メイと紅血の一族・続

■ショートシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月28日〜12月03日

リプレイ公開日:2005年12月07日

●オープニング

 バンパイア、それは恐ろしき闇の眷属。
 村にバンパイアが現れるようになったのは、数日前からであった。
 赤い火のような瞳、そして鋭い牙。
 ほっそりとした、その冷たい美貌。やはりバンパイアの噂は、嘘でも気のせいでもなかった。彼らは我々の前に現れ、村人に牙を突き立てた。

 巫女を差し出せば、お前達を喰わずにおこう。
 彼はそう言い残した。

 暖炉の側で村長の話を聞きながら、アッシュは真剣な表情で彼の様子を見た。確かに首には、鋭い牙の痕がある。
「アッシュさん、あんたはレイモンド卿とも懇意にしていると聞いた。何とかしてもらえんだろうか‥‥わしらはもう、冒険者を雇うだけの金品は無いんだ」
「‥‥相手がバンパイアとなれば、もちろん彼が出しますよ。しかし少し待ってください」
 アッシュは貧超をふり返ると、ちらりと青年を見下ろした。
 まだ、息がある。熱が出た様子もなく、けろりとした様子でベッドに転がっている。
「彼はレイモンド卿が責任をもってあずかります。大丈夫、まだ彼はバンパイアになる様子はありません」
「だが、まだ‥‥まだバンパイアはそこに居るんじゃないのか」
「もちろん‥‥その件ですが、一つ分かった事がありましてね」
 アッシュはため息をつくと、語り出した。
「あのバンパイアを追っているバンパイアが別に居ましてね。森の奥深くに来なければ、手は出さないでおこうと言うのです。彼らが追っているのは、村に現れたバンパイアらしいですから」
「何故、バンパイアがそんな事を言ったんだ?」
「彼らは巫女に借りがある、そうですよ。正確に言えば‥‥巫女の祖、ですが」
 うっすらとアッシュは笑って言った。

 バンパイアに襲われたという話は、たちまち村に広まった。
 何せ狭い村の事である。昼前までには、村中がその話題で持ちきりになった。
 バンパイアが村人を襲った事、退治はレイモンドがギルドに手配する事。
 これはいいのか悪いのか。
「‥‥詳しく聞かせてもらいましょうか」
 アッシュは眉を寄せて、もう一度聞き返した。
 メイの父と母は、そわそわした様子。ヴェントは険しい表情で、シェリーはあちこち落ち着かなく飛び回っていた。
「アッシュさん‥‥」
 母親が、父に支えられながらさめざめと泣き出した。
 昨日の事である。夜、大人しく寝付いた‥‥と思うと、今朝はもう姿が見えなかったのだという。メイは決して、朝ご飯を食べずに遊びに行くような子ではないし、ましてや母に何も言わずに飛び出したり‥‥。
「‥‥するんだけどね、今回はちょっと違うようなの」
 シェリーはヴェントと顔を見合わせると、少し俯き話を続けた。
 来月にも、メイのお母さんは出産を迎えるだろう。メイもそれを喜んでいた。
 だけど、皆が嬉しそうな顔をすればするほど、どこか寂しそうな顔をしていた‥‥ヴェントはそう感じていた。
 そして‥‥メイは居なくなった。

 一人で歩くのは寂しい。
 バンパイアが居る、と皆が話していた‥‥バンパイアは、まだこの森に居るんだろうか。
 メイは、空を見上げた。明るい日光がさんさんと照っている。
 バスケットの中に入っているのは、パンとワインだけ。ワインはちょっとだけ持ってきた。メイはあんまりワインは好きじゃないが、何もないよりはマシだから仕方ない。
 泉から大分奥に来た‥‥。
 メイは木の側に腰掛けると、膝を抱え込んだ。
 これからどこに行けばいいのかわからない。お爺さんの所も、あのアッシュとかいうヒトの所も駄目だ。知ってるヒトの所に行ったら、おうちに帰りなさいって怒られるもの。
 メイは帰れない。
 メイが居たら、恐いものが沢山来る。
 だったら、メイが居なければ‥‥お母さんもお父さんも、赤ちゃんも、恐い者に襲われないから、嬉しいよね。
 村長さんも、お隣のおじちゃんも、きっともう困らないよね。
 どこに行けばいいか分からないけど‥‥。
 メイはきっと、どこか遠くの、誰も居ない所に行かなきゃならないの。
 ざわざわと風が吹いている。どこかに‥‥何か恐いものが居るような気がした。

