【収穫祭】鯨肉をキエフへ運べ!

■ショートシナリオ&プロモート


担当:たかおかとしや

対応レベル:11〜lv

難易度:易しい

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月25日〜10月30日

リプレイ公開日:2008年11月03日

●オープニング

 『三英雄のホエール退治』。
 ドニエプル河に迷い込んだ、体長二十メートルにも及ぶ巨大一角鯨『キラーホエール』が、熟練の冒険者達の活躍によって退治された事件は未だ記憶に新しい。川底に沈んだキラーホエールの躯は、遙か百キロの下流で川岸に打ち上げられているところを地元漁民達によって発見されている。
 鯨は死んだ。
 最早危難は過ぎ去り、大河を荒らす巨大鯨騒動はここに完結したはずだった。

 ―――そう、それを「食べよう」などと言い出した、一人の美食男爵がいなければ。




「逃げろ、まずいぞ、アゲイトベアだ!」
 のそりと森から姿を現した巨大熊の姿に、作業員達は蜘蛛の子を散らして逃げ惑った。
 悠然と歩を進めるアゲイトベアは、逃げる人間達には目もくれず、荷馬車に積まれた巨大な肉塊に鼻面を突っ込んでガツガツと肉を喰らい始める。
「こら、お前ら! 逃げるな、肉が食われてしまう! ‥‥やむを得ん、こうなれば我が剣に物を言わせてでも‥‥!」
「もー!! セリヴァンったらっ! 馬鹿言ってたら、本当に食べられちゃうよ!」
 逃げる作業員達を叱咤しつつ、一人アゲイトベアに向けて剣を抜くセリヴァン男爵。
 その男爵の無謀な行動を、シェリーキャンが後ろから両耳を力一杯引っ張って引き留める。
「こら、痛い! 取れるもげる! 判った、判ったから離せって、こら! いたいって‥‥!」
 男爵はシェリーキャンの羽の生えた背中を叩いて、割と必死に降参の意を示すが、事『食』に関する男爵の見境なさを知る彼女は、その程度では信用しない。そのままぐいぐいと男爵の耳を引っ張り続け、ようやく一息着いたのは、アゲイトベアから大きく離れた藪の中に男爵の背中を蹴り込んでからの事。
 気が付くと藪の中は、同じように隠れている作業員や、男爵の使用人でいっぱいだ。
「おー痛い! 止めるにしても、方法という物があるだろう。危うく耳がもげてしまうところだったぞ?」
「ふーんだ。セリヴァン相手に、いちいち方法なんか選んでられないもん。で、どうすんの? これから」
「‥‥ふむ、これから、か」
 シェリーキャンの言葉に、男爵はアゲイトベアを横目に、耳をさすりながら考え込む。

 ‥‥どうするも何もない、と言うのが本当のところだった。
 ここ二週間は、聞くも涙、語るも涙の苦難の連続である。キエフでは珍しい鯨肉を、一度街のみんなにも食べさせてやろう。そう言う素朴なアイデアから始まったこの事業は、キラーホエールの何十トンあるやら判らぬほどの血肉に翻弄されっぱなしの茨の道であった。
 まず、解体方法からして手探りである。残念ながら、キエフには熟練した鯨解体業者などという物は存在しない。仕方がないのでセリヴァン自身が陣頭に立ち、何とか内臓を取り出した上で、運搬用に、体を巨木伐採用の大鋸でブロック単位に小分けにしていく。小分けと言っても、トン単位だ。切り出した肉は腐らないよう、ウィザードを雇ってブロック毎にアイスコフィンで凍らせる。
 運送はもっと大変だ。初め、キエフまでは筏を使って運ぼうとしたのだが、血肉に引き寄せられたサメが筏を襲おうとするので、水運は断念(このサメが二頭いて、またデカイのだ!)。次に荷馬車での陸送を試みるも、事情は大して変わらず、今度は熊やら狼やらの禽獣が鯨肉のブロックに齧り付こうと襲ってくる。
 その度に大騒ぎになり、作業は遅れ、逃げる作業員の数は日増しに増大。このままでは、荷馬車を動かす人員に事欠くのも時間の問題であろう。今でさえ、荷馬車の車軸一本折れただけで、そのまま立ち往生しかねない。

