【ジャパン大戦】天下布武、あるいは<陰>

■イベントシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 15 C

参加人数:55人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月24日〜01月24日

リプレイ公開日:2010年07月15日

●オープニング

 年賀の節会‥‥白馬節会とそれに続いての、伊達と源徳の和睦。
 それは長きに続いた理不尽な戦乱を収束させるであろう事実として、関東のみならずジャパンの人々に希望の光を差し込ませた。
 戦火に包まれた地域にも人々の義による支援が行われており、少しずつではあるが、各所で荒廃からの復興の兆しを見せている。
 また一方で、西国、関門海峡と大宰府は奪還され、黄泉からの迷い人は根拠とする出雲に戻り、西国に在った魔物の禍も神皇親征が功を奏したと世間では誉めそやしていた。
 ‥‥だが。
 天下布武を宣言した後、信じられぬように沈黙を守ってきた平織家藩主代理・岐阜城主の平織虎長は、年賀が終わり和議がなされるが早いか、12日にはその軍勢を動かし始めたとの報がもたらされた。
 その速さは拙速に富む。普通の兵卒であれば3日はかかる距離を、2日で駆ける。
 西国の軍団は中山道を、京を目指して進んでいた。
「今、この日ノ本は乱世である! 信義を失った人道に劣る乱れた世だ。
 儂は乱世の混乱にて一度命を失い、甦りし後も乱世が広がるのを見てきた。
 義と理想は露と消え、ただ謀のみがまかり通る。東海道に憤死した家康公も然り。奥州の伊達殿、西国の関白公。いやさ、一時のはかない平和のために正しき道を曲げるとは‥‥愚かなる所業!
 人の世のみならず、神代より続く業。それを断ち切るは信か、義か? いやそのようなものではこの乱世は救われぬ!
 この乱世を救うには力を‥‥大きなる力をもって一度、馬鹿げた枠組を壊し、砕き、改めて信義を集めねば安泰は訪れん。我が実妹、市の所業をもってしても、それは手ぬるきこと。
 我が元に在るは、神代より伝えられし神々の力。力をもって繕いごと、紛いごとを一切排し、天(あめ)の下、武を布(し)く。‥‥それこそが天下布武、である」
 こうして虎長は高らかに叫ぶと、今まで岐阜城に蓄えていた恐るべき力を持つレミエラ‥‥ヒューマンスレイヤーと数多の魔道具をもって、侵攻を開始したのである。

 神聖暦1005年。明けたばかりのこの年、戦火の火の手がまた上がる。


●勢力状況
・藤豊
 出雲への遠征準備。関東和平について追認。諸侯会議について検討?

・平織市
 西国親征より、京都防衛に移行。

・武田
 武田信玄は現在小康状態(安静が吉)。十二神将が接触?
 京都に本軍あり、諏訪・甲府の防衛力低下。

・上杉
 虎長進軍に合わせて、西国親征の中核軍に配置変更中。

・平織虎長
 兵・各5000をもって、中山道を諏訪と京都へ進軍中。
 また第六天魔王に従うという天魔の姿も?

●今回の参加者

月詠 葵(ea0020)/ マナウス・ドラッケン(ea0021)/ ヒースクリフ・ムーア(ea0286)/ 天城 烈閃(ea0629)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ ニキ・ラージャンヌ(ea1956)/ 鷲尾 天斗(ea2445)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ クロウ・ブラックフェザー(ea2562)/ イリア・アドミナル(ea2564)/ 七刻 双武(ea3866)/ アラン・ハリファックス(ea4295)/ ミカエル・クライム(ea4675)/ マグナ・アドミラル(ea4868)/ リュリス・アルフェイン(ea5640)/ 鎌刈 惨殺(ea5641)/ ミリート・アーティア(ea6226)/ 雪切 刀也(ea6228)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ 土方 伊織(ea8108)/ ルメリア・アドミナル(ea8594)/ 神木 秋緒(ea9150)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ 雨宮 零(ea9527)/ シオン・アークライト(eb0882)/ 風雲寺 雷音丸(eb0921)/ ベアータ・レジーネス(eb1422)/ 神木 祥風(eb1630)/ 将門 雅(eb1645)/ レイムス・ドレイク(eb2277)/ 明王院 浄炎(eb2373)/ 十野間 空(eb2456)/ 玄間 北斗(eb2905)/ ローランド・ドゥルムシャイト(eb3175)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ 十野間 修(eb4840)/ 磯城弥 魁厳(eb5249)/ 梔子 陽炎(eb5431)/ 宿奈 芳純(eb5475)/ エレノア・バーレン(eb5618)/ 乱 雪華(eb5818)/ ルンルン・フレール(eb5885)/ 水上 銀(eb7679)/ リン・シュトラウス(eb7760)/ レベッカ・カリン(eb9927)/ マグナス・ダイモス(ec0128)/ アンドリー・フィルス(ec0129)/ 大蔵 南洋(ec0244)/ 烏 哭蓮(ec0312)/ ガルシア・マグナス(ec0569)/ 琉 瑞香(ec3981)/ リーマ・アベツ(ec4801)/ 賀茂 慈海(ec6567

●リプレイ本文

「大変な状況になっちゃったね」「そう‥‥ね」
 京都にある平織の屋敷。その一室にてミリート・アーティア(ea6226)は、旅支度を整えながら平織市に声かける。
 時は13日、平織虎長侵攻の急報を聞き、各地で大きな混乱が起きている、今まさにその最中。ミリートは伊勢での用事がある忙しい身でありながらも時間を作り、友人であるお市の方の力に少しでもなるべく、その元を訪ねていた。
「ちょっと、こちらも色々とあるけど‥‥終わったらすぐに、駆けつけるから」
「‥‥ええ」
 励ましの言葉と笑みに表情暗く、静かに返した市を見て、ミリートは息をつきながらも力を込め、市の肩をしっかりと抱く。
「いい、一人で抱え込まないでよ。刀也も、他の皆も手伝ってくれるって言ってるんだから。もちろん、市が迷惑じゃない範囲で、だよ‥‥」
「‥‥」
 自分の、そして言葉を託してくれた雪切 刀也(ea6228)の思いを込めながら、ミリートは心のうちを伝える。
 雪切はロシア王国とオーストラリアの国交特使を務めており、両方に顔が効く。この戦の報に本当なら今すぐにでも駆けつけたいところであったが、その縁ある地でも今まさに問題が起きているところだった。
 だが友情の絆はそのようなことで絶えることはない。戦の最中はともかくとして、戦の終わりしのちの復興に、もし立場なくし私人となったとしても力を貸すと、男は申し出ている。
「市には幸せになって欲しい‥‥だから、一人で抱え込まないで。ちゃんと、仲間がいるんだから。私たちだけじゃなくて、多くの、ね」
 それに、明確な返事を返さなかったのは、市の心には何かがあったからだろうか。
 ただ女は顔を伏せ、うなずくのみだった。

