贖罪〜懺悔する猫
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:7〜13lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:06月18日〜06月23日
リプレイ公開日:2005年06月24日
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●オープニング
自ら閉ざしたその目は、その心を見つめる。
澄みたる声は、その魂に語りかける。
毎日、罪の告白を聞いた数だけ、墓標を洗わなければならない。それが彼女の贖罪。
3人から3つの告白を受けたら、3つの墓標を。10人から15の告白を受けたら、15の墓標を。毎日。
まだ45才にもならないエルフの少女が何故そうしなければならないのか、パリの外れにある小さな教会に住む誰も知らない。
肌を流れる風が、さわさわと草木を揺らしていた。彼女は手にした杖で探りながら、いつもの道を通る。いつもの道、いつもの場所へ。
手に冷たい木の感触が伝わると、彼女は左手に持った桶から布を取りだし、丁寧に拭きはじめた。一つ、二つ、三つ。
‥‥ラスカ‥‥というのは、あんたかい。
しわがれた声が聞こえた。ラスカは手を止め、耳を澄ます。見えないように目を覆った布ごしに、月明かりが瞼を明るく照らしている。さわさわと、白く長い髪を風がさらっていた。
「どちら様でしょうか」
ラスカが聞くと、声はすぐ近くに来た。
下の方から聞こえる。
「聞いてくださいよ聖女様。‥‥罪の告白を聞いてくださるのでしょう?」
「‥‥お聞きしましょう」
ラスカが答えると、それは語り始めた。
その日は一つ。人のものを盗んでしまった、と。
では、盗んだものをお返しして、その方に善行をしてください。罪を償ってくださいとラスカは話した。
それから次の日。
また、それは来た。今度は2つ。
更に次の日は4つ。
ラスカは、他にも毎日懺悔を聞いている。ゆえに、毎日洗う墓標が増えていく。これには、教会も不安を感じた。
「ラスカ‥‥この間わたし、こっそりあなたの後を付いていったのよ。‥‥あれは、猫だったわ。きっと、悪魔の使いに違いないわ」
「‥‥しかし、懺悔は懺悔‥‥わたしは“贖罪”を続けなければならない」
彼女に止めろとか、理由などを聞いても答えないのは知っている。それはやむなき事だろう。しかし、猫の件は放っておけない。
教会の者が心配しているうちに、事件は起きた。
‥‥ラスカ様、聞いてくださいますかい。
しわがれた声が聞こえた。
「‥‥悪魔の声であろうと、わたしは聞きましょう。あなたの罪を話しなさい」
毅然とした口調で言うと、“猫”は話した。
「沢山ねえ‥‥人を殺したんですよ」
最初は一人。
その次の日は二人。
そして四人。
そして八人。
その次は十六人‥‥のはずである。
「十六人、俺は殺してしまうんでしょうかねえ」
「人の命を奪って、あなたの幸せが得られるのですか?」
ラスカが聞くと、下卑た笑い声をあげた。
「ひひ‥‥そりゃあどうでしょうねえ。ですけど、楽しいのには違いない」
そうだ。“猫”は声をあげた。
「そういえば、ここの教会‥‥聖女様を含めて八人住んでいるそうですねえ。‥‥あと八人来たら、丁度十六人‥‥ってえ計算でさあ」
「八人? ‥‥私を入れなければ何人ですか?」
「ん? ‥‥ああ‥‥よ、四人じゃねえか」
ラスカはしばらく黙っていたが、静かな声で言った。
「そうですね」
「だろう? だから、誰か居なかったら‥‥よ、四人と‥‥八人と‥‥」
「では、本当に十八人殺すというならば、私はそれを阻止しましょう。十六人を阻止します。きちんと数えますから‥‥あなたは賢いから、数え間違えたりしませんよね」
「もちろんじゃねえか」
“猫”は大きな声で言うと、姿を消した。
教会はその話を聞いて、恐ろしさに身を震わせた。
「ラスカ様‥‥悪魔とそのような話をしたのですか。なんと恐ろしい」
