【怪鳥】峠に遺してきたものは‥‥
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■ショートシナリオ
担当:たかおかとしや
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 72 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月14日〜01月20日
リプレイ公開日:2009年01月23日
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●オープニング
緩やかな丘。
辺境を巡る支街道の一本が、その丘を貫いている。
辛うじて馬車一台が進めるほどの狭い街道。
長く続くその狭い道を進み、丘と森を越えて川沿いに進めば、キエフへと向かう主要街道の一つと合流する。そこまで来れば、キエフはもう目と鼻の先だった。
その街道を、一台の馬車が走っていた。
ガラガラと鳴る車軸の音と、ビュウビュウと吹きすさぶ冷たい風。
真っ白な息を吐きながら、御者台の男は馬を急がせる。
最近、この丘に怪物が住み着いたという噂があった。黒い翼を持ち、人の声に似た鳴き声を上げる怪鳥だという。大方はクワスの飲み過ぎから生まれたホラ話の類だろうが、例え怪物がただの狼であったとしても、足の遅いこの馬車ではどのみち逃げられない。
いや、大丈夫、丘ももう半ばを過ぎる。
崖の峠道さえ越せば、あとはもう緩い坂を下るだけだ。
「‥‥お客さん、もう少しの辛抱ですぜ。なに、そこの峠を越えちまえば、キエフの街まではあっと言うまでさぁ」
御者が、背後の乗客を振り返る。
雨風を避ける為の簡単な被いの付いた馬車の中で、四人の家族連れが寒そうに身を寄せ合っていた。
中年の男と妻、二人の子供。
御者の声に、その男と妻が笑顔を向け、口を開こうとする。
おそらく、そうかい、とか、寒いね、早く着きたいね、などと答えを返すつもりであったのだろう。
―――だが、御者の男がその言葉を聞くことはなかった。
客の男の顔が、突然激しい驚きに彩られる。客の男が、御者の頭上、進行方向の上空を指さした。
御者は振り返って、それを見た。
視界に映る、黒い羽根と黄色い足、鋭い爪。そして‥‥
いや、御者が見たのは、たったそれだけ。
爪が御者の顔面を抉り、主を失った馬車は斜めに大きく傾ぐ。
怯え、いななく馬。
馬車の中で、誰かが叫んでいる。
ボギンと、車軸の折れる音。
高く、低く。それは、人と、馬と、車体の奏でる恐怖の三重奏。
幕切れはあっという間だった。
道の両側を切り立った崖に挟まれた、細い峠道を塞ぐようにして、馬車は転倒した。
人も、馬も、馬車の車体も、今はもう静か。
ただ、死肉を啄む怪物の息づかいと、羽ばたく翼の音だけがその場を支配していた―――
●
包帯を巻いた男が、小さな女の子を伴ってキエフの冒険者ギルドにやってきたのは、それから一ヶ月後のことだった。
「あの峠で、妻と息子を亡くしました」
受付嬢に対して、男は語る。
彼の妻は転倒した馬車の下敷きになり、息子は転倒の際に車外に放り出され、共に死んだ。
彼と、娘の二人だけは、大怪我をしつつもなんとかその場を逃れ、道中の旅人の助けもあり、辛うじてキエフの街まで生きて辿り着くことが出来たという。
「妻と、息子を、キエフまで連れて来て頂きたいのです。二人はまだあの峠にいるでしょう。峠にはあの怪物がいます。危険な依頼ではありますが、何とか、お願い致します」
包帯だらけの男は、淡々と事情を説明して、そう受付嬢に頭を下げる。
―――男の隣の女の子は、最後まで一言も口を利こうとはしなかった。
『依頼内容:山で怪物に襲われて死んだ、男の妻と息子の遺体の回収』
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●場所
キエフから、徒歩で丸一日先の丘。丘の麓から峠までは、徒歩で二時間ほど。
●現場
両側を切り立った崖に挟まれた、細い峠道です。
男が娘を連れて逃げだした時点で、現場には馬車と二頭の馬、御者の男、妻、息子が遺されていました。
一ヶ月後の、現在の状況は不明です。
●怪物
黒い翼を持つ、大きな複数の鳥のようだったと言うのが、依頼人の証言です。
中に一羽、まるで人に似た何かが混じっていたような気もするが、はっきりとは目に出来なかったと言うことです。
全体の数などは不明です。
●リプレイ本文
妻と息子を、峠に遺してきた男の頼み。
キエフへの旅行? 移住?
