●リプレイ本文
河原には、頭上から照りつける日が降り注ぎ、さらさらと流れる川の水を銀色に輝かせていた。河原に立ったサビーネ・メッテルニヒ(ea2792)の胸にあるクロスもまた、日光を反射している。
続いて河原に到着した丙鞘継(ea1679)と、彼が側を離れず護衛する皇荊姫(ea1685)をサビーネが振り返った。
「‥‥何の殺気も感じられないようだけど‥‥どう?」
サビーネに聞かれ、荊姫は彼女の横に立った。荊姫は容姿こそ西洋に住む多くの人々のそれだが、名前や衣装からすると東洋の者であると分かる。まだ14歳の荊姫には、護衛として鞘継がぴったりと付き従っており、鞘継もまた荊姫についで若い15歳である。
もっとも、パーティーの中で最も若いのはイオ・クリューガー(ea3862)だが、イオは子供扱いをすると機嫌を損ねてしまう。
荊姫は河原に静かに腰を下ろすと、そっと川辺に咲く花に手を差し出した。周囲には、色とりどりの花が咲いて居る。そっと表情を和らげた荊姫は、サビーネを見上げた。
「ここには殺気は感じられませんね」
そう答えると、荊姫は花を摘み始めた。シンシア・アートレスタ(ea3964)が、彼女の手元をのぞき込み、首をかしげる。さらりとシンシアの銀色の髪が肩に落ち、荊姫の手元に影を落とす。
「‥‥どうなさるのですか、その花‥‥」
「せっかくですから、ここに居るという女の子にお渡ししようと思いまして‥‥」
荊姫はシンシアを見返し、答えた。シンシアは笑顔を浮かべ、荊姫の横に腰を下ろした。
「それじゃあ、わたくしも手伝います。‥‥よろしいですよね?」
「本当ですか? それでは、花束を一つ作ってください。一つは女の子に、一つは‥‥一つはユウリさんに」
ここで何があったのか分からないが、ユウリも少女もトリシュも幸せになって欲しいから。対して、鞘継は荊姫の行為には全く関心を示さない。
サビーネは、鞘継と、イオの友人でありレンジャーのケビン・ヒート(ea3860)とジーナ・アバルト(ea3861)を集めた。
「河原には獣が集まるかもしれないわね。出てくるのは夜になるでしょうし、ここで待ちましょう」
「そうだね。ケビンとあたし、鞘継で交代にしよう」
ジーナが答えると、ケビンがシンシアへ視線を向けつつ付け加えた。
「シンシアもファイターだけど、見張りに入れないのか?」
ケビンの声に反応し、花摘みをしていたシンシアが振り返る。
「わたくしも見張りを致します」
「‥‥あいつ、戦士なのか」
ぽつりと鞘継が呟くと、ケビンが肩をすくめた。
「ほら、腰からレイピアを下げてるだろ。あれは、お飾りじゃないのさ」
「ファイターといっても、ジーナとはえらい違いだけどな」
意地悪げにケビンが言うと、ジー名が思い切り足を踏んだ。
日の暮れた森は、昼間と違い冷たい空気に包まれていた。蒼暗い空からは、白い月が光を投げかけている。鞘継は荊姫に毛布を渡すと、側に腰を下ろした。
荊姫はどこか楽しそうに、皆を見回している。
「‥‥どうかした、荊姫」
「荊姫と呼び捨てにするな」
鞘継が鋭い視線をケビンに向ける。しかし荊姫は、くすりと笑って答えた。
「いいんです、かまいません。鞘継はいつもこの調子ですから、気にしないでください。‥‥みんなで野宿、とっても楽しいですね」
「楽しい?」
イオが驚いたように、声をあげた。
「篝火につられて虫は寄ってくるし、地面はでこぼこしていて眠れやしないし、いつ獣が襲って来るかわからないから油断出来ないっていうのに、キミは楽しいっていうのか」
「その上、待っているものは幽霊だし、ね」
にやにや笑いながら、ジーナが言うと、イオはムキになって言い返した。
「僕は幽霊などというものは信じない。最初から少女の霊などというものは居ない!」
