【ジャパン大戦】天下布武、あるいは<陽>

■イベントシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 15 C

参加人数:57人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月25日〜01月25日

リプレイ公開日:2010年07月08日

●オープニング

 年賀の節会‥‥白馬節会とそれに続いての、伊達と源徳の和睦。
 それは長きに続いた理不尽な戦乱を収束させるであろう事実として、関東一円の人々に希望の光を差し込ませた。
 戦火に包まれた地域にも人々の義による支援が行われており、少しずつではあるが、各所で荒廃からの復興の兆しを見せている。
 また一方で、強国といえどただ二家のみの事よと思われた今回の和睦であったが、西国を鎮めるための親征に東国の安定は不可欠とばかりに‥‥あるいは、ただ政により戦が拡大することに厭気が射したのか‥‥混乱した関東の状況を収束すべく合議を重ねようと、多くの領主が注目し、また望みを託している。
 ‥‥だが。
 天下布武を宣言した後、信じられぬように沈黙を守ってきた平織家藩主代理・岐阜城主の平織虎長は、年賀が終わり和議がなされるが早いか、12日にはその軍勢を動かし始めたとの報がもたらされた。
 その速さは拙速に富む。普通の兵卒であれば3日はかかる距離を、2日で駆ける。
 東国の軍団は中山道を上り、諏訪、そして甲府を目指して進んでいた。
「今、この日ノ本は乱世である! 信義を失った人道に劣る乱れた世だ。
 儂は乱世の混乱にて一度命を失い、甦りし後も乱世が広がるのを見てきた。
 義と理想は露と消え、ただ謀のみがまかり通る。東海道に憤死した家康公も然り。奥州の伊達殿、西国の関白公。いやさ、一時のはかない平和のために正しき道を曲げるとは‥‥愚かなる所業!
 人の世のみならず、神代より続く業。それを断ち切るは信か、義か? いやそのようなものではこの乱世は救われぬ!
 この乱世を救うには力を‥‥大きなる力をもって一度、馬鹿げた枠組を壊し、砕き、改めて信義を集めねば安泰は訪れん。我が実妹、市の所業をもってしても、それは手ぬるきこと。
 我が元に在るは、神代より伝えられし神々の力。力をもって繕いごと、紛いごとを一切排し、天(あめ)の下、武を布(し)く。‥‥それこそが天下布武、である」
 こうして虎長は高らかに叫ぶと、今まで岐阜城に蓄えていた恐るべき力を持つレミエラ‥‥ヒューマンスレイヤーと数多の魔道具をもって、侵攻を開始したのである。

 神聖暦1005年。明けたばかりのこの年、戦火の火の手がまた上がる。


●勢力状況
・源徳宗家
 15日江戸入城。鎌倉からは撤退。小田原は帰属問題検討中より変更なし。
 家督は未決定。

・伊達
 15日の江戸城明け渡しにあわせ、現在は影響化の下総へ。

・関東(新田・里見・北武蔵含む)
 征西に向けての準備、および合議による所領問題解決に向けての調整中。

・平織虎長
 兵・各5000をもって、中山道を諏訪と京都へ進軍中。
 また第六天魔王に従うという天魔の姿も?

●今回の参加者

シャルグ・ザーン(ea0827)/ 山王 牙(ea1774)/ 結城 友矩(ea2046)/ 鷲尾 天斗(ea2445)/ イリア・アドミナル(ea2564)/ カイ・ローン(ea3054)/ 日向 大輝(ea3597)/ マグナ・アドミラル(ea4868)/ リュリス・アルフェイン(ea5640)/ マギー・フランシスカ(ea5985)/ メイ・ラーン(ea6254)/ アイーダ・ノースフィールド(ea6264)/ 白 銀麗(ea8147)/ 夕弦 蒼(eb0340)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ 哉生 孤丈(eb1067)/ リアナ・レジーネス(eb1421)/ 比叡 一(eb1607)/ クーリア・デルファ(eb2244)/ パラーリア・ゲラー(eb2257)/ フレイア・ケリン(eb2258)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 静守 宗風(eb2585)/ 所所楽 柊(eb2919)/ ジークリンデ・ケリン(eb3225)/ フレイ・フォーゲル(eb3227)/ 将門 司(eb3393)/ ネフィリム・フィルス(eb3503)/ シルフィリア・ユピオーク(eb3525)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ アレーナ・オレアリス(eb3532)/ 将門 夕凪(eb3581)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)/ ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)/ アンリ・フィルス(eb4667)/ レオーネ・オレアリス(eb4668)/ イリアス・ラミュウズ(eb4890)/ 空間 明衣(eb4994)/ フォックス・ブリッド(eb5375)/ メグレズ・ファウンテン(eb5451)/ 宿奈 芳純(eb5475)/ マイユ・リジス・セディン(eb5500)/ ニセ・アンリィ(eb5734)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ シーナ・オレアリス(eb7143)/ 鳴滝 風流斎(eb7152)/ 神島屋 七之助(eb7816)/ マクシーム・ボスホロフ(eb7876)/ エル・カルデア(eb8542)/ ディディエ・ベルナール(eb8703)/ ブレイズ・アドミラル(eb9090)/ グレン・アドミラル(eb9112)/ コルリス・フェネストラ(eb9459)/ 伊勢 誠一(eb9659)/ ロッド・エルメロイ(eb9943)/ 雀尾 嵐淡(ec0843)/ リンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210