 冬景色の向こう、聚楽第の一室にて藤豊秀吉は火鉢に当たりつつ、レベッカ・カリン(eb9927)をはじめとするものたちの提言を聞いていた。
 東西の乱が終われば神皇親政という大改革に向けて、色々忙しくなる。その前準備とも言うべきところである。
「今後の政においては、華国に倣い、科挙を行うべきと思います」
「ふぅむ‥‥まあ、主上はお気に召しそうな、よい案じゃな」
 神皇親政、そして諸侯による会議が行われるとしても、神皇を実際に支える者たちが従来通りの血筋を重視した無能の公家・武家では、結局は立ち行かぬ。試験により、家柄がないもの、または武家の部屋住み次男以下などへ要職の門戸を開いて人材を集め、国全体のためとする、ということだ。鎌倉での学問の都の構想とあわせて、国内外に宣伝の効果はあろう。
 ただその実施には、朝廷が権力的にも金銭的にも、大きな力を持たねばならない。また別の問題としては、隋唐の御世ではこれらの官吏は結局貴族の下に置かれるものとなっていたし、科目や内容によっては受験問題は空覚えだが応用実務に対応できぬ者が多量に採用されることもないとはいえぬ。
「ま、すぐには無理じゃろ。それこそ復興が落ち着いて、何回目かの諸侯会議の議題に‥‥じゃの」
「それでは戦後の策として、関東三分の計はいかがでしょうか」
 アラン・ハリファックス(ea4295)はそして、策の名を告げるとともに関東の絵地図を取り出す。
「即ち三河・遠江は秀忠、房総は伊達、岩槻は秀康‥‥関東を分けて源徳宗家の力を削ぎ、また伊達の更なる台頭を留め置く楔となすもの。血筋は秀忠、力は秀康が上なれば、受けなければ道理にてさらに追求することもできましょう。いかがでございましょうか」
「でしたらあわせて、江戸も朝廷の直轄地にして月道を召し上げ、五条の宮を副帝と号して、イザナミとの和睦に反対する公家とともに向かわせるのはどうでしょう。関東は領土のことについては朝廷の差配に従うとおっしゃるのですから、文句もないでしょうし」
 今回の計、伊達の代わりに義経を上げたところなど詳細は違えど、先日朝廷に提出されたゼルス・ウィンディ(ea1661)の策と共通点も多い。それほど、源徳は嫌われたか。
 だがしかし。
「基本は悪くはない。‥‥ただのう、アランや」
「は」
「そちもそろそろ、政を磨くがいい。ま、そろばんくらいはささっとはじけるようになっておけ」
「と、申されますと」
 かしこまるアランに向けてぱちりと扇を鳴らすと、秀吉はとうとうと語る。
「長きに続いた戦を嫌がる心と早々に結ばれた和睦の希望、そのせいで戦の機運は終わりじゃろ? そこで必要以上に敵を絞れば、口さがない奴らがすわ、猿めの専横かとこれ幸いと騒ぎおろう。それに酒呑童子も西に去った今、東西同時に相手取るのは、ちと辛いのう」
 出雲を中心に西国の黄泉人の被害は大きく、さらには鉄の御所・当代の酒呑童子は京を出て西国に渡ったとも聞く。西国において、復興にかかる金子はいくらあっても足りないことは明白である。そして秀吉が関白の重職にあろうとも、その地盤は月道貿易を始めとする西国での儲けは欠かせない。
 藤豊の施策に対して根強く反感を持つ者も多い昨今、これ以上、明確な敵を増やすのは得策ではなかろう。
「それにのう、源徳の力を必要以上に削げばそこから恨まれるわ、政宗と奥州殿が関東無視して悪い遊びを始めるわと、色々あろうな。義経殿がおられるのであれば‥‥そうじゃな、もちっと力を残し、にらみ合い続けるようにするが慣用か。まあ京の壁代わりにでもなって、小競り合いとかで共倒れになってくれると万々歳じゃな」
「ではそのために、江戸も返してやる、と?」
「うむ。そもそも、宮家と反対派なんて菓子折りに熨斗つけてやるようなことはもったいないわい‥‥ああほれ、主上の慕われるあの男の意見ばかり通すのも、公平ではないじゃろ? どうじゃ、ん?」
 レベッカの質問に耳をほじり、口調とは異なり苦い顔をして答える秀吉。
 江戸に五条の宮を据え、朝廷の直轄地とする案は関白としては確かに魅力。だがその引き換えに五条の宮を大宰府から手放すのは、自領西国の救援施策を引き出すためには惜しいし、手元に置けばすぐにでも動きがわかる反対派の公家など、わざわざ遠くの敵近くに届けてやる必要もない。そして領土安泰は各家の機会平等公平を謳いながら、何をするやもわからぬ北条早雲が望む小田原を渡さぬため、早雲の影響力を削ぐための方便ともなりうる。
「領土をできる限り元に戻す。つまりは咎めなしということで、恩を売ったと思っておけ。世間がそう思ってさえいれば、藪から蛇を出させるなぞ、後からいくらでもできるもんじゃからな」
 ぴしゃりと、秀吉は話を終えるように扇を鳴らした。

