●リプレイ本文
■シャンティイ会談
コール・マッシュの母、マリアが語った、昔話。
“とある立派な領主様が麗しい女性に恋をします。だけどその人は、実は悪魔だったの。悪魔は領主様をたぶらかして、領民を襲いました。領主様はご自分の罪を深く反省し、旅に出られました。そこで一人の僧侶に出会い、彼女とともに悪魔に立ち向かう決心をします。しかし悪魔の力に僧侶の魂は奪われてしまいました。神に祈った領主は、僧侶の遺骸から7人の使徒を授かり、その使徒等と領主は、戦いの末に悪魔を討ち滅ぼしました”
遠い昔のおとぎ話。報告書を読んでもその内容がさっぱり掴めなかったマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)は、その内容を城でレイモンドに問うた。
あの話の事。そして、領主とはレイモンドの祖先の事なのか。
「確かに私は、伝承にある領主の末裔です。今回呼んであるラスカも、ガスパーもまたそうです」
レイモンドは、侍女にお茶を入れさせながらマリに語った。
「あなたは伝承の正確な部分をご存じなのではありませんか?」
「私も詳しい話は分かりません。付け加えるならば、伝承を受け継ぎ伝える役目を担った使徒が居る事と、仲間を裏切ったとされる使徒が居る事位ですね。何となくは想像がつきますが」
その何となく、とは‥‥。マリは聞いたが、彼は笑みを浮かべたまま答えない。
「不正確な話ですよ」
「でもフェールは写本の為の死にました。犠牲を出してまで確保する意味が、そこにあるのですか?」
マリの問いかけに、レイモンドはしばらく考え込むように視線を落とした。白い顎元に手をやり、思案する。やがて視線をあげてマリを見上げた。
「そうですね‥‥必要のないものだけれど、全てを消し炭にする事が難しい代物であるから大切に保管しているといった所でしょう。マリ、フゥの樹‥‥というのはどういう意味かわかりますか?」
“フゥ”。ノルマンの言葉では、異常、という意味。
フゥの樹とは、狂った樹。
ヒス・クリストファはシシリーという男と共にクレルモンの街に住んでいた。そこをフリューゲル神父とイングリートに勧誘される。悪魔はヒスに「母親を蘇らせてやる」「悪徳を積めば、神父のように強くなれる」と言ってそそのかしたらしい。
「フリューゲルなる者はどのような人物なのですか。どのような教えを説くのです」
ブルーメは、静かにフランシア・ド・フルール(ea3047)を見上げた。彼女は鎖に繋がれ、暑苦しそうに鎖が繋がった手を掻いていた。アリアン・アセト(ea4919)は、彼女が話すのを横で静かに聞いている。
「教え? 説教垂れるのはイングリートの方よ」
イングリートとハルトマンは、以前フゥの樹との関係が露見して罪に問われる事になったリアンコートの領主の息子である。イングリートは別の依頼で、一人の少女を連れている所を目撃されている。
「正義と悪‥‥そのどちらかだけを許容するから、誰かが苦しむ‥‥だから、どちらも許容すれば努力次第でどのようにもなれると、イングリートは言っていたわね。混沌の世界ってわけ」
「悪魔とは、努力や強い意志を放棄し堕落した存在‥‥ただ耳当たりのよい言葉だけを並べるのみです。確かに努力次第で神の世界に導かれるでしょう。しかし、大いなる父の御教えを捨てたあなたやフリューゲルなる者には、それは導ける道理もありません」
きっぱりと言ったフランシアに、ブルーメがくす、と暗い笑みを浮かべた。
「‥‥教えを捨てた? 捨ててなんか無いわ、私もフリューゲル様も」
フランシアが、彼女を見下ろす。フリューゲルが悪魔である事は間違いない、と依頼の報告書を見ていても分かる。
彼は悪魔、だから大いなる父を信じ、その意志を遂行する為のこの力は‥‥。
「神父様は悪魔の力も、黒派の力もお使いになっているわ。‥‥あなたの信じる神を、神父様も信じておられるから術を使いこなしておられる」
いくら似通っている所があろうとも、黒派と悪魔は違う‥‥そう信じていた。しかし、悪魔も黒の神聖魔法を使う事が出来る? 神を信じている?
では、悪魔‥‥あのフリューゲルという男を神は認めておられるというのか。
この力は、誰でも使えるモノ‥‥たとえ悪魔であろうとも?