●リプレイ本文

 寒風とは言わずとも、冷たい空気の漂う小田原の地。この地にて、鷲尾 天斗(ea2445)は目録を差し出し一礼すると、近藤勇は目を閉じたまま受け取り、諾と、うなずいた。
 その目録は、一番隊組長代理としてまとめた隊の再編についての仔細である。
「それでは、後はお任せいたします」
「やはり、行くのか」
「ええ‥‥京を護るという志。そしてその半ばで倒れた隊士たちの誠を無駄にすることは、俺の士道に反します」
 もともとは京の安寧を守るために組織されたのが新撰組。東西ともに危難が迫る今なれば、その成立の志に鷲尾は殉ずるというのである。
 組長代理の申し出、その大事なる席に今、土方歳三はいなかった。小田原周辺の隊の差配に向けて席をはずしており、ここには鷲尾と近藤、ただ二人のみである。
 それは今、この関東と関西、それぞれを襲う敵の動きに迅速に呼応するためか、あるいは鷲尾を気遣ってか。
「死地に臨んで立ち返るべきは、一介の武士としての心栄え。すみませんが‥‥己の義と誠を貫かせていただきます」
「さもありなん、か。俺は止めはせん‥‥願わくば、こちらに残って欲しかったがな」
 仕える主に殉ずるも士道なれば、志に殉ずるも士道。
 近藤の言葉に静かに一礼すると、鷲尾は静かに、寒風吹く中を旅立ってゆく。

 寒風吹き荒ぶ関東、江戸の街角にて、やまと攻略の途中、白 銀麗(ea8147)は騒然とする街の様子に息をついた。
 そんな彼女の手にあるのは、宇都宮にて作った、この国ではまだ珍しい石鹸。衛生的、文化的な生活の向上のため、それを広めようとした彼女であったが、町は今それを聞き届ける余裕などは、一切ない。
「戦とは、本当に罪なものじゃのう」
 ふと視線は敵のせまり来る西へと向けられる。
 学あれば、世は平らかに治まる。それが和の道とは感じていたが、だが戦禍はそのような思いなど、野の草よりも軽く吹き散らしていくようだった。

 白馬節会の和議会談の後、フレイア・ケリン(eb2258)は妹の養父となった本多正信と、源徳家の今後について論を交わしていた。
「さすがに、その案はまずいであろう」
「でもこのままでは藤豊や伊達の思う壺ですわ」
 フレイアから上げられた提案に、正信は渋い顔のまま答えを返す。
 それは秀康を義経の養子とし、その上で源徳宗家の家督を継がせるというものだった。なお秀忠は下手に利用されぬよう、仏門に入れるがよいとも伝える。
 だが仏門に入れるとなれば家臣団の動きを計り、秀忠との論も尽くさねば禍根を残すだろう。そして養子の策は、年功の序列から見て相応しくはないと思われる露骨な内容ゆえ、野心は捨てぬ源徳家と、敵に口実を与えることとなる。‥‥全ては戦国の世のみではなく、常日頃よりある政という、もう一つの戦である。
「‥‥では、養子の件については一度、おきましょう。小田原は、いかように?」
「思案のところじゃな。鎌倉も京寄りとなれば、影響は残しておきたい」
 鎌倉は此度の家康遠征において源徳側に置かれ、フレイアの妹ジークリンデが一時藩主となっていたが、家康戦死と和議に伴い、改めて元々の藩主、細谷氏の領とされた。鎌倉に戻った細谷氏は元の中立、朝廷路線を提示し、結果として江戸が戻りしといえど、坂東の源徳領のつながりを一部断たれた形と相成った。
 それゆえの、小田原。
「元に戻せるところは戻すのが此度の和議の根本であるからにして、小田原を大久保家に戻すは論に分は、ある。さすれば、少々は安堵できような」
 現在、源徳総軍が本拠を構え、新撰組が入っているのは小田原である。この地を何故か北条早雲が望むとも伝え聞くが、しかし箱根を含む小田原は元は源徳の旗本、大久保氏の領であった。だがこの関東大乱の中で大久保家は敗れ、今その家督たる遺児の行方は、要として知れない。
「大久保家のものが生きておれば、それを据えるが必定。‥‥鎌倉や他の藩主への手前、のう」
「では‥‥そのように手配いたしましょう」
 鎌倉に妹がいた折より、大久保家の遺児を探していたフレイアは、改めて内々に捜索をすることを告げ、フォックス・ブリッド(eb5375)、ヴァンアーブル・ムージョ(eb4646)と打ち合わせるべく、席を立つ。

