踊り子セーレの憂鬱

■ショートシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 71 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月19日〜07月25日

リプレイ公開日:2004年07月28日

●オープニング

 彼女の踊りは、風のようにしなやかで柔らかく、指先一つとっても美しく目に焼き付く。真冬の寒空でも、肌を露出した服装で踊っている。
 誰か一人の為ではなく、こうして踊っているだけでいいのだ、と。
 セーレ。踊っている時の彼女は、とても幸せそうだった。

 憂鬱そうな表情で、セーレはギルドの掲示板の前をうろうろとしていた。誰かが彼女に気づいたようだ。セーレはすうっとこちらを見た。
 蒼く澄んだ瞳が、じいっとこちらを見つめている。火のように紅い髪をさらりとかきあげると、セーレは困ったように眉を寄せた。
 何をそんなに、悲しそうな顔をしているの?
「そんなに、悲しそうな顔をしていますか?」
 セーレはふう、と息をついた。
 踊りを踊って欲しいと言われたのです。
 セーレが語り出した。
 とある町の、裕福な宝石商人が彼女に惹かれ、屋敷に招いて踊りを見たいというのだ。しかしその宝石商は、宝石を安く買い占め高く売りつけ、屋敷の使用人を酷使し、町の人にも高飛車な態度を取る、あまりいい噂を聞かない商人だった。
 そんな態度だけではない。
 商人は、セーレの身を引き取りたいというのだ。

 セーレ、いくら必要なのだ。いくらでも、金を出そう。だからずっと自分の前に居て、踊ってくれ。わしの大切な宝石のように、いつまでも美しく飾っておいてやろう。
 屋敷の中で贅沢をさせよう。
 だから、セーレの踊りは、誰にも見せない。
 セーレの踊りは、わしだけのものだ。

「わたしは、誰かの為ではなく、喜んでくれるみんなの為に踊っていたいのです。あちこちの町を回って、いろんなひとに踊りを見てもらいたい」
 しかし商人は、セーレを手に入れる為、ついに人を雇った。
 盗賊達に金を払い、セーレを誘拐する計画をたてたというのだ。
 それを人づてに聞いたセーレは、この盗賊達を追い払ってもらおうと、ギルドにやってきた。
「本当は、乱暴な事はしたくないんです。‥‥でも、私はかごの鳥になるのは嫌」
 ただ、商人に分かってもらえればいい。
 彼女はそう言うが‥‥本当に分かってもらえるの?
 

●今回の参加者

 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1747 荒巻 美影(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1807 レーヴェ・ツァーン(30歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea1812 アルシャ・ルル(13歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea1944 ふぉれすとろーど ななん(29歳・♀・武道家・エルフ・華仙教大国)
 ea2762 シャクリローゼ・ライラ(28歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea3548 カオル・ヴァールハイト(34歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 きっちりと体を覆い隠していた鎧を剥ぎ取り、代わりに薄く美しい布で作られた衣装と輝く装飾品を身につけると、彼女はどこから見ても立派な踊り子へと変わった。
 カオル・ヴァールハイト(ea3548)は、我が身を見ながらほんの少し頬を染めた。
「‥‥この格好で‥‥踊るのか?」
「ええ、とってもよくお似合いですよ」
 さらさらと体を流れるカオルの黒髪を手で撫でつけながら、荒巻美影(ea1747)がにこりと微笑んだ。セーレの古い衣装をカオル用に作り替えたのは、美影である。
 手先の器用な美影は、セーレの護衛をかねてカオルの衣装を作ったり、セーレの衣装の直しをしたりしていた。
「ふむ、馬子にも衣装、とはよくいったもんじゃな。騎士でなくなっても、これで立派な踊り子になれるぞ」
 と、周囲を飛び回りながらちくりと言ったカシム・キリング(ea5068)を、カオルが睨み付ける。カシムは気にもとめず、美影の肩に止まった。
 こんな格好で足を上げたり、体をしならせたりなどして踊らなければならないのか、とカオルは気恥ずかしい思いで一杯である。ドレスで踊るならともかく、このような衣装で踊った経験はカオルには無い。
 美影や、他の者でもいいのではないか?
「女性で踊りが出来そうな方が、カオルさんとアルシャさんしか居ませんから‥‥」
「じゃあアルシャ殿でも‥‥」
「アルシャさんは、激しい動きに体力が保たないだろう、と私が言ったんです」
 セーレがカオルに言った。アルシャ・ルル(ea1812)は、カオルや他のメンバーに比べても、体力が無い。そこでお鉢がカオルに回ってきたというわけだ。
「心配するな、他の連中も本番じゃあ見守っていてくれるわい」
 カシムの言葉に、カオルは眉を寄せた。

