【黙示録?】地下に潜む黒い悪魔

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:5 G 1 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月02日〜01月08日

リプレイ公開日:2009年01月12日

●オープニング

 暗い、暗い地下の洞窟。
 地表遙か深く、底の知れぬ深淵の闇。
 ―――その闇の中に灯る、一本の松明。

「ふーむ、まさか我が家のワインセラーの奥が、こんなところに繋がっているとはな」
「‥‥いやあそこ、普通に洞窟だし‥‥」
 松明の明かりの中で、互いに暢気な会話をする人間と、妖精シェリーキャン。
 美食家セリヴァン男爵と友人シェリーのコンビである。

 季節を通して温度が一定である天然洞窟を、そのまま改築して作られた男爵のワインセラー。そこで作られる自家製ワインはお陰様にて好評で、現在の規模では多少手狭になってきた。何とか増築は出来ないものかと、長年扉で封印していた洞窟の奥にシェリーと共に、松明一本で赴いた男爵は、滑って転び、床を踏み抜き、床に開いた穴から斜面を滑り落ちて‥‥
 ‥‥そうして、この思わぬ広大な地下空間を発見したのだった。

「地熱のせいか、奥に湯でも沸いているのか。妙に暖かいな、ここは。む、冬場のビールの醸造には良いかもしれん」
「もう、セリヴァンったら、そんなことばっか言って! ‥‥怪我はしてない? 突然滑り落ちて、ホント、こっちの方がビックリしたわよ」
 シェリーのお説教も何処吹く風。
 美食家セリヴァンは、常に飲み食いに関することは忘れない。
 多少道行きは悪いが、斜面に階段でも造成すれば、意外に便利に使える空間かも知れない。特にキエフでは、冬でも暖かい土地というのは、それだけでも貴重だからな。‥‥斜面を滑り落ちて死ぬ思いをした、五分後にはもうこんな事を考えている。
 と、セリヴァンが、ふと顔を上に上げた。
 天井に氷柱のようなずらりと垂れ下がっている鍾乳石、その一角が、何か動いたような気がしたのだ。
「‥‥コウモリでもいるらしいな。うちのワインセラー以外にも、別に出入り口があるのだろう」
 そう言えば、なんとなく空気が動いているのが感じられる。この山には、元々男爵のワインセラー以外にも、幾つかの洞窟がある事が知られていた。どこかで、そのうちの一つにでも繋がっているのかも知れない。

「ねー、セリヴァン、帰ろうよー。ここ、何か嫌な感じがする。あんまり居たくない‥‥」
「まあ待て。帰る分には、斜面を登ればうちのワインセラーのすぐ裏だ。それより折角の大発見、もう少しその辺を見て回って‥‥」
 セリヴァンはシェリーに返事を返しながら、松明の灯りをぐるりと巡らす。
 天井から垂れ下がり、あるいは地面から伸び上がる白い鍾乳石。
 黒い、または茶色い岩。
 ぽつりと垂れ落ちる水の音。遠くで流れる、河のような水の響き。
 そんなセリヴァンの視界の隅で、何か、岩のような影が、ふっと動く。
「ねえ、セリヴァン、今何か動かなかった?」
 怯えたシェリーが、セリヴァンの頭にしがみついた。
「確かに何か動いたな‥‥」
 セリヴァンがそちらへ松明を向けると、その動く影は、まるで光を嫌うかのように音を立てて後退する。

 ズザザザザッッ!

 でかい。コウモリか、鼠か、虫けらか。そんな穏当な予想を覆す、遙かに身幅を感じさせる気配に、セリヴァンと、シェリーは緊張する。いつのまにか、光の輪の向こう側で、こちらを伺っている複数の何者かの気配が感じられた。
 セリヴァンが無言で腰のレイピアを抜く。
 揺れる、松明の光の輪。
 ガサガサと何者かが這いずる動き。
 そして。

 ―――黒い悪魔が姿を現した!!




