マリアとお散歩・後編〜幽霊とお散歩
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月25日〜07月30日
リプレイ公開日:2005年08月02日
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●オープニング
クレイユという領地がある。パリから馬で一日半ほどの所にある、森に囲まれた領地だ。湖畔に建った城は、夜ともなるととても綺麗に灯りが映えて美しい。
お城だから美しいお姫様が居る‥‥なんて事は無いのであって。
城に居るのは、まだ若い領主代理と、そのお婆ちゃん。
「‥‥婆さま!」
マリアは、孫の声を耳にして、手を止めた。編み物をテーブルに置くと、扉の方を見た。むっつりとした顔で、青年が立っている。
「婆さま、どうして僕が居ない間に勝手に出かけたりするの」
「あら、何時出かけたかしら」
「この間、カートル村に行ったそうじゃないですか」
「そうだったわね。コール、カートル村に行ったらね‥‥」
マリアはコールを捕まえると、長々と話をはじめた。ため息をつくと、コールは椅子に腰掛ける。
カートル村というのは、クレイユの近くにある廃村であった。クレイユからほど近い所にあったが、現在は誰も住んでいない。
何故か?
長い間クレイユには、恐ろしい死霊が住み着いていたからである。その死霊に、村は滅ぼされてしまった。
「カートルには幽霊が居るって聞いたでしょう? 本当に居たわ」
「だから‥‥どうして婆さまが行くんですか?」
コールが聞くと、マリアは頬に手をやった。
「とっても可哀想なの。まだ天国に行けない霊たちが居たわ。‥‥ねえコール、あの人達‥‥何とかしてあげましょうよ」
「はあ?」
ぽかんと口をあけて、コールは聞き返した。
とにかくマリアは、歳はとったが、やる事は早い。そうとなると、立ち上がって人を呼んだ。
「誰か来てちょうだい、パリギルドまで書類を届けて欲しいのよ。‥‥ああ、こんな時に騎士隊がクレイユにも居たら便利なのに‥‥ほんとう、不便なものね」
「婆さま、僕達はクレイユ領地全ての死霊を退治しなきゃならないんですか? ねえ、婆さま‥‥聞いてる?」
聞いてないようです。
カートルには、三人霊が居たらしいわ。マリアは語った。
一人はねえ、三十過ぎの女性なの。どうやら、旦那様に対するご不満が沢山おありのようでね、話をするととっても長いのだそうよ。
何とか彼女の話を聞いて、昇華させてあげてちょうだいな。
もう一人は、村はずれを徘徊しているらしいの。若い男の人なんだけど‥‥城の侍女の話や、前に来ていただいた人のお話を合わせると‥‥どうやらこの方、恋人を捜しているらしいのね。
ロンドが‥‥あの恐ろしい死霊が襲ってきた時、どうやらはぐれてしまったらしいのよ。恋人はきっと、森の方に逃げてしまって‥‥そのまま死んでしまったのね。
彼は、今でも恋人を捜しているの。
最後は、村の入り口に立っている騎士。
元々クレイユの騎士なのよ、カートルに駐在していた人だと思うわ。彼、村に居る霊の事が気になっているみたいで‥‥それで留まっているらしいの。とっても勇敢で優しい人よね。
だから、全ての霊を昇華させた後、彼に話しかけて‥‥安心させてあげて欲しいの。
マリアはくす、と笑って手紙を城のシフール便の少女に渡した。
「はい、これ‥‥パリまでお願いね」
手紙を出した後で、あとマリアは気づいた。あら、誰もそういえば来てくれなかったらどうしようかしら。
半日くらいなら、私一人でも‥‥。
●リプレイ本文
天空から月が煌々と照らしはじめた頃、久しく静寂に包まれたままの村へと少女が足を踏み入れた。静かに、少女が村を見まわす。
誰も居ない‥‥やはり、あの人はまだ来ていないようだ。リリアーヌ・ボワモルティエ(ea3090)は一つ息をつくと、足を踏み入れた。
カートル村‥‥ロンドと呼ばれる死霊に滅ぼされた村。リリアーヌは、その村のはずれに広がる森へと目を向けた。話に聞いた所、この村の入り口から右奥の外れに問題の霊が居るらしい。
