クレルモン陥落
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:10〜16lv
難易度:やや難
成功報酬:6 G 40 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月31日〜11月06日
リプレイ公開日:2005年11月09日
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●オープニング
久しぶりだな、と男が語りかけてきた。
いつもはギルドのカウンター奥に座っている老人が、今日はめずらしく外に出てきている。
ギルドから少し奥に入っただけで、細い路地には日が差さなくなる。昼日中でも暗く狭い路地に、老人と向き合うようにして男は立っていた。
頬には火傷のような痣がある。ちらりと視線を老人の後ろに向けると、一人、二人と人が集まってきた。
皆、四十を越えた年齢の者ばかりである。しかしその気配は、ただ年を経ただけの者達とは違う‥‥強い気力があった。
「すまんが、引退は先延ばしにしてくれ」
「どういうこった、バグベア」
バグベア‥‥ロイ・クローゼットはぐるりと見回した。
「傭兵隊を組織する。すぐに“使える”人間が欲しい‥‥今すぐ、だ」
「今すぐだと‥‥どこだ?」
「シャンティイ。当面はクレルモンで攻城戦‥‥最低でも四チーム32人、出来るなら五チーム」
悪魔退治だ。
ロイは低い声で言うと、ふ、と痣を引きつらせて笑った。
こうして城の隠し通路を徘徊するようになって、もう何日が経過しただろうか。
縮こまるようにして、ジェラールは怖々とした様子で座り込んでいる。ふ、と振り返ると一人の少女が短剣をろうそくの火にすかして見ていた。先ほど引き裂いたスカートの切れ端で、短剣を拭っていく。
これは、レイモンド様から頂いた銀の短剣なの。
セレスティンは小さな声で言った。仲間からもらった、大切な服やマント、十字架も持ってきている。
ジェラールはずっとオロオロしっぱなしだったが、セレスティンとサリサは意外に落ち着いていた。
人の足音が通路の奥から聞こえ、びくりとジェラールが肩をすくませる。
「どう、サリサ」
セレスが小さく声をかける。
「‥‥ええ、ルナールとラルムが処刑されて門前に晒されています。アガート様とアンリエットの行方はわかりません」
「ど、どうしよう‥‥やっぱり‥‥セレスだけでも逃げた方がいいと‥‥思うよ。僕とサリサ様が囮になれば‥‥」
怖いながらもジェラールが震える声でセレスに言う。
しかしセレスはそれをきっぱりと、却下した。
「今サリサを失う訳にはいかない。それに、城攻めとなると、どうしても街を巻き込む事になるわ。‥‥その時、城が崩壊すると領民の志気が落ちる。わたくしが残れば、レイモンド様も城を出来るだけ壊さない方向で戦略を立ててくださる」
「領民の避難は、完了していないようですね。おそらくフゥの樹が見張っているのでしょう。戦いは、いかにしても領民を巻き込む形になるかと思いますが‥‥」
サリサが答える。
「わかっている。‥‥私が残るのは、もう一つ理由があるの。戦闘になった時、わたくしが最前線に居れば、皆も戦う意志を持ってくれる‥‥」
ジェラールを連れると、隠し通路を出口へと向かった。
「さあ、ジェラール行きなさい! あんたは黙ってレイモンド様の所に行けばいいの。全て、卿と話をしてあるのだから」
今なら、まだ三つ目の地下道が見つかっていないはずだ。セレスの部屋に繋がる入り口も、領主執務室に繋がる扉も開けられた様子が無い。
街道を挟んだ向こう側のドアを開けると、日の光が差し込んだ。
