【聖夜の戦い】デビルを街から追い払え!
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■イベントシナリオ
担当:たかおかとしや
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 15 C
参加人数:18人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月24日〜12月24日
リプレイ公開日:2009年01月03日
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●オープニング
黙示の刻。
空は赤く染まり、大地は黒く染まる。
ロシアの大地に突如として現れた巨大な大河、アケロン河。
その河を渡って現れた無数の悪魔共は、地上に足を踏み入れた喜びを悪意に変え、満腔から周辺の街や村に向けて解き放った。運の悪い、小さな開拓村の幾つかは放棄され、瞬時に灰燼と化す。剣も炎も効かぬデビルに対して、抵抗などとても出来るものではない。
‥‥そしてそれは、この小さな街でも同様であった。
「おのれ、援軍はまだ来ぬか?!」
ドワーフの戦士が、手にした大盾で下級デビルの爪を受け止める。
下級デビルは、一匹一匹はそれ程強い敵ではない。しかし、敵は大群であり、味方の数は少なすぎた。
辺境地域の巡視として、たまたま街に駐屯していた『鋼鉄の鎚』戦士団分遣隊の人数は僅か五名。何より、分遣隊の保有している魔剣と言える物は、隊長であるドワーフ戦士個人の保有していた短剣、たった一振りだけであった。
「とっくに呼んじゃいますがね! 本隊の位置は滅法遠いし、キエフの冒険者達が来るにしても、どんなに急いでもあと一日は掛かる。どうにも、俺等の葬式に間に合うかどうかだって怪しいところですぜ」
部下の捨て鉢な返事に、ドワーフ戦士は歯噛みした。
撤退するか? しかし『鋼鉄の槌』の名に賭けて、街の人間を見捨てていくわけにはいかない。
「‥‥やむを得ん。ワシはデビル共のリーダーを狙う。お前達はその間に、街の人間を一人でも多く脱出させるのだ」
「あいつを? そのチビた短剣で?!」
「絶対無理だ! あの蛇野郎、普通じゃねーですぜ!」
ドワーフ戦士の言葉に、隊の部下達はそれぞれに反対する。
短剣がチビているのも、デビル共のリーダーである蛇野郎が普通じゃないことも判っている。
だが他に方法はない!
「黙れ! 援軍が来ぬ以上、ワシが行くしかないのだ! 命令に逆らう気か、この空っぽオガクズ頭共が!!」
ドワーフ戦士は、食い下がる部下達を殴り飛ばし、罵倒し、遮二無二デビルの群へ突っ込もうとする。部下達は部下達で、構うこたねぇ、やっちまえとばかりに本気で分隊長をぶん殴った。
突如、目の前で仲間割れを始めた戦士団を前に、小悪魔共は一時互いに顔を見合わせたモノの、すぐにゲラゲラと笑いながら、爪と閃かせて互いに殴り合う戦士達に襲いかかる―――
『援軍ならここにおるぞ、人間よ!』
ずずんっっっ!!!!
ドワーフ戦士も、その部下達も。そして、襲いかかろうとしていたデビル達も。
突然の地響きと、突然の大音声に、ともにその動きを止めて周囲を見渡す。
ずずん!
もう一度地響きがすると、小悪魔達の一匹が声を上げる暇も無しに凍りつく。
更にもう一匹がすぐに後を追った。
ずずん、ずずん、ずずん!
何か、大きく重い物が近付いてくる。
予想もしなかった魔法攻撃と、その大質量の地響きに、デビル達は完全に浮き足立ち、ばらばらと勝手に逃げ始めて‥‥逃げたデビルが、また凍る。
『さあ、デビル共。エンペラースノーのお出ましじゃ! 借りを返しに来ましたぞ、人間達よ!』
ずずん、と。
それは巨大な雪達磨。
家々の屋根を見下ろす、呆れる程にでかい雪達磨!
