【ローガンとモニカ】ローガンの剣
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:たかおかとしや
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:5人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月10日〜11月15日
リプレイ公開日:2008年11月18日
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●オープニング
炎が、森を這い進んでいた。
青い。
青い。
それは、命を燃やす。
どのように凶暴な野獣も、決して近寄る事なき青の炎。
それには嘗て、名が有った。
やるべき事があった。大事な何かがあった。
何か、何か。
しかし、それはもうなくなってしまっていた。
身と、心と、以前確かにあった大切な物。
それら全てを、たった一つの想いと引き替えに、それは青い炎の中にくべたのだ。
―――燃やさねば。
鬼を、鬼を、鬼を、鬼を、鬼を!
鬼の命を、燃やし尽くさなければ!
青い炎が、僅かに輝きを増す。
‥‥だが、実際のところ、それに鬼と、その他のモノの区別が付くかどうかは、怪しいものだった。
鬼に殺されて、尚倒れぬ為に。もう一度立ち上がる為に。
それは一切合切を火にくべざるを得なかったのだ。
立ち上がるとうの理由さえ、とっくに青い炎で燃え尽きた。
●
「聞いてないゾ‥‥あんなモノ‥‥」
太く、低い。辿々しいゲルマン語だ。
「それは泣き言かしら? これだけの力と、武器、軍勢を与えられてまだ足りないと?」
応える一方は、美しい女の声。
銀鈴のような響きの裏のあからさまな嘲弄の気配に、低い声は反論する。
「その武器と軍が! 相手に触ル事すら出来ぬのダ!!」
ガゴンッ!
一抱え程もある太い金棒が、洞窟の壁に抉込む。
金棒を持つ赤銅色の腕が、怒りに震えた。
オーガだ。
それも、並のオーガより、頭一つ抜けた巨漢。
使い込まれた重鎧に身を包み、二本の角で周囲を睥睨する、オーガ達の統率者。
森の奥より現れ、雑多な種の入り交じるオーガ族をまとめ上げ、開拓村を襲ったのがこいつだった。
「そうね。まさかこんなところでレイスが生まれるなんて、全く運の悪いこと。‥‥ただ、私、そしてあの方も、折角揃えた武具が、このまま何も成果を上げずに潰えるのを見るのは本意ではありません」
その、怒るオーガを前にして、女の態度は些かも変化しない。
いらうように、一息の可笑しみさえ込めて、女は美しくさえずる。
「これを差し上げましょう。ご自慢の金棒にこれを付ければ、天地万物の一切が逃れること叶わず。後は、遣い手次第といったところでしょうか‥‥?」
女は、懐からガラス細工のような塊を取り出した。
ランタンの炎に照らされて、それはキラリと輝く。
「ソレは、レミエラ‥‥か?」
「ご名答。私達は、これで随分、貴方の活躍に期待しているのですよ? 勿論、あの方も‥‥」
女の取り出したレミエラは、実際の所、それ程強力な物ではない。
それでも、既存の武具に魔法の力を付与する程度の力を持っている。確かにこのレミエラがあれば、オーガの金棒は、触れ得ぬレイスの肉体をも砕くだろう。
「有り難イ。礼を言オウ‥‥」
レミエラを受け取ったオーガは、金棒を肩に担ぎ、踵を返す。
「あら、どちらへ?」
「決まっていル‥‥襲うのダ、村を。次にあの青い炎が現れた時は、俺が直々に叩き潰してクレル。忌々しい、冒険者共と一緒ニナ‥‥」
「それはそれは。いってらっしゃいませ‥‥‥‥」
礼などと。
女はうっすらと、笑顔さえ込めてオーガを見送る。
どうせ死ぬのですから。
せいぜい、役に立つ死に方をして貰わねば、あの方も喜びません。
●
ローブを羽織った女が、冒険者ギルドの扉を開けた。
一度は、祝福の中で冒険者を引退した女。
その後、彼女がこの扉を開けたのは、これが三度目だった。
多分、次はないだろう。
客の来店に、カウンターの書き物から顔を上げた受付嬢は、一目で絶句した。
燃え立つように広がり、波打つ金髪。
手に握られた、抜き身の剣。
赤い凶眼。
一番彼女を悲しませたのは、その凶眼の奥に、友人の、モニカの面影を見つけてしまったことだった。
「‥‥モニカ? モニカなの? あなた、狂化して‥‥‥‥」
「―――村を 守って」
モニカは剣を差し出した。
受付嬢にも見覚えがある。それは、ローガン愛用の魔剣だった。
「オーガ 来る ティルラ 守って」
モニカの赤い瞳から、涙が流れる。
いっそ、赤くないのが不思議な程の、激情の滴。
「ローガンの 声が 聞こえる 私 ローガンを 殺さなきゃ ローガンは今も 森を 一人で 這いずって」
そこまで覚束無げに声を絞り出し、モニカはカウンターに剣を置き、走り出す。
受付嬢はカウンターを乗り越え、モニカの後を追った。
(ダメよ! モニカ、貴方は取り返しの付かないことをしようとしている‥‥!!)
