【ジャパン大戦】黄泉比良坂

■イベントシナリオ


担当:高石英務

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 15 C

参加人数:44人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月25日〜01月25日

リプレイ公開日:2010年07月29日

●オープニング

 黄泉比良坂より迷いでた死者、あるいは太古の神々の末。
 黄泉人と呼ばれるものたちがこの日ノ本に現れてよりすでに幾年か。かつては神と呼ばれし人外の化生の力は強く、京都のみならず、西国は混乱の極みに陥った。
 この災禍を重く見た朝廷は昨年、各所に綸旨を発し、西国への親征を開始した。だが人々の心の諍いは強く、また野望ある者も多い。兵は集うこと遅く、生きるために精気を喰らい、あるいは自らが撃ち殺したものまでも僕として甦らせる恐るべき魔物の魔力により、黄泉より来たりし死人の軍勢は一時、九州は大宰府を陥落させるほどとなった。
 神聖暦1004年末。ついに信義は諍いの心に勝る。各地より続々と集まった大藩主たちの兵は、大宰府を落としてもなおその歩みを止めぬ黄泉の軍勢と関門海峡で激突。この大遠征により無事、勝利を向かえたという。
 時を同じくして各地でも黄泉の軍勢との戦いは良好に進んでおり、神皇の権威を高めるように親征は無事に収束を見せようとしていた。
 年明けて、神聖暦1005年1月。
 年初めの節会にて年賀と戦勝の祈願がなされた後‥‥安祥神皇は力強く、その言葉を告げる。
 出雲へと向かい、災いの種を取り除く、と。

 馬をそろえて進む親征の兵約4万。突然の平織虎長の侵軍に、やや兵を減ずるものの、関門海峡での勝利、そして節会の戦勝祈願のあとで意気は高し。
 対するは黄泉の死人の兵3万。されどその大勢は死したる者の黄泉還りにて、時を置けばその数は増えよう。
 戦局において、死人の女王イザナミは、理由は不明だが丹波東雲城にあった。また死人の本軍は、出雲東部、黄泉比良坂に集結し‥‥あるいは、黄泉から改めて出現しているのだろうか? ‥‥主の命に従い親征軍を討ち滅ぼさんと画策しているようだった。

 生者と死者の戦いは、過去の因果応報、因縁を巻き込み、如何なる結末を見せるのか。

●今回の参加者

月詠 葵(ea0020)/ マナウス・ドラッケン(ea0021)/ 天城 烈閃(ea0629)/ ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)/ ゼルス・ウィンディ(ea1661)/ ニキ・ラージャンヌ(ea1956)/ 結城 友矩(ea2046)/ オルステッド・ブライオン(ea2449)/ アラン・ハリファックス(ea4295)/ 紅闇 幻朧(ea6415)/ 風峰 司狼(ea7078)/ ファング・ダイモス(ea7482)/ 深螺 藤咲(ea8218)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ 雨宮 零(ea9527)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ ベアータ・レジーネス(eb1422)/ フレア・カーマイン(eb1503)/ 将門 雅(eb1645)/ フレイア・ケリン(eb2258)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 十野間 空(eb2456)/ ケント・ローレル(eb3501)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)/ 鳳 令明(eb3759)/ カーラ・オレアリス(eb4802)/ シェリル・オレアリス(eb4803)/ メイユ・ブリッド(eb5422)/ 鳴滝 風流斎(eb7152)/ レベッカ・カリン(eb9927)/ マグナス・ダイモス(ec0128)/ アンドリー・フィルス(ec0129)/ 烏 哭蓮(ec0312)/ 国乃木 めい(ec0669)/ 雀尾 嵐淡(ec0843)/ リンカ・ティニーブルー(ec1850)/ 琉 瑞香(ec3981)/ ガラフ・グゥー(ec4061)/ サイクザエラ・マイ(ec4873)/ 愛編 荒串明日(ec6720)/ 鬼原 英善都(ec6780)/ 剛 丹(ec6861

●リプレイ本文

「‥‥しかし、茶番だな。カオスの魔物に非礼を詫び、和平を結ぼうとはな‥‥」
「彼らには感情があり、話も通じる。イザナミにおいては人との間に子を成すのですから、確かに情も湧くでしょうけれど‥‥」
 時は年の暮れ。京より西に張られた、黄泉人に対する陣幕での会議の途中、オルステッド・ブライオン(ea2449)は皮肉げにつぶやくと、ゼルス・ウィンディ(ea1661)は同意するかのように頭を振る。その話に陣幕に漂った重い雰囲気を感じ、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)は肩をすくめざるを得なかった。
「仕方ないのである。それも、土地柄だろうと理解せねば」
「‥‥土地柄で済むのであれば、な」
 その声に応えるよう、藤豊配下の左近衛将監、アラン・ハリファックス(ea4295)は無表情につぶやく。
 ヤングヴラドの属するジーザス教、そして一般的な西洋人から見れば、イザナミとその眷属は、バンパイアに匹敵する人に仇成す不死の魔物である。オルステッドのなじみある異世界アトランティスでも、デビル・アンデッドの類はカオスの魔物と呼ばれ、世界を破壊するものに他ならなかった。
 長きに渡る戦の被害をなくそうとするためとはいえ、よく言えば未来への寛容、悪く言えば無知ゆえの慈悲に見えるそれを、土地柄の違いとだけで片付けるには、わだかまりは残る。
「上が和平と停戦を行うなら、それに従うまでだ」
 忠誠という点では良きにつけ悪しきにつけ、類を見ず高いアランは、視線の端にレベッカ・カリン(eb9927)が差配する救護の天幕を見やって、一言漏らした。
「だが、数百年前の罪の代価として奴らと和を結ぶのであれば‥‥今この時代に奴らに殺された同胞、泣いた民へ、奴らが支払う代価はどうなるというんだ?」
「‥‥黄泉軍の兵、亡者の多くは、無理やり命を奪われ、望まずに加えられた罪なき人々で、今も負の力により苦しみとともに現世にあります‥‥家族や、友人の悲しみとともに」
 アランのつぶやきに同意するよう、ゼルスはふと、これまでの戦を思い起こす。
 かつての神への汚い裏切りは、また別に見れば、今この時も人が願う人ならざるモノよりの開放、人としての自立であったやも知れぬ。
 人と魔物のみならず、根本では相容れない関係を収めるのであれば、誰かが泣き、誰かが耐えねばならない。
 そして誰が泣くかを決める全てに絶対的な基準は‥‥ない。数でもなく、その者の偉さでも、命の尊さでもない。
「‥‥ともかくである。この国以外でも強大な魔王が出現する昨今、戦わずにすめばそれだけで楽ではあるのだ。では少しの間、任せるである」
「承知した」
 ヤングヴラドにしてみれば、ジーザス会の今後も考え、この戦の一部始終に詰めたいところであったが、魔王と呼ばれる存在が暴挙を振るうのは、この国だけではないことを彼は知っていた。
 悪魔たちの長、地獄の主幹は数ヶ月前には封ぜられたものの、それから時がたった今この時、各地で同時に魔の災厄が襲うのは偶然だけではあるまい。
 縁あった国を守るため、やはり縁ある国より遠ざからざるを得ないのは残念ではあるが、そう思っても体が二つになるわけではない。後詰を承諾してくれた仮面の友人と、その場にいる諸将に一礼すると、ヤングヴラドは足早にその陣幕を去った。

