卿とお茶会
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:フリーlv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月31日〜01月05日
リプレイ公開日:2006年01月11日
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●オープニング
クレルモン戦が終了して十日あまりが経過した。
城内清掃や、体制の立て直しを図るセレスティンは慌ただしく飛び回っており、騎士隊の設立とフゥの樹のその後を調査するコールもまた、シャンティイとクレイユの間を行き来していた。
そして、彼らを束ねるレイモンドは‥‥。
先の戦いで負った傷の手当てをメイドにさせながら、いつもの柔らかい口調で言ったレイモンドに、デジェルは眉を寄せていた。
元々たしなむ程度にしか剣を使わないレイモンドは、戦いにおいて前線に出る事はめったに無い。しかし鉄の爪の罠を突破する際、馬車が転倒してレイモンドも傷を負っていた。
私の事はいいから、騎士達を回復させてやりなさい、と卿は言って治癒を拒んだのである。
傷は回復したものの、各領地内の状況は良くはない。
デジェルは、その後のシシリーの行動についての報告をする為に訪れていた。
「‥‥今、夜会をするのはいかがなものかと思いますが」
さすがのデジェルもそう言ったが、レイモンドの考えは違うようである。
「領内の有力騎士や周辺領地の貴族もそうである、とは限りません。最近お相手していませんでしたし、あまり真面目すぎると仲良くしてもらえなくなりますから」
にっこり笑ってレイモンドは言った。
彼が出て行くと、レイモンドは静かにため息をついた。
逃走したままの、悪魔フリューゲル神父。そして同じく悪魔化したと思われる、ランズ・シシリー。彼は想定通り‥‥その後アンジュコートを猫一人残さず殲滅した。
銀狐はその後シャンティイで姿を見ない。
ふい、とマリアは顔をあげた。
明日、めずらしく我が子デジェルが家に戻るという。メテオール騎士団長という地位にあるマリアの子は日々忙しく、領主でありながらめったに領地に戻る事が出来ない。
彼の代わりは、デジェルの子でありマリアの孫でもあるコールが行っていた。
「デジェルが戻ったら、あなたを継承者に指名するように言っておかなきゃならないわね」
マリアは、騎士ガスパーからの報告書を読んでいるコールに言った。
目も上げず、コールはうん、と曖昧に返事を返す。彼の横の床にことん、とマリアがティーカップを置くと、コールは黙って手をつけた。
ランタンのあかりを上げると、マリアはそっと彼の肩に毛布をかけてやった。
「レイモンド様からのご招待にも行かなければならないのよ、あまり夜更かしはしないでね」
こくりとコールはうなずいた。
●リプレイ本文
卿とお茶会
記録:アレクシアス・フェザント(ea1565)
クレイユ‥‥俺が最初に訪れた時、この城は亡霊の住処と化していた。
再びこの城に火が灯ったのは、俺達ギルドの者の尽力と、ここに住む人々の協力があったからだ。そしてあれから一年あまり。
城に到着した俺を最初に出迎えたのは、一人の騎士だった。
姿格好からすると騎士であると察するが、どう見てもその鎧はつい最近倉庫から取りだして手入れをしたようなもので、普段使われているように見えない。
何よりその男自身が、窮屈そうにしていた。表情に覇気はないが、俺よりおそらく四つ五つは年上だろう。
彼の名はガスパー・クラーク。フェール・クラークの義兄である。クレイユに居る、たった一人の騎士であった。
ドアを開けて中に入るように促す、ガスパー。ロビーから見上げると、二階の吹き抜けから初老の女性が顔を覗かせた。青いナイトドレスを着ている。
「あら、今日はとっても素敵だわ、正装で来てくれたのね」
くす、とマリアが笑った。彼女は相変わらずだ。どんな時も落ち着いていて、柔らかい笑みを絶やさない。
もう一人の人物の姿を探して俺がロビーを見回すと、なにやら羊皮紙の束を抱えた青年が姿を現した。きちんと正装してあるのに、片手にそんなものを抱えていては台無しだ。
さすがのガスパーも、ため息をついた。
「若、夜会にまで報告書を持っていくのは‥‥無粋じゃないですかねえ」
俺が一番気にしていたのは、この若き領主代理‥‥いや、もうじき領主となるコール・マッシュの事だった。彼の父はシャンティイ騎士団の団長という地位にある。