「しかし、どういうことなのでしょう」
 敬愛する主人、北条早雲の命に従い集ったリン・シュトラウス(eb7760)と大蔵 南洋(ec0244)は、京の都の一角にて、まもなく始まる大戦の手配を行っていた。
 その戦の相手は平織虎長。だがそれは、今中山道を通り琵琶湖沿いにやってくる、虎長軍との戦ではない。
 敵は本能寺にあり。その情報の元、北条早雲は明智光秀に助力して虎長を討つべく、兵の手配を行っているのである。
 しかし一方では、虎長は関東にも出陣し、また京に迫る大軍を指揮するのも、虎長だという。それはリンでなくとも、首を傾げざるを得ない状況だった。
 虚偽の謀略か、はたまた影武者か。あるいは‥‥。
「からくりがあるのやもしれん。それとも、主殿のような神代の力をもっての所業か。だが今は理由を論ずるより、起きておることに対処するのみだ」
 リンの疑問を聞きながら書状をしたためていた大蔵は、その結論に顔色を変える様子もなく、筆を置いた。
 書状の内容は、富士の樹海に隠したという源徳家康の遺体について、大蔵が駿河の風魔衆に宛てた警戒の指示であった。あと一通は、本能寺及び京都の戦に向け今ここより動けぬ大蔵に代わって、代理をつかわす旨の紹介状である。
 当然、壁に耳あり障子に目あり。早雲からの具体的な指示があるわけでもなく、具体的な場所もそも書かれてはいない。
「ともかく、その場に集うことができなければ、何もなせぬ。それなら、できるものに託すのが慣用だ」
「そう、ですね」
 墨が乾くまでの間と話に興じ、静かに瞳を閉じる大蔵に、リンは別の部屋にて書き上げた、早雲に当てた書状、そして駿河の者たちへあてた手紙を渡し、その思いを託すのであった。

 そのころ西国では、月詠 葵(ea0020)や雨宮 零(ea9527)をはじめとする丹波縁の者たち、あるいはその噂を聞いたマナウス・ドラッケン(ea0021)、マグナス・ダイモス(ec0128)のような異国の者、そして多くの冒険者の行動により、出雲の黄泉人の軍勢との停戦は年末より今まで続いていた。
「なんとか、間に合ったであるな。しかし、やはり暴発したであるか‥‥」
 イギリスでの事件が終わり、すぐさま取って返したヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)は、京に戻ってすぐ虎長軍侵攻の報を聞いた。そのまま出雲の停戦状態を確認すると、フランシスコ・ザビエルと相談し、ジーザス会の兵員を率いて、虎長軍の迎撃・遅滞戦に参加を決める。
 京から出立しての強行軍、時間をやりくりして同様に集った先遣の部隊は、それぞれの進軍速度、各諸侯の偵察や忍軍の調査からすれば、愛知川以北彦根以南で虎長軍と遭遇すると考えられた。今頃、東の高遠周辺でも、関東決戦に向けて時間を稼ぐべく、遅滞戦の戦端が開かれているはずである。
 強行軍の中、遅滞戦術の具体策として決められたのは、ルメリア・アドミナル(ea8594)の提案する策であった。これは同族であるイリア・アドミナル(ea2564)やマグナ・アドミラル(ea4868)が、諏訪の方面でもとる予定の策で、近くの川から水を引いて泥濘を作り、またそれを魔法で凍らせて敵の足を止めるのである。
「しかし、将兵たちはなぜ、奴に従うというのだ?」
「おそらくは、人質がいるのだろう。あるいは、何らかの術を用いているとか、だな」
 リーマ・アベツ(ec4801)が石化の魔法を用いて陣地を整える一方で、陣幕の中、ジーザス会に随伴して参戦したオルステッド・ブライオン(ea2449)の疑問に、平織の兵として参陣したクロウ・ブラックフェザー(ea2562)は静かに答える。
「岐阜城での兵士たちの様子は‥‥尋常じゃなかった」
「人質に術か‥‥ひねりもない、悪魔のやりそうなことだ」
 仏教の教典によれば、第六天魔王は他化自在天の主とされ、他のものの望みを叶え人の欲を満たす。その全ての望み、全ての欲を叶える代価として、人々を仏の道ならぬ、人ならざる道に堕落させるという。ザビエルの見識によればそれは、西洋の悪魔と同じく人の望みを魂の代価と引き換えに叶える力であり、その意味では小細工のない悪魔、デビルらしいデビルといえる。
「今、お市の方の命により、俺たちの仲間が岐阜に潜入し、尾張の平織勢力と計っている。人質を救出し、うまく岐阜城を攻略できれば、こちらのものだ。ここが、正念場だ!」
「うむ、死人や人形のような心なき者は敵ではない。こちらの鉄の信仰、民を思う気持ちをもって、尾張衆の目を覚まさせてやろうではないか」
 さすがに悪魔との戦いには神の使徒を自認するジーザス会、自らが仕えるお市の方の潔白を証明しようとする平織軍は意気高い。
 その他の京都を護るべく集った者たちも、寡兵での戦いにおいて重要な一つである、戦うという意思は大きく高まっていた。

 一方、時は少し後。暗雲漂う岐阜の城下町近くに集ったのは、平織に縁のある冒険者たち。
「城だけじゃなく、城下のほうも人影がないねえ」
「そりゃ、本軍は出払ってるわけだし、何より一益がうまく立ち回ってるんだろうさ」
 城下の状況を見て回ってきた梔子 陽炎(eb5431)の言葉に、水上 銀(eb7679)は当然とばかりうなずいていた。
 今回の虎長軍の出陣、そして岐阜城への冒険者たちの潜入に合わせ、銀はルンルン・フレール(eb5885)とともに、自らが属する滝川一益率いる尾張水軍に呼応を求めていた。一益はその他の平織市配下の武将とともにそれに応え、木曽三川から岐阜方面へ展開して岐阜に対して圧力をかけており、岐阜城に残った少ない虎長軍の兵も、それに抗するために出撃しているようだった。
 ただ、その理由にて城内にいるほとんどのものが出払っていたのだとしても‥‥岐阜の、特に城内の静けさは予想以上のものであった。まるで、生くるものが誰もいないかと錯覚するほどである。
「城の奥に地下室へ向かう道があるわ。女中が食事を運ぶこともあるから、人質はそこで、間違いはないと思うわよ」
「レミエラの工房は別の場所にあるようですね。他にも何か、作っているかもしれませんが‥‥」
「そういや虎長の奴、ずっと静かにしてたみたいだしなあ。レミエラ以外の何か、もっと恐ろしいものを隠してるかも」
 十野間 修(eb4840)とともに先行して岐阜に潜入していた玄間 北斗(eb2905)がそう推測を述べ、おどけて体を震わせると、自らの調べた情報に仲間の情報をあわせ、岐阜城内のそれぞれにあたりをつける。
「では‥‥うまく行った後の連絡、よろしく頼むよ」
「ああ。後詰は任せておけ‥‥魔王の動向必ず、見極めねばな」
 ヒースクリフ・ムーア(ea0286)の返事を受けながら、一行はかくして人質の奪還のため岐阜城への潜入を開始した。

