【ジャパン大戦】戦火の渦の終<陰>
|
■イベントシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 13 C
参加人数:45人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月17日〜12月17日
リプレイ公開日:2010年01月02日
|
●オープニング
江戸での戦いは幸運にも源徳に対する側が勝利を拾った。
だが、その勝利は実は間違いであったのかもしれない。氏の長者たる家康が倒れた今、江戸の源徳と性急に事を構えることはない、との触れが、京より各地に発せられていた。
京都守護職にして征夷大将軍に任ぜられた平織市、越後の雄上杉謙信、甲斐の智将武田信玄はすでに本軍を都へ向かわせ、奥州の独眼龍伊達政宗も、江戸奪還戦の沈静化に合わせて、京に兵を送るべく準備しているという。
だが、源徳軍そのものはその動きを止めていなかった。
西国の危機に合わせた進軍の開始、各地の藩主の勢力が手薄になる時期を狙っての電撃戦の先触れは折れたものの、今来る神皇親征に伴い、東国への備えは薄くならざるを得ない。そこを狙われれば優位はひっくり返される恐れは、十分に残っていた。
秀忠、秀康、忠輝、信康。それぞれに癖のある家康の子供たち。新たに源徳を継ぐものは龍か、虎か。
江戸城にて伊達政宗は、家康の首級と相対していた。
「さて、あの男は‥‥死してなお、混乱させてくれる‥‥」
思索の縁から眉根をひそめ、一言つぶやくと、政宗はその首級を片付けさせ、眼下の江戸の町を睥睨する。
朝廷よりの西国親征への触れは、源徳軍が進軍する最中にも行われていた。そして今ここにいたり、家康が倒れたるうえは東国の騒乱の種なかりと、早急に上洛の由、伝えるものが送られてきている。
もちろん家康が倒れた以上は、源徳軍の脅威も小さくなり、多数の兵を江戸に割く意味はなくなっている。
大宰府の五条の宮に味方していた北陸諸藩の兵や、平織軍、上杉軍も都に到着し、未曾有の大軍勢が神皇の下に集結しつつあるという今、これに遅参するようでは、何のために関東で戦ったのかわからない。
「だが影武者、ということはないか?」
智将同士が通ずる、一点の疑問。
政宗自らがほぼ一年前、自らが仕掛けた謀略の策。
討たれた後の源徳軍の一時惑う様子は、それが影武者ではないと信じさせる一方、自らの謀略の影ゆえに、その水面に映った自らの姿が揺れるように、状況は混迷と思えてくる。
「首だけではなく五体あれば、死者と話す経もあるとは聞くが」
白の仏門に伝わる魔法には、屍に残った情念を読むものもあるというが、生き返りを防ぐために首と胴を分かたったことが、その法を無効としていた。
死してなおその影を残す策は、さすがは海道一の弓取りといえようもの。
「だが‥‥所詮死人は死人。生くるものにはかなわん」
自らの思考に射した影を笑い飛ばすように、政宗は自嘲する。
これまでの源徳軍は朝廷に敵するもやむなしとの姿勢を貫いてきたが、だが先の決戦の近くになり、家康は西国親征を選択の一つとし、また同じころ、息子の一人忠輝は神皇とよしみを通じたという。
家康本人がいない今、その後継によっては、あるいは‥‥。
「‥‥容易くはないが、見込みはあるか」
今このときこその和睦。日の本の大事と積年の目的、どちらの秤に傾くか。政宗は斜め読んだ京よりの書状を思い出す。
都の公家は親征に参加すれば罪を罷免、その上での国替をとのたまう。関白殿下は覚悟を試すのか、家康の首や江戸城もというが、親征への動きと残りし源徳家の動きあらば、よりよくましとなるだろう。
「それよりも遅参せぬことか‥‥小田原に使者を送れ。席には、わしが出向くとな」
瞳なき独眼龍の瞳は、何かを見据えるように光ったような気がした。
「何ゆえ、諸侯会議の案、お受けにならぬのですかな?」
「そう、我らが長となるという案であれば、誠、進めるべきではありませぬか」
出立の前、城の一室。人も少なき場所にて問いかける重臣の声に、市は静かに目を細め、鈴なる声を口にする。
「諸侯の上下なくして国のために尽くす。言葉は優しきことだけれど、現実はそうとはいかぬのが実情」
「‥‥確かに」
「秀吉は絶対騒ぎたてるでしょう。それとも、うまく潜り込んでくるのかしら?」
冒険者から提案された諸侯会議。冒険者たちの間では支持を受けたこの会議は、身分の上下無く諸侯の合議によって政を進めるという。
ただ、市のみならず平織家は、西洋で言うところの王や、この国を預かる摂政ではない。神皇を頂点とする身分上下の無い諸侯の連盟を主催することは、ともすれば現政権への反乱ともとられかねない。
