【猫】忍び寄る犬、迎え撃つ猫
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■ショートシナリオ
担当:たかおかとしや
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 3 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月31日〜02月05日
リプレイ公開日:2009年02月09日
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●オープニング
「やっほー、迅速確実シフール便。お手紙一通、お届けだよぉ〜♪」
そう言ってシフールの配達員が、冒険者ギルドの受付にその封書を置いていったのは一月の暮れ。めっきり冷え込んだ、ある寒い日の午後の事であった。
冒険者ギルドには、毎日何通もの手紙がこうして舞い込んでくる。
愚にも付かぬ広告の類から、ギルドマスターであるウルスラへの秘密の私信まで。時には手紙でギルドへの依頼の先触れがなされる事もある為、郵便物はまず受付の手によって適当な部署、人物へと仕分けされるのが常となっていた。
今回届いた手紙も、どうやらギルドへの依頼状の一つであるらしい。誰かへの個人的な私信でない事を確認し、受付嬢は封書の口を開ける。
中には、ごく簡素な手紙と、意匠を凝らした、見るからに高級そうな紙にしたためられた文書が、それぞれ一通ずつ収められていた。滅多にお目にかかれぬ高級な紙に感心した受付嬢であるが、片方の簡素な手紙の内容が脅迫状‥‥それどころか、殺人予告状とも言えるものである事に気が付き、表情を変える。
実際、それがキエフ有数の大商人であるブラヴィノフ家当主、ミロスラフ・ブラヴィノフの命を狙った予告状である事は、もう片方の文書からも知る事が出来た。
先日、ブラヴィノフ家にこのような恐ろしい手紙が送られてきた事。
それに対して、腕の立つ護衛役を至急求めている事。
この事を余人に知らせれば家族の命も容赦しないと脅されている為、このような形での依頼とした事。
それらの内容が、簡潔ながらも、切迫した文面によって綴られている。
「ブラヴィノフ家と言えば、以前子供と猫ちゃんが依頼してきた事があったわよね‥‥」
受付嬢は呟く。
殺人予告状の末尾に簡潔に記された、『犬遣いより』という名乗り。確か以前の依頼で、忍犬を使う東洋の忍者らしき怪しい人物が関わっていた事が報告されていたが、今回の一件もその絡みなのだろうか?
何にしろ、この依頼はいつものように、壁に依頼状を貼り付けて公募するというわけにはいかない。念のため、ギルドマスターの方にも相談をしておいた方がいいだろう。
受付嬢は封書を携え、ギルドマスターの執務室へと向かう為に、席を立つ。
●
「ねえ、お父さん? 冒険者さん達は来てくれるかな?」
「ダーニャは信頼の置けるメイドだ。手紙はきっと出してくれたはずだよ。冒険者達が来るのも、もうすぐの筈だ」
にゃあにゃあ。
ブラヴィノフ家の広い屋敷、そのリビングにて。
普段なら常に十人以上の使用人やメイドが忙しく立ち働く大きな屋敷であるが、現在、リビングの暖炉の前には、ヴラブィノフ家当主であるミロスラフと、その妻と息子、三人の家族が落ち着かなげに座っているだけであった。
去年の暮れ、息子から怪しい東洋人が屋敷の周囲を伺っていたという話を、ミロスラフは聞いていた。
それなりに潔白な商売をしているつもりではあっても、‥‥いや、むしろそれだからこそ、新興の交易商であるブラヴィノフを疎む相手がいる事も知っている。
それ故、自らの命を狙うという予告状を受け取ったミロスラフは、それを軽く受け取ることなく、即座に使用人達に暇を出した。勿論、彼とて座して殺されるのを待つつもりはない。「余人に知らせれば、家族の命も保証しない」という予告状に対して、暇を出したメイドに郷里から差し出すよう、冒険者ギルドへの依頼状を託したのもミロスラフ自身である。この方法なら、不埒な予告者が誰であろうと、おいそれと露見する事はないはずであった。
「‥‥しかし、本当に依頼を出してよかったものか。私の商売上の事で、お前達にも危ない目に会わせてしまっては‥‥」
ミロスラフの言葉に、彼の妻と息子は、決然とその憂いを否定する。
「あなた、私達は家族です。巻き込まれるの嫌さに、夫の首を黙って差し出す妻が何処にいるでしょう?」
「そうだよ、お父さん。そんな悪い奴の約束なんか、どっちにしたって信じられるもんか! 猫嫌いの、すっごい変な奴だったんだ。信用なんか出来るわけがないよ!」
にゃあ!