黒い目黒い口、木の枝の髭。王冠を被り、ご丁寧にマントまで。後ろには沢山の小さな雪達磨をゴロゴロと従えたその巨大雪達磨は、殴り合うのも忘れた『鋼鉄の槌』戦士団の面々を遙か頭上から見下ろした。
『以前わし等は人に救われたでな、今回は恩返しに参ったというワケじゃ。それに、この街のデビル共の長に、わしは些か貸しがある。さあ、力を合わせて、汚らしいデビル共に一泡吹かせてやりましょうぞ、人間よ!』
雪達磨はそう言って、かっかっかと高笑い。
‥‥雪達磨が高笑いをするのは、無論、見るのも聞くのも初めてだ。
だが、と、ドワーフ戦士はニヤリと笑みを浮かべる。
ともかく、一先ず首は繋がったようだ。
●
「ママ! おっきなゆきだるまが、子供のゆきだるまをつれて助けに来てくれたよ?」
ドアを開けて、表の通りをこっそり覗いていた少年は、たったいま見たばかりの光景を母親に伝える。
だけど、母親は信用しない。
化け物が増えた、ああおしまいだと、少年の開けていたドアをぴったり閉めて神に祈る。
大いなる父。何卒この街と、私の家族とを救い給え。
母親に促されて、少年もまた祈る。
神さま、戦士さま、ゆきだるまのみんな。
デビルをやっつけてください。
せいやさいのもみの木にまきついた蛇を、うんと懲らしめてやって下さい。
―――できれば、せいやさいまでに間に合ってくれるとうれしいです。
『依頼内容:デビルの群に襲われた街への救援。市民の保護』
選択肢1)入り口広場に居座る、デビルボスを攻撃(11Lv以上推奨)
選択肢2)対デビルボス戦以外の、戦闘行為全般。下級デビルの掃討、市民の防衛等(レベル不問、戦闘有り)
選択肢3)その他、非戦闘行為全般。避難誘導、聖夜際の飾り付けから、戦闘後の復旧まで(フリー)
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●街
・キエフから、東へ徒歩二日の位置
・街道筋の小さな街。人口は五百人を少し越える程度
・東西に街を貫通するメインストリートがあり、その東端側の街の入り口には、大きなもみの木の植えられた広場がある
・市民持ち回りの警備兵が多少いる程度で、本格的な軍備は存在しない
・木製の市壁が街を取り囲んでいる
●『鋼鉄の鎚』戦士団分遣隊
・五名
・全員が専門前半〜後半クラスのファイター
●雪達磨達
・エンペラースノー(巨大雪達磨)、1体
・スノーマン(雪達磨)、数十体
・フロストフェアリー、若干名
●デビル
・下級デビルを中心に、ダース単位のデビル達がうじゃうじゃと(増える気配有り)
・どうやら何かを探している様子
・現在、もみの木広場を占拠中
●デビルボス
・大きな蛇の姿をしたデビル
(モンスター知識万能を達人以上で持っている場合、オティスという中級デビルであることが判明)
・もみの木広場の、大きなもみの木の前に居座っている
●リプレイ本文
「ママ、ママ! はやくにげないと追いつかれちゃうよっ!」
路地裏を逃げる母子。
必死に駆ける少年の横で、母親が足をもつれさせて転倒した。
ぶつけた木桶が、ガランガランと音を立てる。
二人の背後からは、翼を生やした鉛色の皮膚を持つ小悪魔が、クスクスと笑いながら追いかけて来る。
母親は必死に立ち上がるが、挫いた足が動かない。
「もう駄目、お前だけでも逃げなさい!」
「ダメだよ、ママ。いっしょににげよう、立って!」
少年は必死に母親の手を引くが、母親は足を引きずるのがやっと。この足では、とても悪魔達を振り切ることは出来ないだろう。
「坊や、愛してるわ。だからお前だけでも早く逃げて!」
母親は少年の身体を突き放す。
「早く逃げなさい! ほら、早く!!」
母親の剣幕と、近付くデビル達の足音に突き飛ばされるように、少年は路地裏を走り出した。
誰か、誰か。
少年は涙を流しながら祈る。
神さま、戦士さま、ゆきだるまのみんな。
「誰かママを助けて! 誰かデビルをやっつけて!」
―――祈りは届く。
なぜなら今日はクリスマス。
天の遣わした救いの御手は、二条の矢となって、今にも母親を手にかけんとしていた小悪魔共を一直線に貫いた!