「よくぞ間に合われたな。色々と身辺も大変な時期でありましょうに」
「いや、それはお互い様よ。此度の遅参は末代までの恥、気になさる必要などない」
 江戸より八王子へ向かう途中、急ごしらえの仮の本陣で出迎えた伊達政宗の言葉に、源徳秀康は笑みを浮かべる。
 虎長軍の関東侵軍の報を受け、これに抗するべく、各地に火急の使者が飛び交った。
 この岐阜よりの報せに江戸受け渡しの準備を進めていた伊達は、イリアス・ラミュウズ(eb4890)の進言もあり、すぐさま陣触れを行い、また源義経も鳴滝 風流斎(eb7152)の手配に従い、イザナギとの戦いの後すぐ、軍を駆けつけさせている。
 北関東の混乱の最中、カイ・ローン(ea3054)を護衛として駆けつけた秀康にいたっては、本多正信の養女となったジークリンデ・ケリン(eb3225)と簡易の婚礼を上げた、その足そのままの戦であった。
「さてご一同。此度の戦、伊達殿に総大将を任せたいと存ずるが、如何」
 関東各所の諸将・兵が集い、慌しくも軍議が開かれる中、そう切り出したのは、江戸地下やまと攻略の合間に訪れた、八王子にて黒雷の大猪と武に名高い、結城 友矩(ea2046)。
「坂東に数多の武将ある中で、名実を伴い、かの虎長に対抗しうるは今は貴殿のみでござる。八王子ならびに源徳宗家よりの内諾は、すでに得ておりまする」
「されど源徳様におかれましては、秀忠様、秀康様と歴々の方がおられます。それを差し置き総大将とは‥‥そのご申し出は、御館様におかれては、また当家においても、身に余ることではありますが」
 結城の申し出に場は騒ぎ、伊達家臣が伊勢 誠一(eb9659)の入れ知恵にあわせ、一歩引いた軍制をと指摘する。
 和睦がなった今、共通の敵に相対するには頼もしい相手。一方でつい一月二月ほど前までは、敵味方として戦った間柄。双方油断ならずと感じている以上、どちらかが主導を握ることは、後々の関東支配の道筋を決めかねぬと、主立ってはいない諸将の興味は尽きぬ。
 なお、すでに火急の使者をこれ幸いと、各勢力、後々のための姻戚の進めや約定の取り交わしをついでにしていることは、子供でもわかる理屈である。
「さすれば、わしに一案があるのぢゃが‥‥総大将として、義経公に音頭をとっていただくのはいかがぢゃろう」
 秀康の後ろに控えていたアルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)は、改めて秀康の意思を確認すると、騒然とする一座に提案の声を上げた。
 江戸を取り戻したとはいえ家督も定まらぬ疲弊した源徳、あるいは江戸を受け渡す予定の伊達のいずれかが総大将となるは、これまでの顛末からして、戦政の両面にて関東に禍根を残しかねない。
 その点、義経は源氏の嫡流筋にて家格は申し分なく、武勇についても昨今、北国の鬼魔相手に手柄を立てていると噂に入る。くわえて北関東にて秀康と懇意の面があり、また政宗の後ろ盾たる奥州藤原氏とも縁が深いとなれば、一度だけの旗頭、相手の喉元に疑いの短刀を突きつけあうよりはよかろうと、異を唱えるは難しい空気と相成る。
「‥‥では、今この時より」
 総大将に義経、軍監に政宗と陣容が決まる中、その腰に履いた雷王の剣故、資格ありとして列席を許された日向 大輝(ea3597)は、その年齢に見合わず神妙な表情で、集った諸将を見回した。
「坂東の平和を乱す虎長公を朝敵とする。我ら今こそ神皇軍として、関東の平和を護ろう!」
 僭越詐称と後ほど言われようとも、軍の意気、それによる和と引き換えならばとの覚悟の一声に、坂東護るは我らなりと、諸将の心意気は結束する。

 虎長軍の侵攻が始まった後、ネフィリム・フィルス(eb3503)は魔法の品も使い、岐阜より早急に高遠城に戻っていた。途中、できる限り手勢に指示を出し、あるいは別領のものにも侵攻を話して、途中の川にかかる橋を落とすなどの足止めの策を進めながらである。
 だが虎長軍がこのまま進めば、関東の備えも間に合わないと判断したネフィリムは、高遠からの撤退を即断し、イリア・アドミナル(ea2564)の提案を元に、進軍を遅らせるための策を大掛かりに仕掛けることにした。同時に近国、武田と新田にも使者を送り、その地域への撤退、少なくとも民人の避難を行うための領地侵入について、そしてこれからの関東決戦に向けての交渉も開始する。
「そちらの準備はいかがですか?」
 高遠にて準備を進めるネフィリムに、イリアが尋ねる。
「住民の避難のほうは返事があれば、いつでもできるさね」
「それならば、ちょうど吉報を‥‥」
 女が眉をしかめながらも、努めて明るく返事すると、イリアの傍らに立つブレイズ・アドミラル(eb9090)は先ほど届いたばかりの、新田に仕える兄弟のグレン・アドミラル(eb9112)、父マグナ・アドミラル(ea4868)からの早文を提示した。
「確かな同盟、というわけには参りませんが、新田と上杉の間でも所領について、話の筋がつき始めています。新田の本軍は甲斐の方、北は日本海側より挟撃を行う、とのことです」
「こちらの準備も順調です」
 イリアの立てた遅滞の策は、川より水を引いて作り出した泥濘を魔法で凍らせるものであった。それらに敵軍が足をとられている間に攻撃を行い、足止めと兵を減らすための策となす。
 ‥‥だがそれは、普通の軍であれば成功は必然であったろう。
 高遠城の南側、虎長軍先陣の兵士が目論見どおり泥濘にはまり、身動きが取れない様を見て、イリアが魔法を唱えると、泥は凍り、さらに相手の動きが鈍くなる。
「何とかこれで、虎長さんたちは足止め、できるかな?」
 戦場の泥濘に巻き込まれず弓にて攻撃できる場所はなく、偵察と後詰をかねて待機するパラーリア・ゲラー(eb2257)だったが、ひとまずの様子に、ふと安堵の声を漏らした。
「まあ、撤退するには十分でしょう。何か、嫌な予感がしますがね‥‥」
「‥‥あ、あれは!?」
 珍しく戦う気を出して、手助けにと周りのものに魔法をかけていたフレイ・フォーゲル(eb3227)が、敵軍の様子に嫌なものを感じていると、魔法の巻物にて視力を拡大して戦場を見ていたシーナ・オレアリス(eb7143)が、突然叫びを上げる。
 同時、兵たちに走る驚愕。
「敵は‥‥人ではありません! 化け物が、その正体を‥‥!」
「敵軍は一部、すでに東側より迂回! ‥‥足止めを! 術者はおられぬか!」
「そうかい、容赦はないねえ‥‥虎の字ぃ!」
 高遠勢が甲斐方面へとの撤退する中、新田よりの救援として駆けつけたマグナが指揮する弓隊の前で、それは姿を現した。
 異貌の滑るような黒い肌、赤き光を持つ目、そして間違う事なき蝙蝠の翼。俗に言う悪魔たちが虎長軍中核で指揮を取り、またその真の姿を現したのである。
 氷の泥濘にとらえられた自軍を‥‥ごく普通の兵士たちを尻目に悠々と飛行し、そして一気に後方を襲う。あるいはその姿を透明にし、英雄ならざる普通の兵に凶刃を振るう。
「天魔は予測しておりましたが‥‥まさか」
 第六天魔王を名乗る虎長配下として、天魔がその力をふるうことは、モンスター学者であるシーナでなくとも予想はできた。
 だが現れた悪魔は天魔ほどの高位ではなかったが、その数は数十を越す。黒き霞に、そして護りの外法による強力な防御能力を誇る悪魔に、超越の術を使う勇者、冒険者たちならともかく、一般の兵は抗しきれず、堤が小さな穴から穿たれるように、部隊には混乱が広がっていった。
 またまるで、その目で全てを見たかのように的確な数の迂回の軍が、高遠城東より南軍と同規模で進軍を開始を始めるに到って、高遠に集った軍勢は遅滞の策を取りやめ、撤退に徹するしかなかった。

