メイとお散歩
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:7〜11lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 45 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月06日〜06月11日
リプレイ公開日:2006年06月14日
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●オープニング
パリからゆったり馬車でおよそ2日。早駆けで1日ほどの所に、シャンティイという都市がある。クレルモン、リアンコート、クレイユ等の街を従え、若き領主レイモンド・カーティス子爵が治める。
その北西に位置する街、クレルモン‥‥。
シャンティイは半年前までフリューゲル神父と名乗る悪魔が率いる、“フゥの樹”という悪魔崇拝団体との苛烈な戦いが続いていた。クレルモンは、その最前線として攻城戦が行われ、城は魔法やモンスターの遺体で汚され、傷ついた。
あれから半年‥‥。
クレルモンに拠点を置くオリオン傭兵隊から、一人の少女が旅立とうとしていた。
老練な兵が多いオリオン傭兵隊に似合わぬ、幼い子供だ。
「‥‥大丈夫かね‥‥」
「いや、若いうちに旅をさせた方がいいと言うじゃないか」
「メイなら、何とかするかもしれんしなぁ」
そんな事を、傭兵隊の戦士達が話していたとか、話さなかったとか。
メイには、不思議な力がある。
力というのか、性格なのか‥‥神様の悪戯か。
それとも‥‥。
メイの前に膝をつくと、傭兵隊長のロイが口を開いた。
ロイは、頬に火傷のような傷がある、50過ぎのおじさんだ。
「メイ、いいか。この街の東に森があるだろう?」
「うん。メイ、あの森の入り口まで行った事があるよ。でも、おじちゃん達が“遠くに行っちゃ駄目”って言うから、メイ行けなかったの‥‥でもね、遠くじゃないよ」
メイの行動範囲は、意外に広い。両親達が住んでいる村でも、森中一人で歩き回っていた位だ。
「わかった。‥‥その森に、今日は行ってもいいよ。そのかわりお願いがある。‥‥明日までかかるかもしれない」
ロイのお願い。
それは、森に居るホブゴブリンの群れを退治して欲しい、というものだ。むろん、メイ一人にそんな事が出来るはずがない。まだメイは6歳なのだから。
いつも一緒にいるメイのボディガードの一人、銀色人狼のヴェントは傭兵隊の人と一緒に訓練に行っている。
今日のお供は、シェリーキャンのシェリーだ。
シェリーはいつものように強く偉そうな口調で、メイに言った。
「メイ、ゴブリン退治だけだったら、メイなんかに頼まないのよ。いい、よくこの人の話を聞きなさい」
シェリーの調子に、ロイはすっかり狂わされているようだ。
「‥‥ゴブリン退治にゃ、ギルドから人を頼むからいいんだ。問題は、ゴブリンの狙ってるものだ」
ゴブリンの群れは、森に住む二頭の小熊を狙っていた。小熊には母熊がついているが、やんちゃ盛りの小熊はすぐどこかに行ってしまう。
「そうでなくても、ゴブリンが出て苛々している母熊が人里に来るようになったってのに、小熊なんか浚われた日にゃあ、暴れかねん」
ゴブリンの群れが森に現れるようになってから、熊は小熊の側から離れる事が出来ずに居るし、餌を取る為に森の奥深くに行く事も出来ない。ここ最近はピリピリした熊に、狩人が威嚇される事が続いていた。いずれ、被害が出るかもしれない。
「メイ、お母さん熊を何とかなだめて、小熊を助けてくれるかな? それから、人里に来ないでくれ、って言ってくれればいい」
ロイが問いかけると、メイはこくりと頷いた。
「うん、分かった。お母さん熊と、小熊さんに会うの、メイ楽しみだなぁ」
肩にシェリーを乗せると、メイは傭兵隊宿舎の前にちょこんと座った。
「早く来ないかなぁ、ギルドのお兄さんお姉さん‥‥。メイね、ちょっとだけお怪我を治す事が出来るようになったんだよ。早く、それを見せてあげたいな」
メイには不思議な力がある。
動物や精霊達に警戒させず、友達になれる。
それは、小さな子供の純粋な心の産物かもしれない。
●リプレイ本文
6歳になったメイは、相変わらず元気で何にでも興味津々。
しかし彼女の背負うものは、あまりに重く‥‥。メイの様子をじっと見守る銀髪の少年、デュクス・ディエクエス(ea4823)は、優しげで強い意志を秘めている。
ヴェントの分まで、メイを守る。
そう言ったデュクスの言葉を、サトリィン・オーナス(ea7814)は一つ一つうなずきながら聞いた。
「じゃあメイ、もう安心ね。頼れる騎士さんが居るんだもの」
「デュクスはメイの騎士さん? サトリィンやお兄ちゃん達は騎士さん居ないの?」
メイが見回す。