「‥‥いや、流石に死ぬかと思ったぞ。多少の擦り傷だけで帰って来れたのは僥倖だった」
 そこまで語り終えたところで、セリヴァン男爵はやれやれと息をついた。

 ここは冒険者ギルドの一室。
 一部のVIPや、あまり依頼を公にしたくないという客向けに用意された、受付専門の個室の一つだ。
 依頼にあたって、普段なら代わりの者を代理に差し向けるところなのだが、事の成り行きを体験した者がセリヴァン自身とシェリーの二人だけである以上、男爵自身が赴くのも仕方がなく‥‥‥‥何しろ、もう一人の体験者であるシェリーは、あれ以来すっかり寝込んでしまっているので。

「その後、二人して、慌てて斜面を這い上り、ワインセラーの中にまで逃げ込んだのだ。うちの出来の良い『門番』が追いかけてきた一匹を退治してくれなければ、大変な事になるところだったぞ」
「ははあ、それは、えーっと、まことにお疲れ様で‥‥。と言うことは、依頼は洞窟の探索ですか? それとも、その黒い悪魔の退治?」
 受付嬢の言葉に、セリヴァンは身を乗り出す。
「両方だ。特に悪魔退治の方は、念入りにやって貰いたい。ワインセラーの裏に空いた穴は、今のところ手当たり次第の材木で埋め戻してはいるのだが、多分、あのままでは長くは保たん」
 セリヴァンの言葉を、受付嬢は依頼書の方に書き留める。

 ‥‥そうそう、肝心なことを聞き忘れていた。
「それで、その黒い悪魔って何ですか?」
 受付嬢の言葉に、セリヴァンはやおら、黒い棒のような物体をテーブルの上に置いた。
「‥‥食材として多少気にならんこともないが、やはりワインセラーの裏にこんなモノがウロウロされていては困るのでな。うちのシェリーの精神の安定の為にも、なるべく急いで貰いたい」
 そう言って、セリヴァンが指を指すその物体。
 それは、どう見ても、体長一メートルを超えそうな、巨大な昆虫の足の一本だった。
「―――うちの『門番』の食べ残し。敵はゴキブリなのだ。それも一抱えもある、巨大な奴」

 『依頼内容:洞窟探索、及び洞窟内に棲むジャイアントコックローチの駆除』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●道中について
 ・キエフから山までは馬車で一日。山の麓から、中腹にある洞窟までは更に、徒歩で二時間。山の麓まではセリヴァン男爵の馬車で移動します
 ・男爵はワインセラーの入り口まではついてきますが、奥へは冒険者達だけで入ることになります

●洞窟の内部
 ・洞窟の内部は幾つかに枝分かれしており、そのうちの一つが奥へと続いています(現在は木製の扉で封印されていますが、鍵はセリヴァンから貸して貰えます)
 ・洞窟の奥はさらに多少枝分かれをした上で、行き止まりになっています。そのうちの一ヵ所で、床に穴が空いており、穴は地下の広い空間へと続いています
 ・穴の下はなだらかな斜面になっています。斜面を降りきった先で、男爵は巨大ゴキブリの群に遭遇しました
 ・遭遇地点で、男爵はレイピアを落としています

●モンスターなど
 ・洞内はラージバット、ジャイアントコックローチの巣になっています。戦闘の際、場合によっては、傷口から毒、伝染病等に感染する危険があります
 ・敵の数は不明です
 ・ワインセラーの入り口には『門番』であるフォレストドラゴンが住み着いています

●今回の参加者

 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb4341 シュテルケ・フェストゥング(22歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 eb5856 アーデルハイト・シュトラウス(22歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb8106 レイア・アローネ(29歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ec0195 アルバート・レオン(39歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ec0199 長渡 昴(32歳・♀・エル・レオン・人間・ジャパン)