これまでの長き歴史、確執、それらを全て簡単に捨てられるほど、日の本は絶対的な支えあるいは力を持つものを有してはいなかった。
「またその手綱を取るのが、言い出したもの‥‥第六天魔王と手を組んだと見られる、平織の当主であれば、余計収まるものも収まらなくなるでしょうね」
上杉謙信はすでに虎長が第六天魔王、いわゆる仏敵であることを知る。
また叡山の焼き討ちに関わりそれを知るものはあろうし、武田、伊達、藤豊‥‥その他もろもろの勢力も、まったくの無知ということはなかろう。
「冒険者‥‥身分に縛られぬ自由たるものには、なんの小さなことか、と思われるでしょうけど」
重ねられし因果の縁は、よき意味でも、悪き意味でも、それほど軽きものではない。
今の政治では人のためならず、また戦を呼ぶ原因となるのであれば、新たなる世の、新たなる政は必要となろう。
だがまず今を越えねば、明日を語ることは難しい。
「しかしまあ、壮観なことだねえ」
京に集結する軍勢の集う列に、人々は見事と誉めそやす。
それはそうだろう、西国を襲う災いに対し、日の本の軍勢が総出で当たろうとういうのであれば、壮観見事と語るより他はない。
だがそれを率いる征夷大将軍、平織市の顔は浮かなかった。
愛する兄の姿を借りた、仏法の敵なる第六天魔王。そうと分かっていながらも、国のためにと心を殺し手を結ぶ。
ただでさえ名家平織の主としての激務に苛まれていた心はそれにて一度、砕けてほころびた。
だが西の災禍を収めるには、一度砕けた心を寄り合わせ、今一度冷たく、奮いたたねばならない。
「市様が、ご出立なされます」
「‥‥で、あるか」
小姓の言葉を聴き、笑みも浮かべることなく、荘厳に改装された岐阜城の天主より、いまや和解して藩主代行となった平織虎長は、市とその軍勢の出立を、その瞳で見つめていた。
その感情読めぬ瞳の向こうの感情は、喜が悲か怒か。その感情は読むことはできない。
武田信玄も影を関東に残し、今は京に入っていると噂は聞く。
神皇の詔を果たすべく所領を削っても平織との和睦を進めていた武田だが、縁深き延暦寺と仏法の御使いたちからすれば、第六天魔王虎長と再び結託したと見ゆる平織市との関係、心証いかばかりか。
武田の固き絆の中でも、前線では功を焦るものも現れ、西国遠征の言葉に、疑心の心が吹き荒れる。
呉越同舟の間漂うところは、裏側知る者のみぞ知るところである。
●戦力比較
・源徳軍3500(源徳2000、伊豆400、鎌倉150、八王子950)
源徳軍は江戸戦で減少。北条は離反。
・源徳別働隊650(遊撃隊300、八王子350)
河越城を占領。松山城から撤退し、現在は河越に駐留。
・里見軍500
西国親征に向けて岡本城に再集結。伊達とは停戦中。
・反源徳軍<江戸>6500(武田1000、伊達4000、新田1200、藤豊300)
各軍は江戸城戦で激減。千葉伊達軍、新田軍が合流。
●リプレイ本文
「このままじゃ間に合わないかもしれないにょ〜!」
時は年の瀬、火の国熊本。その上空を鳳令明(eb3759)は慌てながら魔法の箒で飛んでいた。
大宰府での死人との決戦に一助にでもなればと阿蘇に伝わる龍神を探していた鳳であったが、さすがに時が無くなり飛んで帰るところ。
「だけど、この国はどうなるのかにゃ〜‥‥」
焦る気持ちのなか、ふと見えるはずのない東の果てを臨み、シフールはふとつぶやいた。
地の東西を問わず、戦いがこの国を包んでいる。
そう、西だけではなく、東でも……。
ほんの一月前に連日覆っていた戦の気配とは打って変わり、江戸の町には静かとも言える雰囲気が漂っていた。
今では江戸城を護るべく集った冒険者たち……山王牙(ea1774)やグレナム・ファルゲン(eb4322)といった面々により、強固な警護が用意され、同じく冒険者の七刻双武(ea3866)や宿奈芳純(eb5475)、あるいは伊達家に従う磯城弥 魁厳(eb5249)といった面々による警戒網が用意されている。
もちろんその防備の見事さだけではなく、血気に逸った源徳側の攻め手が現れなかったことも、傷ついた江戸をさらに打ちのめすような戦を防いだ原因だろう。
リアナ・レジーネス(eb1421)の提案した城修復作業は危険すぎるために却下されていたが、マロース・フィリオネル(ec3138)をはじめとする有志の者たちによる救護所も機能し、戦の傷は急速に癒えているところだった。
「しかし、この先どうなるのでしょうか」
