【炎魔】災厄の焔
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:たかおかとしや
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 3 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月08日〜09月14日
リプレイ公開日:2008年09月16日
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●オープニング
グレートウォールより湧き出でし、カオスを名乗る魔物の災禍。
多くの冒険者達が、団結してカオスの魔物に立ち向かったあの日から、既に一ヶ月余。災厄の黒幕であると見なされた巨大な鴉の魔物『境界の王』は姿を消し、他の多くの魔物達も同様にジ・アースから消え失せた。
訪れた一応の平穏。
されど、依然として壁はそこにある。
魔物達もまた、その全てがジ・アースから消え失せたわけではなかった。
―――森に悪魔がいるらしい。
キエフ東方の開拓民の間で、そんな噂がまことしやかに流れるようになってから、僅か数日後。突如発生した山火事は急速に周辺の森を飲み込んでいき、常識外れの拡大を遂げていった。
災厄は未だ終わらない。
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「こりゃあ、普通の山火事じゃねーぞ!?」
「もう駄目だ。避難した方がいいぜ、こりゃ」
必死で火災の進路上の木に斧を入れていた男が、ついに諦めて避難を始めると、周囲の男達も次々にそれに従った。ついさっきまではまだ余裕のあったはずの炎との距離が、今はもう熱が鼻先を焦がすほど間近に迫ってきている。
激しい山火事だった。
元々周囲を深い森に囲まれたロシアでは、山火事はそれほど珍しい災害ではない。時には鎮火までに幾日もかかる程の大火災が発生する事もある。それにしても、今回の山火事の火の周りは、尋常の速度では有り得なかった。何とか火の向きを逸らそうと近在の村から駆けつけた男達だが、過去の経験を遙かに上回る延焼の速度に、全く対処が間に合わない。
「おい、ありゃあ‥‥何だ?」
男達の中の一人が、困惑げに、燃え盛る木々の向こうを指さした。
特に火勢の強いその一角。炎に囲まれたその中に『ソレ』がいた。
毛むくじゃらの、子供のような背丈をした酷く邪悪な何か。ソレはニタリと笑い、炎の奥から男達に向かって指をさす。途端、指先から放たれた炎が、男達のすぐ脇の立ち木を真っ黒に燃え上がらせる。
ソレは、驚く男達の顔を見て、さも可笑しげに腹を抱えてゲタゲタと笑う。
いつの間にか、男達の周囲をソレらが取り巻いていた。ゲタゲタと笑うソレらが辺りの木々を無造作に指し示す度に、次々と放たれる黒い炎が木々を松明のように炎上させていく。
「あ、悪魔だっ! 森の悪魔の噂は本当だったんだっ!!」
「逃げろ! 殺されるぞっ! もう山は駄目だ、村の女子供達も逃がすんだ!」
男達は持ってきた斧を放り出し、一散に村に向かって駆け出して行く。
逃げ惑う男達の背後で、ゲタゲタと下卑た笑い声が、いつまでも止まない。
●
冒険者達が村に着く遥か前から、山の炎は見て取れた。
一昨日、冒険者達一行は、キエフ東方の開拓村の村長から『森の中で目撃された、複数の悪魔を退治して欲しい』との依頼を受け、まさに今燃えている山と、その山の中腹に位置する村を目指してキエフを出発したところであった。
嫌な予感を抱え、出来得る限り足を速める冒険者達の目の前で、山の炎は急速に拡大していく。このままモタモタしていては、依頼人の村に辿り着く頃には全てが手遅れと言うことになりかねない。
冒険者達は互いに頷き、さらに旅の足を速めた。
『依頼内容:森に潜む悪魔達の討伐』
●
―――エシュロンという、鬼火が宙を舞っていた。
その鬼火は悲しんでいた。
鬼火の役目は、炎の精霊として、火を良からぬ事に使う者を懲らしめることだ。
しかし、鬼火は敵わなかった。
火勢の中心地。火と煙の鈍く燻る中、炭と灰の上に立つ三ツ首の男。