 彦根を過ぎたあたりでは、ついに京都防衛の軍勢と虎長軍が激突を開始する。
「早く、こちらに連れてくるんや!」
「伏兵が救護を狙うかと思ってたが‥‥しかし、この忙しさはないだろ!」
 腕が千切れかけた風で運び込まれた兵士にニキ・ラージャンヌ(ea1956)が治療の法術を使うのと、陣幕の外に治療を待つ兵が増えている様を見て、伏兵を探すこともあわせて救護所の護衛を買って出た鎌刈 惨殺(ea5641)は嘆息する。
 幸いにして本陣近くの救護所や、ベアータ・レジーネス(eb1422)が指揮する後方の兵站部隊を狙う伏兵は確認されなかったが、しかしそれは虎長軍にしてみれば、少数の寄せ集めの兵など、正面からでも蹴散らせると踏んでのことであろう。
 琵琶湖が近く河に事欠かないこの地にて、遅滞の策は、当初はうまく進んだ。泥濘に足を取られた兵卒を狙って放たれるフリーズフィールドの魔法は敵の足を凍り止め、敵兵に、エレノア・バーレン(eb5618)などの冒険者を中心に攻撃をくわえていく。
 だがその途中、将兵の中から多くのモノが、その真の姿を現した。天魔とは言えぬまでも、一般の兵から見れば強力な力を振るう悪魔が姿を現すと、黒き霞とともに空を舞い、冒険者たちの脇をすり抜けて、堤の弱きところを崩すように攻撃する。
「こりゃあ、厄介なことになっとるのぅ!」
 歴戦の勇士、七刻 双武(ea3866)が飛び込みざま嵐の魔法で敵を吹き散らし、ひるんだところに高速詠唱、雷撃の魔法を放って悪魔を焼いた。現れる悪魔は彼ほどの力があれば組し易い相手だが、だがそれだけの英雄となると今この場には、さすがに両手で数えられるかどうかしかいない。
 そんな戦の最中、ふっと大地に影が降りると、轟音、赤黒い炎が吹き荒れ周囲を焼く。
「さあ貴様ら、第六天魔王様の露払いぞ。焼き尽くしてやろう!」
「あれは‥‥歓喜天、か!」
 現れたるは象頭人身、四本の腕に金剛杵を構える悪魔。虎長‥‥第六天魔王に仕えし強力なる八大天魔の一人。
 その出現にアンドリー・フィルス(ec0129)はパラディンの秘法をもって天馬から飛び降りながら空を駆け、呪を剣に宿らせて一足、転移の術も組み合わせて切りかかる。
「ふん‥‥パラディンか。テンプルナイトも来ておる様子、神はよほど、わしらが嫌いと見える」
 天空で始まった戦いに視線を向けながら、そう陣の後方でつぶやくは、第六天魔王虎長。その瞳に宿る妖しき光に漂う悪気は、まさに魔王そのもの。
 遅滞の策と、英雄たちの奮闘に、局地的には押し返されるものの、大勢は虎長軍に有利と見えた折、虎長の視界に、自軍の陣形の乱れと、敵軍の撤退が開始されたのが映りこむ。
「‥‥どうした?」
「西方、琵琶湖のほうより奇襲。兵が乱れております」
「‥‥役立たずどもめが。人質ぐらいでは、命は張れぬか」
 柴田勝家の報告を聞き、虎長は鼻を鳴らして下方の兵士たちの動きが鈍るのを憎く見据えていた。
 泥濘を飛んで越え、悪魔たちがさらに押し込もうとした瞬間、忍者や河童としての力を存分に生かした磯城弥 魁厳(eb5249)率いる伊達軍が戦場の横腹をついた。琵琶湖の水面をぐるりと回りこんでの進軍は、さすがに使い魔の法をもってしても予測できぬ範囲だったか。
 その隙を縫ってテンプルナイトの魔法により力を得た、信仰篤き兵たちが、敵の攻撃を押し止め、陣容を整え直して撤退を開始する。
 そして、この戦闘と1週間は続く周囲の泥濘により、京を目指す虎長の軍の足は遅く、いったんは止められたのである。