「‥‥少しも恐ろしくありません。あの悪魔は、計算出来ないのですよ。一人、二人、四人、八人というのは、何かの折りに聞いて覚えていたのでしょう。ですけれど、計算式として覚えていたのでは無いのです。だから、何人殺したのか数えられるはずなどありません」
「では、殺されるのを待てというのですか」
誰かが聞くと、ラスカは笑って答えた。
「いいえ、誰も殺されませんよ。‥‥悪魔は言っていたじゃありませんか。十八人、と。だったら、十八人揃えて待っていましょう。ですが、悪魔が手下を集めてくる可能性もあります‥‥慎重に人選しなければね」
そうして、ギルドに依頼が出された。
●リプレイ本文
■贖罪〜懺悔する猫
ひときわ高く影を落としている馬を、無言で見上げる。
幼な顔でじいっと見上げるヒール・アンドン(ea1603)の頭を、見ちゃいけません、とばかりに掴んで押さえこんだのは、本多桂(ea5840)である。
言うまい。桂は口を閉ざしていたし、彼女の少し後ろを歩いているフランシア・ド・フルール(ea3047)は、日に透ける金色の髪を揺らしながら、黙々と歩いている。そう、それもまた、彼の馬に与えられた試練でしょう、と言わんばかりに。
が、やがて一人。足を止めた。
「‥‥やっぱり突っ込んでいいかい」
そう口を開いたのは、人生年齢で言えば一番の年輩。パトリアンナ・ケイジ(ea0353)だった。パトリアンナは、高い高い山を見上げる。
いや‥‥マテ。手を伸ばしたロックハート・トキワ(ea2389)の手を弾き、パトリアンナは振り返った。
「なあヴァレス。‥‥あんたのその恐ろしくデカイ荷物、一体何なんだい」
ふい、とゆっくりとした動作でヴァレス・デュノフガリオ(ea0186)が振り返った。ヴァレスもパトリアンナも、同じように山野を駆ける事を得意とする職。大抵アタリはついているのだが‥‥。
「これ?」
ヴァレスが、自分の馬の荷物を見上げる。
「全部スクロールだけど。‥‥あ、その他にも色々荷物があるけど」
にっこり笑って、ヴァレスは答えた。
なあ、これいつ崩れて来るかな。トキワが荷物を見上げた。
ざわざわと風が吹き付ける。古びた木の柵をぎしぎし揺らし、裏の林が枝を絡ませていた。扉を抜けて出てきた少女は、ドアの前に立っている褐色の肌の女性の方へと顔を向けた。
「あなたがラスカさんですか?」
アハメス・パミ(ea3641)が問いかけると、少女はこくりと頷いた。手を差しだし、パミの顔を撫でる。パミはじっとしたまま立っていた。
「悪魔の気配は‥‥」
パミが聞くと、ラスカは首を振った。
「まだのようですね。‥‥中へどうぞ」
ラスカに案内され、パミは後ろを振り返った。ラスカが足を止める。
「どうかなさいました?」
「いえ‥‥あなた方を含めて、教会内の人間は一六名。我々‥‥客は八名でなければなりません」
確かに、ここに来たのは八名。しかし、八名全員が教会内で待つとは思っていなかった。猫が数を数えられない、だとすればそれを利用して二手に分ける。パミはそう考えていた。
「猫が来たら、我々が訪れる。猫が数える数が八人になるまで順番に私たちが訪れます。数が数えられないそうですから、おそらく四人入った時点で八名とカウントされるのではないかと考えますが‥‥いかがでしょうか?」
パミが説明すると、パトリアンナはちらりとパミを見た。彼女の言いたい事を察したのか、パミが付け加えて問いかける。
「教会内には、確かに八名居るのでしょうか? 教会の八名に客が八名‥‥それで、正しく十六名ですか?」
「はい。教会の者は八名、それは間違いありません」
「じゃあ、何かタネか仕掛けかあるってのかい?」
数を数え間違えそうな何か‥‥とパトリアンナが聞く。くす、とラスカは笑った。
「タネ? タネはありませんよ。しいて言えば、下級の悪魔というものはあまり頭が良くありません」
「じゃあ、数を数えさせたってのは」
「下級の悪魔は数を数えるのが苦手ですから、それを計ったまでですよ。ここは教会‥‥自分が不利であると分かれば、退散しようとするでしょう。‥‥もっとも、あれがグリマルキンであるか、それとも別のインプなどが猫に化けているのかによりますが‥‥インプであれば簡単に倒せるでしょうが、前者であるならあまり油断は出来ません」