男はどれだけの炎を浴びようとも全く意に介さず、鬼火達を笑いながら握り潰していった。
その鬼火は怒っていた。
これでは役目を果たせない。山に散った魔物達が、邪悪な黒炎を付けて回る。
森も、山も、人の村も燃えていく。
誰か、誰か。炎を汚す、あの三ツ首の男を討つ者はいないのか。
鬼火は怒り、そして悲しみながら宙を舞った。
誰か、誰か。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
●概要
現在、キエフ東方で中規模の山火事が発生しています。
炎の拡大の勢いは激しく、手をこまねいていては大惨事になる可能性があります。
キエフから、OPにある依頼人の村までは徒歩二日。村は人口百人未満の、山間の小さな村です。
ただし、この冒険は村まで徒歩半日ほどの、山の麓にさしかかった瞬間から開始されます。
●依頼内容
当初、山火事発生以前に冒険者達が受けた依頼は「森で見かけられた悪魔達を退治すること」です。
この依頼には現在も変更はありません。ただし、依頼を受けた村は現在村を飲み込むほど間近に迫った山火事の為、大変な騒ぎの最中にあります。森自体が火の海であり、消火に向かった男達の多くもまだ帰ってきていません。
●敵
山火事以前の依頼人からの情報では、数匹のデビルを従えた、ボスらしき三ツ首の男の姿が確認されています。
また山火事後に帰ってきた少数の男達は、山に放火して回るデビルらしき人影の話を、興奮しながら村中に広めて回っています。ただし山火事の半径は最大十数キロメートルにも及び、それら人影の、正確な現在位置は全く不明です。
●リプレイ本文
「‥‥ひどい有様だな」
デュラン・ハイアット(ea0042)は呟く。
リトルフライにより、上空高くに浮かび上がった彼の眼下を、灰色の煙が厚く覆っていた。
山の峰を走る赤い炎と、立ち上る分厚い煙。まるで、山と森をまとめて竃に放り込んだが如き有様で、発生より一昼夜以上経った山の炎は、尚火勢を増して旋風のように荒れ狂っている。
「煙炎天に漲る、という奴か。急ぐ必要があるな」
デュランはテレスコープのスクロールを広げて視覚を増強、少しでも有為な情報を集めようと目を凝らす。眼下の煙の下では、既に仲間達がそれぞれの役目を果たすべく、行動を開始しているはずであった。
悪魔退治を依頼された矢先に起こった、尋常ならざる山火事。デュランの、そして冒険者達の予想が最悪の方向で正しければ、ただの山火事で済むはずはない。
悪魔どもが、山の何処かに居るはずであった。
●
グリフォン、ペガサスに跨り、アンドリー・フィルス(ec0129)とディアルト・ヘレス(ea2181)の二人は、仲間に先んじていち早く依頼人の村に辿り着く。
その二人の耳に聞こえるのは、火の粉の舞うパチパチとした音。
男達の怒号。山に向かった男達の安否を案ずる女の声と、幼い子供の怯え泣く声。
―――押し寄せる火勢に、村は修羅場と化していた。
「‥‥思ったよりも、火の回りが早いようですね」
「まずは女子供の避難。それと、依頼人の村長か、それに近い者に山の情報を聞く必要があるな」
「手分けしましょう。私は避難の指示に回ります」
アンドリーの言葉にディアルトは頷き、ペガサスを駆る。村の上空を駆け抜ける天馬の姿に、半ばパニック状態にあった村人達の誰もが天を仰ぎ、助けを求めて呼ばわった。
「冒険者だ!」
「天馬の騎士様! 村の男の殆どが火事場から帰ってこないの! お願い、助けて!!」
「慌てないで! 山に向かった者達の捜索は任せて下さい。山の炎は間近です、ここは一旦避難を!」
一方の地上では、アンドリーが村の残った男達から事情を聞いて回る。
依頼人である村長を含め、村の主立った男達十名ほどが火事場に向かったまま、未だ帰ってきていない事。五日程前から、森でデビルらしき影を見かけた者達が多くいる事。今回の山火事も、そのデビルが放火したのだという話である事‥‥
「デビルが放火? その話はどこから聞いた?」
「へ、へえ。何人か、火事場から帰ってきた男達もいるんでさ。そいつらがデビルを見たと触れ回っていて‥‥」