ギルドの表に走り出た受付嬢の目の前で、モニカは馬を駆けさせた。
激しく鞭を入れられた馬が、狂ったように速度を上げる。モニカは馬を使い潰すつもりだ!
モニカの姿は、見る見る内に遠く、小さくなっていく。
追いつけない。
モニカは、最後まで振り返りさえしなかった。
●
一時間後。
ロジャンカ村の男が一人、キエフのギルドにまでモニカを探しに来た。
その男の口から、事情は判明する。
村の近く。森の向こうに、オーガ達の軍勢が終結しようとしていた。
オーガ達の軍は、数日中に、村にまで攻め込んでくることだろう。
今度襲われれば、村はひとたまりもない。
『依頼内容:村の安全の確保』
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●依頼目標
・オーガ軍から、開拓村を守り抜くこと
●オーガ達について
・オーガ、オーク、ゴブリンを主体とした混成部隊です。まるで軍隊のようで、総じて武装度は高いようです
・前回(【ローガンとモニカ】助けを求めるモニカ)オーガ達の軍が駐屯した川沿いの丘から、さらに数キロ奥の森の中で、オーガ達の姿が発見されています。翌日、もしくは翌々日には村に襲来する可能性が高いです
・軍隊の規模は不明です
・群れの先頭には、光る宝石を埋め込んだ金棒を持った、首領らしきオーガの姿が目撃されています
●報酬について
・ローガンの魔剣が一本、報酬として提示されています。そのまま誰かのモノにするか、売って金銭に換えるかは冒険者側の判断に任せられます。売った場合、別途、冒険者一人当り20G程度の報酬が入ります
●ローガンとモニカ
・ローガンはレイスとなって、森の中を彷徨っています。既に沢山の森の動物が、ローガンらしき青い炎に命を奪われています。やってきたオーガ軍に対して、ローガンが襲いかかる可能性は高いでしょう
・モニカはローガンを求めて、単身森の中に向かいました
●リプレイ本文
雪が、降ってきた。
真っ白な雪。
雪は野を埋め、森を埋め、天地一切を真白に染め上げる。
ヴィタリー・チャイカ(ec5023)はキエフからの道中、近隣の集落に対してオーガ達の襲来を報知し、避難民が発生した際の協力を求めていた。
以心伝助(ea4744)はいち早く村に赴き、村の人間達の避難と、防衛の準備を進めていた。
モニカの姿を求め、急ぎ森の探索に向かうシュテルケ・フェストゥング(eb4341)とエルマ・リジア(ea9311)の二人。その上空では、ポポロ・シェーリン(ec5792)が高空からブレスセンサーを使い、モニカの息吹を探し求めていた。
奔走する五人の冒険者達。
彼らの全員が、その時、空を見上げたのだった。
雪。
音もなく降り積もる雪。
この分では、明日には辺り一面、すっかり雪に埋もれることになるだろう。
―――急がなければ。
突然の降雪から目を反らし、冒険者達はそれぞれの仕事を再開する。
森のそばの小さな開拓村を、五人の冒険者達は守ろうとしていた。
それは、オーガの群れに今にも踏みしだかれんとしている村。
それは、ローガンが死んで尚守ろうとした村。
街道沿いに立てられた、雪の降り積もる標識に、その村の名前が刻まれている。
ロジャンカ村。
●
さくり さくり さくり。
浅く積もった雪は、足を運ぶ度に小さな音を立てる。
雪の降る暗い森の中を、シュテルケとエルマの二人が無言で歩いていた。エルマの飼い犬、グラーティアも一緒である。
暗い。
ランタンの明かりに、白い雪だけが浮かんで見える、夜の森。
この森の何処かに、ローガンと、そしてローガンを追うモニカがいる。
別行動を取りつつ、ブレスセンサーで森を上空から探索していたポポロが、瀕死のモニカの愛馬を発見したのはほんの三十分前の事。キエフからここまで、駆けに駆け通したのであろう。馬は程なく息絶えた。
モニカは近い。馬をなくしたモニカは、それほど遠くへは行っていないはずであった。彼女の匂いを辿るグラーティアも、さほど迷う素振りを見せる事なく、森の奥へと二人を誘う。
‥‥その、グラーティアの足取りが、ふと止まった。