妻と、息子の言葉に、ミロスラフは微笑みを浮かべる。
にゃあにゃあにゃあ!
―――ところで。
先程から、家族の会話に参加している猫。
息子がアルフレドと呼んでいるその猫が、二本足で落ち着かなげに部屋をウロウロと歩き回り、時折、虚空目掛けて素早い猫パンチのフットワークを見せているのは、一体どう理解した物だろうか?
アルフレドという飼い猫が、どうやら普通ではない事にはうすうす感づいていたが、ここまであからさまに二本足で歩いている猫の姿を見るのは、ミロスラフにとっては初めての事であった。
「‥‥あの猫は、一体何をしているのだ?」
そんな疑問を息子のイヴァンにぶつけると、少年は、愛猫の鋭い猫パンチを横目に、弱り切った顔で父親に答える。
「前回はしてやられたから、今回は必ず相手を捕まえてやるって。犬共相手に猫は絶対に負けないって、やる気出してるんだよ。
‥‥ほら、アルフレド、キミがそうしてたってしょうがないじゃないか。それじゃ、普通の猫じゃないってことが、みんなにばれちゃうよ」
息子の後半の言葉を優しくスルーする、父親と、その妻。
‥‥まあ、飼い猫からして、自分の為にここまでやる気を出してくれている事ではあるし。
とにかく、やれるだけの事はやってやろうと、ミロスラフは決意する。
愛すべき家族を残して死ぬには、まだまだ早過ぎる。
『依頼内容:殺人予告を出されたミロスラフ・ブラヴィノフと、その家族の命を保護する事。及び、暗殺者(?)の撃退』
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【ブラヴィノフ家、屋敷図(縮尺:一文字分で縦横四メートル)】
仝仝仝仝━━━━━━━━━━━裏門━━┓
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仝仝@@@∴∴∴∴■塔■───┴┐∴∴┃
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┃∴∴∴仝□母屋の屋敷□□仝∴□□□∴┃
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┃仝□倉□───┤∴∴∴仝∴□□□∴∴┃
┃仝□庫□∴仝∴│∴∴┌──□厩□∴仝┃
┃仝□□□∴仝∴├──┘仝∴□舎□∴仝┃
┃仝仝仝仝仝仝∴│∴∴∴仝∴□□□仝仝┃
┗━━━━━━正門━━━━━━━━━━┛
□/建物
■/高い建物(三階建て以上)
仝/木
@/池
─/小道
━/外塀(高さ二メートル)
∴/平地
●報酬
現金報酬+成功報酬として、一人あたり15Gを追加
●殺人予告状(概要)
・予告状投函より、十日後にミロスラフの命をいただきに行く
・当主の外出を禁じる
・余人に知らせる事を禁じる
・上記の事に違反した場合、家族の命も保証しない
●猫達の協力について
・ケット・シーであるアルフレドを中心に、近所の猫達数十匹が応援に来る
・「インタプリティングリング」の力により、アルフレドは会話が可能(オーラテレパス相当)
・アルフレド以外に、ボス猫としてサイファとマウントスという、二匹の猫が存在(ペット「優れた猫」相当)
●屋敷に居残っている住人
・ブラヴィノフ家の家族三人
・番頭一人
・馬丁一人
・老メイド一人
●リプレイ本文
ゴトゴトと、轍の音を響かせながら、その馬車はブラヴィノフ家の正門口をくぐる。
御者台に座っているのは商人風の男。
男は馬車を屋敷の玄関前へと着ける。ややあって、屋敷の使用人達が顔を出すと、男はその使用人らの手も借りて、ふうふうと重そうに、幾つかの木箱を屋敷の中へと運び込んだ。
数十秒か、一分か。男が屋敷の中に実際に足を踏み入れていたのは、木箱を屋敷の中へと運び入れる、ほんの僅かな時間だけ。全ての木箱を運び入れたらしい男は、使用人達と多少の会話を交わし後、また馬車に乗って屋敷をゆっくり後にする。
特になんという事のない光景。
それはブラヴィノフ家現当主、琥珀の大商人、ミロスラフ・ブラヴィノフの命を狙う予告状に記載されていた日付の二日前。珍しく寒気も和らいだ、陽の差す午前の事であった。
●
「あー、窮屈だった!」『だった☆』
「確かに。危うく首が曲がるところだった‥‥」
「にゃあ」
屋敷の、外からは見えぬ奥まった廊下。そこに運び入れられた木箱から、シャリン・シャラン(eb3232)が妹分の火霊・フレアと一緒に顔を出すと、隣の箱からは同様に、長身のエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が首を押さえながら立ち上がった。
そして‥‥出るわ出るわ!
