●リプレイ本文
「まさか、こんなにかかるとはね」
作戦ルームに戻って開口一番、キット・ファゼータ(ea2307)はため息をついた。
森をロバを連れて歩くのは難しい。そう判断してここへと預けたわけだが、ロバの食費もあわせての預かり賃として、結構な額を取られたらしい。
「こういう時に学舎は便利ですね‥‥行方不明者には、外見的特徴などの共通点はないそうです」
すでに自らが通うFORの厩舎に馬を預けていたマカール・レオーノフ(ea8870)は、あわせて集めてきた行方不明者の特徴について軽く述べる。
「その近くでは、妖精たちが多く見られているみたいですね。あとは‥‥」
「行方不明になってるのは、変わった植物の採集に向かったってとこぐらい?」
「まったく、世話の焼けるガキどもよのぉー?」
キットが外での会話を思い出し答えると、くぐもる声を喉から漏らしてヴァラス・ロフキシモ(ea2538)がにぃと笑む。
「面倒そうだけどよぉ‥‥半血でも大丈夫な、ヌルイ仕事だといいけどなぁ?」
そんな歯を見せつけてむせび笑うエルフをよそに、一同は最後の確認をはじめた。
森の木々の隙間。そこをひゅうと裂いて、風月皇鬼(ea0023)の投げた小石が黒い鳥を追い払う。
続けてキットの口笛が響くと、枝間をすり抜けるように鷹は少年の元に帰還する。
「変わったものは見つけなかったようだな」
「そうか‥‥もっと奥に行ってみるか」
キットの言葉にヴァラスと風月は藪をかき分けようと手を伸ばした。そのまま捜索の手を緩めず、一行は獣道を何とか進んで森に分け入る。
「噂になっていたのは、この辺りのようですね」
やや傾いた陽を見て、レテ・ルシェイメア(ea7234)が思い出し、皆に告げる。
その辺りはやや植生が異なっており、植物に詳しいソフィア・ファーリーフ(ea3972)の目には、貴重な植物がいくつか見つけられた。
一同がその場で立ち止まると、エリス・フェールディン(ea9520)とソフィアはそのまま詠唱に入る。
「近くに、人より大きな者は動いていないようです」
「木も、動物以外は見ていないと言っているみたい‥‥」
魔法の結果に軽く息をつくと、一同は改めて捜索を続けた。
「ほら」
「ありがとうございます」
持ちきれない荷物を風月に預けていたソフィアは、木の元、毛布を受け取り軽く礼を返した。
それを羽織って暖をとりつつ、女はこれまでに辿ってきた道筋と木々の答えを改めて確認する。
日が暮れたあとは、レテとキットが見つけた水場で、一行はキャンプを張っていた。日程の半分は過ぎたものの、途中で珍しい植物をいくつか手に入れただけで、それ以上の収穫‥‥行方不明者や妖精のことはちっとも進展していない。
「枝を集めてきましたよ」
「生木は、混ざっていないでしょうね?」
「ちゃんと、使える枯れ枝ですよ」
野営に向けて枝を拾い集めてきたマカールに、ルーウィン・ルクレール(ea1364)はやや厳しく問いただし、男はそれに笑って答えた。答えにうなずき返してルーウィンは見張りの準備を進めながら辺りを見回す。
その時だった。
黄昏の中にからころと、簡易的に作ったキットの鳴り罠が騒がしく響き渡った。
その罠に絡まっていたのは、人形のような生き物だった。姿形は小さなシフールといったところか。もがいて羽根を振るわせると、光る粉のようなものがキラキラと闇に映える。
「こいつが妖精かぁー! 初めて見たぜぇ?」
もがく妖精をひょいとつまみ上げて、ぞくりとするような笑みをヴァラスが浮かべると、その手につり下げられた妖精はびくりと震えて涙顔。届かないまでもヴァラスの顔に向けて拳を振り回す。
