マリアとお散歩〜前編
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月05日〜07月10日
リプレイ公開日:2005年07月13日
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●オープニング
クレイユという領地がある。
パリから馬で1日半ほどの所にある、森に囲まれた町だ。半年ほど前までクレイユは、長い長い恐怖と悲しみの中にあった。
黒馬車に乗ったロンドという死霊に、何十年もの長い間苦しめられていたからである。
その長い苦しみが勇士の手によって解放されて半年。
領主デジェル・マッシュの母であるマリアは、編み物をしながらふと窓から外を眺めた。孫であるコールは父デジェルのかわりにシャンティイのお城に行っているし、侍女達を除けば今この城に残っているのは祖母マリアだけであった。
「あら‥‥私、思い出してしまったわ」
年を取ったせいか、マリアは時折ちょっとした事を忘れたりする。しかし、ふいに意外な事を思い出す事もあった。
これも、そのうちの一つだ。
そう‥‥ずいぶん昔、マリアがまだ子どもだった頃。母から聞いた話がある。
この湖畔にあるクレイユのお城の近く、森の中に一つの村があったという事を。
城からクレイユの町までは、歩けば一日がかりだが、昔はこの城の周辺からほど近くに町があったらしい。だが、ロンドにより城が占拠され、死者が動き回るようになってから、この周辺に住んでいた人々はこの町から撤退せざるを得なくなった。
少しずつ、移住して来る人も増えてきたが、まだ町というにはほど遠い。
そうして、ロンドにより襲撃されて壊滅した村の一つがカートルという村だ。
今でも、その村には殺された人々が夜になると霊となってさまよい歩いている、と言われている。村人は死してなお、苦しみや悲しみ、またはやり残した思いを抱えて徘徊しているらしい。人々は誰も寄りつかないし、いってみれば苦い思い出が詰まったまま時が止まった場所である。
「‥‥カートルに行くですって? 奥様、何故また‥‥」
侍女達は、眉を寄せて言い合った。マリアは平然とした顔で部屋を歩き回る。何を持っていこうか、準備はいつしようか。と、つぶやいている。
「いつかは行こうと思っていたのよ、城がロンドから解放されたら。ちょうど今は気候もいいし、最適じゃない」
「奥様、散歩に行くんじゃありませんよ! 村には死霊が‥‥」
「大丈夫」
マリアは振り返ると、にこりと微笑した。
「だって、元々村の人たちは私の領民。私たちに仇なすはずがないわ。それに、もうロンドは居ないんだから‥‥あの人たちの命を奪った恐ろしい存在が居なくなったのだ‥‥と知らせてあげたいじゃない。そうすれば、村に居る霊も静まるわ」
あら、お弁当に入れるあのワイン‥‥まだあったかしら。
マリアはそう言いながら、バスケットを手に廊下へ出ていった。
●リプレイ本文
ぽつん、と一人少女は歩いていた。大きめの薄汚れた服に、最低限のものを詰め込んだ鞄。それだけを持って、たった一人山道を歩いている。
11才の少女の一人旅は、そうそう見かけるものではなかった。道を確認するように見まわし、リリアーヌ・ボワモルティエ(ea3090)は荷物をぎゅっと抱え込んだ。
彼女が一人旅をする事になったのには、訳がある。
単純な理由だ。置いていかれたからだ。本当はヴァルフェル・カーネリアン(ea7141)という、ジャイアントの大きな騎士が“一緒に行こう”と言ってくれていたはずなのだが、彼はセブンリーグブーツで一人で先に行ってしまった。
当然、そんな便利なものを持ち合わせていないリリアーヌは置いて行かれる。しかもヴァルは、前の日に付くように先行していたようだった。
まあ‥‥いい。一人旅は慣れているし、大勢でわいわい話ながら旅をするのも馴染めない。リリアーヌは、ほとほと歩き出した。