 岐阜城の中は人気なく、静謐な空気に満たされていた。忍んだ足音、たわむ床板の音さえ大きく反響するほどの静けさは、ほぼ無人といえるこの城の様子とあいまってか、よりよく不安を掻き立てる。
 その中を用心して進めば、確かに陽炎の調べた場所より、地下牢へと到る道が姿を現した。
「重臣はだれも今、いないのかしら‥‥こちらに戻ってくるなら、説得しないとね」
「そうやな。人質のみんなも辛いやろうし、はよ助けたらな」
 人質救出のため十野間・玄間と別れて先に進む一同の中、周囲を探る陽炎の言葉に将門 雅(eb1645)がうなずいた。その先を見れば、連れてきた忍犬群雲が階段下方を見つつ、早く来るように視線ですがっている。
 ‥‥そのとき、何かの気配。突然、影より染み出でるよう、近くの廊下に気配が現れる。
「ほう。鼠が出て来るかと思っておったが、雌猫どももいるとはな?」
「‥‥そんな!?」
 じゃらりと漆黒の鎧を音させながら、そこに現れたるは今この城にはおらぬはずの、平織虎長‥‥第六天魔王。
「なぜ、ここに。まさか、転移の魔法?」
「わしが、一人だけと思ったか?」
 その当然ともいえる疑問に、魔王はにやりと口端を歪める。
「第六天魔王の力は分割されて封印された。少々時間はかかったが‥‥それを逆手に、地獄にある我らが根源の力をもって、欠片の一つ一つに意思と力を与え、動かしているだけのこと」
 地獄の奥底に眠る悪魔‥‥デビルの本体。かつて地獄がこの世界に攻め寄せた時、近くなりし異界の壁をすり抜けて使われたのが、本体より引き出した悪魔たちの真なる力。
 その力をもって、現世に封ぜられた強大な魔王としての力を分割し、それぞれが第六天魔王として各地に侵攻する。そうすれば軍を動かすのもたやすくなり、また誰か滅ぼされようとも、別のどれかが生き残れば、悪魔として力を蓄え復活は可能である。
「まったく、魔王のくせに卑怯くさいねぇ!」
「いきます! ルンルン忍法、くりてぃか〜る‥‥ひっと!」
 陽炎は叫びつつも、すぐさま用意していた合図の笛を吹き鳴らす。それに応じて、スクロールの魔力にて姿を消していたルンルンが、その透明のまま、第六天魔王の首筋を狙い、見えぬ白刃を閃かせる。
 だが短剣は首筋を薙ぐも、魔力に覆われた魔王の体には、毛筋ほどの傷をつけたのみ。女の一撃の位置から予測して魔王が太刀を抜きざま振り払うと、くノ一はそれをすんでのところでかわし、一同とともに相対する。
「こう数多く現れるなんて‥‥冗談もいいところだね」
「冗談に見えようが、それは全て今起こる現実よ。この第六天魔王の前に現れたこと、悔いて死ねぃ!」
「そうはさせん!」
 その場にいるものを黒炎に包むべく虎長がレミエラを起動させようとした瞬間、窓より漏れるほのかな明かりのエネルギーにまぎれて、パラディンの術でヒースクリフが瞬間移動、現れると、魔王の体勢を崩すよう切りかかる。
 続けて高速詠唱、剣の鋭さを増すと、たたらを踏んで飛び退る虎長の前、騎士が仲間との間に割って入った。
 不意を打たれて崩した体勢を直す中、陽炎と雅は目配せすると、一同を信じて人質を解放すべく、忍犬が呼び待つ地下へと走りこむ。
「‥‥パラディン、阿修羅神の手先か。ちょうどよい、侵攻の先にて抗うものたちに、そして地下にて捕らえたる者たちに恐怖を刻むべく、まずは貴様から血祭りに上げてやるとしよう!」
 その虎長の宣言と高笑いにあわせて、第六天魔王の体からは黒き霞と妖しき妖気が立ち上り始める。

 彦根よりやや南に下った場所は愛知川。その地に今、京を虎長軍より守るために兵たちが集う。
 その中で戦の始まり、前線を担当するのは、平織市率いる平織軍を中核とする部隊であった。
「結局、こうなる定めか」
 小田原から戻ってすぐ、前線を固める平織勢に新撰組の有志とともに参陣した鷲尾 天斗(ea2445)は、刀の柄を確かめながらつぶやく。
「ええ。ついに、兄上との戦いが始まる‥‥そういうことになるわね」
「‥‥すまない。沖田さんを止められなかった、俺たちにも責任はある」
 悲しみとも決意とも取れる静かな市のつぶやきに、鷲尾は神妙に頭を垂れる。
 第六天魔王復活の遠因は、平織虎長の暗殺にあった。その後、死したる彼の復活を望む濃姫の心の隙をつき、悪魔たちの陰謀によって彼の魔神は復活したのである。
 その大元、虎長暗殺の実行犯とされるのが、新撰組一番隊組長・沖田総司であった。沖田は今、上杉謙信の元に保護されているとも聞くが、その真偽は定かならず。
 結果、何ゆえその凶行が行われたのかは、歴史の闇の中に落ちたままである。
「だからこそ、京を守る‥‥自分のけつは自分で拭く。それが、新撰組だ」
「ええ。平織も罪の疑いを晴らすために、今この時、全力で戦わねばならないのです」
「そうですねぇ。平織家にはこのたびの乱の責任、必ず取ってもらいますよ」
 本陣の護衛にとやってきた神木 祥風(eb1630)は鷲尾の言葉にうなずきつつ市を励まし、京の救護部隊との連絡のためこの場に現れた烏 哭蓮(ec0312)は、冷えた微笑を浮かべて、高野山の考えを代弁する。
 虎長侵攻の報を受け、かねてよりの平織家と高野山真言宗の約定を果たすべしと、烏は既知の友人、白翼寺 涼哉(ea9502)の頼みも含めて動いていた。高野山への連絡と同盟の履行は無事に行われつつあるものの、ただ高野山は紀伊の山中にあるがゆえ、防衛戦への参陣は少々遅れる向きと見られている。
「激しい戦になりそうだね」
 神木の指示の元、矢盾を整え戦の準備を終わらせようとする軍勢を見て、戦の手助けにと参加した吟遊詩人のローランド・ドゥルムシャイト(eb3175)は、一つ、竪琴を爪弾く。
「この戦いで新たな英雄が生まれるのだろうか。それを、少しでも手助けできたらいいのだが」
「ああ、そうだ‥‥今度の戦は天魔に挑もうとする人の闘い。この窮地を死地と怖じる事も無ければ理で開かれる活路も必要とはしない」
「いざ、皆のもの、出陣!」
 新撰組の羽織を正しながらの鷲尾の掛け声に合わせて市の鈴のような声が伝わると、改めて遠方より迫り来る虎長軍の影が見える。
「それにしても、沖田さんの剣があれば、少しは楽だったんだがなあ‥‥無いものねだりはしょうがない、か」
 そうして、戦いは始まった。

