【黄泉の兵】骸
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■ショートシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:03月22日〜03月27日
リプレイ公開日:2005年03月30日
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●オープニング
一つ立つ灯火の灯りだけが照らす、陰陽寮の一室。
その薄闇の中で、奇妙な文様の描かれた占い板を前にして、静かに念じる男が一人。
ややあってその瞳を静かに開けると、男は流れるように立ち上がって部屋の外へと歩み出る。
「どうされました?」
「ただ、よくなき卦が出ただけよ‥‥」
男は廊下で待っていた配下のものと、陰陽寮の廊下を歩みながら、鋭く瞳を細めて答えを返した。
「よくなき卦で、ございますか?」
「昨今の妖どもの暴れよう‥‥江戸での月道探しに現を抜かしている場合ではないということかな。京都守護と検非違使に急ぎ通達せよ」
ぱちりと扇子を閉じながら、ジャパンの精霊魔法技術を統べる陰陽寮の長、陰陽頭・安倍晴明は、矢継ぎ早に伝令に言伝を伝える。
「京都見廻組と新撰組、だけでは足りぬだろう。やはり‥‥」
晴明は思案に暮れながらも、陰陽寮に残り資料を捜索すべく、書庫へと消えた。
「京の都の南に向かうこと」
‥‥それが、京都冒険者ギルドにて布告された依頼であった。
その依頼人は陰陽寮、京都見廻組、新撰組と多岐に渡るが、全て、同じ場所に向かえとの内容は共通している。
「何でも、陰陽寮に託宣が下ったそうだ」
そう告げるのは冒険者ギルドの係員。まだ開いても間もないギルドゆえ、一度にやってきた依頼を整理するのにてんてこ舞いという様相だった。
「陰陽寮の頭、安倍晴明様の占いによれば、南から災いと穢れがやって来るんだと。物騒な話だが、あのお方の話じゃあ、無碍に嘘とも思えねえし、京の南で怪骨やら死人憑きやら、妖怪が群れてやがったという噂も入ってきてる。
‥‥それに、京都見廻組や新撰組も動いてる。陰陽寮の力添えもあって出来たギルドとしちゃ、動かんわけにはいかんのよ‥‥ぜひ、力を貸してくれや?」
ギルドの係員は絵図面をなぞるようにしてその村の大体の位置を示すと、神妙な面持ちで言葉を続ける。
「村が一つ、連絡が取れなくなったんだ」
その瞳や口調には、全く冗談の色は感じられない。
「普通なら毎日のように連絡が来るわけじゃないから、気にする必要はない。だが、その村との連絡が取れなくなった時っていうのが、占いの時とあうってわけさ」
渋い顔をした係員は一息でそこまで喋ると、集まっている一同の顔をぐるりと見る。
「周りの騒ぎでもわかるように、妖怪どもが出没している状況だ。ほんとは勧めたくないんだがな‥‥腕の立つ奴や都の方々は、もっと大きな化け物が来るかもしれないってんで、様子の確認がお前さんたちに回ってきたってわけだ」
村は山間の小さな村。家は10戸もなく、村人の人数も30は越えないだろう。
「何が起こってるかわからないからな。無理はするんじゃないぞ」
●リプレイ本文
「結構、依頼って準備が必要なんやなあ」
用意し忘れた道中の食料を、高い値段で購入したことを思い出しつつ、涼妙玲(ea1470)は肩をすくめて先を歩いていた。
道なき道、というのが妥当かもしれない、細い山道を、冒険者の一行は連絡の途絶えた村に向けて進んでいる。
「途中の街道はそれほど荒れていなかった‥‥不幸中の幸いか」
「ええ」
街道脇の草の様子を思い出す津上雪路(eb1605)の声に同意しながら、桂照院花笛(ea7049)は小さく言葉を続ける。
「村より外には、まだ手が伸びていない、ということでしょう‥‥」