関東をめぐる戦は正式には終わったわけではない。いつ来るやも知れぬ激突に向けて、傷を癒している、ただそのような状況なのだ。
そんなつぎはぎとも言える城下の様子を見ながら、アルフレッド・ラグナーソン(eb3526)は静かにつぶやいた。
「せめて、呪法によって調べさせていただければ……」
白の法にある、死者より情念を読み取る術。だがそれは、朽ちてはいない無事である遺体にのみ有効なものだ。首と胴が分かたれた遺体に、いかほどの効果があろうか。
それに加えて政宗は、その家康の首に近寄ることを、ある理由から臣下にも禁じていたのであった。
「……今、なんと?」
「首はお渡しできぬといったのだ。家康公の首をな」
江戸城の一室。短い言葉が交わされて、部屋の中に鋭い空気が広がる。
問い返したはアラン・ハリファックス(ea4295)、左近衛将監の官を持つ、藤豊家家臣。
相対するは伊達政宗。今はこの江戸城に座する奥州の独眼竜。
「家康の首を献上しないということは、つまりは、朝廷に弓を引く、と?」
「はて、異なことを申されるな」
アランの問い詰めに、政宗は苦笑を浮かべる。
「我が伊達家は朝廷にお仕えしておるが、けして、関白殿下の臣ではござらん。もちろん、貴殿の臣というわけでも……。故に理由無く、そなたの命に従わねばならんというわけもなく、命に従わぬことが朝廷に弓引くこととなるとは思えぬが」
確かに、アランの行いはすでに決定されたことを伝えるものであった。その献上について、関白藤豊秀吉から一言も無ければ、いくら源徳家と対立するという点で結んでいるとはいえ、得心はいかない。
さらにこの時期、反発、疑念を生ませることがいくつも重なっていた。
「この書状、何を目的とされるのか……殿下よりは何も聞いておりませぬな。それに、我が家臣をたぶらかすのはいかようなものかと? 聡明なる殿下であれば、そのような仕儀はなさいますまい」
アランの書状を携え、伊勢灘日向(ea8614)と名乗る無名の浪人者が江戸の調査をしたいと申し出てきていた。そればかりか伊達の家臣であるブレイズ・アドミラル(eb9090)までもが図ったように、江戸城を藤豊家の管轄にしようと動いていたのである。
関東のことを考えてのことであろうが、もちろん政宗のあずかり知らぬ由のこと。連合の相手とはいえ他家にその管轄を譲り渡そうとしたブレイズは謹慎が言い渡され、伊勢灘なる人物の申し出も当然、認められていない。
「俺の信任状では不満があるか?」
「ありていに申せば。貴殿の書状について、北武蔵での所業、聞き及んでおりますぞ?」
政宗が持ち出したのは、北武蔵での書状の乱発である。アランが発行した書状には神皇家の名の下に停戦が申し渡されるものであったが、よくよく調べれば書状はアランの名のみで出されたもので神皇家の確たるお墨付きがあるわけではなく、その正当性は疑問視されるものであった。
結果として戦の気配はなくなったが、それは反源徳として旗揚げしたものたちが得心いかぬ状況に離反し様子見に回ったこと……すなわち、反源徳派へのある種の不利、源徳派へのある種の有利を示すものである。
「巷では殿下ばかりではなく、神皇家の面子に泥を塗りかねぬ所業と、もっぱらの噂。そのように勝手に飛び回られては、収まるものも収まり申さぬ」
「……」
「家康公を撃ち、畳み掛けるいい時節であった波を消されたのですからな。まさか、殿下ほどのお方が覆水の盆を返すような命を出されるようなことはありますまい……」
「……わかった」
政宗の言葉を中途で遮り、アランは苦い表情を浮かべながら席を辞し、京に戻る算段を続けた。
家康の首は持ち帰られなくとも、予定の兵を手配しなければ結局は関東での動きは無駄になる。押し込めなかったのは残念だが、一先ずは善しとするべきだろうと思える状況であった。
「なんと、そのような状況か……?」
息子への伊達家よりの申し渡しを聞き、上野についたばかりのマグナ・アドミラル(ea4868)は驚いた声を上げた。
「しかし父上、父上は仕官してより日が浅いので判らぬかも知れませぬが、私たちも殿の意向を知らずに同じ用を行えば、義貞様に暇を出されても仕方ありませぬ」
兄弟の謹慎により予定がずれながらも、しかしすぐにでも動けるように兵力を算段しながら、グレン・アドミラル(eb9112)はそう、マグナと一同に用意を促した。それを受け、マグナは昨今世間に広がる、義のためにと動く名乗る他家の御用商人の動きと、今得た江戸の情勢変化を推測しながら、関東と甲信越を結ぶ交易ルートを立て直さんと用立てを図る。
