死者と双子の少女

■ショートシナリオ


担当:立川司郎

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月31日〜06月04日

リプレイ公開日:2006年06月09日

●オープニング

 扉を叩く音がする。
 こんな夜更けに訪ねるものは、誰だろうか。家の主は、扉ごとしに声をかけた。
「‥‥誰?」
 主は、夫を亡くしたばかりだった。家には彼女一人しか居らず、夜更けに扉を開けるには不用心だ。
 返答を待っていると、再び扉を叩く音が‥‥。
 彼女は、少しだけ扉をあけてみた。誰かが立っている。
 少し傷んだ服‥‥視線を落とすと、袖から見える肌は土気色だった。背筋が凍り付き、彼女は急いで閉めようとした。
 しかし、ふと彼女は何かに気づき、再び扉を開けた。
 ゆっくりゆっくりと‥‥。
「ああ‥‥」
 彼女は、悲しみにも喜びにも似た表情で迎える。
 しかし、それもつかの間の事。彼女の悲鳴が、闇夜に響いた。

 教会に、少女が二人、住み着いている。
 以前から少女達は、両親とともに住み着いていた。‥‥今は二人。
 彼女たちは双子で、とてもよく似た整った顔立ちをしていた。‥‥それは、神の悪戯とも言うべきか‥‥。
 妹のイリーネは、いつもうつむき加減で口数も少ない。胸から十字架を下げており、不安げに十字架を握りしめて話す。
 もう一人イレーゼは、つんとした鋭い目つきの少女だ。大いなる父の教えを信じている、黒派のクレリックだ。
 ‥‥そう、妹は白派で姉は黒派。
「‥‥母と父は‥‥それぞれ違う宗派を信じておりましたが‥‥仲は良かったのです」
 妹は、ギルドで静かに話し始めた。
「しかし、二年前‥‥父の古い友人が、ズゥンビに襲われました。それを父の所為だと村の人たちが言って‥‥父と母は心労で亡くなりました。‥‥わたしは‥‥姉がやっているのではないかと‥‥恐ろしくて‥‥」
 姉もまた、父のように黒派の魔法を使う事が出来る。
 死者をズゥンビとして操り、村人達を苦しめているのかもしれない。それは故意か、それとも‥‥。
「‥‥最近姉は、夜中に夢遊病のようにさまよう事があります。何度か止めようとしたのですが‥‥いつも見失ってしまって‥‥」
 そうっと十字架を握りしめ、お金を差し出した。
「夜中になると‥‥殺された村人のうちズゥンビ化した者が‥‥一人二人、墓場を徘徊しているようです。‥‥被害者が増えないうちに、真相を掴んでください」
 死者が生者を訪れる村、彼女達双子の苦しみを救ってほしい。

●今回の参加者

 ea1872 ヒスイ・レイヤード(28歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea4526 マリー・アマリリス(27歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4820 メディクス・ディエクエス(30歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5180 シャルロッテ・ブルームハルト(33歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea5892 エルドリエル・エヴァンス(22歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8284 水無月 冷華(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ユーディクス・ディエクエス(ea4822