「‥‥坊やの声は、ちゃんと聞こえてんで。御陰で間に合うた。後はおにーさん達に任しとき!」
●
路地裏で、インプ達に襲われる母子の姿。
その光景を見たジルベール・ダリエ(ec5609)、レオ・シュタイネル(ec5382)の二人は、同時にインプ目掛けて矢を放つ。魔力を纏った二条の矢は狙い過たず、共にインプの身体に突き立った。
周囲の他の冒険者達も続いて攻撃に移ると、思わぬ敵にインプ達が完全に浮き足立つ。
逃げるか、立ち向かうか?
どのみち、小悪魔達に選択肢などは存在しない。刃向かおうとした二匹のインプがシャリン・シャラン(eb3232)のサンレーザーによって手もなく重傷を負うと、インプ達はキィキィと喚きつつ、算を乱して我先にと逃走にかかる。
「そうはいかないわ。やるだけやってトンズラこけるほど、地上は甘いところじゃないのよ? あんた達、いくわよ!」
どどんっ!
路地を逃げようと、ジルベール達とは反対側に走り出したインプ達を、正面から迎え撃つはアニェス・ジュイエ(eb9449)。そして、彼女の後ろにずらりと並ぶスノーマンズの面々達。
スタンダードな二段型の丸重ねから、三段型に埴輪型、人参ノーズの木桶帽まで。一体何処でオシャレをしてきたのだと思われる不思議な雪達磨達が、グリグリ真っ黒の丸い目でデビル達を睨み付け、黒い口をへの字に曲げてにじりにじりと距離を詰めてくる。
「ほらほら、雪達磨だけが相手じゃないわよ☆」
前門のシャリン、ジルベール!
後門のアニェス、スノーマン軍団!
シャリンがくるくるとダンスを踊るたびに、煌めくサンレーザーの光線がインプ達に突き刺さり、逃げようとする者には、雪達磨達が放つアイスブリザードの氷雪が、文字通り雨霰と降り注ぐ。
路地の真ん中で受ける十字砲火に、インプ達は阿鼻叫喚。一匹一匹、黒い煙となって消え失せていった。
インプ共を集団でボッコボコにやり込める雪達磨達。
目前の見慣れぬ光景に呆然と立ちすくむ母子に、カメリア・リード(ec2307)が声を掛ける。
「お二人とも、大丈夫ですか?」
「‥‥え、あの、はい、助けて頂いて、大変ありがとうございます‥‥」
足を引きずって何とか立ち上がって礼を言う母親に、弓矢を収めたレオが慌てて肩を貸す。
「お礼なんて言わなくてもいいよ。これが俺達の仕事なんだから。馬には乗れる? その足じゃ歩けないだろうし」
路地の外には、レオの馬を待たせている。
逃げ遅れた街の人達を見つけ、デビル達を撃退した上で比較的安全である街の西側へと案内するのが、彼らのグループの役割である。怪我をした者、足弱の者を馬で運ぶことも想定の内だ。
レオに支えられて路地の外へと向かう母親を、オロオロと見守る少年。
カメリアはそんな少年に優しく微笑み、膝立ちで少年と目線を合わせる。
不安で一杯、涙でくちゃくちゃになった少年の顔。
「ねえ、あ、えっと‥‥」
カメリアはにっこり。少年の口の中に、ぽいっと甘いクッキーを放り込む。
「大丈夫ですよ? お母さんも、あなたも、そして街の人もみんな私達が助けてあげます。私達は冒険者なんですから。だからもう泣かないで、安心して下さい。ね?」
突然口の中に投げ込まれたクッキーに、少年は目を白黒。
でも、カメリアの言葉と笑顔。口の中に広がる甘さが少年を安心させたのだろう。
見る見る喜色を広げて、さくさくごくんとクッキーを飲み込んだ。
「ほんとう?! お姉ちゃんたち、ぼうけんしゃ? じゃあ、あのゆきだるまもぼうけんしゃ?」
少年の指摘に、カメリアはちょっと難しい顔。
流石に、アレは冒険者ではないだろう。
「雪だるさん達は、精霊です」
「せいれい?」
「そう。今日はクリスマスですから。ロシアの冬の守り神が、困ってる人達を助けに来てくれたんですよ」
少年の背後では、丁度最後の一匹のインプが雪達磨達に押し潰されるようにして、黒い煙となって消え去っていくところであった。すっかりアニェスの子分となり、大喜びでハイタッチを繰り返すスノーマン達の姿に、カメリアは小声でそっと付け足す。
「‥‥多分、ですけど」
●
キエフの街から、ドニエプル河を渡ってやや南東。
