京三郎の面〜化生面
|
■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:7〜11lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 79 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月20日〜06月26日
リプレイ公開日:2005年06月28日
|
●オープニング
やあ、よく来たね。
椅子に深々と掛けたまま、にこやかな笑顔で青年は出迎えた。が、出迎えると言っても椅子に座ったままであるし、そもそも歓迎されているように見えない。
男は、不愉快そうな顔で青年を睨んだ。
「‥‥それで、どういうご用件ですか、アッシュさん」
アッシュと呼ばれた男は、笑顔をたやさずに手を胸の前で組んだ。この笑顔。美しい銀色の髪、そして端正な顔立ち。
確かに顔は綺麗だ。
しかし、心は悪魔だ。
声を大にして、男は言いたかった。それなのに、何故自分はパリからこんな森の中まで依頼を聞きにやって来なければならないのか‥‥それはギルドマスターも知らぬ事かもしれない。
アッシュは愉快そうに、男に身を乗り出した。
「この間、水衣を手に入れたじゃないですか。悪い商人から」
悪い人が悪いって言うな、と子供のような事をギルド員は言いかけたが、何とか思いとどまって笑顔を繕う。
「あの商人をレイモンドが捕まえさせたんですけどね。‥‥面白い事を聞いたんです」
「‥‥帰ってもいいですか?」
と逃げ駆けたギルド員の服を、がっちりとアッシュが掴んだ。
「話は終わっていませんから」
「‥‥」
仕方なくギルド員が振り返ると、アッシュは話を続けた。
「どうやらあの水衣‥‥きちんとしたルートで手に入れたらしいんですよ。‥‥京三郎の知り合いから、ですよ」
「知り合い? ‥‥そんな人がいるんですか」
ていうか、京三郎というと、旅の舞師で、数年前に盗賊に襲われて死んだといううわさ話しか聞いた事がない。おまけに、京三郎の遺品は、呪われているという噂が立っている。
これまでにもアッシュからの依頼で何度か京三郎の遺品にお目に掛かったが、いずれの所有者も幸せそうではなかった。ある意味で、呪いが掛かっているのと同じではないだろうか。
「あんまり気が進みませんがねえ、調べろって言うんでしょう?」
「もちろん、そうですよ。あの商人によると、水衣を売ってくれたのはシャンティイの東にある街に住んでいる騎士だそうですよ」
それも、彼は京三郎の持っていたという狐の面を持っている、という。
町はずれに、一人で彼は住んでいた。昔はどこかの領主に仕えていたらしいが、年も五〇を越えている。妻も子も無いのか、彼の元を訪ねる者はめったに居なかった。
とにかく人嫌いらしく、誰が訪ねても会おうとしない。
狐の面も、大切に持っているという訳ではなかった。むしろ、彼は何度か面を売り払っている。
だが。
その面は売ってしばらくすると、必ず戻って来る。
「‥‥一人でに?」
静かな口調で、ギルド員がアッシュに聞いた。
「まさか」
笑顔でアッシュが言い返す。
「面がひとりでに戻って来るわけないでしょう。返しに来るんですよ、売った相手が」
売った相手は、皆こう話す。
面をあの男に、騎士に返せと‥‥枕元に死霊が立って毎晩呟くのだそうな。毎晩毎晩、朝まで。恐ろしくなり、買った方は返しにやってくる。
「‥‥何故か。騎士にも分からないそうですよ。だから、多分取りに行ったら狐面はくれるでしょうね」
「そんなもの、持って帰れるんですか?」
「それも含めてね‥‥何故狐面の元に死霊が現れるのか、あの騎士とどんな因縁があるのか‥‥京三郎の知り合いだという噂は本当なのか、確かめて欲しいんです」
因縁の狐面‥‥果たして、その面を手に入れると現れる死霊とは何者なのだろうか。
●リプレイ本文
銀色の髪をした少年は、店頭に置かれた品々を忙しない様子で見ていた。身長は子供ほどしか無く、顔立ちも幼い。一方、彼とともに店に現れたのはエルフの若い女性であった。
柔らかそうなローブを身にまとい、優しい視線で彼の様子を見ている。
少年は一通り見ると、店先に立っている店主に声をかけた。
「なあ、何かいいもの無い?」
「うちは良い物しか扱わないよ」
きっぱりと言われ、少年は身を乗り出した。
「違うよ、何かこう‥‥もっと珍しくて面白いものだよ」