「グラーティア‥‥?」
エルマは犬に声を掛けようとして、自らもその音に気が付く。
争乱の気配。
オーガの低い叫び声が、森の静寂を貫いた。
「エルマさん、聞いた? そんなに遠くない。行こう!」
シュテルケの声にエルマは頷き、グラーティアが先頭を切って走り出す。
その後を追うように、二人も駆け出した。
●
そこは、小川沿いの森の一角であった。
抉れた木の幹。
踏み散らされた雪の痕。
ウォーターボムによって、全身を濡らしたオーガの死体。
そして―――
泥と雪と朱に染まった、赤い瞳のモニカが、そこにいた。
「モニカ‥‥さん、なのか?」
シュテルケの問いかけに、モニカは応えない。
二人の姿がまるで目に入っていないかのように、頭を巡らし、モニカは森の奥へと進もうとする。
血と泥に汚れた、場違いな程薄いローブが二人の目に映る。
「いけない、モニカさん! 今の貴方では、本当に命まで落としてしまう! 帰りましょう。このままでは、犠牲が増えるだけです!」
エルマがモニカに近寄り、叫ぶ。
実際、今のモニカはオーガとの戦闘によって重傷を負っていた。怪我した手足自体が凍え、凍傷になり掛かっている。それでも、モニカは歩くのを辞めなかった。
「‥‥あの人が ローガンが 呼んでいるの‥‥ 痛いって 苦しいって‥‥」
暗闇を歩きながら、モニカは応える。雪に消え入りそうな、細い声で。
「ローガン 最愛の 私の自慢の‥‥ 好きでした 今も 今も
泣かないで 怖がらないで 私が いくから すぐに
殺してあげるから 苦しまないで 殺してあげるから」
モニカは泣いている。
赤い瞳から流れ落ちる、透明な滴。
モニカの言葉と、その滴に込められた想いに、思わずエルマはモニカに向けて差し伸ばした手を引き戻してしまう。
言うべき言葉、掛けるべき台詞が頭の中で渦巻き、喉の奥でつっかえた。
(駄目! 何か言わなければ!!)
しかし、何を?
今の彼女に、どんな言葉が意味を持つのだろう?
―――エルマの代わりに、その言葉を言ったのは、シュテルケだった。
少年は、モニカの腕を掴む。
モニカは抵抗をするが、シュテルケの腕はモニカを掴んだまま、万力のように微動だにしない。
「‥‥モニカさん。行かせない。絶対に、俺はこの腕を放さないぞ」
握った腕から、モニカの冷たい体温がシュテルケに伝わってくる。
モニカが、赤い凶眼を少年に向けた。
少年は、青い瞳で、殺意さえ込められたその視線を正面から見返す。
「あれは、あの青い炎はもうローガンさんじゃないかもしれない。
それでも…、それでも、うまく説明できないけど。モニカさんがローガンさんを討つのは絶対にダメだ!
大事な人を手にかけるなんて間違ってる。
俺達じゃティルラちゃんを守ることは出来ても、お母さんになることは出来ないよ。
‥‥帰ろう、モニカさん。ティルラちゃんが、家で待っているから‥‥」
雪の降る、夜の森で。
シュテルケの言葉が通じたのか。想いが、温もりが通じたのか。
いや、それとも、とっくに彼女の肉体は限界を超えていただけなのかも知れない。
シュテルケの腕の中で、モニカは意識を失った。
赤い瞳は閉じられ、波打ち逆立つ金髪も、今はただ、雪に重く濡れそぼっている。
シュテルケはモニカの体を背負い、来た道を引き返す。
●
翌日。
ヴィタリー、伝助らが中心となって進められた村の防衛の準備は、夜を徹して行われた。
住民の避難場所には、村の中央に建つ集会所が当てられている。大きく頑丈な造りの建物で、老人や女子供などを中心に、かなりの割合の住民を一カ所に避難させられることが出来た。
昨夜遅くシュテルケらが連れ帰ったモニカも、今はティルラと一緒に集会所の別室で寝かされている。
室内でモニカにポーション類での手当を施しながら、ヴィタリーは太い天井の梁を見上げた。
小さな開拓村には、不釣り合いな程の立派な建物である。
村の人間に聞くと、この集会所は昨年、ローガンが中心となって建設した物なのだという。自然災害やモンスターの襲来などの、いざというときの為の最後の備えとして。
「‥‥ローガンは、本当に村のことを思っていたんだな‥‥」
