【怪盗と花嫁】栄誉ある護衛
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■ショートシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 45 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:03月11日〜03月18日
リプレイ公開日:2005年03月18日
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●オープニング
「しかし、大胆不敵、いや無謀なバカか。‥‥警備をかいくぐり」
マントの街の静かな町並みを、城の窓より眼下に見ながら、マント伯爵ヴァン・カルロスは面白そうにつぶやいた。その振り返った視線の先には、間もなく彼の花嫁となる予定の少女‥‥クラリッサ・ノイエンが座っている。
「私の、愛しの花嫁を奪うとは、言ってくれる」
言葉を止め、そして壮年の男は大声で笑った。若き花嫁はといえば、その声を耳障りなものとしたのか、ただ元気がないだけなのか、うつむいたまま。その様子に目を細めると、カルロスは静かに近づき、クラリッサのあごを取って上向かせる。
2人の瞳の間に、何かの緊張が走った。
「‥‥やめてください」
「‥‥フン」
やや乱暴に手を離すと、カルロスは顔をしかめて鼻を鳴らし、退室しながら側のものを呼ぶ。
「冒険者ギルドへ。俺の、面子に関わることなのだからな」
「しかし、我々だけで事足りるのでは?」
「‥‥無粋な輩は、土臭い奴らに任せておけばよい。それに‥‥」
男の心配を嘲笑うかのように、カルロスは鮫のような笑みを浮かべる。
「俺たちの愛を世間に知らせるには、よい喧伝だろう?」
場所はパリ冒険者ギルドの一室。珍しくギルドマスター自らが前に出て、説明を始める。
「大きな依頼です。マント領領主ヴァン・カルロス伯爵からの、ね」
マント領はパリより約2日、セーヌ川沿いに位置する小さな田舎町である。その閑静な町並みは、貴族や上流階級の旅行先として名が知られている。
噂によれば、現領主カルロスと前領主の娘クラリッサの婚姻の儀が、間もなく執り行われるというのだが‥‥。
「今回の婚姻は、領内の安定に重要な結婚だということなのだけれど、そこに『花嫁をいただく』という予告状が届いたのよ」
そうつぶやくギルドマスターが手にしていたのは、一枚の羊皮紙。流麗な文字と華麗な花の装飾のなかには、たった一言の言葉と、そして差出人の署名。
「これを送ったのは、イギリスを騒がせた怪盗、ファンタスティック・マスカレードとなっているわ。
怪盗は、数名の仲間とともにイギリスを去ったと言われてからは行方知れず。珍しくキャメロットの冒険者ギルドからも注意するように、という連絡が来ていたの。‥‥まさか、パリに来るとは思っていなかったけれど」
そこまで状況を説明した後、心を決めたように彼女は静かに口を開く。
「怪盗は得体の知れない人物だけど、イギリスでは悪魔の陰謀を暴こうとしていたという噂もあるわ。
近頃、パリ近郊でも悪魔が関連する依頼が多くなったし、カルロス伯爵は、裏世界に関わっていると言う噂が絶えない人物でもあるわ。そこに、怪盗が関わってきたとなると、大きな裏がありそうな気がするの」
そうして微笑むと、ギルドマスターは改めて、冒険者たちを見回した。
「ギルドとして、貴族や王室に恩を売っておくのも悪くはないし、大口の仕事ですからね‥‥伯爵より頼まれた花嫁の護衛依頼を掲示しました。幾つかに振り分けてあるので、それぞれの仕事については、係の者から改めて、聞いて頂戴ね」
「あなた方には、城の敷地内にある、館の警護に当たってもらいたいのです」
