【ジャパン大戦】戦火の渦の終<陽>
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■イベントシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 13 C
参加人数:24人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月17日〜12月17日
リプレイ公開日:2010年01月02日
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●オープニング
江戸奪回のために源徳家が起こした戦。
それがこのような展開になるとは、誰が予想しえたであろうか。
ほんの少しの違いがあれば変わっていたかもしれないその運命の流れは、しかし、運命を打破する人の意思がいくつもぶつかり合った、混沌とした時の流れの結果であるといえた。
源徳家康、討たれる。
その報の瞬間はともかく、江戸を攻撃していた源徳軍は大きく崩れることなく粛々と撤退を開始した。
討たれたのが影武者であるにせよ、本人であるにせよ‥‥将が討たれたということが起きた以上は、目の届かぬ末端の混乱を避けるべく、下がるしか手はないだろう。
かくして、鎌倉やその途中の要所にいくばくかの兵を残し、小田原にいる元新撰組、近藤勇の元に集って、源徳軍はこれからの方針を考えざるを得なかった。
「歳、どう思う?」
「俺なら」
棚からぼた餅‥‥いやこれまでの新撰組の艱難辛苦を思えば、それは運だけとは言えまい。
小田原の城にて繰り返される軍議を中座し、近藤勇は傍らの副長、盟友たる土方歳三に声をかける。
「影武者がいるとしても、その事実を広める真似はわざわざしない。それよりは、秘することにより策、その盲点を狙う‥‥」
「なるほどな‥‥確かに討たれたのが影武者にせよ、本人にせよ。亡くなられても敵を翻弄しつつある」
源徳軍は速やかに退き、大規模な追撃は発生しなかった。
家康を討ったその時点の敵の勝利の喜びが退くより早く源徳軍がその場から離れたこと、また途上では下手に手を出し更なる混乱を呼ぶに及ばずと判断した地元の兵からの攻撃がなかったことが上げられる。
そして源徳勢がいったん退いたことにより、東国の乱は収まったとばかりに、西国への遠征が叫ばれる中、源徳と対する勢力は、しぶしぶながら、あるいは疑心暗鬼を押し込めながら‥‥倒された家康が本物であったという確信を明確に得られぬまま、江戸へと派遣した兵を減らし西国へと親征を開始せざるを得なかった。
近藤は土方の答えに大きく息をつき、中座したほうを見やる。
そこでは残された源徳家臣が、これよりの方針を、喧々諤々、議論しあっているところだった。
家康最後の策よとばかり死者に混乱させられているのは敵方だけではない。求心力の高き家康の‥‥影であれ光であれ討たれたことは事実である‥‥死に、忠義厚き、あるいは野心多き臣の間で、それぞれの思惑も絡み合い千々に乱れていた。
「お血筋から申せば、秀忠様をおいて、次期の当主はございませぬ!」
「いやしかしこの戦乱の世‥‥秀忠様では優しすぎる」
「然り。年長にて、まだ宇都宮で一人気を吐く、秀康様こそ!」
「されど嫡流ではなかろう? ここは上方との通じも肝要。神皇家とよしみある忠輝様はいかがであろうか」
「嫡ではなきことは同じじゃ! それに忠輝様はお若い。それであれば信康様を呼び戻される方が現実よ」
「じゃが、一度はお家を出た身‥‥今更戻るなどと得心なされるか?」
「このままでは決着は、つくまいな‥‥あんたならどうする?」
「そうだ、な‥‥」
今ここに至って意思の統一がならぬは、また逆に家康の偉大さを示しているといえる。
そもそも、西国ひいては京都の危機というこの混乱の時期に、家康が江戸の遠征を企てたのは、後顧の憂いをなくし、上方の勢力の干渉を防ぐ故。西が混乱している間はどう安く見積もっても、挟撃の憂き目にあうことはない。家康とその配下がいかに優秀といえど、多勢かつ周囲を囲まれては勝ち目はないだろう。