 森には、バンパイアが居るのです。すぐにメイの居場所を探してください。
 アッシュに言われ、シェリーは銀ちゃんの群れや精霊達にメイを探すように頼んだ。
「‥‥森に居るバンパイアは、メイを狙っているんです。すぐに確保してください」
 日の元でなお暗い影‥‥深紅の瞳が、森の奥を見つめていた。

●今回の参加者

 ea3062 リア・アースグリム(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea4284 フェリシア・ティール(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4791 ダージ・フレール(29歳・♂・ウィザード・シフール・ノルマン王国)
 ea4823 デュクス・ディエクエス(22歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)

●サポート参加者

クロウ・ブラックフェザー(ea2562)/ ユーフェミア・レヴァイン(eb3863

●リプレイ本文

 彼らが森に入る頃、すっかり日は落ちていた。月光すら差し込まぬ森の中を、手にした灯りだけを頼りに分け入っていく。
 小さな子だから、遠くには行っていないでしょう。アフラム・ワーティー(ea9711)は森の奥を見ながら話した。
 何度もこの地には足を運び、有る程度アフラムは森の中を知っている。他、森の中の活動に慣れているのはフェリシア・ティール(ea4284)のみであった。
「何人かに分かれて探しましょう。お互いの位置が見える範囲で離れないように」
「じゃあ、私とあなたは別々に行動した方がいいわね。他にもこの森を知っている人が居るかしら」
 フェリシアは、アフラムを除く四名の顔を見る。この中だと、ラファエル・クアルト(ea8898)とデュクス・ディエクエス(ea4823)がメイをよく知っている。あとはヴェントとシェリー。
「俺とシェリーが別れた方がいい。後は、戦力を均等に分散すればいい」
 というヴェントの意見に従い、騎士であるフェリシアと隠密行動に長けたラファエル、そして魔法武器を持たない事に不安を覚えながら後方支援を申し出たリア・アースグリム(ea3062)。最後にシェリーが一班。
 もう一班は、残る小さな騎士デュクスと冷静なアフラム。そして空を飛んで他の仲間を確認出来る、シフールのダージ・フレール(ea4791)。最後にヴェントという組み合わせだ。
「泉までは捜索した。残るのは、泉の向こう側だ」
 既に精霊や森の獣を使って捜索を続けていたヴェントの話を聞くと、まずアフラムとフェリシアは双方、泉まで急ぎ向かう事にした。
 夜闇の中、森の中の泉に向かう八名。彼らを先導するように、ヴェントは獣身となって駆けている。
 道中。メイを探さねばならないのもそうだが、フェリシアはある疑問を皆に問いかけていた。
 ふらりとやってきて依頼書を手にしたダージは、フェリシアの肩に座って彼女の話に耳を傾けている。
 巫女とかシャンティイの話とか悪魔とか、ダージはよく知らない話であったから、その件について聞いているフェリシアの側に居る方が事情を理解しやすかった。むろん、彼女が若い綺麗な女性だったという事も、肩を借りた理由の一つであるが。
 先の事件においてフェリシア達が目撃したバンパイア‥‥。全員の話を聞いてみても、どこか不可解な所があった。おまけに、恩を返すだなどとは、今まで聞くバンパイアのイメージとは少しかけ離れている。
「バンパイアって、そんなに義理堅いのかしら。そもそも怪物達を寄せ付け、バンパイアに借りがあるとまで言わせるなんて‥‥巫女ってなんなの?」
 フェリシアは、少し首を傾げた。
 ラファエルの肩に座っていたシェリーは、腕を組んで考え込む。どうやら、妖精である彼女にはよく分からないようだ。
 フェリシアがヴェントへ声を掛けると、彼は歩をゆるめて彼女に視線を向けた。
「メイは特別なのではなく、精霊や妖精が人間に抱く“警戒心”が、メイに対しては無い。メイは彼らに、警戒させない」
 そして、そんな少女が住む森は、精霊や妖精にとって居心地のいい場所となる。彼らが住む事で、また生き物やモンスターが寄りつく。
「そうね‥‥なんかメイは最初に会った時から、友達って感じだったわ」
 シェリーが思いかえしながら言った。
 警戒させない‥‥。ラファエルは彼女達の話しを聞くと、メイの村の事を考えた。
 それが特殊な力によるものであろうと、そうでなかろうと、現実問題にかわりはない。群れの中で異質であるが故に、自分は皆と一緒には住めないなんて、そんな思いはメイのような子供にさせたくなかったというのに。
 レイモンド卿に出した手紙、届いたかしら。
 いや、卿は見ていないかもしれない‥‥。村の不安が限界に達している以上、メイ達をこれ以上ここに置いておく事は難しい。せめてレイモンド卿が保護してくれればと思っていたラファエルだったが、卿は現在クレルモンとの抗戦を控えており、多忙だ。
 せめて、こうなる前に何とかしたかった。
 ふとヴェントを見下ろすと、彼も何か思い詰めたようにじっと森の奥を見ていた。