店主は彼と女性を交互に見た。どう見ても親子でも姉弟でもない。少年はパラだし、女性はエルフだからだ。少年は店主の視線に気づき、女性を振り返った。
「こいつはカレン。俺はティルコットだ。その‥‥探検家だ」
ティルコット・ジーベンランセ(ea3173)の妙な説明にも驚く事なく、カレン・シュタット(ea4426)はにこりと笑った。
「ええ。私は考古学者で、ティルコットさんと一緒に旅をしているんです。‥‥何でも、あなたが珍しいジャパンの面をお持ちだったと聞いて来たんですけど」
カレンがそう言うと、とたんに商人の顔色がかわった。動揺した様子で、バンとカウンターを叩いた。
「お、俺はもう関係ないぞ。手元に面は無い。帰ってくれ!」
「い‥‥いや‥‥追い返す事ないだろ? 俺たちはなぁ‥‥」
ティルコットが言い返そうとしたが、商人は聞く耳持たず。結局、放り出されるようにして店から出ていく事となった。
むっとした様子で店の扉を見上げるティルコットの脇で、カレンはふう、と息をついた。
「仕方ありませんね。一度、マリさんたちと合流しませんか?」
「‥‥何だってんだよ、一体‥‥」
冷たく閉じられた扉に、ティルコットは背を向けた。
京三郎の面。京三郎というのは、数年前に盗賊に殺されたというジャパンの舞師である。彼の持ち物には呪いがかかっていると曰く付きで、闇市でも高値で取引されるという。
その持ち物に関する依頼のほとんどは、アッシュという男が出していた。
「アッシュっていうのはね‥‥顔はいいけどやってる事は悪魔並にアヤシイ男の事よ」
ワインの入ったグラスに手をつけながら、マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)が言った。マリの意見に、アッシュに会った事のある者は異論は無いであろう。遊士璃陰(ea4813)も、それには異論は無いが‥‥。
「でも、顔はホントええ男やで。こう‥‥笑いながらさらりと俺の突っ込みかわすのも、アッシュはんらしくてええんや」
「レイモンド様とお知り合いのようですから、レイモンド様の書状などを頂ければ助かるのですが」
ちらりとマリの方を見ながら、アリアン・アセト(ea4919)が聞いた。レイモンドはこの周辺を束ねる領主である。アセトも直接知っている訳ではないが、レイモンドという領主の話は耳にしている。
しかしマリはふい、と手を振った。
「ダメダメ、そういうの嫌がると思うわよ。レイモンドの頼みだから、って言ってはいるけど‥‥大体卿の事を呼び捨てにしている位だし、時間も無いんじゃないかしら」
「そういや、近々会議があるんやったな。レイモンド様も忙しいはずや」
璃陰はマリの方を見て聞いた。璃陰とマリは、しばらくすると再びシャンティイに来る用事がある。
「まあ、面の事はともかくとして‥‥あの騎士のおっちゃんについて調べて来たで」
マリと璃陰は、手分けをして騎士や面について周辺に聞き込みをして来た。二人は街で、一方アセトは教会や騎士などから聞いて来た。
アセトが聞いた所によると、その騎士とは以前リアンコートの騎士であったという。しかしリアンコート自体がシャンティイのレイモンド直轄となっており、現在は昔の彼について知っている者はなかなか捕まらなかった。
「ただ‥‥昔はジャパンなどを訪れ、見聞を広めて様々な品を領主に持ち帰っていたそうですよ。おそらく、京三郎という方とはその時に知り合ったのではないでしょうか」
「京三郎、以前騎士を訪ねてきた事があるらしいわよ。何度か来た事があるらしいわね」
マリがアセトに加えて言った。
クリス・マジェスト。人里を離れた彼に、一体どんな理由が隠されているのか。街を聞き回った所、それらしい理由はつかめなかった。
ただ、彼が心を閉ざすようになったのが、京三郎の死後である‥‥とだけで。
クリスは、街はずれの家に一人で住んでいる。彼を訪ねてくる者も、以前は多かったというが、今はひっそりと静まりかえっていた。
埃の臭いがする家にクリスは彼らを、口数少なく案内した。
何だか分からないけどやけに堂々として見えるジョセフ・ギールケ(ea2165)の後ろをついて歩きながら、リュリュ・アルビレオ(ea4167)はクリスの様子をじっと観察していた。
ジョセフの肩にはセルミィ・オーウェル(ea7866)が座っており、後ろからアセトが付いてきている。
クリスは、この四人の関係について何も疑問は無いのだろうか?