それとも、知り合いとの再会?
家族揃って馬車に揺られていた彼らを待っていた筈の、何かしら、心躍るような出来事。男が、妻が、二人の子供が心に描いていた筈の楽しい未来は、しかし、もう二度と訪れない。
峠に遺されたもの。
妻と、息子。希望、未来、生き残った二人の心。
一切合切、家族は峠に置いてきた。
●
「リアナと申します。御家族を迎えにいく依頼、確かに承りました」
リアナ・レジーネス(eb1421)が、依頼人の男に礼儀正しく頭を下げる。
男の依頼を受けたのは、彼女を初めとする四人の冒険者。さまで数が多いというわけではないが、その分ベテラン揃い。幾名かは、例え万金を積んでもおいそれと雇えぬ達人である。怪物の十匹が二十匹だろうと、後れをとるような面子ではない。
‥‥そう、ギルドの受付嬢に教えられた男だが、それでも、あまり心を動かした様子は見られなかった。
「はあ、そうなんですか。‥‥どうか、宜しくお願いします」と、ただ頭を下げる男の様子に、マカール・レオーノフ(ea8870)は、リアナの背後に立ちながら、心中を暗くする。
(なんと、痛ましい‥‥)
貴族として備えている、彼の対人鑑識眼に頼るまでもない。男も、男の傍らの、冒険者達に顔を上げもせぬその娘も。二人は心をすっぽり峠に置き忘れてきたようであった。
「つらいとは存じますが、依頼を果たすため恐れ入りますが、相手がどのような怪物だったか教えて頂けませんか?」
続けられたリアナの言葉に、男は覚束無げな記憶を呼び覚ます。
黒い翼、黄色い足、爪、
おそらくは、人のように大きな数羽の鳥だった。
怪鳥の高く、鋭い叫びをはっきりと覚えている。
ただ、中に一羽、まるで人のような顔を持った鳥がいて‥‥
「―――ありがとうございました。必ず、ご家族を連れ戻って参ります」
朧で、現実感のない、断片的な言葉。
それでも、リアナはそのモンスターに対する豊富な知識から、怪物の正体をほぼ突き止めていた。
依頼人と別れ、冒険者ギルドを出た一行に、リアナは告げる。
「敵はヴァルチャーの一群。おそらくは、中にハルピュイアも含まれていると思われます。ハルピュイアが爪に持つ毒には、十分気をつけて下さい」
リアナの言葉に、冒険者達は皆頷く。
保存食、解毒剤、遺体を包む為の布、雪を掘る為のスコップ等々、必要な物資は多かった。
各自手分けをしてそれらの品の準備を行った後、四名の冒険者達はキエフの街を出発する。
●
翌日。
一行は現場の峠へと繋がる、支街道の上り坂を騎馬で進んでいた。
馬の足下の雪が、固い。
キエフでは何メートルも雪が積もるという事はそう多くないが、気温が低い分、雪は固く締まっている。この雪に埋もれた物を掘り出すには多少の困難が強いられるだろう。
‥‥そんな事を考えながら、ソペリエ・メハイエ(ec5570)は先の景色に目をやった。
緩い上り坂も、そろそろ峠の下りに差掛かる頃であったが、特にこれと言った異常はない。元々あまり人の通らぬ峠道ではあるようだが、事件の事が知られているのか、支街道へ入ってからは道中、旅人と出会す事さえ皆無であった。
「なにも出ませんね‥‥」
ソペリエが呟く。
一行の中でも、リアナや、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は、峠に入る前からそれぞれがブレスセンサーで周囲の生物の動向を見張っている。数百メートルの広域をカバーする呪文であるが、それでも丘には、野鼠など小動物を除く、一定サイズ以上の生物は存在自体が希であった。エルンストよりもさらに探知範囲の広いリアナのセンサーにのみ、空中を舞う幾つかの大型の生物が感知できるが、それも、向こうから積極的に近寄ってくる気配はない。
「どうやら、相手はこちらの様子を警戒しているようですね。偵察なのか、時々一羽ほど近寄ってくる時もありますが、すぐに離れて行ってしまいます‥‥」