調味料や材料が揃った台所には、久しく立った事などない長い黒髪を、邪魔にならないように一つにまとめた褐色の肌の少女、ロトス・ジェフティメス(eb2365)は小麦粉と果物を一抱え、ぱたぱたと走っていく。
通り過ぎる彼女を、ふわりと金色の髪を揺らしてエリクシア・フィール(ea6404)が視線で追った。
「あ‥‥ロトス様、ケーキはどうなさいますか?」
「ヨーグルトガ無インジャ作レナイヨ。ケーキ、諦メル」
パンにチーズ、それから前日にマリアが焼いておいたパイ。
そわそわしながら、まだ十才の位の少年が彼女たちの間を歩き回っている。小麦粉を練っているロトスはそれどころではないし、エリクシアはパイを切り分けている。
「おい二人とも!」
向こうの食堂から声が聞こえ、少年が振り返った。こちらをちらりと、ジャパンの青年が見ている。森羅雪乃丞(eb1789)は、アルフィン・フォルセネル(eb2968)とアルテュール・ポワロ(ea2201)の二名を差すと、手招きをした。
「お嬢さん達の邪魔になってるじゃねえか、止めときな。‥‥台所は女性の聖域なんだ」
憮然とした表情で、ポワロが立ちつくす。だが、もとより手伝うというより、作っている所を見ているのが楽しい、アルフィン。
「邪魔なんて事はないですよ、あなた達にもちゃんと仕事はあるわ」
「ほら、マリアお婆ちゃんは邪魔じゃないってさ!」
「アルフィン、女性の気持ちは酌んでやりなさい」
ぴしゃりと雪乃丞が言うと、ぷうっとアルフィンが頬をふくらませた。
食事の用意は、日が昇りきるまえには済んだ。ここから歩いて行くと昼過ぎには到着するだろう。籠一杯に入れたパンやチーズ、それからロトスとエリクシアが作ったお菓子を入れて、出発。
とにかく先頭とマリアの側を行き来して落ち着かないアルフィン。ポワロは眉を寄せて、アルフィンに声をあげた。
「あんまり忙しないと、置いていくぞ!」
せっかくのんびり出来ると思っていたのに、これじゃあ子供の世話係だ。すると、後ろをゆっくりついて歩いていたセデュース・セディメント(ea3727)がポワロをなだめた。
「まあまあ‥‥アルフィンさん、こっちに来て、一緒に話を聞きませんか?」
「お話?」
どうやら食いついてきたようだ。ポワロはほっと息をつくと、少し彼から離れた。
「よろしければ、奥様にロンドという者の話しをお聞かせ願えませんか。こう見えても、わたくしは詩人でしてね、そういう伝承や珍しい話を聞き伝えるのが生業なのです」
セデュースは、ちょっと横に大きめの体を揺らして笑った。くす、とマリアが笑う。
「レディ・ロンドの話?」
アルフィンが聞き返すと、マリアが頷いた。
「ロンドの話、僕聞いた事があるよ。お兄ちゃんから少しだけ」
「まあ、そうだったの。‥‥それじゃあ、少しお話しようかしら」
マリアは、ずっとずっと昔‥‥百年以上前にあった、悲しいお話を語りはじめた。
すう、と彼らの前に進んで、エリクシアが歩き出す。アルフィンとセデュース、そして雪乃丞はマリアの話に聞き入っている。
確か、リリアーヌとヴァルが先行しているはず‥‥リリアーヌは道すがら危険な所がないかチェックし、木に傷をつけておいてくれると言っていた。エリクシアは木に傷がつけられていないか、その後にも何か異変が無かったか見ながら歩いていく。
だが、目的はマリアの言うようにピクニックだ。彼女の穏やかな気持ちを乱したくはなかった。
彼女達が出発した頃、リリアーヌは目的の村に到着していた。彼女を出迎えたのは、昨夜から泊まり込んだヴァルであった。
「すまんな、置いていってしまった」
「‥‥いえ‥‥」
リリアーヌはか細い声で言うと、すうっと歩き出した。あ、と声をあげてヴァルがリリアーヌの手を掴む。リリアーヌは驚いて振り返り、眉を寄せてヴァルを見上げた。
これではまるで、襲っているようである。
「あ‥‥いや、どこに行くのかと思ってな」
「村の中を‥‥見回ってきます」