 泉に到着すると、一旦全員で周辺を捜索した。やはりメイの姿は無かったが、置いていた果実酒の口が開いているのが分かった。
「ここまで来た事は確かなようですね。‥‥それでメイちゃんを、ここからどうやって探しますか? 森は広いですけれど」
 ダージは、森の奥へと手を差し向けながら聞いた。ダージは飛べるが、さすがに森全体を調べるには時間が無さ過ぎる。
「せめて臭いを嗅ぎ分けられるとか、足跡が残っていればいいのですが」
「どうかしら?」
 フェリシアがラファエルをふり返る。唯一この中で、森の中に残された足跡を追跡出来そうなのがラファエルだけである。
 しかし、ラファエルとてそれほど自信がある訳ではない。困ったように肩をすくめた。
「とにかく手分けして、奥に向けて探しましょう」
「多分‥‥銀ちゃんやシェリー達が行く所には行かないと思う」
 ぽつり、とリアが言った。
 考えながら、呟くように。自分だったらどうするか、考えていた。
「皆の目につきやすい所に行けば、連れ戻されるのは分かっています。一日だけ家出したという訳ではないでしょう‥‥メイは精霊達の行動範囲から離れて居る、と考えるべきです」
「そうね‥‥出来るだけ遠くに向かおうとするなら、獣道や踏みならされた猟道は外れて奥に向かったかもしれないわ。不自然に踏みならされた所がないか、よく捜索しましょう」
 現在位置を地図で確認すると、ラファエルは星の方角を確認しつつ班を二手にわけた。
 嫌な予感がする。分かれた後もラファエルは、ちらちらと後ろをふり返った。
「何か‥‥居ますか」
 リアが、ふり返らずにラファエルに聞く。ふるふると彼は首を振った。
「何の気配もないわ。でも‥‥居るような気がしてならないの」
「‥‥追ってきているかもしれない」
 そう‥‥獲物を捕らえる為に、自分達の後を静かに。リアはぎゅっと拳を握りしめた。

