迷える死者
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■ショートシナリオ
担当:立川司郎
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月25日〜07月31日
リプレイ公開日:2004年08月01日
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●オープニング
日が暮れようとする時刻、村に一人の少女が足を踏み入れた。少女は片手に小さな鞄を持ち、胸からクロスを下げている。
町はずれの、他よりやや大きな屋敷のドアを叩いた少女は、中から人が出てくるのをじっと立って待っていた。ドアはやがて、年老いた女性の返答とともに開かれた。
「‥‥あの‥‥私、教会から来たカレン・マクファと言います。‥‥少しお話が伺いたいのですが」
「教会から‥‥ですか。どうぞ、中へ」
突然の訪問にもかかわらず、老女はカレンを中へと招き入れてくれた。
カレンが教会から来たという事、
彼女がここの村におきている事態を知っている風だった事。
カレンは、老女の夫であり、村長だという老人に会うと、話をはじめた。
もう1週間ほど前からだった。
寺院の側に建てられている墓場に、死者‥‥ズゥンビが現れはじめたのは。その墓場には、ずいぶん前から一人の幼い少女の霊が出没する、という噂が立っていた。
死者は夜な夜な、墓場の中を徘徊している。夜中に墓場の近くを歩こうものなら、格好の餌食にされてしまう。現に、一人若い男性が襲われ、死者の仲間に引きずり込まれてしまっている。
「そのゾンビ‥‥あの‥‥左手の指が傷ついていたり‥‥しませんか? たとえば食いちぎられていたり‥‥」
カレンの問いに、村長は首をひねった。
「さあ‥‥私も詳しくは分からない。見に行こうとは思わないものでな。ただな‥‥」
ただ‥‥。
不思議な事に、死者は墓場の外には、あまり出ていかないという。いつも、何かを探すように彷徨いている。死者が何を探しているのか、ズゥンビと化したその者に聞いても、答えは返っては来ないだろう。
生前の何かの記憶が、微かに残っているのか‥‥。
彼は何を探しているのだろうか。
「その少女の霊も、倒した方がいいんでしょうか?」
「さあな‥‥その霊は何をするでもなく、いつもそこに居るのでな」
少女が何か関連しているのか‥‥
そのズゥンビは何かを探しているのか?
そして、そのズゥンビはもしかすると、一ヶ月前にゴブリンに襲われて姿を消した、あの人と関係が‥‥。
●リプレイ本文
ズゥンビ。生を全うし、静かに墓地で眠っているはずの、死した骸。
“ゾンビ”に食われた生者はゾンビになる可能性がある。
アハメス・パミ(ea3641)は、同意を求めるようにカレンへ視線を送った。ズゥンビをゾンビと発音するのは、アラビア語が本来の母国語であるパミにとって、その方が発音しやすいからである。
白銀の髪と鎧を身に纏った騎士、エルフェニア・ヴァーンライト(ea3147)とともにパミが聞いてきた所によると、ヒューイと思われるズゥンビとともに居るのは、元はこの街に住んでいた男性であるという。
「深夜、酒場から帰宅途中に襲われたということです。話の種にと墓場を通ったのが、運命の分岐点となりましたね」
パミは、そう言うと静かに目を閉じた。エルフェニアは、すいと手を腰に当てて口を開いた。
「ズゥンビは、主に深夜墓場の近くを徘徊するという事です。ただし、新たにズゥンビとなった男性の方は、深夜になると墓場から街に出て、街を出歩く者を襲おうとするらしいですね」
既に、エルフェニアはクレリックのリラ・ティーファ(ea1606)と二人で村長に会い、村長に深夜出歩かないように頼んで来ていた。リラは更に、墓場に出るという幽霊についても聞き込みを終えていた。
「幽霊は、もう数十年以上前に亡くなった少女だって。詳しい事は分からないけど、病気で亡くなったとか、盗賊に殺されたとか、様々な噂が残ってるね」
「それは本当に存在する幽霊なのですか?」
リラに聞いたのは、パミだった。
何かを守る為に、人々を寄せ付けない為に、
誰かが意図的に流した噂ではないのか。
「‥‥どういう事?」
リラが首をかしげ、パミに聞き返した。
「つまり‥‥ヒューイが現れたという事は、ここに天使像がある可能性もあるという事です」
パミの考えに、かつてパミが言う天使像を見た事のあるルフィスリーザ・カティア(ea2843)が耳を傾ける。