雅上烈椎(ea3990)は腕組みをして、ちょっと困ったように笑った。女性とはいえジャイアントの椎は、この中では一番大柄だ。メイが、まるでおもちゃのようだ。
「私はしがない浪人だからねえ。ニカイドウは騎士なんだろう?」
「うむ。しかしメイ殿は、そのような幼い身でありながら大変なお使いを任されるとは、たいしたものだ」
アルフォンス・ニカイドウ(eb0746)は、そっとメイの頭を撫でてやった。
そのメイは、ニカイドウのかぶり物(天蓋)が気になる様子。
「これは父の形見である」
返答に困ったニカイドウは、そう答えた。嘘は言っていない。
「メイちゃん、私の事覚えてる?」
サトリィンが聞いた。メイはこくりと頷いた。メイも、サトリィンの事をちゃんと覚えている。サトリィンはメイがヴェントと出会った時、モンスター退治に来てくれたお姉ちゃんだ。
「ちょっとー、あたしも居るのよっ」
突如、メイの肩に座っていたシェリーが叫んだ。
「忘れていないわシェリー」
「そうです、シェリー様の事は忘れません」
サトリィンとセルミィ・オーウェル(ea7866)は、シェリーにも挨拶した。シェリーは、シフールより小さな妖精だ。セルミィにとってこのような出会いは、忘れるはずがない。
シェリーはどうやら、気をよくした様子。
「じゃ、出発!」
おー、と一行は声を上げた。
セブンリーグブーツを履いた十野間空(eb2456)は、これより少し前に到着していた。先に、この森の狩人達から話しを聞いておく為である。
ホブゴブリンが出現する場所や、熊の行動範囲。そして、森の地理的な情報等、途中で合流したニカイドウとともにざっと調べておいた。
熊が出没するのは、最近は街道に近いあたり。ホブゴブリンは、それよりもっと奥だ。更に向こう側は民家もなく、人も立ち入らない。
「街道や民家に近い森に居るなら、熊の親子は見つけやすいだろう。先に熊と接触した方がよくないかい?」
椎が言うと、サトリィンが頷いた。
「そうですね、母熊や子熊を確認してからゴブリンをおびき出す方がいいでしょうし」
森の地理を確認した空と、森林での活動に長けた、エルフのカンター・フスク(ea5283)を先頭にして進んでいく。
道中はメイが、離れて住んでいる母と父、弟に会いに行った時の話や、森に住む精霊や狼達の話を沢山話した。
純真なメイの話を聞いて、つい椎が聞きたくなった。
「お嬢ちゃん、何しに行くか判る? 恐くないの?」
「悪いごぶりんさんをやっつけて、熊さんを助けるの」
やっつけるのには、違いないですね。空は、にこやかに笑いながら小さく言った。
「じゃあ、もし私たちが怪我をしたら、お願い出来ますか?」
「うん、メイが治してあげる」
明るく、メイが答えた。その言葉に、デュクスは何か言いたげにじっと見つめていた。
森を進む事、一時間。カンターが、手を挙げて制した。
すうっと手を指す方向に、何かの影が動いているのが分かる。
「小熊と‥‥母熊、3匹だ」
剣を帯から外し、カンターが近づいていく。こちらに気づいて牙を剥く母熊、その側には小熊が二匹寄り添っていた。
カンターは剣を地面に起き、敵意がない事を示した。それで通じるかどうかは分からないが、少なくとも武装したまま行くよりはよかろう。
メイの腕は、デュクスがしっかり握っていた。
「メイ、走ったりしちゃ‥‥駄目だ。母熊、興奮する」
こくりとうなずき、メイが歩いていく。そっと後ろから、セルミィが歌声をあげた。熊が落ち着くように、メイの話を聞いてくれるように、と。
高く澄んだ歌声に、熊は少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。
メイは、ゆっくり歩いていった。小熊といっても、もうずいぶん成長している。ここで攻撃されたら、ひとたまりもないだろう。
「ねえ熊さん、悪いごぶりんをやっつけに来たんだよ」
じいっとメイを見上げる、母熊。サトリィンが、ちらりとセルミィを見て促した。月の精霊魔法を使い、セルミィが母熊の心に事の次第を伝える。
メイは、熊の頭に手をやって撫でた。メイは不思議な子だ。警戒させないから、とシェリーが呟く。
母熊の足に切り傷を見つけ、メイがそっと手をかざした。
メイが治癒をしている間、ゴブリンの居場所の確認と罠の設置場所を探す為、カンターと空は森の更に奥へと向かった。
「ゴブリンを倒すまで、熊の親子には巣に居てもらう方が良くないかしら? その方が危険も少ないと思うわ」
サトリィンが考えるのには、ホブゴブリンは熊が見えたらそちらに向かう可能性がある。十数体となると、その全てを引き付けておく事は難しい。
かといって、かといってホブゴブリンの行動範囲全てに罠を設置する訳にもいかない。そこで、巣からやや離れた所に新鮮な肉や森で採れた果実などを使っておびき寄せたらいいのではないか?