「それなら、昨夜のうちにすませた。我が輩の話を聞いてからでも、遅くはあるまい」
‥‥。リリアーヌは沈黙して、立ちすくんだ。
「すまぬ、気を悪くしているのか」
「いえ‥‥あの、わたくし‥‥ピクニックが出来そうな安全な場所を確保して来ます」
「では、我が輩も行こう」
‥‥‥‥‥‥はい。リリアーヌは小さく答えた。
ちょっと調子の外れた歌声が近づいて来る。セデュースの歌にポワロが不機嫌になり、雪乃丞は“お耳汚しで”なんて言っているし、ロトスは西洋の歌とはこんなものなのかと思っていたり。
エリクシアは村に入ると、ヴァンの姿を見つけてマリアを振り返った。
「マリア様、ヴァン様がお待ちです」
ここではじめてヴァン達が先行していた事を知ったマリアは、ヴァンを迎えてそっと彼の肩を撫でた。
「ありがとう、とても大変だったでしょう?」
「いえ、我が輩には何ともありませぬ。‥‥それより、リリ‥‥ん?」
つい先ほどまでリリアーヌが側に居たのだが、彼女の姿は消えていた。
「‥‥まあ、後で来るでしょう。食事をするなら、村の中央に広場があります。他の建物は倒壊の危険がありますが、あそこなら問題ありますまい」
ヴァンが歩き出すと、マリアはその後ろを付いて歩き‥‥。彼女の様子を伺っていた雪乃丞が、ふとマリアの表情に気づいた。
笑顔の絶やさないマリアが、とても真剣な表情で村を見つめている。
その間雪乃丞は彼女に声をかけず、マリアの表情が崩れたのを見計らい、声をかけた。
「‥‥行きましょうか、妙齢のお嬢さん」
「あら、まあ。‥‥ふふ、妙齢、ね」
雪乃丞が差し出した手を、笑ってマリアが取った。
何だか、どうでもいい言い合いをはじめたアルフィンとセデュースにくるりと背を向けると、ポワロが立ち上がった。
「居るよ、絶対!」
「いえ、居ないとは申しませんけど‥‥居れば素敵ですねと」
セデュースは、死霊は存在しないと思っている。死霊に会った事がないのか、それとも信じたくない何かがあるのか。きょとん、とした様子でマリアが二人を見つめる。
子供のように言い返す(いや、実際子供だが)アルフィンに続き、ずっと年上であるはずのロトスまで声を張り上げた。
「霊、居ルノデスヨ。魂ハマタ、戻ッテ来ルノデスヨ」
「おいおい、お嬢さん。そんなに声を上げるもんじゃねえよ、ふくれっ面より‥‥ぐはっ!」
突然立ち上がったロトスの足が、雪乃丞にヒットした。
「ジャア、確カメニ行ク! あるふぃん、行クヨ!」
「うん! ‥‥あ、でも‥‥」
とアルフィンはマリアの方を振り返った。セデュースも、マリアを見つめる。
「あら、いいのよ私はここに居るわ」
「大丈夫ですよ、私もここに居ますし‥‥雪乃丞様もいらっしゃるのですよね?」
エリクシアが聞くと、雪乃丞は荷物からカードを取りだした。
「そうだな。‥‥じゃあ、マリアとエリクシア。お嬢さん方の恋占いでもするか?」
「あら、夫は十年も前に死んだんだけど‥‥まだ恋が出来るかしら?」
「え? わ、私は巫女ですから‥‥」
穏やかな表情をしたエリクシアが初めて狼狽してみせた。ふ、と笑うと、雪乃丞はさっさとカードを切りはじめた。
ちらりとエリクシアが広場の向こうの建物へ視線をやる。マリアがあら、と声を上げてエリクシアが視線を戻した。マリアもどうやら、同じ方を見ていたようだ。
「‥‥今、あそこに小さな子が居たわ。黒い髪の‥‥」
「ああ、リリアーヌ様ですね。たしかヴァルフェル様と一緒に先行していたはずです」
エリクシアが言うと、ちらりと雪乃丞がそちらを見た。
「そんな所に居ねえで、こっちに来な」
「あなたが手招きしても、リリアーヌは来ないと思います」
「‥‥はっきり言うね」
雪乃丞が苦笑すると、エリクシアはにこりと笑った。マリアはそちらをじっと見つめる。彼女が手招きをすると、リリアーヌは建物の影に引っ込んでしまった。
「リリアーヌ、こちらにいらっしゃい。‥‥私、影でこっそり見られているより、そこに立ってにっこり笑って居る方が好きだわ。影で見ているのは、失礼なことよ」