「天使像は、他の村でも確認されていると聞きましたけど‥‥パミさんが見たのは、どんな天使像だったんですか?」
「額に宝石が付いています。他の報告書によると、その宝石にはそれぞれ魔法が封じられているらしいのですが‥‥そのようなものを、見かけませんでしたか?」
パミがカレンとリーザに聞くと、リーザは首を振った。少なくとも、リーザがカレンとともに天使像を見た時、その像は破壊されていた。しかしカレンには、心当たりがあるようだ。
「そういえば‥‥古い石がついていた気がします」
「‥‥私たち、あの後片づけたりしたんですけど、そんなものは出てきませんでした。‥‥という事は‥‥」
誰かが持っていったのではないか。リーザが、そう言うと、カレンも頷いた。
「私、ヒューイさんが探しているのは婚約指輪だと思っていました。‥‥でも、きっとそれって天使像の石なんですよ」
「ズゥンビには大切な石だという意識は、残念ながら残っていないでしょう。‥‥本能的なものかもしれませんね」
エルフェニアは、ふう、と息をついた。
「‥‥私はどうやら、よくよく死者と縁があるようですね。でも、たとえ霊といえど、無害という保証がないなら、私は倒しておくべきだと思います」
キッパリとエルフェニアが言うと、カレンが眉を寄せた。
「悪さはしないそうなんです。だから、なるべく倒さないようにしたいんですけど‥‥」
カレンが、皆を見回して言った。
霊を倒すという方針に反対したのは、神聖騎士、ヴェリタス・ディエクエス(ea4817)をはじめ、パミやリア・アースグリム(ea3062)、リーザも同様であった。
「少女の霊が悪しき者だと決まった訳じゃない。‥‥彼女の目的も何か分からない今の段階で判断は出来ない」
あまり手荒な事はしたくない、とヴェリタスが言うと、リアも静かな口調で続いた。
「村の人に悪さをしている訳でもなく、長い間そうして墓場の守人となってきた存在です。あえて退治する事は無いのではありませんか?」
「しかし‥‥」
エルフェニアが言い返そうとすると、レーヴェ・ツァーン(ea1807)が静かに彼女を制した。彼女の気持ちも分かる。レーヴェはかわって口を開いた。
「生者は生者として生き抜くべきであり、死者は死者として土に還るべきだ。‥‥それに、長い間ここに居たからといって、今後何もしないという保証は無い。‥‥本人が望むなら、その方法を取ってもかまわないのではないか?」
視線を逸らしたエルフェニアを、レーヴェが見おろす。リアは黙って身を返し、歩き始めた。
静かに月明かりが見おろしている。
リラは強くなりつつある風が雲を押し流していくのを見上げていたが、視線を墓場へと戻した。
「‥‥二体‥‥そして奥に一体居るよ。奥の一体が霊、そして手前の動いている二体がズゥンビじゃないかな」
パミ、そしてレーヴェが剣を抜く。
死者はカレンのかつての恋人、ヒューイなのか?
リーザ達が渡した、あの指輪の持ち主なのか?
リーザがそっとカレンを見ると、カレンはきりりと引き締まった目つきで、墓場の方を睨んでいた。ゆっくりとした動きで、ズゥンビ達が出てくる。
死してなお活動せねばならない痛みに苦しみ、生者を襲い続ける悲しい存在。
まだ腐食が少ない方のズゥンビに、レーヴェが抜きはなった剣を斬りつける。まずは腕、そして足を切って動きを封じるのが手だ。
呪文の詠唱をしていたリラに、レーヴェが視線を向ける。
「リラ、動きは封じたぞ」
「‥‥」
リラは目を開け、ホーリーをズゥンビへと放った。レーヴェの剣が、更に動き続けるズゥンビに突きつけられる。
近づくもう一体のズゥンビに、カレンが目を凝らす。
デッドコマンドで意識を探っていたヴェリタスが、カレンへ視線を向けた。
「‥‥間違いあるまい」
「そうですか‥‥」
カレンは、悲しそうに目を閉じ、拳を握りしめた。
「どうするのだ?」
ヒューイを倒してもいいのか。ヴェリタスの問いかけに、カレンはこくりと頷いた。
「それを、彼も望んでいると思います」
「そうか‥‥」
彼女は、必死に悲しみをこらえているように見えた。ヴェリタスは、彼女の側を離れず、リアと視線をかわす。リアはこくりとうなずき、ヒューイの方へと駆けた。
「不浄の存在として苦しみ続ける事から、解放されるのだ‥‥安らかな眠りに付くよう、祈ってやれ」
「はい。‥‥私は大丈夫ですから」
と、カレンは少し苦しそうに笑顔を作った。
ソードを手に、ヒューイの前にリアが立ちはだかる。ソードを手に後ろに続くエルフェニアより先に飛び込むと、リアは剣をつい、と下げた。
「リアさん‥‥!」
エルフェニアの声が響く。