冒険者達のペット。シムル、ケット・シー、ジュエリーキャットに、魔法で小さくなった猫、通称『愛らしい猫』まで。それぞれが全く種族の違う、普段滅多に目にする事のない四匹のレアにゃんこ達。
「差し当っては上手く行っているようだな。後は伝助が戻ってくれば、潜入は一先ず成功か」
よっこらにゃあと木箱から這い出た一行に、見覚えのある、商人風の男が声を掛けてきた。
おや?
この男は、先程馬車で屋敷から出て行ったはずではなかったか。それが何故ここにいるのだろう?
シャリンら冒険者にも、別に、特に驚いた様子は見られない。
それも当然。これが、彼らのとった作戦なのだ。商人風の姿は同じでも、中身が違う。行きはヴィクトル・アルビレオ(ea6738)、帰りは以心伝助(ea4744)。素早いすり替わりに、ミミクリーと人遁の術の合わせ技だ。
屋敷に来た人間は一人。屋敷から出て行った人間も一人。
これなら、例え外部から屋敷の動向を監視していた者が居たとしても、屋敷に冒険者がやってきた事には気付かないだろう‥‥
暗殺予告状に書かれていた「余人に知らせれば、当主のみならず、家族の命も保証しない」との一文。
冒険者達がわざわざ、このような迂遠な潜入法を選択した理由の原因がそれであった。極力第三者の関与を秘匿する事で、依頼人の家族に対する危険を減らし、暗殺者の不意を突く。木箱とすり替わりによって三名を屋敷に残し、後はカモフラージュの為、一人出て行った伝助が再び屋敷への潜入に成功すれば、冒険者四名一同、全員が欠けることなく警護任務に就けると言うわけだ。
「伝助は一人で大丈夫だろうか?」
「彼は優秀な忍者だからな。なまじ我々が同道するよりも、余程上手くやり遂げるだろう」
エルンスト、ヴィクトルらがそう会話をしていると、廊下の奥から、三人の家族が一行の前に姿を現した。ミロスラフ・ブラヴィノフとその妻、そして息子のイヴァン少年である。勿論、少年のペット(?)、ケット・シーのアルフレドも一緒だ。少年とアルフレドは、この場にいる冒険者にとっては、以前からの顔馴染みである。
当主、ミロスラフは妻と共に頭を下げる。
「あのような手紙一本の依頼を引き受けて頂き、大変感謝している。しかもこのような気配りまでして頂けるとは! 以前、困り事の解決を貴方たち冒険者に依頼したという息子は、こうしてみるとなかなかの慧眼だったようだ。
面倒をお掛けするが、今回の件、どうか宜しくお願いしたい」
「どうかご安心を。ミロスラフ殿の、そしてご家族の命は必ず我々がお守り致します」
ミロスラフの言葉に、ヴィクトルが応える。
以前出会った犬遣いとやら。随分おかしな奴ではあったが、その分、何をしてくるか判らぬ不気味さがあった。かと言って、後れをとる気は全くない。何しろこちらには、四人の練達の冒険者と‥‥
ヴィクトルは、ちらりと視線を足下に向ける。
ナゴナゴニャーニャー、てふてふもふもふ。
そこで繰り広げられているのは、冒険者達のペットにアルフレド。計五匹の猫達による、口角泡吹かんばかりの猫会議!