「‥‥リアナ、思うのだが‥‥」
エルンストはリアナに声を掛けつつ、ちらりと、彼女の背後に目を向ける。
「向こうが近寄らないのは、やはり『ソレ』が原因ではないのか?」
「戦闘の際に、役に立つと思ったのですが‥‥」
当惑したリアナの声に、人慣れぬ様子の『ソレ』―――黒いヴォルケイドドラゴンは、己の癇気を隠そうともせず、不満げな鼻息を洩らす。寒気の中、盛大に漏れる熱い蒸気が、冒険者達の周囲を白く染めた。
それは体長八メートル余のドラゴン!
パピーではない、堂々とした成龍である。己の力を持て余している風でもあり、飼い主のリアナの言う事こそ聞かぬではないものの、それ以外の存在に関しては、どこまで餌でない事を弁えているのかすら判然とはしない。他の冒険者達の馬やペットなども、それぞれの主がいなければ、みんな一目散にこの場から逃げ出しているところだ。
「ヴァルチャー風情が襲うには、ドラゴンの成龍は過ぎた獲物なのだろう。これで、もう少し癇気を抑えてくれれば少しは違うのだろうが‥‥」
無理だろうなと、ドラゴンの荒い鼻息を横目に、エルンストは溜息をつく。
何しろ、馬上のエルンストが、さらに見上げるほどの怪物だ。こいつに襲いかかろうなどという肝の据わった生物は、流石にちょっと思い当たらない。
―――とは言え、この粗暴なドラゴンに一人でキエフに帰れとは言えないだろう。
「先に鳥達を殲滅しようと思っていましたが、襲いかかってこないのでは仕方がありません。現場に着いたら、先に遺体の捜索を始めてしまいましょう」
マカールの言葉に、全員が心を切り替える。
雪に覆われた峠の現場は、もうすぐ目の前に迫っていた。
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そこは、両側を壁のように切り立った崖に挟まれた、岩だらけの細い道。
その道を塞ぐようにして横転したままの馬車。
件のヴァルチャーか、それとも他の獣にか。すっかり食い散らかされ、白い肋骨を虚しく晒した馬の死骸。
‥‥今はそのどれもが、半ばまで白い雪に埋もれている。
「フレンダー、行け」
主であるエルンストの声に、忠実な猟犬は雪の上の匂いをふんふんと嗅ぎながら、狭い道の奥へと走っていく。
リアナのヴォルケイドドラゴンの御陰で、周囲に危険な生物がいない事は確認済みだ(勿論、ヴォルケイドドラゴンを除いて、であるが)。犬に続いて、冒険者達もそれぞれ手分けして、狭い道の奥へと進んでいく。崖に挟まれた通路のようなこの道は、三十メートルほどに渡って続いていた。遺体があるとしたら、この三十メートルの中の、何処かであろう。
「ワンワンワン!」
ややあって、主を呼ばわる犬の声が峠に響いた。
横転した馬車の近くで、猟犬は盛んに雪を掘り返そうとする。
「代わりましょう」
スコップを携えたマカールとソペリエの二人が、犬の示す地点の雪をスコップで掘り出していく。寒中での作業であるが、予めリアナから付与されていたレジストコールドの呪文により、寒さは全く感じない。手早く、ざっくりと三十センチ近く雪を掘り返したところで、ソペリエのスコップの先に、こつんと、固い手応えが感じられた。
「マカールさん?」
「‥‥多分、そうです。早く掘り出してあげましょう」
ソペリエとマカールは互いに視線を交わし合い、掘り出す速度を速める。
数分後、雪中より掘り出された物。
それは骨だった。
馬の死骸を見た時から予想はしていたが、その遺体も同様に、身体の大部分を既に食べ尽くされてしまっている。辛うじて残った衣服の切れ端、肉を残した手足の末端部分などに、遺体の生前の様子が僅かに伺えた。
「‥‥男だな。話に聞いていた、御者だろう」
遺体の骨格と、僅かに残った節くれ立った指先から、エルンストはそう判断を付ける。