四公、反源徳と言われ一枚と思われながらも、あくまで大藩主にして大一門、源徳家に対するために集った面々。新田に関東の利あらば、伊達に奥州の益あり、そして秀吉には西国を代弁する必要がある。それらを飛び越えて話せるほど、藩主とそれに背負わされる地域の重荷は、冒険者ほど軽くはない。
「でも、和睦がなった上で動くというのですから、それはよかったと思うですよ」
武田の使者として京より関東に赴いた土方伊織(ea8108)は、真田への用があるというエレノア・バーレン(eb5618)と話すべく、この場を訪れていた。
「真田様からの情報はどうですか?」
「北武蔵は特に動きはないです……完全な様子見に入っているみたいですよ。それと、源徳側の使者が動いているようです。うまくはいっていないようですけど」
エレノアの問いかけに伊織はそう応え、そのほか真田の調べた北武蔵の情勢を伝えると、すぐさまその場を辞し、自らの目的を達するべくその場をたった。
新田の家臣団も、和睦にせよ遠征にせよ伊達との連動は不可欠と、もともとの準備に戻る。
そのころ、江戸より南側の港では、親征に参加する里美家の兵を乗せた船が、出航の準備を進めているところであった。
「それでは、無事に……他の諸侯も、すぐさま向かえるように手配いたします」
「そうなるとよいがな」
江戸より派遣されてきたというメルシア・フィーエル(eb2276)の言葉に、一人の浪人者が息をついていた。
メルシアはその様子にいぶかしげな思いを抱きながらも、里見の軍の出立を見送ると、自らは伝令としての責を果たすべく、仕事に戻った。
「よろしいのでしょうか?」
「かまわん。関東を収めたは藤豊と大きな顔をされては、俺も秀衡殿に申し訳がたたぬ」
アランが去った後の夜、江戸城の一室。その場での家臣、伊勢誠一(eb9659)の問いかけに、政宗は静かに返す。
「それほど、北武蔵での一件は痛い……その渦中の方に聞かせる話ではなかろうが」
「構いません。混乱はあったにせよ、一先ず戦が止まったことが重要です」
そう返事したのは一人の少年。少年こそ忠輝より雷王剣を託されし日向大輝(ea3597)である。
朝廷は、あくまで忠輝に源徳家内部の問題を解決するようにと告げ、雷王剣を持ちし者にその任を与えたのであったが、戦の混乱の中それは拡大解釈され、関東の混乱すべてを治めるようにとの話となってしまったことが、北武蔵で起きた事象の顛末である。
「さて……面白い話は聞かせてもらったが。源徳との手打ち、どうするか?」
「でしたら」
先だっての源徳家家臣との会談の顛末を思い出す政宗の思案に軽く乗せるよう、伊勢は自らの思うところを述べる。
「鎌倉、小田原、伊豆、駿河よりの撤兵と、鎌倉の中立化。それと引き換えに朝敵の解除と、家康公の首の引渡し……この辺りかと」
「下より見ても、その程度がせいぜいと思うところですな」
伊勢の提案に対する、冒険者の中から時節があったがゆえ、この席に同席していた御多々良岩鉄斎(eb4598)と日向の同意に、一献、酒を含んで口を湿らせると、政宗は一同を見回す。
「なるほどな……俺は、江戸くらいは返してやってもいいと思っている」
「なんと!」
一堂に走る驚き。
「確かにそこまで譲歩すれば、源徳は納得しましょう」
「ですが、それで構わんというのか?」
「周りが譜代のものでない丸裸の江戸など、恐れるものでもあるまい。我が伊達家と奥州が背後を抑えるとなればなおのこと。そもそも……首を他人に渡したいとは思わぬ」
険の混じった声で、問いかけに政宗は答えると、勢いよく杯を置いた。
「あの智将信玄も言う。人は石垣、人は掘、と。戦災に傷ついた江戸と、復活の術でよみがえるやも知れぬ家康……どちらが恐ろしい?」
そもそも、家康がいなければこれほどまでの混戦はありえなかっただろう。だから故に大地に樹が根を張るがごとく策をめぐらせ、海道一の弓取りを打ち倒したのである。江戸を返すよりも首を返すほうが、後々に禍根を残そう。
「それに北条早雲。神皇にゆかりのものが体を持っておる。首まで京に渡しては、秀吉配下の者のこともある、枕を高くして眠れんぞ」
ふと隙間風が入り、灯りが揺れる。消えることはなかったそのゆらめきは、一堂の心を映したものだろうか。
「よろしいのかな、そこまでのことで」
「征西の次は、取って返して東征というわけにも行かぬ。殿下も東西それぞれが予想外の戦となっている以上、無用の博打は打ちたくなかろう」
岩鉄斎の問いに、口端だけで政宗は笑う。
「無論、これは伊達と源徳だけの手打ちのつもりよ。他の諸侯も言いたきことはあろうが、まずはその先触れを見せなければな」