「ねー、まだ三十キロ近くあるのに、このままじゃキエフの収穫祭に間に合わないよ? お肉、いっぱいあるんだしさ、もう半分くらい捨てちゃったら?」
「馬鹿を言うな。痩せても枯れてもこのセリヴァン、物心ついて以来、食べ残しなどした事がない。捨てるなど、神に対する冒涜だ。‥‥聞けばこの鯨は、生前船を沈め、何人もの船員を溺死させたという。ならばこそ、鯨が死んだ後のその肉を余さず食す事が、鯨に対して、ひいては死んだ船員達に対する弔いになると言うものなのだ!」

 ‥‥サメやアゲイトベアが食べたって、それはそれで弔いになるんじゃないの?。
 勿論、シェリーキャンはそんな事は言わなかった。
 だって、無駄だから。

「で、意気込みはいいとして、セリヴァン、具体的にはどうするわけ?」
 シェリーキャンの言葉に、セリヴァンは懐から一通の封書を取り出した。
 一体いつ用意したのか、丁寧に男爵家の封印まで押された、正式な書類である。
「出来れば使いたくはなかったが、事ここに至ってはやむを得まい。シェリー、運命をお前の羽に託す。頼んだぞ!」
 そう言って、セリヴァンはにっこり笑う。
 セリヴァンの笑顔に、思わず書類を受け取りつつも、シェリーキャンは内心思う。
 ―――男爵様の、この笑顔が曲者なのだ、と。




 キエフの冒険者ギルドに、シェリーキャンが依頼を持ち込んだのは、それから三時間後の事であった。
 依頼を受けるに当って、シェリーキャンが代理人であるというのは珍しくはあったが、彼女が持参した書類は全く正式な手続きを踏んでおり、何より妖精を連れたお得意様の男爵の事は、ギルド内ではよく知られていた。
 男爵の依頼は受理され、新たな依頼書がギルドの壁に掲示される。

 『依頼内容:鯨肉運搬業務、及び運搬に関する指揮監督(猛獣注意)』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●依頼の目標
 ・収穫祭開催期間中までに、キラーホエールの鯨肉を手段問わずキエフまで運び入れる事

●求められる人材
 ・力持ち、警備要員、アイスコフィン要員、馬の扱いに秀でる者、鯨に詳しい者、調理技能保持者(鯨を捌いた経験を持つ者歓迎)、鯨の解体経験者、大工、皮革業者、人材の配置・監督の出来る者、その他意欲のある者

●鯨肉の現在位置
 ・キエフからドニエプル川沿いに、南へ三十キロほどの地点

●現在の人員、物資など
 ・鯨肉運搬用、二頭立ての特別製荷馬車が十台(一台毎に、巨大な肉塊一ブロックを積載)
 ・一般作業員三十名(御者、男爵の使用人など含む)
 ・アイスコフィン要員のウィザード二名
 ・その他の道具、荷物、作業員用の保存食などの運搬用として、一頭立ての荷馬車が二台
 ・ロープ、解体用の大工道具、荷馬車の補修道具、その他
 ・セリヴァン男爵と、シェリーキャン

●今回の参加者

 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb8588 ヴィクトリア・トルスタヤ(25歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ec0038 イリーナ・ベーラヤ(32歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・ロシア王国)
 ec0199 長渡 昴(32歳・♀・エル・レオン・人間・ジャパン)
 ec2945 キル・ワーレン(26歳・♂・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)

●リプレイ本文


 一日目。

 依頼を受け、キエフを出立した冒険者達は、ドニエプル川沿いの街道を南下する。
 男爵達の現在位置はキエフから南へ三十キロの地点。徒歩でも一日、馬で急げば僅か数時間と言う短い距離ではあるが、何十トンもの鯨肉を曳いて、熊や鮫を相手にしつつの道中では捗らないのも無理はない。