 月の光が、地の方角へと傾いていく。
 森を捜索しはじめて数刻‥‥ダージは何度か上空から捜索してみたが、夜闇の中では見付ける事が難しい。シェリーや精霊達にも頼み、森の全域をもう一度探してもらう事にし、彼らは再び合流した。
「南側の街道から伸びている道があるのね。獣道ほどの小さなものだけど‥‥それを行った可能性はあるわ」
 ラファエルは再び地図を見ると、指さした。森の中で死のうと考えていない限り、どこかに出ようとはするはずだ‥‥そう信じたい。
 ともかく、残るはその道しかない。
 その時、ラファエルが顔をあげた。シェリーがふわりと飛び上がる。小さな精霊達が彼女の周囲を飛び回っていた。
「居たわ! やっぱり、この向こうの道に‥‥」
「止めて!」
 ラファエルが声を上げると同時に、ヴェントが飛び出していた。彼の言うモノを見つけられたのは、獣人たるヴェントだけであった。
 闇を疾駆する獣‥‥その足をもってしても、かの闇の眷属を捕らえる事は出来なかった。
「速い‥‥っ。やっぱりこの間の奴!」
 駆け出すラファエル達に先んじて、ダージがフェリシアの肩から飛び上がり一直線に向かっていった。
 ヴェントを越え、詠唱を口にする。
 ダージの指先に集まった水球は、勢いよく標的に叩き付けられた。後ろからの衝撃で体勢を崩した影に、ヴェントが飛びかかる。
 地面に転がりながら、腰に差した二本のナイフを手で掴み抜きはなった。
 ヴェントが飛びかかったのは、若い男だ。月明かりの元では、それがバンパイアかどうかは確認出来ないが、駆けつけたラファエル達の目には牙は見えなかった。
「バンパイア‥‥? いえ‥‥でも間違いないわ」
 ラファエルが、男を凝視した。その動き、あの時のバンパイアと同じものに違いない。ヴェントに続き、デュクスが剣を抜いてかかった。
 アフラムとフェリシアがオーラを付与している間にも男はヴェントの攻撃をかわし、デュクスの攻撃をナイフで受け止めた。
 畳みかけるように振りかざしたヴェントの爪が彼の体を引き裂いたが、男の両手はデュクスの胸の前で交差し鮮血の糸を引いた。
 デュクスの体から力が抜けていき、ぐらりと体が揺れる。とっさにラファエルがナイフを投げ、その隙にリアがデュクスを抱き留めた。
「駄目‥‥フェリシア姉さま‥‥」
 デュクスが掠れた声を出す。
「皆で‥‥攻撃する。奴は速いから‥‥手数で負けてる。だから、休む間を与えるのは駄目」
 剣を掴むと、デュクスは立ち上がった。ふ、とフェリシアが微笑する。
「分かったわ。それじゃあ一気にいくわよ」
「私も行きます」
 バンパイアにこの刃では傷をつけられないかもしれないけれど‥‥この一太刀があの闇の眷属の妨害となるならば。
 声をあげ、三人は一斉に剣をかざした。

 メイ?
 優しい声に、小さな赤いマントがふわりと動いた。
 木の根本にうずくまっていた小さな赤いマントが、風に揺れる。彼女の目の前に、ちょんと、これまたちっちゃな影が立っていた。
「メイ。遠い遠いかくれんぼ、もうおしまいですよ」
「あなただれ?」
 メイが声を掛ける。ダージはにこりと笑うと、街道の向こうを真っ直ぐに指さした。つう、と視線をそちらに動かす。
 そこには、見慣れた人達が立っていた。
 ちょっと怒ったような顔のラファエルと、血まみれで包帯を巻いたデュクスとヴェント。
 アフラムはメイの前に膝をつくと、ぎゅうっと抱きしめた。リアは、とても悲しそうな顔でメイを見つめている。
 そうっとフェリシアが、パンを差し出した。
「お腹、すいてるでしょう?」
 メイがパンを受け取ると、先ほど火を通したのか‥‥暖かかった。
 アフラムがメイから手を離すと、ラファエルが恐い顔でメイを睨んだ。
「メイ、どうして家を出たりしたの! ‥‥みんな心配したのよ」
 メイは黙って俯いている。眉を寄せて、泣きそうな顔で地面を見ていた。フェリシアがメイの前にしゃがみ込んで、パンを持ったメイの手を両手でつつみこんでやる。
 メイはゆっくりと顔をあげた。
「あなたが居なくなったら、皆とっても悲しむわ。だから、一人で行ってしまったりしないで」
「‥‥でも、メイが居るから恐いモノが来るんだって言ってたよ。メイが居ると、お父さんもお母さんも‥‥この村に居られないよ」
「あなたが犠牲になっても、みんなは幸せになったりしない!」
 声をあげたのは、リアだった。
「家族を失って得られる喜びなんて‥‥ありはしないわ」
「家族っていいものよ。一人より、家族一緒の方が何倍も楽しいわ。‥‥あなたが居ないと、きっとご両親も‥‥生まれてくる兄弟も寂しいわ」
 フェリシアはそっとメイの頭に手をやって撫でた。
 やや後ろで、ヴェントは血を拭いながらじっとメイを見ている。
「恐いモノ‥‥居たの?」
「違う。‥‥お前だけの敵じゃない」
 ヴェントが答える。
「でも‥‥恐いモノ、沢山来るよ‥‥」
「そうしたら‥‥俺がメイを守る」
 デュクスは、メイの手をぎゅっと握った。
「もっと強くなって‥‥俺がメイを守る騎士になる。だから‥‥もう恐くない」
 メイの目に一杯たまった涙を、デュクスはやや不器用に手で拭った。