●リプレイ本文

 妹のイリーゼから渡された依頼書を見ると、ゆっくり視線を上げた。馬車でパリから1日。六人は、彼女の住む村へとやって来た。規模はそれほど大きくないが、街のはずれに鐘突堂と思われる屋根があり、十字架が見えている。
 すい、とヒスイ・レイヤード(ea1872)は、依頼書を銀髪の女性に渡す。
「要するにズゥンビと、それを操る人物を捕まえればいいんでしょうけど‥‥情報がこれだけじゃ、何とも言えないわね」
「そうですね‥‥クリエイトアンデッドには違いないんでしょうけれど」
 彼女、シャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)は、ことアンデッドに関して知識は豊富だ。静かな表情で、依頼書を見つめる。
 今回はヒスイとシャルロッテを含めて、マリー・アマリリス(ea4526)、メディクス・ディエクエス(ea4820)と神職が揃っている。
 残るエルドリエル・エヴァンス(ea5892)はウィザード、志士の水無月冷華(ea8284)と続く。
 まずは、それぞれ分担して今回の事件について聞き込みをする事にした。単に姉が徘徊してズゥンビを呼び起こすだけの事件であるのか、それとも何か“裏”があるのか?
 ヒスイとシャルロッテは、村の人へ事件の聞き込みに回った。
 ズゥンビがいつ出現したのか、どれだけ被害が出ているのかと問いかけるヒスイ。やや後ろを付いて歩くシャルロッテは、ヒスイが話しかける間村の人々の顔色をうかがっていた。
「ズゥンビが出はじめたのは‥‥かれこれ一ヶ月ほど前か。まだ幸い死者は出てないが、怪我をした者が大勢いる」
 一人が、そう話してくれた。
 しかし村人は、あまり積極的ではない。シャルロッテには、彼らが恐れとか遠慮のようなものを抱いているのが分かる。
「死者が出ていないのならば‥‥まだ間に合います。希に、ズゥンビに殺された者がズゥンビ化する事がありますから」
「でも、他にズゥンビが彷徨いているって報告もないわ。もし徘徊しているのが魔法で作られたズゥンビなら、すぐ効果が切れるんじゃないかしら」
 ヒスイが聞くと、シャルロッテは頷いた。
 マリーが気にしていたが、問題はどれ位効果が保つのか、だ。相手がどれほどの使い手なのか?
「状況次第では‥‥ズゥンビを先に倒した方がいいでしょう。魔法によるものではないかもしれませんし」
 杞憂ならいいのですが。シャルロッテが呟いた。

 双子の姉妹は、鐘突堂のある教会に住んでいた。
 中でエルドリエルが妹のイリーネに話しを聞いている間、水無月はイレーゼを外に連れ出した。教会の裏には墓場があり、いくつもの十字架が立っていた。
 その所々に、掘り返された痕跡がある。
 イレーゼは、水無月の服装を見てすう、と首をかしげた。
「あなた、ノルマンの人じゃないわね」
「‥‥祖国はジャパンです」
 そう、とイレーゼが短く言う。彼女は、水無月がやや男性的な服装をしている事には、気づかない。水無月も、それを言われるのは嫌だった。
「伺いたい事があります。‥‥この村で起こっている、ズゥンビの事件です」
 水無月が聞くと、イレーゼがまっすぐこちらを見返した。
「ズゥンビが訪ねてきて襲うって言うんでしょう? 知ってるわ、みんな私が犯人だと思っているようね」
 水無月が彼女の言葉を黙って聞いていると、彼女は小さく息をついた。
「私は記憶に無いけれど、皆がそう言うからには何か根拠があるんでしょう? だったら、その証拠を掴んで欲しいものだわ」
「その為に来ました。‥‥あなたはどう思うのですか?」
「もし事件が大変な問題だと思っているなら、妹に任せずに皆で解決に赴けばいいんじゃないの? 人任せにしておいて、裏で文句だけ言うなんて下らないわ。もちろん、私も‥‥犯人ならば、自らと向き合う必要があるでしょう」
 彼女は毅然としており、何の後ろめたさも感じさせない。
 夢遊病‥‥そんな事があるのだろうか?
 対してイリーネは、淡々とした口調で控えめに、姉への不安を漏らした。
「姉は普段、教会で宗教学の勉学に励んだり祈りを捧げたりしています。これといって、おかしな行動は見あたりません」
「夜は‥‥何か不審な言動を取ったりは無いのかしら」
 エルドリエルが聞くと、少し考え込んだ。
「そうですね‥‥夜は私も寝ているものですから‥‥気づくと居ない事がほとんどです。姉は父の死についてもあまり語りたがらないものですから、もし何かすると、何か思う所があったのかもしれません‥‥それは、私には分かりません」
 ただ、姉は父が生きていた頃、本当は誰が殺したのか突き止めるのがつとめではないか、と話していた事があるらしい。