「今回は大物って話だし、腕が鳴るなあ」
 スタスタと街道を早足で歩きつつ、キル・ワーレン(ec2945)が楽しげに口を開く。
 彼は剣を握って達人、厨房に立って達人という、まさに今回の依頼にうってつけの人物だ。冒険者として、料理人として腕が鳴るのは当然で、つい気が急くのも無理はない。何せ向かう先に待つ相手は、体長二十メートルのキラーホエールなのだから。
 だが―――

「料理人が、旅するのに保存食忘れてちゃだめですよ? 本当に」
 傍らのイリーナ・ベーラヤ(ec0038)から注意を受けるやいなや、キルはしゅんと、すっかり気を落としてしまう。舞い上がったキルが、すっかり保存食の用意を忘れたことに気が付いたのは、キエフを出て数時間を歩いたその後のことであった。
「とりあえず、今日の分は私の予備をお分けしますけど、後の分は男爵にワケを話して、男爵から頂いた方がいいと思いますよ?」
「男爵殿は作業員用の糧食をきちんと用意されているそうですから、問題はないでしょう。それにもしもの時は、私達からも予備の保存食を提供しますから‥‥」
「うう、ありがとうイリーナさん、長渡さん‥‥!」
 イリーナ、そして長渡昴(ec0199)らの優しい言葉が身に染みる。
 有り難く保存食を押し頂くキルの顔を、彼の連れた狐と猫のペットが二匹、ニャーコンと不思議そうに見上げていた。




 二日目。

「はぁっっ!!!」
 裂帛の気合い。
 イリーナの大振りなジャイアントソードが肉に食い込み、返り血が握り込んだ柄までを赤く染める。
 負けじと繰り出されたキルのスマッシュが、ザクリと肉を両断した。
「そこではありません、もっと右! キル君は後ろから斬りつけて!」
 二人の背後から、ヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588)の声が飛ぶ。
 ヴィクトリアの声に合わせて、キルとイリーナは剣を持ち直して―――

 何をしているかって?
 ―――鯨の解体作業に決まっている、勿論。

 初日の夜に無事男爵の輸送隊に合流した冒険者達、全六名。
 彼らは翌朝から、早速各々の作業に取りかかっていた。と言っても、いきなり馬車を引っ張ろうというのではない。何しろ、今馬車の荷台に載っているのは、血抜きもそこそこに丸のまま凍らせた肉塊だ。これが重いのは当たり前で、一度血抜きをし、きちんと解体を行ってから運んだ方が、結局は効率がよいというのが冒険者達の主張だった。
 男爵は冒険者の提案を全面的に了承し、こうして鯨の肉塊が再解体されているという次第である。

 解体の実作業員には、それぞれ剣と調理の腕を併せ持つキルとイリーナが。解体に当っての知識的なサポートには、ヴィクトリアとエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が当っていた。想定される鯨肉の利用法と、それらを前提にした解体手順、保存法の検討などを男爵に説明し、段取りを打ち合わせるのもエルンストの役目である。
 燻製、塩漬け、干物、揚げ物と言った一般的な利用法から、舌や内臓、皮や血の利用法、髭に骨に油の絞り方と、冒険者達の提案は実に幅広い。先人の知恵と鯨肉の奥深さに、セリヴァンと、一緒に横で聞いていたシェリーキャンは改めて感心する。
「‥‥と言うわけで、男爵。アイスコフィンもいいが、燻製や塩漬けなども別に作って、バリエーションを持たせた方がいいと思うが、どうだろうか?」
「成る程な。しかしそうなると、入れ物の樽が足りんか。それに塩‥‥」
 エルンストの提案に男爵は一時考え込むが、直ぐさま近くの使用人に声を掛ける。
 即断即決、迷いは食材を腐らせ、温かい料理を冷ますというのが男爵のモットーだ。樽と塩をキエフから調達しろと言う男爵の頼みを受け、数人の使用人達が慌ただしく馬の支度を開始する。