だがそれは、滅びの運命をと望むとは言えぬものの、西が混乱し続けることを望むものである。
「いっそのこと、家康公を甦らせる方が話が早いかもしれん」
「一度倒れたものを引き回すのは、よろしくはないな」
「だが」
言葉ほどいやそうな顔はせず答える土方に、近藤は静かに語る。
「誰が次期の当主となっても家中にはなにがしかの禍根が残ろう。この国を導くものが、たとえ誰であろうと禍根は残るのと同じようにな」
「しかしどうする‥‥御首は伊達に、御体は北条に奪われた。どれほど神仏に通じたものであっても、胴から首を生やすことはかなうまい」
小田原に残った兵力と見事に退いた源徳軍。その勢力をあわせれば、いまだ一戦はできよう。
だが西では黄泉の兵があふれ、大八島の本州にその手を届かせ、月道を用いて京にも攻め上らんとの噂が耳に届いている。
その状況を反映するかのよう、伊達からは講和を申し出る使者が訪れていた。
どこで手打ちとなすか。多くの勢力がひしめいている以上、その読みを間違えるわけには行かない時期が近づいていた。
●戦力比較
・源徳軍3500(源徳2000、伊豆400、鎌倉150、八王子950)
源徳軍は江戸戦で減少。北条は離反。
・源徳別働隊650(遊撃隊300、八王子350)
河越城を占領。松山城から撤退し、現在は河越に駐留。
・里見軍500
西国親征に向けて岡本城に再集結。伊達とは停戦中。
・反源徳軍<江戸>6500(武田1000、伊達4000、新田1200、藤豊300)
各軍は江戸城戦で激減。千葉伊達軍、新田軍が合流。
●リプレイ本文
東国と西国の要に位置するは小田原。今は新撰組の長、近藤の領としてある彼の地の城にて、源徳家に恩あるものの間で軍議が開かれていた。
「気持ちが落ち着いていなけば、何も始まらないわ。まずは友好を示すためにも、茶会や宴、というのはどうかしら」
「さて、のって来るか? あの独眼竜が」
アン・シュヴァリエ(ec0205)の提案に対し、重臣たちはよい色を示さない。提案者のアンは、仕方ないとはいえ源徳家を裏切る形となった里見家の重鎮だ。しかも伊達政宗に下った形となったが故、心象悪くとも仕方はないだろう。
「それはともかくとして、和睦は受けるべきとのこと、それは間違いないな?」
賀茂慈海(ec6567)の提言と、鎌倉の嫡子細谷一康の書状を思い起こしつつ、本多正信は重臣ならびに源徳家恩顧の冒険者たちに問いかける。
「受けざるを得ん。やむを得ん事態であろう」
「そのとおりぢゃな……すると」
結城友矩(ea2046)の力強い言葉と鋭い眼差しを後押しするようにアルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)は幾度かうなずく。
「我々の目的と合わせるなら、朝敵の解除は大前提ぢゃのう。それと兵のことも考えれば、領土の保障ものぅ」
そうしてアルスダルトは東国を記した絵図面を開き、視線を走らせる。
「小田原は北条が望むと聞くが、遠江と三河は是非とも確保したいものぢゃ」
「江戸城は?」
「……戦場となった城ぢゃ。復興費用を考えれば、無理して得ることはないかと思うが」
「されど、江戸城の返還無ければ、到底譜代のものも得心いかぬでござろう」
結城の問いかけと老爺の言葉、それぞれに意と理ありと、それぞれに参加した面々はうなずいている。
「それこそ江戸返還が無理となれば……御大将家康公の復活、成してもらわねば、釣り合いが取れんぞ」
「そこまで、彼奴らが飲むものかのう?」
「伊達家だけであれば、芽はあろうな」
飲まれなければすぐに一戦、とでも言うような場の剣呑な停滞を見やり、本多は鎌倉よりもたらされた書状を披露する。
「奴らが江戸を奪ったことを追求するのであれば、鎌倉を我らが落としたことも非難されよう。その上で、神皇家の臣としては上下なく、形の上は一対一」
鎌倉を戻せば、道義上は江戸を堅持する口実を失うという話であれば、なるほど、一つ聞けば筋は通っていると感じられる。
もちろん人心は定まらず、非道はいつでも正道へと変わる。その逆も然り。鎌倉あるいはその裏にいるものにいいように利されるという点と、伊達政宗の胸先三寸では、確実という保障は無い。
