月影を越えて異邦の地へ
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■ショートシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:人
サポート参加人数:12人
冒険期間:08月15日〜08月23日
リプレイ公開日:2004年08月23日
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●オープニング
夏の暑さも和らぎ始め、真夏の月も半ばを過ぎんと時を刻む中、月が深遠を描くその日に開く扉があった。
時をかけずに大地をつなぐその道を、人は月道と呼び、その不可思議で便利なる力を教授しているのである。
‥‥まあ、お足は高いのだけれども。
異邦の地に渡るには、夢の中だけ山のようなお宝か、学を修めて神皇様の使いにか‥‥まあ、普通の方法では無理だろうと冒険者ギルドで腐っている冒険者たちの目の前に、今まさに、一つの依頼が張り出された。
いつもであれば、ごく普通の依頼一つであっただろう‥‥だがしかし。
「月道移動に伴う護衛兼下働きを求む。報酬は現物払い」
やや気になる依頼内容。改めて、依頼によくよく目を通し、要約すれば、非常に簡単だがこうだった。
江戸からキャメロットまで、月道を通して大量の荷を運ぶ。
もちろんその荷は非常に貴重な‥‥少なくとも異国においては‥‥ものであり、何者かに奪われたり、万が一にも事故を起こすわけにはいかないものだ。
そこで至極当然に考えた商人としては、護衛兼下働きの臨時雇いとして冒険者を募り、月道を通ろうというものであった。
さてはて、気になる報酬は。
無料での月道利用。
もちろん、帰りの道は自分の裁量。つまりは、片道切符というわけだ。
「さて、異国の地にいける以外は特に報酬はないが‥‥どうするかね?」
●リプレイ本文
すでに日が暮れ日も次の時へと変わろうという夜中。普通の人々であれば明日のためにと、眠りにつく時刻。
だが江戸城近くに佇む月道塔では煌々と松明が焚かれ、未だ不夜城の様子を呈していた。
その中にある一室。遠き地へと渡る時が来るのを今かと待ち構えるものたちは、皆一様に荷車に乗り、思いを告げたり、ただ静かにその場に身を置いていたり、思うように時間を潰している。
そんな部屋の中には、様々な物が渦巻いていた。
目に見えるものは人と荷車と、それを引く家畜たち。聞こえるものであれば、途切れることのない息と、待たされることへの喧噪と、抑えようとする役人の声。見えぬものまで広げるならば、月道を通った異国の地への、人々が馳せる、白あり黒ありの数々の思い。
色々なものが混ざり合い、この広い、待合いのための一室を満たしている。
「いぎりすで頑張って、いぎりす忍者になるです〜」
部屋の一角で、黒髪の少女が楽しそうにつぶやく。その声に応じるように、日本的な顔立ちの、しかしその瞳と髪は明らかに異国のものである僧兵が、少女の髪を撫でていた。
その上で舞い飛ぶのはシフール。西洋のジーザスの教えに従う小さな小さな少女は、このような混み合った部屋の中でも自由に飛び回っている。
「楽しそうね」
ともに護衛の依頼を受けたものたちの様子に、エルフのウィザードは手にした日本刀をしまいながら赤い瞳を細めて微笑んだ。
「私は‥‥そうね、これを届けるため、かしら?」
「へえ」
冒険者に見えぬその男は、女の声と微笑みに応じて、荷運びの手を止めうなずいてみせる。
「俺の場合は‥‥まあ、あっちに行った妹が気になってな」
「家族思いなのだな」
小さな笑みに寄せられたのか、大柄な、用心棒として雇われた男が一人、話の輪に加わった。
「‥‥俺は遺言に従っての旅‥‥そういう根無し草だ」
「おいおい」
ふと生まれた冒険者たちの話の輪を、雇い主は苦笑しながらのぞき込み、荷を早く運んで荷車に乗るようにうながした。