●サポート参加者

緋宇美 桜(eb3064

●リプレイ本文

「敵は‥‥地上で最強の悪魔かもしれん」
 冒険者達は、サラサ・フローライト(ea3026)の言葉に熱心に耳を傾けていた。

 曰く、頭を潰しても死なぬ体力。
 曰く、伝染する毒と病。
 曰く、羽を持ち、暗闇でも自由自在‥‥

「なんと、その上卵で増殖するとな?! それはまさしく最強なのだ!」
 サラサの言葉に、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)が驚きの声を上げる。
「しかし、これこそはテンプルナイトたる余の使命。さあ、今日は張り切っちゃうであるぞ〜!」
 敵の聞きしに勝る恐ろしさに、ヤングヴラドは尚意気を上げ、魔剣「ストームレイン」デビルスレイヤーを高々と空に振りかざす。その名の通り、悪魔殺しの魔力を秘めた名剣だ。如何に恐るべき悪魔と言えども、この剣の前には兜を脱がざるを得ないであろう‥‥!




 地下に潜む黒い悪魔!
 セリヴァン男爵の依頼に集まったのは、総勢八名のベテラン冒険者達。敵が悪魔と聞いて、尚、不敵な笑みを浮かべる百戦錬磨の強者共。此度の困難な依頼を遂行させるのに当って、これほど力強いメンバーはまたとない。
 男爵の用意した二台の馬車に乗って、またはそれぞれの愛馬に跨り、一行は男爵のワインセラーのある山へと向かう。
「年明け早々、このような依頼で申し訳ない。その代わりと言ってはなんだが、食事の方は多少凝らして貰ったぞ。さあ、遠慮せずにどんどん食べてくれ!」
 旅先だから塩漬け肉を囓って終わり、とはいかないのがセリヴァン流だ。
 曳いてきた二台の馬車の内、一台は食材と調理道具のみを搭載した食事専用馬車である。即席の竃に巨大な鍋、小皿大皿が車座になった冒険者達の前にずらりと並べられ、濃厚なボルシチが男爵手ずから、各自の器に振る舞われる。
 これがまた、旨い。何より、寒風に冷えた身体が芯まで温まる。
 ボルシチ以外にも振る舞われる、チーズにソーセージ。肉と魚のたっぷり詰まった大きなピロシキ、甘いプディングにパンケーキ!
 以前、男爵からやはり同じように食事を振る舞われた経験のある冒険者達も、前回を越える豪勢な食事に舌が鳴るのが止まらない。
「いや、まさか悪魔退治に赴いた先で、このような食事にありつけるとは。第二の故郷を守る、と意気込むより前に、このパンケーキを先ず守る必要がありそうだよ」
 レイア・アローネ(eb8106)が、笑いながら甘いスィルニキを頬張った。
 傍らでは、アーデルハイト・シュトラウス(eb5856)が黙々と木皿の中身を平らげている。確かに豪勢ではあるが、自身貴族の一員であるアーデルハイトにとっては、さまで驚く程の素材が使われているわけでもない。なのに、美味しい。
 何故かしら?
 アーデルハイトは、竃の明かりに照らされた車座の仲間達に目をやった。
 ガツガツと、遠慮会釈なく胃袋に食事を放り込む男性陣。
 一見控えめに、それでもどうやら、目当ての甘いデザートだけは死守するつもりでいるらしい女性陣。
「‥‥不思議ね」
 男爵の料理の秘密を探るべく、アーデルハイトはレーズンの載ったスィルニキを手に取った。
 勿論、蜂蜜のたっぷり載った、甘い奴。




 グルルルォォォオォォォ―――――――――ン!!

 咆吼が、山の木立に反響する。
 翌日。山上の洞窟、もとい男爵のワインセラーに辿り着いた一行を出迎えたのは、六足の巨大なフォレストドラゴンであった。その、どう見ても人を取って食おうとしか考えてなさそうな凶猛な人相に、レイアやアルバート・レオン(ec0195)ら、初めて『彼』と出会す冒険者達は思わず身構えるが、以前にも顔を合わせたことのあるメンバー達は平気な顔だ。