「何でありましょうとも、此度の決断は、ただ源徳一門の問題ではなく、この国に住む人々のみならず、この国のすべての命と未来を担うことになりましょう」
新撰組という臣下としての立場もありながら、明王院未楡(eb2404)は、その時は臣としてではなくただ一人として言葉を紡ぐ。
「源徳家が武門の棟梁を任ずるのであれば……そのために間違いなきよう、決断せねばなりませぬ」
ほんの一月前に連日覆っていた戦の気配とは打って変わり、江戸の町には静かとも言える雰囲気が漂っていた。
今では江戸城を護るべく集った冒険者たち……山王やファルゲンといった面々により、強固な警護が用意され、同じく冒険者の七刻や宿奈、あるいは伊達家に従う忍びの者たちといった面々による警戒網が用意されている。
もちろんその防備の見事さだけではなく、血気に逸った源徳側の攻め手が現れなかったことも、傷ついた江戸をさらに打ちのめすような戦を防いだ原因だろう。
城の修復も少しずつ進み、有志の者たちによる救護所も機能しはじめている。戦の傷は急速に癒えていると感じられていた。
そんな中、江戸からかなり離れたところで、各務蒼馬(ec3787)は集めた話を考えとしてまとめていた。
「やはり、この混乱では足取りは追えんか」
源徳側の交渉のためにと、家康の遺体について調べを重ねていた男であったが、すでに江戸城下には伊達配下の忍びが展開し、冒険者により探知の魔法が広げられるなど限界な警戒態勢がしかれていた。
魔法による探査はあくまで大まかなことしかわからぬゆえ、個人が特定されねば効果的ではない事から、城下での噂話や出入りの小物から情報を集めるくらいしかできず、結果として蒼馬が求める人物について、詳細な情報を得ることは適わなかった。
もちろんこれも蒼馬が中忍あるいは上忍に匹敵するやもという腕前を持つ者だからこそ潜り抜けられたところもある。並みの忍びでは伊達の放った網に捕らえられていたことだろう。
そうして得た情報によれば、首は政宗の命でいまだ江戸城にあるものの、体の行方は北条軍が手にしてから、要として知れない。
首が関東から出ていないことを考えれば、御の字か。
「これ以上、戦を重ねるわけには行かぬだろうしな」
そう心で思った忍びはその場を辞し、帰り路を急いでいた。
そして北武蔵、河越の城では、緊急の軍議が行われていた。
「小田原……本軍では今、江戸と和議を結棒という話になっている」
北武蔵で行動していた畠山重忠の前、飛葉獅十郎(eb2008)は本軍の状況を告げる。
「そちらの和議の話がまとまるまでは、北武蔵でも軽率な行動は控えるべきと思うが……どういう状況だ?」
「難しいところだ」
畠山は飛葉の問いかけに苦い表情で首をひねる。
「先日の松山城での戦闘の後、北武蔵の反抗勢力はぴたりと動きを止めておる。我らに戦を仕掛けるでもなくば、新田などの動きを妨げるわけでもござらん」
「ほう……」
そのような状況では松山城の残兵をすべて把握するにはいたらず、その調べのために兵を動かすことこそ、逆に北武蔵に火種を投げ込みかねないとのこと。
そんな状況に一同が思案をめぐらせるところで、北武蔵の諸将に軍使として向かっていた高比良左京(eb9669)と八城兵衛(eb2196)も戻ってくる。
「どうであったか?」
「色よくは、ないぞ」
和議なれば各自に所領の返還を行う旨を携え、各地を回ってきた高比良はそう返し、八城とともに席に着く。
「こちら側も、あちら側も、己の都合だけで引っ掻き回しすぎた。源徳もそれに対する陣営も不義理であるともっぱらの噂……先日の北武蔵での矛盾した停戦の書状で色々と不満が噴出したようだな」
領土の返還などは巻き込まれた立場からすれば当然というものであり、わざわざ条件として持ち出すほどのものではないというのが、大なり小なり、領主たちの主張であった。
「ある意味、もう大藩主どもで勝手にやってくれ、というところだろう……まあ、しんがりは必要だろうが、退却は可能と思う」
「なるほどな……」
守る意義は薄し、去れど無視はできぬ。新田はすでに親征のために江戸へと向かい始めており、遅れをとるわけにはいかなかった。