「それならば、私が兎でも捕ってきましょう。カンターさん、おつきあいいただけますか?」
「え? ‥‥君ってジャパンの術者だとか言ってなかったか。猟とかするわけ?」
ちょっと意外そうに、カンターが空を見返す。
「ええ、少し経験があるだけですよ」
空は平然とそう答えた。人は見かけによらないものである。
そうしてカンターの案内で空が狩りに出かけている間、空が言い残した通りに罠の設置をはじめた。
簡単にロープを使ったものだけでなく、空の荷物の中にあった虎バサミなどの罠、木をしならせて作ったスパイク。
椎とニカイドウ、デュクスは穴を掘って杭を埋め込んでいく。
「ああ、これを狩人に借りて来ておる。空殿が戻られれば、兎の肉をこれで包めばよかろう」
ニカイドウは、熊の毛皮をサトリィンに手渡した。罠として使おうと思い、借りてきたものだ。
そうして罠の設置が終わる頃、静かに夕闇が天空を包み始めた。
“あっちに熊が居たわよ!”
シェリーが、甲高い声をあげる。
やや後ろを飛ぶ、一回り大きな体のセルミィは、後ろをちょっと振り返りながら“声”を彼らに投げかける。
“熊? 怖いです、シェリー様‥‥三体も居ると聞きましたけど‥‥”
びくびくした様子を店ながら、セルミィが飛び続ける。
どうやら、彼らはちゃんと聞いているようだ。こちらに向かって歩き始めた。
「ええい、まどろっこしい! ‥‥セルミィ、通訳しなさい。あっちに熊が居るんだから、さっさと退治して頂戴! でなきゃ夜も眠れないんだから、って!」
「ええ! ‥‥シ、シェリー様はまた強引です‥‥」
しぶしぶ、セルミィはその通りに伝えた。ホブゴブリン、喜び勇んでノシノシと歩いて付いてくる。
日の暮れかけた森を飛び続けるシェリーとセルミィ。
「こっちです、こっち」
手招きする妖精とシフールに誘われ、ホブゴブリンの群れが森をゆく。と、一体が前方を指した。血の匂いと、熊の毛が見える。
「十二体‥‥だな」
低い声で、カンターが後ろに向けて呟いた。
すう、と立ち上がる。ホブゴブリンの視線が、集中する。
「熊退治か? だが残念だな、ここでお開きにしてもらう」
レイピアを抜き、カンターがホブゴブリンの前に立つ。しかし突進するホブゴブリン達は、ある者は穴に落ち、ある者はスパイクにはじかれ‥‥。
「行くぞ!」
ニカイドウは天蓋をはぎ取り後ろに放ると、駆けた。
腰の刀の柄に手をかけた椎と、巨剣を構えるデュクスが続く。
椎とデュクス、ニカイドウはそれぞれ散って、まずは罠にかかったホブゴブリンから片付けていく事にした。
首を狙って、抜きざまに椎が刀が降る。一撃で落とす事はかなわなかったが、相手はほとんど抵抗が出来ない状態だ。
一方デュクスは、巨剣をたたきつけるようにし、一撃でしとめていく。それでも相手の数は多く、デュクスも椎も相手をするのが精一杯だ。
動けるホブゴブリンは、残り6体といった所か‥‥。カンターは、何とか彼らを引きつけようと、レイピアと十手を使って引きつける。
後方のサトリィンやメイ達は、ニカイドウがガードしていた。
「カンターさん、まだ向こうに虎バサミが設置されていたはずです!」
空の声が、聞こえた。
「月の矢の威力は、たかがしれていますからね‥‥」
「コアギュレイトで一体ずつ束縛していくしか、無いわね」
サトリィンは、すうっと目を閉じて詠唱をはじめた。
