●リプレイ本文
まだ小さなメイにとって、遠くに行く機会はそう多くはない。特に、親と離れて旅をするというのは、ちょっとした冒険心をくすぐる‥‥最初の内は、だが。
ロープで酒樽の荷造りをしているラファエル・クアルト(ea8898)の様子を、側で見ながらメイはそわそわと落ち着かなく歩きまわっていた。
「ねえ、いつ行くの?」
「そうねえ、メイがお利口さんにしてたら出発するわよ」
ラファエルがそう答えると、メイはにっこりと笑った。
「そっかあ、お利口さんにしてたら行くのね。メイ、いい子だよ」
そう言うと、ちょこんと荷台に座った。メイの友達の一人、銀色人狼のヴェントは荷台の横に黙って立っている。ラファエルがちらりと見ると、傷は癒えたのか包帯などは見られなかった。
いつものように口数少ないが、ひとまず元気にしているのはいい事だ。
「ヴェントさん、メイちゃんと会えているんですね。よかった‥‥」
ウィステリアが、彼の様子を見てほほえみながらラファエルに言った。ラファエルもこくりと頷く。
「村の人と巧くやってるのかしら」
「メイちゃんと一緒にお使いに出してもらえるんですから、ある程度許容してもらえているんですよ、きっと。だって彼らは、わたくし達と‥‥」
ウィステリアはそこまで言いながら、口を閉ざした。
視界の端で、シェリーがアッシュ達と話しているのが見える。ラファエルは、ふ、と微笑した。
「変わった子ね、メイって。シェリーキャンや人狼と友達になっちゃうなんて」
ラファエルがそう言うと、ヴェントがこちらを見た。
何故かラファエルが一人で荷造りをしている間、どうしても気になる事があったツグリフォン・パークェスト(eb0578)がアッシュに話を聞いていた。
ラファエル、ウィステリア・フィンレー(eb0022)、そしてツグリフォンはハーフエルフである。ともあれ、もう中年の域に達したセデュース・セディメント(ea3727)に次いで動きが鈍そうなツグリフォンでは、どこまでラファエルの荷造りの手助けになるのか疑問だが。
「メイの周囲には、変わったひとが集まるもんですねえ」
アッシュがそう言うと、ツグリフォンがうんうん、と頷いた。
「あんな小さな子が領主様の所までお使いだなんて、感心だねえ」
「でもさ、五才の子供に商品送らせるとは、何考えてんだよアッシュさんよ」
李獏邦(eb3012)が聞くと、自身もそれが気になっていたセデュースが首をかしげた。
「確かに‥‥何故メイ嬢達を指名したのでしょうか?」
「さあ。でもあたし、メイが来なかったら行かなかったわよ。だって人間の領主様がどうだろうと、どうでもいい事だもんね」
シェリーがセデュースに言った。
シェリー‥‥シェリーキャンとは、物を腐食させる力を持つ妖精で、その力を使って酒を造る事が出来る。大きさはシフールより一回り小さい位だ。
元来、精霊であるシェリーは人前に出て酒を売ったりする事はあまり無い。今回行く事にしたのは、メイが行くと言ったからだった。
「レイモンドの元々のお願いは、あの酒を造った作ったシェリーと、メイに会ってみたい、でした。メイの話は、この間わたしがレイモンドに話したんですよ。騎士を使うのも考えたんですけどね、あいにくとここ最近悪魔崇拝団体の活動が活発で、安易に動かせないんですよ。まあ、君たち仕事だから大丈夫だよね」
あっさりとアッシュが言うと、セデュースが答えた。
「確かに仕事ですが‥‥アッシュさん。じゃああなたは、子どもを見ず知らずの冒険者に預けても平気なんでしょうか」
「私は人情を深く信じていますから」