「じゃあズゥンビ達アンデッドはどうなるんだい」
「あれは魔法で作られたものだ。幽霊などいうものが自然に発生するなど‥‥」
と言いつつ、イオは周囲を見回した。ケビンが横合いから後ろに手を回し、そっとイオの服を引っ張る。すると飛び上がらんばかりにイオは驚き、立ち上がってきょろきょろ見回した。
「な、何か居るぞ!」
「何も居やしないよイオ、落ち着きな」
「いや、居た! 何か僕の服を引っ張ったぞ。へ、蛇かもしれない! いや、もしかするとオークか何かが‥‥」
くすくすと荊姫が笑い声を上げてイオを見た。
「イオさん、何も居ません。私が保証しますから」
「そうですよ。それに幽霊や獣も、むやみに攻撃して来たりしないとおもいます」
荊姫とシンシア、二人して言われてイオは眉を寄せた。
楽しそうに話す荊姫に対して無言の鞘継に、ケビンが声を掛けた。鞘継は見た目こそ自分より年下だが、エルフであるから実際生きてきた年月はケビンより上であるはずだ。
「あんたさ、もっと楽しそうな顔したら? 好き好んで、戦闘がなさそうなこの依頼を受けたんでしょうが」
「‥‥姫が‥‥」
鞘継は、荊姫の方をじっと見ながら口を開いた。
「姫が行くと言ったからだ」
幽霊がどういう人生を送っていたのか、あのユウリとトリシュという二人がどうなろうと、自分には無関係。しかし、荊姫はそう思っていない。
「うちにも、似たようなのが居てねえ」
とケビンはシンシアを遠目から眺めた。
「依頼主の二人が幸せになったって、一文の得にもなりゃしないってのにな」
「バカだねえ」
と二人を笑ったのは、ジーナだった。
「当たり前じゃないか、親戚でもない男と女がくっつこうがどうしようが、物理的な得がある訳がない。‥‥でもさ。そうして悶々と悩んでいるのを見ると‥‥人ごとに思えないじゃないか」
「‥‥?」
首をひねるケビンと、分かっていない鞘継に含み笑いを向けるジーナ。
そんなジーナに、サビーネが複雑な表情で何か言いたそうな視線を投げかけていた。サビーネが鞘継やケビン達に、何とも言えない複雑な表情を時折向けるのは、鞘継と荊姫だけと何となく気づいていた。
ただ、荊姫に傷を付けなければ、鞘継はそれでいいと思っていただけで。
夜が更けていく中、サビーネは静かに空を見上げた。
月が傾き、夜がすっかり更けた頃である。
鞘継が突然起きあがり、見張りをしていたケビンに視線を向けた。ケビンも。何となく周囲の変化に気づいていた。河原の方で、何かが動いた気がする。
ケビンはそっとシンシア達を起こした。
「な、何だ! 何が出たんだ!」
起きるなり大声を上げたイオを、ジーナが蹴りつける。
サビーネは手紙をしっかりと握りしめると、歩を進めた。サビーネのあとに、シンシアと荊姫が続く。
青白く光る河原に、何かの影が揺らいでいた。
硬直しているイオの腕を、ジーナが引っ張る。
「いいかげんにゴーストを認めたらどうだい! ‥‥ほら、来な!」
「あ、あれはモンスターの一種だ。生物なんだ。そうだ、そうに違いない‥‥」
ぶつぶつ言いながら、イオがふらふらと歩く。
サビーネは、少女の姿をした霊の前に静かに立った。少女は胸に大きな切り傷があり、服は血まみれだった。傷は獣によるものと思われる。
ケビンに後ろから声をかける。
「‥‥あんたに手紙を預かって来たんだ」
少女は静かに、サビーネに視線を向けた。
手紙を開き、サビーネが手紙に視線を下ろす。
「ユウリという人から預かってきたの。‥‥読むわね」
親愛なるエリナへ。
あなたが死んで、どれくらい経つかしら。私もトリシュも、もうこんなに年を経てしまいました。あなたは変わらず、河原に居るのね。
私もトリシュも、あなたは恨んでいるかしら。
逃げたまま戻って来ない私達を、あなたは恨んでいる?