リリアーヌが歩き出した時、どこかで草葉を踏みしめる音がした。
びくりと肩をすくめ、リリアーヌがそむらに視線を向ける。闇夜に潜む野良猫のように、じっと相手の気配を伺う。
すると、ぽうっと灯りがともった。灯りに目を凝らすと、ふいと声が掛けられた。
「‥‥もしかして、もう誰か追いついたんですか?」
男の声だ。言葉に訛りがある所からすると、この辺りの国の出身ではないのかもしれない。リリアーヌがじっとしていると、男が灯りを少しずらした。
ようやく、白く柔らかな表情の顔立ちが見えた。
確か彼は、同じマリアの依頼を受けた十野間空(eb2456)というジャパンの男だ。オンミョウジ‥‥とかいう職種の‥‥。
空は、リリアーヌに笑顔を向けると、歩み寄った。リリアーヌが後ろに避けると、きょとんとした顔で見つめた。
「‥‥怖がらせたでしょうか?」
リリアーヌが黙っていると、空は森の方をふり返った。
「私も夜のうちに到着して、様子を見てきました。あの森の近くに居る霊とも、接触したのですが」
霊は彷徨い、ただ彼女の姿を探すのみ‥‥。時折言葉に反応して応える事はあっても、とても交渉出来る状態には無かった。
「ただ、どうやら森の中に‥‥彼女とよく会った場所があるらしいのです。森の中の遠くない場所に、大きな木があるのだそうです。‥‥百年前の事ですから、もう存在しないかもしれませんが」
「‥‥それでは‥‥十野間様はここで皆様をお待ちになってください‥‥」
リリアーヌは、森の方へと足を向けた。
「きみはどうするんですか?」
「‥‥探しに参ります‥‥」
リリアーヌはか細い声で答えた。
マリア達が村に到着したのは、明け方だった。
リリアーヌ達が考えたように、森に居る霊は夜にしか現れない。だから、マリア達も夜のうちに到着する必要があった。
「あれ? 十野間、リリアーヌと一緒じゃなかったのか?」
彼女の姿を探して森羅雪乃丞(eb1789)が空に聞いた。リリアーヌは、将来きっといい女になる‥‥と雪乃丞は言っている。
ただ、リリアーヌが成長する頃は自分もそれなりに年を取っている訳だが。
「彼女は、森で迷子になっているという霊を探しに行きました。ある程度の目処をつけたら、そこまでの道のりに印しを付けておくそうですよ」
「ん〜‥‥相変わらず奥手なんだねえ」
残念そうに雪乃丞が苦笑した。
どうやら雪乃丞は、リリアーヌに会えなくて残念らしい。ロトス・ジェフティメス(eb2365)は、雪乃丞の袖をひっぱった。
「ゆきのじょう、りりあーぬガ好ミナノカ?」
「ん? 焼き餅焼いてくれるの?」
雪乃丞がロトスの黒髪に触れようとした時、横合いからすかさずアルテュール・ポワロ(ea2201)が手を伸ばして雪乃丞の手を掴んだ。
「夜明けまで時間が無い。‥‥ナンパなら後にしろ!」
「ソウダナ。あるふぃん、りりあーぬガ待ッテイル。行クゾ」
ロトスがアルフィン・フォルセネル(eb2968)とポワロとともに森の方へと歩き出すと、雪乃丞もロトスに付いていこうとした。
所が、そうは問屋が下ろさない。
がしっ、とセデュース・セディメント(ea3727)が雪乃丞を掴んで引き留めた。にっこりと笑みを浮かべたまま、セデュースが声をかけた。
「では、わたくし達は透けている奥方の所へと向かいましょうか」
「えっ? ああ‥‥まあいいか。分かった行くよ、そう引っ張りなさんなって」
男相手よりはずっといい。雪乃丞は機嫌を直して、歩き出した。
相変わらず、主婦の霊は愚痴を続けていた。
こういう話は、腰を据えて聞くべし。彼女を囲んで、セデュースと雪乃丞が座り込んで話を聞き始めた。
デュクス・ディエクエス(ea4823)は、3人(?)の間を動き回り、火を焚いて湯を沸かし、お茶を煎れていく。慣れた手つきで、自分も含めて4人分‥‥もちろん、霊の女性の分までお茶を入れて、お菓子を差し出した。
「おや、このお菓子はデュクス君が作ってくれたのですか?」
セデュースが聞くと、ふるふるとデュクスが首を振った。
「これは‥‥マリア婆さまから‥‥」