マリアが言うと、雪乃丞が頷いた。
笑っている方がいい、というのは同意だ。失礼な事をしている‥‥。リリアーヌは、少しだけ顔を覗かせ、おずおずと進み出た。エリクシアが、そっとお菓子を差し出す。それは、ロトスが作ったお菓子だ。
「みんなで作ったのですよ。‥‥これはロトス様お手製の、エジプトのお菓子だそうです」
エリクシアがリリアーヌに向けるが、彼女は立ったまま手を伸ばさない。かわりにマリアがお菓子を差し出した。
「お食べなさい、リリアーヌ。あなたに食べて欲しいの。‥‥ほら、私はお婆ちゃんだから、いつまでも手を伸ばしているのは辛いわ」
「リリアーヌ、お嬢さんを困らせちゃいけないねえ」
カードを切りながら雪乃丞が言うと、リリアーヌはお菓子とマリアの顔をじいっと見た。
‥‥これは、こういう人間なんですよ。
セデュースが笑顔で言うと、ロトスが眉を寄せた。
これは、たいがい頑固な人だ。目の前を、確かに透き通った人間が通り過ぎた。それでも信じないセデュースは、すごい人だ。
「せでゅーす、コレハ魂! 地ニ戻ッテ来タ‥‥デモ、戻ル体ガナイ‥‥困ッテル」
「あ‥‥待って、ちょっと‥‥」
アルフィンが追いかけると、死霊の体に手を伸ばした。手は貫通して向こう側に飛び出る。すると、ゆっくりと死霊が振り返った。
ぎゅっ、と後ろからロトスがアルフィンを抱きしめて引き寄せる。
「あ‥‥あるふぃん、アンマリ危ナイ事‥‥スルノ、ダメ」
「僕、クレリックの卵だもん! ‥‥死霊なんて‥‥だ、だいじょっ‥‥大丈夫さ」
「だから、死霊じゃないのですよ。‥‥奥さん、どうかしましたか」
三十過ぎの歳だろうか。女性の死霊は、セデュースとアルフィン、そしてロトスを見ると、急に声をあげた。
‥‥あなた達、こんな所で何をしているの? ロンドが襲って来るわ、こんな所に居てはダメじゃないの。ああ、そんな大変な時だというのに、あのロクでもない男‥‥私の旦那の事よ、あのろくでなし‥‥どこに行ったのかしら。あいつったら、いつも肝心な時に‥‥。
小一時間ばかり、愚痴を聞かされた。
そして話は、まだまだ続く。
ヴァンの話を聞きながら、ポワロは村を一通り歩き回った。むろん、小一時間愚痴を聞かされている三人は避けて通ったが。
「夜姿を確認したのは、あの婦人と‥‥あと二体ばかりであるな」
「人の姿は?」
「無い。どうやら、本当に死霊だけのようだな」
我々が来た事、そしてマリアが来た事‥‥。マリアの穏やかな様子。おそらく、人が出入りするにつれて、死霊は姿を消すだろうとヴァンは言う。
「だが、話掛けて来る死霊も居るようだ。これが難問でな‥‥」
ヴァンが見た死霊‥‥。
一つはあの、三人が見た死霊。
もう一つは、村はずれを徘徊している若い男の霊。ポワロが現地まで行ったが、そこには今何も無い。ヴァンが言うには、夜になると出てくるらしい。
「人の名前のようなものを呼んでおった。誰かとはぐれた様子だな」
「‥‥あのロトス達が話していた霊は、ロンドが襲ってくる直前の様子だった。‥‥もしかすると、その男もそうかもしれん」
ポワロが言うと、ヴァンも頷いた。
「それにもう一人。こいつは、門の所に居た」
門の所にポワロとヴァンが行くと、そこにすう、と影が現れた。
日の光に照らされてはっきりとは見えないが、鎧姿に剣を持っている。騎士であろうか。
ポワロがその騎士の前に立つと、騎士は首をふった。
「お前は、何故ここに留まっている」
ポワロが聞く。すると、騎士は顔をあげた。
村の様子を見たか。皆、自分が死んだというのに、様々な思いを残したが故に神の御許に旅立てておらぬ。死んでも救われぬとは、悲しい事だ。
「ロンドは既に倒されている。‥‥ここに居る理由はあるまい」
騎士はただ、首を振った。
自分は、彼らが昇天するまで、ここに居なければならない。それが騎士のつとめだ、と。
(担当:立川司郎)