「‥‥きっと、誰かいるよ!」
「何かで身動きが取れないのかも‥‥見もしないうちから、諦めるのはまだ早いですよ」
「そう、ですよね」
涼と大空北斗(ea8502)の励ますような声に、花笛も納得して頷いた。
だが、藤盛裟嬌(eb1587)の瞳には、なんの変哲もない雲も、凶事の前の静かな前触れとしか映らなかった。
言葉は、失われるものだ。グロリア・ヒューム(ea8729)は北斗の言葉を聞き、そう思うしかなかった。
「もう一度‥‥」
「‥‥村の、田畑に倒れている人がいます」
北斗の唇を噛むような答えに、女は仕方なく、信じざるを得なかった。
山間の斜面にへばりつくような村。その入り口からは、道が田畑を左右につけて長く並び、その向こうには村の家屋が建ち並ぶ。だが昼近い村からは炊事の煙は見えず、眼前に見える村には倒れたまま動かぬ人が見える。
「‥‥早く、生存者を捜さんと!」
「待ってください‥‥こっそりと行きませんと」
「だよな‥‥首筋はチリチリしてねーけどよ」
すぐさま動こうとする花笛と涼を佐々宮狛(ea3592)は止め、朱鳳陽平(eb1624)も周りを見回して、感想とともに後ろ頭をかきむしる。
その耳に聞こえるのは、空気の音と、小鳥の囀りのみ。葉の擦れ合う風の音さえ、騒音と聞こえるくらい。
「何が潜んでいるかわからん。慎重にいかねばな」
「わ、わかったよ」
そうして、ゆっくりと、しかしその真相を探るための捜索が行われる。
「できましたよ」
すでに夕過ぎ。村の一番端にある猟師の見張り小屋に、鍋を拝借した佐々宮が料理を運んできた。
だが、その場に漂うよい匂いとは裏腹に、冒険者たちから希望の言葉は漏れていない。
田畑のあたりとその周りの森に倒れていた、村人と近い数の死骸の風景が、頭の中で反芻されているのだろう。
それは、老若男女は全くの別なく、選ぶことが罪悪であるかのように害されていた。
「死骸は全て、刀での一撃、か」
「‥‥惨いことです‥‥せめて、成仏を」
重い空気のなか進められる夕餉に合わせ、津上と花笛は確かめた死体の状況を思い出す。
周りの土をかきむしった後や、筆で塗りたくったように跡を残す血の色は、切り倒された瀕死の村人が、死を身近に感じながら苦しんださまを物語っていた。
だがその傷が何の存在を意味するか、明確に答えられるほどの知識と余裕は、今の冒険者たちにはない。
「‥‥まさか此処までとは‥‥人の世は死に満ち溢れているとは、うすうすと、思っていましたが‥‥」
「‥‥見張りはぜってー、はずせねえよな‥‥」
独り言のような藤盛と朱鳳のつぶやきも、静かな夜の小屋の中では大音声のように思えた。
日はすでに昇り、春の陽気が呼び戻されてくるころ。
死臭がすぐには広がらない時期というのはある意味、幸運だったかもしれない。
「‥‥」
村の真中に転がる死体を見て、花笛は魔力を込めて、静かに合掌する。
一戸ずつ回った家々には、やはり生気というものは存在しなかった。
「‥‥どこにもいないな」
「気をつけてください」
死体の転がる中、一同は一際大きな、村長のものであろう屋敷に近づいた。
縁側に張られた、閉ざされた板戸により、中は昼間だというのに暗く、よく見通せない。
がたりと音を立てて一同は屋敷に立ち入り、元から予定していた並びで、それぞれ配置する。
「誰か、おらへんかー」
人捜しにしてはやや小さな声で涼は呼びかけ、暗く沈んだ屋敷の中を見回した。
極度に荒らされた様子はないものの、人気というものはどっかに行ってしまったようで、涼しげな、やや黴臭いにおいが鼻腔をくすぐる。
その中を一歩一歩、冒険者たちは踏みしめた。
その時。
不意の一瞬、ただ木戸の割れる音のみが響き、飛び出してきた何かが、花笛に向かい白刃を振るった。