分岐する街道の一筋で、宿場町としてそれなりに栄えていた人口五百人ほどの小さな街。
この小さな街は今、未曾有の危機に晒されていた。
街を襲う数十匹のデビル達に対して、迎え撃つは僅か五名の『鋼鉄の鎚』戦士団分遣隊。そのままでは、如何に神速を尊ぶ冒険者の増援といえど、とても間に合いはしなかったに違いない。しかし、エンペラースノー率いる雪達磨軍団の助勢の御陰で、戦士団はなんとか冒険者達の増援がくるまでの間、街の半ばをデビル達の攻撃から防ぎきることに成功した。
救援に集まった冒険者達は総勢十八名。彼らはエンペラースノーの雪達磨軍団、そして『鋼鉄の槌』戦士団と連携し、幾つかのグループに分かれてデビル達に対抗する。
街の住民を救うグループ、街に蔓延る下級デビル達を掃討するグループ。
そして、デビル達を率いるボスを退治するグループ。
中でも、下級デビル達を掃討するグループの働きは重要と言えた。
彼らの働きが悪ければ、ボス周辺の護衛は厚くなり、また街の住民達を襲うデビル達の数は増えていく。目立ち、挑発し、注目を集め、しかる後にデビル等をごっそり大掴みに薙ぎ倒す。大胆さと細心の心遣いが要求される任務であるが、そのグループは見事に役割を果たしていた。
差し当り、目立っているのはウサ耳の男。
「はっはっは! 遠からん者は音にも聞け! 近くば寄って目にも見よ! うさ耳のリューとは私の事だ、地獄へ帰っても覚えていたまえ!!」
ウサ耳の男、ラザフォード・サークレット(eb0655)が広場の真ん中で大見得を切り、出会い頭のグラビティーキャノンを放つと、黒く延びる重力波の衝撃に、下級デビル達が吹き飛んだ。
ここは東西に延びるメインストリートの中央、普段なら露店などで賑わう街の中心の広場である。
メインストリートの東端、もみの木広場を占拠したデビル達が真っ直ぐに通りを進んだ先で出会ったのが、このウサ耳の男であった。
『ちょこざいな、ウサ耳のリューとは聞いて呆れる二つ名だ。
空っぽ頭の目立ちたがり屋! 脳味噌抉り出されて大反省しな!』
そう、デビル達は思ったに違いない。頭の回らないデビルも、頭の回るデビルも、ともに肉塊と化した三秒後の魔法使いの姿をありありと脳裏に浮かべ、牙と爪を男のウサ耳に殺到させる。
―――が、当らない。
「さあさあ、どうした? 愚かなデビル達。その調子では、明日の朝になってもまだ当らぬぞ!?」
躱す、躱す、躱す!
ウサ耳の御陰か、持って生まれた才能か。束になって群がるインプ、グレムリンらの攻撃が、まるで雲か霞の如く、カスリもしない。躍起になったデビル達は、尚数を増してラザフォードに群がった。
「‥‥すげーな、冒険者ってのは。回避の腕もそうだが、一人でデビルの群に飛び込もうってな、発想からしてちょっと違うぜ」
広場の隅で、高笑いを上げながらデビル達を翻弄するラザフォードの姿に、『鋼鉄の槌』戦士団の一人が呆れたように呟いた。この場を任されているのは、四名の冒険者と、戦士団の二人の計六名。市中を走り回る救援グループ達にデビルの目を向けさせない為の重要な任務だと聞いて、戦士団の二人は真っ先に手を挙げた。元より腕も気合いも十二分。冒険者達の持参した魔法の武器も借り受け、これで怖いモノはないと勢い込んだはいいものの、すっかり出鼻を挫かれた格好である。
「本当ですね。冒険者は地道に堅実に。安心確実が一番です♪ さ、ラザフォード? そろそろ良い頃合いです、十秒で顔を出さないと巻き込まれますよ?」
二人の戦士の言葉に、オリガ・アルトゥール(eb5706)はニコニコと愛想よく相槌を打つ。‥‥が、その割には時間設定は非常にシビア。遠くから声を掛けられたラザフォードがデビルの群から、慌ててレビテーションで浮かび上がるや、オリガはその卓越した呪力を氷雪に束ねて解き放つ。
「安心確実。見つけたデビルはしっかり駆除を。貴方たちが喧嘩を売った相手がどういうものか、しっかりと覚えておきなさい。‥‥それでは、メリークリスマス♪」
中央広場と、そこに隣接する建物、そして十数匹のデビル等がオリガの放つアイスブリザードに巻き込まれ、瞬時に凍り付く。
グォオオォォォォ――――――ンンッッ!!