「こぅ、虫ケラのようにちっちゃいとよォ〜、イジメたくなってくるねぇ、ムヒヒッ」
「やめなさい‥‥正体がわからないとはいえ、失礼です」
舌なめずりをして睨むヴァラスに、冷ややかな目つきでマカールが告げると、挑むような視線とともに下から見上げ、ヴァラスは甲高く答える。
「ハーフは黙ってなよぉ‥‥こーいうのは、プロに任せておけってなぁー!」
「だから、怯えています」
「‥‥んしょっ」
ヴァラスがマカールを睨みつけている間に、緩んだ手から妖精はすり抜けると、涙目のままレテの近くに飛び降りる。
「大丈夫、食べたりはしませんから」
「ほんと?」
「はい」
口論のまま他の者に引きずられる二人を見やって、レテはにこりと笑うと、釣られて妖精も笑みを浮かべた。
「しかし、こんな所に妖精とは、なにか起きているんですか?」
「ン‥‥ああ、うん!」
レテの問いかけに渡された木の実を噛んでいた妖精は、思い出したように声を上げると、蜂の巣をつついたように飛び回る。
「ねえ、あなたたち強いんでしょ? 頼みたいことがあるんだ‥‥悪い魔女をやっつけて欲しいの!」
「これは‥‥」
妖精の向かう先、薄闇の中にあったのは、うめきをあげる森であった。いくつかの木は風がなくても枝を動かし、侵入者たちをとがめるようにそれを打ち鳴らしている。
妖精の願いは単純なもので、森の魔女に捕らえられた仲間を助け出してほしいということだった。魔女は誰かの命令に従って妖精たちを捕らえているらしく、その時期は偶然、いや必然というべきか、学園の行方不明者が出た時期と同じらしい。
「周りにいるのはトレント、ですね‥‥それに‥‥」
「あ、あれあれ。あの樹に捕まっているんだ!」
レテのつぶやきを遮るように妖精は叫んで、ある木を指差した。それは巨大な老木だったが、その表面は節くれひび割れ、口のような大きなうろが通り抜ける風をうめきとしてあげている。
「ガヴィッドウッド!」
「なんだ、そりゃ?」
「古びた人食い樹です‥‥かなりの凶悪な相手だったと」
「まさか、森が相手ですか」
ヴァラスの疑問へのソフィアの答えに、ルーウィンは苦くつぶやくと、皇鬼とともにオーラの力を喚び起こした。
「ビカムワース」
その時、高き梢から聞こえたくぐもった呪いとともに、皇鬼の身体から生命力が奪われ、しゃがれた笑いが葉の闇に響く。
「人が、こんな所に何の用だい?」
「しれたこと!」
皇鬼は痛みを気にせず走り、巨大な幹に拳を叩きつけた。ガヴィッドウッドの幹が大きく揺れ、森の全てをも揺らすと、男は間髪入れずに自らの拳を連続で叩き込む。
「攫ったものたちを帰してもらおう!」
「やれるものなら、やってみるがよいさ!」
老婆の声にあわせ、周囲の木々が枝を鞭のようにしならせる。だが皇鬼はそれを脛や額で受け止め致命傷を防いだ。
「ほら、こっちだ!」
「ムッシャァーッ!」
魔法の詠唱をはじめた仲間を見て、ヴァラスとキットが、トレントたちの注意を引きつけ走った。襲い来る風のような枝振りを見切ってかわし、大木へと軽やかに二人は突き進む。
「小癪な」
老婆は木の上で魔法の詠唱を続け、じろりとキットを睨みつける。
「あれは、ブラック・アニスと言うイギリスの森の魔女‥‥気をつけてください、黒の魔法が得意ですから!」
ソフィアが周囲のトレントを封じるべく、魔法の詠唱に入る前、知識より探り当てた敵の名を告げると、入れ替わるように魔女の呪言が完成する。
言葉が衝撃となりキットの身体を駆けめぐると、奪われた命の力が少年の体に軋みを響かせた。
「森を傷つけたくはありませんが‥‥仕方ありません」