父デジェルと顔を合わせる事はめったに無い‥‥この父とコールの話を聞いていて、俺は自分の話を思い出さずに居られなかった。
ノルマンはつい近年、戦争をやらかしたばかりの国だ。ノルマン出身の俺の故郷とて、その例外ではない。厳しい父と俺が分かり合い認め合うには、それなりに長い道のりがあった。
「いや‥‥うん、まあ父は忙しい人だからね。領民の家庭のような家族関係ではないかもしれないね。こういうのは、僕より父の方がとまどっているのかもしれない、って婆様は言ってたよ」
父は、フェールに似ているんだそうだ。コールが言う。
揺られる馬車の御者台に並んで、コールと話をした。
馬車の中をちらりとふり返ると、マリアとガスパーが何やら談笑していた。
記録:イルニアス・エルトファーム(ea1625)
シャンティイ近郊でも、ステンドグラスを使ってある建築物は、シャンティイ城の一部とここ、シャンティイ大聖堂だけであろう。
パリの大聖堂には赴いた事はあるが、シャンティイの聖堂もまた美しく荘厳だ。
白を基調としたシンプルな石造りの聖堂は、年代を感じさせる。
大きな白い聖母像が、私の方を静かに見下ろしていた。
目を閉じ、闇の中に意識を向ける。
ここに来たのは‥‥過去を忘れない為。そして今後の誓いをたてる為。
思えば最初にシャンティイ、クレイユに来たのもあの男とであったか‥‥それから、何の縁かノルマン各地で顔を合わせたが。
私は‥‥。
私は、暴かれたクレイユの墓の件をこのままにはしておけなかった。何より、これは私自身の思いがある。
クレルモンで取り逃がしたあの神父、あの悪魔は放ってはおけない。
奴は必ず、この手で倒してみせる。
夜会は、シャンティイ城内で行われた。
夜会にはちらりとヨシュアス卿も現れたが、少し滞在してすぐにパリに戻っていったようだった。さすがにパリ内をうろつく陛下も、シャンティイまでは足を伸ばせないようですね、とレイモンド卿は笑っていたが。
珍しく着飾ったマリアは、どこでも引っ張りだこで、コールはセレスティンを捕まえて難しい話をしていた。
「その後、かわりはないか?」
私が聞くと、コールは聞きもしないカシェ写本の話をはじめた。彼の口調では、領地に異変はないようだ。彼にとっての心配は今のところ、フゥの樹と写本‥‥か。
それを追うのが、悪魔と再会する最短の道なのかもしれない。
記録:グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)
そろそろ夜会が始まった頃だろうか。
私は、いつもの‥‥騎士グリュンヒルダ・ウィンダムとしての姿のまま、静かに膝をついた。
「まずは、此度の戦いにおいて卿の婚約者という立場を利用した事、謝罪させてください」
メテオール騎士団長デジェルは、そっと目を伏せて首をふった。
「あなたはレイモンド様の婚約者という立場にあります。そう簡単に、謝罪の言葉など口にするものではありません」
なるほど、レイモンド様が仰るようにデジェル殿は手厳しいおひとのようだ。
「心しておきます。デジェル殿には、これからもお世話になると思いますが、よろしくお願いします」
「あまり軽率な態度は、なさらぬように」
ちくりと言ったデジェルの言葉、いずれ‥‥私は別の場で、認識させられる事になるのだが。デジェルは、窓の外を眺めた。
そろそろ、お着替えなさったほうがよろしいでしょう。
デジェル殿に言われ、私はドアの方を見やった。私の着替えを手伝う為、侍女やフランシアが待っていた。
記録:ガブリエル・プリメーラ(ea1671)
淡い碧と金のドレスを身にまとったヒルダ‥‥あ、もうヒルダって呼び捨てはいけないわね。
卿の婚約者として、注目を浴びていた。中にはヨシュアス様なんて有名人もちょっと顔を覗かせたみたいで、ヒルダも緊張していたみたいね。
私は‥‥私はやっぱり、祝辞を言う為だけに来たって訳じゃない。やっぱり、ここに居ても少しも幸せな気持ちで満たされない。
それはきっと、他の人も同じだったと思う。
フリューゲル神父。そしてシシリー。
彼らの現在の動きを掴む為、私はそれとなく会場内で、コールやセレスティンといった方に話を聞いて回った。
招待客の中には、ラスカさんもいた。
彼女はかつてシャンティイ伝承の中で、使徒と呼ばれた者の末裔。ここにおいても彼女は、その目を覆う布を外す事はなかった。それが彼女の‥‥ルワヨームの贖罪だというの?