「おい、待て! 落ち着くんだ、ビルギット!」
オリガのアイスブリザードに触発されたのか、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)のペットが咆吼を上げる。ペットと言うが、これほどに凶暴なペットもそうはいないだろう。体長四メートルに近い、巨大なヴォルケイドドラゴンパピーである。パピーという名前が、これはもう詐欺のような怪物だ。
凶暴な唸り声を上げ、主人であるエルンストの叱責も右から左。凶猛な竜の血の命じるままに、弱ったデビル達の群へと突撃をする。魔以外のあらゆる攻撃を退けるデビルの身体には、ドラゴンのものといえど、通常の打撃は通じない。しかしそんなことお構いなしにデビル等を放り投げ、弾き飛ばし、蹴たぐる荒ぶる黒いドラゴンの乱入に、デビル達もとても手が出せたモノではない。
巨大なブリザードと、ドラゴンの咆吼。
何しろ小さな街のこと。嫌でも聞こえる大騒ぎを呼び水に、街中の下級デビル達が中央広場へと集まっていく。
「いやはや。冒険者ってな、どちらさんも派手でいらっしゃる‥‥」
巨大ブリザードを放つオリガ。荒ぶるドラゴンと、それを追ってデビルの群へと走っていってしまったエルンスト。戦士団の二人も、呆れを通り越して、半ば感心してしまうほどの暴れっぷりだ。下級デビルの耳目を引き付けるのにこれ以上の騒ぎはないだろう。
「それでは、地味な私達は彼らの援護に向かうとしましょうか」
ヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588)が横合いから戦士たちに声を掛け、自らにフレイムエリベイション。続いて、戦士団の二人にも。炎の力が、全身に漲っていく。
「ま、冒険者だけに活躍させるのも癪だしな。一発、鋼鉄の槌戦士団の力をお見せするとするか!」
「異議無しだ」
●
街のメインストリート。
その西端に近い位置に、街の人間達は避難をしていた。
大きく頑丈な建物を避難所として使い、強度の不安な建物にはフィニィ・フォルテン(ea9114)がムーンフィールドを掛けて回る。月魔法の達人であるフィニィの手による結界なら、下手な石壁よりも余程強固なものに仕上がるはずだ。
張られたフィールドの数は既に三つ。レオやジルベールら、街の者に避難を呼びかけているグループが戻れば、更に幾つかフィールドを追加する必要があるだろう。
街の西端は、意外なほど静かだった。
冒険者達か、デビル達か。時折聞こえる呪文が空を切り裂く音。叫び声。近くで聞こえるのは、建物の中で怯える子供達の鳴き声が少しだけ。
「オリガさんから連絡が入りました。デビルは順調に中央の広場に集結中、だそうですよ♪」
「そうか、苦労を掛けるが、こちらとしては有り難いな」
テレパシーを受けたフィニィの言葉に、ユクセル・デニズ(ec5876)は安堵の声。
今は静かである街の西側だが、ここを固める者はフィニィとユクセル、『鋼鉄の槌』の二名の戦士、後は数体のスノーマンと、通訳代わりのフロストフェアリーが一人だけ。何より非戦闘員を抱えている以上、こちらに来るデビルは一匹でも少ない方がいい。
ちらちらと、落ち着かなげに手元の石の中の蝶に目を向けるユクセルに、フィニィは笑いかける。
「これが初冒険でしたよね、あなたは。緊張しているんですか?」
「え? ‥‥ええ、隠してもしょうがない。依頼も初めて、デビルの顔を見るのも今回が初めてだ。街の人達を守らなきゃとは思うんだが、どうにも恐ろしくてね」
「大丈夫ですよ♪」
正直なユクセルの言葉に、フィニィは優しく応える。
「この街を守る為に、今も多くの冒険者の皆さんが戦っています。気を楽にして。貴方の前にも後ろにも、仲間がちゃんといるんですから」