問い詰めるアンドリーの眼差しに、村の老人が怯えたように肩をすくめ、目線を村の通りに向ける。そこには二人、村人達を前に盛んに何かまくし立てている男達がいた。
アンドリーは聞き込みを打ち切り、その男達の方へと足を向ける。
一目見て、男達の様子が引っ掛かった。
小男だった。不安がる村人達を相手に、饒舌にデビルデビルと囃し立てるその男達の態度。騎乗術や礼儀作法とともに叩き込まれた対人鑑識技術。そのパラディンとしての勘が、アンドリーの警戒心を呼び覚ます。
「まさか、な‥‥」
ふと見下ろした指輪の中で、石に刻まれた蝶が激しく羽ばたいているのが目に映った。
疑念が、確信へと変わる。
男達に近付くと明確に激しさを増す蝶の羽ばたきを意識しながら、アンドリーは両の拳を固く握りしめた。
山火事の現場から帰ってきた村の男達が、デビルに入れ替わっているとしたら、それは、先に火事場に向かっている他の仲間達の身にも、深刻な危機が待構えている事の証明でもある。一刻の猶予もならなかった。
「‥‥火急につき、多少の非礼は勘弁願おう」
まずは拳で一撃。
彼の拳を受けて男が尚無傷であれば、二発目の拳には、オーラパワーが込められることだろう。
アンドリーは、その拳を振りかぶる。
●
以心伝助(ea4744)、セシリア・ティレット(eb4721)、オリガ・アルトゥール(eb5706)の三名は、各々セブンリーグブーツや韋駄天の草履による快足を生かし、ペットを引き連れつつ火事の現場へと急行していた。既に山中は火の海と化していた。
「こりゃまた、酷いなんてもんじゃないっすね! 生きてる人が残っていたら、めっけもんっすよ」
「でも、確かに‥‥こちらの方からエレメントのテレパシーを感じたのですが‥‥」
伝助の言葉に頷きつつ、オリガは周囲の炎に目を凝らした。
山に入ってから、強く感じる精霊達のざわめき。これほどの規模の災害に精霊達がざわめくのはむしろ当然とも言えるが、オリガの類い希な直感は、確かにエレメントの明確な意思の込められたテレパシーを感じ取っていた。山の炎を嘆く声と、助けを求める哀訴の意思を。
「‥‥あっ、見て下さい! あそこ、人が倒れています。あっちにも!」
セシリアが指を指した先。そこには煙に巻かれたのだろうか、バラバラの位置で倒れ伏している、村人らしき男達の姿があった。
「向う側、火に近いところにはあっしが行きやしょう。お二人はそこの人たちを頼むっす!」
口元を水で濡らした布で覆った伝助は、疾走の術の力も借り、一息に炎の近くに倒れている男の元へ。セシリアとオリガの二人もそれぞれ、近くに倒れている男達の側へと駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「う、あ、あううぅ‥‥」
オリガが倒れている男を助け起こす。見たところ大きな火傷などはしていないようではあるが、意識が混濁しているのか、男は力なく呻くだけだ。
「大丈夫ですか、助けに来ました。私たちは冒険者です! しっかり‥‥」
「‥‥あ、ぼ、冒険者? た、助けて下さい、悪魔が、悪魔が火を‥‥!」
冒険者と聞き、男の意思が明瞭になる。どうやら何か、酷いショックを受けたようだ。怯えたように腕にすがりつく男を抱えたまま、オリガは何とか火の回りの遅い場所へと男を引きずろうと力を込めた。
その時。
(チ ガ ウ !)
突然のテレパシー。
オリガの背後に控えていた二羽のスモールホルスが、訝しげに周囲を見回す。
オリガも男を抱えたまま、動きを止めた。怯える男の背後に浮かぶ、炎の塊が見えたから。
「エシュロン?」
それはエシュロンだった。悪しき炎を罰する、正しき炎のエレメント。エシュロンは怒りさえ浮かべ、その否定の意思そのままに、オリガにしがみつく男の背中へと体当たりを繰り返す。
(チ ガ ウ ! チ ガ ウ ! チ ガ ウ !)
「エシュロン! お前、何を‥‥‥‥ああっ?!」
オリガの驚きの声は、すぐに、もう一つの驚きの念によって塗り潰された。
エシュロンが体当たりを繰り返す度に、男が笑うのだ!
いつの間にか握りしめられている腕の、その握力のなんと強いことか。エシュロンの体当たりによって服が燃え上がって尚、男の哄笑は止まらない!