西国より届けられてきた物資を振り分けつつ、シルフィリア・ユピオーク(eb3525)は鎌倉にて一息ついていた。
「大変でしたね」
「まさか、神皇様の許可をもらってるものに、賊が襲ってくるとは思わなかったけどね」
その場を訪れたフィーネの問いかけに、女はちょっと、肩をすくめる。
先ごろ、物資を運ぶために鎌倉に向かう一団に向けて、伊豆の手のものと名乗る賊が襲撃を仕掛けていた。幸いにして周囲を見回っていたフィーネを中心とする源徳家のものが守りを担い、被害少なく撃退することとなった。
その後、小田原の新撰組隊士よりのものとされる書面をもっていたことから、そのままシルフィリアたち一行は鎌倉に入ることとなり、適当な納屋を間借りして物資を整理している。
「しかし、賊の言葉、本当なのかねえ?」
討ち果たされた凶賊は、今までに幾度と無く源徳家のみならず、各所で凶行を繰り返していた。結果、敵味方を問わず東国全域にまでに手配の回状が回ったとのことである。
そんな賊が、襲撃の際にある人物の名を上げていた……。
「真偽の程はわかりません。……行動の真偽や正しさは、人や、その見方によって異なるのですから」
確かに言うだけはタダ。騙るもタダなら、真実が常に正しきとは限らないし、正しいことが真実ではない。
フィーネをはじめとして、鎌倉に来た源徳勢のうちいくらかは、鎌倉の復興のために協力を呼びかけ、そのための私財を投入しているが、それが現地のものに歓迎されているかといえばそうではない。領を侵したる者の仲間として、協力を断られることもよくある有様だが、それはそれとして、一堂はできることを誇りを持って当たろうとしている。
また一方でシルフィリアとその仲間の活動も、芳しいかといえばそうではなかった。民に対しての個人的な施しという面では機能しているものの、現地をしっかりと巻き込んだ組織として動いているかといえば、そうではない。
民が職分を侵せば士分は面子を失う、それに朝廷からも確たるお墨付きはもらっていないという状況、お墨付きは無いとして助ける理由は無いとのたまう者もいる。商人相手でさえも、シルフィリアの活動を支援している人物の矛盾を指摘し、協力するに利はなしとして無視する者もいる有様だ。
正しき活動と正しき理屈であっても、世は急性には変わろうとしないし、人は義だけではなく利でも動くという点において、現実の状況は片手落ちと言わざるを得ない。
「結局、我らにできることは、正しきことかそうかではなく、一度決めた義を貫くことのみだ」
迎撃の後、すぐさま中途としていた土木工事に戻り、それを終えて帰ってきたアンリは、静かにつぶやく。
「そのことを理解してくれるものが多くなれば、すべて、うまくまとまることはできよう。我々士分とて、争いを望むわけではない」
「すべては、信と義です」
その言葉に、シルフィリアは自分にこの救援を持ちかけた一族のことを思い出していた。
「ほな、お話はこれで終わり、ということで」
「お待ちください!」
堺にあるとある料理屋。その場を辞そうと立ち上がる大阪・京の商人たちを前に、明王院月与(eb3600)は声をあげて引き止めた。
先日、神皇より許可をもらったという民を救済するための活動。それには商人たちの動きが必定と、説明のために月与はこの席を設けたのである。
だがその席は、険もほろろという有様となった。
「民を救うためと申しますが、うちら商人やさかい。利益の出ませんことには、協力できまへんな」
「そやそや。今は戦だからええ。でも戦が終わってみなはれ。ご領主様に目ぇつけられたら、商売できへんがな」
士分に誇りがあるように、商人は利に聡くなければならぬ。その意味で言えば、権威が簡単に通用しない相手ゆえ、士分を説得するより労苦がいる。
特に今は戦時下。物資が足りないというただその一つのうわさだけで、巨万の富を得ることが可能である。
「しかし、これは神皇様のお墨付きだよ。神皇様はこんな時でも全ての民を平等に愛し、一人でも多く救いたいと願って……人々が自分でできる範囲でできることをできるように、お墨付きを出されたんだ」
「そこですがな。神皇様のお墨付きゆうたかて、何ぞ証拠は?」
玄間北斗(eb2905)の説得も、義よりも実に信を置く商人たちにはいささか遠い言葉に聞こえる。確かに明確なご免状そのものも無ければ、雷王剣のような権威ある実物も無い。職務や官職としてとして正式に言い渡されたわけではない。
結果、強制するだけの権力もついているわけではない。