白刃は確実に女の身体を切り下ろし、ただならぬ血を霞のように舞わせると、返す刀で佐々宮の肩口に、血糊のついた刀を叩き込む。
「‥‥!」
「しくった!」
朱鳳はニ人が倒れる瞬間、舌打ちとともに剣撃を飛ばした。一撃は相手の鎧を穿ち、欠片を宙に舞わせる。
それは、干からびた肉の付着した骨、であった。古びた、しかしまだ強度の残る鎧を身につけ、口を通る息ならぬ空気の流れは、怨嗟の声を上げているかのように聞こえる。
次瞬、現れた時と同じように、それは突然、跳躍した。
一歩で朱鳳との間合いを詰めると、剣豪の素早さで刀の刃を立て、侍一人を切りすさぶ。
「お願いします」
「無理はするな、生きて戻ることが私たちの使命だ」
膝をつく朱鳳を目に、藤盛の要請に津上はオーラの力を集わせて、その刃を強化した。
「五月蝿いですね‥‥もう死んでるんだから、そこで寝てなさい!」
血刀を構え立つ死の侍に向けて、藤盛はオーラの力を得た刃を鞘に納め、神速、振り払った。
その一閃は身動きできぬ侍を捉え、首骨の硬さを男の手に伝えながら、ぐらりとよろめかせる。
だが放った技には思うほどの切れ味はなかった。音もなく口を開き、死霊侍は横薙ぎ、刃を振り払う。
受け止めた刀と刀が火花を散らせると、続く一撃をすんでのところでかわし、藤盛は改めて距離を取った。
「何とか、下がってください」
「その前に、こいつを倒さねばな」
改めて集中し、オーラの力を溜める津上を見て、北斗は一心決め、敵の隙を探る。
血濡れで立ちながら朱鳳が切った空気の断裂を、しかし骨の武者は軽くかわすと、倒れる二人をまたいで大上段、一気に駆け寄った。
「させないわ!」
グロリアが走り込み、その刃を肩口に食い込ませながらも、その手の剣で胴を振り薙ぐ。
これまでの攻撃が効いたのか、その体が揺れ倒れるのを見て、北斗が刀の重さを斬撃へと変えながら、涼の素早き蹴りとともに打ちかかった。
刀の一撃に大きく体勢を崩し、だが蹴りはものともせず、侍は大きく刀を振り回し、修羅のごとく立ち回る。大振りに振り回される刃は鋭さを失わず、涼の腕に新たなる裂傷を作る。
その時、突如として死霊侍の動きが止まった。
「花笛さん!」
「‥‥今の、うちです」
柱に体を預けて苦しい息で、何とか呪縛を成功させた花笛の目の前、震えることもなく、どこを見ているのか分からない風で、死霊は立ち止まっていた。
「そろそろ、あの世に戻る時刻ですね」
静かに細波も立てず、形を執行するかのごとく藤盛は納刀すると、神速の居合いが滑り出た。
その刀が収まった瞬間、骨が折れ割れる音とともに、首をぐらりと揺らめかせ、武者は完全に崩れ落ちた。
「‥‥戻りましょう」
合掌を終えた北斗の立ち上がりざまの声に、皆はそれに同意する。
結局村に残っていたものは、悲しき村人たちの遺体と、黄泉より迷い出た亡者の侍ただ一人。無慈悲という言葉しか似合わぬと思えるほど、その場所には何も残らなかった。
花笛と狛への最初の一撃は深く、癒しの魔法さえ満足にはかけられなかった。グロリアが持っていた薬により、怪我したものは歩けるほどには回復しているものの、その深手は未だ重い。
「目的を果たした今、これ以上の長居は無用でしょうね」
「藤盛さんの言う通りです‥‥ここ以外にも、さらに強い亡者が来るかもしれない」
「この状態で、そんな奴らとはやりあいたくねぇな」
佐々宮のつぶやきに朱鳳は苦笑いしながら同意すると、傷の痛む身体を起こして村を見回した。
村の中央には、石を積み上げて作った簡素な、供養塔が建てられている。
だが、村の惨劇はそのままで、事実としてその場に残っていた。
「‥‥悲しいな」
「‥‥それを無駄にしないために、早く、都に戻ろう」
行きと異なる涼のさみしい声に、津上は息を吐きながら応えると。冒険者たちは悲しき行状をそこに残して、都への帰途についた。