 2年前の事件‥‥。
 口を割りたがらない村人達に、マリーは『イリーネが、事件の解決の依頼をして来た』と話して説得し、詳細を聞き出そうとしていた。
 事件の解決を‥‥村人も望んでいるはずだ。
 マリーは、彼女達以外の者がズゥンビを操るなどの可能性も考えていた。それは、メディクスも同意見を持っている。
 まず、2年前の事件はどのようにして起こったのか、そしてそれより以前に旅人が訪れるなど怪しい人物が目撃されなかったか。
 調べた所、双子の父親は当時友人を訪ねており、その前後の目撃証言は(殺された本人を除くと)居ない事がわかった。殺された友人は寝間着のまま自宅の近くに倒れており、抵抗したあとがあまり無かった。
 半年前のシャンティイ‥‥そこでは高位の術者も暗躍していた。そのような連中でなければいいのだが、とマリーが呟く。
 ふと顔を上げ、マリーはメディクスを見た。
「そういえば、メディクスさん。こうしてお会いするのは、久しぶりですね」
「ああ‥‥クレルモン戦以来なのか。相変わらず、シャンティイは忙しいようだな。弟も、俺に剣を渡すとすぐに帰って行ったよ」
 と、少し寂しそうにメディクスが言った。くすりとマリーが笑う。
「弟さん、随分しっかりとした顔立ちでした。ご自分の目標を見つけたのですね」
「目標‥‥か」
 メディクスは、静かに視線を落とした。

 水無月が語ったイレーゼは、どこかに迷いがある人物像ではなかった。
 それを聞いたメディクスが、疑問を投げかけた。
「そもそも、夢遊病の人が魔法を掛けられるんだろうか‥‥。何かはっきりとした意志があるはずだと思うが」
「少なくとも、姉には自覚が無いように見られる」
 水無月が答えると、ヒスイが肩をすくめた。
「姉の復讐なんじゃないの? マリーさんの聞いてきた話でも、はっきりお父さんが犯人と取れる情報は得られなかったんだもの」
 今の時点で断定する事は出来ないけれど、と断った上でヒスイが続けた。
「どちらにせよ、真実に気付かずに双子の父親を責めて亡くなって、あげく襲われているなら、自業自得よ」
「自業自得で殺されるのは、あまりにむごい話じゃないかと思うけど」
 ははは、と苦笑しながらエルドリエルが言った。
 村人も、事件が終われば彼女たちに対する見方を変えてくれるんじゃないか。マリーはそう話したあと、これからの調査について続けた。
「墓場で待つ者と、追跡する者に分かれてはどうかと思うのですが」
「じゃ、私は墓場に居る事にするわ。追跡って得意じゃないしね」
 エルドリエルが答える。
 水無月が調べた所、ズゥンビとして現れるのは比較的最近の遺体が多いという。それについて姉は、水無月に『遺体の損傷が激しいと、操る上で動きが鈍るからじゃないか』と話した。
「術を行使する上では差は無いはずですけれど‥‥足が朽ちていれば、歩行は困難になるでしょうね」
 シャルロッテが付け加える。
 この6名の中では、追跡を得意とするのは水無月しか居ない。クレリックが多いのだから、こういった行動に慣れないのは仕方ないだろうが。
 夜を待つと、各人夜の街頭に散った。

 月が、雲間から姿を現す。エルドリエルは、空をじいっと見上げた。
 風が心地良い。
 ふと見回す‥‥どこかに何か居た気がする。気のせいだろうか。墓標の間に身を隠しながら、周囲を伺った。
 誰かが‥‥居る。
 一方その頃、水無月は教会から姿を現す人影を追跡しはじめていた。ふらふらと教会を後にすると、町中を歩き出した。
 静かに水無月が、路地の向こうに目を向けた。メディクスがこちらに気づき、頷く。すう、と歩き出すと、水無月は彼女の腕を取った。
 ぼんやりとした目を、向ける。こちらを見てはいない‥‥まるで、操られているかのような虚ろな視線。
「しっかりしてください!」
 水無月が声をかけると、すうっと彼女は崩れ落ちた。
 立ちつくすメディクスが、自問自答するように口を開いた。
「‥‥こんな状態で、術をかけられるはずが‥‥まさか‥‥!」
 墓場の方へと、メディクスが駆けだした。