ギルドの係員は突然降って湧いた大仕事に焦りながらも、集まった冒険者に内容を伝える。
「ええ、マントの街のしきたりでは、花嫁は結婚の儀が近づくと、昔からある館にこもって、身を清めなければならない、というのがあるそうでしてね。閉じこめられるわけじゃあないんですが、自由は制限されます」
手元の木板にひっかくように図を書きつつ、係のものは説明を続ける。
「館は2階建て。1階は食堂兼ホールと厨房、それに物置など。2階には花嫁の間とそれ以外にいくつかの部屋があります。1階から2階へ向かうには、普通は食堂にある大階段から向かわねばなりません。この館の警護をお願いしたいとのことでした」
ついで、係は別の資料を取り出すと、それを読み上げる。
「館には花嫁クラリッサ・ノイエンとその侍女が3人、またカルロス伯に仕える騎士が2名、つくそうです。我々には、それ以外の警備の補強をお願いしたい、と言うことですね。
伯爵にもお近い依頼の内容ですので、そそうのないように‥‥」
●リプレイ本文
「なるほど、そういう人物ね」
パリの冒険者ギルドにて、イギリスでの怪盗の報告書を眺めつつ、ジャック・ファンダネリ(ea4746)はつぶやいた。
それから判断すれば、怪盗ファンタスティック・マスカレードは大胆不敵にして神出鬼没。常に人の予想の外のことを行う人物と言える。
そして、ある種の誇りと正義を胸に秘めた人物だとも。
「‥‥油断できる相手ではない、というところっスか」
「そのようだな」
横でイルダーナフと話を進めるキサラ・ブレンファード(ea5796)とジャックは視線をかわすと、一行は旅支度を調える。
「これは、ヴァン・カルロス伯爵。お初にお目にかかります」
春の日とともに、結婚式に向けての喜びが流れる中。マントの街、カルロス伯の居城にて、サーガイン・サウンドブレード(ea3811)とイコン・シュターライゼン(ea7891)は神妙に礼を取る。
「私は今回の護衛を引き受けさせていただきます、サーガイン・サウンドブレードと申します。お見知りおきを。こちらは‥‥」
「従騎士見習いのイコン・シュターライゼンと申します」
二人の礼を一瞥すると、カルロスは口端を歪めて冒険者を品定めする。
「貴公はパリにて、名が知られておられるようだが‥‥それに恥じぬ働きを期待しているよ」
「もちろんですとも」
柔和な笑みを返事とし、サーガインは言葉を続けた。
「しかし、伯爵様の花嫁を攫いに来るとは、なんて愚かな怪盗なのでしょう‥‥ああ、忘れておりました。これを」
男は思い出し、懐より一輪の薔薇を取り出すと、伯爵に静かに渡す。
「‥‥これは?」
「目印です。今回の騒ぎにて、伯爵様本人の証としていただきたいと‥‥ご趣味では、ありませんでしたか?」
「いや。いただいておこう」
サーガインの問いかけに、喉の奥で潰したような笑いで応えると、伯爵は喜びを隠せぬという風に顔を緩ませた。
「護衛の方、ぜひ、頼んだぞ」
「お任せを。伯爵様はゆっくりとしていてください」
「街は、婚礼の話で持ちきりだったね」
戻って来た李斎(ea3415)は複雑な表情でつぶやくと、部屋の片隅に座った。
目の前には静かに座る少女と、絵筆を握りながら唸る少女が一人。
「でもいいよねえ。結婚なんて女の子の夢だもん」
「‥‥そうね」
目をつむり昇る気持ちで、憧れの思いを口にするティズ・ティン(ea7694)に、クラリッサ・ノイエンは目を伏せ、答えた。
「‥‥なんで、そんなに悲しそうなの?」
「‥‥政略結婚って奴だよ」
無邪気に尋ねる少女に代わって、苦笑混じりで李はささやいた。
「伯爵は黒い噂のある人物だって、ギルドマスターも言ってただろ?」
「あの人は」
突如、言葉を止めるように、クラリッサは部屋の灯火の揺らめきのように告げる。
「私ではなく、私の血筋‥‥領主の娘の地位が欲しいだけよ」