 時は少し先、松の内。ここ丹波東雲城には幾度となく、冒険者たちが訪れていた。
 すなわち、イザナミとの和睦に向けての動きである。
「なるほど、異国ではそのようなことが起きておるとは‥‥」
「この種の話に興味はおありですか」
 イザナミの返事に、そうにこやかに返すのはマナウス・ドラッケン(ea0021)。イギリスにて名高きその騎士の今回の訪問は、ジャパンのどの勢力の裏もない、私的なものであるとされていた。
「それでしたらまた、平和の後にでもご相手できれば、光栄です。それと‥‥僭越かもしれませんが、先だっての神皇への試しの答えを聞きに、都へ向かわれるのも一興ではないでしょうか?」
「‥‥残念じゃが、わらわが都へ向かうことはあたわずじゃ」
 会話の途切れにはさまれた男の問いかけに、渋くイザナミは答える。
「今、直接出向かれるのは、さすがに危険です。もう少しの時が、必要でしょう」
「それが賢明でしょうね」
 マナウスの申し出へのイザナミの返事を謝るよう、同席していた月詠 葵(ea0020)は笑みを浮かべ、イザナミと京の関係に間違いが起きぬよう、監視を申し出ていたマグナス・ダイモス(ec0128)も仕方ないという風にうなずく。
「‥‥あの猪武者のようなものばかりであれば、そうわずらうことはないであろうにのう」
 その様子に、イザナミはふと記憶を巡らす。ほんの少し前、暮れにも猪武者として名高い結城 友矩(ea2046)が、無作法にも真っ直ぐに、停戦と和睦の提案を伝えてきていた。
 多くの、イザナミとの和平を望む者たちが、朝廷と黄泉の者たち両方に、和睦が成るまでの間の不可侵、そして民を害することを禁じる旨を提案している。その案はいったん受けられたらしく‥‥戦線の膠着も理由ではあろうが‥‥年末より数えて一週間にも満たない間なれど、両軍の戦闘は行われていない。
 だが周囲がそうであろうとも、和睦は実際にはまだ成らず。
 また、新たなる子が平和の象徴となり和を成したとしても、かつて封印されし時の裏切りは心根に深くあり、現代にて行われた黄泉人の災禍の爪痕も各地の藩主たちの争いと同様に深い。恨み忘れられぬものは人妖どちらにもあろうし、また悲しきことだが、その解れを見つけて広げること、息をするかのように陰謀と争いを好むものもなくはない。
 イザナミの愛情に感じ入った風峰 司狼(ea7078)、イザナミの赤子のことを気にかけるシェリル・オレアリス(eb4803)、アンドリー・フィルス(ec0129)や雀尾 嵐淡(ec0843)、これまでの経緯より流言蜚語を操り凶事を企むものを危ぶむフレア・カーマイン(eb1503)、リンカ・ティニーブルー(ec1850)、ガラフ・グゥー(ec4061)といった冒険者有志が、停戦が破られることを危惧して、できる限り丹波と京に詰めて警護と警戒を強めていた。実際先日も、関東で噂された凶賊とその仲間と思われる輩を撃退したという。
 その最中にあっては、やはり直接の対話にて解決を望むといえども、争いの火種となりうる疑わしき行為を、わざわざとる必要はない。
「先も告げたように、和を望むのであれば応じる。そのための使者は送るとしよう」
「いつかは直接のお話にて決めたいですが‥‥今は名代として山名様をお送りいたしましょう」
 山名豪斬は丹波の藩主にて、先だって朝廷より神皇軍となるならその罪許すとの約定を取り付けていた。その時は12月の初めゆえ、縁もすぐ近きなれば、朝廷も申し出を無下には断るまい、と思われた。
 月詠はそうして和議に向け、豪斬の護衛も執り行うべく、イザナミに一礼をし席を辞す。