グリマルキン‥‥猫の姿を取るとされる悪魔。フランシアが口を開いた。依頼報告書などで名前は聞いた事はあるが、フランシアにもこの悪魔の詳細な情報は持ち合わせていない。
夜が更けていく。風が雲を呼び月を覆い隠していく。
パミがふと月を見上げた。すう、と眉を寄せる。
「以前、シムルという御使いと会った事があります。祖国では猫は大切な生き物‥‥悪魔が猫の姿を取るなどと‥‥」
「悪魔と天使‥‥それは表裏一体‥‥」
ラスカの言葉に、フランシアが視線を向けた。つい、と氷雨絃也(ea4481)が、手の中に持った羽を回した。天使が落とした羽を加工したと言われる、羽根飾りである。
「天使も悪魔も‥‥もとは同じって訳か」
「悪魔は堕落した存在‥‥真の神の王国に必要な強き賢者ではありません」
フランシアがきっぱりと言い放つと、氷雨が苦笑した。
にゃあ。
猫の声が聞こえた。思わず剣を引き寄せた氷雨の横で、ヴァレスがスクロールを開く。ブレスセンサーとインフラビジョン‥‥どちらも使って悪魔の接近を警戒していたのに、全く気づかなかった。
一度の使用に疲労が激しい割に長く保たないスクロールの魔法、穴があったのか‥‥それとも、魔法で悪魔の姿を捕らえる事が出来なかったのか。氷雨が、ヴァレスを押さえる。
氷雨の視線の先で、ラスカが猫と対峙していた。杖の先で猫を確認すると、ラスカが口を開いた。
「‥‥十六人‥‥殺すと言いましたね」
「ああ、言ったさあ。‥‥ここにゃ八人居るよな」
「そうですね‥‥あなたは数えましたか?」
「あ‥‥ああ」
猫が口ごもる。すると、ラスカが顔を上げた。どこかから、足音がする。今日は客が来るのです、とラスカが言うと、猫の横を通り過ぎて一人‥‥立った。凛とした顔立ちが、猫を見下ろす。
まずはフランシア。そしてパミ。桂。ヒールの順である。
猫は数を数えようとしたが、そもそも数え方が妙だ。
「一人‥‥二人。四人‥‥八人」
‥‥何か足りない気がするが。あえて、誰もそこは言わない。パミは厳しい視線を猫を向けると、教会に入っていった。ヒールがじいっと猫を見下ろす。
どう見ても、普通の猫である。
「これで‥‥十六人ですね」
ヒールが聞くと、猫が大きな声で答えた。
「もちろんだ!」
「‥‥おやおや、化け猫は数も数えられないの?」
猫が、教会の扉の奥に顔を向ける。椅子に腰掛け、手元に剣を抱いた桂が徳利を掴んでいた。その徳利を、猫の方へと差し向ける。
「こいつはねえ‥‥化け猫冥利って言うのさ。猫も喜ぶマタタビ酒‥‥あんたも飲んでみる? 少しは頭が冴えるかもよ」
「な、なんだと?」
猫が声をあげる。静かに、静かに‥‥フランシアが頭を猫に向けて垂れた。
「‥‥汝、墜ちたる者よ‥‥何故この聖女を煩わせ、懺悔の真似事を為すや?」
「何故だと? 何故もクソもねえ‥‥聖女と名が付きゃあ、俺達の敵だ!」
その時。静寂の夜に、鐘が鳴り響いた。
一つ、二つと。
猫が夜空を見上げる。鐘の音色を確かめようと裏手に回った‥‥その足下に、稲妻が走った。暗闇から、ヴァレスが立ち上がる。
「やった‥‥!」
「‥‥いや‥‥」
剣の柄を握ったまま、氷雨が周囲を鋭い視線で見まわす。いつの間にか、猫の姿が消えていた。つい先ほどトラップにかかったはずだ‥‥。
「ヴァレス!」
氷雨が声をあげると、ヴァレスはすぐさま周囲を探った。だが、全く反応が無い。
「なんで‥‥ブレスセンサーもかからない‥‥」
パトリアンナ、そしてトキワが駆けつける。
「ダメだ‥‥相手を見失ったんじゃ、忍んでいた意味が無い」
トキワが眉を寄せる。
鐘を突いて知らせたパミは、すぐに鐘突堂から降りて桂達と合流した。ともかく、パトリアンナとトキワ達はそのまま周囲を捜索。
「ラスカさん、教会の中の人たちを集めてください。私たちは、中を護る事にしましょう」
ヒールはパミとともに、教会に住む残り七名を一部屋に集めた。
そうしているうちに、ヴァレスの力が尽きた。ソルフの実を掴んだヴァレスの手を、氷雨が取る。
