月道遣英
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■ショートシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:人
サポート参加人数:8人
冒険期間:09月15日〜09月17日
リプレイ公開日:2004年09月24日
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●オープニング
秋の訪れを告げる風の中、冒険者ギルドに出されるは一つの依頼。
隊商の護衛に人を雇うというのはよくある内容だが、常なる依頼と異なるのはその行き先。
それは‥‥はるか海の向こう。月の道の彼方。
「月道移動に伴う護衛兼下働きを求む。報酬は現物払い」
はてさて豪気なことよと見てみれば、どうやら件の商人は、異国の地イギリスにて、西洋では物珍しいジャパンの産物を人々に高値で売りつけようとのことらしい。
もちろん、運ぶ品はこちらでは二束三文。月道通ればあら不思議、金の卵に早変わり、というわけだ。
だがしかし、鼻のきく奴らはどこにでもいる。そのよい香りが金ならばなおのこと。それを嗅ぎつけた輩に、移動の途中を狙われる可能性は非常に高い。
そこで案じた一計は、月道での移動を報酬に護衛を雇うこと。片道切符であるのなら日程を気にする必要もなし。
もちろんよくあることではないが、たまに、そういった商人も現れる。
どうやら、この月はそういう「当たり」らしい‥‥。
●リプレイ本文
夕去り、橙の色が次第に青と黒に取って代わられるころ。一つの慌ただしい商家の前に女性が戻ってくる。
白き神聖騎士のいつもの趣と比べれば、ただ早い時の散策。ジャパン最後の夕べとして、瞳の奥にその町並みを収めるのであれば、それも納得のいくことであろう。
「ちょうどいいところデス」
月道を通るための最後の荷運び。そのように忙しい商家の前、敷物の上に置かれたちゃぶ台に、女が炊き出しの大鍋を置いて微笑んだ。そして後ろから静かに歩み出た、仕立ての異なる墨染めの衣を纏った女僧兵とともに味噌鍋を取り、護衛の者と人夫に振る舞う。
「せっかく、ジャパンの料理にも慣れてきたのにデスにね」
「あちらでも、お作りになればよろしいかと」
母校の学舎とジャパンの郷土料理を天秤に掛けて肩をすくめる少女に、女僧兵は目も向けず流れるように椀を注ぐ。
「私も、久しぶりのイギリスでございます‥‥メイドとしての技量を磨かねばなりません」
「色々、目的があるものデスネエ‥‥がんばりましょう?」
端正な顔にて意気込む女僧兵を覗き込んだ少女の声に、ええ、と女は一言笑い、応えた。
「しかし、この荷は一体、何であろうな」
月道貿易の利益の大きさは、庶民にも広く知れ渡るところである。故に江戸市内を移動する荷駄も、野党、山賊、その他の気が触れたように富を求めるものにとっては、人のいない野原を歩く旅人とかわりはない。
また月道の開く時は限られるが故に、時は人々の背中を追い立て、その荷の中身の貴重さも合わせると、護衛の緊張はただの荷運びと比べれば否応にも増している。
その警戒の中、初老のエルフは腕を組みながら運ぶ荷の中身を推測する。
「‥‥褌でなければ、なんでもよい」
「は、まさか‥‥最近は大儲けするために十分な数を確保するのは、大変なんだぜ?」
女丈夫にふさわしき侍のぶっきらぼうな推測に、依頼主は荷台の横で歩調を合わせて苦笑する。
「そんなツテがありゃあ、越後屋みてえに今頃江戸で大儲けさ。お足もそうあるわけじゃねえし‥‥それに商人なら薄利多売よりも一攫千金だろ?」
「ふぅん」
くりくりと瞳に子供の好奇心を見せて依頼人の男の後ろ、西洋の少女戦士は、周りをきょろきょろ、問いかける。
「ところで、みんなは何でイギリスに行くの?」
「私はですね」
ジャパン語ではない、少女の問いかけの言葉に、かじったながらも聞き分けて、一人の志士は微笑むと、その笑いとともに背に負った袋に積んだ小太刀をちらりと見せる。
「知り合いの方がイギリスに旅立ったんですが‥‥どうやら、何があったのか」
使い込まれた刀に懐かしむ瞳で男は言葉を紡いだ。
「愛刀を忘れていったらしくて‥‥会いに行くついでに、ね」
「殊勝なことであるな」
エルフは友情の言葉にうなずいて、言葉の後を続ける。
「我が輩は、旅烏という奴でな。だがたまには懐郷の念も生まれる。ノルマンに住む孫と、イギリスの弟子に会いたくなった、というわけだ」
「へー、みんな、色々だねえ」
「おい!」
談笑して和む護衛一行の様子に、片言で聞きながら厳しい声を商人は飛ばす。
「和んでるとこ悪いがな、もうすぐ月道塔だ。時間も時間だし、中は忙しい‥‥きっちり頼むぞ?」
ただその地に留まる人々が眠りにつく時こそ、異国への扉たる月道が開かれる時である。江戸城近くの月道塔には煌々とした灯りが焚かれ、不夜城はその扉を開け放たんと佇んでいた。
塔の一室には月の道が開くのを待ち構える人々と荷駄の群れが、整然と、あるいは喧噪と騒動を伴って集まっている。
異国へ渡るための最後の手続きの時が迫ると、騒がしさは否応に増していく。
月の精霊の力を借りて月道が開く時は短く、真円の月が天空を通り過ぎる間のたかが数分。その短き時を逃さぬようにと、役人の注意の叫びが響き、人々は良き場所を求めて、しかし整然とした列を作るために動き回る。
そして作り上げられた列は、月道が開く旨の言葉が響くと同時に、堰を切った河のように流れはじめた‥‥。
「意外と、簡単でしたね」
「そんなものであろう」
月道をくぐり抜けるには、特に何もいらず、何も起こることはない。扉をくぐり抜けるように簡単な出来事。
そして月道を通り過ぎた先、街中を通り商家の倉庫まで荷を運び終わる時には、特に無謀な襲撃者も、荷の破損といった問題も起こらずに、護衛の仕事は無事終わりを告げていた。
護衛というには物足りないかもしれない顛末に、商に明るい志士とエルフの男は軽く言葉を交わす。
「ところで」
思い出し、男は興味を込めてエルフに告げた。
「その、あなたの勾玉なんですが‥‥交換していただけないでしょうか」
「ふむ‥‥」
申し出を男は一度は受け、交換の言葉に相手の持ち物を見せてもらう。
その中に、一つ、二つ目に止まる品があった。それは、目に飛び込み奥にまで焼き付けるような赤い布一枚。
だが、興味を覚えた途端に一瞬の視線を感じたような気がして、エルフはその思いを振り払う。
「‥‥いや、今回は辞めた方がよかろう。また、縁があったら」
「‥‥そうですね」
エルフの態度に同じく視線を感じたのか、しょうがないという風に微笑むと、男は一礼してその場を辞した。
仕事の終わりが縁の一時の終わり。キャメロットの石畳を踏みしめながら冒険者たちは一人、また一人と街の中へ散っていくのであった‥‥。