「先日は大塔宮殿のお立場を鑑みることができず、無礼をいたしました」
「気にする必要はない」
 都の一角にて静かに頭を下げる白翼寺 涼哉(ea9502)に、大塔宮は気にした風もなく返答する。
 ほんのつい先日、日の本で行われている無私の人助け、義捐について、ゆえあって白翼寺は大塔宮護良親王と話す機会を得ていた。
 神皇よりのお墨付きが出たという義捐の救済。明王院 月与(eb3600)より始まったそれは、戦禍より人々を助け出すための行いであり、それを理解した者からは有名、匿名を問わずの寄付が成されている。使われたものは多いものの、その額はいまだ金貨にして数千枚という。
「もう冬も半ばを過ぎました。義捐の志に即し互助と自立を促すべく、今は遠方近場ともに、その地の民の間でできることでと、活動をしております」
「それはよいことだ。自らの分、自らの権にて、出来る事を成し、世と他人を生かす‥‥それが、新しい政と俺は解している」
 新たなる政に向けての措置、涼哉は陸堂 明士郎(eb0712)にもこの場に列席を望んでいたが、残念ながら彼は今、主の源義経の元に参陣し、東国の危難に立ち向かっているところだった。
 しかし陸堂の関わる北関東にて発表された神権集約論や、鎌倉での学問の都の構想は、改めて安祥神皇が目指す新たな国づくりの支柱として注目されており、その世を迎えるための戦いのためなれば、この場に同席できぬはしょうがないともいえる。
 涼哉も医療局の名乗りに恥じぬよう、東西の危難に備えて戦傷者や難民を助けるべく、十野間 空(eb2456)やチサト・ミョウオウイン(eb3601)たち義捐の者とともに各地の寺院に働きかけている最中であった。
「‥‥されど」
 はらはらと音もなく降るは雪。そのしんとした中、白翼寺の声が意を込めて告げられる。
「私はその新しい政に向けて、関白殿下の権の采配は、相応しいとは思えません。神皇家の名誉のためにも」
 そうして差し出されたのは、烏 哭蓮(ec0312)が纏めた、関東で反源徳派閥の諸家、特に現地の家臣が成したとされる所業をまとめたものであった。
 だが大塔宮はそれを見つめるものの、手はつけず、ただ静かに言の葉を紡ぐ。
「‥‥では問おう。誰が、相応しいと考えるのだ?」
 静かに降る雪の音、かき消したくはないが、だが伝えねばならぬ強い気持ちを込めた声。当然の問い返しに、男は答えを決め、しかし答えを上げなかった。それも予感していたかのように、大塔宮はとうとうと語る。
「そういうことだ。とどのつまり、誰も相応しいと言い切れん。それこそ俺であろうが、主上であろうが。藤豊、平織、源徳‥‥どこにも傷無き、万人が諸手を上げて認める為政者など、あるものか」
 反源徳派の行動は乱を呼んだと言われるかも知れぬ。だが最初に源徳家康が動かなければ、そも乱は起きなかったかも知れぬ。あるいは、各藩主それぞれ、その行動の理由は何を元とするのか。
 乱れた世の中で、各々が生きるために、各々が理想とする世に向けて行ってきたことに、正誤も貴賎もない。ただ立場の違いによる利害の不一致と、立場が異なるが故の問題の軽重があるのみ、であろう。
「権力を持ち人の上に立つということは、奇麗事だけでは済まされぬ。‥‥朝廷は、新しき世に向けて走るための両輪を必要としている。それが今は、平織であり、藤豊だ。そして荒れた道には車は走らぬ。たとえそれがどのように汚き道でも、今は平らかでなければならんのだ」
 そも、藤豊家臣の命令乱発の罪を問うならば、源徳が鎌倉をはじめとして関東を恣にした罪を問わねばならぬ。五条の宮の反したる罪、伊達と奥州が謀を成したる噂、イザナミが恨みと称して民人を害した罪、北条が家康を討ち取るに到った所以、平織が魔王を擁し叡山を焼いた罪‥‥全てを明らかにせねば、不公平よとどこかでほころびが生まれよう。
 だがその全てを正しくすることは、すなわち、収まりつつある平安を正義の名の元に覆し、戦乱の炎を招き入れかねない。罪を問う問わぬは、正でも義でもない、その判断を下したものの都合となる。
 そも、このようなことを論ずるは、猿が山の大将を争うに等しいか。涼哉の心に友人の言葉がふと聞こえる。
「‥‥新たな世となっても、ままならぬものでしょうか」
「人が、人としての愚かしさも、優しさも捨てて悟り、仏となろうなら、別であろうがな」
 その涼哉の問いかけに応えると、大塔宮は静かに礼し、書状をゆっくりと引き裂くのだった。

 為政者の権を用いての書状の乱発は、威信の低下と世間の混乱を招く。冒険者などの市井からもそう懸案された朝廷では、そういった書状に対して各所より自粛の向きが見え始めていた。
 特にその傾向が顕著となったのは、五条の宮である。
 昨年末より五条の宮よりの紹介状を携えたものが、神皇に目通り直訴を行うということが頻発していた。冒険者ギルドでも、その言葉、その事実が全て真実であるかは別としても、かようの事態があったことについて、報告書が収められている。
 しかる筋を通しての紹介であり、また直訴自体は問題ではなかった。それにより臣下の序列を破るといえども、それこそが国のためと五条の宮も理解し、紹介状を書き記している。
 だが事ここにいたって、その紹介状を持つものが直接、安祥神皇に危険ありうる鉄の御所へと出向け、イザナミと会えと告げたというのである。これには、これからの新しき世を作る大事なる御方に万一の事あってはならぬ、という意見が、今回の懸案とあわせて朝廷の大勢から懸念されることとなった。
 またその流れで、不躾なる輩が臣下であるのか、あるいはそのような行いをするものに紹介状を出すのかと詰められ、かつて反乱を起こし綺麗なる身ではない五条の宮としては、自らの潔白を示さざるを得なくなっていた。‥‥いや、無理にでも白なりと示さなければ、黒とされ表舞台より排除されるのは明白であろう。
 人は、真実のみで生きるものではなく、清きを求めれば水に魚は棲めなくなる。真実と善意が必ずしもよい方向への道とは限らぬのが、ままならぬ世間である。