街道沿いにある騎士団詰め所の倉庫に出たらしい。ジェラールを押しだし、サリサとセレスは周囲を見まわした。
「行きなさい!」
草むらにジェラールが飛び込むと、サリサが口笛を吹いた。街道を見回っていた何人かの兵が、一斉にこちらを向く。
彼らを引きつけた所で、サリサが剣を振りかざした。鮮やかな剣裁きで、サリサが二人を片づけていく。後ろにいた何人かは、セレスティンが矢を放つ。
死体から矢を引き抜いて回収すると、セレスはサリサとともに地下道へと身を投じた。
クレルモンが陥落した。
その報告は、すぐにシャンティイへと入った。
折しも、アルジャンエールとの戦闘に向けてメテオールを送り出した後であった。レイモンドはクレルモンの戴冠式から戻り、戦闘の結果報告を受けていた所。
クレルモンからの第一報の後、ふらついた足取りでシャンティイに到着したジェラールは、すぐにレイモンドと面会して詳細を伝えた。
しかしまだ砦調査等が残るメテオールは、そのほとんどの兵力を現地に残しておかねばならない。また、これ以上メテオールを配置すると、今度はシャンティイの防衛が薄くなるだろう。
「さて、ロイ‥‥何人集まりましたか?」
レイモンドは、執務室を訪れたロイ・クローゼットに声をかけた。
「ざっと40人って所だな。心配ない、みな年は取ったが、それだけ経験を積んでいる。あとは追々ギルドで若いのを調達するつもりだ」
ロイはかつての仲間をふり返った。彼の後ろには数人の、四十から五十代の戦士が立っている。ざっ、とテーブルにクレルモン城内の地図を広げると、ロイとレイモンド、そして仲間達がのぞき込んだ。
そうっ、とジェラールも地図を見下ろす。
レイモンドは視線をジェラールに向ける。
「‥‥それでジェラール、セレスティンは何か言っていませんでしたか?」
「え? ‥‥あ、ああ。はい。‥‥僕にはよく分からないんですが‥‥」
セレスは、城内に留まっている隊を指揮しているのがイングリートだと察していた。
イングリート相手に攻城戦をするならば、こちらもよく作戦を練る必要がある。
いい、ジェラール? 問題は、どこから攻めるか、なの。地下の抜け道を使うか、正面から突っ切るか。だけど地下道は狭いから、どうしても大群を動員するに向いていないわ。
簡単なのは、地下道で陽動を城内に入れて、正面の隊と連動する方法。
だけどイングリートも馬鹿じゃないから、陽動は無視して一気に正面隊を片づける方を取るにきまっているわ。陽動なんて、所詮少数だもの。
だから、無視出来ないようにすればいいの。
わたくしが陽動に加わる。三階のテラスは演説台として使う所だから、街からもよく見えるわ。まずはテラスを目指して‥‥テラスを占拠したら城下もよく見えるから、魔法を使うにしても領民を鼓舞するにしても有利でしょう。
イングリートは、わたくしを早く片づけておきたいに決まっているから、必ず兵を割いてくるわ。
「クレルモンは現在、フゥの樹が勢力を拡大しているアブリテの街と最も近いにもかかわらず、騎士数が足りません。おまけに、領主が交代したばかり。攻め込むのは時間の問題だと、彼女も分かっていました」
そこでセレスティンは、レイモンドにある話を持ちかけていた。
騎士が足りない、それを何らかの方法で早急に補わなければならない。しかし騎士の増員は、すぐにはムリである。
そこで出たのが、傭兵隊だ。シャンティイ傘下の領主お抱えの傭兵隊を組織し、まずは兵の足りないクレルモンやクレイユに当てるのだ。
ロイに頼んだのは、その為に必要な傭兵を集める任務である。
急場であったので若い兵を集める事は出来ず不安も残るが、やむを得まい。
じゃあ、チーム名かなんか付けよう。