「……我々だけで収まらぬのであれば、義経公と相談してはいかがか、とも思うが?」
「まさか。これは源徳宗家の問題。いくら由緒正しい源氏の血筋とて、事態を収めるにはいたらん」
各地の領主の反応は千差万別としても、八城の提案を畠山は一笑に付すと、別働隊は高比良と小田原本軍の意図を受けて、最低限の兵を残して小田原へと動くことを決めた。
そのころ、江戸より南側の港では、親征に参加する里美家の兵を乗せた船が、出航の準備を進めているところであった。
「それでは、無事に……他の諸侯も、すぐさま向かえるように手配いたします」
「そうなるとよいがな」
江戸より派遣されてきたという伝令のの言葉に松桐沢之丞(ec6241)は息をつく。
なんとか兵をかき集めて親征に向かうことになった里見の兵。錬度は低く、残りし人材も少ないことから、松桐のような無名の冒険者であっても、腕前だけで相談役としてであれば付き添いは可能だ。
もちろん松桐の心痛はそこではない。先に出た里見の兵が藤豊の家臣と出会った際の、相手の態度。
礼儀を欠くとの噂、この時勢なれば仕方なしと松桐や上の将たる者はわかっているが、一兵卒からしてみれば気分のいいものではない。
「これが、何かの問題にならなければよいがな……」
その思案の結果がわかるのは、そう遠いときではないだろう。出航が近づき、松桐はそう自分を納得させることにした。
日は傾きだしたものの、夕というにはまだ早い時刻。和睦に関して密会をと告げる願いがあり、伊達政宗はその源徳家の家臣と会っていた。
密会とはいえ、そこは江戸、伊達勢の懐に近く、また周囲を忍びや近習のものが固めている。
「これが、私が聞き及んだこの国の真実でございます」
ヴェニー・ブリッド(eb5868)よりもたらされた、イザナミと黄泉の者たちが追いやられ、そして今戦を仕掛ける真実。遥かなる昔の朝廷による裏切りがその原因とすることを、今フレイア・ケリン(eb2258)は提示していた。
だが。
「勘違いをしておるのか?」
「と、言いますと?」
フレイアの申し出を政宗は一笑に付し、怪訝な表情を女は浮かべる。
「俺が対立するとすれば、それは朝廷では無く、ここの藩主どもだ。何ゆえ、朝廷の信を俺が問う、これが切り札と考える? もちろん我らは朝廷ではない。それが明かされようとも一行に気にすることは無かろう」
「……」
確かに、これを切り札とすることは、うまく賽が転がれば朝廷に対して絶大な権を振るうことになろう。だが一つ間違えれば……西の戦いが朝廷側に有利に運んでいる今だからこそ、その可能性は高い……朝敵の汚名は免れまい。
「それにな……元の原因が何であれ、今の戦とは異なる。関係は、ない」
関東の騒乱もそうだと告げつつ、伊達政宗は話は終わりとばかりに席を立っていた。
「もともとはどうであれ、黄泉の者たちが人の精気をすする魔物であり、それがゆえに無辜の民たちを危険にさらす可能性がある。それは動かしようの無い事実」
政宗はそうして最後に一言言い捨てると、部屋を出て行った。
「情けをかける相手、そして敵している相手を見誤らぬこと、俺は願っているぞ、源徳家の家臣」
「大変でしたね」
「まさか、あんなことになるとはね」
鎌倉にある納屋の一つ。その場を訪れたフィーネ・オレアリス(eb3529)の問いかけに、シルフィリアはちょっと、肩をすくめる。
先ごろ、西国より届けられてきた物資を運ぶために鎌倉に向かう一団に向けて、伊豆の手のものと名乗る賊が襲撃を仕掛けていた。幸いにして周囲を見回っていたフィーネを中心とする源徳家のものが守りを担い、被害少なく撃退することとなった。
その後、小田原の新撰組隊士よりのものとされる書面をもっていたことから、そのままシルフィリアたち一行は鎌倉に入ることとなり、適当な納屋を間借りして物資を整理している。
「しかし、賊の言葉、本当なのかねえ?」
討ち果たされた凶賊は、今までに幾度と無く源徳家のみならず、各所で凶行を繰り返していた。結果、敵味方を問わず東国全域にまでに手配の回状が回ったとのことである。
そんな賊が、襲撃の際にある人物の名を上げていた……。