「神皇様におかれましては、ご尊顔を拝し、恐悦に存じます」
 そう、平伏するのは山名豪斬。丹波守の職に、一応あるものである。
 何故一応、と問われれば、その丹波は黄泉人の跳梁跋扈する地と最近までなっていたからだ。山名豪斬もイザナミについ先日までとらわれており、そのの居城丹波東雲城に今もイザナミが座するところからして、地元ならぬ者からすれば、丹波は魔物に食われたか、あるいは人を捨て魔物の軍門に下ったかと言われても、その者を責める事はできぬであろう。
 その丹波の地も昨年の末、神皇の軍として京都を守ることを代わりとして、イザナミ侵攻とは別の、山名豪斬が精霊魔法を研究せしことなど、朝廷への敵対行為と見られる罪を許されている。
「緊張せずともよい、面を上げよ。‥‥そちたちが来たということは、此度の用向きも理解している」
「さすがは主上、お話が早い」
 続けてイザナミのことでありましょうと神妙な顔のままつぶやく安祥神皇に、山名とともにその場を訪れていた雨宮 零(ea9527)と天城 烈閃(ea0629)は、改めて礼をする。
「イザナミは脈がありますゆえ、今すぐにでも戦の矛を収めるべきです。どうか、お考えを」
 そうして真摯に見つめる雨宮に向けて、神皇は沈黙の後、小さなため息とともに、その言葉をつぶやいた。
「戦の矛は収めよう。だが、和睦は‥‥和議はいたさぬ。できぬ、というほうがよろしいでしょう」
「‥‥なんと!」
 安祥神皇の動ぜぬ答えに騒然とする一座に向けて、神皇は静かに言葉をつないでいた。
「冒険者の方々なら聞き及んでいるでしょう。過去の盟約は過去のもので、今必ず新たにするべきものではない。同じく、盟約を結んでいたという酒呑童子にもそう、告げています。己の意思で決めよ、というのであれば、イザナミであろうとも今この時には、盟約に基づく和議は慮外のこと」
「主上にはお願い申し上げます。どうか、己が目で相手を見、話したうえで、結論をお出し頂きたく」
「‥‥無礼でしょう。そちたちは、今のこの論が、近臣に騙られたが故の早きの結論と、そう申されるのか?」
 安祥神皇は天城の物言いに、それまでとは異なる、厳しき響きをもってきっと睨みつける。
 なお本来、この場にあるものたちのうち、正式に神皇に謁見ができるのは、丹波守山名豪斬のみである。その他の冒険者たちは無位無官ゆえ、神皇が許しを受けて目通りを許されてはいるが、だからといってこの場は無礼講ではない。そも正しきことであれば礼を失し不敬を是としてよいものではない。
「礼儀とは耳学問ではなく心根よりあらわれるもの。自らをわきまえ、心をそも気をつけよ。‥‥鉄の御所への話し合いの席では、話にて決まらぬ故はなんと力で決しようとした者がいるとも聞いています。故に無礼であろうがその言葉、冒険者全てに返させていただきましょう。自分の目で見て耳で聞き、よく考えよ、と」
「それは‥‥どういうことでございましょうか」
 いつになく厳しい調子の神皇の言葉に、雨宮は尋ね返すと、神皇は目を伏せ頭を振る。
「イザナミの告げる裏切りは、朝廷には伝えられてはおらぬこと‥‥約定を忘れ、記録も失ったとはいえ、では、その行いに及びし理由、イザナミの言う通りが必ずの真実であると、何故をもって申されるのか」
 その神皇の問いかけに似た応えに、一同はその場にて、言葉を食む。
 確かに、聖徳太子に騙されたがゆえ封ぜられたることは、イザナミのみ、黄泉人のみの言葉である。人でも当然ある思いによる補正がないとは限らない。また彼らにして見れば不誠実な裏切りであったやもしれぬが、平織虎長と濃姫、お市の方の例を出すまでもなく、立場を変えてみれば後世悪とされることは本当に真実であったろうか。
 誰も、聖徳太子や朝廷の立場でかつてを語るものはいない。故に真実はわからぬが、だからといって貝殻の片割れのみを見てそれを真実として語るは、正しきことではないことは、これまでの歴史もそう告げている。
「‥‥それに新たなる政に向け、そしてこの国の民の平和のためにも、和議を今このまま、受けることはできません」
「何故でしょうか。その理由も、お聞かせ願えますか?」
 思いを込める雨宮の静かな問いかけに、神皇は慮り、軽くうなずき返した。
「過去の朝廷がイザナミを裏切りしことが、真、としましょう。そしてその罪に朕らが謝するとしましょう。では‥‥イザナミとその眷属が暴れ恨みを晴らしたが故に生まれた罪、人々の受けた災禍。それは誰が償うのでしょうか。黄泉人の方々は和を望むのであれば、まずは人の法にて罰を受けることを是としなければならぬのでは? それが成されぬのであれば‥‥民を護る法、秩序を破ることなど、民の安寧のためにも、できません」
 それは為政者としては当然の結論である。和議に入る前より朝廷に罪あり、されどイザナミに罪なしでは、これまでに被害にあったものたちにとって、収まる心がどこにあろう。
 人々が助け合えばよいというのは、そも異なる。当事者ではないものの無償の施しは、罪の償いとはならず、罪償うべきものが償わざると見える恨みを増長させよう。
 それが、上に立つものの感情一つゆえであれば、なおのこと。結果として、同胞を見捨て魔物と手を取り合う神皇の目指す新しい世に従う者はいなくなるだろう。
「そちたちの望み、それに過去の遺恨はよくわかっている。だが、朕は神皇であり、今、この日の本を治める者‥‥多くの民とその未来を守らねばならぬ」
「ですが‥‥この国は今変わろうとしているのではないですか。それゆえに、何卒‥‥ご再考を」
 雨宮の再度の呼びかけにも、神皇は沈黙を保つのみであった。しんと張り詰めた空気は、寒さだけではなく、お互いの心にある緊張の糸の張り詰めようまでも表しているかに思われる。
「改めて告げます。和議はいたしませぬ‥‥されど、剣持て追うこともする気は、ない」
 そうして神皇が侍従に持ってこさせたのは、一通の文。それは雨宮が連絡を取っていた丹波縁の者、河内の豪族楠木正成よりの嘆願書。
「丹波が朝廷の剣として働くのであれば、丹波領内のことは不問に処す‥‥そう、約束したのであったな」
「は」
 神皇の問いかけに、山名は静かに諾と返すと、神皇は改めて書状を開き、その内容に目を通す。
「では、イザナミとその眷属が丹波一国にあるのであれば、丹波のことは丹波にて治めるがよいでしょう。あるいは出雲の元の場にておとなしくあるのであれば、朝廷も乱を起こさぬものを討伐することはいたしません」
 交わらぬことによる平和。それは結局、新しき世を目指すための方便でしかない。
「不満はあるでしょう。だが、今この時を生きる人を守り、新たな国を作るがためゆえ‥‥それは理解していただかねばならぬ」
 そして神皇は、言葉の強さとは裏腹に、静かにその頭を垂れていた。