「どうやら、男爵殿は馬を一部、キエフに先行させるようですね。空荷のようですし、馬なら道中さほどの危険もないかと思いますが‥‥ディアルト殿?」
 荷馬達の状態、蹄の様子などを確認していた長渡が、男爵の使用人達の動きに気が付き、背後のディアルト・ヘレス(ea2181)に声を掛ける。隊全体の安全の管理、人足達の指揮監督に関しては、彼女とディアルト二人の責任範囲である。
 ‥‥と。
 掛けた言葉に対してディアルトから返事のない事に気が付き、後ろを振り返った長渡は苦笑した。
「おやまあ、大人気ですね、ディアルト殿!」
 長渡の言葉に、ディアルトは人の群れの中から、少し困ったような微笑を覗かせる。
 実際、ディアルトは大人気であった。周囲の作業員達が、キラーホエール退治の当の英雄が目の前にいることに気が付いたのである。

「すげぇな、兄ちゃん! どうやったんだい?」
「銛一本でこいつに立ち向かったとは、恐れ入ったねぇ!」
 男達は口々にディアルトを褒めそやしては、英雄に握手を求めてくる。
 何せ、死んだ後の肉を運ぶだけでも、散々苦労させられているお化け鯨だ。巨大さが骨身に染みている分、それを倒したという英雄に対する畏敬の念はより深い。自分一人の力ではないと言うディアルトの言葉も、テンプルナイトらしい奥ゆかしさだと逆に感心されてしまう有様だ。

 何はともあれ、アゲイトベアに恐れをなしていた作業員達の士気も、ディアルトのお陰で大いに盛り上がった。
 でかいでかいと思っていた熊も、キラーホエールに比べれば何て事はない。そのキラーホエール殺しの英雄が護衛に付いてくれるとなれば、怖い物など何もない!




 三日目。

 カラン カランッ‥‥!

 長渡が、宿営地の周囲に仕掛けた鳴子が音を立てた。エルンストの連れた二頭の犬が唸り声を上げる。
 昨日一日、総出で鯨の解体作業に励んだのだ。辺りに広まった血の匂いは、腹の減った獣達にとっては、パーティーの招待状にも等しいものだっただろう。
「来たようですね‥‥」
 長渡が弓を構える。
 街道沿いの森の木陰に見える、巨大な獣の姿。
 熊だ。その特徴的な全身の赤い模様は、噂のアゲイトベアに間違いはない。
「皆さん、作業は一時中断です。冒険者は前へ! 作業員の方は、熊が向かってくる危険のある鯨肉の側へは近寄らないように!」
 ディアルトが刀を握り、矢継ぎ早に指示を飛ばす。その指示に従い、セリヴァン、シェリーキャンを含む作業員らは慌てて荷馬車や天幕の裏へと逃げ込んだ。熊はそんな人間達の様子には構わず、ふんふんと鼻を鳴らしながら、血で染まった解体作業場へと目を向ける。狙いは、作業場で切り分けられたばかりの肉だろう。

 そのアゲイトベアの足下に、ひょうと音を立てて突き立つ、長い矢。
「ここにお前の餌はありません。殺したくはない、森に帰りなさい!」
 長渡の警告。
 言葉は分からずとも、獣は敵意には敏感だ。
 唸り、赤い毛を逆立たせて、アゲイトベアは長渡の方へと首を向ける。
 相互の距離は三十メートル。
 その距離を、熊は一気に駆け出した!
「いかん!」
 後方に下がっていたエルンストが、高速詠唱でウインドスラッシュ。真空の刃がアゲイトベアの背中を切り裂くが、獣の足取りは揺るがない。より一層凶相を深くし、地鳴りを轟かせて長渡へと突進する。イリーナ、キルの二人が背後から獣を追うが、果たして間に合うかどうか?