「フィニィさん‥‥」
微笑むフィニィの顔に見とれるユクセルをの背中を、ちょいちょいと誰かが突く。
誰か? 勿論、雪達磨だ。
心持ち胸を反らした雪達磨が、何やら自分を指さし、ユクセルの肩に手を置いてはうんうんと頷いている。
「心配するな、いつでも頼っていい、だって」
フロストフェアリーの通訳に、雪達磨は再度大きく頷く。
えーっと。
―――スノーマンの胸を借りるのは、やはり思いとどまったユクセルであった。
●
「お前達の仲間は、随分頑張ってくれておるようだな?」
『鋼鉄の槌』戦士団のドワーフ隊長が、背後の冒険者達を振り返る。
狙うは街の東端、もみの木広場に陣取った街をデビル達のボスの首。下級デビル達の誘引がどうやら上手くいっているらしく、メインストリートを避け、大回りに東へ向かったデビルボス討伐組は、殆ど戦闘に巻き込まれることもなく、もみの木広場の間際にまで辿り着いた。
とは言え、それもここまで。
どのみち巨大なエンペラースノーを連れて、完全な奇襲を掛けるなどは期待するのも野暮な話だ。
『さあ、早く行こうではないか。あの蛇悪魔に、わしは是非とも一発殴り返してやらにゃならん』
エンペラースノーの言葉に、ドワーフ隊長は苦笑い。
戦場暮らしも長い方だが、まさかこんなとぼけた野郎と、デビル退治に向かうことになるとはな!
「隊長さん、これを使って下さい‥‥共にオティスを滅しましょう」
沖田光(ea0029)から手渡される、炎を帯びたクリスタルソード。時間制限はあるものの、例え相手が黒霞を身に帯びた中級デビルであろうと、この剣なら間違いなく有効打を与えることが出来るだろう。
「有り難い。さあ、冒険者の諸君、済まないがもう一働き頼むぞ!」
ドワーフ隊長の声に、冒険者達は皆一斉に頷き、得物を引き抜く。
広場のもみの木は、もうすぐそこだ。
●
どすんっ!
もみの木広場に、エンペラースノーの立てる地響きが反響する。
デビルが真っ先に占領、拠点としたもみの木広場は、殆どの下級デビル等が中央の騒ぎに巻き込まれているらしく、予想に反して警備は手薄だった。僅かに残留していた数匹の下級デビル等も、百戦錬磨の冒険者達の手によって瞬く間に切り伏せられ、消滅する。
「あれですね、悪魔のリーダーは」
アガチオンをあっさり切り捨てたディアルト・ヘレス(ea2181)が、その刃をもみの木の前のデビルに向けた。
オティス。
中級デビル。街を襲ったデビル達のリーダー。
それは蛇だった。
もみの木に巻き付くように、大きくとぐろを巻く巨大な蛇。
ニタリニタリと蛇は笑い、広場に乱入してきた冒険者達と、エンペラースノーに目を向ける。
「随分良いガタイになって戻ってきたではないか、大雪皇帝殿。人間達と共闘して、リベンジに来たというワケか?」
『冬の初め、寝起きを襲った前回のようにはいかんぞ? 小賢しい蛇悪魔めが。地獄へと叩き返してくれる!』
いきり立つエンペラースノーの言葉に、蛇はカラカラと笑う。
「デビルよ、滅ぼす前に一つ訪ねる。‥‥お前達は一体何を探している? 地獄の底でも、地上のそこかしこでも、お前達は何かを求めて血道を上げている。それは一体何なのだ?」
サラサ・フローライト(ea3026)の言葉に、蛇は尚、笑みを深くした。
「そうだ、探しているのだ。我々は。何を? 何をと言ったか? 私がそれを、貴様等に半言足りとも洩らすと期待しているのなら、お目出度いにも程がある。愚かなヒューマン共、謎を抱えて死んでいくがいい」
言葉とともに大蛇に見る見る角が生え、牙は長さを増し、剣を握った歪な腕が生えてくる。
それは蛇に似ず、人に似ず。
醜悪なその姿は、まさしく悪魔!
カラカラと笑う歪なソレは、身体をくねらせながら冒険者達に躍り掛かる!
ガキンッ!