 出雲より東方、丹波・丹後に程近い山中。その黄泉人の一軍が集うところ、いらだつ響きをもって、しわがれた声が話し合う。
「何を考えておられるのだ、イザナミ様は‥‥? 積年の恨み晴らすまで、後一歩であろうが!」
「何も考えておらんのだろう。自分と、自分の子供が良ければ、それでいいんだろうさ」
 出雲の黄泉人、イザナミの眷属の多くは、イザナミの腹心たる八雷神の力を恐れてか、あるいは自らの大母の命令を敬ってか、停戦の令に服している。だが突然の手のひら返しともいえる状況に、人が抱くのと変わらぬよう、不満の種はまったくないというわけではなかった。
 九州へ攻め込んだ戦には明確な指令もなく、奪ったはずの人間の地はあっさりと取り戻された。それどころか突然、昨年末より人間との戦闘を禁じ互いの陣を不可侵とする命令が発せられている。もちろんその中には、戦に関わらぬ民を襲うベからずとの命も含まれる。それもこれも人間との和睦という、イザナミのバカな了見からだ。
 そもそも、人間たちに騙し討ちされ封ぜられた、積年の恨みを晴らすべく、戦を起こしたのではなかったか。その一族を挙げての大号令を信じて殉じ、命果てたものも当然、人間たちと同様、少なくはない。
「イザナミは物部のことを忘れたか。奴らが力を貸せというから、我らは貸した‥‥だが、人の世を作るなどと奇麗事を述べる彼奴らの敵の手により、我らは封ぜられたのだ!」
「そうだ、このまま勝手を許せば、また我らは計られる。厄介払いをされるに決まっている」
「それはどうでもいいんだが、人間となぜ仲良くしなくちゃいけねえんだよ、なあ? 餌風情と、だぜ‥‥」
 恨みを募らせたもの、あるいは生命をすすることに無常の快楽をむさぼるもの。人に様々にいるように、黄泉人にもまた、様々な者がおり、様々な思いがある。虫獣のように想い無きわけでも、あるいはただ一つの存在に意思が統一されるているわけでもない。
 それこそ人の世にて小さな行き違いにより乱が起きるよう、上なるものの望む流れとは逆の、鬱屈した思いが黄泉人たちの一部には漂い始めていた。
 そのとき、この冬の寒空においてなお、さらに寒々しい風が、闇の中からひょうと吹き荒ぶ。
『そうであろうとも‥‥このままではまた、神代の二の舞となろう‥‥』
 風が声となったかと思う程、寒々しい声が響き渡る。黄泉人たちが見回すのに合わせてそれは、闇夜から染み出すように、ゆっくりと現れる。
「な、なんだてめぇは!」
「待て」
 いきり立つ黄泉人を止めおくは、それよりも上位の黄泉将軍と呼ばれる存在。そのままあたりを警戒しながら、現れた影を睨みつけた。
 その姿、その衣は北の様相か。毛皮を基調にした長衣を身につけ頭に幅広の鉢巻を巻くなれど、瞳は腐れて肌乾き、腐臭に近いすえた臭いを漂わせる‥‥いわゆる黄泉人がそこに立っていた。そしてその見聞の途中、思い出したのか、慌てて黄泉将軍は平伏する。
「もしや‥‥北の、恐山の御仁ではありませぬか。我が、イザナミ様とともに封じられてより、ご無沙汰しております」
「思い出したか‥‥よい、面をあげよ」
 にぃと、不気味に見えるよう顔を歪め、恐山の御仁と呼ばれし高位の黄泉人は、黄泉将軍に習い礼をとる黄泉人たちを睥睨する。
 日ノ本の国には数多の黄泉の口あり。西に黄泉比良坂あれば、東には恐山。奥州に在りし霊場恐山には、イザナミに匹敵する強大な黄泉人の集団が棲まうと噂に聞こえる。
 その黄泉人は甘く聞こえる声で、周囲に控えし別族の眷属たちを見やった。
「汝らも頭に仰ぐを間違え、苦労したようだな。特に、ここ数年。‥‥また騙し討たれ、封ぜられるなどという同じ徹は、踏みたくはあるまい?」
「と、申されますと‥‥」
 いぶかしげな声で囁きを問い返した一同に、邪悪なる笑みをその黄泉人は浮かべる。
「なあに、簡単なことだ。イザナミが汝ら出雲党の恨みを忘れ無視し、人間どもと手を組むのであれば、さようなる間抜けは、我らが大母にあらじ、と思い切ればよい。新たなる敬神として、我ら恐山が立つこともできよう‥‥」
 そう、不満を持つものを誘惑するよう、その黄泉人は告げる。
「所詮人間とは、神代の御世に分かたれたものたちよ。手を結ぶに値せぬ存在。我らが庇護なくば互いに相争い、滅びるほどの愚かなる者たち、それが、人間だ。その道理を忘れたる不敬なるものに、神罰を与えてやろうではないか‥‥」
 そうして恐山の黄泉人が上げる笑い声は寒さよりも黄泉人たちの身に染みるように感じられた。