何も聞かずに部屋に案内すると、クリスは奥から一つの箱を取りだしてきた。木で出来た白い箱を、そっと差し出す。
取ろうとするジョセフの手を叩くと、リュリュが口を開いた。
「まずは主の紹介をさせてください。商談はゆっくりと話を伺いながらでよろしいでしょうか?」
「‥‥かまわないが」
クリスが、低い愛想の無い声で答えると、ジョセフが背筋を正した。
「レイモンド卿から伺って、そちらの事を知った。私はジョセフという者です」
「レイモンド卿から‥‥」
「はい。クリス殿が京三郎の面をお持ちだと聞きましてな。‥‥ああ、彼女達は私の侍女ですよ」
侍女というには、リュリュなどはかなり幼いが。本来、リュリュ自身が交渉したかったのだが、彼女はまだ十二才であるから、信用されないかもしれない。そこでジョセフの侍女という事にすれば、後ろから口出しも出来る。
セルミィも同様に、召使いと自己紹介をした。
シフールで十四才の容姿のセルミィと、十二才のリュリュを侍女に従える男。まあ、ジョセフ的には全然OKだったので、問題は無い。
「それで、面というのはこちらの箱の‥‥」
「どうぞ」
クリスが箱を差し出す。ジョセフはそっと箱の蓋を開けた。白い絹の布に包まれて、中から真っ白の面が出てきた。
木で出来た面には装飾が施され、使い込まれたと見られる紐が両端についている。
「これがジャパンの面か‥‥」
ジョセフは、きらきらとした目で面をひっくり返し、眺めている。横合いからリュリュに肘打ちをくらわされ、はっとして顔を上げた。
「いや‥‥素晴らしいものですね」
「これは、どのような経路で入手されたのですか?」
リュリュが、静かな口調で聞く。横で竪琴をひいていたセルミィが、ふいと顔を騎士に向ける。
「水衣も持って居た、って聞きました。水衣って、もしかして商人さんに売っちゃったんじゃないですか?」
ちらりとクリスが、セルミィを見た。にこりと笑い、セルミィが竪琴を奏でる。
「私、その方に売られそうになったんですけど‥‥ジョセフ様が助けてくださいました。その時、商人さんが水衣を持っていたんですよ」
「水衣‥‥今はどこにある」
「興味がありますか?」
リュリュが、冷静な様子で聞き返す。クリスは、少し感情を見せていた。やはり、気になるのだろう。しかし視線をそらし、クリスはかわりに何かを側の書棚から出してきた。
手紙だろうか。それをリュリュに差し出す。
「‥‥?」
何も聞かずにリュリュが受け取る。手紙は、パリの仲間からのシフール便だった。
少しテーブルから離れて手紙を読んでいるリュリュの肩に、セルミィがちょんと座った。
手紙の内容は、セルミィ達から聞いた内容とほぼ同じであった。京三郎に関する情報を集められたのがギルドの報告書だけであるから、それも仕方ないが。
手紙によると、セルミィが関わった依頼に水衣が出てきたらしい。
「そもそも、水衣とか面とか‥‥集めると何かいい事があるんでしょうか」
セルミィが首を傾げて言った。すると、急に勢いついてジョセフがセルミィに反論した。
「何を言ってるんだ、ジャパンの面だぞ! 見ろ。ジャパンの踊り子はこれを付けて、アメノイワトの前で裸になって踊るんだ」
「‥‥何言ってんの」
ぽつりとリュリュが突っ込んだ。
振り返ると、アセトがクリスと話していた。
月が照らしていた。
開けられた窓から覗く月灯りに、ふとカレンが目を開ける。視線を動かすと、テーブルの上に白い箱が置かれていた。
ベッドに居たリュリュと、セルミィ。そしてその脇で毛布にくるまっていたアセトも、眠りについていた。もう明け方近くなのだろう、彼女達を含めてジョセフやティルコット達も、眠気に勝てずに眠ってしまっていた。
少しだけうつらうつらとしていたカレンだったが、月がさし込んできたせいで目を覚ました。
今夜は来ないのだろうか。
毛布にくるまって、カレンは箱をじっと見ていた。
ふいに。気がつくと、そこに居た。透き通った影が、テーブルの前に立っていた。
細い男の影である。カレンは思わず、声をあげた。
「あ‥‥で、出ました!」
影は、すうっとカレンを見つめた。あわててカレンが飛び起き、側に居たアセトを揺する。ゆっくりと目を開けるアセトから離れ、カレンはティルコット、そしてジョセフやマリ達をたたき起こしていく。
「みなさん、起きてください! ‥‥で、でましたよ」
影が、ゆらりとカレンに向かってくる。ぎゅっと杖を握ると、カレンは死霊を見つめる。
「あ‥‥あなたですね、毎晩出てくる霊とは」
こしこしと目をこすりながら、セルミィが枕の上にちょこんと座り、影をみつめる。カレンが、うっすらとしたものを睨み付けている。
