●リプレイ本文
何の慌てた感情も見せずに前を歩き続けていた彼が、実は道を全く把握していないのだ、と以心伝助(ea4744)が気づいたのは、道を大きく逸れてからであった。いかに伝助がジャパン出身であろうと、森に入ればジャパンもノルマンも同じである。
伝助に続き周囲を警戒していたクレア・エルスハイマー(ea2884)は、やれやれといった様子で首を振った。
「‥‥以心さん、彼は道案内をする事に向いて居ないようですわね。あなたが先導してくださった方がよろしいと思います」
「そうでやんすね。‥‥ではあっしは村の位置を確かめて来やすから、もうしばらくここで待っていてください」
伝助は二人を置いて、ふわりと身を躍らせた。
クレアは、ぼんやりと立ちつくすウリエル・セグンド(ea1662)に笑顔を向けた。
ウリエルは、相変わらず表情を変えずにクレアを見返す。
「‥‥俺‥‥迷ったのか?」
「森の中では、誰でも迷うものです。‥‥少し休憩にしましょう」
「‥‥そうか」
ウリエルは、後ろから歩いてくるアッシュ達を振り返った。
アッシュは、銀色の髪をした、線の細い色白の男だ。ギルドで会った時から、村や天使像について詳しそうなそぶりを見せていたが、多くは語らない。
この中で一番体力に自身のないマリトゥエル・オーベルジーヌ(ea1695)は、休憩と言われてほっと息をつくと、アッシュに改めて挨拶をした。
「きちんと挨拶出来ないままに出発したから、自己紹介がまだだったわね。あたしはマリトゥエル。よろしく、アッシュ」
マリトゥエルが手を差し出すと、アッシュは笑顔で手を握り返した。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますね」
ちら、とマリトゥエルはウリエルの方を見やると、苦笑した。
「ちょっと道に迷ってしまったけれど、昼までには着きそうね」
「ここの森は深く、道も見分け辛いのでしょう。‥‥日が暮れるまでに着けば、問題ありません。木は直ぐに枯れてしまうわけではありませんから」
迷ってしまった事を、アッシュは気にしていない様子だ。急ぐ旅であれば、もっと先に気づいていたであろう。
「それで、苗っていったい何の苗?」
「ナラの木です。‥‥本当は、蔦の方がいいんでしょうけどね」
と、アッシュはくすりと笑った。
不審そうに見るマリトゥエルにかわり、秋津静(ea5036)がアッシュに話しかけた。秋津はジャパンから出てきたばかりだったが、伝助や遊士璃陰(ea4813)といったジャパンの出身者が同行している事で、やや安心しているようだ。
ジャパンの出身とはいえ遊士や秋津は特に、西洋人に近い容姿をしている。
「天使像と宿り木‥‥何か関係があるのでしょうか」
「そうですね‥‥」
アッシュは、しばし考え込みながら、やがて口を開いた。
「天使像を効率よく使う為に必要‥‥といった所ですか」
何か、自分が知らない事を沢山アッシュは知っているのだろう。秋津は、深く詮索せずに黙っておいた。しかし、マリトゥエルの方は気になる。
口にしようとした時、伝助が戻って来た。
「もう少し北東に行くと、本来の道に戻るでやんす」
すい、とクレアがウリエルの背中を押す。今度はウリエルは、先導せずに素直に伝助に着いて歩き出した。クレアは振り返り、アッシュを見る。
「‥‥では行きましょうか」
「はい」
歩き出すアッシュの背中をじっと見ながら、マリトゥエルは秋津と目を合わせた。
「とりあえず‥‥仕事を片づける事に専念しましょうか」
「そうですね」
こくり、と秋津は頷いて笑った。
伝助の言う通り、北東に進むと踏みならされた道へと出た。村までは、そこから2時間ほど歩いた距離にあった。
うっそうと茂った木々の中、ぽっかりとあいた空間。
村を守るように、大木が一定間隔ごとに村の周囲に植えられ、さながら村を守る壁のようにそびえ立っていた。