「オリガさん?」
「オリガさん、そいつは!?」
異常を察したセシリオと伝助がオリガの元へ向かおうとした瞬間、足下に倒れていたはずの男達が二人の行く手を遮った。男達の姿は、瞬時に禍々しいデビルのものへと変貌する。
「ひひひ! 飛んで火にいる何とやらって奴だ。順番は守って貰うぜ。お前ら、出番だぞ!!」
伝助の前に立ちはだかる、ふいごを持った小鬼が一声叫ぶや、周囲の木立からも、更にぞろぞろと下級デビル達が姿を現していく。その十数匹以上。
「これは、デビルの罠っすか! やばい、やばいっす!!」
セシリアと伝助は身構え、それぞれの愛刀を引き抜いた。
やばい。
下級デビルなど、幾ら揃ったところで、彼らにかかればものの数ではない。しかし、オリガの前にいる、そいつだけはまずかった。ディアルト、オリガらが村に来る途中で語ってくれた、グレートウォールにてドワーフ達を焼き殺したと言う、三ツ首の炎魔。今回、最も注意をしなければいけなかったその三ツ首が、今、オリガの腕を握る男の肩で蠢いている!
炎と悪魔に囲まれたその場所で、三ツ首の悪魔は笑い続ける。人の笑い声に、肩から生えた猫と蛇の首が耳障りに唱和した。
「あはははははははは! いやはや、随分上手く化けたつもりだったが、まさか精霊どもと意を通じ合わせるとはな!」
「お前は『炎を振りまく者』! く、離しなさい!」
「覚えていてくれて嬉しいぞ! 以前は世話になったな、水のウィザードよ」
オリガは必死に身を捩るが、両腕を抑えられていては魔法印も組めぬ。なによりこの状況では、理性を保つのが危うくなってくる。
主人の危機に、激高した二羽のスモールホルスが男に襲いかかった。しかし、その爪が男に掛る寸前、人と蛇と猫の三ツ首がその顎を大きく開く。
オリガの眼前で、紅蓮の炎が輝いた。
「両腕を封じられては術も唱えられまい? 短い逢瀬で残念だが、これで永遠のサヨナラだよ」
ゴフゥォォオォォオォォォォォ――――――!!!
至近から放たれた圧倒的な火炎ブレスが、オリガの全身を包む。
叫ぶことも出来ぬ、熱さをも感じられぬほどの、致命の業火。
―――そこで、オリガの意識は暗く墜ちる。
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「あはははは! 女、神聖騎士よ! なかなかの腕だが、私を滅ぼすには一歩足りないようだな?」
バーニングソードの炎に全身を包み、猛火のような連撃を繰り出す三ツ首の悪魔。
オリガを焼いた『炎を振りまく者』は、次なる標的をセシリアへと定めていた。神聖騎士として十分な修練を積み、デビルスレイヤーさえ握っているのにも関わらず、無数の小悪魔ども達とも単身で相手をせざるを得ないセシリアに勝機は薄い。既に彼女のペット、オウルのオプトニールさえ瀕死の重傷を負っていた。
「この悪魔! セシリアさん、今助けに行くっす!」
伝助の二刀が、風車のように周囲の下級デビル達を次々と切り裂いていく。しかし、セシリアの位置は遠い。炎の壁が二人を分断して、その道行きを尚遠いものとしていた。
希望が潰えるかと思った、しかしその時。
「伝助! セシリア!」
「オリガ殿! 皆、無事か!?」
上空から聞こえる声!
アンドリー、ディアルト、デュラン。紛う事なき仲間達の声に、片手で刀を構えつつ、伝助は夢中でもう一方の手を振った。
「みんな! こっちっす! デビルがセシリアさんとオリガさんを!」
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「‥‥ふむ、どうやら五月蠅い連中が来たようだ。神聖騎士のとどめを刺せなかったのは残念だが、今回はこれでよしとするか」
宙を矢のように疾駆する二騎と、術士らしき一人。
迎撃のため、生き残りの下級デビル達が次々と空を舞い、空中の三人に殺到していく。その様子を地上から眺めていた『炎を振りまく者』は、それっきり興味を失ったように、重傷を負ったセシリアに背を向けた。
「‥‥待ちなさい、悪魔よ、貴方は何のために山に火を付けたというのですか? 何故このようなことを‥‥」
セシリアの問いに、悪魔は立ち去ろうとするその足を止め、三ツ首を傾げた。
「何故? ふむ、そうだな、強いて言うなら、趣味と実益。カオスの魔物として、また個人的にも冒険者には借りがある。多少わざとらしく騒ぎを起こせば、冒険者ならまず間違いなく寄ってくるだろう?