「‥‥あれ、カレン様‥‥誰と話しているんですか?」
セルミィの声に、璃陰が目を覚まして飛び起きた。
「あれ‥‥あ、出てきたんかいな。‥‥あんたか、京三郎の知り合いっちゅうのんは」
知り合い‥‥。
死霊が顔を璃陰に向ける。
「そやないのんか? 面の所に出てくるんやったら、京三郎の知り合いやろ」
「‥‥えっと‥‥何聞くんだっけ」
突然たたき起こされ、うつろな視線でマリが霊を見つめる。
鞄に入れていたスクロールを慌てた様子で取り出すティルコットと、静かに詠唱をはじめたアセト。
いずれも結果ははっきりしていた。
相手が生きている人間や悪魔の類ではないだろう、という事。
「あなた、何故毎晩面の所に出てくるの? 話してみてくれないかしら。もしかすると、望みを聞いてあげられるかもしれないわ。そうしたら、あなたも昇天出来るんじゃないのかしら」
マリが問いかけると、霊がゆっくり口を開いた。
線の細い、青年。年は三十前後だろうか。
男は、静かに語った。
ただ、面を騎士に返せと。
「悪いが聞かせてくれ。どうしてその騎士に返せと言うんだ」
ジョセフが、死霊に聞いた。ジョセフが聞いた所によると、騎士は確かに京三郎と知り合いだったようだ。しかも水衣を売ったのも彼であるという。親身に付き合っていたなら、何故売ってしまったのだろうか。
久しぶりに会うアッシュに璃陰が抱きつくと、釣られたようにセルミィもぴょいと抱きついた。
「久しぶりやな、アッシュはん!」
「またセルミィが来ましたよ、アッシュ様」
はは、と笑いながらアッシュは二人を抱き寄せた。
あれ?
いつもならひょいと逃げるアッシュなのに‥‥。
璃陰がアッシュを見上げる。
「‥‥どうかしましたか? たまには抱き寄せるのもいいかと思ったんですけれど」
「あんたがすると、洒落に見えないから」
ふるふるとマリが手を横に振った。それから、アッシュの部屋に置いてある土鈴を見ているジョセフに声を掛けた。どうやら、その土鈴も京三郎の持ち物であるらしい。
「これも‥‥ジャパンのものか」
「‥‥ジャパン談義はもういいし、ジョセフ」
リュリュに言われてもジョセフは気にしない。
「それで‥‥面はどうしましたか?」
「ここにあるぜ」
ティルコットにしては大きな箱を、両手で抱えて差し出す。アッシュはティルコットから受け取ると、箱を開けた。中にあったのは、ひとつの面。狐の面であった。
「間違いないですね」
面を裏返して、アッシュが呟く。
「霊は、もしかすると付いてくるかもしれないわ。話は聞いておいたんだけど‥‥」
「わたくしは昇天させるかどうしようかと話したのですが‥‥マリさんは大丈夫だと仰るものですから」
アセトが、やんわりと言いながらマリを見返した。マリの言うには、アッシュならば霊がついて居ても平気だろうと。はは、と笑ってアッシュが面を箱におさめた。
「まあ、付いていたら居たで何とかしますけれどね。‥‥それで、何かききだせましたか」
「はい。‥‥まず、あの霊の正体ですけれど」
アセトが語り出した。
あの霊は、若い資産家であった。京三郎が旅をしながら舞いを舞っていた当時、彼は人づてに騎士の話を聞いた。京三郎が度々立ち寄る騎士が居る、と。
その騎士がクリスであった。
商人は騎士の元を訪れ、京三郎を紹介してもらった。
「彼は、京三郎のパトロンになるつもりだったと言っていたわ。その為に、何度か京三郎と会って説得していたらしいの。所が、彼が京三郎に会うはずだった日‥‥京三郎は死んだ」
それも、襲われて。
商人は、自分が殺したのではないかという疑いを持たれたまま、彼自身も盗賊に襲われて死んだという。彼は京三郎が何か秘密を抱えていた事、騎士と関わりがある事を感づいており、京三郎の持ち物が流出すると、また同じ事が起こるのではないかと考えていた。
「そう考える‥‥何か理由があるんですか?」
マリがちらりと、首をかしげる。
「うーん‥‥あたし達が調べた所では特に何も出てこなかったんだけど」
「あの騎士さん‥‥何か知っているようですね」
アセトは、静かに笑みを浮かべた。
「何か、事情があるように見えました。おそらく、京三郎さんが亡くなった事や‥‥その霊が言う事にも、心当たりがあるんだと思います」
「‥‥なるほどね」
面の入った箱を抱え、アッシュは視線を落とした。
「仮面ってのは、みんな誰でも持ってるもんだ。その素顔ってのはなかなか見れるもんじゃない。もしかしたら、この仮面は誰かの心の象徴なのかもしれないな」
「そうですね」
神妙な面もちで言ったティルコットにアッシュが同意すると、マリが一言。あんたは仮面だらけね、と答えた。
(担当:立川司郎)