リアはズゥンビの振り上げた拳を身に受け、ぐらりと体勢を崩した。
あえて攻撃を受けたリアを、フォローするべくエルフェニアが剣を振りかざす。しかし、それより早くリアの剣が、下から上へと振り上げられた。
斜めに剣が線を描き、ズゥンビの体を切り裂く。
崩れ落ちた遺体に、そっとカレンが近寄る。
その体に、そっとを触れた。
「‥‥失ったものは‥‥二度と戻りません、カレンさん」
リアがぽつりと一言、発した。
そのリアに、エルフェニアが厳しい視線を向ける。
「何故‥‥攻撃をあえて受けたのですか」
リアが、エルフェニアを見返す。その視線は、どこか悲しそうだった。
「ヒューイに対する同情ですか? それとも痛みを分かち合おうとでも言うのですか」
「違います」
「死者とはいえ、あの少女の霊もヒューイも、既にモンスターと化しています。特にヒューイは、人々を襲ったのですよ?」
「そんな事は分かっています! 私だって‥‥」
リアは何かを言いかけ、口を閉ざした。
二人の言い合いをどうすればいいのか、困ったようにリラが見つめ、レーヴェを見返す。レーヴェは無言で首を振った。何も言う必要はない。彼女達の心の問題なのだから‥‥。
リアはもう一体の遺体を見つめ、小さく息を吐いた。
「‥‥あの方を、村長の元へと届けてきます」
「あなただけでは、運べないでしょう。私も手伝います」
パミがリアを手伝い、遺体を抱え上げた。あちこち傷つき、切り落とされた腕や足をリアが拾う。朽ちて腐ったからだを、嫌がる事なく拾い上げて運ぶリアを、エルフェニアはじっと見送っていた。
墓場に残った死者の気配は、これで残り一つとなった。
ヒューイが探していたものが何であったのか、カレンも知りたがっている。
リラは先に立って歩き続け、墓場の端へと向かった。墓場の端は、村の端でもある。あまり村人が寄りつかない、その墓場の一番奥。
リラは、そこに佇むひとつの影の前へと立った。
影が視線をすうっとこちらに向ける。
「‥‥話を聞いても‥‥いいかな?」
リラの問いかけに、少女がこくりと頷いた。
澄んだ、蒼い瞳をしている。
リラは笑顔を浮かべた。
「私、リラって言うの。‥‥あ、クレリックだけど、倒そうとかそういうつもりで来たんじゃないから!」
とリラがふるふる首を振ると、少女はうっすら笑顔にかわった。
ヴェリタスが、少女の前にカレンを押し出す。
「‥‥聞きたい事があるんだが、聞いてもいいか?」
そう聞き、カレンに視線を落とす。カレンはヴェリタスに促され、少女に口を開いた。
「あの‥‥さっきまでここに居たズゥンビ‥‥何か捜し物をしていたと思うのですが‥‥何を探していたのか、心当たりがありませんか?」
少女は、じっとカレンを見つめている。
「そのズゥンビ‥‥この少女、カレンの恋人だったのだ」
「カレンさんの、大切な婚約者だったんです!」
ヴェリタスに続き、リーザが声をあげた。
「ヒューイさんは‥‥カレンさんの村で、モンスターに襲われて亡くなりました。‥‥その時、天使の像についていた宝石を持っていったかもしれないんです!」
“天使像‥‥宝石‥‥”
少女は、カレンと視線を合わせた。
少女の指が、自分の足下を指す。そこにヴェリタスが目を向け、かがみ込んでそこを手で掘っていった。ぴくり、と眉が動く。何かを見つけ、ヴェリタスの手がそれを取り上げた。
きらり、とソレが月光に光る。
「それは‥‥」
“天使像の石は‥‥人々を守る為の希望です。それは‥‥天使像に付いていたものでしょう?”
「何故それを‥‥知っているのですか?」
リーザが聞くと、少女が薄く笑った。
“私の母の村にも、それがあったからです。‥‥よく火事が起きる村に”
パミがはっ、と少女を見る。
この少女は‥‥。
天使像の蒼い石を、カレンは大切そうに見おろす。
ヴェリタスがカレンの肩に、そっと手を置く。
「‥‥それはお前が持って、村に届けてやれ」
「はい」
こくりとカレンが頷く。
無言で足場やに墓場を出ていくエルフェニアを見送る、レーヴェ。リーザは、その蒼い石を優しく見つめた。
「それは‥‥ヒューイさんが、モンスターから守ろうと最後の意志をもって持ちだしたんですね」
「‥‥そう、信じたいです」
「そうですよ!」
リーザが笑顔で言う。すると、レーヴェがふ、と苦笑した。
「そうだな‥‥ズゥンビとなったヒューイの、最後の使命だったのかもな」
「いや‥‥」
と口にしたヴェリタスを、レーヴェが見返す。
「ヒューイの最後の思いは‥‥大切な人の事だった。‥‥その石を持ち出したのは、大切な人の為だったのだろう」
と、ヴェリタスはカレンへ笑顔を向けた。
(担当:立川司郎)