メイと狼の血統

■ショートシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:7人

冒険期間:01月01日〜01月06日

リプレイ公開日:2006年01月13日

●オープニング

 ちょん、と座った少女は周囲の空気、人々、雰囲気から明らかに浮いていた。
 埃臭い室内、居るのは剣の手入れをしている年配の剣士や、スクロールを見ている痩せた男、そして奥のデスクで何やら話し込んでいる男。
 奥に居る男の頬には傷があった。
 少女がじいっと見ていると、彼はちらりとこちらを見て、また視線を戻した。
 彼と話していた若い男が、たまらず口をひらいた。
「‥‥ロイ。あれは何だ」
 つい先ほど、若い男が来て、“お願いします”と何度も頭をさげて預けていった。少女の横には、鋭い目つきの少年が立っている。
 そしてこれまた珍しい事に、少女の肩にはシフール‥‥いや、シェリーキャンが座っていた。室内に居る者の視線は、主にこの少年とシェリーキャンに向いているようだ。
 ロイはああ‥‥とこともなげに答える。
「しばらく預かる事になった」
「それは聞いた。‥‥だから何故だ、と聞いている」
 強い口調で言うと、ロイはようやく顔をあげた。じっと見つめる青年の腰には、狼の紋章の入った剣があった。
「母親が出産するらしくてな、半年ばかりあずかる事になった。‥‥そいつが巫女の血統だ。まあ、シシリーと神父がどこに居るかわからん以上、せめて子供が乳離れするまでは、安全なオリオンにあずけたいとさ」
「‥‥」
 フェールは、巫女と呼ばれた少女を見た。
 まだ5、6才だろうか。少女は純粋なまなざしで、こちらを見返していた。
 興味なさそうなフェールと対照的に、練兵の多いオリオンの傭兵隊員達は興味津々で眺めている。
「剣でも教えるか?」
「馬鹿、巫女の血統なんだから、クレリックとしての素質があるだろう」
「剣なら、あの人狼の小僧に‥‥」
「それよりあのシェリーキャン、酒作ってくれるかな‥‥」
 どうやらオリオンは、相変わらずのようである。

 ここって、おじいさんばっかり?
 首をかしげるメイに、ヴェントがすかさず言い返した。
「メイ、ここはオリオンという傭兵隊の本部だ。クレルモンという町にある」
「ねえクレルモンて、どこ?」
 シェリーの言葉を無視し、ヴェントは続けて言った。
「もうすぐ兄弟が生まれる。メイ、お母さんとお父さんは大変なんだから、ここで我慢出来るな?」
「‥‥うん‥‥」
 仕方ない、といった様子でメイがうなずく。
 メイの村からここまでは、けっこう距離がある。簡単に遊びに来る事など出来そうにない。それでも暇があれば、ロイ達が村まで連れて行ってくれる事になっていた。
 メイは気づいていないが、彼女を村まで里帰りさせるとなると、練達した傭兵数人での護送となる。経費も馬鹿にならない。
「‥‥帰りたい」
「帰れない」
 冷たくヴェントが言った。

●今回の参加者

 ea1987 ベイン・ヴァル(38歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea3062 リア・アースグリム(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3727 セデュース・セディメント(47歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea4823 デュクス・ディエクエス(22歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8898 ラファエル・クアルト(30歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9711 アフラム・ワーティー(41歳・♂・ナイト・パラ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ミケイト・ニシーネ(ea0508)/ ウリエル・セグンド(ea1662)/ アハメス・パミ(ea3641)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ 遊士 璃陰(ea4813)/ ヴェリタス・ディエクエス(ea4817)/ ユーディクス・ディエクエス(ea4822

●リプレイ本文

記録:ベイン・ヴァル(ea1987)
 気配がした。
 全てを破壊された、あの村の跡で。血の臭いに混じって、奴の気配が漂っている。
 あの、獣の臭いが。獲物を狙う狼の眼光、逃れられない熊の爪、そして悪魔の策略。
 背後に‥‥奴の気配がした。背筋を汗が伝う。背後を取られたという事は、剣を抜く間もあるまい。
 手を動かせば、その時が生と死の境目だ。
「‥‥どうした、逃げないのか? 逃げてもいいぜ」
 息を飲み、口を開く。
「俺は諦めない‥‥」
「いいぜ、好きなだけ追いかけてこい。‥‥頭数揃えて、俺を狩りに来な」
 すう、とふり返ると、その気配は消えていた。
 一陣の風を残して。
 残像だろうか? ふり返る時見えた奴の喉左側から胸元にかけて、ざっくりと痣がついていた。
 まだ‥‥まだ出来る。まだ‥‥俺達は、奴を殺せるはずだ。
 まだ手が届く‥‥。