そう。
こちらには、四人の練達の冒険者と、そして、頼もしいにゃんこたちが付いている!
暗殺などと言うたわけた事を、絶対に許すわけにはいかない。
●
伝助が屋敷に戻ってくる前にも、三人のやる事は幾らでもあった。
暗殺予告にある予定の日付はまだ二日先だが、前日に押し入られて、暗殺者相手に話が違うと言ったところで始まらない。
ブラヴィノフ一家と顔を合わせた一行は、まず手分けをして屋敷内の建物や窓をチェックして回る。
開いてる窓を閉め、不要な外部への扉には全て鍵を掛けておく。倉庫や屋敷裏の林など、目の届きにくいところに何らかの仕掛けを施される可能性も低くはない。場合によっては、飲み水や井戸に毒を混ぜられる危険さえあった。
屋敷とただ一口に言っても、ブラヴィノフ家の敷地は本当に広い! 倉庫があり、塔があり、池があり、林がある。僅かな人数の冒険者では、その全てを常時監視するというわけにはいかない。事前に、少しでも取り除ける危険は排除すべきであった。
「‥‥そう思って、さっき、フォーノリッヂを使ってみたんだけど‥‥」
「ほう」と、シャリンの言葉に相槌を打つヴィクトル。
フォーノリッジとは、太陽の精霊を信奉する者たちのみが使用できる、未来予知の呪文である。シャリンはこの希有な呪文の、数少ない遣い手の一人であった。
「『ミロスラフ』『予告』『手口』の三単語で未来を覗いてみたら、上手く未来が見えたのはいいんだけど。それが、屋敷の前で、みんなが驚いてる中、子犬がお座りしているシーンなんだけど、これって何だと思う?」
ヴィクトルは随分真剣に、その映像の持つ意味について考えてみた。
考えて考えて。大分経ってから、ぽろりとヴィクトルの口からその言葉が漏れる。
「なんのこっちゃ」
「だよね〜」
●
なんのこっちゃ、と言ってても埒は明かない。
一通り屋敷の中、敷地の周りを点検した冒険者達は、今度は協力者とのお目見えである。
つまり、猫だ。
『猫の方なら心配は知らないぜ。今回は、頼もしい助っ人を呼んでるからな!』
自信満々なアルフレドの言葉に、サイファとマウントスという二匹のボス猫は揃って、ニャアゴと同意の鳴き声を上げる。
冒険者が猫達に立てた作戦の基本は、この二匹のボス猫を中心として、猫達を屋敷の内部の警戒と、敷地の警戒との二班に分けると言うものだ。特に、屋敷の内部に出入りする人間は、必ず猫達によって匂いのチェック。今回冒険者達が行ったように、例え姿形は変えられたとしても、体臭まで変えてしまうのは難しい。よって、外見がどうあれ、犬臭い者がいれば、その人物は犬遣いがすり替わった可能性大、と言うわけである。
「それでは、屋敷外部の猫の統率はそちらのサイファに、屋敷の内部はマウントスに頼もう。途中何か異常があれば、こちらのペットの四匹、もしくはアルフレドから連絡があるはずだ」
エルンストの言葉をアルフレドが通訳すると、二匹のボス猫はにゃあにゃあと、それぞれに返事を返してくる。
‥‥何となく不安な気もするが、大丈夫と、アルフレドからは大きな太鼓判だ。
「まあ、いい。そうだ、実はお前達に聞きたい事があるのだが。最近、以前この辺りをうろついていたマタタビの東洋人や忍け‥‥」
「忍犬を見たんでやす!」
「‥‥何?」
そこでエルンストは初めて、変装したまま屋敷を出ていた伝助が、いつの間にか屋敷の中に戻っている事に気が付いた。
それは他の冒険者達も同じである。
みんな伝助の無事を祝おうとして‥‥まてよ、今伝助は、何か気になる事を言わなかっただろうか?