マカールが剣を振るい、魔術師たちを守るのを横目に、オーラの力を剣と鎧に纏ったルーウィンは、皇鬼が狙うのとは別のガヴィッドウッドに照準を定めると、一気に走り寄った。
速度の力を体から腕へと伝えると、突き出されたロングソードの一撃はバキリと幹を割り、大きくそれをえぐる。
「シャドウバインディング!」
レテの声が響くと、梢の影に魔力が伝い、ブラック・アニスの身体をつなぎ止めようとした。しかし老婆は気力で魔力のくびきより逃れる。
続けて大樹へとヴァラスが短剣を突きたてるものの、それは木の皮を一枚、削っただけのこと。
「ヒヒッ、見た目通りって奴かよォ〜!」
「だったら‥‥これなら」
キットは打ち下ろされる枝にタイミングを合わせ、一気にカウンターを放った。白刃が一閃すると同時、裂傷が走り、枝が一本、切り落とされる。
「砕け散れ‥‥ディストロイ!」
「ムヒッ!?」
老婆が解き放った破壊の力がヴァラスに流れ込むと、腕の細い血管が破裂し、血を吹き上がらせた。そのエルフの様子に老婆がほくそ笑むと、別方から声が投げかけられる
「そろそろ終わりにしませんこと‥‥?」
攻防に隠れて近寄り、詠唱を終わらせたエリスは、そのまま自らの魔法を解き放つ。
「ローリンググラビティー!」
「なんじゃと!」
地の精霊力が蠢き、ガヴィッドウッド近くの重力が反転した。さすがに大地に根を張る大木を引き抜くには至らないが、だがその上にあるものは全て、入れ替わった重力の影響を受ける。
黒いぼろを纏った老婆は一気に持ち上げられ、次の瞬間大地に引き寄せられて叩きつけられた。
詠唱を保ったブラック・アニスは、気力でビカムワースの力を飛ばし、エリスの身体に魔力の傷を刻みつける。
だが、全ての抵抗はそこまでだった。再びルーウィンのチャージングが、そして重い風月の一撃が、それぞれのガヴィッドウッドに叩き込まれ、大きな破壊音を響かせると敵は動きを止める。
「シャァ!」
倒れる魔樹を見て、魔女は鋭い爪を生やして皇鬼に襲いかかった。その爪と受け止め、皇鬼が拳を叩き込むと同時、ヴァラスがなめらかにその刃を身体に差し込んでいく。
「悪あがきがすぎんだよォ〜‥‥あの世で、公開しな!」
その笑みとともに発せられた言葉は、もう、老婆の耳には届いていなかった。
「ハーフでも、役に立つことがあるとはねぇ」
「珍しい」
「でも、錬金術は役に立ってねえなァ?」
「‥‥フン!」
いつもと違うセリフをいつもの笑いでヴァラスが告げると、エリスは不満とともにそっぽを向いた。
「結局、奴らの目的はわからないまま、ですか」
戦いのあと、治療の一時。死骸となったぼろを見て、マカールは静かに息を吐いた。
結局、捕まっている妖精たちや行方不明の生徒は、敵を倒しても所在がわからないままである。
だが確かに、妖精の王国に魔女たちがやってきて、妖精たちを攫っていったのだという。
「妖精の王国?」
「うん」
レテの興味深げな問いかけに妖精はうなずくと、木の実を飲み下して言葉を続ける。
「この森の奥にあるんだけど‥‥攫われる友達もいたし、どうしようかと思ってたの」
「私たちでよければ、力になれると思います」
「ほんと?」
「ええ、森の異変はケンブリッジにも関わっているようですしね‥‥協力しない手はないでしょう」
ソフィアの申し出にルーウィンもうなずくと、妖精は喜び羽ばたいて羽根から粉を煌めかせた。
「じゃあ、またなにかあったら、頼みに行くよ! 気をつけてね」
「‥‥結局、まだ謎は残っているということだな」
「そう簡単には解けないだろうとは思ってたけど」
帰っていく妖精を見送りながら、キットと風月はこれからの騒動を想像して、息をつくのみだった。