‥‥チーム名? なんでそんなものを付けるんだ。
これから当分、三人でアスターを追うんだから。何か付けようよ。
じゃあ‥‥オリオンっていうのはどうかしら。
オリオン? いいんじゃないですか。あなた率いる傭兵隊ですから、お好きに名付けるといいでしょう。
レイモンドは、微かな声でそう問いかけたロイを見返して、微笑した。
●リプレイ本文
ぼんやりとした視線で、周囲を見まわす。
聞いていた通り、オリオンのメンバーはほとんどが40代以上の者だった。そうは見えないかもしれないが、一応緊張はしている。
いつものんびりした口調だから、あまり面識が無い人はそれに気づかない。
「なんだ、話って」
ロイが聞き返す。すう、とロイの方に向き直ると、ウリエル・セグンド(ea1662)はワンテンポおいて口を開いた。
「‥‥俺を‥‥オリオンに置いてもらえないか‥‥と、思って‥‥」
ロイは黙ってウリエルをじっと見つめる。だが、周囲で聞いていた仲間はおお、と歓声をあげてロイの肩を叩いた。
「若いのが入るってよ!」
「よかったじゃねえか、ロイ。黙ってないでハイって言えよ」
「そうだロイ、何も考えないで頷け!」
‥‥お前ら、それでいいのか。さすがのウリエルもそう思わずには居られないが。というか、若いの、というのが彼らにとってどういう意味で言っているのか、激しく不安である。
「‥‥お茶煎れるのなら‥‥出来る」
若いの=彼らが面倒に思っている雑務を任される=お茶、というウリエルの三段論法。その途中が口から抜けてはいるが。
「そうだな、依頼書で確認して‥‥」
「アホか、確認も何もねえ! 今すぐいいと言え!」
「俺の目は、こいつが信用できる奴だと教えてくれている!」
「俺の心も、こいつが‥‥」
以下略で。
ロイは眉を寄せて、仲間を見まわした。
「‥‥そんなに若いのを入れてほしいのか」
これって面白いチーム?
ウリエルは小首をかしげた。そのウリエルが、後々散々酷い鍛えられ方をするというのは、後の話‥‥。
セレスティンとのコンタクトは、未だに取れない。
出来るだけ城の近くに寄ってみたが、オレノウ・タオキケー(ea4251)のテレパシーにはかからないようだった。残念そうに伝えてきたオレノウにご苦労様、と一言言うとグリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)は、テーブルに向かう仲間の方へ体を向けた。
「‥‥進入経路を確認しましょう。ジェラール、地図で教えてください」
ヒルダは、地図を広げるとジェラールに促した。この地図は、ずいぶん以前にヒルダがセレスから貰ったものである。町のおおまかな通路も記入された、詳細なものだった。
ジェラールは地図を見て、はっきりしない口振りで現在位置と通路を思い出しはじめる。
ジェラールが示したのは3点。
ヒルダは、すう、と目を細めた。
「そうですね‥‥出てくる時に見つかったなら、セレスの部屋に出る通路は避けた方がいいと思います。1か2‥‥」
「多少危険は伴うが、城への道が近い1番目の通路がいいと思う」
腰の左右に小太刀とナイフを差した、軽装のロックハート・トキワ(ea2389)がヒルダに言った。身の軽さと小太刀を利用した、素早い身のこなしを利とする戦いのトキワは、この中では一番隠密行動に長けている。
その分、このメンバーが圧倒的に隠密行動に適していないのは分かっていた。
皆の不安も、そこにある。
「見つかった時は、私の高速詠唱のスリープかトキワ殿で何とかする事にしましょう‥‥あとは、運に任せるということで」
「運任せ、ね」
ヒルダはため息をついて、オレノウを見返した。
午後に入り、オリオンの攻撃が開始された。