こんな形で終わらせようとしている私を、きっとあなたは許してくれないでしょう。だからエリナ、安心して。私もトリシュも、あなたを置いて幸せになんてならないから。
エリナ、あなたの元に行けない私達を恨むなら恨んでもかまわない。
三人一緒だから。
ユウリより。
静かに聞いていたシンシアが、エリナに声を掛けた。
「このユウリさん‥‥あなたのお姉さんなんだそうですね」
黙ってこちらを見つめるエリナ。シンシアはイオを振り返ると、話をするよう促した。
イオは怖がって硬直しているが、後ろからジーナが軽く突くと、ようやく口を開いた。
「‥‥ま、町で聞いてきたぞ。30年前に、ここでし‥‥しっ、死んだそうだな。姉のユウリと、友人関係にあったトリシュと三人でここに居る時、獣に襲われたという話だが」
イオが聞いてきた話によると、三人はここで獣に襲われ、トリシュとユウリはかろうじて逃げ帰った。しかし大人が駆けつけた時には、もうエリナは息をしていなかったという。
「‥‥おかしい話だな。僕の足でもここまで半日掛かるというのに、幼い子供が何の為に来たというんだ」
お前も子供のくせに、と薄笑いをしながら呟くケビンを睨むと、イオは結城を出して一歩前に出た。
「手紙にある、逃げたとは何だ」
少女は黙って、空を見上げた。
綺麗な月が見下ろしている。
やがて、静かに少女が言葉を発した。
『‥‥妖精さんを見たかったから』
「妖精‥‥ですか?」
シンシアが聞き返すと、少女は視線をシンシアに戻した。
『月夜の晩‥‥ここにとっても綺麗な、キラキラ光る妖精さんが出てくるって‥‥聞いたの』
「何の妖精でしょう‥‥ケビンさん」
シンシアが振り返ると、ケビンが答えた。
「多分、妖精じゃなくてエレメントだ。月か陽のエレメントだと思うが。でも、どちらも遭遇するのは困難だな」
結局出てきたのはエレメントではなく、狼の群だった。
獣に襲われたというエリナは、死しても傷ついた体で現れている。しかし表情は何故か、穏やかだった。
翌日、家の扉を叩く音に気付いてドアを開けたユウリを迎えたのは、シンシア達とトリシュだった。
ユウリは驚きつつ、皆を招き入れる。
「どう‥‥なりました?」
やや不安そうに、ユウリが聞いた。
「ちゃんと会えたよ。あんたの手紙を読んでやってきた」
「私は‥‥」
「読んでやってくれと言ったのは、僕だ」
トリシュがユウリに答えた。
「僕が彼らに、手紙をエリナに読んでやって欲しいと頼んだ。‥‥あの河原に居るのはエリナだった‥‥そうだろう?」
「あの河原に居たのは、幼い少女でした。恐らくあなた方の仰るエリナさんだと思われます」
サビーネが答えると、ユウリは視線を落とした。
沈黙したままのユウリに、荊姫が声をかけた。
「お二人は、将来を誓い合った仲ではないのですか?」
ユウリは眉を寄せ、悲しそうに目を閉じている。
「‥‥私達の為にエリナは犠牲になった。私がエレメントを見に行こうなんて言わなかったら‥‥。エリナを置いて、私達だけが幸せになんてなれない」
「いや、それは違う」
言い返そうとするトリシュの間を、ジーナが割って入った。
「‥‥ねえあんた。あの子がいつまでもあそこをウロウロしているのは、あんた達がそうやって何時までも自分達を責め続けているからじゃないのかい?」
ジーナの言葉に、サビーネが続ける。
「永遠の安らぎを得られずに、あの場を彷徨って居るのは‥‥悲しい事です」
「‥‥いっそ、もう一度行ったらどうだ」
ユウリに言ったのは、ケビンだった。
「伝言とか手紙とか面倒な事しないでさ‥‥行けばいいじゃないか。あんた達は、もう一度あそこに行くべきだ」
ユウリに、荊姫が花束を差し出した。小さくて可憐な野花を摘んだ、荊姫とシンシアで作った花束を。
「エリナさんは、あなた方の事を怒ってなど居ません。私には、あなた方が助かった事を喜び、幸せになってくれるように願っているように感じられました」
「‥‥あの子の表情は、穏やかだった」
ぽつりと鞘継が付け足した。
花束の側に立つ少女の元に、二人で手を取り合って向かっているだろう。決意の表情で町はずれに向かうユウリとトリシュを、いつまでも見つめていた。
「‥‥あの花束‥‥ブーケになるといいですね」
荊姫が言うと、シンシアがこくりと頷いた。
幽霊に会いに行くなんて、とイオがぶつぶつ言っているが、ジーナは楽しそうに二人の後ろに歩み寄った。
「長い間考えていた、その結論‥‥もうとっくに見つけているっていうのに、それを選択せずに意地はっているだけだったのさ。きっと幸せになるよ」
「そうですよね」
荊姫とシンシアは顔を見合わせ、にっこりと笑った。
その花束がブーケになる事を祈って。
(担当:立川司郎)