「やれやれ」
「おとなはすぐに」
声に筆を止め、レン・ウィンドフェザー(ea4509)は覗き込むように尋ねる。
「わたしひとりがぎせいになればいいんです、というけど、れんはこどもだからわからないの。あとからなやむんだったら、はじめからしなければいいのに」
その問いかけに、クラリッサは息を少し、飲み込んだ。
「どうしてなのかな?」
「‥‥きっとね、飛べないからよ」
少女の問いかけに微笑むと、クラリッサは大きく息を吐いた。
「もう、空の広さを知ってしまったから。空の‥‥怖さを知ってしまったから」
「?」
「ともかくさ」
眉根を寄せるレンと同じように悩みつつ、ティズは少女に告げる。
「クラリッサが幸せになることが、クラリッサを愛してくれる人の幸せだと思うよ」
「‥‥だと、いいけどね」
その乾いた微笑みは、絵筆に載ることはない。
「片手に、長剣!」
「懐に、金貨!」
「唇に、古ワ‥‥」
「‥‥やめよう」
「なんでだ」
背中で語る合い言葉にジャックが顔を覆うと、キサラは大まじめに問い返す。
「友人から聞いた、ノルマンのヤングにバカウケの合い言葉だが」
「それ、マジ?」
「ともかくじゃ、合い言葉にしては長すぎるのう」
目を丸くするローサ・アルヴィート(ea5766)に合わせ、フランク・マッカラン(ea1690)も苦笑を浮かべる。
「では、こういうのは?」
「‥‥決まったら教えてくれ」
話し合いの後ろ、友人の真実がどこかを悩みながら、キサラは罠を仕掛けるべくその場を離れる。
「でも、花嫁姿っていいなぁ‥‥あたしにも誰かいないかなぁ」
「いいことばかりではないけど、ね。望まない結婚は、本当の幸せではないんだから」
衣装合わせの様子を思い出し、うっとりとする女に、ジャックは頬をかくと、興味を持ったフランクとローサの耳元に、そっと耳打ちする。
「彼女は伯爵を愛しておらず、結婚を望んでいない、ということさ」
「ほお」
「でも、なんで?」
「‥‥何を話されておる?」
いつの間にか後ろに立っていた騎士の声に、一同は身を固くする。
「いえ、ただの打ち合わせですよ」
「ならば、よろしいのだが‥‥怪盗は手練と聞く。そのためのお前ら冒険者だ。しっかり働け」
話の内容に気づいた様子もなく、騎士は面頬の向こうより、ジャックの言葉に叱責する。
「‥‥何、あれ!」
皮肉げに告げた騎士が館へと入るのを、ローサはほおを膨らませて見送ると、一方、ジャックは瞳を険しく細めていた。
「どしたの?」
「ちょっと、気に入らない‥‥怪しい態度だな」
「そんな気はしたが‥‥気の回しすぎじゃろう?」
「だと、いいですけどね」
「我々に魔法をかけることは認められんな」
「なぜです? 危険はありません。魔法が使えなくなるだけです」
騎士の剣呑な声に、サーガインは微笑みを浮かべる。だが態度を崩さず、騎士は男を睨みつける。
「騎士は魔法を使うからだ。それに‥‥」
そうして言葉を切り、男は後ろに控える侍女を見やった。
「黒の神のお力には、精神の弱った‥‥魔法の使えないものの命を奪う魔法があると聞く。民人を、危険に巻き込むつもりか?」
「‥‥確かに」
男の言葉にサーガインは渋々うなずくと、館の巡回へと踵を返した。
「さって、お仕事お仕事!」
「みんなも、がんばろうね!」
小難しい話が終わると、侍女たちと同じ服装で限間時雨(ea1968)とティズは意気込み、南の出身だろうか、彫りの深い大柄な女性と連れ立って歩く。
「では、お茶の用意でも‥‥クラリッサ様が待っていますわ」
「うん!」
「こちらは任せてくれ」
「クラリッサ様のオーラも、感じられるようになりましたしね」
扉の前に陣取るジャックとイコンに見送られると、数名の侍女は階下へと降りていった。
館に夕日の色が照りかえり、灯りが滲むように照り始める中、フランクの目端に動くものが映る。