ぽつりと呟く。
太い梁、石造りの壁の其処此処に、ローガンの村に対する想いが込められていた。
「‥‥‥‥ロ‥‥ガンッ‥‥‥‥」
モニカが苦しそうに呻くと、傍らのティルラも眠りながら、小さな柔らかい眉をしかめる。モニカが昨夜帰ってくるまでの間、ティルラは延々泣き通しで大変な騒ぎだったという。
枕元で、しっかりと握られた二人の手を見て、ヴィタリーは思う。
この親子が、これ以上肉親を失い、住む場所を失うなんて事は絶対にさせない。
絶対にだ。
「神よ、ローガン、モニカ、ティルラちゃん、そして村の人々に貴方のご加護を‥‥」
●
夕方。
陽はまだ落ちてはいないはずの時間帯であったが、ランタン無しではもう暗い。
雪は峠を越したようだが、それでも雪雲は空に重くのし掛かったままだった。
オーガの襲来を待つ緊張した空気の中で、初めに異常に気が付いたのは、村の周囲を警戒していた伝助とポポロの二人であった。
伝助は耳で、ポポロは目で。
森の梢から飛び上がった無数の鳥と、雪を蹴散らすオーガ共の行軍の音。
「ねえ伝助、来た! オーガ達だよ!」
「そのようでやすね」
伝助は予め決められた通り、オカリナを吹き鳴らしてオーガの襲来を告げる。
二度、三度。
すぐに、村の中からエルマのオカリナによる返答が返される。
「さて‥‥。ポポロさん、あっし達は行ってきやすが、貴方は初陣でやす。あまり無理をしないように‥‥」
「私は大丈夫だよ! ‥‥ねえ伝助? 『達』って、誰と誰のことなの?」
ポポロの疑問に、伝助は腰に差した二振りの剣を抜いて、応える。
「あっしと‥‥この、ローガンさんでやすよ」
二振りの剣。
一方は彼本来の刀、陰陽小太刀「照陽」。もう一方の剣は、生前のローガンが愛用していた両刃の魔剣。モニカが、冒険者ギルドに村を守る報酬として置いていった物だった。
小太刀に比べてずしりと重い剣が、伝助に、ローガンの存在を強く感じさせる。
「ローガンさん‥‥さあ、行きやしょう」
●
戦いが始まった。
口々に何事かを喚きながら、森から続々と村へ押し寄せるゴブリン、ホブゴブリン共の群れ。そのすぐ後ろからは、オーク、オーガの部隊が戦槌と金棒を手に向かってくる。
だが、森の外縁を抜けた辺りで、先頭のゴブリンの一匹が何かに足を取られて突然つんのめった。後続をも巻き込んで、ゴブリンらは折り重なってバタバタと転倒する。伝助が仕掛けた、草を結んだだけの単純な罠だ。しかし効果はそれで十分。
「今でやす!」
伝助の言葉に合わせて解き放たれる、エルマの魔力。
「氷嵐よ、轟け! アイスブリザード!!」
草に足を取られた先頭集団に対して、エルマの術法がまともに襲いかかる。抵抗力の弱いゴブリンらは、この一撃で深い凍傷を負った。オーガらも、決して軽いダメージではない。
「空に雪雲、地には雷。曇りに賭けたのは正解だったね、ヘブンリィライトニング!」
ブリザードを避けたオーガの一匹が、ポポロの喚んだ雷に撃たれて倒れ伏す。
低レベルではあっても、強力な術だ。
「行くぞ、みんな!」
シュテルケが剣を構えてオーガ達に突っ込むと、伝助もそれに従った。
生き残りのオーガ達、森から現れた後続の群れが冒険者達を迎え撃つ。
混戦。
●
互いが入り交じっての戦いは、長いようでいて短かった。
一時はオーガ達の物量に危うい場面もあったものの、徐々に冒険者側が戦況を盛り返していく。戦術の巧みさは元より、本来やって来るはずのオーガ達の増援が殆ど村に現れなかった事が、冒険者達にとっての大きな助けとなっていた。
「何故ダ! 一体何が起こってイル?」
巨躯のオーガが吠えた。
こいつがボスなのだろう。図体もさることながら、オーガには珍しいゲルマン語である。
「何故この程度ノ村を潰せぬノダ! 後続の、他の我ガ軍団は何をやっていル?!」
怒り狂い、レミエラを埋めた太い金棒を力任せに振り回すオーガに対して、冒険者達は距離を取った。
ただ一人だけ、返り血に染まった伝助が、二刀を手にオーガボスの正面に立ちはだかる。