「久しぶり! ほら、キングサーモンだぞ。お前、魚食うだろ?」
 シュテルケ・フェストゥング(eb4341)が、二メートルを遙かに超える大きなキングサーモンをプレゼントすると、鎧龍は喉を鳴らして頭からシュテルケに‥‥もとい、魚にかぶりつく。シュテルケ三人分の重量がある巨大魚が、ガブリガブリと、ほんの数口で胃袋へ消えていく様を、シュテルケはニコニコと相好を崩して見守った。
 追いかけてきた悪魔を追い払った『門番』とやらは、成る程こいつの事かと、鎧龍と初めて顔を合わせる冒険者達は納得する。確かに、悪魔の一匹や二匹、何ほどでもないという感じの面構えだ。

「驚いたろう、ヤングヴラド。何、気の良い奴だ。‥‥見かけは、全くそうは見えないんだがな」
 ドラゴンを前に、思わず魔剣を抜きかけたヤングヴラドに、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が背後から声を掛ける。
「そうです、大丈夫ですよ。見かけと違って、とても大人し‥‥‥‥くもないんですけど‥‥」
『大人しくないのかよ!』
 長渡昴(ec0199)のあまりフォローになっていない言葉に、レイアとヤングヴラドが同時に突っ込みを入れる。

 ‥‥以前初めて出会った時に、尾でぶん殴られて吹き飛ばされたけど、後でちゃんと謝ってくれたドラゴンというのを一言で形容するには、どう言えばいいのだろう? 御陰で、どうにもドラゴンに対する警戒が解けないらしい、レイア達の姿を見て、長渡は己の語学力のなさに苦悩する。ああ、ゲルマン語は難しい。

 ―――等と。
 他愛ないやり取りをしつつも、各自、洞窟へと向かう準備に怠りはない。
 武装を入念にチェックし、バックパックの中には、ロープや松明、保存食などの探検用品がぎっしり。
 洞窟の中に入れない馬類を初めとするペット達を男爵に託し、代わりに、男爵からはワインセラーの奥、未知の洞窟へと続く通路の扉の鍵を受け取った。

「さて、この穴倉の中か。デビルはやはり地底を好むものらしいな」
「1日はえ〜どでデビル〜、2日はキエフでデビル〜♪」
 レイアが先頭に立ってワインセラーの奥へと向かうと、ヤングヴラドもデビルスレイヤーを手に、歌いながらその後を追う。ゴーレムと犬を伴ったエルンスト、巨大な錨棍棒を手にしたアルバートらも続いて洞窟に消えた。

「‥‥ねえ、サラサさん?」
 他の冒険者達の姿が次々にワインセラーの奥に向かうのを何となく見送りながら、シュテルケが訝しげに、横に立つサラサに問いかける。
「デビルって何の事だろ? だって、この奥にいるのはアレだろ? 悪魔は悪魔でも、デビルじゃなくて、でっかいゴッキー‥‥」
「うん」
 サラサは深く頷き、道中と、山の周囲で集めた薬草から調合した、自家製の解毒薬が詰まったバックパックを背負って歩き出す。
「彼女らはもしかして、何か根本的なところで勘違いをしているのかもしれないな。
何、すぐに気が付く。何しろ奴らは、そういう人間を驚かすのが何より得意という手合いだから‥‥」

 サラサの予言は当った。
 割りと直ぐに。
 五秒後に。
 ワインセラーの奥から聞こえてくるは、絹を引き裂くような身も世もない絶望の悲鳴―――!




「‥‥まあ、ある意味、黒い悪魔ではあったな」
 涼しい顔でそう告げて、錨棍棒を担ぎ直しつつ、アルバートが洞窟の緩やかな下り斜面を進んでいく。
 各自の持つランタンの明かりや、サラサの連れてきたエシュロンの炎の明かりで、見通しはそれ程悪くはない。それにも関わらず、ワインセラーの奥から続く洞窟は、尚果てが見えぬほどの広大さを誇っていた。
「ア、アルバート、お前‥‥いや、皆も、もしかして知っていたのか? 敵がデビルではなく、ゴキ‥‥『G』だと言う事を?」
 先程の戦いの衝撃が抜けないのだろう。長渡に支えられるようにして、青い顔で斜面を下るレイアに対して、ほぼ全員の冒険者達が頭を縦に振る。
 うん、知ってたよ、と。
「レ、レイア殿? お気を確かに‥‥」
 ショックの余り、レイアの膝の力ががくりと抜ける。
 洞窟の地面に崩れ落ちかかるレイアを、長渡が慌てて肩で支えた。

