【黄泉の兵】飢餓
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■ショートシナリオ
担当:高石英務
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月22日〜03月27日
リプレイ公開日:2005年03月29日
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●オープニング
一つ立つ灯火の灯りだけが照らす、陰陽寮の一室。
その薄闇の中で、奇妙な文様の描かれた占い板を前にして、静かに念じる男が一人。
ややあってその瞳を静かに開けると、男は流れるように立ち上がって部屋の外へと歩み出る。
「どうされました?」
「ただ、よくなき卦が出ただけよ‥‥」
男は廊下で待っていた配下のものと、陰陽寮の廊下を歩みながら、鋭く瞳を細めて答えを返した。
「よくなき卦で、ございますか?」
「昨今の妖どもの暴れよう‥‥江戸での月道探しに現を抜かしている場合ではないということかな。京都守護と検非違使に急ぎ通達せよ」
ぱちりと扇子を閉じながら、ジャパンの精霊魔法技術を統べる陰陽寮の長、陰陽頭・安倍晴明は、矢継ぎ早に伝令に言伝を伝える。
「京都見廻組と新撰組、だけでは足りぬだろう。やはり‥‥」
晴明は思案に暮れながらも、陰陽寮に残り資料を捜索すべく、書庫へと消えた。
「京の都の南に向かうこと」
‥‥それが、京都冒険者ギルドにて布告された依頼であった。
その依頼人は陰陽寮、京都見廻組、新撰組と多岐に渡るが、全て、同じ場所に向かえとの内容は共通している。
「何でも、陰陽寮に託宣が下ったそうだ」
そう告げるのは冒険者ギルドの係員。まだ開いても間もないギルドゆえ、一度にやってきた依頼を整理するのにてんてこ舞いという様相だった。
「陰陽寮の頭、安倍晴明様の占いによれば、南から災いと穢れがやって来るんだと。物騒な話だが、あのお方の話じゃあ、無碍に嘘とも思えねえし、京の南で怪骨やら死人憑きやら、妖怪が群れてやがったという噂も入ってきてる。
‥‥それに、京都見廻組や新撰組も動いてる。陰陽寮の力添えもあって出来たギルドとしちゃ、動かんわけにはいかんのよ‥‥ぜひ、力を貸してくれや?」
「あなたたちに行っていただきたいのは、南にある村です」
忙しくギルドに喧噪が飛ぶ中、年若い係は声を張り上げるように説明を始めた。
「この村に立ち寄ったものが急ぎ知らせてくれたのですが、村の近くに妖怪が現れたそうです。村から出てくる時点では、村を囲む柵と堀でしのいでいたそうですが、そういつまでも保たないでしょう。そういうわけでみなさんにはその村に向かい、村を助けていただきたいのです」
言葉の途切れで係のものはその辺にあった紙を取ると、墨を含ませざっと絵を描きつける。
「都より村までは約1日。まばらな森に囲まれた村だそうです。村の周りは人の頭ほどの柵がぐるりと囲んでいて、その周りに人が数人並べるくらいの用水路兼堀が巡らされています。
妖怪は、昼間は森に潜んでいるらしく姿を現しませんが。夜になると村に襲ってくるようです。
状況はなんとか追い返しているというところですが、村人の腕では、とてもではありませんが妖怪を傷つけることなどできません」
あわせてすぐに指を折り、係は村のものが老若男女全てあわせて20人くらいだろうと思い出す。
「現れた妖怪は餓鬼、だと聞いています‥‥ほら、お寺の絵とかにあるでしょう? 死体に噛みついている‥‥あのような亡者が数体襲いかかってきているそうです。
村がいつまで保つかはわかりません。すぐにでも向かってください」