唐突に現れた伝助の言葉に、一行の思考が一瞬止まる。
その瞬間、数匹の猫達が慌てふためいて会議の場に飛び込んできた!
猫達の声にアルフレドが上げる驚愕の叫び。
『なに、屋敷の正面口に忍犬が現れただ?!』
●
「く、まさかこんな攻撃に出るとは‥‥」
「犬遣いの名前は伊達ではないという事でやすね‥‥!」
ヴィクトルが膝をつき、伝助がよろめいた。
そいつはたった一人で正面から乗り込んできた。
なにって‥‥秋田犬の、子犬である!
ちょこちょこてふてふ、濃い茶色の毛並みだが、腹の部分はやや白い。巻いた尻尾に丸いお尻。忍者である自己主張なのか、紫色の頭巾を一人前の身に付けているところがまた可愛い。
ふりふりと尻尾を振って、その子犬が正面口をくぐると、さしもの猫達も、子犬の前に道をあける。
歩く姿が、もうコロコロ。
ヤバ可愛い。有り得ない。
子犬はよちよちと敷地内の道を走り、可愛さオーラにたじたじとなる冒険者達の前で、ちょこんとお尻を落としてお座りをする。よく見れば、子犬は首輪に手紙のような物を挟んでいるようだ。メンバーの中で、比較的ダメージの浅いエルンストが子犬に近寄り、首輪から紙片をそっと抜き取った。
エルンストは文面に目を通し、すっかり腰砕けの冒険者一行に振り返る。
「‥‥どうやら随分と油断のならない相手らしいぞ、犬遣いとやら。
『約束を破ったのならしょうがない。改めて予告する。二日後、ブラヴィノフ御一家の命を頂戴する。精々、頼りにならぬ冒険者と、猫共に守って貰う事だ』‥‥だ、そうだ」
エルンストの言葉に冒険者達は、可愛さも忘れて驚きを隠さない。
彼らがここに入ってきてから、まだたった半日。
見張られているのか? 一体何処から?
お座りをした子犬の周囲で、冒険者達は慌てて屋敷の周囲を見渡した。
―――シャリンはその光景に見覚えがあった。
『ミロスラフ』に対する『予告』の『手口』。
予告文書を子犬に持たして送りつけ、それを見た冒険者が驚いている。
未来予知で見たのと、ずばり、同じ光景!
「‥‥って、違うでしょ! 予告の手口を未来予知してどーすんのよ!」『のよ♪』
●
シャリンの予知した未来。
子犬を使った、暗殺の再予告に対して、一行はさらに監視を強化した。使用人も含め、ブラヴィノフ家の食事は全て冒険者達の持ち込んだ保存食で賄われる事になり、使用人らが敷地の外へと出る事もなくなった。家族は屋敷の最奥の部屋へと移され、エルンストのブレスセンサーが、外部から敷地の境界を跨ぐものの気配を監視する。
一日目が終わり、二日目も何事もなく過ぎた。
初日の子犬も含め、犬の気配は欠片もない。
そして三日目、予告の日。
‥‥はじめにその火に気が付いたのは、厩舎で馬の世話をしていた馬丁であった。
倉庫の裏手から上がる大きな炎に、周囲の猫達も大騒ぎを始める。倉庫の屋根に、松明らしき火のついた棒を咥えた犬を見て、馬丁は慌てて母屋の方へと駆け込んだ。
「旦那様、倉庫が燃えてます! 犬が倉庫に火を付けて‥‥」
●
屋敷に駆け込んできたその馬丁の言葉に、冒険者達は互いに顔を見合わせた。
ヴィクトルはブラヴィノフ家の三人と共に、屋敷の最奥に避難中である。この場にいるのは、シャリンと伝助、エルンストの三人だけだ。
しかし、放火の危険性については、冒険者達は十分にそれを予測していた。
「それじゃあ行ってくるわね! フレア、頼むわよ!」『アイサー☆』
事前の打ち合わせ通り、ファイヤーコントロールの術を使える火霊のフレアと共に、シャリンが倉庫の元へとまっしぐら!