シシリーに血の海へ沈められて1ヶ月余り。
あの手痛い戦いの後も、ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)とエグゼ・クエーサー(ea7191)はシシリーという男を忘れた事は無かった。奴は必ず、追いつめる。ジラとエグゼの思いは、一つだった。
まずジラは、酒場の主人から宿の一室を2ヶ月契約で借り、それからエグゼと再びここで待ち合わせの約束をして分かれた。ジラは別件でクレルモンに仕事がある為、その依頼でも使う為の部屋であった。
彼の目的は、シシリーにより殺害された遺族を回る事であった。全ての遺族を把握する事は結局出来なかったが、教会側で判明していた者だけはジラが一件ずつ周り、お悔やみを述べた。
ジラがシシリーと戦った事、そして彼らが勝てなかった事は街でも知る者が多いらしい。幾人かはジラに罵倒を浴びせた者も居たが、そもそもクレルモンの騎士隊がやる気無しなのだ。ジラに当たるのは、間違いというもの。
「セレスティンと俺からの気持ちです」
ジラは、彼らに幾分か金を渡した。彼らにとってクレルモンの騎士や領主は信用出来ないものであっただろうが、まだ騎士や貴族は領民を見捨てていないし、領民を案じている者も居るのだ、と言いたかった。
「あんたに責任は無いんだ、こんなにしてもらえないよ」
と、突き返す者も居た。ジラは首を振る。
「俺はまだ、諦めては居ません。‥‥ここで何か変わった事があったら、教えてください」
ため息をつくと、遺族の女は金をポケットに仕舞った。
「変な事は、城の中にしかありゃしないよ。城の中の事はあたし達にゃ分からないけど、最近城内の旧・白教派が勢力を衰えさせているらしいねえ。ずいぶんと、城から聖職者が出ていったと聞くよ。クレルモンには、アスターやら何やら、恐ろしい事件がよく起こる。だから、最近黒派が強いんだよ」
ジラが礼を言って去ろうとすると、彼女が何かに気づいたように、奥から取りだしてきた。こいつは、他の遺族から貰ったものなんだけどね‥‥気分が楽になるって。でもあたしは気味悪いから、使って無いんだけど。
彼女がジラに見せたもの。後にそれは、霧の森で見つかる大麻と同じものであると判明する。
ジラは他の遺族達からも話を聞くと、一旦酒場へと戻った。報告はエグゼに頼もうと思っていたが、どうやらエグゼはすでに発った後であるらしい。先に出ていったという事は、エグゼは何か情報を掴んだのであろうか。
気にはなっていたがクレルモンに来る事の出来なかったエグゼは、城の門前をうろうろと歩き回っていた。こうしていれば、セレスに会えるかもしれない、という期待も込めて。
たまに門番にエグゼが話しかけると、エグゼの事を覚えていたのか、門番はあからさまに無視をした。
「なあ、兄ちゃん。何か変わった事とか、シシリーの話とか聞かない?」
しつこくエグゼが聞き込みをしていると、門の奥に小さな影が通り過ぎるのを見かけた。すかさず声を掛けるエグゼ。粘り勝ちである。
セレスは自分を呼ぶ声を振り返ると、笑顔を浮かべた。
「何かシシリーについて知らないか」
シシリーの話を出すと、セレスは笑った。
「やっぱりシシリーの事が気になるの? 逃げた訳じゃないのね」
「当たり前だ‥‥俺は逃げない」
エグゼがそう言うと、セレスは頷いた。
「いいわ、教えてあげる。最近ヒスがシャンティイに輸送されたのは、報告書でも読んだでしょう? その際、この主街道でヒスの護送される荷馬車を狙ってシシリーが目撃されていて、その後もシシリーは潜伏していると思われるの。つい昨日の事よ、街道沿いで惨殺死体が発見されたのは」
「死体?」
「ええ。得意げに“あなたの逃がした殺人鬼が出てきたらしいですよ”なんて、ルナールが言いに来たもの」
エグゼはその遺体が確認された場所を聞くと、すぐに飛び出した。
次第に霧が濃くなり、視界を奪っていく。
マリー・アマリリス(ea4526)はそこで足を止めると、更に森の奥を見つめた。ふと視線を後ろにやると、すぐ側に遊士璃陰(ea4813)が立っている。この霧の奥に生えている大麻は、この霧の成分にも流出している。
フゥの樹はこの森の霧の薄いルートを調べだし、森の奥へと侵入。大麻を取って売買していた。その資金の多くがフゥの樹に流れている事は明白である。
マリーは踵を返すと、璃陰とともに森の外へと引き返しはじめた。
「大麻の犠牲になった方の話を伺って見ましたが、やはりこの森のものは成分が強いようです。本来このあたりに生息する大麻には、強い症状はあまり無いそうなのですが‥‥これは幻覚作用に加え、強い精神的依存症状を残すようです。アンチドートやメンタルリカバーで一時的には回復しますが、その後も症状が一時的に戻る事もあったそうですし、依存症状は取り除かれる事が無いそうです」
「鉄の爪のリィゼの所にあったんや。やっぱり、闇取引は行われてるって言うとったで」
鉄の爪は、この近隣に出没する大規模な盗賊団で、リィゼはそのリーダーの一人である。リィゼが言うには、大麻はかなりの速さで広まっているらしい。
「大麻を使うたら、気持ちようなって止められへんのやって。売買しとるんは、鉄の爪かて例外やない。その資金が悪魔に流れるのは分かっとるんやろうけど‥‥元々鉄の爪は盗賊団やからな」
