【猫】マタタビ戦争

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月04日〜12月09日

リプレイ公開日:2008年12月13日

●オープニング

「マタタビをばらまいている人を、捕まえて欲しいんです」
 と、その少年は言った。
 にゃあと、傍らの黒猫も同意の鳴き声を上げる。

 ―――気弱げな、ようやく十歳に手が届こうかという年頃の可愛らしい少年である。おそらく、何処か良いところのお坊ちゃんなのだろう、仕立てのよい、随分とよい身なりの格好をしていた。
 この少年が、今回の依頼人である。
 他に大人の付き添いはおらず、少年は勇敢にも一人(プラス、黒猫一匹)きりで、冒険者ギルドにまでやって来たらしい。そのこと自体には受付嬢も内心感心しなくもないが、依頼内容がいけなかった。
 少年は受付嬢に向かって、依頼の背景を語り出す。

 何でも、最近少年の住む家の近くで、何者かが無断でマタタビをばらまいているらしい。
 一度や二度ではなく、ここ一週間というもの、ほぼ毎日。
 またたびは、猫業界じゃ精神を堕落させるご禁制の物だそうだ。節度を保って服用する分には体によいくらいの代物だが、多量且つ持続的なまたたびの摂取は、猫の独立独歩の孤高の精神を堕落させ、腐敗させる。事実、彼の家の周りの猫たちは、飼い猫、野良猫の区別なく、皆その毎日のマタタビを目当てにだらだらと過ごす以外、何も生産的な行動をしなくなった‥‥。
 これは陰謀である。謀略である!
 猫を骨抜きにして、何らかの陰惨な計略を推し進めようとする、何者かの策略である。
 そういえば、最近、屋敷の周囲を見慣れない、犬を連れた東洋人らしき行商人がウロウロしていた。おそらくその犬と商人が‥‥‥‥




「―――ちょ、ちょっと待って! ぼく。そのお話は誰から聞いたの?」
 受付嬢は、その辺で堪らずストップを掛けた。
 少年の、驚く程アレげな内容の割には、まるで誰かからの伝言を暗唱してるかのような淡々とした口ぶりが、アンバランスな事この上ない。
 一体、誰がこの素直そうで可愛らしい少年に、こんな怪しげな考えを吹き込んだのだろう?

「ねぇ、ぼく? 別にキミのお話を疑っているワケじゃないのよ? でも、あんまり突飛すぎて、お姉さん、すぐには信じられなくて‥‥」
「‥‥いやその、僕もそう思うんですけど、アルフレドがどうしてもって聞かなくて、それで‥‥」
 にゃあ。がり。
 ぽろりと本音を漏らす少年の首筋を、黒猫ががりりと引っ掻いた。少年は痛さのあまりに飛び上がる。
「痛い! もー、アルフレド、だから言ったろ? こんなこと、大人に信じて貰えるわけがないって‥‥」
「‥‥もしかして、ぼくにこの話を吹き込んだ『アルフレド』って、その猫ちゃんのこと?」
「え? いや、あの、そうなんですけど、そうじゃなくて‥‥‥‥」
 にゃあにゃあ鳴く黒猫と、猫に真顔で抗議をする少年。
 その様子を見て、不審を通り越して、何やら可哀相な子を見つめる感じに変わってしまった受付嬢の視線に、少年はしどろもどろ、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 受付嬢は内心、得心する。
 どうやら、何か大人を引っかけようとした悪戯らしい。
 特に怒る気もないけれど、何度も悪戯を繰り返すようでは少年の為にもよくないわ。ここは一発大人のお説教を‥‥と、心の中で腕まくりをした受付嬢。
 だが彼女のお説教は、次の瞬間繰り出された『アルフレド』の猫パンチと、続く啖呵によって打ち消されたのであった!

 ぺしっ!