「まもなく、諏訪でございます」
「で、あるか」
 高遠より潮が引くように退却した敵軍を見ても、またまもなく迫る目的地、諏訪の大湖を見ても、平織虎長‥‥いや、魔神・第六天魔王は冷静につぶやくのみだった。
 その魔王が空を見上げると同時、妖しげな知性の光をその瞳に讃えた鷹が、すうとその手に止まる。
 いわゆる小型の動物の魂を縛り、知恵を与えて隷属させる、悪魔の御業。使い魔の法。それを操るものが多数いれば、敵陣の陣容など、筒抜けも同然。
 先の戦では敵の配置を。そして高遠の城を落としたのち、最低限の手勢を残して諏訪へと急ぐ今は、敵の動静を追いすぐさま対応できるようにとの策である。
「初戦の、電撃的な動きゆえに使える策よ。次はこうは行かぬだろうが‥‥まあ、心の片隅にでも針もて残れば、問題はなし」
 確かに冒険者は、英雄と呼ばれるものたちは強い。第六天魔王が完全なる姿を取り戻していようとも、正面からただ戦えば危ういだろう。
 だが‥‥全ての人は英雄ではなく、また軍の、戦の中核を担う将兵とは突き詰めてしまえば、ただの人なのだ。
 一人で一軍に匹敵するものがいるというのであれば、複数の軍で攻めればよい。片方を相手取る間に残りの他方は敗れよう。そして英雄一人残れども、100人の民を倒せば‥‥それで軍は敗北という名の札を張られ、戦は終わる。
「‥‥しかし、長きこと探したぞ‥‥」
 美しく白き氷を讃えるは諏訪の湖。そのほとりに厳かに佇むは諏訪大社。
 しかしてその白き氷の表面を見れば、ただの偶然か、それとも第六天魔王の先触れか、常より早い御神渡りが鋭く湖面に刻まれていた。
「さあ、今こそ甦るがよい‥‥」
 諏訪の大社に祭られしは国津神の一柱、武の象徴、建御名方。だが国津神建御名方はこのジャパンに別にあり、この大社に国津神そのものが住まうわけではない。
 しかしてそこに封ぜざるは、大国主の武の力。建御名方の父、大国主‥‥またの異説を取るならば、大黒天と称されし天魔の一角。その八大天魔の力とも讃えられた、悪たる『何か』をタケミナカタと過去のものたちは称していたのか。
「よくぞ参った‥‥わしよ」
 その大社に入り第六天魔王が呼びかければ、長きに渡り封ぜられていた力が、ついに来たかと暗き喜びとともに返事する。
『では今こそここに、我が分かたれし力を、取り戻さん‥‥!』