『あら坊やはお利口さんなのね、あのろくでなしとは大違いだわ。きっといい男になるわ、私が保証するわ』
こちらの霊は、どうやら森に居る男の霊よりしっかりと意識が残っているようだ。食べられないし触れないのだが、とりあえずお茶を飲んでお菓子を食べる素振りをしている。
「そうですねえ、デュクス君はいい子ですよ。あなたにはお子さんは居ないのですか?」
セデュースが聞くと、ぱっと主婦が顔を明るくした。
『ええ、2才になる子が居るわ。やんちゃ盛りで、すぐに居なくなるの。幸いこの間、シャンティイに居る母が預かってくれる事になってねぇ。これでロンドが来ても安心だわ』
話は、息子の話に切り替わった。セデュースと雪乃丞は、うんうんとうなずきながら主婦の話を聞いている。
デュクスは、ぱくりとお菓子にかじりついた。
『でもあの人ったら、仕事だって義父さん程にはしないくせに、家に居ても全然子供の面倒見てくれないのよ。そうよ、お隣の旦那を見習って、夜に村の警備くらいしてもいいじゃない。わたし、肩身が狭くてねぇ』
「はは、皆が皆戦う勇気を持っている訳ではありませんよ、奥さん」
セデュースがそう言うと、主婦が眉を寄せた。
『こんな時に役立たないで、いつ役立つっていうの』
「そういうわたくしは、詩を語る事が取り柄のしがない吟遊詩人ですよ。旦那さんは幸せですねえ、そんなに心配されて」
あら‥‥と主婦が口を閉ざした。
デュクスがこくりと頷く。
「俺の姉上も‥‥いつも愚痴‥‥言ってる。義兄上‥‥旅に出て‥‥なかなか戻らない」
『分かるわ、その気持ち』
「旦那様も、寂しがっていますよ、きっと」
セデュースが、主婦に語りかけた。
「さあ、そろそろ神の御許に召されてもいい頃でしょう。きっと旦那様もお待ちですよ」
「そうそう、あっちで旦那と仲良くするんだぜ」
100年ぶりに話を聞いてもらって満足したのか、主婦は笑顔を浮かべた。
そうね、あたしが居ないと旦那はダメだもんね。主婦はそう言うと、すう、と姿をかき消した。
じいっと見上げていたデュクスが、お茶に手を伸ばして一息つく。雪乃丞は、腰に手をやってデュクスを見下ろした。
「ま、奥方の噂話と愚痴は、黙って聞いておくに限るねえ」
「奥方の愚痴は、半分のろけですよ。‥‥ああ、結婚もいいもんですねえ」
のほほんとセデュースが言うと、デュクスと雪乃丞がセデュースを見た。
さて、セデュースが本当に結婚するかどうかは別として。
彼らが奥さんの愚痴に付き合っている頃、リリアーヌの残して手がかりを探してロトスとポワロ、そしてアルフィンが森を彷徨っていた。
空が言っていたように、森に行った女性を捜しているという男性の霊とは、ほぼ会話が通じない。
「ゴーストの中でも、理性が残っている人とそうじゃない人がいる、って聞いた事があるよ。だから、あの人はそうじゃない内の人なんだね」
「シカシ、恋人ト出会エレバ昇天スルデショウ。りりあーぬノ言ッテイタノハ、コノアタリデショウカ?」
地図をじいっと睨みながら、ロトスが呟いた。すう、と横合いからポワロが地図をのぞき込む。そして、森を見渡した。
どうも、先ほどから違う方向に向かっている気がしてならない。
地図が確かなら、この近くに小川があるはずなのだ。
「‥‥ちょっとロトス、地図を貸せ」
ひょいとロトスから地図を奪うと、ポワロが地図と方向を確認した。そして、眉を寄せてロトスを見下ろした。
「お前、この地図逆に見てなかったか」
「‥‥逆? ソウナノデスカ? ムゥ‥‥西洋ノ地図、難シイ‥‥」
「ええっ‥‥は、反対って‥‥僕たち、迷子になっちゃったんですか?」
おろおろとアルフィンが歩き回る。ポワロは二人に声を掛けて落ち着かせると、自分たちの現在地を予測しはじめた。森の中の事は多少経験強いアルフィンも、ポワロに協力する。
「月の位置からすると、多分東に向かっていけばいいんじゃないかと思うよ」
アルフィンに言われ、ロトスは荷物からカードを出すと、切って一枚取りだした。出てきたのは月のカードである。
「月ヲ信ジテ進ムベシトアル‥‥月ノ指示ヲウケタあるふぃんノ言葉ヲ信ジルノデス! サア、出発!」