城壁を利用して、城内からの魔法攻撃と弓で威嚇するフゥの樹側に対し、オリオンはウィザードと支援役、うまくチーム内でバランスを取った編成で致命傷を避けながら、城門付近に盾と馬車で防護壁を作り上げた。
正面からフゥの樹が打って出れば、40人しか居ないオリオンではどうあっても勝ち目が薄い。その為、馬車や町の建物を利用して、総当たりを避けたのである。
付近の住民の避難は、既に完了した。
ウリエルはオリオンの状況を確認すると、待機するヒルダ達の元へと戻ってきた。
「今の間に‥‥行こう。オリオンは‥‥今回は突入しないから」
「じゃあ、俺が前に行く。細かい指示は頼むぜ」
トール・ウッド(ea1919)は軽く手を挙げると、剣を抜いて駆けだした。緩やかに銀色の髪を揺らし、セシリア・カータ(ea1643)が後ろに居るトキワとヒルダを見る。
「私は後から‥‥皆様、お先に」
「セシリア、私は最後尾に居る。お前は先に行け」
イルニアス・エルトファーム(ea1625)が言うと、セシリアは頷いてトールの後に続いた。その後ろから、トキワ。体力に自信が無いサラフィル・ローズィット(ea3776)は、ヒルダとウリエル達に挟まれる形で続く。
オレノウ、そしてイルニアス‥‥という順だ。
1番目の隠し通路は、一番城門に近い位置にある。その為、よほど上手くやらないかぎりは、城内に居るフゥの樹から見えてしまう。
ジェラールが言うには、城壁の側にある監視小屋の床に隠し通路があるらしい。
案の定、城内の窓に人の姿が確認された。
トキワは城にちらりと視線をやり、声をあげる。
「来るぞ!」
城側から放たれた炎が炸裂する。炎は皆を巻き込むように爆風を広げた。とっさにサラをオレノウが庇ったが、イルニアス以外のほとんどがなぎ倒されてふっ飛ぶ。
炎の勢いは防いだものの、地面に叩き付けられたオレノウがうめき声をあげた。サラが顔をあげて、彼の様子を見る。
「オレノウさん!」
「まあ‥‥姫君を助けるのは、男の役目って言うものでしてね‥‥」
オレノウは立ち上がると、サラを先へと促した。ちらりと見ると、ヒルダはトキワに先導を任せて声を上げていた。
遠距離攻撃の出来ない彼らでは、援護射撃も出来ない。
「ヒルダ、行け!」
サラ達に続いてヒルダを押し込むと、最後に残ったイルニアスの側に再び爆発が起こった。炎の熱を背中に感じたと思うと、イルニアスの体が監視小屋の中へと飛ばされていた。
そのまま、隠し通路に転がる。中に居たウリエルとヒルダが、彼の体を受け止めて起こしてくれた。
皆、上空からの魔法攻撃を受けて傷だらけだ。上に見える監視小屋も、うっすらと煙っている。
「燃えているのかもしれん。‥‥急いだ方がいい!」
イルニアスは皆を急かすと、小屋の床扉を閉めた。
隠し通路の中には、誰も居なかった。
上の方に気を取られているのであればいいが、とトキワが呟く。少なくとも、通路の先に人の気配はしなかった。
セシリアとトールを制止し、トキワがゆっくりと進む。ランタンを保ったオレノウは、トキワの後ろに続いて歩いていた。
「進めばいいんだろう、とりあえず」
と言うトールに、トキワは扉の向こうを確認しながら答えた。
「そんな事を言っているから、抵抗も出来ない魔法をくらったりするんだと思うが。いくら堅くても、遠距離から魔法を受けたら為す術もなく死ぬっての、分かっておいてくれないか」
そういうトールを盾にしようとしたのはトキワだから、やや逆切れかもしれないが、言っている事は間違っていない。
「今回は隠密行動が主ですからねえ‥‥見つからない位が丁度良いんですけど。積極的に倒すよりも、倒さないように進みましょうか」
ゆっくりとした口調で、オレノウもトキワに同意を示す。