 虎長軍が諏訪を出、甲斐に向けて南下を始めたのは17、8日のころ。
 敵を迎え撃つため八王子に集う坂東武者たちがその陣容を整えるまでの時間を稼ぐべく、ここ甲斐の山中には少数ながらも有志が集っていた。
 先だって偵察に出ていた夕弦 蒼(eb0340)の手配に従い集った関東有志の軍に、高遠から撤退した各諸侯の軍、そして小田原より北上しつつある新撰組のうち、先遣として間に合ったものたちが、この強襲に参陣している。
「奴らがそろそろ、通りかかる頃合、だな」
「やはり、間に合いませんでしたか‥‥」
 偵察から戻ったシルフィリア・ユピオーク(eb3525)の報告に、ともに戦うはずだった哉生 孤丈(eb1067)のことを考え、コルリス・フェネストラ(eb9459)は肩をすくめる。
「それは仕方ないだろう。戦はここだけでのこととは限らん。できるところで剣を振るうしかない」
「皆様で稼いだ貴重な日数ですし、ね」
 自分と配下の具足、弓矢の確認に余念のないマグナの言葉に、将門 夕凪(eb3581)も思うところあってか、そうつぶやき返す。
 件の哉生は、今は水戸での事件を解決すべく奔走していた。八王子での決戦にはおそらく、間に合うだろうが、いま少し、敵の動きが遅ければ今回の強襲にも間に合ったかもしれない。他にもエル・カルデア(eb8542)のように奥州より南下する悪路王と戦っている者たちの中にも、この強襲に加わる意思を見せながらも間に合わないものもいた。
 そして一方で、夕凪のように高遠城の結果により稼いだ日数で、駆けつけることができた者たちもいた。新撰組が先遣一部とはいえ間に合ったのも、それゆえである。
「だが、全軍を倒せなくとも、ここで抑えなければどうにもならん」
 陸堂 明士郎(eb0712)はそう宣言して大旗を掲げる。それに書かれるは「大聖不動明王」、すなわち武運の加護を表す六文字。
「‥‥今ここで、敵の足を止めて見せる!」
 その宣誓、そして続く刻の声とともに、甲斐山中、戦の口火が切られると、山間での戦いゆえか、戦はすぐに乱戦となった。
「無理は危険だ、怪我したものは下がっていろ!」
 兵卒が負傷するのを見て将門 司(eb3393)が叫ぶと、夕凪とともに、夫妻が息を合わせて悪魔の斬撃を押し止め、その隙にシルフィリアが牽制、新撰組の伍長とともに怪我人を後ろに下がらせる。
 同時、新田軍の援護の弓矢の切れ目に合わせて、雄叫びを上げてマグナが走ると、地獄の悪鬼とも言うべき敵を、その手の太刀で木の葉を凪ぐかのように叩き斬る。続けて男は集う虎長軍の三間槍を、気合とともに空を割き、遠方より叩き斬った。
「高遠と同じく、天魔のみならず‥‥とは!」
 後方よりの強襲ゆえか、一度は機を読み押し込んだ部隊であったが、しかしその兵数の差、そして冷静さを取り戻した悪魔たちの力に、じりじりと押される。中には人であろうものが数度、悪魔の魔術を使いながら牽制を行なうのも見えた。
 かくして戦線が膠着し、それはつまり強襲軍にとっては、寄せて返す波が襲うより先に退くべきと見ゆるとき。
「あそこ、か‥‥!」
 グリフォンに騎乗し乱戦の中、やや高いところから山中の敵軍を見れば、きらびやかに見えるは、金塗りの傘。
 それは間違うことなき虎長の馬印。周囲には黒や赤の母衣をつけた馬廻衆も見えるのを確認すると、陸堂は静守 宗風(eb2585)と所所楽 柊(eb2919)を見やり、決心してうなずきあう。
「さて、新撰組の意地を見せてやるとするか」
「後ろは俺らに任せて‥‥絶対、死ぬな!」
 グリフォンの手綱をすぐにでも取れるように持ち、陸堂の後ろに静守がまたがると、その廻りを追いかけながら、柊が護る。続けてコルリスの火矢とマイユ・リジス・セディン(eb5500)の吹雪の魔法の援護を受け、空を駆けて敵陣に迫れば、馬印の下に黒き甲冑を纏いし第六天魔王が、無表情にこちらを見やっていた。
「虎長‥‥覚悟!」
 決意の言葉とともに空より放たれる空斬撃を受け、母衣衆が迎撃せんと槍刀を構える中、突然、虎長の鎧に光が灯ると、五指一つ一つから黒き地獄の炎が放たれ、迫る冒険者たちを焼き焦がす。
「あれは、ブラックフレイム? でもなぜ5本も‥‥」
「‥‥レミエラか!」
 世間でも割合、攻撃の魔法を複数同時に飛ばすレミエラは見かけられる。ヒューマンスレイヤーのレミエラを所有する虎長‥‥第六天魔王の元に、それを悪魔の魔法へと応用したものがあったとしても、不思議はない。
 ‥‥あるいは、レミエラを広めたるは、その技術を研鑽せんがための魔王の策だったか。
「よくぞ気づいた‥‥褒美を取らせよう!」
 突如中空、後方より虎長の叫び。その声に夕弦よりもたらされていた情報を思い出して、静守はグリフォンの手綱を急に引き絞った。
 空中でバランスを崩しながらも何とか飛ぶグリフォンのすぐ近くを虎長の白刃が横切り、陸堂の肩口を掠めて切り伏せる。それに交差、陸堂が刃を合わせるが、それは虎長の黒き外套を一部切り裂くに留まった。
 二人の虎長より続けざまの攻撃が行なわれようとする瞬間、マイユのレミエラの力を用いた吹雪が一瞬気を引き、間髪いれずに放たれたロッド・エルメロイ(eb9943)の煙幕の魔法があたりを包み込んでいく。
「みんな、目的は達した‥‥ここは退き時だ」
 強襲部隊が煙にまぎれて退いていく様を見て、悪魔の力を解放したのか、まがまがしい瘴気を漂わせ、その目に妖しき光を灯しながら、宙にある虎長は、地にて馬上の人となる虎長と同時に笑い声を上げた。

 甲斐の山中にて虎長軍を関東の兵が強襲するころ。富士に広がる樹海では、また別の争いが行われていた。
「あちらのほうに動く気配が」
「まったく、魔王との決戦だってのに‥‥戦が終わってから、やりゃあいいだろうが!」
 北条家臣より頼みを受け、風魔衆とともに見張っていたマクシーム・ボスホロフ(eb7876)は、ディディエ・ベルナール(eb8703)の見つけた反応に、叫びながら矢を放つ。
 先だっての捜索により、この富士の樹海に家康の遺体が隠されているとつかんだアイーダ・ノースフィールド(ea6264)は、駿河では葛葉幻妖斎、そして京では虎長と抗するために、風魔忍軍の護りの手も薄くならざるを得ないこの時期に行動を起こしていた。
 そして遺体の隠されたすぐ近くにて、それを見越して詰めていた北条の手のものと交戦することとなる。
「義ゆえに友を弔わんと思う‥‥その、我が心に沿うたまでのこと」
「いかな理由があれ、残されたものに弔いもできぬ様など、鬼畜の所業であろう。それこそ、あまりにも不憫」
 アイーダとマギー・フランシスカ(ea5985)、森での行動に長けたものたちの先導に従い、殿を務めていたシャルグ・ザーン(ea0827)は、オーラシールドにて後方からの矢を受け止めると、アンリ・フィルス(eb4667)たちに先に行くように促した。それを見て神島屋 七之助(eb7816)が眠りの呪を唱えると、男は不意をつかれたように、眠気に襲われよろめく。
「気をしっかり持つがいい!」
 それをたたき起こすよう、アンリが引き返しざま大声を上げて吠える。続けざま、襲いかかる下忍に斬りつけると、立ち上がろうとする男を護るように神島屋を狙い、その後ろからはアイーダの放つ矢が飛び交った。
「だとしても‥‥奪いに来る必要など、ないではないか」
「そうです、このような狼藉をなさらずとも。あの方は少々変わっておりますが、お話のわからぬ方ではありません」
「それはどうかしら」
 北条方の説得も無視し、アイーダは木々の間をすべる様に動く。
「あの家康公への裏切り‥‥所詮、自分だけのことしか考えていないようにしか見えないわ。信用ができると思って? それに‥‥」
 その時、森の奥のほうから、アンリの放った忍犬が戻って来るのを見て、遺体の発見を悟った一行は、牽制を続けながらその方角、洞窟へと向かう。
「もともと遺体はない、という返事だったでしょう? ないものが奪われることは、ないわよね」
 今ここにいる風魔の手のもの、そして北条方に遣わされた冒険者たちと、家康の遺体を奪還に来た者たちの間の力の差は歴然としていた。あるいは風魔小太郎などの重鎮がいれば、結果は違っていたやも知れぬ。
 しかし、戦力の差は埋まらなかった。
 遺体の確保にあわせて放たれたマギーのフォレストラビリンスの呪文により、北条方は追跡に後れを取ることになり、その間に、メイ・ラーン(ea6254)とシャルグの手配の元、家康の遺体は関東へと持ち去られることとなったのである。