「どうにか、ならぬものですかのう‥‥」
「戦終われば全てが片がつく。そのように単純な話であれば、すぐに済むであろうな」
 だがそれだけで終えるは源平藤もできぬことよと付け加えた剣呑な声の調子とは異なり、穏やかな表情の上杉謙信と茶をすするのは、国乃木 めい(ec0669)。場所は京のはずれの寺で、謙信が京での寝屋にと選んでいる場所である。
 出雲への親征の中核を担うは上杉だろうと当たりをつけた老婆は、越後での義捐の活動のこともあり、直接話をするべく、この寺を訪れていたのであった。
「しかし‥‥義捐の活動のため、この国を奔走すればするほど、この国の疲弊が著しきこと、よく見えてまいります。民が持ち堪えられず、滅びに落つるのも間もない、かと」
「故に、戦を止めるだけではなく、正しく義ある、秩序を回復せねばならんのだ」
 めいの静かな言葉に、だが謙信は調子変わらずそう切り返す。
 戦が民と大地を疲弊させているのは、国乃木に義捐に関する交渉許可を与えた謙信には、当然わかっている。だが、今の戦を止めただけでは、ただ流れる血が止まっただけのこと。すでに受けたる傷を癒し力を取り戻すには至らぬ。
 正しく義ある世というのは、天地神明に対して、秩序正しく全てが整っているということだ。神皇親政をはじめとした新たなる正義が生まれることで、人の体が療養するように、国も民も秩序だって回復する活性の力を得られよう。
 だが正しき秩序とは、仁愛の志とはまた趣を異にするものである。秩序を正しからしめんがためには、情に流されることがあってはならぬ。
「故にイザナミ、討たねばならぬ、と?」
「少なくとも、新たなる法、秩序に反するというのであれば」
「では、法を守れば‥‥?」
「守ることが出来るなら。そう、朝廷が判断するのであれば、私はそれこそが民の安寧のために必要な義として、従うのみだ」
 つまり上杉謙信の掲げる義とは、今の世を皇統が正しく照らし治めるためのものであり、過去世の、神と人、異なる者がともに生きていたころの盟約を指すものではない。
 そしてその正義は人の世の法である。妖や神がそれに従う由縁はないし、結果として民への害が及ぶことをその法では妨げることはできぬ。
 酒呑童子はそれゆえに、不犯は守るいわれなしと鬼としての性を取り西へと去った。将門 雅(eb1645)が調べた先、鬼国と都の関係も、そも交流が大きくあったわけではなく、それぞれが不干渉を貫いた結果の平和である。
 イザナミもその個人はともかく、その下につくもの全てを承知させられるのだろうか。そも、数百年前の罪の恨みを晴らすため始めた戦を子が生まれたことで止める‥‥自らの感情だけで動くものが法の元に和するのか。
 今、言葉で和を成すというは容易い。だが義に従わぬものを許した上で民が為にと称して後に討つのは、できぬことをできると約するは、それこそ正しき義ではない。
「されば、神は神、人は人‥‥元の鞘に戻し、彼の御神を出雲の地に祀る事は、叶いませぬか?」
「‥‥戦を止めるのであれば、おそらくはそうなるであろうな‥‥」
 朝廷の、人の倫理と法に神を組み入れるのであれば、神といえども法で裁かれねばならぬ。ならば組み入れずに不干渉を貫き‥‥後の世に禍根を残すといえど、今明確なる理ある和を成さぬことが最上とは言えない最上の策か。
 そんな二人が静かに強く言葉を交わす中、湯飲みを置いた謙信の後ろに、揺らめくように現れたるは間者姿の人物。おそらくは、謙信に仕える軒猿か。そのものより耳打ちを受けながら、謙信は溜め息をつくと、饗の用意を下男に申し付ける。
「‥‥人と変わらぬは黄泉人も同じ、か。不満が爆ぜるのであれば、それは両者のためにも、討ち果たさねばなるまい」
 その決意とともに今用意される饗応は、謙信が戦場に赴く前に食す、晩餐の料理であった。