絶対嘘ね、と荷馬車から話を聞いていたラファエルが呟いた。
道中の荷馬車の御者は、騎馬を操れるのが李と、まだ十一才の騎士ジュスティーヌ・ボワモルティエ(ea9769)しか居なかったので、往路は李が引き受けた。
李は道をまだ把握していないので心配が残るが、街道はある程度広さがあるので迷う事はなさそうだった。
李が引き受けてくれたので、ジュスティーヌは荷台でメイと話をする事が出来た。セデュースは荷台の端で眠っていたし、ツグリフォンはその隣で外を見ていた。二人とも体が若干横に大きい方なので、ちょっと窮屈だ。
ジュスティーヌと同じくらいの年頃のクレリック、アルフィン・フォルセネル(eb2968)はこちらの話を聞きながら、時折外の様子を見て警戒している。
アルフィンが自分がまだ旅に出たばかりである事や、姉が居るという話をすると、ジュスティーヌがぱっと表情を明るくした。
「あたしもお姉ちゃんが居るの!」
「そうなんだ。僕のお姉ちゃんもクレリックなんだ。‥‥いつか、お姉ちゃんみたいな立派なクレリックになりたいなあ。ねえ、キミのお姉さんってどんな人なの?」
アルフィンが聞くと、ジュスティーヌはちょっと眉を寄せ、視線を落とした。
「あたし‥‥双子のお姉ちゃんが居たんだけど、生まれてすぐにどこかに連れて行かれちゃったんだって」
メイが悲しそうにジュスティーヌを見上げている。すると、ジュスティーヌは笑顔に戻ってメイを見返した。
「でもあたし、いつか絶対お姉ちゃんを捜し出すの! そうしたら、メイちゃんの所に二人で遊びに行くからね」
「うん!」
ジュスティーヌの話を聞いてアルフィンも彼女の話に乗って話を盛り上げていたが、その話を聞いて思い出すものがあったのは、エリクシア・フィール(ea6404)であった。
線が細いエリクシアは、荷造りの手伝いにも御者としても協力出来ないので、メイの側にそっと寄り添って見守っていた。
あの、ジュスティーヌの顔。彼女は、つい最近見ていた。そういえばあの依頼‥‥セデュースやアルフィンも参加していたはずだ。
「あの‥‥アルフィン様。覚えていませんか? この間、マリア様とご一緒した時の事」
アルフィンは、ああ、と声を出した。
「うん。初めての依頼だったんだ。僕、すごくドキドキしたよ」
「リリアーヌ様の事は覚えておいでですか? ほら、先に調査に行かれた‥‥」
「ああ、あの子‥‥」
と言うなり、アルフィンが気づいてジュスティーヌを見た。そういえば、ジュスティーヌの顔はあの子にそっくりだ。
「あたしにそっくりな子が? それって、どれ位の年でどんな感じの子だった?」
「あなたと同じように、黒い髪の子でしたよ。似ている人が世の中に三人は居ると申しますけれど、確かによく似ていました」
エルフェニアが答えると、アルフィンが頷いた。
「でも、パリのギルドで依頼を受けたから‥‥きっと、きみもそのうち出会えるんじゃないかな」
姉かもしれない期待と不安。黙っているジュスティーヌの服を、メイがそっと握って笑った。
「もしお姉ちゃんだったら、これからは一緒に一杯遊べるね!」
「そうだね」
メイの言葉を聞いて、ジュスティーヌは笑顔に戻った。
それから、ゴブリンの群れに遭遇したりしたが、ツグリフォンやアルフィンがいち早く察知して、ウィステリアの魔法と李が協力して追い払う事が出来た。
特にアルフィンは初めての戦闘だったから緊張して、李の傷を手当てするのにも顔がこわばっていたりしたが、意外にもメイの方がずっと落ち着いていた。
「メイは森に一人で出かけてくるし、今まで色々あったから。モンスターは怖くないのよ、あの子」