記録:リア・アースグリム(ea3062)
 こうしてロイさんやフェールさんときちんと顔を合わせて挨拶をするのは、恐らく初めてでしょう。
 お話には聞いていてのですが‥‥フェールさん。
 一時は大麻中毒に苦しんでいたようですが、元気になられたようで安心致しました。
 ここ、オリオン傭兵隊の本部に詰めているのは、現在は年輩の方が多いようです。他にはウリエルさんやユーディさんも居て、ぽつりぽつりと若い方も来ているようですね。
 私が一番心配していたのは‥‥メイ。
 あなたの事。
 テーブルに向かっているメイは、真剣な表情でした。
 私が一つ一つ質問をすると、うんと考え込んで答えてくれた。
 ‥‥ごめんなさい。私は気づかなかった。
「メイちゃん、文字が書けないなら代筆するわよ」
 って、ラファエルさんに言われて始めて、私は気づいた。そうね、メイちゃん達は文字が読めないわね‥‥文字が読めるのは、騎士位や一部の人達くらい。
 でも、メイが書いたらきっとお母さんは喜んでくれる。
 私は、メイに書きたい事を聞いて、それを自分がお手本として書く事にした。それを見よう見まねで書いてもらう。
 読めなくても、メイが書いた‥‥それだけで喜んでくれる。
 メイ‥‥私、あなたの笑顔を見たい。

記録:デュクス・ディエクエス(ea4823)
 なんだか‥‥兄上達の使いっ走り。
 ぽつんと離れた所で、俺はカレン姉様達の話が終わるのを待っていた。
 こんなバリにまで呼び出してしまったのは‥‥ヴェリタス兄様が会いたがっていたから。どうしてもといって、来てもらった。
 ヴェリタス兄様は、すごく緊張していた。
 なんだか、関係ない話を振ったりして‥‥兄様、話が違う。俺は影から、そっと呟いた。
 俺の思いが通じたのか、ようやく兄様は本題に入った。
 一緒に子供達の面倒を見て欲しい。
 兄様はそう言うと、カレン姉様を抱きしめた。兄様がカレン姉様に何を囁いたようだけど‥‥ここからは、俺は邪魔しちゃいけない。
 良かった‥‥兄様。
 俺も‥‥ちゃんと言わなきゃ。

 帰り道、俺は忘れないようにカレン姉様に手紙を渡した。
 これは、パリでアハメス姉様に預かった手紙。
 これからも天使像を守り、人々を支えてほしいと書いてあったようだ。
 でもアハメス姉様、分かってくれる。カレン姉様が兄様といっしょに孤児院に戻っても、きっと分かってくれる。
 カレン姉様は大切そうに手紙を抱えていた。

記録:アフラム・ワーティー(ea9711)
 シャンティイでの戦いの一幕が終わり、皆様は慌ただしくなさっているご様子。
 僕は、遠縁であるミケイトを連れてアッシュという方の元を訪れました。
 ミケイトは、アッシュと依頼で何度かお会いした事があるようです。メイ嬢の森の近くに住んでいるのは知っていますが‥‥。
 いやはや、アッシュ君は一筋縄ではいかない人のようですね。
 まずはパリでデュクス君に頼まれていた伝言を、アッシュに伝えておきました。デュクス君のお知り合いの璃陰君が、旅に出られるそうです。お兄さんを捜す旅だと聞きました。
 ‥‥深くはお聞きしませんでしたけど、お渡しした手紙に書いてあるのでしょう。
 アッシュ君は手紙を燃やすと、笑顔を浮かべた。
「用事があれば、会いにくればよろしい」
 彼らしいな、とミケイトは笑いました。
 挨拶をすませると、彼女も足早に去っていきました。
 アッシュ、本当のあなたは何なのですか?
 バイパイアとの件、そしてメイ嬢の事‥‥。アッシュ君は椅子にかけると、静かに口を開いた。
「東洋の考えに、生まれ変わり、というものがあります。ひとの魂‥‥心は死しても再び人に宿り、生まれてくると。私はね‥‥巫女の魂は悪魔に完全に喰われてはいないと思うのです。死して魂は巡り‥‥」
 それがメイ嬢だと?