「まさか、それは本当か?」
「間違いないでござる‥‥信じられぬのは拙者も同じでござるが」
 そこは、丹波の国境に程近い、神皇軍の西の陣幕。紅闇 幻朧(ea6415)の問い返しに、偵察から戻ってきた鳴滝 風流斎(eb7152)は眉をひそめて答えた。
 出雲より丹波に迫り、今神皇の軍とにらみ合う黄泉人の軍に動きあり。和睦の機運が広がる中、戦の気配など毛筋ほどもなかった戦線に、その報が突如としてもたらされたのである。
 噂の真偽を確かめるべく忍びのものをはじめとして、偵察に皆が走れば、確かに西方に集う黄泉人の軍勢のうち一部が、停戦の命令には従わない形で陣形を組み、進軍を開始しようとしていた。
「騙された、ということでしょうか」
「いや‥‥つまるところ、あちらも一枚岩ではなかった、ということだろう」
 石田三成と計り京より兵站を整えるベアータ・レジーネス(eb1422)の懸念に、紅闇は頭を振った。丹波に仮ではあるが仕える身である彼が知る範囲では、イザナミが停戦の命が覆す命令を発したという話は、微塵も聞こえていない。
 和睦の話は正式には決まっておらず、和議も開かれぬままではあるが、このまま両陣営とも危害を加えず報復せず、との形で進めば、自然の休戦を迎える向きもあろう。日ノ本との国としての和議はならねども、丹波一国のみの問題であれば不問、というような話の案も出されていると噂は伝える。
 このような時に兵を動かすと言うのであれば、理由は限られよう。
 和睦はそもそも騙りであったか、見えぬ未来への疑心暗鬼に駆られたか‥‥あるいは、何者かの扇動があるか。
「理由はわからんが、これ以上先手を取られれば大事になる。各所に、早くに連絡を」
「わかったでござる」
 現在も進む状況に一同は、それぞれの主従仲間に連絡をつけるべく、あるいは今くる黄泉人の軍勢を止めるべく、四方に散っていく。

 イザナミとその親衛隊、八雷神の指揮する出雲の本軍は、協定を守り、手を出していないことは明らかであった。だが一部の黄泉人は平和という名で復讐を覆い隠す欺瞞を不満とし、また自らが仰いだ大母の心中が異なるのを感じて、自らのために独立しての戦を始めたようであった。
 かような意識が異なるを解せぬままの戦の始まりは、人の歴史を振り返っても、あるいはほんのここ数年、この日ノ本を襲った戦の数々を考えても、おかしなことではない。黄泉人もまた人なれば、人の意思は必ずしも道理に従うわけではなかろう。
 東より平織虎長の侵攻と京都水際での戦が行われようとしている折、西の兵力が一時的に減じた時を衝かれる形となったのは、何かの偶然だろうか。かくして、西方では黄泉人反乱軍との戦端が開かれることとなる。
「おら、気合入れろ! 目の前で、春香姫みたいな娘さん‥‥死なすんじゃねぇぞ!」
 休戦に慣れたかまだ事態を把握しきれていないのか、動きの悪い兵卒をアランは叱り飛ばすと、そのまま手にしたハンマーを投げつけつつ、先陣を切って敵軍に突っ込んだ。目の前の巨大な骸骨が突撃する男に向けて大岩のような骨の拳を振り下ろすと、それをアランは楯で受け止め、戻ってきたハンマーを受け取りながら殴り返す。
「もう少しで収まれば、援軍が来ます。そのときまで持ちこたえるのです!」
 敵は中核を欠いてはいたものの、それは神皇側、人の側も同じであった。上杉謙信率いる軍が敵の横腹をつくに合わせて、深螺 藤咲(ea8218)はその魔力を持って火球を敵軍にぶつけると、肉の焦げる臭いの中、魔法による煙幕で敵の目をくらませながら叫びをあげ、前線の維持と一部兵力、負傷者の後退を狙う。
「おい、こっちのほうを早く頼むぜぇ!」
「わかっています、もう少し待ってください」
 一方、後方にある救護所では、医療局や義捐の指示の元つけられた赤黒青の札を確認しながらケント・ローレル(eb3501)が叫び、レベッカをはじめとする救護の者たちが忙しく動き回っていた。
 札の色は患者の重傷度合いを示しており、効率的な治療行為を行わせるためのものだという。事実、薬や魔法の品を使うに関しては、十分な判断をしやすいものとなっている。
 だが、冒険者たちであれば死する程の大きなる傷を癒すことは簡単であったが、そこまでの魔力を持つものは、今この場には一握りしかいない。治療を続けて戦線は支えられていたが、小さな負傷を負った者まで含めると、負傷者は増えて行く一方だった。
 そのような攻防の数日後、連戦により負傷者の救助と疲労が極地に達し人々の器からこぼれようかと思われたとき。
「こっちのほうは大丈夫やろか?」
 京の東側、平織虎長軍との戦いの一段落に合わせて、ニキ・ラージャンヌ(ea1956)をはじめとする救護の手のもの、義捐の手配による新たな救援と、そして援軍の動きが伝えられる。
「敵は苛烈といえど寡兵。もう一押し、かと」
 続けて敵味方の兵の動きをそう評した琉 瑞香(ec3981)は、すぐさま救護の天幕に入ると、武田信玄快癒祈祷役の名に恥じぬ、その実力にて救護を手伝いはじめる。