「‥‥本当か‥‥?」
一抹の不安を感じるものの、ポワロは地図をしっかり持ってアルフィンの後に続いた。
ほどなくして、ミミクリーを使って探索したポワロが、リリアーヌの付けた印を発見した。リリアーヌの付けた印は、小川の側に続いていた。
少し広くなった場所に、古びた大木がそびえている。しかしもう朽ちかけており、中に空洞が出来ていた。
「空に言っていたのは、ここかもしれんな」
周囲を見まわしながら、ポワロが歩き回る。アルフィンは、大木の前に立って静かに目を閉じた。十字架のネックレスを握りしめ、詠唱する。
もし、彼女の姿が霊として残っているなら‥‥この近くに反応があるはずだ。
だが、ささやかなアルフェールの力の範囲には、霊の反応は無かった。
「‥‥もう昇天しているのかもしれんな‥‥」
ポワロはそう呟くと、夜空を見上げた。
寂しそうに俯いたアルフィン‥‥その視界に、何かがきらりと光った。
人の気配の消えた村‥‥カートル村の端には、未だ立ち続ける騎士の姿がある。
静かな歩みで、一人の女性が彼の元へと歩み寄る。
騎士が、彼女を見返した。背後に立っていたポワロが、口を開く。
「あの森に居た霊は、もう居ない。森の中に古い指輪が落ちていた。おそらく、探していた女性のものだろう。それを持って帰ったら、昇天した」
「あのご婦人も、居なくなりましたよ。‥‥今頃、旦那様と仲良くしている頃でしょう」
セデュースも、騎士へと言った。
黙って騎士が頷く。彼らが霊と対話している間、マリアは村の中を歩き回っていた。
彼女の手には、マッシュ家に伝わる燭台があった。これはマッシュ家に代々伝わるものである。マリアのお婆さんの頃からある、由緒正しい物であるらしい。
村から、霊の気配は消えかけていた。
セデュースが、マリアを促すように手を差し出す。
「ここはやはり、主家であるマリア様からお言葉を賜る事が出来ればよろしいでしょう」
マリアは少し頷くと、騎士の前に立った。
「‥‥ご苦労でしたね。お互い、長い間苦しみ続けました。ですがロンドは消え去り、クレイユはこうして、夜歩き出来る程に平和となりました。あなたはもう、ここにと止まる必要はないのですよ」
騎士はゆっくり頷いた。マリアが燭台をかかげる。
「本当にご苦労様‥‥いずれ、この村にも人々が戻って来る事でしょう。安らかにお眠りなさい」
騎士は膝をついて、マリアに一礼した。
それから踵を返し、暗闇へと歩いていく。
「‥‥あ‥‥最後に、あなたの名前を教えて頂けませんか」
空が声を掛けると、騎士はすうっとふり返った。
ルイ・フォルス‥‥と。
空は白々と明けはじめていた。
マリアが燭台の火を消すと、笑顔で皆をふり返った。
「‥‥さあ、そろそろ帰りましょうか」
「マリア‥‥お菓子、残った‥‥」
主婦とともに頂いていたお菓子の残りを、デュクスが差し出す。マリアは鞄にそれを仕舞う。
「それじゃあ、帰ってから皆でお菓子を頂きましょうね」
ふい、とデュクスが微笑する。
「マリア婆さまのお菓子‥‥美味しいって、兄上が言ってた‥‥」
「ソレジャア、ろとすモオ菓子ヲ作リマス! 皆デ食ベルノデス」
「あ‥‥それじゃあ、せっかくだからコールお兄ちゃんもどうかな?」
アルフィンが、マリアの顔を見上げる。
「そうね、コールも呼んでおきましょうか。きっと騒がしいと思うけれど」
アルフィンはこくりと頷くと、あっと叫んで鞄に手をやった。
そういえば、マリアに手紙を預かっていたのだ。アルフィンをよろしく‥‥という、手紙を。
皆が歩いていく‥‥最後に、ポワロが足を止めた。
セデュースがポワロに気づいて、ふり返る。
「どうかしましたか?」
「‥‥いや」
ポワロはふ、と笑顔を浮かべた。
「一度死んだ村‥‥だが、マリアが思い出しておとずれた事により、村は生き返った」
「そうですねえ。たとえここに人が戻ってきて、その傷跡は消えようとも‥‥ここであった事は、語り継がれる事でしょう。‥‥何より、わたくしが語り継ぎますから!」
セデュースははは、と笑うと歩き出した。
(担当:立川司郎)