記録:ベイン
 思えばロイ、そしてフェールとは、同じシャンティイの地に居ながら別々の形でフゥの樹に関わってきた者同士だったな。
「フェール、お前はシシリーと戦うのは恐いか」
 俺が聞くと、フェールは少し考えるようにテーブルの上を睨んだ。
「‥‥恐い。だが俺はシシリーと戦わねば、本当に奴の呪縛から逃れた事にはならない。シシリーを倒さねば、再びレイモンド様の元に顔を出す事も出来ない」
 そうか。フェールはやはり、騎士位を取り戻したいのか。
 統治を正して人民の心を癒す、レイモンドやセレス。
 彼らの力となり、悪魔やモンスターから人民を守るオリオン。
「アンジュコートは‥‥もう何も残っていなかった。‥‥奴はそこにいた」
 シシリーは待っている。俺達が奴を追いつめるのを。自分を駆り立てる者を、待っているのだ。
 俺は‥‥俺も戦い続ける。時間はかかるだろうが‥‥それぞれがそれぞれの場所で戦い、それは実を結ぶだろう。
 どこかできっと、繋がっている。

記録:セデュース・セディメント(ea3727)
 リア、ラファエル。
 わたくしは皆様と一緒に、メイ嬢の村を訪れました。
 メイ嬢も行きたがっていたようですが、悪魔の動きが掴めない現状でメイ嬢を連れ出すのは、得策ではありません。
 リアさんやラファエルさんと一緒に、メイ嬢を宥めすかして出発。
 村はすっかり落ち着いており、村長さんも穏やかな表情でした。
 ラファエルさんから道中聞いた通り、オリオンの方々やアッシュさんのお知り合いが見回りをしてくれているそうです。
 森でも時々、彼らを見かけるそうですが、とても若くておうつくしい、礼儀正しい方々だそうです。オリオンにそんな方がいらっしゃったでしょうか。
 わたくしはメイ嬢のお母様とお父様にお会いし、メイ嬢のお手紙をお渡ししました。ラファエルさんが読み、わたくしがイリュージョンを使ってその様子をお見せすると、お母様は涙を流しておられました。
 メイは元気にしているか、夜泣きはしないか、色々お聞きになりました。
 お話によると、お子さんはつい数日前にお生まれになったそうです。
 年明けに生まれたおめでたいお子さま。男の子で、名前はアルジャン。
 それは銀色という意味‥‥。
「手紙の返事を書いてみない? 代筆するわよ」
 ラファエルさん、それは良い案ですね。せっかくですから、お書きになってみては。
 リアさんとお二人、お母様に文字をお教えしておりました。
 わたくしはこの間、アルジャン坊の顔を拝見。このお顔、しっかりと覚えてメイ嬢にお見せなければなりませんからね。

記録:ラファエル・クアルト(ea8898)
 手紙を見せたら、お母さん‥‥とても喜んでくれていた。
 この村に来た時‥‥最初はお母さんも私を奇異の目で見ていたわ。私はそんなの構わずに堂々としていた。
 でも、メイを連れて帰った時、お母さんはありがとうと言ってキスをしてくれた。
 差別を知らないメイ、受け入れてくれたお母さん。
 それに私には、大切な人が出来た。
 私を抱きしめて、いってらっしゃい、と言ってくれたあなた。
 家族が増える喜びを、分かち合ってきてください。あなたの言葉の意味、きちんと胸の奥に受け止めているわ。
 だから、このお母さんの気持ちをメイにちゃんと届けてあげなきゃ。
 お母さんは最後に、私に小さなウサギのぬいぐるみを渡してくれた。
「わたしの古着で作ったの。これを渡してちょうだい」
 お母さんの匂いのついたぬいぐるみ‥‥きっとメイも喜ぶわ。
 ぬいぐるみ‥‥なんだか私の鼻に、懐かしい匂いを運んでくれた。