話を聞いた限りでは、現場に残っている遺体は御者と、妻、息子の三名であり、遺体は子供でも、女でもなかった。簡単な消去法だが、ほぼ間違いはあるまい。
「おそらく、依頼人の御家族の遺体も近くにあるでしょう。手分けをして探しましょう」
マカールの言葉に、一行はスコップを担ぎ直す。
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その頃。
「あらメリュジーヌ、どうしたのですか?」
狭い峠道に図体の大きなドラゴンがいては邪魔になるからと、他の者の馬などと併せて、峠のやや手前でリアナが一人、ヴォルケイドドラゴンの番をしていた。
そのドラゴンが、苛ただしげに赤い大きな翼をバサリと扇ぎ、首をもたげて空の一点を注視する。
ドラゴンの様子に、リアナは発動中のブレスセンサーに意識を集中させた。
いた。
まだ距離は遠いが、数体の大きな生物が、空を飛んでこちらへ向かってきているのが判った。
視線を向けると、リアナの目にも、空の向こうの僅かな点が見える。
ヴァルチャーか、ハルピュイアか?
どちらにしろ、相手の毒爪がこちらに届くまで、ぼんやりと待っているつもりはない。
彼女のライトニングサンダーボルトの射程は、直線上に最大一キロメートル。レミエラの力により、扇形に発動の形態を変えたとしても、三百有余メートルは問題ない。もう少し引き付けて、一網打尽に‥‥
‥‥と、彼女が術の発動の準備を行おうとした時。
傍らのヴォルケイドドラゴンが、羽を全開に広げて怒りの咆吼を轟かせる!
ガォォオォォォォォォ―――――――――ン!!
「あ、こら、いけません! メリュジーヌ‥‥!」
リアナは慌てて口を押さえようとするが、その程度で黙る相手ではなく、そもそも、口にまで手が届かない。
飛来する怪鳥共を、縄張りを荒らす敵と見なしたか。ドラゴンの威圧的な咆吼が二度、三度と大気を揺るがすと、堪らず、怪鳥共は向きを変えて、彼方へと飛び去ってしまった。すぐに彼女のブレスセンサーの探知範囲からも、怪鳥達は綺麗に残らず消え失せる。
「何だ、今の声は?」
「何事ですか?!」
ソペリエをはじめ、他の仲間が得物を片手に、血相を変えて走り寄ってくる。実際、それほどの咆吼であった。特に、狭い通路のような峠道では、まるで角笛の内側にいたかのようによく響く。
「申し訳ありません‥‥!」
武器を構える仲間と、気の晴れたらしく、すっかり満足したドラゴンに挟まれて、リアナはとにかく頭を下げる。
これで、ハルピュイア達が冒険期間中に一行の前に顔を現す事は、もうないだろう。
困惑する仲間達に懸命に頭を下げながら、リアナは心中で祈る。
―――願わくば、これに懲りて、今後この丘に近寄る事がなければいいのだけれど、と。
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夕方、冒険者達は馬車の下敷きになっていた母親の遺体を発見した。
転倒した馬車の下に遺体があるらしい事は早い内から判っていたのだが、雪に埋もれた馬車を先ず動かさなければ如何ともしようがなく、その作業に大きく時間を使ったのだ。
ドスン。
横転していた馬車を、邪魔にならない方角へもう一度倒す。
予想通り、馬車の下からは遺体の一つが現れたのだが‥‥
「偉大なる父よ、この魂にどうか安らぎを‥‥」
「慈愛の母よ、この者の魂に救いと安息を‥‥」
黒の神聖騎士のマカール、白の神聖騎士であるソペリエが、ともに遺体に祈りを捧げる。
‥‥いっそ、全てが骨であればまだよかったのかも知れない。
綺麗に食べ尽くされた上半身と、馬車の下敷きになり、それが為に食われるのを免れた、膝から下の、二本の足。
身動きできぬまま鳥共に襲われたその恐怖は、一体如何ばかりであっただろうか?