木々を見上げながら、ウィル・ウィム(ea1924)が感嘆の息をつく。
「‥‥これは立派な木ですねえ‥‥」
しらずうち、笑みがこぼれる。この木が、村の守り神なのだろう‥‥きっと。そして、持ってきた苗が、新たな守り木となる。
しきりと周囲を見回している、少年騎士ジャン・ダレク(ea4440)は、苗を抱えたままウィルとアッシュの間を行き来していた。マリトゥエルが、ジャンの様子を見てアッシュに声をかける。
「アッシュ、苗はどこに植えるの?」
アッシュは振り返ると、苗を抱えたままぼうっと立っているウリエルと、大きな苗を抱えた小柄なジャンを振り返った。苗を植えるのは、ウリエルとジャン、そしてウィルが手伝うらしい。
「それでは私たちは、周囲警戒に参ります。‥‥後はよろしくお願いします」
クレアはウリエルに言い残すと、遊士や秋津達と村の外へと向かっていった。
さて。
ウィルは集まってきた村人を見返す。
「では、始めましょうか。‥‥モンスターがいつ襲ってこないとも、限りませんからね」
「そうですね、僕も頑張ります」
大きな苗を抱え、ジャンは歩き出した。
木は、既に生えている大木と大木の間に植えていく。という事は、村の外側に位置するという事だ。
「‥‥あの‥‥こんな所に植えても、大丈夫なんですか?」
ジャンがアッシュに聞く。植えてもすぐにモンスターに踏み荒らされるような事は、無いのだろうか。せっかく大きくなっていっても、無惨にちぎられるんじゃ、苗が可愛そうだ。ジャンがそう言うと、アッシュは微笑した。
「大丈夫です。根付きさえすれば、後はきちんと役目を果たしてくれますよ」
「‥‥」
何だかよく分からないが、苗が村を守る事と関係あるようだ。それは、ジャンにも何となく分かった。巨木がどう守るのか‥‥伝承についての知識があるマリトゥエルや、ウィルは何となく気づいているようだが。
先ほどまで、どこか嬉しげにアッシュにつきまとっていた遊士が、視線を村の外に向けた。ここからしばらく歩いた所にある、泉の方角を気にしているようだ。同じ忍びの者である伝助は、やはりそれに気づいていた。
「あっしはクレアさんと秋津さんに伝えてくるでやんす。‥‥遊士さんはここで、見張っているっす」
「せやな、一人残った方がええかもしれんな」
近づいて来る気配がある。
伝助達が戻るのを待ちながら、遊士が森に目を凝らす。
その手が、刀にのびた。素早い動きで森の中に飛び出し、斬りつける。後ろから誰かの声が聞こえた。
「助太刀致します!」
秋津の声だ。秋津は、遊士が斬りつけたゴブリンに向け、下から刀を斬り上げた。返す刃で肩口にたたき込む。遊士はゴブリンの後ろに回り込み、ちらと視線を他のゴブリンへと向けた。一体は伝助が相手をしているが、更に二体居る。
「ここ、頼んだで」
遊士は秋津が相手をしているゴブリンの側を離れ、もう二体へと向かった。
ゴブリンは村の方へと駆けていく。
苗を植えていたジャンは、立ち上がってオロオロと見回した。
剣を抜くべきか、苗を植える事に徹するべきか‥‥。
「ウ、ウリエル様‥‥どうしましょう」
どうしようと言われても。
「まず苗を避難して‥‥村のヒトを植え‥‥じゃなくて、苗を‥‥」
「ジャン、ゴブリンはクレア達に任せましょう。早く植えてしまうんです」
ウィルに言われ、ジャンはこくこくと頷いた。
とりあえず、植える事に専念した方がいいらしい。
伝助は両手に持った小柄でゴブリンを威嚇しながら、クレアの前に立った。
「クレアさん、プラントコントロールは使えないでやんすか?」
「プラントコントロール?」
クレアは火の魔法を使う。実は現段階でクレアが使えるのはファイヤーボムのみ。だから、森に火がつく事を恐れて魔法を思い切って使えずにいた。