「もしや」
「‥‥ハーハッハ! はじめまして諸君、私が怪盗ファンタスティック・マスカレード!」
ややのためらいののち投げやり気味に、城壁の人影は高笑い、杖を掲げてマントをひるがえした。
「出たわねっ!」
城壁へと駆けるフランクとキサラを見つつ、ローサはショートボウを引き絞り矢を放った。
空を裂く一撃は男の皮一枚を裂き、赤き傷を夕闇に浮かび上がらせる。
「て、めぇっ!」
歯噛みとともに男はナイフを取り出すと、呼吸を一つ、集中した。
「!」
鋭く闇を裂いて投げられた一閃は、追撃を狙っていた女の腕を捕らえ、さくりと突き立つ。
「お主の相手は、こちらよ」
「うぜえんだよ!」
走る老爺の挑発に息を整えると、男は杖に逆手を添えて滑らせる。
杖が二つに分かれて白刃を閃かせると、仕込み杖の居合いの一撃が夜空を飛んだ。
「‥‥浅い!」
ざくりと走る裂傷をフランクはそう判断すると、一気に城壁に近づき、中の通路へと滑り込む。
「貴殿はいかなる理由で、クラリッサ嬢を誘拐しようというのだ?」
キサラが襲撃を告げて鳴らす笛に負けじと、壁に反響させながら、老爺は声を張り上げる。
「それとも、なにか知っておるというのか?」
城壁の上に出た瞬間、返答とばかりに突き出される一撃。
その刃を盾で受け止めると、フランクと怪盗は間合いを測って、じっと対峙する。
「このままでは危険です。みなさんと一緒に、避難を」
「そんな」
外の騒ぎに侍女の一人がつぶやくと、クラリッサは目を細めて、身を震わせる。
「ちょっと待って」
手を取る女の仕草に、限間は目を細め、それを制する。
「お久しぶりね、怪盗さん。覚えているかしら?」
「‥‥気がつかないようにしていたのだがね。火遊びが好きなお嬢さんだ」
振り返った大柄な侍女の顔は、女性のそれではなく、獲物を狙う鷹の眼。クラリッサの掌を放すと、服に手をやりひるがえす。
服の幕の向こうより現れるのは、黒き革服に身を包んだ、怪盗ファンタスティック・マスカレード。
「紳士ランクは合格点ね」
「仕事は終わり、あとは‥‥かわいそうな籠の鳥を連れ出すだけだった」
限間の言葉に瞳を細め、取りだしたマスカレードを整えながら、怪盗はつぶやく。
「しかし障害がある方が面白い」
「マスカレード、なぜクラリッサ殿を狙う? 正義はそこではないはずだ」
「目的は達せられた‥‥ならば、今回はお引き取り願えませんか?」
喧噪に気づき扉を開き、ジャックとイコンはすぐさま怪盗に問いかける。
「彼女が残ることは、正義ではないのだ。か弱き乙女が醜き輩の毒牙にかかるのを見過ごすのは‥‥紳士ではないだろう?」
「貴様っ」
その一言の意味に、騎士が剣を構えて飛び出した。マスカレードはその一撃をかわすと、一条の閃光のごときレイピアを突き出す。
交錯する一撃の勢いに、騎士が弾き飛ばされ廊下へと転がった。
「マスカレード!」
「おじさんは、クラリッサを幸せにしに来たの?」
「‥‥ああ」
ジャックの叫びに重ねて尋ねるティズに、マスカレードは焦れた笑みを浮かべるのみ。
「知っているようだな」
ぐたりとなった騎士からの返事。しゃがれた声に一同の視線が集中する。
「女を攫われると困るんだよ‥‥いい筋書きが思いついた」
突如跳ね上がった騎士の篭手が外れ、中から醜い爪が飛び出すと、怪盗の衣服に裂傷を走らせる。
「怪盗と冒険者は相打ち。絶望したクラリッサ嬢は、希望を全て失うというのは、どうだ!」
「なんなの!?」
「見覚えはないかね?」
限間の声に怪盗は静かに笑う。
同時に面頬が外れ、鉛色の醜い皮膚と裂けた口が露わになる。
それよりも早く、怪盗は改めてデビルに切り込んだ。だが剣先は敵を傷つけることなく、弾かれる。
「今はこれが精一杯、か」
「どういうことです? まさか‥‥」
「世界を蝕むもの‥‥デビルの力の一端だ。覚えておきたまえ」