 夜の酒場は、活気に溢れていた。一日でも二日でもいいから、と駄目もとでふぉれすとろーど ななん(ea1944)が一時雇いを申し込むと、酒場のマスターは快く受け入れてくれた。
 それもそのはずだ、街の商人に雇われている者、護衛を頼まれた冒険者、商人に商品を売りつけに来た業者、そして旅人達。活気ある街道沿いのこの街の酒場は、夜ともなると人で一杯だった。
「ワイン追加ですね、かしこまりましたぁ!」
 テーブルの間を、ワイングラスと料理を運びながらすり抜け、ななんはてきぱきと仕事をこなしていく。
 一息ついたのは、夜がすっかり更けて、街が寝静まった頃だった。酒場に残って飲んでいるのは、街に住んでいる者ばかりだ。旅人達は、明日に備えて宿に戻っていた。
「ねえマスター、あたしも一杯だけ頂いていい?」
「今日は頑張ったからね、いいよ。行っておいで」
 酒場のマスターに言われ、ななんはテーブルをきょろきょろと見回した。仕事をしながら目をつけていた男達は、まだ隅のテーブルで飲んでいる。
 ワインの入ったグラスを手に、ななんは彼らのテーブルに向かった。堂々と彼らの横に座り、グラスを置く。彼らはびっくりしていたが、ななんは満面の笑みを浮かべてグラスをかかげた。
「何、あたしが一緒に飲んじゃ駄目?」
「‥‥なんだ、酒場のねぇちゃんか。まあいい、飲め飲め!」
 酒が入っているせいか、彼らはななんの肩をバンバン叩いてきた。
「そうそう、今日は仕事も終わったし、ぱーっと飲もうよ!」
 ‥‥ある意味でななん、適職かもしれない。

 夕暮れ時、カオル達は何度目かの日暮れをこの街で迎えていた。
 人々は、自宅に向けて足早に通り過ぎていく。セーレは荷物をまとめ、カオルと美影を振り返る。
「‥‥それじゃあ、宿に戻りましょうか」
「そうですね」
 美影は、ちらりと通りに目をやる。めずらしく、ななんが立っていた。この時間は酒場に居るはずだが??
 ななんは通りに居たレーヴェ・ツァーン(ea1807)とイルニアス・エルトファーム(ea1625)を捕まえると、何事か話し始めた。美影が空に目をやる。
 日も暮れてきた。
 今夜あたり‥‥。
 ちら、と紅い夕日に羽が反射する。シャクリローゼ・ライラ(ea2762)が、美影達のもとに飛んできた。
「‥‥何かあったのですか?」
 美影が聞くと、ライラがちらりとななんとレーヴェを振り返る。
「もうじき来そうですので、わたくしがお知らせしました。アルシャ様ももうじき来ます」
 どうやら、ライラが何やら嗅ぎつけてきたようだ。
 カオルが、セーレを後ろに庇う。視線を通りに向けた。
「‥‥そうだな」
 カオルはナイフを取り出すと、セーレにオーラボディを掛けた。ただならぬ様子に、通りを歩く人々が足を遠ざける。
「セーラ様、下がっていてください」
 ライラに手を引かれ、セーラが壁に寄る。
 一人、二人‥‥。男が三人、セーレ達を取り囲むように立っていた。
「‥‥何の用ですか」
 セーレが男に声を掛けると、男達はふ、と笑い声をあげた。
「ちょいと来てもらおうか」
「私は‥‥」
 返事を返そうとしたセーレに、男が手を伸ばす。その手を、横合いからななんが掴んだ。男と目が合い、にこりと笑うななん。
「‥‥酒場で会ったよね、お兄さん」
「お前‥‥」
 ななんのパンチが、男の顔面に炸裂する。
 レーヴェが一人、イルニアスが一人。
 イルニアスは剣で男のナイフを捌くと、腕に斬りつけた。
「イルニアス、殺すな!」
 レーヴェの声に、イルニアスはちらりと視線を返し、頷く。
 利き腕を斬り裂き、返す刃で足を横薙ぎに払った。足を切られて、痛みで地面に転がった男に、刃を突きつける。
「‥‥さあ、おとなしくした方が身のためだ」
 イルニアスの静かな口調に、男はこくこくと頷いた。
 仲間はとっくに、レーヴェとななんによって倒されていたからだ。