「聞こえないんすか? あの森から響く、お仲間の悲鳴が。お前達はもう、負けているんでやすよ。ローガンという、只一人の戦士によって‥‥」
「ほざくナ、人間ガ! ナラバ、我が金棒で、立ちはだかる敵全てヲ叩き伏せてくレル!」
オーガボスは言いざまに、重い金棒を旋風と化しめて伝助に襲いかかる。
成る程、並々ならぬ腕前だ。
数百匹のオーガ族の全てを金棒一本で統合した、圧倒的な力に対する自負。その群れを武装させ、軍隊を構築し、レミエラまで持ち出して人の村を襲った、人語を操る鬼の首領。
だが。
「‥‥お前がそのご大層な軍隊と金棒で殺したのは、たった一人だけ。そして、その一人によって、お前達は滅ぼされるんでやすよ」
伝助は金棒をかいくぐり、オーガの懐に躍り込む。
がら空きの腹に、ローガンの剣が深々と食い込んで―――
●
戦いは、首領が伝助に討たれたことで終了した。
雪は、いつの間にか止んでいた。
雲が晴れ、オーガ共の死体の残る雪原が明るく照らし出される。
星の光と。
月の光と。
‥‥そして、青い炎の揺らめきによって。
そのレイスが森から出て来たことに、驚いた者は誰もいなかった。
森は、外傷なきオーガ達の死体で溢れかえっている事だろう。レイスがそこで多くのオーガ軍を食い止めていなければ、村は今頃、大変な惨事に見舞われていたとしても不思議ではない。
戦いが終えたのを察した村人達が、村の入り口から外の雪原へと集い来る。
村人の目は、一様に揺らめく青い炎に注がれていた。
咳き一つ聞こえない。
その中から、ティルラを抱えたモニカが進み出る。
穏やかな、深い青の瞳。
深い愛情の湛えられた、それが彼女本来の瞳であった。
彼女は、炎に告げた。
「ローガン。私は貴方を愛しています。今までも、これからも。貴方は、私の、そして娘ティルラの誇りです‥‥」
幼いティルラは、瞬きもせず、炎の揺らめきを見つめている。
炎の中に、父親の面影を見いだしているのであろうか?
モニカが、冒険者達に一つ、頭を下げる。
『主は我が牧者なり、我乏しきことあらじ。主は我を緑の野に臥させ、憩いの渚に伴い給う―――』
ヴィタリーが、葬礼の聖句を唱え始める。
魔剣を携えたシュテルケと、伝助の二人が、炎の前に進み出た。
これから何をするのか。何をすべきなのか。
その場の誰もが知っていた。
『―――たとい我死の影の谷を歩むとも、災いを恐れじ、汝我と共に在ませばなり』
炎がシュテルケに掴み掛かろうとするのを、少年はゆっくりと躱し、剣を振るう。
青い炎が揺らいだ。
『我が世にあらん限りは、必ず恩恵と憐憫と我に添い来らん、我はとこしえに主の宮に住まん―――』
「ローガンさん、剣をお返ししやす。村を救った英雄は、間違いなく貴方でやした」
伝助の小太刀が青い炎を裂き、ローガンの剣が炎に突き刺さる。
『―――かくあれかし』
聖句の終わりと共に、炎は消えた。
至極あっけなく。
冒険者と村の人間が、共に祈る。勇敢なる戦士の魂に、祝福と、永久の安らぎを。
●
「―――とても魔剣の代わりにはなりませんが、せめてこれを受け取って下さい」
別れの朝。
剣は受け取れないとモニカに告げた冒険者達に、彼女は古いメダルを手渡した。
「これは私達が現役だった頃、あるダンジョンの奥で手に入れた古いお守りなんです。私が冒険をする事はもう二度とないでしょうが、貴方たちはこれからも冒険を続けられるのでしょう?
ありがとうございました。いつかまた落ち着いたら、村に遊びに来て下さい。ティルラも喜びますから‥‥」
そう言って、モニカはティルラと共に頭を下げた。
ローガンには死体さえ残っていない。彼の剣は、代わりに墓に埋めるのだという。
空は晴れ。
雪に覆われたロジャンカ村は、朝日の中で白銀に輝いている。
ローガン、モニカ、そして冒険者達が守った景色がこれであった。
しばしその景色に足を止め、心に刻み、冒険者達は村を後にする。
また来ようなと、誰かがポツリと呟いた。
●
何処とも知れぬ暗がりで、女が何者かに報告を上げている。
「貴重なデータが取れましたわ。はい。次は、よい結果が期待できるかと思います」
そう、銀鈴のような美しい声で、微笑みながら。