 長渡は巨獣を迎え撃つ。
 しかし、引き絞られたビザンツボウから放たれた矢が一発、二発と肩口に突き刺さるも、分厚い毛皮を貫くには至らず、獣の足も止まらない。
 長渡の眼前で、獣は二本の足で立ち上がる。女性としては長身の長渡が、腰までにも至らぬような赤い巨熊。
 アゲイトベアが、遙か上方から長渡に爪を振り下ろす。
 長渡の手には弓矢のみ。爪を受ける刀もなければ、盾もない!
「きゃあっ!!」
 惨劇を予想したシェリーキャンが、思わず上げる叫び声。
 しかし、その叫び声は、続く金属音にかき消された。並んだダガーのような熊の爪を、ディアルトの刀が火花を放ちつつも受け止めたのだ。
 それを見た周囲の作業員達から、わっと大きな歓声が上がる。

「ふふ、ディアルト殿。英雄の到着にしても、これは少しタイミングを計り過ぎではありませんか?」
「すいません、長渡殿。お叱りは後ほど‥‥‥‥はっ!」
 からかい気味に声をかける長渡に、ディアルトは背中で応えつつ、熊の爪を大きく刀で弾き飛ばす。
 巨熊は姿勢を崩し、遙か小さい人間に力負けしたことに戸惑いつつも、更に爪を振るおうとして‥‥

「ディアルト君。活躍の独り占めはいけませんよ?」
 ヴィクトリアの声がして。
 ‥‥そこにあるのは、熊の形をした氷塊だった。
 彼女の唱えたアイスコフィンが、巨熊を真っ白に凍り付かせたのである。おそらくアゲイトベアは、自分の身に何が起こったのかさえ知る事はなかっただろう。
「こんなものでしょう。熊も、鯨の切り身も、凍らせる分には大差ありません」
 ヴィクトリアが腰に手を当て、ぶるんと大きな胸を揺らして身を翻すと、先程のディアルトに向けられた声を上回る、圧倒的な大歓声が宿営地に轟いた。
 怪我人一つない、冒険者達の鮮やかな手並み。
 作業員達は指笛を鳴らし、足を踏み鳴らして、口々に冒険者たちの労をねぎらった。

「すげーや、冒険者! あの熊が、まんま凍っちまったぜ!?」
「熊公の爪を受け止めて、弾き飛ばすなんて、人間に出来るもんなんだねぇ?」
「乳が、乳が! ヴィクトリアさん、俺、ファンになっていいっすか??!」

 ―――もしかして、作業員たちの興奮は、手並みの鮮やかさだけが原因ではないのかもしれない。
 にわかファンの男たちに囲まれたヴィクトリアを横目に、長渡はこっそり自分の胸に手を当てる。
 うん、負けてない。鎧と和服で目立たないだけだから‥‥

 作業員達の輪から多少外れた位置で、イリーナとキルの二人が顔を見合わせている。
「私も、負けてないですよね? おっぱい」
「‥‥ノーコメント‥‥」




 四日目。

 樽を満載にした荷馬車の隊列が街道を進んでいる。
 男爵がキエフから運ばせた樽の中は今、氷付けの肉と、塩漬けの肉とで一杯であった。燻製肉に関しては、手間と時間も掛かるので、試験的に一樽分作られただけで、後は今後の課題とされている。肉は血を抜かれ、背骨や頭骨などは一部を残し、宿営地に掘られた穴に埋められた。
 部位毎に樽詰めにされた鯨肉は、それだけでも随分と扱いやすくなっている。なにしろ、人手で荷物の載せ替えだって出来るのだ! 総重量も下がり、馬への負担も大きく減った。いざ出発してみると、今までの苦労が嘘のような快適な道程である。このペースだと、今日の晩にもキエフへ辿り着くのは確実だろう。