「死ぬのはお前の方ですよ、醜悪なデビル。捜し物はもう良いでしょう、そろそろお引取り願いましょうか?」
オティスの牙と剣を、ディアルトがその剣と盾で受け止める。
後退したサラサと入れ替わりに、沖田、そして燕海山銀之介(ec4221)がオティスに躍り掛かる。
「悪魔よ、邪悪な企みとともに燃え尽きろ!」
「悪鬼よ、兜をも割る兜割り、その脳天に受けてみよ!」
沖田の全身が、ファイヤーバードの術によって、瞬時に炎の鳥そのものと化してオティスに襲来。その横からは、燕海山が鉄の十手をオティスの頭蓋目掛けて振り下ろす。両者の攻撃は、ともに手応え有り。如何な悪鬼羅刹と言えども、この攻撃を受けては平然とはしていられぬ筈だが‥‥?
「‥‥なんだ、この手応えは?」
燕海山が戸惑いの声を上げる。
黒い霞が、燕海山の打った頭蓋からしゅうしゅうと漏れ出していた。
まるで意思あるモノのように、黒い霞がオティスと、そして燕海山の身体をも包み込む。
「‥‥‥‥愚カナルひゅーまん共ヨ。我ガ言イヲ聞ケ。我ヲ守リ、ソノ身ヲ盾ト為セ‥‥!」
「な、馬鹿な?! 身体が勝手に‥‥!?」
『力』ある言葉が、燕海山の身と心を縛りつける。反逆を許さぬ悪魔の呪言。オティスの言葉通り、燕海山はその大きな身体を広げ、悪魔を守るかのようにその身の前に立ちはだかった。
「燕海山さん?!」
「もー、そこにイタら微塵隠れガ出来ないわよ!」
沖田の火の鳥は再度の攻撃を諦め、微塵隠れで急襲を試みようとしていた御陰桜(eb4757)も不満げに口を尖らした。彼女の微塵隠れの爆破範囲は最低でも直径三メートル。このままでは燕海山ごと吹き飛ばしてしまう。
「おーおー、出やがったな、黒い霧。何のこたねぇ、つまり順調に追い詰められてるってワケだ、この陰険な蛇野郎はよ?」
燕海山を盾とし、魔力の篭もった武器でさえも無効とするデビルの真の力の顕現を前に、むしろ巴渓(ea0167)は余裕の態度でナックルをガインと打ち鳴らす。
『その通りじゃ、人間達よ。恐るるに足らぬ。奴は最早地獄に戻ることも敵わぬ身、今こそ引導を渡す時じゃ!』
巴の言葉に、エンペラースノーが我が意を得たりと同意する。
どすん、どすんと地響きを立て、圧倒的な質量でオティスに迫るエンペラースノー。
身体を支配された燕海山がその前に立ち塞がろうとするが、横合いから放たれたディアルトのニュートラルマジックが、燕海山の身体を操っていた悪魔の呪法を断ち切った。
「おお、ディアルト殿、かたじけない‥‥!」
膝をつく燕海山の傍らを、エンペラースノーの巨体が走り抜ける。
どすんっ!
『邪悪な蛇めが、滅ぶがよい!』
大きく跳ね上がったエンペラースノーの巨体が、轟音とともにオティスの上に落下する。
直撃! しかし、黒い霧の力に守られたオティスの身体には、有効なダメージが与えられない。
「でかいダケノダルマメガ! 次ノ傀儡ハ貴様ダ!」
巨体に組み伏せられたままの姿勢で発せられた蛇の呪言が、エンペラースノーの身体を拘束する。ディアルト、沖田、巴の三名がすかさず走り寄ろうとするが、間に合わないか‥‥?
「間に合います!」
動きを止めたエンペラースノーの頭の上、煌びやかな巨大な王冠の中に隠れていたセシリア・ティレット(eb4721)が、槍を振りかざして飛び降りる。虚を突かれ、未だエンペラースノーに踏まれている格好のオティスに、セシリアの攻撃を避ける術はない。
「地獄の獄卒鬼をも貫いた魔槍「ドレッドノート」! 卑しい蛇よ、滅びなさい!」
槍と、全身の体重を込めた全力のスマッシュEXが、動けぬ蛇の頭頂を貫いた!