『おいおい、ここは冒険者ギルドだろ? 子供や猫の話じゃ信じられないってのか? 金ならあるさ。こいつの家はブラヴィノフ家って、キエフじゃ有名なお大尽だからな! さあ、受け取れ。受け取ったら、頼むから、性根据えて俺とこの子の話をきちんと聞いてやってくれよ!』
 人なら平手が飛ぶシーンだが、猫なので当然猫パンチ。
 啖呵を切りながらアルフレドがカウンターに投げ出した革袋には、琥珀の大粒がぎっしりだ。
 二本足でカウンターの上に立ち、尚も言い募ろうとするアルフレドを、少年は背後から慌てて口を押さえながら抱きすくめる。
「す、すいません! いや、その、なんでもないんです、まさか、その、普通の猫ですから! なんでもないです、すいません‥‥!」
 周囲の目を気にしつつ、大慌てで受付嬢に言い訳を試みる少年。
 その痛々しくも無駄な努力と、頬に残る猫パンチの感触。その時、受付嬢は眼前の黒猫の正体にようやっと思い至った。
(この猫ちゃん、ケット・シーなんだわ‥‥!)
 ケット・シー。二本の足で歩く、猫の妖精。
 と言うことは、つまり、猫の妖精とお金持ちの子供が、猫業界の危機に立ち上がったと言うことだろうか?

「―――でも、知らなかった。ケット・シーって、喋れるのね‥‥」
 頬を抑えつつ、さらりとアルフレドの正体を言い当てた受付嬢の言葉に、少年はまともに顔色を変えるが、一方のアルフレドは平然としたものだ。くあっと欠伸を一つ。首輪に取り付けられた、木製の指輪らしき輪っかを受付嬢に指し示す。
『喋るケット・シーは珍しいかい? なに、世の中には、色々と便利なもんがあるってことさ。さ、そろそろ、依頼を引き受けちゃくれないもんかね? お嬢さん』


 『依頼内容:少年の家の周りに撒かれるマタタビについて、その背景を探索し、原因を取り除くこと』


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●報酬
 現金報酬+琥珀の宝石(5G相当)

●少年と黒猫の話
 ・一週間前から、少年の屋敷の周囲にマタタビが毎日ばらまかれている
 ・またたびのせいで、近くの猫は、野良猫、飼い猫問わず骨抜きになってしまっている
 ・少年の住む屋敷の近くには、割と沢山の猫が住み着いている
 ・マタタビ事件と前後して、東洋人の行商人らしき男が、屋敷の周囲に現れるようになった
 ・商人は数匹の犬を連れている

●少年
 ・名前はイヴァン・ブラヴィノフ
 ・ブラヴィノフ商会という、新興の雑貨、宝石をとり扱う交易商人の一人息子
 ・キエフの中心市街の一角に構えられた屋敷に住んでいる
 ・屋敷は塀に囲まれた、かなり大きな建物

●ケット・シー
 ・名前はアルフレド。少年の飼い猫というか、友人
 ・普段は猫の振りをしているが、猫の妖精の一種である
 ・少年の家にあった魔法の指輪「インタプリティングリング」の力により、会話が可能(オーラテレパス相当)
 ・周囲の猫たちの元締めである
 ・犬は嫌い

●今回の参加者

 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3232 シャリン・シャラン(24歳・♀・志士・シフール・エジプト)
 ec5845 ニノン・サジュマン(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 にゃあにゃあ
 にゃあにゃあ

 群れ集う柔らかい毛皮の塊。
 猫だ。
 転がり、走り、あるいは寝そべり。互いに通じているのかいないのか、猫語で世間話を交わし合うにゃんこ達。毛皮と、もふもふと、にゃあにゃあはこれでもかと言わんばかりに盛り沢山だが、集団としての秩序には全くもって欠けている猫集団。

『悪いね、折角身体を診てくれるって言うのに、こんな有様で』
 にゃあご。
 猫達の様子をニコニコと眺めているイヴァン少年の肩の上で、アルフレドが申し訳なさげに冒険者達に謝罪する。
「いや、そんなことはないんだが‥‥しかし」
 アルフレドの言葉に、冒険者達はぶんぶか顔を横に振る。