「例えば、異国の地と月道を持って物資を得れば、新たな商売の機会が広がるでしょう。それに諸外国より物資が手に入るのであれば、親征において必要な品がそろわない、ということも無いはずです。それでは、利となりませんか?」
「外の新しいものでっか? そんなん、10年以上前に秀吉はんがやりなさったことじゃのう」
「そや、5年も前には家康はんや」
『親征で物資がそろわんで困るんはお侍はんや。うちらはそれだけの銭払うてもらったら、いくらでも用意しまっせ?」
ノルマンの地での耳学問も、しかし老獪な商人たちの業と口を解くには至らない。十野間空(eb2456)の言葉も、何をいまさらとしか取り合ってもらえない。特に、諸外国からの輸入を増やすことは、裏返せば自分たちの地場産業をやせ細らせ、結果自分たちの首を絞めることになる可能性が高い。
つまり、どのように変わりどのように儲かるのかが明確に想像できない以上、これまでの利権を維持するのが商人たちとしての『失敗しない』商いである。
また月与やリンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)が示唆する諸外国での活動も、大規模な援助は得られていなかった。今のところ得られているのは、基本、正式な外交関係ではなく、あくまで諸外国・諸領主に対しての特権的な商人としての扱いであり、そうやって仕入れた後その品をどうしようとも問わない、というレベルである。領主や貴族、国が積極的に支援そのものを推奨しているわけではなかった。
そもそも、ノルマン復興戦争の際の立役者の一人が藤豊秀吉である。国内、国外ともに、その秀吉に認められていないとの噂のある事業に手を出して、後々、火傷をするわけには行かない。
だがそれよりも商人たちにとって、より身近に問題とする事実があった。
「大体、民のためといいながら、動いてはる将門屋さんは、平織はんの御用商人やありませんか」
「それも此度の親征に向けて平織はんのおまんま、確保したうえで、残りを回してなさるとか」
「それでわしらには民のために協力せいとは、筋がおかしうございませんか?」
言いがかりの面も当然あり、物資確保で得た利益を使って救援物資を手に入れるためとはいえ、事実だけを見れば、将門雅(eb1645)の将門屋の動きは商人たちの指摘のとおりであった。京・大阪の商人たちにとって見れば、尾張の新興商人、いわゆる商い仇が神皇の名を利用し、その版図を拡大しようとしているようにも見える。
商人たちもそれなりの矜持があるのか、今は値上げや品の買占めという手段はとってはいなかった。
だが、錦の旗で商売なさるんなら、こちらにも考えがあります。……今の場の雰囲気は、ありていに言えばこうであった。
「あいわかった。だが即断もできぬ。今しばらく、将門屋とも調整を図らせてもらえぬか」
「その言葉、お間違えなきようにな」
リンデンバウムとガラフ・グゥー(ec4061)はひとまず頭をたれ、商人たちは改めて、席を立っていった。
京・大阪のみならず、大きな都市の商人組合の言い分は、似たり寄ったりでり、その意味では前進はできなかった。
だが幸い、個人の意思に基づいて協力してくれる商人は幾名かおり、また冒険者などの篤志家が自身の意思で集める分に関しては、朝廷も、地域の藩も、また商人たちの組合も文句はつけなかったため、民を救うための物資はゆっくりとだが動き始めていた。
「何とか、間に合ったようだな」
「ええ……来てくれて、ありがとう」
クロウ・ブラックフェザー(ea2562)の疲れた様子と言葉に、平尾市は静かにうなずいて見せた。西国での決戦が行われる中、出陣前の隙間をぬって、クロウは思い人と出会うことができたのである。
「ほんとはあいつらも連れてきたかったんだけどな」
「まったく、ケチだよね」
そう不平を言う雪切刀也(ea6228)とミリート・アーティア(ea6226)に、市は苦笑を浮かべる。
迫る戦いに向けて少しでも力を得るべきと、市の知り合いでもある妖を探すことを陰陽寮に申し出たが、当然、そのような一冒険者の頼みでは朝廷の重要な役所である陰陽寮を動かすことはできないと突っぱねられた。
まもなく始まる征西のほうが当然の大事というわけで、結果、その妖怪たちを見つけることはできずじまいである。
「それで、今日はどんな用? 顔を見に来ただけではないでしょう」
「俺は、そうなんだがな」
「実は、お願いがあってまいりました」
クロウの冗談も気にした風は無く、チサト・ミョウオウイン(eb3601)は切り出すと、手にした書面を市へと見せる。
その内容は鎌倉でも持ち上がった新たな政についての奏上であった。