 ―――サラサの予言通り、レイア、ヤングヴラドの二人が己の割りと致命的な勘違いに気が付いたのは、あれから直ぐ、たった五秒後。洞内を区切る、ワインセラー最奥の木製の扉を鍵で開けた瞬間、Gは姿を現した。
 心の準備無しに、体長一メートルの巨大Gに顔面に飛びかかられたレイアには、ご愁傷様という他ないだろう。幸い一匹だけだった巨大Gは、程なく冒険者達の手によってすっぱり八つ裂きになったわけであるが、レイアの受けた心の傷はトラウマ寸前の深刻さである。
「地下に潜む、く、黒い、悪魔の『ような』って‥‥‥‥紛らわしいわぁぁぁぁ!!!」
 レイアの心からの叫びが、洞内に残響を伴って響き渡る。

 改めて記そう!
 敵はデビルではない。ジャイアントコックローチ、つまりは巨大ゴキブリである。
 本来なら冬のロシアに生息するような生物ではないが、暖かい地下の洞窟に生息する洞窟性の種も存在しているらしい。実際洞窟は、奥に行けば行くほどに、徐々に温度が上がっているようだ。多少寒さに弱い虫と言えど、ここでなら一生を過ごすのに子細ないに違いない。

「彼らにとって、ここは随分と住みよい土地のようだな。気をつけろ、近い範囲の中だけでも十匹以上、向こうは既にこちらに気が付いているようだ」
 エルンストのブレスセンサーが、十数匹の、大きな生物の反応を捉えている。
 こちらの灯りの放つ光芒のすぐ外で、Gどもは息を殺してこちらの様子を伺っていた。
 冒険者達も、即座に対応する。
 神聖魔法やオーラ魔法による、各種身体強化魔法の光が闇に瞬き、アルバート、長渡らを先頭に、サラサやエルンストを内陣に置いた陣形を形作る。

「レイア、あなたは大丈夫なの? なんなら、上のワインセラーで寝てて貰っても構わないのだけれど」
 アーデルハイトの言葉に、レイアは不敵な笑みを浮かべ、長渡の手を払ってよろりらと立ち上がる。
「ふっふっふ。‥‥神の携えし神剣、リベンジ・ゴッヅを預かる戦士として、この程度の奴らに後れを取るわけにはいかん。アーデルハイト、心配は無用だ。さあ、虫共、束になってかかってこい!」
 長大な魔剣を振りかざし、自棄っぱち気味のレイアが陣形の最前列へと躍り出る。
 まさか、その声を理解したわけでもあるまいが‥‥

 ズザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ――――――!!!!

 まるで、洞窟の闇そのものが動き出したかと思うほどの、黒い奔流!
 地を這い、空を飛び、巨大G共は一斉に円陣を組んだ冒険者達に襲いかかる!!

 足の音、羽の音。
 爆音と、剣撃と、ギチギチと鳴る顎の音。
 攻撃呪文が弾け、瞬き、生と死が闇と光の中で交錯する。
 そして、闇の奥から聞こえて来る、一筋の悲鳴。

「私は、虫の関わる依頼は、もう二度と受けないぞ――――――!!」




 ―――その日の晩、ワインセラーの前で鎧龍と共に野宿をしていたセリヴァンは、精も根も、体力も魔力も使い果たし、得体の知れぬ粘液でドロドロになって帰ってきた冒険者達を見て、危うく腰を抜かすところだった。