スリープを使うセルミィとサトリィン、カンターが引きつけているホブゴブリンを一体ずつ魔法に掛けて束縛していった。
ふ、とニカイドウが後ろを振り返る。
「メイ殿!」
はっと空が振り返ると、メイが座り込んでうつむいていた。顔が真っ青だ。
「メイちゃん、気分悪いんですか?」
「‥‥メイ、大丈夫だよ‥‥」
メイの肩を掴み、そっと抱え起こす。6歳の少女に、ホブゴブリンが切り刻まれる様は酷な映像だったか。
「私が見ているから、後はお願いします」
「無理は禁物であるな」
ニカイドウは後ろのメイを気にしつつ、オーラソードをホブゴブリンに向けた。
全てのホブゴブリンは、あらかじめ掘った落とし穴の中に投げ入れて埋葬した。
メイの様子を気にするサトリィンは、あえて彼女には何も言わなかった。甘やかせるのも、厳しすぎるのも良くない‥‥。
「メイ、みんなの怪我を治してあげて」
サトリィンにそう言われ、メイは気を取り直して十字架を取り出した。
ちらり、と椎を見る。
「ああ、私の怪我は何ともないよ。大丈夫だ」
ホブゴブリンの鋭い一撃を受けた椎の傷は、メイには治癒出来ないレベルだ。後でサトリィンにでも治してもらうしかない。
次に、ニカイドウと目を合わせる。メイはニカイドウの素顔は初めてみる。ハーフエルフであるニカイドウは、余計な騒動を避ける為にもこうして天蓋をいつもかぶっている。
だが、意外にもメイは何も言わなかった。
黙ってメイに治癒してもらっているのを、デュクスが横で見る。
「‥‥メイの友達‥‥パリのギルドから来た兄様達には、ハーフエルフもいたから‥‥」
「なるほど、メイ殿の友達‥‥か」
ニカイドウは、すうっと笑った。
彼の治癒が終わると、デュクスがぴたりと動きを止め、それからそっぽを向いた。
「俺の傷は‥‥大丈夫。平気だ」
「またまた〜、素直に治癒してもらったらどう?」
と声を上げたシェリーを空が掴む。
「せっかくだから、治癒してもらったらどうですか?」
空が言うと、セルミィがこくりと頷いてデュクスの側を飛ぶ。
「そうですよデュクス様。メイ様がせっかく治癒の術を覚えたんですから、治してもらってはいかがですか? あ、ほら‥‥術は無制限に使えるものではありませんから」
「デュクスの傷は、メイが治してあげる」
メイはデュクスの手をぎゅっと掴むと、傷口にそっと触れた。
いつのまにか、月が浮かんでいる。
熊の親子の様子を見てきたカンターは、きょとんとしてデュクスとメイの様子を見た。そっぽを向いているデュクスと、治癒をしているメイと。
ふふ、とカンターは何やら笑ってメイの横に座る。
「あの熊の親子‥‥さっそく森の奥に帰って行ったよ」
「そうですか‥‥よかったですね」
セルミィがにっこり笑顔を浮かべる。これで、メイがいつでも会いに行ける。
カンターはメイの服に手を伸ばすと、鞄に手を突っ込んだ。
「治癒の術を覚えて、一つ大人になったメイちゃんにプレゼントをしようかな」
「メ、メイは‥‥まだ子供だ‥‥」
「おや、デュクスには聞いてないよ。女の子なんだから、おしゃれにだって興味はあるよねえ。俺が可愛い刺繍でも付けてあげようかな」
「せっかくだから、シェリー様を描いてもらうっていうのはどうでしょうか」
セルミィが声をあげると、メイが元気よく頷く。
月あかりの元、平穏が戻った森の片隅に笑い声が響いた。