●リプレイ本文
「このような村か‥‥意外と堅牢そうだな」
着いたままの旅姿で李飛(ea4331)は一通り村を回り終え、村長の家へと戻った。
戻ってきたその屋敷では、ともにこの依頼を請け負った仲間が、今の状況を確認しようと、話を聞いているところである。
「できたら、ここから避難した方がいいと思うのだけれど。直に、ここも戦場になるだろうし」
「しかし、のう‥‥」
村長の歯切れの悪い答えに、萩原紅(eb1569)は顔をしかめると、その続きをやや、待つ。
「‥‥わしら農民は土地と共に生きておる。そう簡単に、ここを捨てるというわけにもいかん」
「すぐにとは、いつまでもとは申しません。せめて、あの妖怪たちがいなくなるまでは」
「ああ、俺たちが守ってやるよ」
琴宮葉月(eb1559)の柔らかな声とザレス・フレーム(eb1488)の勇ましい声を聞き、村長はしばしの考えに入る。
「まあ、その話はその辺にしておけ。敵が夜に来るというのだから、英気を養っておかねばな」
「私も夜まで寝ることにしましょ‥‥なにかあったら起こしてちょうだいね?」
「あ、ああ」
李が断りとともにその場に横になると、紅はザレスに向けて、からかい気味に微笑んだ。
「‥‥敵は、死食鬼って聞いた」
「さあな。でも、同じ奴ならば、名前も一緒だろう?」
「あちらには、形跡は特になかったようです」
村を囲む森の中。猟師を一名、共に連れ立って捜索する桐生純(ea8793)のつぶやきに、不破斬(eb1568)は軽く髪をかき上げた。そして辺りを見回すと、日下部早姫(eb1496)の言葉にあわせて、手にあるくしゃけた紙に絵を描き、それを確かめる。
「‥‥周りの木の生え方はこんな所か」
「しかしなぜ、餓鬼は夜にしか襲ってこないんでしょうね?」
「きっと、お天道様に顔向けできない面してるんだろうさ」
丈の低い草を注意深く踏み分けながら、日下部の疑念を、ウィルマ・ハートマン(ea8545)は冗談とも本気ともつかない様子で嘲った。そんな女の、野外に慣れた瞳であっても、獣と死人の歩みを見分けるのは難しい。
「‥‥どこかに住み着いているってわけでもなさそうだがな」
「‥‥無縁仏あたりは、そこらにうち捨てられていても、不思議ではないだろう」
そうつぶやき返した不破の声と、暗く沈んだ森の影は、ともに重く一同にのしかかっていた。
調査も済み、夕は暮れて、夜闇の帳が忍び寄る。森の中には異常は見られず、相手を詳しく探すよりも先に忍び寄った闇に、冒険者たちはひとまず、別れて防備を敷いていた。
「これで、よしと」
橋の側に置いた、魔力ある石に祈念を込め終えると、不破は篝火の照らす橋をじっくりと見やる。
「こちらの準備も済みました」
「これは、盛大だな」
自らの投げの技を最大限に発揮すべく、石を運び荒れ野のように整えた日下部に、ウィルマは一つ口笛を吹き、笑う。
「さて、あとは客を待つだけだ‥‥一晩で片をつけてやる」
手にした弓の弦の張り具合と、鈍く鏃を光らせる銀の矢を見て、ウィルマはいまだ動かない闇の先を見据えた。
その視線は幾時、闇を見据えただろう。ほのかに赤く燃える篝火の向こう、別の闇より、不意に甲高く皆を呼ぶ音が響き渡る。
「‥‥あちらか‥‥」
「急ぐぞ!」
すぐさま、用意を改めると、冒険者たちは彼らを呼ぶところへと、疾く奔る。
「‥‥来た」
揺らめく篝火の向こう、闇に浮き出るは、痩せ細った姿、醜く突き出た腹。血走り光る目も変わらず、絵姿に描かれる餓鬼そのもの。
ゆっくりと、しかし確実に橋を目指して蠢く敵に、桐生は弓を引き絞り、ひょうと放った。
一匹の腕にそれは突き立ち、ぎゃと悲鳴を上げるのを見ると、ザレスは剣を抜き、李とともにすぐさま敵の懐へと飛び込む。