『そうかい? じゃあよろしく、そろそろ始めてやってくれ』
 にゃにゃにゃー!
 アルフレドの一喝が飛ぶと、毛皮の群から、可愛い仔猫がテコテコと冒険者達の方へと歩み寄ってくる。しばらくどちらに行こうと迷っている様子だったが、やがて、ニノン・サジュマン(ec5845)の元へと歩を進め、ぴょんと彼女の膝の上へと飛び乗った。
「こ、ここ、これは一体‥‥」
 仔猫に膝に乗られたニノンは、そのまま硬直。
『どうした? 身体の具合を診てくれるんだろう?』
「う、うむ。‥‥そうじゃ。そうじゃった。決してやましい事ではないのじゃ。で、では失礼して‥‥‥‥」
 ゴギギギギギ、と錆びた風車小屋のような音を立てて、膝の上の仔猫に手を伸ばすニノン。
 その震えるニノンの手に、仔猫はてふと、前足をのっけてきた。
「はぅ」

「‥‥どうやら、硬直したようだが」
「そのようだな」
 エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)とヴィクトル・アルビレオ(ea6738)が、完全に動きが停止したニノンの背後で、その様子を眺めている。
「―――羨ましい」
「ん? ヴィクトル、お前、今何か言ったか?」
「いや、なにも」




「もふもふだったー☆」『もふもふー☆』
 シャリン・シャラン(eb3232)が、妹分であるフェアリーのフレアと手を繋ぎ、興奮冷めぬやら、ぴょんぴょん飛び跳ねながら先程の猫サービスの感触を思い返す。猫達は近所の野良が中心だったが、中には随分毛並みのよい、長毛種の飼い猫なども交じっていた。その感触がまた‥‥

 ‥‥いや、違うのだ。
 別に、先程のは猫からサービスを受けていたのではない。
 マタタビにやられたという猫達について、他にも何か悪い症状が出ていないか調査、診察をするという、冒険者としての使命を果たしていただけの事である(本当ですよ?)。
 提案者のヴィクトルは元より、何せ猫達の数が多いので、多少とも応急手当の心得があるエルンスト、ニノンの二人も借り出された上で、先程のような身体検査と相成った次第。
「多少元気のない個体が多いようにも見受けられたが、少なくとも効きの早い毒を混ぜられているというような事はなさそうだな」
 ヴィクトルの報告に、アルフレドとイヴァンは、共に胸を撫で下ろす。

 ここはヴラブィノフ家の屋敷の一角、イヴァン少年の居室。
 居室というか、離れに建てられた独立した家そのもの。先程の猫の診察もここの裏庭で行われていたのだが、離れの裏庭自体、並みの庭よりも尚大きい。ヴラブィノフ家が大尽である事は、確かに間違いないようだ。

「にゃんこのサービス‥‥もとい、診察が終わったなら、次はその行商人って奴に会ってみないといけないわね。ね、そいつってどんな奴?」
「外から見える行商人の特徴や、行動パターンなど、情報は有るだけ教えて欲しい」
 ようやく落ち着いてきたらしいシャリンとヴィクトルの質問に、少年は思い出し思い出し、口を開く。
 その足下ではアルフレドが、冒険者達の連れてきたシムルのエンジュとケット・シーのバンデラスを交えた三猫での猫会議を開催中だ。

 最終的に、冒険者達がイヴァンとアルフレドから聞き出した情報は、以下のような物だった。
 ・行商人は東洋人であり、背中に風呂敷に包んだ箪笥のような物を背負っている
 ・毎日、午後の三〜四時くらいに屋敷の近くの通りなどにマタタビをばらまいている
 ・初めは行商人が一人だけだったが、いつのまにか犬を連れてくるようになった。柴犬が、先日は二頭。猫達も当初は犬を警戒していたようだが、マタタビに慣れるにつれて誰も気にしなくなった

