「さぁて‥‥そう来なくっちゃね」
傭兵の剣をすんででかわすと、桂は太刀をたたき付けた。
テーブルの上に広げられた着物を、アッシュはうっとりと見下ろした。桂は着物を広げると、その内側の襟元を指す。
「ここに書いてある。‥‥東条京三郎‥‥というのが彼の名前らしいね」
「なるほど‥‥ご苦労でしたね。しかも5Gで手に入れて来るとは‥‥なかなかやるじゃないですか」
アッシュはすっかりご機嫌で、桂の言うがままに酒を出してきた。しかも、シェリーキャンの作った酒だと言う。
「‥‥あのな、アッシュ。これってもしかして」
燠巫が、酒の入ったカップを見下ろす。
いや、もしかしなくとも、この酒‥‥妖精のシェリーが作ったもの‥‥。
「盗ってきたんじゃありませんよ。‥‥買ったんです」
「買った、て‥‥」
燠巫は眉を寄せる。しかし飲めればいい桂は、椅子に腰掛けてカップを手にした。桂の横に、サラと柳雅も腰掛ける。サラは酒をつごうとするアッシュに断ると、カップを押し返した。
「‥‥お気に召しませんか?」
じゃああたしが、とカップを取った桂を困ったように見返すと、サラは口を開いた。
「あの商人、罪に問う事は出来ないのでしょうか」
「そうだな。あの奴隷達も、あのままでは哀れだ‥‥まだまだ妖精や精霊が売り買いされているようだし、レイモンド卿の力添えがあれば商人を捕らえる事も出来よう」
柳雅もアッシュに言った。
アッシュは水衣に触れながら、うっとりと笑みを浮かべている。
「‥‥レイモンドはもう動いているんじゃないですか? 証拠さえあれば、あとは捕まえるだけですから。捕まえるだけなら、騎士が一人居れば出来る仕事ですしねぇ」
「あんた、機嫌がいい時はやる事早いんだね」
桂はそうぽつり、と言うと、ふと燠巫の様子を振り返った。
何か、いつになくしんみりとした様子で飲んでいる。
「どうしたのさ」
「‥‥うん。俺、イギリスに帰る事になってな。まぁ、妻が‥‥」
云々‥‥口の中で言葉を濁すと、燠巫は酒をあおった。桂がその飲みっぷりを見て、嬉しそうに注いでやる。
「まあ、永遠の別れじゃなし。‥‥さ、飲みなさい!」
「そうだな。‥‥アッシュが呼んでくれたら、すぐに戻って来るぜ」
「‥‥早っ‥‥」
即座に桂の突っ込みが入った。
(担当:立川司郎)