「‥‥頼みます!」
「まったく、迷い出てくるんじゃないのよ!」
琴宮は詠唱を終わらせて水晶の剣を解き放つと、紅の飛ぶ剣撃に合わせて橋を渡り、餓鬼たちを目指した。
腐った息を吐き出し餓鬼は咆哮をあげると、飛び込んできたジャイアントの巨躯に噛みつきかかる。
刹那、李はその牙の軌跡を見切り、かすかにかわして数本の赤き線を身体に奔らせた。同時に突き出された拳は大きく骨を折る音とともに叩き込まれ、妖怪をよろめかせる。
「此処は貴様等の居るべき所ではない。在るべき所に還るが良い!」
「手加減はする気はないぜ!」
李の後ろから寄る一匹に向けてザレスが剣を振るうと、それは傷となって餓鬼の皮膚を刻んだ。
だが次の一瞬、餓鬼はその牙を少年に突き立てると、骨を牙の先で削りながら、ザレスの体を押さえて噛み砕く。
「っこ、のぉ!」
「ザレスさん!」
真っ赤に染まるその腕にぶら下がった敵に少年が剣を突き立てると同時、駆け寄り水晶の剣を重さに任せて振り下ろした葉月の一撃が、妖怪の腕肉を断ち千切ると、数度空中で回転させて地面に落とす。
「大丈夫?」
「‥‥これく‥‥後ろ!」
声に振り返ったとき、眼球に矢を突き立たせた餓鬼は、鋭く汚い爪を振り払い、肩から袈裟に、女の体に裂傷を走らせた。流れ出る血に葉月がふらつくその場、紅の一撃が空気を裂いて妖怪を吹き飛ばし、同時に桐生からの矢が突き立って亡者をのけぞらせる。
「‥‥待っていろ」
後の先を取るべく構えていた李の周りに三匹の餓鬼。それぞれ襲いかかる一撃を全て見切り、皮一枚と引き替えに、武道の技を拳に載せて、敵の体を叩き折る。
だが今死す一匹とは別に、また一匹が咆哮をあげて橋へと、血濡れの二人へと迫っていた。
口を自ら裂くように大きく開け、食いつきかかろうとした瞬間、まず銀の一矢、続けてもう一矢が縦に並んで餓鬼に突き刺さる。
「矢でも喰ってろ‥‥銀であっても効き方にはかわらないようだな」
「いきます!」
ウィルマの覇気ある声と同時、日下部はそのまま橋を駆け走り、勢いと合わせてよろめく餓鬼を投げ飛ばした。
「遅れた」
「試練と思えば、苦にもならんがな」
斬はそのまま小太刀と短刀を抜き、李の周りに群がる餓鬼を切り倒すと、ウィルマの矢にもひるまず襲いかかる餓鬼を、反撃の一撃で李は葬り去った。
「なんとか、片づいたというところか」
「旅立つ前の、一仕事、ってところね‥‥」
堀へと飛び散った肉片を掃除し終え、不破と紅は、大きく息をついた。
餓鬼たちを倒し、そしてさらに一晩。妖怪たちはそのあと襲ってくることなく、追い払われた。
その後、怪我人であるザレスと葉月は村長の家で休み、その他の冒険者たちは後始末にと駆り出されている。
「‥‥」
集められた亡者の死体に火を放ち、黒く上がる煙の中、桐生は成仏を願って手を合わせた。他の者も、それがわかるものは倣って、静かに手を合わせる。
「彼方此方で、似た様なことが起きてるらしい、な」
回収した銀の鏃を手入れしながら、ウィルマは朧気な風でつぶやいた。
「‥‥なんとも芳しいね。戦乱の匂いだ」
「お考え、いただけたでしょうか‥‥」
「‥‥全員は無理じゃろうが」
簡素な弔いの前、村長は日下部の問いかけと、改めての避難の申し出に、しょうがなくも首を縦に振る。
「それがいい。ここはまだ俺たちで対処できたが‥‥次はそうとは限らない」
たゆたう黒煙に目を向けて、斬は静かにうなずいた。
「奴らは、これよりの禍の始まりにしか過ぎないのだろうからな‥‥」
その言葉は、村人に向けたものか、自分を戒めるためのものだろうか。
救われた村と救った冒険者たちには、その言葉がしっかりと、刻みつけられていた。