「無駄だ、何度やっても姿がつかめない魔法を使う意味は無い」
「‥‥どこに行ったんだ」
ヴァレスが、教会の周囲を見まわす。
月が‥‥静かに雲から現れる。光が差し込み、周囲を明るく照らした。と、氷雨が剣を抜いた。
「どこから‥‥現れた!」
氷雨が駆ける。トキワがナイフを抜き、パトリアンナはヴァレスを振り返った。
「あんたは中だ。‥‥皆に知らせておいで!」
ヴァレスを教会に向かわせると、パトリアンナは槍をようやく露にした。
「さて、こいつを持ってきたかいがあったかねえ?」
槍の先を、墓場に向ける。三体、土から躯が現れていた。うち一体に、氷雨が斬りつける。パトリアンナは、槍でズゥンビを払いながらトキワに声をかける。
「こいつら、さっきの悪魔が呼び出したんだろう。だったら、近くに居るはずだ!」
「‥‥って言ったって‥‥」
トキワは墓場を見まわした。
何か壁に弾かれたような衝撃があった。何か、小さなものが壁にぶつかった。
壁は見えなかったが、見えないだけで確かにある。
フランシアが立ち上がった。静かに、ラスカが顔をあげる。瞬間、そこに黒い影が現れていた。
ラスカと、黒い影と。
黒い影は、黒豹の姿となった。
「貴様‥‥!」
「その壁は越えられません」
平然とした様子のラスカの横で、ヒールは手斧を引き寄せた。猫だ猫だと思っていたら‥‥。
「猫じゃなかったんですね‥‥ごめんなさい、豹だったなんて‥‥」
「どっちでも同じだ! ‥‥この刀の錆にしてやるよ!」
桂が直刀を抜きはなった。猫に、確かにその一閃が届く。だが猫は即座に術を発動させていた。広がる影に包まれ、辺りは闇に包まれた。
「な‥‥どうなってんの?」
桂が、左手を探る。
やや後ろから、フランシアの声が聞こえた。
「闇を作り出す術です。すぐに解除致します」
「あ‥‥猫が逃げてしまいます」
ヒールが叫び、手斧を振った。しかしその斧は空しく空を切り、かわりに黒豹の鋭い爪を腕に受ける事となった。ひょいと翼を広げ、飛び退く。
「貴様等ヒトごときが‥‥俺の邪魔をするな!」
「‥‥数も数えられない悪魔が、ヒトごとき、とは‥‥」
パミがふ、と笑って言うと、ムキになったように黒豹が叫んだ。
「うるせえ! ‥‥き、今日は調子が悪かったんだ。今度はこうはいかないからな、覚えてろ!」
言うなり、ふいと黒豹の姿が消えた。ようやく闇から解除された桂が、刀を持ったまま見まわす。
「あ‥‥あいつ、どこ行った?」
「‥‥あ、あそこです!」
ヒールが指さす。
「何、どこに居るの」
「あれですよ、あの蠅」
ヒールが詠唱を開始する。だが、一瞬目を離した隙に、ヒールは蠅の姿を見失ってしまっていた。ああ、とがっかりした声をあげるヒールの横で、桂は手を腰にやって刀を床に突いた。
「‥‥捨て台詞吐いたあげくに、蠅になって逃げるとはねえ」
「結局、猫だったんでしょうか‥‥黒豹だったんでしょうか。それとも‥‥」
首をかしげたヒールに、桂はため息をついた。
動かなくなった躯を前にして、パトリアンナがため息をついた。
「やれやれ‥‥死体と格闘した末に、悪魔も消えちまうとはね」
「‥‥何でブレスセンサーがきかなかったんだろう‥‥」
首を傾げているヴァレスの肩を、トキワが突いた。
「効かないもんは効かない。‥‥しょうがないだろうが」
「そうですね‥‥では皆様、せめて死者の埋葬は致しましょう」
トキワが振り返ると、フランシアが手桶を持って立っていた。すう、と無言で手桶をトキワに差し出す。
「‥‥え?」
「望まぬ生を与えられた、死者に静かなる眠りを‥‥」
呆然とするトキワと、ヴァレスの肩をばん、とパトリアンナが叩く。
「まあ、そんな顔しなさんな」
彼女の視線の先で、ラスカが水の入った手桶を持って歩いている。いつもの日課なのか、彼女はそれを持って墓場に座り込んだ。
「未だ少女ながら、煉獄に身を置くが贖罪‥‥その行いは、聖女と呼ばれるに相応しきもの‥‥あなたが一日も早く贖罪を終える事を祈っています」
フランシアは呟くと、胸の十字架を握りしめた。
(担当:立川司郎)