「無事、奇襲は成功した模様ですね」
 先日、甲斐山中で行われた関東軍の強襲よりいくばくか。八王子より数里西、高尾山の麓を決戦の場と定め陣が展開される中、宿奈 芳純(eb5475)は静かにつぶやいた。
 甲斐での強襲の後、北からは新田の本軍が、南からは新撰組を中心とする小田原源徳軍が、関東連合軍への合流と挟撃のために虎長軍に迫っていた。その二軍により、まるで狩りの勢子に追われるように動く虎長軍の進路を予測し、高尾山の手前、小仏峠の山道での奇襲を、リアナ・レジーネス(eb1421)は提案していた。
 これにメグレズ・ファウンテン(eb5451)率いる里見軍も合流し、今まさにその攻撃が行なわれているのである。
 遠見の術にて視覚を拡大した宿奈の視線の先、峠の上空では、曇り空の中、巨鳥の上から強襲する部隊を援護するため強風を魔法にて呼び起こすリアナの姿と、その周りを飛んで牽制する黒き魔物の姿が見える。
「まったく、なにか魔王さんが増えたって噂だし。どうにかならないかしら」
「まあ‥‥やられる前にやれ、ってことだな」
 宿奈の念話の魔法により、小仏峠での奇襲が成功した旨が本陣の主要なものたちに伝えられていたが、今は秀康麾下となった魔法兵団‥‥元源徳鎌倉藩に協力するヴェニー・ブリッド(eb5868)や、救護の準備を整える空間 明衣(eb4994)は、一方で表情を硬くしていた。
 そう、奇襲で減るのはおそらく普通の人間の兵。将たる悪魔、その配下たる天魔。そして‥‥今二人ある第六天魔王を要した軍勢はまだその力を残し、足音高く高尾山の麓へと到達しようとしていた。
「どうであろうとも」
 明王院 未楡(eb2404)は、その状況にも変わらず意思を告げ、救護と後方支援のために集った新撰組九番隊と義捐の者たちの連絡のためにと、戦場を駆け回る。
「私たちは、私たちのできることをするまでです。みんなを、助けるために」
 こうして関東守る大戦の最後の火蓋は、まもなく切られようとしていた。

「どうやら、うまく行ったようだねぃ」
 本陣の手前、積み上げられた雪を固めた氷の坂に足を取られる敵兵卒を見て、哉生はすぐさま前に出る。
「みんな聞け! すでに人質は…‥契約の誓文はなくなった! 自由なのだ、お前たちは」
 そのとき京よりもたらされた、岐阜城の攻略に向かっていたものからの早きの知らせ。その声に一般の兵は戦う意気を落としていった。
「こしゃくな‥‥だが、お前たちには前に進むしかないのだ!」
「させるかよ!」
 大柄な悪魔が叫び、降伏しようとする兵を襲うのを、アレーナ・オレアリス(eb3532)が割って入り、名刀を振るって敵を切り伏せる。その間にフィーネ・オレアリス(eb3529)が敵味方問わず負傷した兵に回復の魔法をかけ、退避させる。
 それ以外にもクーリア・デルファ(eb2244)をはじめとする那須の医療局、新撰組九番隊と協力し物資の融通を図るリンデンバウム・カイル・ウィーネ(ec5210)たち義捐の者、また伊達に協力し後方に救護所をしつらえた雀尾 嵐淡(ec0843)など、多くの者たちの力により万全の救護態勢が整っており、降伏する兵が増え始めたこともあいまってか、戦の規模に比べて驚くほどに被害は少ない様子だった。
「まさか、岐阜が‥‥わしが落とされるとはな」
 そう苦くつぶやくは虎長軍本陣の平織虎長、第六天魔王。予想外の冒険者、人間たちの奮闘に、ここに来て初めての焦りをその面に浮かべていた。
 その場に落ちる影一つ。虎長はその影を打ち落とすべく外套を翻し黒炎をばら撒くと、グリフォンの痛みのいななきに合わせて、空を切る斬撃が飛ばされた。
「先日の借りは返させてもらうぞ、虎長!」
「よい度胸だ。この第六天魔王、討てるものなら、討つがいい」
 本陣にて相対するは、陸堂と新撰組の有志。だがその場の様子を見つめて、所所楽が声を上げる。
「ちょっと待って‥‥何で一人だけなのさ?」
「ふん‥‥癪ではあるが、この場に到ってはわしが出るしかない。そういうことよ‥‥」
 忌々しく吐き捨てると、虎長はその手に巨大なる黒太刀を引き抜いた。