 東洋の行商人は、キエフにはそう多いわけではないだろう。
 一通り質問を終え、探索の目星を付けた冒険者達はそれぞれに席を立つ。今は昼過ぎ。上手く探索が進めば、行商人が来るという、夕刻前には足取りが掴める筈だ。

「‥‥そうじゃ、イヴァン殿。お家のヴラブィノフ商会について、最近なんぞ変わった事は起きてないじゃろうか? 近頃は、キエフの大手商会にデビルの手が伸びているという、物騒な噂も聞かぬではないからの」
「最近かぁ‥‥。うちの船が沈んだのは二ヶ月以上前の話だし‥‥」
 立ち去り間際にニノンの投げかけた質問に、少年は考え込む。
 秋口、商会の交易船が一隻、ドニエプル河を遡航した巨大な一角鯨に沈められるという事件が発生している。一角鯨自体は別の冒険者達の手によって退治されており、船が襲われたのは出会い頭で運が悪かっただけ、と言う事で決着が付いていた。
「‥‥うー、そうだ! 変わった事と言えば、先週、お父さんがようやく帰ってきたんですよ」
 ぽんと手を叩く少年に、冒険者達は聞き返す。
「お父さん?」
「そうです。ドニエプル川が氷結すると船の貿易が出来なくなるんで、お父さんは毎年冬の間はここの屋敷で過ごすんです。そうでない時は、大体お仕事で外国に行ってて留守だから‥‥」
「―――ふむ」
 行商人が現れた時期と、ヴラブィノフ家当主が帰ってきた日付は、奇しくも一致していた。
 これは偶然だろうか?




 エルンストの脳裏に、三日前の路地の光景が浮かび上がる。
 動きのない光景が、そのまま十秒。映像は、それで終わりだ。
「駄目だな、パーストの過去見も、たった十秒では何も判らん」
 エルンストは頭を振り、広げていたSCROLLofパーストをしまい込んだ。

 探索の為、表に出た冒険者達は、二手に分かれて情報を集めていた。
 ここ、屋敷近くの表通りにいるのはエルンスト、シャリンの魔法探索組である。残念ながらエルンストのパーストは不発に終わったが、シャリンのサンワードの方には手応えがあった。
「あっちにいるって。中央広場の方」
 太陽の導きによりシャリンの指し示す方向は、確かにキエフの中央広場の方向であった。しかも、あまり遠くない。
「エルンスト、ほら、あそこ!」
 ほんの一キロ程先、中央広場から冒険者街へ抜ける手前の大通りに、その行商人はいた。
 背負った箪笥を傍らに置き、三頭の柴犬を連れた東洋人の行商人が、道行く通行人に、何か薬のような物を商いしている。何処と言って特徴のない、ただ人の良さそうな顔つきの男であるが‥‥




「すまぬな、ヴィクトル殿。付き合わせてしまって」
「なに、気にするな。一人では何かと不便だろう」
 ヴィクトルの腕に抱えられていたエンジュ嬢も、にゃあと同意。

 一方こちら、ニノンとヴィクトルの聖職者組の二人は、酒場で情報収集を行っていた。
 商会周辺の噂、評判、行商人についての聞き込み。
 行商人の方の情報収集は難航したが、ヴラブィノフ商会についての噂は簡単に耳にする事ができた。
 曰く、新興の金持ち。
 曰く、琥珀の大商人。
 琥珀の買い付けを足がかりに、現当主一代で財を成したというキエフ有数の大商人である。
 最近は取り扱う品々の多角化も始めており、キエフ市民や、小売りの店からは随分と評判がいい。

