●リプレイ本文
「‥‥初の依頼、がんばりますわよ!」
「意気込みすぎると、滑るぞ」
やや険しい山の道。岩がむき出し草木の茂るその道で、ロープを手に息切らせながらも意気込むシルファ・ケルベロス(eb2667)へ、榊清芳(ea6433)は手にかけた縄のたゆみを確かめ軽く笑いを向ける。
「山道は危ないから‥‥そちらはどうです?」
「大丈夫ですよ」
僧行修行のゆえか、山道に慣れた榊の歩みを辿り、惑わぬようについてくるのは、鷹を肩に停まらせた火狩吹雪(eb2654)。その後ろではいつもなら口よりついて出る軽口を自ら自粛中の雪続高明(eb1834)と、荷を載せた馬を苦労して引く藤涼香(eb2947)の姿も見える。
「周りは、大丈夫みたいだな」
「こっちは大丈夫じゃないよー」
鬱憤晴らすかのように口を開き、周囲を警戒、見回した高明に、藤はぐずる馬を何とか引き上げ声を上げた。
ギリギリになって遅刻気味の参加、荷を整える時間が少ないとはいえ、普通の馬に荷物を載せての山道は、いくら忠義が高いうまであろうと、楽なものではない。
「まあ、もう少しだ‥‥ほら」
榊が指差す先はあといかほどだろうか。
森の一角、木がその姿を消したところに、屋敷らしきたたずまいが見えていた。
「‥‥ここ数時間は、近くに怪しいものは見受けられませんね」
陰陽師の呪いとして、月の精霊の力を借り、過去を幾度かのぞいた火狩は、その光景には現れぬ怪骨の姿を評して皆に告げた。
「では、早々に片づけた方がよさそうだね‥‥怪骨のことは耳に挟んだことはあるが、動き回る骸骨である以外は、よくわからないし」
「大丈夫。もし出たらあたいの獲物だから、安心しといてよ」
思案し、周りを見る榊に、藤は草や虫の痒みに肌を撫でつつ、手にした刀の重さを確かめ、にぃと笑う。
「どっちにしろ、早くやった方がいいしな。日が暮れれば逢魔が時‥‥妖の時間だって」
「そうですわね‥‥わざわざ危険を冒す必要はないでしょうし」
野鳥が鳴き、飛び上がる声と、天頂から傾きはじめた日の陽光を見つめ、高明は告げると、シルファも同意し、荷物から取りだした松明に、火打ち石を叩きつけて作り出した火花を移す。
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか‥‥」
一行は松明と提灯を保ち、薄闇が支配する石造りの目的地へと足を踏み入れた。
「これは‥‥見事な造りだな」
雪続の提灯の灯りにぼおと照らされた、その廊下のたたずまいに、清芳は思わず息を飲んだ。
崩れた土砂、あるいはその上に生えた木々の根と幹と枝葉。もしくは長き年月で崩れてしまった建物そのもの。それらが陽の光を覆い隠し、あるいはちょっとだけ通す様は、幻想の世界と見える。
「いつのころの建物だろうな、俺でもわかんねーや」
提灯持つ手にくしゃけた紙を持ち、もう片方の手で筆を走らせ屋敷の図を書きながら、高明は苦笑する。
「なら、私もわからないな‥‥もう少し学があれば、もっと面白いことがわかるだろうに」
「あたいなんかさっぱりだよ‥‥なんかいいもん、残ってんのかねえ?」
「みなさん、こちらへ」
足元に転がる瓦礫を蹴りつつ、涼香は榊のつぶやきに同意すると、先の部屋に向かっていた火狩より皆を呼ぶ声がする。
「どうした?」
「どうやら、ここはこの遺跡の‥‥遺跡となる前の屋敷の、主の部屋のようです」
シルファが照らし吹雪が指すその部屋は、その言葉と違わず、壁も床の造りもしっかりとしており、奥には飾り棚のようなくぼみも見えた。
「ここなら、きっとなにか宝があるかもしれませんわね」
「ええ、探してみましょう」
火狩は少女の言葉ににこやかにうなずくと、風呂敷を取りだしてゆっくりと広げた。
一晩明けて次の朝。
結局遺跡の探索には、魔法のアイテムや美術品に対する鑑定眼を持つものがいなかったこともあり、めぼしいものを探し出すまで半日ほどかかった。
何とか無事な器や掛け軸を探し出し、それをめいめい荷物に詰めたあと、夜露をしのぐためと怪骨に見つからないようにと考えて、遺跡の中で毛布や寝袋を用いて、一同は休みを取っていた。