 愛知川の戦場にて戦が始まってより、早いくばくか。防衛軍も前線の平織軍が持ちこたえた数時間長で馬揃え、陣容を整えはじめていた。
 だが軍がそろうとも、日がたとうとも、変わらず平織勢は前線にて虎長軍と相対し、刃を振るう。
「平織は、神皇様の剣、神皇様の盾! それをよもや主に刃向けるとは! 逆臣虎長に従うこと、恥と知るがいい!」
 手にした名刀を掲げ振り回しての大音声、風雲寺 雷音丸(eb0921)が、平織勢の前陣にて名乗りを上げて威嚇する。
「今からでも遅くはない。心あるものは我と共に戦え!」
「どきなさい‥‥あたしの目的は、虎長ただ一人よ!」
 大音声を越えるように意思叫び、ミカエル・クライム(ea4675)が高速詠唱、ファイヤーボムを叩きつけると、熱風と爆発に虎長軍がひるむ。その隙に、ミカエルの魔法で精神を強めた平織兵が、雪切に率いられて一気に切り込むところ、遊撃の伊達軍に参加したシオン・アークライト(eb0882)が追撃する。
「旦那ががんばっているって言うのに、京都が落とされたんじゃ面目も何もないからね‥‥行くよ、みんな!」
 その掛け声に意気をあわせて伊達軍が進軍すると、敵前線は崩れるように隊列を組み変えて、精気のない顔色のものたちを前に押し出した。出て来た者たちはそのまま何事かをつぶやくと、黒い炎がひらめき、そして攻める京都の防衛兵たちを焼いた。
「なんと、人の身でありながら悪魔の魔法とは」
 義捐の志のもと、愛馬の鋼盾とともに戦場で救援を続ける明王院 浄炎(eb2373)は、その戦場の様子に、思わず驚愕の声を上げた。だがその惨状にもひるまず浄炎は前後を油断なく確認し、賀茂 慈海(ec6567)やニキの待つ救護の天幕へ怪我人を運ぶべく、敵の追撃を盾で押し止める。その向こうでは、ガルシア・マグナス(ec0569)は悪魔ならざる身で悪魔の業を使うものが現れたことに眉をひそめつつも、襲い来る大型の悪魔のみに黒の魔法を一言詠唱、敵の生命を奪い去り、その隙に退路を作り出した。
 続けて寄せる波が返すよう、ファング・ダイモス(ea7482)が弓隊の支援を受けながら突入し、手にした偃月刀で相手をなぎ払うと、レイムス・ドレイク(eb2277)の指示で藤豊勢の槍部隊が複数、衾を作って敵の足を代わる代わる留め置き、戦線を維持しようとする。
「どこだ、どこにいる勝家ぇー!」
 互いの前陣同士が解けあい、乱戦となるかならんやの様を呈し始めたころ、雷音丸は叫びながら、長年の好敵手、柴田勝家を探していた。
 目の前に立った雑兵を切り伏せながら進めば、耳に聞こえるは騎馬の足音。それに振り返りざま斬りつけると、見事な黒馬に乗った偉丈夫が、槍にて重い斬撃を受け止める。
「そこにいたか‥‥しかし!」
 問いかけと剣戟の火花の中、勝家の乗る黒馬は一声いななくと、その背に黒き蝙蝠の翼を生やし、妖しき妖気を漂わせる。続けて勝家が呪言を唱えると、黒き霞が立ち上り、虎長と同じく強力な妖気を発し始めていた。
「悪魔に魂を売るとは…‥堕ちたか!」
「主の覇業に従いて、そのために力を尽くし、自らのすべてをもって奉公する‥‥それが、忠義というものであろう!」
「愚か者が! ならば、もはや言葉はいらん。ここで雌雄を決してくれよう!」
 二人の偉丈夫の吠え声が戦場に木魂し、それを契機に、目にも止まらぬ剣戟の火花が宙に散って舞う。