シェリーがそう話した。むしろ、シェリーやヴェントにとっては緊張してくれる方がありがたいのだが。
アルフィンは、李の傷にリカバーを掛けると、ほうっと息をついた。李は腕の傷の具合を見て、服を整えた。
「まあ、欲を言えば戦闘の前に俺とウィステリアにグットラックを掛けてくれりゃあ良かったかな。俺、先に動いちまう方だからさ」
「ご、ごめんなさい」
「戦闘を回避した方がよろしいですね。確かにアルフィン様や私たちにとっても経験になりますけれど、メイちゃんを危険に晒してはいけませんから」
エリクシアに言われ、李は言葉を濁らせた。
シャンティイは、この辺りでは一番大きな街である。領主レイモンドは、近隣の領主の上に立つ立場にあり、頭も切れるという噂だ。
レイモンドとの面会は明日に控え、卿が用意してくれたという宿へと到着した。さすがに領主が用意したというだけあって、豪華な部屋である。
いつもならば、質素な部屋に寝泊まりしている彼らだったが、今回レイモンドが用意したのは、豪華で綺麗な部屋だった。メイの事も考え、それぞれ男性と女性に。
あまり臆していないのは、逆にジュスティーヌやアルフィンの方だった。
「さあ、みんなで枕投げしようよ!」
アルフィンはそう言うと、枕を取って思い切り投げた。ぽす、とジュスティーヌに当たる。するとジュスティーヌは、それをまた投げ返した。
彼女のなげた枕は、進路を変更して李の頭に‥‥。
くるりと李はふり返ると、枕を握った。
「ほう‥‥お前達、俺の剛腕が見たいらしいな。そりゃあああ!」
大人げなく思い切り投げた李の枕は、ヴェントに当たった。こちらは、李の思い通り。ヴェントはぼんやりと枕を見つめている。メイは、嬉しいそうにヴェントを見ていた。
「ヴェントお兄ちゃん、枕投げしようよ!」
メイに言われ、ヴェントは枕をぽいと放り投げた。
いつの間にかアルフィンの始めた枕投げに必死になって、お月様は空高くに上がっていた。疲れ果てた頃、ヴェントが手を止めた事でウィステリアが気づいた。
「メイ、疲れたのか」
ヴェントが聞くと、メイはしかめっ面で見上げた。枕投げの疲れに加えて、やはり母の居ない夜が不安になったようだ。
「メイ、帰りたい‥‥」
「ダメだ」
ヴェントの一言を聞いて、メイが涙をこぼした。ツグリフォンが、メイの側に腰を下ろし、涙を拭いてやる。
「メイちゃん、そろそろ眠いのかな。もうベッドに戻った方がいいよ。そうしたら、“お兄ちゃん”がお話をしてあげよう」
「ダメですよ、ツグリフォン様」
にっこりと笑顔を浮かべては居るが、無言の威圧がエリクシアから漂っている。エリクシアは、メイとジュスティーヌの手を取った。
「‥‥さあ、向こうの部屋に戻りましょう」
「わたくしがイギリスのお話をして差し上げますわ。騎士様がご活躍されたお話ですよ」
ウィステリアは笑顔でそう言うと、反対側の手を握った。
そして、取り残される男性陣。
「あーあ、お前がお兄ちゃんなんて言わなけりゃ、同じ部屋で寝泊まり出来たかもよ」
李はちらりとツグリフォンに視線をやると、ベッドに向かった。目がセデュースと合う。
「わたくしは最初から、幼子とはいえ女の子と同じ部屋に泊まろうとは思っていませんでしたよ」
「だから、あたしだってそんな事は言っちゃいないよ、寝付くまで‥‥こら、話を聞け!」
「あーあ、分かった分かった。さあ、私たちも寝るわよ」
さっさとラファエルはベッドに潜り込んだ。そして、言い出しっぺなのにいつの間にかヴェントと二人、ベッドに潜り込んで眠っているアルフィンだった。