光栄に思うがいい。山一つ分ほどには、お前らの実力は評価しているのだよ、我々は」
「そんな‥‥‥‥そんな事で山を焼いたというのですか‥‥!?」
頭上で、数匹のインプの断末魔の叫び声が聞こえた。
戦いの音が近い。
「ほう、下級デビルどもでは長く足止めも出来んか。まあいい、後の楽しみは多い方が面白いからな。 ‥‥時間だ。次は、また別の趣向でお前達を招待するとしよう」
「待ちなさい!」
セシリアは剣を握るが、遠い。周囲の小悪魔どもをようやく片付けた伝助がこちらに駆け付けるのが目に入るが、悪魔の姿はもう殆ど薄れて消えつつある。一度姿を消したデビルを、この炎の山中から再び見いだすことは不可能だ。
(せめて、せめてオリガさんの仇を!)
無理を承知で、一刀を浴びせるべく、セシリアは萎えかけた両足に最後の力を込めて‥‥‥‥
●
ズドッバシャャヤャャヤャャッツッッ―――――――――――――!!!
「ぐはっっ??!」
消えかけた『炎を振りまく者』の姿が、巨大な水球に殴り倒されて再び実体化する。
「ウォーターボム? まさか!?」
人と蛇と猫の首が、水球の飛来した方角に三対の目を向けた。
「―――勝ち逃げとはつれないじゃありませんか? 畜生首の小悪魔さん。もう少しお付き合い下さいな」
そこに立つは、二羽のホルスに守られた、毒舌の、炎のように燃える赤い瞳のウィザード。
セシリアの頬を涙が伝う。
「オリガさん! 生きていたんですね!? 良かった!!」
「狂化か!? しかし、生きていたにしても自力で立ち上がれるはずが‥‥」
人の首が目を見開く。その傍らで、蛇の目が、オリガの傍らで寄り添うように揺れるエシュロンの輝きに目を留めた。
「‥‥そうか‥‥エシュロンが力を貸したな?」
「あらあら。人の頭よりも、蛇さんの方がまだ賢いようですね? そう、彼のフレイムエリベイションがなければ、私は懐のポーションを飲むことさえ出来なかったでしょう。お陰様で随分痛い思いをさせて頂きましたが、それももう終わり‥‥」
「舐めるな! もう一度死にたいか!!」
激高した悪魔が業火を吐き出す。先ほどオリガを一撃で死の寸前にまで至らしめた火炎が、再び彼女の体を包む。
しかし、効かない。
猛火は、彼女の金髪一筋、焦がすことさえ出来なかった。
「‥‥‥‥ば、馬鹿な。この私の炎が‥‥」
「レジストファイアー。‥‥騙し討ちと放火以外芸のない単能悪魔の実力は、本来このようなもの。カオスがどうだろうと、そんなものに興味はありません。ただ、愚かしい目的のためだけに山を焼き、エレメンタルや人々を悲しませた罪は赦し難い‥‥消えなさい」
己の無力に、呆然と『炎を振りまく者』は立ちすくむ。
その一瞬の空白が、悪魔を滅亡の淵へと追いやる最後の一押しとなった。その瞬間、ついに上空のインプ達を蹴散らしたアンドリー達が、立ちすくむ『炎を振りまく者』に必殺の攻撃を浴びせ掛ける!
「炎魔、滅ぶべし」
アンドリーの激烈なオーラをまとったランスが悪魔の腹を真っ向から貫き、三ツ首から断末魔を洩らす『炎を振りまく者』に、ディアルトは必滅の意思を込めた剣を振りかぶる。
「また会いましたね? 今度こそは、混沌の狭間へと送り帰してあげますよ」
一閃。
三つの首が宙を舞い―――
―――こうして、炎魔『炎を振りまく者』は、地上から姿を消した。
●
山を、雨が濡らしていた。
放火を続けていた悪魔達の殆どが一掃され、村人達と協力してのプットアウトが功を奏す。
衰えた火勢に対しては、デュランの呼んだ雨雲が最後のとどめを刺した。エシュロンが、消え残りの炎をプットアウトで消して回ってる。不幸中の幸い、村は何とか致命的な炎上を免れていた。
災厄の焔が再び燃え上がることは、もうないだろう。