眠りも終わり、朝日が目に染みるうちに起き出した一行は、早くベッドと温かい寝床にたどりつこうと、荷物をまとめて遺跡を後にする。
「これで、儲かるのかねえ?」
「うふふ、大丈夫ですわ。これだけあれば、どれかはきっと」
「だといいけどなぁ」
涼香の疑念を晴らすようにシルファが笑い、あわせて声を返す高明が生あくびを噛み殺す。
その時先頭を歩く清芳が、その手に持った六尺棒を握りしめた。
その視線の先、藪の中にたたずむは、緋が黒ずみ茶と化したぼろぼろの鎧を身に纏った、動く骸骨。その手に握られた刀は刃が潰れ錆びついているものの、不死者の姿は朝のひんやりとした空気を凍りつかせるのに十分だった。一同は刃を抜き、あるいは荷物を下ろして戦いに備える。
一声、いやただ抜けた空気の音か、怪骨が一気に走り、突撃する。
榊はその六尺棒を身軽に振るい、相手の避けた瞬間に変化させ、フェイントをかけて打ち据えた。
だがその一撃に相手は微動だにせず、下から上へ刀を振り上げる。榊の両腕に緋の線が走り、骨と肉に衝撃が伝わる。
「させませんわ!」
清芳が舌打ちし、魔力ある言葉を詠唱するに従い、シルファは両手にナイフを構えて飛びかかった。
一度、二度と素早く切りつけるそれは、人であれば手傷となったであろうが、いかんせん魔物には力不足である。
「奴を攻撃なさい!」「喰らいな!」
その後ろ、吹雪は鷹に命を告げ、高明はスクロールを開いて風の刃を撃ちつけた。ウィンドスラッシュの力は怪骨の鎧を切り裂きその骨に傷をつけるものの、しかしそれはカスリ傷でしかない。
「こりゃあ、退いた方がいいぜ‥‥固すぎる」
続けてサンレーザーを撃とうと舞の足を踏みながらも、その魔力の強さを考え、高明は皆に告げる。
次の瞬間、大きく振り払った怪骨の刃が、シルファの身体を横薙ぎに払うと、軽い少女の身体はあっさりと宙に浮かんで、岩にしたたかに叩きつけられる。
「きゃっ」
「と、そこまで! あんたの相手は、あたいの仕事!」
そのまま迫ろうと動き出した敵に火狩の鷹が牽制に飛びかかる横、馬を離れたところにおいた藤が、その日本刀を抜いて飛び込んだ。標的を変えた敵の一撃を女は身軽にかわすと、後ろのシルファを確かめながら、一気に刃を打ち下ろす。
魔物のどこかの骨が折れた音が大きく響き、敵は体勢をぐらりと崩した。
「‥‥退くぞ!」
「ああ、さっさと行きな」
榊の詠唱が終了し、ブラックホーリーが放たれるものの、やはりそれは相手の表面を少々傷つけたに過ぎなかった。
そんな中迫ろうと動く怪骨を涼香は牽制し、打ち据えると、その間に一同は傷ついたものを回復させ、後退の準備を始めた。
「こんなことじゃ、まだあの人には追いつけませんわ‥‥」
山を下りた後の道にて、シルファは小さく息をつき、肩を落とす。
「ま、遺跡の探索は成功したから、いいんじゃねえ? 命あっての何とやらって言うしさ」
「そうですね。あれだけ痛めつけてやればあの妖も、当分は現れないでしょう」
あの後、怪骨に手傷を負わせた一行は、何とか荷の一つも取りこぼすことなく山を下りた。怪骨を倒すことはできなかったものの、その傷では、数ヶ月は人前に現れることはないだろう。現れたとしても別の冒険者か辺りの腕自慢に倒されるのがオチだ。
「気を落とす必要はないって。今度のことから、学んでいけばいいんだから」
「そうだな‥‥まだ、私たちは力不足かもな。戦いも、冒険も」
涼香の気楽な声に榊は苦めの笑みを浮かべると、軽くうなずき同意する。
「そうですわね‥‥スマッシュの技を生かすには、まだ腕前が必要ですし‥‥がんばります」
「そうそう‥‥今度はあたいももっと、なんかの知識をつけることにするよ」
「そうすりゃ、戦い以外でも暇にはならないもんな?」
「‥‥そーだけど、うるさい」
ぼそりとつぶやいた藤の声に高明は笑って告げると、一同は女の返事に、今回の冒険の思い出と次への目標を確かめて、江戸への道を改めて急いだ。