名うての剛槍であるドレッドノートの魔力を前に、さしもの黒い霞の力も及ばない。
死んだデビルは、死体さえも残さない。
霞は消え去り、蛇の身体さえもが塵となって風に消える。
―――大きなもみの木の下で、オティスは一塊の埃さえ残さず消え失せた。
●
「ねー、こっちの飾り付けはこんなモノで良いかな?」
「お−、ええ感じや。ご苦労さん!」
もみの木広場のもみの木に取り付いたレオが、地上で樹を見上げるジルベールに、飾り付けの具合を確かめている。
あれから、半日。
部隊の三分の一の下級デビル、そしてリーダーであるオティスを失ったデビル達は、潮が引くかのように、あっさりと街を放棄していった。どうもデビル達は情報漏洩を恐れてか、末端の下級デビル達には作戦の目標自体を秘密にしていた節がある。デビル自身何が目的かも知らなければ、そもそも街の占領を続ける意義もないだろう。
「でびるが片付いたんだし、今夜はぱーてぃをヤるのよね? 本場のくりすますぱーてぃって初めてだから楽しみねぇ♪」
もみの木を見上げながら、結んだ髪を揺らし、ついでに防寒着の上からでも判る大きな胸も併せて揺らす御影。サンタなメイドの格好で楽しんじゃおう、そんな彼女の言葉に、飾り付けを手伝っていた村人の男達がやんややんやの大喝采。馬鹿野郎、女は乳じゃねぇ、腹筋だ! とは、横で作業をしていた巴の弁。‥‥御影に比べて、今一つ賛同者が少ないのは、まあやむを得ないところか。
「ああ、ラザフォードさん、これ天辺に頼んます」
「ラッキースターか、心得た」
ジルベール持参の大きなラッキースターを、ラザフォードがレビテーションでもみの木の天辺に据え付ける。
街の子供達の手作りモール、色取り取りの飾り人形。そしてちょっぴりの天然雪化粧に、天辺で輝くラッキースター。これでもみの木の飾り付けは完璧だ。何はともあれ、ややこしい復旧作業は明日から。今日は聖夜際を祝おうというのが、街の人間達の総意でもあった。
『聖誕祭か。人間達のおかしな祭りじゃと思っとったが、参加する分には楽しいもんじゃて』
エンペラースノーはそう言って高笑い。その肩の上では、街の提供したアルコールですっかり出来上がったアニェスが、ケラケラと笑いながらエンペラースノーに何事かを語りかけている。以前オティスにやられて融け崩れていたエンペラースノーの身体を復元したのは、彼女を含む冒険者達である。すっかり身内の気分でスノーマン達の中に溶け込んでいる彼女の姿は、さしずめスノーマン達の女頭領といったところか。
村の人間、子供達。
スノーマンに冒険者。
戦士団の面々と、大暴れをしてようやく落ち着いたヴォルケイドドラゴンパピー。
皆がもみの木広場で、賑やかにクリスマスの夜を楽しんでいた。
「あの修羅場が、たった半日でこのクリスマスの馬鹿騒ぎか。全く、人間ってなタフなもんだ。‥‥で、お嬢さんは何小難しい顔をしているんだ?」
エールの樽を小脇に抱えたドワーフ隊長が、ぼんやりともみの木の前に立つサラサに声を掛ける。
「ああ‥‥いや、奴らの捜し物について考えていたんだ」
「そういや、何か探しているってなことを言ってたな。だがあの蛇野郎は、何も喋らずに消えちまったぞ?」
「完全に消える前に、記憶を読んだのだ」
「ほー?」
ぐびり。隊長はエールの樽を傾ける。
ドワーフはコップやジョッキで酒を飲むなどと言った、手間の掛かる飲み方はしないのだ。
「で?」
サラサはもみの木を見上げる。
「冠であり、鍵であり、魔王の封印を解くもの。それが、デビルの探している物のようだ」
「魔王ね‥‥。と言うことは、それをデビルより先に何とかしないことには、人間達の運命もおしまいだってワケか。そいつぁ大事だな!」
ドワーフ隊長は高らかに笑い、またゴブリとエールの樽を傾ける。
「これ以上ないほど大変なことなのだが‥‥」
サラサは苦笑しながら、後ろを振り返った。
仲間がいて、雪達磨がいる。
彼らの笑顔と、雪達磨のグリグリ目玉を見ていれば、何とかなる気がしてくるのだから、不思議なものだ。
まったく。