一言で言えば、神皇親政。一時的でもその流れを作ることで、もつれた各地の糸を解きほぐすことを目的としている。
「……これは?」
「この国の新たなる方向についての検案書です」
「藤豊の家臣の人たち、ぜんぜん聞いてくれないらしいんだよね。だから神皇様に直接お願いできればと思ったんだけど」
「残念ながら、神皇様にはお会いできないわ」
市は書面に目を通した後、左右に首を振った。
征西の時は刻一刻と迫っており、実際市がこの時間を取ることもかなりの無理があったという。全てを統べる主上はさらに時は無く、市であっても軍議・儀礼の席でしか会うことができなかった。
「私のほうからも主上には奏上しておくわ。だけれども……」
「?」
つぶやきながら表情を翳らせる市に、一同は懸念を見せる。
「それが平織が関わるというだけで、効果は薄くなるでしょうね」
「そんなこと」
「武田、上杉、それに……朝廷も兄が兄ではなく、天魔の王と知っているわ」
第六天魔王虎長。一度死んだはずの彼は蘇りしし後、まるで悪魔のごとき所業を行っている。それは虎長が蘇ったのではなく、天魔の王がその姿を借りている故というのが、口さがないところでの噂であった。
しかして兄虎長も望んでいた朝廷への忠義のためとはいえ、愛する兄の姿をした魔物を許さざるを得なければならないことは市の心に重くのしかかり、その気鬱を時折、のぞかせている。
「市」
クロウは奏して突如として頭を下げる。
「辛い時は弱音を吐いたって良いんだ。俺が全部受け止めるから」
「でも」
逡巡する市の肩を抱きながら、クロウはさらに決意を口走った。
「だから、俺が奴を見張る。虎長を。奴がその正体を現した時……すぐにでも討伐ができるように」
「……ありがとう……ございます」
その時は、本当に来るのだろうか。
小田原と江戸の中間にある鎌倉の某所で会談は始まった。
伊達家は政宗当人が現れ、それに付き従う兵の中にはイリアス・ラミュウズ(eb4890)、リリアナ・シャーウッド(eb5520)がいる。またできうる限り中立の立場からかと、里見の重鎮メグレズも護衛の一人として参加しており、道中伊達を襲う凶賊が現れたものの、あっさりと撃退されている。
源徳側では本多正信を主とし、今この場に間に合った結城とアルスダルトが代表として参加している。また正信の手元には、オリバー・マクラーン(ea0130)よりもたらされた親鸞上人よりの添え状が握られていた。
「此度の会談は、伊達と源徳のものとお聞きしています。すべてが、関白殿下や他の藩主の方々にとって納得いかれない場合があることは、ご留意ください」
そう、藤豊家臣の一人としてこの場に来たレベッカ・カリン(eb9927)が、会談の始まりに告げる。
「また、この場では過去の話はなしにしたいかと。それがすぐさま結論が出ない話であることは、双方ご存知でしょう」
その言葉に当然とばかり諾の意思が表明されると、まずは源徳側から提案がなされた。
「一つ、朝敵の解除。一つ、三河・遠江の所領安堵。一つ、江戸の返還、ないしは家康公の首の返還。……当方は以上にて、和睦の条件といたしたい」
「少々、無視がよすぎるとは思いませんか?」
「さて」
伊勢の言葉にアルスダルトは静かに目を伏せる。
「三河遠江は兵たちの故郷。故郷に帰れずは、飢えて死ねと仰せか」
「まだ一戦、こちらは行ってもよろしいのだぞ」
「よろしいかしら」
結城の凄みに被せるよう、故郷との言葉が出たことに、控えていたエルシード・カペアドール(eb4395)が進み出て、言葉を紡いだ。
「あたしはこの地どころか、この世界の者でもないわ。その点から言わせてもらえれば、双方、正義など無いわよね……」
異界の人と名乗る者の言葉に、いったん熱を冷ますよう、双方は黙ってそれを聞く。
「この地に来てからお世話になった鎌倉の地……それが不遇となっていることは、こんなあたしでもわかる」
そうして女は、浦部椿(ea2011)や緋宇美桜(eb3064)が伝えことをも元に細谷一康が決めた、本多との会談で出された提案を心の中で思い返していた。
「願えれば」
それに続くように雀尾嵐淡(ec0843)も声を上げる。
「鎌倉の中立性を高めることを推奨する。復興は双方で行い、互いの影響力が残らないよう、互いで監視する。さすれば、多少は納得しやすいだろう」
「なるほど」
政宗はそうして声を上げたものを見、本多正信らの面々を見つめる。
「鎌倉方は少々、演技がお好みようだ」
「はて……それはともかくとして、鎌倉を中立といたしますれば、こちらの要件、飲んでいただけますかな?」