腰の下まで流れる、濡れたように美しい髪。中性的な、その美貌。若いその領主は、思わず“おにい‥‥”と言いかけたメイにも、きょろきょろと見まわしているシェリーにもしかりつける事はなく、笑顔で迎えた。
部屋には厳しい視線の騎士が配置されていたし、ジュスティーヌやエリクシア、そしてアルフィンは真っ先に膝をついて礼を尽くした。ジュスティーヌは来る前にしっかりメイに話をしたのだが、やっぱり聞いちゃいないようだ。
ヴェントも同じように膝を付くと、メイの腕をぐい、と引っ張った。
ジュスティーヌがメイをフォローするようにレイモンドに弁解をしたが、レイモンドは責めなかった。
「いいんです、かまいませんよ。礼儀に縛られて育った貴族の子ならばいざ知らず、その子に求めるのは無理というものでしょう」
ふい、とメイは顔を上げた。ヴェントがため息をつく。
メイの頭には、先ほどラファエルから付けてもらったリボンがふわふわと揺れていた。
「あなたがメイですね。‥‥そして、名酒を作ってくれた、シェリー‥‥あなたはヴェント。アッシュから聞きましたよ」
シェリーは、領主様に興味がないのか、こくりと頷くと部屋の中を飛び回った。シェリーの場合、妖精だから礼儀云々というのはやむない。
それから食事会は、やはり想像通りに無礼講となった。メイはマナーなんて分からないし、李がまたマナーを知らない。とりあえず李は周囲を見て真似をしようとしたが、ヴェントは最初からマナーを気にしていない様子。
そもそも饗宴の料理の種類といったら、ハンパじゃない。
李は諦めた。ボールを飲もうとしたのはメイのお約束で、つい釣られて手を出した李はジュスティーヌがそれを使っているのを見て、しらん顔をした。
「ダメだ、マナーなんて分からない。普通に喰ってもいいかな」
と李が隣のセデュースを見ると、セデュースはワインに手を付けていなかった。
「あれ、飲まないのか」
「わたくしは酒が飲めませんので」
よく見ると、エリクシアとアルフィンは肉料理に一切手をつけていない。
大量の食事による長い饗宴が終わると、セデュースは今までのメイの物語を、物語仕立てでレイモンドに語り始めた。彼の歌を聴きながら、レイモンドがメイを見つめる。
「良いことです、メイ。沢山友達が居るのはとても素晴らしい事ですよ」
「うん、シェリーとヴェントお兄ちゃんはメイのお友達なの!」
メイは、そう言うとトテトテとレイモンドの側に駆けた。騎士が動こうとしたのに気づき、慌ててツグリフォンが後ろから抱えて引き留めた。
「こ、こんな小さな子が一人でお使いをしたのは、凄い事ですよねえ」
と冷や汗まじりで言うと、エリクシアがメイの手を引っ張って手元に寄せた。まだ、警戒されているらしい。
その時。小さな声で、ヴェントが何か言った。言った事すら、他の誰もが気づかなかったが‥‥耳のいいラファエルだけは気づいていた。レイモンドの言葉に応えるように。
本当に小さな声で何か‥‥契約か、それとも対象‥‥?
静かにレイモンドを見上げる。
「ヴェント‥‥これからもメイと仲良くしてあげてくださいね」
レイモンドがほほえみながら言うと、ヴェントは口を開いた。
「言われるまでもない」
「ヴェントは、口数は少ないけど良い奴なんです」
はは、と笑って李がヴェントの頭に手をやった。ヴェントはむっつりしているが、嫌がる様子はない。
始終レイモンドは、メイの話を笑顔で聞いていた。
帰る頃には、メイもすっかり疲れて、馬車の中で眠ってしまっていた。礼儀作法に疲れたのか、李やアルフィンも眠っている。
お疲れさま‥‥さあ、帰りましょう。と呟くと、エリクシアは毛布をかけてやった。
(担当:立川司郎)