 一行が村に戻ってきた頃、すっかり疲れ果てて、メイがラファエルの背中で眠っていた。
 待ちわびていた両親達に混じって、アッシュの姿が見える。ラファエルが静かに父親にメイを渡すと、メイのお母さんはラファエルをそっと抱きしめて頬にキスをしてくれた。
 ありがとう。お母さんは一人ずつそうしてお礼を言うと、何度も礼を言いながら家に戻っていった。
 場の空気を探りつつ、きょろきょろとダージが村長やアッシュを見る。
「それで‥‥これ、どうすればいいんですか?」
 ダージが指したのは、氷漬けにされたバンパイアである。ここまで引きずって来るのは容易ではなく、なおかつこのままにしておくとすぐ解けてしまうだろう。
「それに、これで万事解決って訳じゃないんでしょう?」
「‥‥」
 ダージに言われ、村長は困ったようにアッシュを見た。
 そう、このままではメイ達は村を出なければならない。
 アッシュは一息つくと、口を開いた。
「‥‥その件ですが。レイモンドが、オリオン傭兵隊の巡回地区にしてくれました。今後はモンスターが出るような事は無いでしょう」
 オリオン傭兵隊は、レイモンドの指示で結成された組織だ。直接彼の指揮下にありはしないが、隊長のロイとレイモンドのつながりは深い。現在彼らはクレルモンで悪魔崇拝団体と交戦中だが、そのうち何人か回してくれる‥‥とアッシュは話した。

「本当なの、さっきの話。‥‥オリオンは今、手が離せないじゃないの」
 村長と別れると、ラファエルが疑いを秘めた眼差しをアッシュに向けた。さくさくと夜道を歩きながら、アッシュは言葉を返した。
「嘘です」
「じゃあ‥‥やっぱり問題は解決してないんじゃないか!」
 大きく叫んだヴェントを制するように、アッシュはふり返ってじっと見つめた。
「いえ。解決しました。ただ、この件を彼らに話す訳にいかないのですよ‥‥少し事情があってね」
 周囲に人が居ない事を確認すると、アッシュは言葉を続けた。
「私の信頼する仲間に、ここを時々巡回するように頼んでおきました。今後は、秘密裏に外敵を排除して置いてくれるでしょう。その交換条件として、彼らはレイモンドの支援を受ける事になっています」
「仲間って‥‥あんた、仲間なんて居たかしら?」
 森の中に一人で住んでいるくせに、とラファエルが呟く。アッシュはくす、と笑った。
「言えません。ですがヴェント、あなたなら気づくはずです。彼らは敵ではない、と」
 アッシュはそう言うと、再び歩き出した。
「恐らく彼女は、成長するにつれて普通の村娘としての生活は送れなくなるでしょう‥‥この地の悪魔の力が強まるに連れ、彼女は表舞台に引き出される。その時まで、彼女を守ってあげなさい」
 月下をゆく彼の瞳が赤く輝いた‥‥気がした。いや、気のせいかもしれない。ふり返った彼は、今まで通りの彼だったから。

(担当:立川司郎)