「あんたらの目的のために、月道を渡るってのは構わんが、仕事の方は忘れないでくれよ? もう、時間もないんだからな」
役人の声が響き、最後の検問が行われつつあるころ、商人は荷の箱を叩いて口端を歪める。
「特にこいつぁ、イギリスじゃあ金になる代物だ‥‥あんたらの月道料金分、しっかりと働いてくれよ?」
「私は、西洋にて見分を広めるつもりです。あなたは?」
隊商の護衛に雇われた志士の一人が、今一人の志士と言葉を交わしつつ、部屋から部屋へと移動する。
月道が開いている時間は短い。その門の鍵を開くことが許されるのは、真円の月が天空に昇る時‥‥その日の深夜にのみ。そして許された時に、月の精霊の導きに従うものの言葉により門が開かれたとしても、その門が形が保つ時は短く、ほんの数分しかもたないのである。
限られた時間を有効に利用するため、月道が開く当日は、管理の役人が厳密に人々を管理し、通行と管理のための費用を徴収する。そして人々は時間よりも早く塔に集って、移動するためのよい場所を確保しようとする。
そのような中、効率よく月道を通るために連なる荷車の音と、青年の異国への希望の声は、神妙に座る初老の侍の耳には、非難の声のように聞こえた。
まだ残る、最後にと舌に納めた祖国の酒の味。その味が消えるころには、心も変わるのだろうか。
そんな思いが流れる中、車に人は月道の開く部屋へとぎっしりと列を成し進んでいく。
「そこ、列を乱すな!」
「乗り遅れても金は返さん、文句も受け付けぬ! 心せよ!」
月道が開く前の最後の忠告と、役人たちが声を張り上げれば、緊張感は否応にも増す。
徒歩の人々は重い荷物を持って荷車の間をすり抜けて、移動の波に取り残されないよう、良き位置を求めて動き回る。
「さてさて、この国とも当分お別れだねえ」
白髪の、眼帯をした男は外をのぞき、見えるわけないジャパンの風景に思いを残し、ため息のように息を吐いた。
「しかし、西洋の地じゃあ、どんなことが待っているのやら楽しみなことだねえ」
「そうだな」
人好きのする男のうきうきとした様子に、隣に座る、エルフらしい耳を持った武道家も、応じて異国で待ち受ける様々なことに思いを馳せていた。
もちろん、月道を個人的に利用する者は、彼らのように遠き地に渡り見聞を広めようという東方の者だけではない。この隊商にもフランクの出と思われる戦士の男が同乗していたし、荷車の外の人々の中からは、自国の‥‥ジャパンにとっては異国の言葉で懐かしさを語り合う商人や冒険者も多数見かけられた。
「お前さんたち、そろそろ時間だ。全員乗っているな?」
雇い主の声に、12人の護衛たちは各人を確認しあい、そしてうなずいた。塔の中からでは見えないが、その時がやってきた、ようだ。
かすかに見える部屋の奥では、正装に身を包んだ術士が一人、魔法を唱えている姿が踊っている。
ややあって、何もないはずの空中に、ぽっかりとした月道の入口が、約束された通りに開いていく。
「さあ行け! 止まるなよ!」
役人の声が響くが早いか、人と荷車の群れは、堰を切った河のように流れはじめた‥‥。
月道を渡るのは、何とも拍子抜けする。入ったと思ったらすぐに、石造りのイギリスの地。扉をくぐるように簡単で、そうと知らなければ詐欺にあったと思うかもしれない。
「さってと‥‥これから荷の確認をしてもらって、店にこいつを運んでと」
雇い主は止まらず荷車を動かしながら、指折りこれからの予定を考え、冒険者たちに微笑みかけた。
「店の倉庫にこいつを入れるまでが仕事のうちだ。今日は寝て、明日、整理が終わったら仕事は終わりになる」
商人は、月道をふさがないようにとがなり立てられる警告の声に鼻を鳴らすと、悪態をつきつつ、冒険者たちに告げた。
「仕事が終われば、あんたらは好きなようにするがいいさ‥‥ま、また縁があったら護衛を頼むぜ?」
そうして月道塔の門をくぐった皆の前には、栄光あるイギリス王国の王都である、キャメロットの風景が目に飛び込んできた‥‥。