「私の魔法を使えば、一網打尽に出来ます。‥‥しかし、その為には火のない所に集める必要があるのです」
それと、プラントコントロールと、どういう関係が‥‥。
その時クレアは、何かに気づいて振り返った。
そうか‥‥。
振り返ったクレアの目の前に、アッシュが何かを差し出していた。
輝く緑色の石。
「必要なものは‥‥これでしょう?」
「‥‥」
無言でクレアは石を取ると、目を静かに閉じた。
何故木が植えられているのか、
何の為に天使像があるのか。
クレアの祈りに応じ、木々に変化が現れた。木々のしなやかな枝が、生き物のように動き出す。枝の一つがゴブリンにのび、その体にたたき付けられる。まるで玩具のように、ゴブリンの体が吹き飛んだ。
続けてもう一体を、枝で捕らえる。
秋津が倒した一体、そして伝助の組み合っている一体に、戻ってきた遊士の手裏剣が刺さった。
「あと二体や」
「‥‥」
クレアの元に戻った遊士と秋津を、ウリエルが迎えた。
ウリエルはショートソードに付いた血を拭うと、すうっと顔を上げた。
「‥‥終わった」
「あの‥‥苗は」
秋津が聞くと、ウリエルは大木の側に向けて指さす。
きちんと苗が、等間隔に植えられていた。
何故か、お金を天使像の側に投げる遊士を見て、マリトゥエルが首をかしげた。
「‥‥何してるの、あなた」
「お賽銭っていうんです。‥‥ジャパンの風習なんですよ」
と秋津がフォローをした。秋津も伝助もお賽銭をしなかったが、秋津によれば彼は、何か願い事があるらしい。月道がどうとか言っていたが‥‥。
遊士の願い事など、考えても仕方無い。マリトゥエルは天使像を見上げた。
「‥‥この天使像、似たようなものがあちこちの村で確認されているようね。‥‥宝石の数だけ、天使像があるのかしら」
「どうでしょう?」
と否定の意見を言ったのは、ウィルだ。
「今の所、これで三つ目です。そのうち一つは、水の魔法の力を秘めていたそうです。この天使像の宝石が地。‥‥とすれば、魔法の属性の数だけ存在する、と考えるのが妥当だと思いますが」
ウィルの意見を、アッシュはどこか嬉しそうに聞いている。どうやら、おおむね当たっているらしい。
「アッシュの兄ちゃん、はじめからあの天使像の事‥‥知っとったんやな?」
遊士の問いに、アッシュはすうっと笑った。
「まあ‥‥それなりに長生きしていますから」
「まあええ、何も聞かへん事にする。‥‥ただし、兄ちゃんを俺の『璃陰ののるまんええ男(漢)図鑑(じゃぱん語版)』に書き込ませてくれへんか?」
「ははは、構いませんよ、私でよければ」
「ほんまか? ‥‥よし、これでまた一人増えたで!」
アッシュの名前が、遊士の謎の本の3ページ目に書き加えられた‥‥らしい。
そして先ほど術を使ったクレアは、緑色の宝石を持って天使像の前に立った。天使像に祈りを捧げていたジャンが、こちらに気づいて振り返る。
「世界が平和でありますように‥‥とお願いしました」
天使様が聞いていてくださるといいですね。ジャンが言うと、クレアはすうっと微笑を返した。
「こうして人々を守っておられる天使像ですもの、天使だって呼び寄せる力がありますわよ、きっと」
クレアは宝石を、天使像の額に戻した。
「ウィルさんが仰るには、他の村にある天使像も、同じようにして村を守っているそうです。村の災厄を、私たちにでも使える魔法で‥‥守っているんですよ」
「人々を守るとは、ほんの小さな力でも出来る事なんですね」
天使像の力と、木々。
秋津は、木々を見上げているウリエルの側に立ち、同じように木を見上げた。
「この木々と魔法がうまく組合わさって、この村を守っているんですね。‥‥村の人たちの守り木‥‥無事に育つといいですね」
秋津がそうっと木に触れると、柔らかな木の肌が手に伝わってきた。
こくりとうなずき、ウリエルも同じように木に手を触れた。
(担当:立川司郎)