「まさか、こちらに切り込んでくるとはね」
 来るは妖気を漂わせた黒甲冑、第六天魔王。突如現れた敵首魁に、秀康他関東連合軍の諸将が集う本陣は騒然として撃退に走る。だが兵卒たちの普通の刀では、虎長に毛筋の傷もつけることはできず、横薙ぎに払った太刀が兵らの命を散らばる血とともに奪っていく。
「ここまでやったは褒めてやろう、人間。その褒美に、わしがこの手で始末してやろうというのだ」
「なるほどな‥‥だがそこまでだ。イザナギ封印者である、この俺が相手になってやる」
 カイはそうして叫ぶと、槍を構え、一気に突きかかった。それを太刀でいなすよう虎長は捌くと、密着したまま甲冑の篭手で殴りつける。
「ふん!」
「させるかよ」
 その隙に跳躍、秀康に切りかかろうと飛び込む虎長の一撃を、レオーネ・オレアリス(eb4668)はその大振りの篭手で受け止めた。
「まあ、ホントはあまり乗り気じゃないんだが‥‥妹の頼みでもあるしな」
「虎長公、覚悟!」
 二人の黒鎧が鍔競り合うところ、秀康が抜刀して切りかかる。第六天魔王がたたらを踏めばその後ろからカイの槍がわき腹をえぐり、それに返すよう、虎長が全力で薙ぎ払い、男をどうと吹き飛ばす。
「貴様らぁ‥‥」
「どうやら、彼奴は消耗しているようだな」
 虎長がレミエラを光らせ黒き雷を放ち、陣幕を破壊する中、ヒューマンスレイヤーの力を受けながらも槍を杖に立ち上がるカイに、秀康が安堵の息をついた。
「おそらくは。岐阜のほうから得ていた魔力が断たれているんでしょう」
 傷が回復の魔法では治らぬと診て、懐にあった魔力ある食べ物を何とか嚥下しつつ、先ほど流れた岐阜解放のほうを思い出して、カイは応えた。
「ならば天運、今こそ好機! 第六天魔王、討ち取れぃ!」
 その号令にレオーネとカイが全力で走った。虎長より放たれる数条の黒炎に火傷を作るものの、ひるまずカイが速度を威力に変えて突きとなし、レオーネが急所を狙って戟を振るう。黒炎にひるまぬ攻撃に一瞬遅れたか、虎長はその二撃を喰らうと、槍が刺さったままで二人を切りつけた。
「まさか、ここまでとはな‥‥」
「逃しません‥‥!」
 振り払いながら進化の外法の力の加減を確かめる虎長に、凛とした声が響くと、それを確認するより早く、ジークリンデの石化の魔法が放たれた。消耗し抵抗する力を失いつつある虎長は石となり、大地に足を固められると、その場に新たな時の声が響いた。
 見れば新たな後詰の軍勢か。伊達の旗印をはためかせながら、新たな軍勢が攻め寄せてきていた。奥州悪路王との戦いに向かっていた伊達軍の一部が、大返し到着したのである。
「ここに至って、か‥‥! 現世に甦ったというに、ここまでか!」
 その音声を聞きながら足を固められる虎長に、天馬に乗ったイリアスから全力の矢が放たれる。その集中した一撃ははずすことなく虎長の眉間を打ち貫くと、人の肉体では抗し切れぬ損壊に黒甲冑はぐらりと揺らめき倒れ、そして次第に石と化していった。

 虎長軍本陣では、打ち合い、そして引くにあわせて、新撰組が京で学んだ三人一組の剣撃で、虎長を包囲する。
「ええい、ちょこまかと‥‥去ねい!」
 いらだつ第六天魔王の叫びに黒炎が飛び交うと、皮膚の焦げる臭いと火傷に、隊士が数名叫びをあげた。
 だがその隙に、地獄の炎にひるむことなく静守はグリフォンの手綱を取り、陸堂を虎長へと突っ込ませる。
 男の斬撃に虎長の肩が大きく切り裂かれると同時、そのときグリフォンの足を掴んで虎長は敵を地面へと引き摺り下ろした。
「捕まえたぞ‥‥さあ、覚悟せよ!」
「そうは行かないな!」
 振り下ろした黒太刀が陸堂のわき腹を抉る瞬間、交錯した男の一撃は虎長のわき腹を薙ぐ。だが、その深き傷をもろともせずに、虎長は笑みを浮かべていた。
「さぁてそろそろ、手は尽きたのではないか? 我が進化の外法により、すでに主の剣は効かぬ」
 傷を抑えながら転がり立って距離を取り、虎長の笑いを聞く陸堂に、静守と所所楽が寄り添う。
「‥‥」
「よいところまで来たが、それが人間の限界ということだ。黄泉路へと、引導を渡してやろう!」
 そうして第六天魔王が魔力を高める瞬間にあわせたように、時の声が上がり、そしてかさりと木の枝を降る合わせる音のすぐ後、ひょうと矢が放たれると、虎長の首を横から貫いた。
「よっし、当たりー‥‥うわっ!?」
 肉体の損傷が激しくなったのかびくりと体を振るわせた後、虎長は何事もなかったように矢を引き抜くと、森の中を隠れて退却するパラーリアに集わせた魔力を解き放ち叩き伏せる。
 だがその向こう、時の声を上げた関東連合軍本陣のほうに見えるは、伊達の旗印。先頭に立つ山王 牙(ea1774)がヒューマンスレイヤーのつけられた武器を破壊するその様は、いまだ降伏に到っていない兵士たちの最後の支えを折り伏せていた。
「どうやら、戦の趨勢は決したようだな」
「所詮、人間の兵であろう! 貴様ら英雄ならいざ知らず、凡百の兵でわしを倒せると思うてか!」
「だったら、これはどうだ!」
 高尾山の方角、その麓に羽音が鳴ると、数名の天狗が現れ残った兵たちを叩き伏せる。そしてその下を駆ける日向がその手にある剣を構えると、そこからは神代の雷が眼も眩む閃光とともに放たれた。その閃光は途中に立ちふさがる悪魔をも巻き込むと、第六天魔王を眩く、破壊の光に包み込む。
「か、は‥‥! よくぞ、人の身でここまで押し込んだ。だが、もう手はあるまい!」
 連続しての攻撃を何とか耐え切った虎長は、しかし自分への一撃を当てる手段がないと見ると、地獄の炎で周囲の敵を燃やしどけながら、全力を込めて大上段で切りかかる。
 後ろを天狗と新撰組にまかせ、陸堂は間髪いれず立ち上がると剣撃、距離を取り、そして魔王の力込めた剣を振りかざした。
「残念だが‥‥まだだ!」
 その剣より放たれた魔力は、天空を操り、曇りがちの空より第六天魔王の振り上げた大太刀に向けて、強大な雷を叩き落した。
 閃光、そして数瞬の間の後、太刀を振り上げたままの姿で虎長は立ち尽くす。
 そして雷に刺激を受けたのだろうか、それとも世の涙か、静かに雨が降りしきる。
「よくぞやってくれたな、人間。褒めてやろう」
 表情を変えることなく、ただ響く声のみで虎長は宣言する。その表面を雨が流れ落ち、そしてぐらりと体勢を崩して倒れこむ。
「だが‥‥わしが倒れたとて何も変わらぬ。争いは、人の世からは尽きぬ。自らの思いのみを正しきとし、仲間と見れば人間よりも悪魔・魔物を守り、敵するならば親兄弟でも滅ぼす。そんな風に他を害するは、我らがせいではない‥‥人に備わった生来の悪徳‥‥」
「‥‥」
「故に、第六天魔王はいつでも、その望みをかなえるべく、この世を乱世とするため甦るだろう‥‥いや、人こそが、悪魔なのだろうなぁ」
 そうして笑みを浮かべた虎長の死体は、雨に吹き散らされるがごとく黒き塵と化し、空に消えていく。
 その場に広がる雨音は、地獄から虎長が‥‥いや第六天魔王が人間を嘲笑っているかのようだった。