「あれは精神と体を蝕む、悪魔の嗜好品‥‥決して手を出してはならないというのに」
マリーは悲しそうに眉を寄せ、俯いた。璃陰は、立ち止まって頭を掻く。璃陰も、表情は明るくなかった。
「フェール、大麻にやられとるかもしれんて」
「はい、私の推測なのですが」
「酷い症状になった人て、どないなってしまうん?」
璃陰の不安そうな顔を見て、マリーは口を閉ざした。璃陰の強いまなざし。マリーは黙っていようかと思ったが、仕方なく口を開いた。
依存症状に逆らう事は出来ないようです。ほとんどの方は苦しんだ末、自ら命を‥‥。
マリーとて希望のある言葉を言いたかった。悪魔が広める、この大麻にうち勝つ方法は本当に何も残されて無いのだろうか。
レイモンドの側には、シャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)が立っている。シャルはレイモンドの短い挨拶の言葉の後、束になった羊皮紙を見下ろした。
「では、各地の状況を報告させて頂きます」
フゥの樹の活動‥‥主にその中心に居るのは、フリューゲル神父と呼ばれる人物である。各地でその姿は確認されているが、悪魔である事は間違いないらしい。神父を補佐するように暗躍しているのが、ハルトマンとイングリート、シシリー、シャンティイの騎士であった、フェール・クラーク。
霧の森の報告その他、エグゼ達が調べてきたクレルモンの様子、そしてシシリーに関する追加報告が為された。エグゼの調査によれば、街道で発見された遺体はバラバラにされ、あちこち欠けていたという。残った部位は今も見つかっていない。
「写本についての情報は、今のところ‥‥」
「でもレイモンド様。確か正本の行方は、正史以来行方しれずなんでしょう。“あんた”は何か知ってんじゃないの?」
と、ガスパーがちらりとラスカを見た。ラスカは静かに首を振る。
「私も何も聞いておりません。写本すら行方が分からないものがあるでしょうに」
「確かに‥‥。私が管理していたクーロン写本、パリから回収して来た、狼“ルー”保管の写本五、そしてラスカの持っていた‥‥」
レイモンドが、静かな口調で言うと、ガスパーが後を継いだ。
「“ユダ”の写本ね」
ガスパーの言葉にコールが机をだん、と叩くとガスパーが肩をすくめた。コールがガスパーをひと睨みする。
「さて、問題は残りの内、全く行方の分からないものですね‥‥特に正本の行方は」
レイモンドは報告書の束を見つめながら、口を閉ざした。それから、すうと顔をあげる。
「写本と正本の確保は早急に。各自、使徒の末裔の現住居を確認してください。大麻の取り締まりを強化、他領に出ている騎士を呼び戻して防衛強化を行うように」
横に立っていたエグゼが、ちらりとレイモンドの様子を伺うように顔をのぞき込む。するとレイモンドは笑顔を浮かべ、頷いた。エグゼがぱっと表情を変える。
「さ、それじゃあエグゼ屋の旨い料理を頂いて一息ついてもらいましょうか」
エグゼの声とともに、部屋に料理が運ばれてきた。
会議の終わったコールの元へ、すう、と二人の女性が近づいた。
一人はシャルロッテ、もう一人はアセトである。シャルロッテは以前、コールからの依頼を受けた事がある。アセトは、聖夜祭でコールの城に行った事があった。
「お久しぶりです、コールさん」
アセトが丁寧に一礼すると、コールが笑顔を浮かべた。視線をシャルに向けると、彼女も一礼した。
「あの節はご協力出来ず、申し訳ありませんでした」
「気にしないでいいんだ」
コールはシャルにそう言うと、羊皮紙の束を抱えあげた。戻ったらやらねばならない事は山積みだ。そう呟き、コールがはは、と声をあげて笑う。
「そういえば、サン教会は行ってみたのかい?」
アセトとシャルは、クレイユのサン教会へと向かっていた。教会自体は焼き尽くされてしまっており、地下道は土で埋められていた。既に、そこには何も残っていなかった。
「掘り返された跡も、ありませんでしたよ」
「そうか‥‥よかった」
アセトの報告に、コールは安心したようだ。アセトとシャルの調べでは、その後人が近づいた事も掘り返すような事もないらしい。
教会については、二人の“確認”のようなものであった。アセトとシャルは、それぞれ気になる事があった。シャルの方は、あのクレイユの城の暴かれた墓の事である。
「どうやら依頼書を読むと、死臭アスターの墓も暴かれていたそうです。遺骨をどのような用件で用いるのか気になりますが‥‥行方は分かっていませんでしたわ」
アセトの調査内容は、あのフゥの樹の紋章の事だった。シシリーが体に印していたという刻印。翼ある獅子の紋章だ。もう一つ気になる事があったが、こちらは時間が足りずに調査が出来なかったらしい。
「あの印について、大聖堂や吟遊詩人のギルドなどで伺って来ました所‥‥それと思われるものがありました」
翼ある獅子の姿は、過去何度か確認されている。いずれも強力な悪魔の一つの姿としてであるが、あの神父と同一体であるとは確認されていない。
しかしそれほどの力を持つ悪魔が、近づいている。アセトの報告に、コールが目を細めた。
(担当:立川司郎)