記録:オリオン傭兵隊記録係(セデュースとリア)
 ラファエルが差し出したぬいぐるみを、メイは飛びつくようにして抱きしめた。母親の匂いはわかるのかもしれない。メイは抱きしめたまま、じっと口を閉ざしていた。
 リアが顔をのぞき込むと、メイは顔を上げて笑った。
「メイ、泣かないよ」
「そう‥‥強いのね」
 リアはそっと頭を撫でた。
 生まれた子供の名前や顔、母親が手紙を書いている様子、さっそくセデュースがイリュージョンで見せる。記憶が不確かな部分もあるが、そこはそれ。
 セデュースはうまくカバーしながら、話をした。
 話し上手なセデュースは、メイに分かりやすく森の様子や村の近況を伝えた。
 アルジャンは銀色という意味。それはヴェントの毛の色からきているのよ、と母親は話していた。
 リアはメイを抱き寄せると、顔をのぞき込んだ。
 澄んだ目がリアを見上げる。母親の書いた手紙を開くと、メイが手を添えてじっと見つめる。
「メイ、元気にしていますか? お腹を壊したりしてない?」
 リアが感情を込め、読み上げる。
 彼女の‥‥リアの表情は、暖かく穏やかであった。その手の中の小さな幸せは、ここに息づいている。彼女の笑顔が、ここにある。
 一方‥‥セデュースは、話をしていたベインやロイ達の側に椅子を引くと、口を開いた。
「巫女‥‥巫女とは何なのでしょうね」
 生け贄? 血筋? それとも‥‥。
「わからない。‥‥血筋‥‥だが」
 フェールが視線を巡らせる。
 アッシュはそれを、魂の輪廻だと言っていた。ヴェント達の一族は使徒ではないが、かつて巫女に恩を受けた身‥‥だから彼女を守り尽くすと誓ったそうである。
 魂の輪廻‥‥ね。セデュースはその言葉を飲み込んだ。
 妖精や精霊、そして人狼さえも味方につける巫女‥‥。
 それが彼女の力であり、メイも持つものだとすれば、悪魔に狙われるのも無理はないかもしれない。
 カシェと巫女‥‥悪魔は何を狙っているのでしょうね。
 セデュースは、自らに問いかけるように言った。

記録:オリオン傭兵隊記録係(ラファエルとアフラム)
 こういう時は、おせっかいな位が丁度いいのよ。
 ラファエルはそう言うと、デュクスをメイの居る部屋に押し込み、リアを引っ張り出した。きょとんとしているリアを連れて、階下に降りる。
 アフラムは箒と布を持って、突っ立っていた。
「何ぼうっとしてんの! さあ、掃除よ掃除」
「掃除‥‥ですか?」
 アフラムは部屋を見まわした。
 確かにこのオリオンの本部‥‥汚すぎる。居るのはじいさんや男ばかりなんだから、そりゃあ掃除も行き届かない。
「‥‥まぁ、女手がすぐに到着する訳なんだけど‥‥来たらきっと怒るわね」
 はあ、とラファエルはため息をついた。
「こんなら汚いと、メイが病気になっちゃうわよ! ほらヴェント、手伝うのよっ」
 リアやアフラムだけでなく、ヴェントまでかり出される始末。危機を察したのか、いつのまにかベインやフェールは居なくなっていた。
 仕方ない‥‥覚悟を決めるか。
 アフラムは袖をたくし上げた。
「家事の心得はありませんが、最低限のお手伝いはしましょうか」
「‥‥俺は掃除は嫌いだ」
 ぽつりと言ったヴェントの肩を、ばん、とラファエルが景気よく叩いた。
「なにいってんの、あんた達がしないで誰が今後掃除するの! アレは一人で掃除してくれやしないわよ」
「アレ‥‥とは。そういえば、オリオンに誰かまた入隊するそうですね」
「アフラム、手が止まってるわよ」
 ラファエルに急かされ、アフラムは箒で床を掃き始めた。
 階段の手すりを吹きながら、ラファエルがため息をつく。
「‥‥みんなこっちに来ちゃうんだから。でもいいの、私はパリに戻るの。待っている人がいるもの」
「それは初耳でした。なんだか祝い事続きですね」
「あら、ありがとう」
 そう言ったアフラムを、ラファエルがにっこりと満面の笑顔でふり返った。

記録:デュクス
 メイは、アフラム兄様に書いてもらった絵や、かあ様にもらった手紙。ぬいぐるみ。
 二人になったら、泣き出した。
 やっぱりメイは我慢していた。
 きっと帰りたい。かあ様の所に戻りたい。でもメイ、みんなが困っているのを知っている。巫女だと言われ、狙われる。
 巫女がなんだか分からないのに、知らない所でメイはその言葉と戦っていた。
「メイ、寂しくない。‥‥もう俺がついている。ずっと付いてる」
 これからもずっと一緒だ。
 俺はメイの手を両手で包んだ。
 約束する。俺はメイの騎士、メイだけの‥‥。
 どうしていいかわからず、俺はぎゅっとメイを抱きしめた。
 ここに居る。メイ、悪魔が来ようと死神が迎えに来ようと、俺は共に居るから。

記録:‥‥そして。
 闇の中‥‥。
 ふ、とアッシュは笑顔を浮かべた。
「‥‥終わり? いいえ」
 見えないだけで。
 ここには無限の記憶がある。
 あなたの足跡、あなたの記録、おなたの記憶、意志。
 これまでも、これからも。
 目に見えないだけで。あなたは歩き続けるのです。
 ここに‥‥。

 そして再び悪魔達と、あなたとの戦いが始まる。
 時はゆっくり動きつづける。

(担当:立川司郎)