 アルシャは、たおやかな容姿に似合わぬ本を手に、にこにこと笑いながら、縛り上げられた男達を見おろした。
「‥‥さて、あなた方にはいろいろと聞きたい事がありますから、問いには素直に答えてください」
 アルシャにかわり、美影が男に問いかける。
「アルシャさんの交渉術は、とっても効果があるそうですよ。‥‥それを実践して欲しくなければ‥‥あなた方が誰に頼まれて来たのか、聞かせてください」
 まあ、交渉にもいろいろあるが。レーヴェが眉を寄せて、彼女の持っている本を見る。アルシャが男を見返しながら、更に聞いた。
「シレンという商人が、この町に居るそうですね。たいそう繁盛していると聞きました」
「‥‥」
 黙っている男達に、ライラが周囲を飛び回りながら声を掛ける。
「やっぱり、アルシャ様の‥‥」
「わ、わかった。しゃべる!! 喋るから止めろ」
「そうですか‥‥残念ですね」
 本当に残念そうに、アルシャが“世界拷問百科”を仕舞った。

 男はイルニアスとレーヴェが、切り札として連れて行くらしい。
「‥‥それで、どうなさいますか、セーレ様」
 ライラがセーレに聞くと、セーレは少し考え込むように視線を落とした。セーレは、出来れば手荒な方法で解決したくないと思っている。
「この連中は、金で雇われただけだ。‥‥わざわざ殺してしまうまでもない」
 レーヴェがそうセーレに言うと、セーレは少し安心したように微笑を取り戻した。
「はい。‥‥ありがとうございます」
「問題は、セーレ様自身ですよ」
 セーレにそう言ったのは、ライラだった。
 ジプシーのライラは、セーレの気持ちがよく分かる。ライラとて、沢山の人に見て欲しいと感じていた。
「やっぱり自分の意志を、強く相手に伝えるべきです」
「そうだな。私達が間に割ってはいるのはたやすいが、それでは根本的な解決にはつながらないだろう」
 イルニアスは、セーレをちら、と見返した。
「行くなら、着いていくぞ」
 無言のまま、こくりとセーレは頷いた。