刺繍のついたスカートの縁が、低温の中、腐敗もなく残った二本の足にまとわりついている。
女性であった。
依頼人の、妻の遺体である。
冒険者達は、言葉少なに、女性の遺体を用意していた布の上にまとめていく。
彼女の着ていた衣服や靴なども、そのまま回収した。この気温の中では腐敗する事もあるまいが、念のため、リアナがアイスコフィンのスクロールによって、遺体をそのまま凍結する。
『これ』を、依頼人にそのまま見せてよいものか?
誰からか、自然に湧き出したその疑問。
心に傷を負っている事が明白な依頼人やその娘に、このような無残な遺体を見せるのか。
‥‥しかし、見せぬ訳にはいかなかった。
どのような無残な姿であれ、それが、依頼人と、その娘の愛した家族なのだから。
●
翌日、そして翌々日と。
懸命に探索を行う冒険者達であったが、当初の予想に反して、残る一体、依頼人の息子である子供の遺体は、遂に発見できず仕舞いであった。
他の二体の遺体を容易く発見した猟犬のフレンダーも、困惑し、力なく鼻を鳴らすばかり。
小さな子供の遺体である事から、一ヶ月の間に、周囲にバラバラに散逸してしまった可能性もある。もしかしたら、餌として、鳥共の巣に持ち帰られたのかも知れなかった。空を運ばれては、匂いを追う事は出来ぬ。
こうなっては、冒険者達はお手上げであった。
闇雲に、峠道に積もった雪を全て掻き出すのは、冒険者達の携えた二本のコップでは不可能に近い作業である。その上、それをしたからと言って、子供の遺体が発見できる可能性は高くない。
やむなく冒険者達は、依頼人の妻の遺体だけを馬に載せ、馬車から回収した僅かな遺品と共に、キエフへの帰路についた。
ハルピュイアの討伐に失敗したのは未だしも、依頼人の二人の家族の内、回収できたのは妻の遺体が一人分だけ。事実上の、依頼の未達成と言われても、これは仕方のない顛末だった。
例え剣に長け、魔法を自在に操ろうとも、解決できぬ事は多い。
冒険者達は、己の無力さの苦い味を噛み締める。
●
「妻の―――足です。この靴は、以前私から買い求めて、妻に贈った物ですから‥‥」
依頼人の男は、手渡された重い布の包みを開いた。
骨と、僅かに残った肉片。
そしてまるで人形からもいだ物であるかのように、それだけは、そのままに残った二本の足。
花の代わりにと、マカールから併せて添えられた春の香り袋の隣で、男は愛する妻の足を胸に押し抱いた。息子さんの遺体を回収できず申し訳ないと頭を下げる冒険者達の声も、今の男の耳に入っているかどうか‥‥?
滂沱と涙を流し、冷たい、妻の足をひたすらに抱きしめる男。
その傍らで。
冒険者達が立ち去る遂にその終わりまで、依頼人の娘であるその少女は、一言も発しようとはしなかった。
後には、ただ、男の嗚咽の声だけが残される―――