 虎長が無造作に振った一撃を、ヒースクリフは受け止めて弾くと、その隙ルンルンが印を組む。
「いけぇっ、パックンちゃん!」
 煙とともに呼び出された大蝦蟇はすぐさま虎長に迫ると、その巨大な舌を伸ばして魔王を絡めとった。
 虎長は絡む舌を握り引き剥がすと、そのほんの隙間を狙うよう、乱 雪華(eb5818)の連続の矢が、違うことなく虎長の瞳を射抜く。
「なるほど、さすがこの城に忍び込むだけのことはある‥‥」
 太刀持たぬ手で矢を引き抜き、にじり寄り警戒する冒険者たちを覇気合わせ、潰れた目で睨みつける虎長。だがその表情にはいまだ、余裕が見える。
「だがこの岐阜には地獄に眠る本体への道あり。このわしは、本能寺に向かったものと比べても、第六天魔王の中で、最も力ある一つよ!」
 大音声に合わせて、虎長の刃に地獄の炎が広がり灯る。そのまま力を込めて振りぬけば、威圧に銀が跪き、その返す刃は飛び掛るルンルンを切り伏せる。
「これ以上、先へは、いかせない‥‥」
 装束を朱に染め、そして受けた大きな傷を確かめると、ルンルンは小さくつぶやき、周りの仲間に目配せする。
「やっと見えかけた平和を、ここで邪魔させはしないんだからっ!」
 そして乱が弓を爪弾くに合わせ、一同がまとめて切りかかる。
 鳴弦の弓の退魔の弦音が静かな廊下に響き、第六天魔王を一瞬ひるませると、達人同士では大きくなるわずかな隙に、ヒースクリフの阿修羅神の加護受けた刃が斬りつける。だが魔王はそれに同ぜず、刃そのものを黒甲冑の手で押さえ込み、そのまま騎士を袈裟懸けに薙いだ。
「あがくものだ、人間。何が一体そうさせる?」
「あんたには、わからないだろうねえ‥‥人の絆って奴がさ!」
 ヒースクリフが後退した後、傷を押しながらの銀の攻撃を受け止めて、虎長が力押しに鍔競り返せば、体勢を崩して女ははじけ飛ぶ。
「わからぬな! 人間など、自分の安全のためには仲間を、家族を売る。あるいは絆ゆえに、今わしに従い、京を、江戸を攻める、他人を害する! ここに人質があるのが、その証拠ではないか? 絆ゆえに人守るのであれば、人が相争うも絆が故」
「そうやない!」
 悟ったようにせせら笑う第六天魔王に向けて、響き渡るは女の声。
 見れば、地下牢より助け出されたのだろうか、数十名の人影が、戦いを警戒しながらも地階より姿を見せる。
「人の絆は、思いは、そんなもんやあらへん‥‥それを、証明するんや!」
「人質は何とか、救出できたわよ」
「さあて‥‥覚悟しなよ、虎長!」
 雅の強い語調と陽炎の言葉に、何かを気づき銀が走る。その一撃を無造作に弾こうとした瞬間、虎長の表情に陰りが見え、そして銀の一刀がこれまでになくざくりと、敵を切りつける。
「! まさか‥‥天魔どもは、何をやっている!」
「‥‥あれくらいなら、僕たちで何とかなります。あなたの言う祭壇は、壊させてもらいましたよ」
「誓文も抑えたから、人質も大丈夫‥‥観念するのだ」
 焦りを見せる虎長の後方より現れた十野間と玄間が、傷だらけの姿でそう告げる。
 レミエラ以外の「何か」を危ぶみ探していた二人は、人質救出組と別れ、岐阜城内を探索していた。その途中で第六天魔王と城内に残っていた悪魔に見つかったものの、人質救出組の戦いを囮としてその隙に、天魔を倒して地獄より力を引き出す祭壇を破壊した。同時に悪魔の力が付与された人質と兵を従わせるための誓文書も奪還したのである。
 すでにそのことは十野間の念話の術により、地下牢前で説得と人質の解放を行おうとしていた一行に伝えられ、無事の解放と相成っている。
「だからみんな、大丈夫や! 後は、その悪魔を倒すだけやで!」
「わかりましたっ。野望は絶対、阻止します!」
 力の衰えにひるみを見せる魔王に向け、ルンルンは銀と目配せして、一気に走りこむ。
 迎え撃つ虎長の放つ地獄の業火が一行を包み込むも、その範囲、強さはつい先ほどまでも比べ物にならなかった。
 乱はそれを確認し、残しておいた矢をざっと手に取り複数つがえ、一気に三点、ずらして打つと、収まる熱気の向こうより疾る矢は魔王の額、喉、手と貫き通す。
 同時に、二人のくノ一が刃光らせ斬りつければ、交錯した虎長の太刀に二人が体を切り焼かれるものの、放たれた二撃は人ならざるものの移し身に貫き通り、鎧の隙間より血を噴き出させる。
「この城で、わしが破れるというか‥‥?」
「その驕りがお前の敗因だ。第六天魔王」
「抜かすな、人間!」
 にじり寄り、刹那の停まりの後に刃を振るって、ヒースクリフと虎長が間合いに踏み込む。
 大上段の聖騎士の一撃、魔王の下からの切り上げが交わりしのち、袈裟に切り倒されるは魔王虎長。しかし魔王は目の前の男の腕をつかむと、悪鬼の形相で地獄の魔力を呼び起こし、その身と男を黒炎に包み込む。
「これが絆の力というか。だが、絆と思いそれ故に、市はどうした? わしに‥‥虎長に拘り、ただ世を惑わせた!」
 ヒースクリフが離れたあと、ただ地獄の業火に包まれる虎長は、呵呵大笑、嘲りの表情を浮かべて焼かれていく。
「絆と思いは力となろう。だがそれは両刃の刃、正しきと信じて悪しきを成す迷いの道標よ。‥‥絆の美名に惑って、せいぜい世を乱し続けるのだな、人間よ‥‥」
 そして魔王は大音声の笑いとともにゆっくりとその身を黒き塵へと崩していった。