「‥‥とは言えだ、嬢ちゃん。古い交易商人達は、そんな新興に稼がれちゃ堪らねーわな」
 今は隠居の身だという元交易商の年寄りが、クワスを呷りながらニノンに語る。
「ほう。と言うと?」
「最近はキエフの商人達の間でも、デビルに殺されただの何だのと、色々騒ぎが起こってるが、何処までがデビルの仕業で、何処までが商売敵の仕業か何か、判ったもんじゃねーって事さ。ヴラブィノフみたいな、なまじ綺麗な商売を心がけてる商人相手なら、起こった事みんなデビルのせいにしちまうのも簡単だしな‥‥」
 年寄りは、クワスをがぶりと飲み干しながら、冗談だよ、冗談! と、ニノンの肩をバンバンと叩く。

 根も葉もない、酔客達の噂話。
 しかし、聞き込みを続ける内に、そう言う噂話が、意外に広く出回っている事に二人は気が付いた。
 この話は、今回の依頼にどのように関係するのか。それともしないのか?
 その結論が出る前に、シャリンのフェアリー、フレアが酒場の中へ飛び込んで来た事によって情報収集は中断された。フレアの伝える行商人発見の報に、二人は直ぐさま店の外へと駆け出していく。




「何故、貴殿はこのような事をしているのか?」
 ヴィクトルは行商人に、そう問いかけた。
 時は午後三時。
 所はヴラブィノフ家の屋敷沿いの路地。
 周囲をうにゃうにゃと、またたびで腰砕けになった猫達に囲まれたその男は、ニコニコと笑顔のまま、前方の四人の冒険者達に目を向け、小首を傾げる。
「なんでっか?」

 捉え所のない男であった。
 多少訛りのあるゲルマン語を喋る、犬を連れた東洋人の薬売り。
 発見した行商人に対して、尾行などのスキルに欠ける反面、飛行手段には事欠かなかった冒険者達は、行商人が空を見上げなかった事を幸い、小一時間も上空からその行状を監視し続けた。
 その結果得た知見が、たったこれだけ。
 時間通りに屋敷の側へとやってきた男と、こうして地上で改めて対峙していても、特に怪しいところは見当たらない。エルンストの持つ石の中の蝶も、勿論無反応。その為、今もこうしてただの迷惑な一般人に、迷惑行為を辞めさせようという態度で冒険者達は臨んでいるのである。
 ただ、ヴィクトルの、僧侶として培った勘だけが油断するなと囁いていた。
 何かある。目を離すとなと訴える。

「これでっか? いや、わて薬売りなんだっけどな、商売柄扱こうとる木天蓼を、以前ここいらの猫に嗅ぎ付かれてもうて。それからは、ここを通るたんびに猫が木天蓼、こうしてカツアゲしにきまんのや。なに、可愛いもんなやけど‥‥ああ、すんまへん、ご近所の方で?」
「‥‥近所の者に、猫が酔っぱらっていると相談を受けた者だ」
 男の言葉に、ヴィクトルは低い声で答える。
 突然の詰問にも、よどみなく、男はごく当たり前の言い分をすらりと並べて見せる。
 状況にも矛盾はなく、二、三注意をすれば、男は愛想よく了承してこの場を立ち去るだろう。

 それでも、男は嘘をついていた。
 『猫の言い分』はそうではない!
 それは確かなのだが、そう口に出してしまうのも躊躇われるのがつらいところだ。
 見逃していいのか?
 しかし、何と言って引き留める?
 男の柔和で物わかりのよい態度が、冒険者達に付け入る隙を与えない。
 男が愛想よく頭を下げ、その場を立ち去ろうとしたその時、

 ―――猫の言い分を主張したのは、やはりと言うか、猫だった。




『猫が喋れねえと思って、適当な嘘をつくんじゃねーや、このペテン師が!』

 屋敷の塀の上に二本の足で立ち上がったアルフレドの言葉に、男の足がぴたりと止まった。
 仁王立ちのアルフレドと、その横で四つん這いで塀の上登っているイヴァン少年を、下からその目で睨め上げる。
 ‥‥男と、男の連れている犬の雰囲気が、変わった。