 それにしても、大きな屋敷だ。
 ぼんやりと見上げているライラやななんを、アルシャがこづく。
 突然の来訪者を、当事者は驚いたように目を白黒させながら怒鳴りつけてきた。
「な、なんだお前達は‥‥」
 四十過ぎほどの痩せた男が、豪華なソファから立ち上がると、アルシャの方につかつかと歩み寄った。アルシャは冷ややかな視線を男に向けると、後ろに目をやった。
「セーレ様」
 アルシャに呼ばれ、セーレが後ろからゆっくり前に進み出た。
 セーレはしっかりとシレンを見る。
「シレンさん、私は誰かの為だけに踊りたいと思いません。‥‥たくさんの人に見ていて欲しいのです。だから、あなたの申し入れをお受け出来ないのです」
「な‥‥セーレ、金ならいくらでも出すぞ」
「そうですか‥‥」
 アルシャが微笑を浮かべた。
「人の身を売買する行為が事実行われている事は、認めます。しかし、人気の踊り子であるセーレ様を独り占めしようなど‥‥他の貴族の顧客が何と仰るでしょうね」
「それに、こういう連中を使っている事も、知られてもいいのかな」
 廊下の向こうから若い男の声が聞こえたと思うと、部屋に縛られた男が二、三人ばかり転がり込んできた。部屋に襲撃者を押し込むと、後から男達を前に突きだしながら、レーヴェとイルニアスが入ってきた。
「貴族の顧客の中には、お前がしている事を知らない者も居るようだな」
 ナイトの地位を生かして、貴族の客から情報を集めていたイルニアス。彼は、ライラ達が集めた情報について、ちらりと口にした。
「深夜盗賊まがいの連中と会っているのは、何故だ?」
「そ‥‥それは‥‥」
「盗賊が盗んできたものを、買い付ける。‥‥そして売ったらまた、盗ませる‥‥」
 イルニアスの言葉を補足するように、レーヴェが睨み付けた。
「この連中を役人に突きつければ、お前はどうなるかな」
 ただただ黙ってセーレ達を見返すばかりのシレンに、レーヴェが言葉を更に投げかける。
「お前も子供ではあるまい、分別を持った行いをせよ。欲しいものを皆手元に集めねば気が済まないのは、子供と同じだ」
「くっ‥‥」
 言い返そうにも、アルシャが反論を許さぬといった満面の笑顔でこちらを見ている。
「‥‥それでは話はこれで終わり‥‥でよろしいですよね」
 アルシャは相手の返事を聞かず、セーレを振り返った。

 楽しげに踊るセーレの舞いに、カオルが合わせる。周囲をくるくる飛び周りながら、ライラが踊っていた。月下に映えるセーレのしなやかな肢体と、揺れる装飾品。体にまとわりつく髪と、ぴんとのびた指先。
 カオルもライラも、楽しそうに踊っていた。
 アルシャはレーヴェやななん達と、彼女が楽しそうに舞う姿をじっと見ていた。
「天性の才能は百金に勝る、と言いますけども‥‥。いくら積んでも惜しくないと思われるのも、判りますね」
「そうだね、みんな楽しそう。‥‥あたしも歌っちゃおうかな!」
 急に立ち上がると、ななんは踊りに合わせて歌いはじめた。ふ、と笑ってアルシャを見おろす、イルニアス。レーヴェは少し離れた所で、黙って彼女達の様子を見ていた。
 そういえば‥‥。
 アルシャは、きょろきょろと周囲を見回した。レーヴェが気づいて、アルシャに声を掛ける。
「どうした」
「‥‥カシム様はどうしたんでしょう」
 先ほどから、カシムの姿が見えない。
 レーヴェが周囲に目を走らせると、シレンの屋敷の方から、小さな影がふわふわ飛んでくるのが見えた。カシムは一人遅れてレーヴェの所にやって来ると、けらけらと笑った。
「どうやらセーレの身が籠に入れられる事は、なさそうじゃの」
「どこに行っていた、お主」
「さあ‥‥」
 眉を寄せるレーヴェに、カシムがにやりと笑う。
「ちょっとしたトリックで、脅しを入れただけじゃ。‥‥気にするな」
 そう、ちょっとしたトリックをシレンに使っただけだ。
「これで当分、静かになるじゃろうて」
 月下に揺れるセーレの体を見ながら、カシムは一人、含み笑いを浮かべた。

(担当:立川司郎)