「そろそろ、時か‥‥ここまでというか!」
 人の側に東より援軍が加わり始めたる報告を聞き、そう、反旗を翻した出雲の黄泉将軍は吐き捨てると、自らの傷も気にせず抜刀し、そして一同周囲に聞こえるよう、高らかに声上げる。
「聞くがいい、お前たち! 俺はイザナミ様の心変わり‥‥受け入れることは到底できん。故に、ここを死地と定めよう。お前らは好きにするがいい!」
 その宣言に呼応するよう、多数は…‥とはいってもその多数は死人憑きを中心とする、不死の意思持たぬものである‥‥命に従い敵陣へと最後の歩みを進め、今残りの少しは野に下るか、あるいは出雲の本軍へと合流するべく、戦場を疾く、離れだした。
「今回の黄泉人の攻勢は、イザナミは知らぬこと‥‥それで、相違ないな」
「‥‥はい」
 他方、神皇軍の陣。敵の動きの前に陣を整える中、大塔宮の念を押すような問いかけに、丹波に戻っていた紅闇は静かにうなずく。
「‥‥イザナミがあずかり知らぬのであれば、あれはただの反したる敵。そうとして、討つこととしよう」
 言葉を口にし、やや悲しげな表情を浮かべながらつぶやいた大塔宮の命令に、祥雲隊と名づけられた義勇の兵と、関東・関西を襲った虎長軍を撃退した後に集まった諸侯の兵が、迎え討たんと動き出す。
「これが最後の戦となろう‥‥皆、神皇様の剣として、存分に力、振るわれよ!」
 祥雲隊を本陣の護衛と位置づけ、親王の指揮の輔佐を命ぜられたのは、鳴滝の報せに関東の乱収まりしに合わせ、すぐさまこちらに駆けつけた陸堂明士郎。その軍容が整うまでのにらみ合う間に、アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)の提案により魔法、剣技などの得意なる分野で分けられていた部隊が、それぞれに動き、近くの高台の丘に陣を組み上げる。
 その前面に展開するのは、これまではぐれ出雲の兵を抑えてきた上杉と藤豊の兵。相対するは、大勢が死人憑きの、工夫もない突撃をかける敵軍。前陣に位置するアランとファング・ダイモス(ea7482)が、小競り合いの始まった陣の中を先頭切って敵に突撃すると、恐れを知らぬ死人憑きの軍勢が弾き飛ばされ、次第に割れるように動きを止めていった。
「今である! 敵将を討てば、後はただの人形に過ぎぬである!」
 その隙間にねじ込むよう、ヤングヴラドの号令に合わせ、義勇の兵とジーザス会の兵が勢いもって動き、その隙間を広げていく。突撃にあわせ前線よりいったん退いた上杉勢が、敵勢を取り囲むよう回り込んで、逃がさぬように陣を変えていく。
「‥‥さすがは神皇の軍、最後の華にはもったいなさすぎるわ」
 数は上といえど、無脳の死人憑きが主となれば、賢しい軍略などはとることはできぬ。次第に押し込まれる軍勢、崩壊していく戦線の様子を予見していたかのように、黄泉将軍は崩れた顔面を昏く歪めて笑っていた。
「すでに、抵抗は無駄だ‥‥おとなしくするがいい」
「無駄? はは、無駄ではない!」
 敵本陣を取り囲み、将を討たんと黄泉将軍の前に現れたオルステッドの静かな言葉に、黄泉人は何が可笑しいのか大笑いを上げていた。
「これはもう俺の意地だ。主の世迷いに翻弄され、仲間を失い、結果、敵は討てぬ。‥‥恐山の誘いなど関係はない。主が自らの子を第一に見るなら、俺が主の命に従い死んでいった黄泉人の無念を叫ぶだけ‥‥」
 今この黄泉人が浮かべる乾いた笑いは、この黄泉人だけのものではなく、小さくともある、イザナミに従ったものたちの持つ心のしこりが膿み出たものか。
 あるいは、他の別の場所で見た笑みやも知れぬ。黄泉人ではない人の民の、理由なき災禍と何も成してくれぬ天下に、恨みを抱くしかなかった淀んだ心。
 そうして昏き心で大刀を構える黄泉将軍が、一気に吠え、最後の手向けと走って迫る。
「俺が叫ばず、誰が叫ぶか! 誰も叫ばぬ、解せぬ! この戦が、俺の、最後の意地よ!」
「愚かな‥‥」
 救われぬ怒りと決意を込めた叫びに、オルステッドは被りを振ると、最後の止めにとその剣を構える。
 そして交錯、一撃を交わして入れられたカウンターが、黄泉将軍の胴を薙ぐと、その黄泉人の命と反抗の軍勢は潰えることとなった。

 出雲にて発露したこの戦により、数年にわたり西国を巻き込んだ、神代の歴史に端を発する戦の渦は、ひとまずの終わりを告げた。
 イザナミを元とする出雲の黄泉人は、その真の意図は図りかねたが、この反乱は一部のものの暴走と告げ、上申された和睦の機運と反する意思なくば討たぬという安祥神皇の約定に伴い、丹波と出雲にある黄泉人たちへの更なる戦は行われなかった。
 戦は終幕を迎え、その直接の害はなくなりしものの、各地に残る爪痕は大きく、まだ生々しく残っていた。
 近年の戦の中心地とはならず遅々としながらも復興してきたとはいえ、奈良大和を中心とする近畿の地域には、最も長く神代の神々との戦の爪痕が刻まれている。中国地方はイザナミが出雲に到るか、あるいは丹波に籠るかはわからぬが、だが大母に表だって叛意を抱くものたちが敗れた後は、人と交わりすれ違うことなければ新たな戦乱の火種は生まれぬであろう。大宰府を中心とする北九州も、戦収まり人の手に取り戻された今であれば、長崎をはじめとする西国の財力と五条宮の徳により、復興へと早くに歩みを向けることは予期できる範囲である。
 一方で、妖、つまりは人ならぬ者たちによる災禍の火種はいまだ消え去ったとは言いがたかった。
 四国には隠神刑部が策謀を練り、王城周辺より去ったとはいえ、いまだ酒呑童子とその眷族は力残したまま、西方にあるという。イザナミも今はその子とともに大人しくはあるが、かつての奈良の御代と同じく、いつ人々との行き違いを起こし、あるいは新たなる恨みを持って、神なる名による罰という名の災禍を降らせるかもしれぬ。
 だが、義捐の者たちのような草の根の力もある。新たなる時代が‥‥神なるものの力を頼みとする時代ではなく、人が人として歩くための時代が訪れしことを、それぞれが理解したが故の今の道変わる別離は、新しい世、新たな世代に望みを託してのことである。
 未来の世のことは誰も確実にはわからねども、新しい日の夜明けに向けて、人々はその生を、新たなる時代へと歩みを進めていくのであった。