怪盗の言葉にあわせるよう、暗器を構えようとしていた限間に、デビルは飛びかかった。その鋭い爪に服が切り裂かれ、数滴の血が舞う。
女はシークレットダガーを振るうも、魔力なき一撃は傷を与えることはない。
「くらえ、なの!」
先回りしたレンの詠唱が完成すると、その手より一条の黒き光がデビルへと伸びる。重力の力を得たその光は、大きく敵の身体を歪ませ、血を吹き出させた。
だがそれにデビルは口端を歪めて哄笑する。
「もっとやれい‥‥二度目は効かぬ!」
「エボリューション‥‥デビルの力だ」
「なら!」
口惜しそうな怪盗の声に、ジャックはニードルホイップを取り出すと鮮やかに操った。
その動きにデビルが絡め取られると同時、甘き言葉が醜き口より漏れる。
「貴様。お前が戦うのは俺ではないだろう? 周りの、うるさい奴らだ」
「‥‥そう、なの」
魔力を込めた言葉がレンに染み通り、その意志を奪っていく。
その時魔力のマントにより隠れていた李が、少女を足払い、取り押さえた。
「!」
「喰らいなさい!」
李の動きにひるんだ隙、イコンが銀の短刀を突きたてると、悲鳴とともに血が舞い、空気の中に消えていく。
「下等生物が!」
「言うね‥‥まかせたよ!」
盾を手放し魔力のこもったメイスを取り出すと、李はイコンにレンを任せて殴りかかった。
怒りとともに突き出される爪を盾で受け流し、鈍器を勢いよく叩き込むと、いやな音が響いて敵の身体をふらつかせる。
「‥‥なるほど、2度目は無くとも1度目は効く‥‥」
ティズに眼で伝えると、ジャックは唱えていたオーラの力を少女の剣に纏わせた。その力を確認すると、ティズは勢いよく重さを載せた斬撃を叩き込む。
「ええいっ!!」
「が、はぁ!」
袈裟懸けに斬られたその傷をデビルは憎々しげに見、顔を歪める。
「だが、貴様らにもう手はない‥‥俺の勝ちだ!」
「残念だけど!」
デビルの勝ち誇った笑いの向こう、ティズは剣を捨て、手斧を取りだした。
それにあわせて怪盗は神言をつぶやくと、神の力を黒光として叩きつける。
力に歪み、ひるんだその時、魔力のこもった斧が叩き込まれると、デビルが自分の末路を理解するよりも早く、その命を奪い去った。
「見事だ。冒険者がこれだけの力を持っているとはな」
現世での仮初めの命を維持できなくなったデビルが霧散する中、怪盗は心からの賛辞を冒険者に与える。
「まもなく、この国に面白いことが起こるだろう‥‥それを解決するのは君たちだ」
「待て、一体あなたの目的は‥‥」
「時間だな。身はいといたまえ。デビルのように、悪の根は潜んでいるものだ」
ジャックの問いを無視するように放たれた言葉。それと同時に、城壁に爆発音が走った。
地所が揺らいだその時、怪盗は窓の縁に立ち、目の前の光景に怯えていた少女に微笑みかける。
「‥‥あなたは‥‥」
「全てが終わるまでに。籠の鳥が、ふたたび飛び去れるよう、約束しよう」
そして言葉が終わるよりも早く、怪盗は夕闇に姿を消していた。
「冒険者たちは帰ったようだな」
マントの街の一室。カルロス伯爵は控える騎士の報告にただ笑みを浮かべるのみであった。
「‥‥怪盗の一味は、許してはおけぬな。我が花嫁殿を狙い、冒険者たちを扇動し、悪魔を城に引き入れ、あまつさえ城壁に傷をつけた」
「まこと、御意に」
平伏する騎士は、力に恐怖しているのだろうか、忠誠を誓っているのか、それとも‥‥。
「ノルマン王国はウィリアム三世陛下に仕える私に、反逆するもの。‥‥どう思うかね?」
「罪に、是非もありません」
思った通りの騎士の答えに、ヴァン・カルロスは口端を歪めると、大きく言葉を告げた。
「近隣の領主の方々に伝えたまえ‥‥怪盗ファンタスティック・マスカレードはデビルと通じた、神への反逆者、処罰されるべき大逆のものだとな‥‥」