‥‥まあ、何発も食らったあとだから、既に遅いかもしれない。
「前に立ちふさがったら、倒さなきゃならんだろう」
トールが言い返すと、トキワは首を振った。
「立ちふさがれるな、見つかるな。ヒトは後ろに目がついている訳ではない、前を向いていたら後ろは見えていないんだ」
きっぱりとそう言うと、トキワは扉を開いた。
出たのは、キッチンのようだ。だが、すぐ隣の部屋に誰かが居る気配がする。オレノウは、じっと天井を見上げていたが、指をすうっと口元にやって、それから天井を差した。
どうやらセレスは、自室に居るらしい。二階の部屋の隠し通路に隠れているようだ。
「‥‥多分3、4人だ」
すう、とふり返ると、トキワはオレノウを見た。
オレノウの術で眠らせると、ようやく中に居たヒルダやウリエル達も外に出た。剣を隙無く構えて、ヒルダとオレノウが現在位置を思いかえす。
「ここは、一階の使用人が使うキッチンですね。ここからであれば、表の階段を使用するよりも、使用人が使う裏の階段を使った方がよいと思いますわ」
城内を歩き回った事のあるサラには、今自分たちがどこに居るのかすぐに分かったようだ。ヒルダやオレノウは、騎士やセレス達が使う場所しか把握していないが、サラは使用人として入り込んだ事がある為、使用人達の使う場所には詳しい。
セシリアは、ちら、と盾を見てトキワとヒルダに聞く。
「どうしますか? こちらの方が実力は上‥‥多少の人数なら、私とトールさんで防げると思いますけれど」
「‥‥元々、敵の戦力を減らす事も目的の一つだ。出来るだけ不利にならないように、セレスの部屋まで突っ切ろう。サラ、案内は頼む」
「分かりました」
サラは、微笑を浮かべて頷いた。
ようやく制御を解かれて、トールは階段を突っ切っていった。通路の上から降ってくる魔法がトールとセシリアに降り注ぐが、その都度サラが回復させていく。
サラの魔法は無限ではない、有限だ。
「‥‥サラさんの負担を考えると、兵を引きつけない方がよろしいですね」
セシリアが言うと、トールも一通り片づけて剣を降ろした。
通路の向こうにはまだヒトの気配があるが、これ以上ヒトを呼ぶのは得策ではない。
するとセシリアが、すうっと指をさした。
扉が静かに開かれ、一人の女性が顔を覗かせた。表情を明るくして、サラが声をかける。
「サリサさん、ご無事だったのですね」
周囲を確認し、サリサが彼らを中に招き入れた。
「ここは無事のようですね‥‥よかった」
室内に足を踏み入れたセシリアが、見まわす。多少荒らされていたが、ここはフゥの樹の誰も使っていないようだ。
最後にイルニアスは、ドアの向こうに気を配りながら扉を閉めた。
ドアの側に立ったまま、サリサと彼女の側にいる少女を見る。
上品で美しいドレスは引き裂かれ、動きやすいように切り取られていた。その手には、弓が抱えられている。
ふわりと柔らかく揺れる、金色の髪は‥‥未だ汚れる事なく、輝いていた。
「ありがとう、来てくれて‥‥」
恥ずかしそうにぽつりとセレスが、言った。
「セレス様‥‥ああ、聖なる白き母のご加護に感謝致します」
サラはセレスの手を取ると、ぎゅっと握り締めて胸元に抱いた。セレスの冷たい手の感触に、目を見開くサラ。
「とてもご苦労なさったのですね‥‥セレス様、悪魔達の手からわたくし達がお守り致します。ご安心ください。‥‥サリサ様も、よろしくお願いします」
「任せろ。これでも、現騎士隊長だ」
サリサは腰に手をやって、ふっ、と笑った。
どこからともなく、音楽が流れてきた。
聞いた事もない異国の音色が‥‥何だか激しく。
うたえ! 俺の三味線!
もえろ! 俺のハート!
ふるえ! 俺のビート!