「真偽の程はわかりません。……行動の真偽や正しさは、人や、その見方によって異なるのですから」
確かに言うだけはタダ。騙るもタダなら、真実が常に正しきとは限らないし、正しいことが真実ではない。
フィーネをはじめとして、鎌倉に来た源徳勢のうちいくらかは、鎌倉の復興のために協力を呼びかけ、そのための私財を投入しているが、それが現地のものに歓迎されているかといえばそうではない。領を侵したる者の仲間として、協力を断られることもよくある有様だが、それはそれとして、一堂はできることを誇りを持って当たろうとしている。
また一方でシルフィリアとその仲間の活動も、芳しいかといえばそうではなかった。民に対しての個人的な施しという面では機能しているものの、現地をしっかりと巻き込んだ組織として動いているかといえば、そうではない。
民が職分を侵せば士分は面子を失う、それに朝廷からも確たるお墨付きはもらっていないという状況、お墨付きは無いとして助ける理由は無いとのたまう者もいる。商人相手でさえも、シルフィリアの活動を支援している人物の矛盾を指摘し、協力するに利はなしとして無視する者もいる有様だ。
正しき活動と正しき理屈であっても、世は急性には変わろうとしないし、人は義だけではなく利でも動くという点において、現実の状況は片手落ちと言わざるを得ない。
「結局、我らにできることは、正しきことかそうかではなく、一度決めた義を貫くことのみだ」
迎撃の後、すぐさま中途としていた土木工事に戻り、それを終えて帰ってきたアンリ・フィルス(eb4667)は、静かにつぶやく。
「そのことを理解してくれるものが多くなれば、すべて、うまくまとまることはできよう。我々士分とて、争いを望むわけではない」
「すべては、信と義です」
そうつぶやくと、二人は静かに自分の信義のための仕事に戻る。
ところは江戸より北、宇都宮。源徳軍の中核のひとつ、秀康の陣が敷かれている場所である。
「家康公が討たれたこと、それにあわせて、広がる厭戦の気配。故に、多少の譲歩をしてでも和議を結ばざるをえない、そう考えておりました」
その場を訪れたカイ・ローン(ea3054)は、謁見の場で、静かに意思込めた言葉を切り出した。その声音のせいか別の理由か、居並ぶ家臣の間にいぶかしげな表情が浮かぶ。
「ですが、こちらは軍事を控えたにもかかわらず、敵は戦闘を続け、結果としてあの仕儀と相成りました。そのような態度を取る相手と和睦を結べば、いいように使われるは必定」
「だから、江戸へ向かえ、と言うのだな?」
「はい……誰かが源徳家を一枚岩にまとめねば、瓦解させられてしまいます。それが可能な方は、秀康様と思っておりますので」
続けてのアイーダ・ノースフィールド(ea6264)の進言に、しかし秀康は大きくうなずくことをしなかった。
その歯切れの悪そうな様子にカイは眉をひそめながらも、言葉を続ける。
「どうか、すべてを明らかにし、公正な処罰を行われるようにと、朝廷に対して動かれますよう」
「……」
礼、そして沈黙。長い間それは続く。
秀康はその沈黙を破るように人払いをし、そうしてかしこまるカイとアイーダを近くに寄せると、一言、つぶやいた。
「……お前が、賊を指揮しているとの噂がある」
「……」
「お前ほどの人物がそのようなことを行うとは思えん。噂の出所も怪しいところと聞き及んでいる。だが、疑念は時として、真実に勝る……強硬な意見を持つのであれば、なおさら凡人にはそう思われるだろう」
そうして秀康は二人より離れ立ち上がった。
「伊達のほうからも和議を、との話が来ている。家督についても相談しなければ立ち行かないだろう。南下については検討せねばなるまい……だが」
ややの逡巡の後、秀康は最後に一言告げて、かしこまる二人の前より席を辞した。
「お前の意見については、今しばらく、俺の心に留め置こう。……それが、お前のためと今は思う故、だがな」
小田原では、雪は降らず寒風が吹きすさんでいた。
戦が無いのは寂しいと思えるような日々、所所楽柊(eb2919)や静守宗風(eb2585)は領内の警備を勤め、規律を正しくしている。だが一方、隊士たちには次第に不満が募っているところであった。