「いきなり冒険者がぞろぞろと出てくるのはおかしいと思ったが、成る程、ブラヴィノフの跡取り息子の飼い猫が特別製だという噂は、どうやら本当だな。冒険者達も、見れば随分と珍しい猫を連れている。
 ‥‥猫は天敵。先祖の教えはやはり正しい」
「何じゃと? お主、やはり‥‥」
 前に足を踏み出しかけたニノンに、男の連れている犬が吠え掛かる。
 ど迫力の唸り声!
 何故今まで判らなかったのだろう?
 今なら判る。男の連れている犬は忍犬だった。
 ヴィクトルのエンジュを始め、冒険者達のペットが、一斉に男の連れている犬へと敵意の唸り声を上げる。

『答えろ、何故こんな真似をしやがった?!』
「あ、あぶないよ、アルフレドったら!」
 イヴァン少年が、ともすれば男に突っかかろうとするアルフレドを必至に押し止める。
 塀の上で不安定に揉み合うそんな一人と一匹を前に、男は薄ら笑いを浮かべ、両手を宙に振り上げて高々と語る!

「猫? あんなもの、所詮にゃーにゃーゴロゴロしてるだけの、働きの悪い毛玉さ! 犬は素晴らしい! 仕事が出来る。俺の相棒は最高だ! 
 それなのに! お前を始め、猫って奴は俺の相棒を見てはニャンニャン騒ぎ立てる事だけは一人前と来たもんだ! この猫だらけの屋敷に対して仕事をするのに、肝心な時に一々ああ騒がれちゃ堪らない。
 猫のくせに!
 ‥‥だから精々、気持ちよく骨抜きになって貰ったというわけさ。三味線にするよりは人道的だろ?」
 男は、足下の猫達に視線を向けた。
 猫達はマタタビに酔っているのか、牙と殺気を剥き出しにした忍犬の直ぐ隣でも、相変わらずナゴナゴ骨抜きの有様だ。

「御高説結構。ついでに、その仕事とやらの内容も教えて貰おうか?」
 エルンストが構えると、他の三人の冒険者もそれに追随。
 戦いの構えを取る冒険者達に対して、しかし、男は余裕の態度を崩さない。
「止めとくんだな。マタタビが気に障ったんなら、明日からは無しだ。それでいいだろう? それとも、そこの跡取り息子も交えて、ここで一戦としゃれ込むか? 」
 忍犬の唸りが大きくなる。
 三頭の忍犬から、この距離で、イヴァン少年を完全に守りきるのは確かに難しい。戦闘になれば、並みの戦士以上に忍犬は勇敢に戦うだろう。

 睨み合う冒険者達と、ペット、そして忍犬達。
 そして‥‥。




『なにが「御免やっしゃ」だ! 何が三味線だ! 今度会ったら犬鍋にしてやる!』
「本当にすいません。まさかマタタビから、こんな事になるなんて。僕、今回の事はお父さんに相談してみたいと思います」
 イヴァン少年の隣で、アルフレドは大荒れだ。
 結局、行商人はまた飄々とした訛りと共に、犬を連れて立ち去っていったのだから。

「うむ、それが良いじゃろう。今回の件に関しては、わし等は何時でも、御当主殿に証言をしてやろう。敵の狙いは未だ判然とはせぬが、それでもこれは御家の一大事じゃ」
「全く、あんな悪い奴がいるなんて信じらんない!」『らんない!』
 ニノン、そしてシャリンが憤る。
 しかし、一番ヒートアップしているのが、アルフレドと、エンジュ、バンデラスの三猫であった。
 にゃんにゃんにゃんにゃん!
 身振り手振り、終わりなき熱い猫会議が冒険者達の足下で繰り広げられる。

「どうしたのだ? こいつ等は」
「どうにも、うちのエンジュ嬢含め、皆、働きの悪い毛玉呼ばわりされた事が気に障ったらしくてな‥‥」