「わかった、承ろう」
政宗は即決し、改めてこの内容の確認を取り上げる。
こうして伊達と源徳の和議はいったん相成ることとなった。
しかし年の瀬ということ、和議に対しての準備と吉日を選んだ結果、最終的な締結とそれに伴う新たな任免の準備は、年明け白馬節会の翌日、一月八日との約定を取り交わし、会談は終了したのである。
「いかがでございますか」
国乃木めい(ec0669)はかしこまり、上杉謙信に懸案を渡していた。
自らが賛同する救援組織について、まずは大藩主の理解を得るべきと、上杉御用商人に案を持ちかける許可をもらうべく、謙信の元を訪れたのである。
「なるほど、興味深い。確かに今の人身の荒廃は嘆くべきこと。その意図、できうる限り汲めるように努めよう」
仁愛と正義で知られた上杉謙信としては、掲げられた理念には感じ入っていた。後は、国内の諸勢力が首を縦に振るか、だ。
もちろん、国乃木の目的はその提案だけではない。
「謙信公、沖田さんが危ないかもしれません」
「そろそろ、表に出すころあいじゃないの?」
沖田の場所について問いかけるゼルス・ウィンディ(ea1661)、そして水上銀(eb7679)も、同じ目的であった。
先ごろの謙信の発言と、それにかかわる大事の確認……虎長の招待と目される天魔、西洋で言えばデビルの存在についての確認であり、またそれよりの護衛でもある。
「私がが推察するに……ジャパンには悪魔たちの間に、第六天を中心とする勢力と、マンモンを中心とする勢力があり、これらが人々を利用して争いを行っていたと考えています」
そして、その争いが結果として、源徳と各勢力を巻き込んだ大乱の原因となったというのだ。もちろん、沖田が虎長を暗殺したのもその一環。
ただ、謙信は人の身であり神ではない。毘沙門天よりの告げがあろうともその全てが真実であるかは判別つかず、あくまでゼルスの推測を、一同が知ったのみとなった。
「それを確かめるために、沖田さんに合わせて欲しいのですが……」
「それは、できぬな……君が、第六天魔王の配下ではないと、確たる証拠は無い」
「……やめてよね、まったく」
銀を見ながらつぶやく謙信の言葉に女はばつが悪そうに口を尖らせる。
先だって、謙信が上洛してすぐの折、水上の姿を模した魔物が謙信を襲ったのは、一部では有名なことであった。
その事例からすれば、その可能性が無いとは誰も言い切れない。
「沖田もそれゆえ、その場所を明かすことはできぬよ」
「だったらさ……沖田の剣を折るってのはどう? 魔物がそれ目当てならさ」
「無理でしょうね」
銀の提案をゼルスはすげなく否定した。
「それが本当にシープの剣であるなら、それは神の作り出したもの。人どころか、名だたる魔王でもどうこうできる存在ではありません」
それを裏付けるかのように、謙信は静かにうなずいた。
しんしんと街道沿いに雪が降る。それは積もることはないが、周りの音を掻き消すもの。
その中を、ところどころ服を破かせた一人の忍びが走っていた。
「ぬかったか」
零式改(ea8619)は、第六天魔王と目される虎長の目的を探るため、岐阜へと潜入していた。
その中では十分なる警戒をしていたが、しかし敵も去るもの。同じく忍び……もしかしたら人ではなかったかも知れぬが、今となっては気にすることではない……に見つかることとなった。
雪が降ったことが幸いし、逃避行の先は見られていない。だが素性はわからずとも、人相書きや指名手配は程なく回るだろう。
「早く伝えねば……永遠の戦国乱世だと?」
そんな時、男は道の先にふと気配を感じる。
「大変な状況だな」
「……貴殿はもしや……」
「そう、クロウと呼ばれてるかな」
警戒し二刀を構えるものの、相手の風貌にもしやと尋ねれば、その答えに改は構えを解き、招かれた近くの小屋に入り込む。
「あんた、もしかして?」
「零式と申す。それ以上は、拙者の口よりは。しかし何ゆえ?」
「あんたと同じかな」
クロウは特異な構えと、告げられた名前にいくつかの異名を思い出しながら、男の問いに答えた。
「ちょいとわけありでね。岐阜を……虎長公を見張る必要があったからな。そうしたらあんたと出会ったわけだ。それで、すまないが」
クロウはそう説明しながら少々の殺気を振り混ぜると、にこやかに問いを発する。
「あんたのつかんだ内容、交換と行かないかい? 脱出の手助けの駄賃に」
「……敵ではないと思わせていただこう」
そうして二人はあたりを警戒しながら外に出ると、ネフィリム・フィルス(eb3503)より派遣された忍びの者たちと合流し、国境を越えた。