「ああ、あんなおちびさんだけには任しておれない。そうだ、屋敷のキッチンに水桶が‥‥」
そう言って馬丁がいそいそと屋敷の奥へと進もうとした、その時。
伝助は馬丁に声を掛ける。
「声色からメイク、人遁の術との併用でやすか? 厩舎の匂いで体臭を似せるところも恐れ入ったでやす。‥‥一体いつから入れ替わったんで?」
馬丁の足が止まった。
正直者の馬番の面影が、見る間に薄れて消えていく。
馬丁の仮面が外れた後のその男の雰囲気に、エルンストは覚えがあった。
犬遣い!
「ご同業か‥‥。なに、種を明かせば、馬共に紛れてこの三日間、ずっと厩舎の藁や土の下に隠れていたのよ。犬ならともかく、猫の鼻を誤魔化す事など造作もない。実際にこの男と入れ替わったのは、ついさっきだがな。
‥‥来い! 太郎丸、伊予彦!」
伝助の言葉に応えるなり、馬丁は―――いや、犬遣いは素早く身を翻し、指笛を鋭く吹き鳴らす!
「ミロスラフの居る部屋は承知しているぞ! 太郎丸はそいつらの足止めだ、伊予彦、ついてこい!」
自らに疾走の術を付与し、犬遣いは屋敷の奥へと風のように走り出す。
後を追いかけようとした伝助とエルンストの前には、クナイを咥えた忍犬が一頭、殺気を漲らせて立ちはだかった。
「しまった! エルンストさんは先に行って下さい、ここはあっしが!」
伝助が忍犬に立ち向かう。
その隙を突き、エルンストは辛うじて忍犬の脇を抜けて屋敷の奥へ!
●
ガキィ―――ッン!!
甲高い硬質な響き。
「諦めろ、この結界は破れぬぞ!」
屋敷の奥。犬遣いと忍犬のすぐ目と鼻の先に、一家が居た。
その傍らではヴィクトル、そして全身の毛を逆立てて威嚇するアルフレドの姿も見える。両者の間には、ヴィクトルの支えるホーリーフィールドが、忍犬の攻撃をはじき返して、尚厳然とそびえ立っていた。
背後の廊下からは、エルンストの走り寄る足音が聞こえてくる。モタモタしていれば、その他の冒険者も皆この屋敷の部屋に終結してくるだろう。熟練の冒険者に囲まれてしまっては、如何に優秀な忍者である犬遣いと言えども、脱出は困難である。
犬遣いの口笛に、忍犬は単身、素早く部屋の外へと駆け出していく。
「奇襲に失敗した、その事は認めてやろう。この場は一旦引かせて貰う。予告状はまた後日改めて。それまでは、延びた寿命を大切に、精々猫共とでも戯れとくがいいさ」
『へ、負け惜しみだ!』
「そうとも、アルフレドの言う通りだ。じきに仲間も来る。ここから逃げられると思っているのか?」
ヴィクトルの言葉に、犬遣いはニタリと笑う。
「造作もない事。ブラヴィノフの者共、そして冒険者達に、忌々しい猫共よ。また会おう。その時は、結界一つで急場を凌げるとは思わない事だ」
言うなり、犬遣いの姿は消え去った。
後に残るは、ごろりと転がる、大きな丸太が一本だけ。
忍法、空蝉の術。
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火災は、フレアの活躍により幸い大事には至らなかった。
それからも数日間、冒険者達は警戒を続けたが、犬遣いの姿は杳として知れず。
‥‥後日改めてと犬遣いの言った予告状も、再び届けられる事はなかった。