もともとは士分を得るため、藩主となるためであり今はその目的を達しているが、その先が見えずあやふやな状況となっていることが、不満の大半であろうか。
「まもなく、か」
「本当にええんか?」
小田原の城の中、まもなくある和睦の会談を思い、ふとつぶやいた近藤勇の言葉に、将門司(eb3393)は問いかける。
「なにがだ?」
「このままぐだぐだしてる家臣らに付き合うんか? 俺らはなんの為に京を離れてまで小田原に来たんや?」
「決まっている」
近藤が応えるより早く、土方歳三はその問いに返事する。
「我らが、士道を貫くためだ」
「んな、難しく考えることかい」
土方の表情とは別に気の抜けた風に、将門はあっさりと返す。
「俺らにできるのは、悪・即・斬やろ。難しい政治なんてのはどうでもええねん。簡単にやろうや」
本当に事がそれだけに簡単だったら、どれだけ楽なことか。
だが今は士道だけではなく、自らが生くるために積み上げてきた屍、自らを頼るものたちのことを思えば、そう簡単なものではない。
「ここにいるのは近藤はんについていくばかりやで」
「……ああ、ありがとう、すまないな」
その礼に、気にすんなや、と去っていく隊士の姿を見ながらも、近藤はまだ思案の中にあった。
小田原と江戸の中間にある鎌倉の某所で会談は始まった。
伊達家は政宗当人が現れ、それに付き従う兵の中には伊達家馬上衆イリアス、護衛を買って出たリリアナがいる。またできうる限り中立の立場からかと、里見の重鎮メグレズ・ファウンテン(eb5451)も護衛の一人として参加しており、道中伊達を襲う凶賊が現れたものの、あっさりと撃退されている。
源徳側では本多正信を主とし、今この場に間に合った結城とアルスダルトが代表として参加している。また正信の手元には、京よりもたらされた親鸞上人よりの添え状が握られていた。
「此度の会談は、伊達と源徳のものとお聞きしています。すべてが、関白殿下や他の藩主の方々にとって納得いかれない場合があることは、ご留意ください」
そう、藤豊家臣の一人としてこの場に来たレベッカが、会談の始まりに告げる。
「また、この場では過去の話はなしにしたいかと。それがすぐさま結論が出ない話であることは、双方ご存知でしょう」
その言葉に当然とばかり諾の意思が表明されると、まずは源徳側から提案がなされた。
「一つ、朝敵の解除。一つ、三河・遠江の所領安堵。一つ、江戸の返還、ないしは家康公の首の返還。……当方は以上にて、和睦の条件といたしたい」
「少々、虫がよすぎるとは思いませんか?」
「さて」
伊勢の言葉にアルスダルトは静かに目を伏せる。
「三河遠江は兵たちの故郷。故郷に帰れずは、飢えて死ねと仰せか」
「まだ一戦、こちらは行ってもよろしいのだぞ」
「よろしいかしら」
結城の凄みに被せるよう、故郷との言葉が出たことに、控えていたエルシードが進み出て、言葉を紡いだ。
「あたしはこの地どころか、この世界の者でもないわ。その点から言わせてもらえれば、双方、正義など無いわよね……」
異界の人と名乗る者の言葉に、いったん熱を冷ますよう、双方は黙ってそれを聞く。
「この地に来てからお世話になった鎌倉の地……それが不遇となっていることは、こんなあたしでもわかる」
そうして女は細谷一康が決めた、本多との会談で出された提案を心の中で思い返していた。
「願えれば」
それに続くように雀尾も声を上げる。
「鎌倉の中立性を高めることを推奨する。復興は双方で行い、互いの影響力が残らないよう、互いで監視する。さすれば、多少は納得しやすいだろう」
「なるほど」
政宗はそうして声を上げたものを見、本多正信らの面々を見つめる。
「鎌倉方は少々、演技がお好みようだ」
「はて……それはともかくとして、鎌倉を中立といたしますれば、こちらの要件、飲んでいただけますかな?」
「わかった、承ろう」
政宗は即決し、改めてこの内容の確認を取り上げる。
こうして伊達と源徳の和議はいったん相成ることとなった。
しかし年の瀬ということ、和議に対しての準備と吉日を選んだ結果、最終的な締結とそれに伴う新たな任免の準備は、年明け白馬節会の翌日、一月八日との約定を取り交わし、会談は終了したのである。