「ラスカさん‥‥クレルモン戦の事、謝ってもどうしようもないと分かっているわ」
ラスカは私の声を聞いて、ふいと笑った。
「何故謝るのですか? 目的は果たしたのです‥‥二つの事は一度に出来ない、まずは危機を回避出来てよかったじゃありませんか」
だけど、神父を退ける事が出来たのは私の力じゃない。ラスカさんの覚悟があったからだ。彼女がいなければ、悪魔を退ける事なんて出来なかった。
命を引き替えにするだけの、覚悟。
「これからも‥‥あなたは悪魔達と戦う為に、お出向きになるのですよね」
ラスカはレイモンドに信頼され、協力している。それを聞くと、ラスカは頷いた。
私は悪魔を決して見逃さない。それが神に仕える者全ての使命と心得ています。
ラスカが静かに語った。
「そうですか。‥‥ここはまだ悪魔との戦いが続くのに、パリの冒険者ギルドは縮小されるといわれています」
「縮小? そうは聞きませんけども‥‥ただ悪魔の目立った動きがなくなってきた為に、一時的に依頼が減ってはいますが」
「本当ですか?」
私はその返答に少し驚いた。
だけど、私が今後の自分について手探り状態で居るのは、かわらない。
良いのだろうか? いや、いいのにちがいない。
‥‥本当に?
あの子が居る、オリオンに。楽士という立場の自分にどれだけ出来るかわからないが、もし許されるなら‥‥オリオンに行こう。
あなたなら、きっとロイも嫌とは言いませんよ。
ラスカがくすりと笑って答えた。
記録:マリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)
悪魔を逃がした私には‥‥その資格はないわ。
なんて彼女、ガブリエルは言っていたけども。そりゃあ気持ちはわかるけど、あたしもちょっと期待してたのよ?
ほら、あたしは演奏は自信があるけれど、歌は人並みにしか出来ないもの。
でも彼女の歌なら、あたしも満足。
あれからいろんな人に挨拶をして‥‥状況は変化しているんだって認識した。
ヒルダはいつのまにか卿と婚約しちゃってるし、しかもプロポーズが遺跡の前? お付きもなしに卿一人がギルドの冒険者と旅したなんて、サラに聞いても信じられなかったわ。
ガスパーはガスパーで、騎士の格好なんかしちゃって、すっかり騎士様じゃないの。
相変わらずタルそうな顔で立ってるから、蹴り飛ばしてやりたくなっちゃったわ。
‥‥あたしがそうしなくても、デジェル様に怒られてたみたいだけど。
シシリーは逃げちゃったのね。
虐殺されていたアンジュコートの村の人、どうやらシシリーが出没していた村だと聞いたけど‥‥正直、神父だけでも手強いのにシシリーもとなると、今後のシャンティイが心配ね。
あたしは、セレスティンにそのあたりを聞いてみる事にした。
セレスの事、サラも気にしていたしね。
彼女はもう立派な社交界のレディね‥‥側には、知らない騎士が何人かついていたわ。
「‥‥そう、サラの友人だったの」
「はい。彼女は“例え離れていようと、母なる御心は常に貴女と共に有る”と」
セレスにそう伝えると、彼女は笑顔になった。とてもほっとしたような、優しい笑顔だった。きっと、サラ達が支えた事で、彼女はずいぶんと救われていたんだと思う。
彼女の笑顔から、それが分かった。
「いつでも来てちょうだい、サラに会う事を楽しみにしているわ。‥‥お城はまだ慌ただしいけれどね」
「‥‥シシリーも、まだ捕まっていませんし」
セレスは彼の名前を聞くと、厳しい表情になった。
きっと彼女は、これからもシシリーを追い続けるのだろう。彼らの為に、せめてあたしは鼓舞の歌を歌おう。
それがあたしに出来る戦いだから。
記録:フランシア・ド・フルール(ea3047)
私の神に仕える身。
この姿こそが、礼装であります。しかし、この目出度き場においてグリュンヒルダ殿がぜひに、と仰るのです。彼女は大切な我が友、今宵かぎりはお受けしましょう。
‥‥この紫色のドレスを着ればよろしいのですか?