 そして戦が静まりし未来。
「‥‥暖かくなってまいりましたな」
 時は4月も中ごろ、場所は北関東にある日光。そこのいまだ粗末な寺にて、本多正信は静かに茶をすすり、目の前の人物にそう告げる。
 目の前に座るは僧籍に入った秀忠、今の戒名を入西と言った。
 源徳宗家の家督を誰が継ぐかとの問題の最中、源徳家康の遺体が持ち帰られた。これに秀忠は日光のとある寺を東照寺と改め、そこにて父の菩提を弔うとして、仏門に入るを受け入れたのである。かくして、源徳家の家督は秀康が継ぐことと相成った。
 家督が定まりしことから源徳総軍は仮の宿としていた小田原より退き、各自領に戻っていき、そして小田原は、幸運にもこの戦乱を生き延びた大久保家の遺児、鶴姫と忠胤により再興された。まだ若い新当主の後見役には、小田原を一時拝領しその内情を今知る近藤勇と、捜索に尽力したフレイア・ケリンが任ぜられることとなった。
 なお、家康を法術にて甦らせなかったのは、ひとえに源徳の家を守るためである。家康が稀代の武将であろうとも、戦に負けたものを和睦の後に甦らせれば、そも波風を立てることになろう。また伊達家から返還された首に関しては、下総の寺社に首や遺髪の奉納などが数十に及んで行われているとの噂もあり、真偽を確かめるためのみに復活の儀式を執り行うのも危険と思われた。
「さすがに父上もお疲れだろう。かくなれば坂東の守護、源徳家の安寧を望んで父の魂を弔うのが、子としての役目だ」
 この秀忠の思いもあってか、家督の問題を解決するためか。日光東照寺への家康の埋葬と秀忠の出家は、思うよりも反対少なく、手早く行われたのである。
「その姿も、お似合いになられます」
「茶化すのはよしてくれ‥‥まだ寒いのだよ」
 そう入西は柔和な笑みを浮かべて、そり上げられた頭を撫でた。
 日光を菩提の寺として選んだのには、宇都宮の源徳領に近い以外にも訳がある。
 関東決戦の後、カイ・ローンの提案により那須の魔境の一つに、第六天魔王の体の一部を封印することが決まったのである。
 伝承から推測される、第六天魔王の分割された体は全て倒されてはいなかったが、彼の異界に封印されれば、その他の体が復活しようとも、そう簡単には本来の力を取り戻すことはできないだろう。復活したとしても、それを食い止めるための兵を寺の警護としておくことはたやすく、また新たな封印を行ったとされる十二神将が本尊を安置するにも、寺は都合がよい。
 そして奥州から鬼、あるいは敵勢が攻め寄せる場合でもそれを食い止めるための砦、集結の地点としても使える‥‥すなわち、万が一のための要の石、中立の立場の出城として、各勢力が存在を望んだのである。
「しかし、これからの世、心平かにありたいものだな」
「簡単には参りませんでしょう。神皇様のお作りになられる新しい世には、まだまだ悶着はありそうです」
 東西の乱も一段落がついたところで、平織を議長、藤豊を副議長とする有力諸侯による諸侯会議も、間もなく開かれると聞く。だがその後、真に民人のためとなる神皇親政が続くかどうかは、まだ始まったばかりの道ゆえに、誰もわからなかった。
 だが色々なものを犠牲に進んできた、新しき太平の世への道である。魔の国難より逃れたる人々だからこそ、第六天魔王の言葉に惑わされることなく、進んでいけるだろう。
 ほのかに咲き始めた桜の華と、春の日差しが照る中、入西は父の菩提とこれからの世の平和を望んで、静かに祈りを奉げていた。