 道中、セリヴァンが先頭の荷馬車に目を留める。
 柱のような肋骨、ゴロゴロとした円柱状の、ぶつ切りの脊髄。どれも、とても食えそうもないゴツイ骨ばかりである。
 何より荷馬車の前後に大きくはみ出した、長大なキラーホエールの角が目を惹いた。
「ん? それは何に使うのだ? 食うにしてはえらくサイズが大きいようだが」
 不思議そうな男爵の声に、荷馬を曳いていたイリーナがにっこりと笑う。
 よくぞ聞いてくれました! と。そう、彼女の笑顔が物語っている。
「実は男爵様? 一つ、とっておきの提案があるのですが‥‥」




 五日目。

 四日目の夜に、一行は収穫祭でごった返すキエフの街へと辿り着いた。
 収穫祭の残り数日で消費する分としては肉の量が多すぎるので、当座の分を残し、余った樽は全て近郊の男爵の屋敷へと運び入れている。雇われていた作業員達は、そこで給金を貰って解散だ。
 本来なら冒険者もここでお役ご免となるところであったが、イリーナの「とっておきの提案」が彼らを引き留めた。
 その名も『鯨の骨と皮でテントを作れば、おお、あれがこの前のキラーホエール!! とみんなの目をひくこと間違いなし♪』大作戦。皮革の扱いに秀でた人物がいないのが残念だが、それでもエルンストやヴィクトリアの力を借り、テントの設計図も既に完成。後は人手次第で、どうにかそれっぽい物を形にすることは出来るだろう。
 えらく乗り気の男爵の指図の元、冒険者達は朝から大車輪で露天テントを組み上げていく。

 そして。




 五日目の、晩。

 広い天幕の中に並べられた椅子とテーブル。天井にはランタンの明かり。
 残念ながら鯨皮の処理の方法が判らなかったため、天幕の生地は在り合わせの流用品であるが、アーチ状に造られた入り口、テントの支柱は全て巨大な肋骨製だ。椅子はぶつ切りの脊髄骨。極めつけ、天井を突き抜けて堂々と屹立した巨大な角は、どんな看板よりも人目を引くだろう。

「さあ皆、お待ちどうさま!」
 天幕の中、テーブルに並べられたのは、キル渾身の鯨料理の数々である。
 『安く気易く大量に』を合い言葉に、収穫祭の露天で明日からの販売が予定されている試作品の数々。スタンダードな焼き肉から、揚げ物、皮、舌、油、内臓を使ったキワモノまで。男爵は折角の祭りなのだからと、片っ端からただ同然で売り捌くつもりのようだった。

「ほう、美味い! これは、うちのペット連中にも少し持って帰ってやるか」
「珍味ですね、これだけでも、研究室を出た甲斐はあったというものです」
 エルンストとヴィクトリアが感想を洩らす。他の面々も、顔を見れば思いは同じようだった。
「はっはっは。持って帰れ持って帰れ! エルンスト君、キミの所のトカゲは大きくなったか? うちの倉の鎧龍殿は、相変わらずの飲み助だよ。あの分じゃ、洞窟の倉ももう少し奥まで広げなきゃいかんようだ!」
 セリヴァンは上機嫌で肉を喰らい、ばしばしとエルンストの肩を叩く。
「はいはい、お代わりは沢山ありますからね!」
 料理が美味ければ、食も進む。
 お陰で、厨房に立つキルと、ウェイトレス役のイリーナの忙しさは目が回る程。しかも、いつの間にか、天幕の内にも外にも、収穫祭の見物客が入り込んでいる有様だ。主人のセリヴァンが止めないものだから、本営業が開始されたものと勘違いした客が引きも切らずに押し寄せてくる。
 厨房で、予想外の扱き使われ方をされてしまっているキル。
 しかし、彼に不満はない。何しろ、皆が美味いと言ってくれるのだ。料理人として、文句のあろうハズもない。
「おいしいって言って貰えればそれが何よりの報酬だってのは、カッコつけ過ぎかな?」

 収穫祭の夜は更けていく。
 今年、収穫祭で振る舞われた珍味の数々は、長く人々の記憶に残るだろう。
 まさにそれこそが、セリヴァン男爵の望み。

 一人よりは、みんなで食う方が美味いのだ!