‥‥と、ここでヒルダの叱咤の声が聞こえて、オレノウはびくりと肩をすくめた。
「真面目にやってください」
にこやかに笑っては居るが、殺意の籠もった目でヒルダがこっちを見ている。サラは、セレスの横で心配そうにオレノウの様子を見守って居た。
ヒルダの後ろではドアが破られ、入り口でイルニアスが応戦していた。トールとセシリアが盾になっているが、魔法攻撃には手も足も出ない。
サラは、後ろをふり返る。するとイルニアスが声をあげた。
「速くしろ、長くはもたんぞ!」
「速くしてください、オレノウさん‥‥くっ!」
セシリアは、通路の向こうから放たれる雷の魔法に体を焼かれ、悲鳴をあげた。トールがセシリアの前に出ると、正面に居た男に剣を叩き付ける。
「ちっ‥‥魔法を打ってる奴まで、手が届かないっ!」
既に腕が痺れている。トールは、唇をかみしめた。
「さっさとしろ!」
ええ、私ですか、とオレノウが困ったように見まわす。ウリエルはさっさと、撤収準備にかかって、ロープをテラスの手すりに縛り付けていた。
三味線を使っていたら、どうやっても情熱的になってしまうのだが‥‥オレノウが楽器を見つめていると、セレスが手すりに手をやった。
すう、と息を吸い込む。
「クレルモンの領民に告ぐ! ‥‥聞け、私の声を! 私の言葉を!」
ありったけの声で、セレスが叫んだ。下で戦闘中のオリオンや、フゥの樹の兵士がこちらを見上げる。
セレスの声が聞こえたのか、向こうの民家の窓が開く。一つ、また一つと。
その‥‥すぐ近くからも。柔らかな表情の神官が、遙か左方のテラスを伺っていた。
「セレスティン‥‥巫女とは違う意味で、危険な存在ですね。確信してそうしたのであれば‥‥なおの事空恐ろしい少女です」
くるりとイングリートは、踵を返す。
「すぐに兵を差し向けなさい。‥‥あの少女は殺してもかまいません。今は傭兵などより、あの娘を殺す方が優先です」
すう、とイングリートは笑った。
セレスの叫びは続く。悪魔の使徒の企みに負けない意志を伝える為に。
「わたくしは、ここから逃げない! 領民達がここに居るかぎり、ここに戻る意志を持ち続けるかぎり、領主たるわたくしはここで‥‥悪魔に立ち向かう!」
一人でパリに行くのがやっとであった、何も知らない‥‥お金の使い方も知らなかった少女が、渾身の力で訴え続けていた。
どうか、この少女に神のご加護を‥‥。
サラは十字架を握りしめ、強く強く、願った。
トキワが確認した所、敵は城内に籠もったようだ。
城内から連れ出したアガートは、オレノウが見ている‥‥が、そのオレノウにはヒルダの指示で、何故かイルニアスが付き添っていた。
「そんなに信用ないですか?」
「よく知らんが、お前とアガートは二人きりで置いておくなとヒルダに言われたのでな」
イルニアスはそっけなくオレノウに言うと、後ろ手に縛られたままのアガートを見下ろした。
魔法による傷の深いトールとセシリアの手当をするサラの横を抜けて、ロイがゆっくりと歩み寄ってきた。
彼に用があるのは、自分らしい。目の前に立ったロイを、ヒルダが見上げる。ロイは黙って、剣を差し出した。
「これは‥‥?」
差し出された剣を、ヒルダは怪訝そうな顔で受け取った。剣に視線を落とすと、柄に掘られた紋章が目に付いた。
あ、とヒルダが声を漏らす。
「そいつを先の戴冠式で渡すはずだったらしいんだが、入れ違いで会えなかったらしいからな。メテオールの一部の連中が使っている、ショートソードだ」
剣には、レイモンドの‥‥カーティス家の紋章が彫り込まれていた。
じっと剣を見つめるヒルダは、一見していつもと変わらぬ表情に見える。
「卿から‥‥あなたのこれまでの働きに見合う感謝の意を表せるものがなくて、すみません‥‥だとさ」
「‥‥ありがたく頂戴致します」
片膝をついて剣を掲げると、ヒルダはじっと剣を見つめた。
(担当:立川司郎)