 墓場に姿を現した影を、やや離れた所からエルドリエルが監視する。現れるズゥンビに警戒していたヒスイ、マリー、シャルロッテもそこに合流する。
 ローブを深くかぶった影は、柔らかい土を掘り始める。ずるり、と地面から手が伸びた。
「私、お姉さんに声を掛けてみるわ」
「では‥‥私は、ズゥンビを沈めます」
 エルドリエルに、シャルロッテが答える。
 月下に、エルドリエルの影が落ちる。
「‥‥何をしているの、イレーゼさん!」
 エルドリエルが声を掛ける‥‥振り返った彼女と、視線があった。地面から一体‥‥朽ちた体が姿を現した。さらに彼女が詠唱する。
「もう一体呼ぶ気だ‥‥」
 エルドリエルが、彼女を制止しようと動いた。
 聖なる結界をシャルロッテが張り、マリーとヒスイが手をかざす。
「一体ずついきましょう。いい?」
 ちらりとヒスイがマリーを見やると、彼女は頷いた。彼女の手から白い光があふれ、ズゥンビを包む。ゆっくりとズゥンビがこちらに向かってくるが、焦りはなかった。
 白い光に包まれたズゥンビが、動きを鈍らせる‥‥と、ヒスイから放たれた黒い光がズゥンビの足を破壊した。続けて、再度マリーが魔法を放つ。
 ぐらりとズゥンビは体勢を崩し、地面に倒れた。
 二体目を召還しようとした、ローブ姿の『姉』を捕まえたのは、メディクスだった。
「これは‥‥姉じゃない」
「‥‥え?」
 驚くエルドリエルの前で、メディクスがローブをはいだ。よく似た、双子の少女。鋭い視線で、メディクスを見上げる。
「だって‥‥墓場でズゥンビを操っているのが‥‥」
 エルドリエルは言いかけ、少女を見返す。
 彼女は目を伏せると、くすりと笑った。
「あら‥‥パリギルドの冒険者は平和ボケしちゃったのかと思っていました。意外ですね」
「どっちかわかんないけど‥‥お父さんが辛い目に遭ったのに‥‥何で?」
 エルドリエルが問いかけると、イリーネはすうっと村の方を見た。
「父の友人を殺したのは、私。‥‥私は父の教えと母の教え、どちらが優れているのか知りたかった。あの時、はじめて術を使って‥‥そうすると、父を意のままに操る事が出来たの。私の中で、力が目覚めた」
 イリーネが、両手を見つめる。
 強いもの、優れた者が生き残る。自分は父を超えて、力を手に入れた。それが、父の‥‥黒派の教えだと。
「違います」
 きっぱりと、マリーが言い切った。
「黒派の人と何度もあった事がありますけれど、あなたのように力のみを本質とするのは間違った教えです。それを黒派と言われるのは、黒派の人々への冒涜です」
「あら、代わりに言ってくれてありがとう」
 ヒスイがにこりと笑って、マリーに言った。

 遺体を再び埋葬すると、シャルロッテが墓標の前に膝を付き、目を閉じて十字架を握りしめた。横に立ち、エルドリエルが同じように祈りを捧げる。
 今度こそ、安らかに眠れますように、と。
「妹の方は‥‥村長に預けておきました。姉はそれに付き添っていきましたよ」
「‥‥そうですか。水無月さん、ご苦労様です」
 シャルロッテは立ち上がり、墓場の外で待つ皆の方へと歩き出す。
 あれは、黒派の教えじゃない‥‥。そう言ったマリーの言葉を思い返し、ヒスイが呟いた。
「あれは‥‥悪魔の教えに近いわね」
 黒派を騙る、悪魔の教え‥‥。そうなる前に、捕まえられた。イリーネは正しき道を見つけられるのだろうか?