どこからご用意なさったのです‥‥。とても嬉しそうに、ヒルダ殿がドレスを私に差し出した。
心細いとの話でしたが、ヒルダ殿はとても立派にご挨拶なさっていました。
彼女が卿とのダンスをお楽しみになっている所で、私は少し失礼してラスカ様にご挨拶に参りましょう。
失態を繰り返し、おめおめと顔を出せる身ではない事は承知しております。
ラスカ様は、優しいお顔で説かれた。黒と白の差でありましょう、ここで厳しい言葉をおっしゃらないのは。
「いいえ。あなたは生きていたのです。それを祝福しましょう」
「しかし、あなたは死の覚悟をもって悪魔を退けました」
「‥‥死の覚悟は、褒められるべき事なのでしょうか」
死の覚悟。それは、ラスカ様は死を受け止めている事に他ならない。
私はその言葉の真意を、悟った。だからこそ、あえて言わねばならない。
「死んでは、新たな神の世界を支える事など、出来ません。ラスカ様、あなたには生きて神の国を支える方になって頂かねばならないのです」
「ありがとう。‥‥そう言ってくれて」
ラスカ様には、黒派の言葉をご理解下さっていた。私がレイモンド卿に黒派の布教をお許し頂いた件を話すと、ラスカ様も喜んでくださった。
「悪魔は黒の教義を隠れ蓑にし、大いなる父の教えを汚しました。私は改めてこの地で、人々に正しき教えを広めたく存じます」
あの主に背きし悪魔どもを滅する、その時まで尽力する。
悪魔シシリーと、フリューゲル神父を。
「たのもしい言葉を聞いて、安心しました。みなさん、気落ちなさっていたようですから。
フランシアさん。悪魔になろうとする人間は居れど、それを成し遂げるものはノルマンでもその一握りです。悪魔の活動が活発なここ近年でもそう。シシリーは、それだけの力があるのです、一度二度の失敗でくじけてはなりません」
ええ、もちろん。悪魔を討つまで、けっしてくじける事はありません。
それが、父の教え。神の国への道‥‥。
記録:そしてヒルダ
私は迷っていた。
迷っているのは、それをどこかで望んでいるから。
でも、この道を選んだのも自分自身だ。
暖かい、この人の腕に抱かれて舞う一時に酔いそうになる。
その一瞬にも、私は迷っていた。
「‥‥もし‥‥」
そう口にすると、私は話を切りだした。
「もし、私がシシリーを討つまで戻らない‥‥飛び出したら、貴方はどうされますか?」
私の言葉に、この人は少し驚いたような顔をして私を見た。それを望んでいる事に、気づかれたかもしれない。
しかしこう答えた。
「元より私があなたを最初に見たのは、戦いの中。あなたを引き止めるのは難しいでしょう」
でも。
「でも、私は寂しい思いをします」
彼は悪戯っぽく笑って答えた。
大丈夫。私はこの手を取ったのだから。
私はどこにも行きません。
そう、もし之からどんな困難があろうとも、
このひとの手をとったことは決して後悔などしたりはしない。
記録:‥‥?
風が吹き付ける。
そっとイルニアスは、レイピアに手をやった。これを抜いたら最後、命はないのかもしれない。
「何故、遺骸を奪う。‥‥何故だ、悪魔」
神父の姿をした悪魔は、唇を歪めてわらった。
「全てはカシェに答えがある」
「‥‥お前は‥‥!」
イルニアスが剣を抜くと、ふい‥‥とその影は消えた。
一陣の風が吹き、あたりは闇と静寂に閉ざされる。
すうっとイルニアスは空を見上げ、白い月を目に写した。
(担当:立川司郎)