「虎長軍の将、柴田勝家、討ち死に‥‥御首級は、風雲寺殿とのこと」
 魔力によって戦場を監視していた宿奈 芳純(eb5475)から静かな念話による報せを聞き、にわかに武田の陣は歓声に包まれる。
 柴田勝家の討ち死にと、そして岐阜城奪還の報が戦場を巡る中、岐阜の人質、あるいは呪いの誓文などの縛るものがなくなったこともあわせて、戦場での、虎長兵の士気が次第に目に見えて下がりつつあった。
「そろそろころあいですよ、御館様」「‥‥うむ」
 琉 瑞香(ec3981)に肩を貸されるよう、体を支える武田信玄は、土方 伊織(ea8108)の言葉に諾とうなずくと、その軍配を真っ直ぐに、眼下の戦場に向けて振り下ろす。
 あわせて起こるは、時の声。
「‥‥なんだというのだ!?」
「敵騎馬隊、突如横より強襲‥‥武田の兵と思われまする!」
 人いなくなりつつあるの陣幕にて、疑問の声上げる虎長は報告に、怒りとともに軍配をへし折った。
 平織の使者として現れた神木 秋緒(ea9150)により、武田軍に提案されたのは、戦場極まりし後の武田騎馬隊による側面強襲。そしてその時間と好機を作り出すために、平織の全軍をもって前線を食い止め、また岐阜の攻略に力を注ぐとの約定であった。
 果たして、柴田討ち死にの報に続いての、約定に応じた強襲は功を奏した。虎長軍の壁たる生身の兵卒は、縛られるものなくなったとわかると潮が満ちるように降伏し、それに守られるはずだった悪魔たちが次々と囲まれていく様子が、第六天魔王の手にとるようにわかる。
「こうまでしてやられるとはな‥‥だがそれもここまでだ」
「それは、貴様のほうだ‥‥!」
 崩れていく前線に嗜虐的な笑みを浮かべ、馬を走らせる虎長の上方、突如として叫びが上がると、虎長はとっさに悪魔の馬より飛び降りた。すぐ後、アンドリーの刃が馬を切り倒すと、それは塵となって地獄に返っていく。
「貴様の野望、ここまでとしてもらおう」
「ふん‥‥歓喜天よ!」
 男が構えたと同時、虎長の呼びかけに応えるは、象頭の悪魔、歓喜天。先日の彦根での借りを返すとばかりにアンドリーと悪魔が相対すれば、戦の勢いか、京都防衛軍の時の声が寄せてくるのが耳に聞こえる。
 見やればあれは藤豊勢か、平織勢か。長き槍を構えて突きかかる兵士を虎長は笑い飛ばすと、地獄の業火が辺りに広がり、兵士たちを焼き焦がした。
 その肉と土と草を焼く煙の中、振り出されるは青龍偃月刀。そのファングの一撃を黒外套を引き裂かせて避ければ、続けて振るわれるレイムスの剣を篭手で弾いて、虎長は体勢を直す。
「虎長公、お覚悟!」
「思い上がるなよ。わしこそが第六天魔王、日ノ本の支配の大元なり!」
「それは、こっちのセリフだぜ!」
 平織勢の先導か、新撰組の羽織を震わせ鷲尾が切り込めば、三対一で魔王と人の子らが切り結ぶ。
 レイムスが虎長の大太刀を楯で受け流し、返す剣で突き振るえば、邪法の魔力により傷そのものを防いだ虎長の刃が、男の頭上を死を呼ぶ嵐のようにひょうと過ぎる。
 その影、虎徹と国光、二刀の名刀を自在に振るい鷲尾が迫ると、魔王は一刀、腕で傷とともに受け、黒炎燃え盛る大太刀を大上段で振り下ろし、男の肉と羽織を焦げ切り裂いた。
 間合いを計り、ファングがその大得物を振り下ろすと、虎長は太刀で受ける。その魔力ある超重の得物にファングの技量が加わった、太刀の一点に振り下ろされた一撃に続いて、澄んだ刃の叫びが響き渡り、虎長の太刀はへし折れ、宙でくるくる回って地面に突き刺さった。
「隙あり!」
「なめるで、ないわ‥‥っ!」
 得物を失った虎長に畳み掛けるべく迫る敵に、覇気とともに叫ぶと、第六天魔王の口から黒き炎が吐き出され、辺りは一面地獄絵図と化す。
「平織勢が来ておるのか‥‥では、市をしとめれば戦はいくらでもひっくり返せよう‥‥」
「そうは、させない‥‥!」
 下草に火でもついたのだろうか、煙の漂い始めた戦場に、文字通り矢の雨が降る。伊勢より魔力の靴を用いて引き返してきたミリートが、市への最後の砦となるべく、その全力をもって矢を数多つがえ、数多狙って戦場に降らす。
「面白い足掻きだ。外法の魔力の前では、小雨も同然というに、なぁ‥‥」
「ならば、これはどうだ‥‥!」
 その叫びとともに投げつけられるは、銛に似た巨大な槍。空を割いて迫るそれの直撃を防ぐべく腕に突き刺せば、そのとき槍を中心に大気が歪み、魔王に向けて雷の雨が降り注ぐ。
 それは、東北より霊鳥の力を借りて大返し戻ってきた、天城 烈閃(ea0629)の投げ放った魔槍。遠きは英国にて、自然なる神がその証と授けた神なる槍。
「ケルトの神が力、その身に受けろ、第六天魔王」
「‥‥か、は! 神の力だと‥‥だが、それごときでは魔王は屈せぬ」
 雷撃収まる中、甲冑のみならずその皮膚を爛れさせ煙を上げて、虎長は片膝をついた。だがその目は妖気に染まり、小癪なる人間たちを睥睨しながら、その手に魔力を集わせて、回生の一撃を放とうとする。
「残念だが、これで終わりにしてもらう」
 魔力が放たれる一瞬前、上空に影がさすと、すぐさま、叩き斬られた歓喜天が、塵と代わりながら虎長の前面にどうと落ちる。その一瞬の目隠しに倒れていた鷲尾が力振り絞って立ち上がり、雄叫び上げて切りかかる。
「魔王! 無に‥‥帰れ!」
 アンドリーの黄金刀が光を放ち、鷲尾の斬撃と交錯すると、胸に大きく傷を表して、第六天魔王はがくりと膝を突いた。
「よくぞわしを倒したな。‥‥いいだろう、この場はわしは無に帰る。他の悪魔と、同じくな」
 戦の喧騒が引いていく中、それを耳に聞き、次第に塵に帰るは第六天魔王、あるいはその一部。悪なる恐怖と狂気が消え去るとともに、その体は薄く、消え去っていく。
「だが、第六天魔王は衆上全ての欲に応えよう。貴様らが滅びた遥かなる先‥‥この現世に悪が蔓延る時こそ、我らが天下よ‥‥」
 そうして虎長の体は消え去り、その悪なる笑い声だけが戦終わりし戦場に響いていた。

 かくして、平織虎長の京都への侵攻は、愛知川の戦と本能寺の勝利をもって終結した。
 そのやや少し前、東国関東よりも虎長討ちたりの報が告げられ、第六天魔王により引き起こされた戦の禍は、ひとまずの終わりを見せたのである。
 この戦において、虎長が反旗を翻したる罪あれど、征夷大将軍としての市の決断と京都防衛での平織勢の活躍、そして諸侯会議などの後々の政に関する各所からの推挙もあって、平織のこの侵攻の罪は不問とされることとなった。
 日本国中で起こっていた長きにわたる戦乱はひとまずの終わりを見せ、神皇親政と諸侯会議による新たな政が始まろうとしている。
 西国は黄泉人との戦火の残り火と酒呑童子をはじめとする妖がまだ根強く残っていたが、北は悪路王をはじめとする鬼・魔性を退け、東国は関東大乱が収まり復興に向けて進み始めたところであった。
 中部は神皇の西国親征の中核として力を尽くした上杉謙信、領国甲斐で療養を図る武田信玄を後見とする武田信繁と新田義貞等の面々が、ひとまずの領土と民の安寧を目指すところである。
 そして畿内、平織の領では、岐阜城を中核に魔王の恐怖、災禍の爪痕は残っているものの、それに向けての復興の気風は強く吹く。
 岐阜城にて封ぜられたとはいえ、第六天魔王が地獄と繋ぎし穴が残りしこと、また虎長が真にその命を失いしがゆえの家督の問題もあり、お市の方の目に止まりしクロウなる異国人の婿入りと、岐阜城代への就任が囁かれている。また同じく復興を強固にするためか、尾張忍軍でも頭領滝川一益がついに年貢を納めて奥を娶ったとの話もつまびらかにされていた。
 これらの内の固めだけではなく、お市の方のロシアの友人からの支援もあって、尾張の平織家は神皇の剣として、すぐにでも復興に向かうだろう。西国も義捐の行動をとるものたちの力と、そして戦が終わりし後の藤豊の商いにより、妖の脅威は残れどゆるりと元の姿に戻っていくだろう。
 戦の終わりしすぐ後、いまだ困難は多けれども、大きなる苦難の壁は討ち果たされ、そして平和が戻ろうと歩みを進め始めるのであった。