 翌日。
 前日に、目立ったモンスター達を丸ごと平らげた一行は、幾つかの班に分かれて、広大な洞窟の調査を進める事にした。
 サラサ、アルバートの二人は洞窟の出入り口の探索を。シュテルケ、長渡、アーデルハイトの三名は洞窟の更に奥を目指し、ヤングヴラド、レイア、エルンストの三名は残敵の掃討と、Gの遺した卵の駆除に回る。
 前日のG共の死体が酷く臭うのには閉口したが、幸い、サラサ、アルバート組が早々に洞窟の外部へと通じる出口を発見した事で、問題は解決される見通しがついた。つまるところ、G共の死体は、みんな外に持ち出して燃やしてしまえばいいのである。幸い出入り口の周囲は山頂に近い岩場で、見張りさえ置けば、そうそう周囲に飛び火する事もないだろう。
 ただ一つの懸念事項であった、G共の匂い立つようなバラバラ死体(!)を誰が外まで運び出すのかと言う問題についても、誰もが全力で反対の声を上げる中、只一人反対しなかったエルンストの連れていたアイアンゴーレムが、運び出しの全作業を担当するという事で事態は円満に解決。休みなく、粘液にまみれながら、黙々とG共の死体を運び出すアイアンゴーレムの献身的な犠牲の上に、洞窟内部の臭気は急速に薄れていく事になる。

 モンスターの大部分が掃討され、臭気も薄れた事によって、冒険者達の洞内の探索も大きく進展する。ヤングヴラド、レイアらによる卵の駆除も進み、モンスターの脅威の減った地域から順に、サラサやエルンストの手によって地図の製作が進められていく。
 シュテルケ、長渡、アーデルハイトの三名による洞窟最奥の探索も進んでいた。
 暖かい方へ、より暖かい方へ。
 散発的に現れるラージバットを撃退。奥へ進む程に地熱の上がる洞窟の最深部を目指し、何度も途中の段差に足を取られながらも、手持ちのロープで何とか障害を乗り越えていく。

 そして翌日の昼。
 シュテルケら三名は、遂にその広大な地底湖にまで辿り着く。
 ‥‥地底湖の水は、温かかった。




「ふぅ。やれやれ、一時はどうなる事かと思ったが、やはりこのくらいの役得は有って然るべきだろうな」
「同感ね」
 首まで湯に浸かったレイアの言葉に、アーデルハイトが頷く。
 隣で同様に浸かっているサラサや長渡も、湯の中で手足を伸ばし、心の底から同意した。

 洞窟の最奥。
 そこは温かな湯の沸く、広大な地底の温泉湖であった。
 シュテルケらの温泉発見の報に、冒険者、特に女性陣の喜ぶまい事か。半ば脅しつけるようにしてシュテルケに地底湖までの道案内をさせ、辿り着くやいなや、衣服を脱ぎ捨て、我先にGの体液に汚れた身体と心の洗濯を始める。

「ねー、まだー? そろそろ俺達も入っていいだろ?」
 不満げなシュテルケの声。
 レディーファースト、と言うか、女性陣の迫力に圧倒された男性陣は、当然のことながら温泉に浸かる順番は後回しである。遙かに離れた岩場の後ろで待機する事を厳命された男性陣は、この不当の仕打ちに断固抗議。
「そうであるぞ、我ら冒険者は皆一なる家族。裸の付き合いをしてこそ、親愛の情も深まるというもの‥‥」

 ズドゴン!

 リベンジ・ゴッヅが、目の前の岩塊に突き立つ。
「‥‥ヴラド、何か言ったか?」
「何も言ってないのである。ごゆっくり‥‥」




 広大な温泉湖に浸かり、はしゃぐ女性陣と、岩場の裏で縮み上がる男性陣。
 Gの粘液まみれの反動故か、広大でぽかぽかの温泉故か。
 女性陣達はいつも以上に、伸びやか且つ開放的な気分に浸っていた。

 ‥‥だが、忘れてはならない。
 Gの卵は温かく、そして水気の多いところにこそ産み付けられるという事を。
 洞窟の最奥、この温泉湖こそがG達の神聖なる産卵地であるという事を!

 神剣をヤングヴラドに放り投げたレイアの、すぐ傍らの湯の縁で。
 今まさに、一塊の卵鞘がひび割れ、中に潜む無数の白いGの幼虫達が溢れ出ようとしている事実を、彼女達はまだ知らない‥‥!!