【黙示録】氷嵐の中で

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月07日〜02月12日

リプレイ公開日:2009年02月16日

●オープニング

 女王の怒りが風を呼び、女王の悲しみが雪を呼ぶ。
 山も、野、人の街も。激しい吹雪によって全てが真っ白に埋もれていく。

 ウォオォォ――――――ン!!

 狼は吠えた。
 雪の女王の、最も大切な物が奪われた!
 荒れる吹雪を物ともせず、雪上を疾走する狼。真っ白な毛並みの、フロストウルフ。
 吹雪の精粋から生まれた彼らにとって、女王の、雪の女王の命令は絶対だった。女王の最も大切な物を奪った憎き人間共。数百年の長きにわたって、女王が守ってきた物を盗んだ愚かなこそ泥共。
 幸い、賊の行方はすぐに知れた。女王の僕である精霊達によって、女王の寝所に忍び込んだ二人の人間の姿が、近くの人里に入ったのが目撃されたのだ。
 フロストウルフはひた走る。容赦するつもりなど、毛頭ない。
 女王に仇為す者に鉄槌を! 雪と氷の制裁を!
 賊自身は元より、例え僅かにでも立ち塞がる者が居れば、その全てを爪牙に掛けることに何の躊躇いもない。

 愚かな人間共。
 狼は吠える。
 女王の怒りと悲しみを、お前達は知るべきだ。




 曾てない大雪が、街を埋め尽くそうとしていた。
 ここロシアの地では、多少の降雪は毎年の事だ。しかし、ここ数日の降雪は常軌を逸していた。まるで、氷雪そのものが牙を剥いたかのような圧倒的な吹雪!
 街道沿いに位置するこの街では、普段なら冬でも多少の人の往来はあるものだ。それが、この雪が降り出してからというもの、全く人の出入りは途絶え、たまたま街に逗留していた旅人や商人などは、そのままこの小さな街の中に閉じ込められたかのような案配だった。

「いや、災難だね、お客さん方。ここまでの大雪は滅多にないんだがねぇ」
 街に幾つかある、旅人向けの小さな宿の一つ。
 宿の主人は、足止めを食った、その気の毒な客に対して声を掛ける。旅の商人だというその二人連れの客は、天候が崩れていこうとする最中、半ば橇を雪に埋もれさせながら、何とかこの街まで辿り着いたという。本人達は更に先へ進むつもりのようだったが、随分と大荷物な事もあり、流石にこの風雪の中で動くのは無謀どころの騒ぎではない。
「まあ宿代は多少は勉強させて貰いますよ。幾ら何でも、こんな大雪がそうそう長く続くこたぁないでしょう。雪が止むまで、骨休みのつもりでゆっくりしていって下せぇ」
 主人の楽観的な慰めに、しかし、その商人達が同意をする様子は見られなかった。
 ゴウゴウと吹く風に合わせて揺れる柱や天井に、二人の客は苛々と落ち着かなげな視線を送る。

 気まずい沈黙。
 と。
 商人の一人が、宿の主人に声を掛けた。
「‥‥おい、この辺には狼でも居るのか? さっきから、狼の声が五月蠅くてかなわん」
「狼ですか? いない事はないですが、この雪と風の中で、狼の声が聞こえるわけありませんぜ?」
 主人の返事に、商人は苛立たしげに舌を鳴らす。

 おかしな客だと、宿の主人も内心で舌を出した。
 ‥‥おかしいと言えば、二人の荷物、アレは何だろう?
 長方形の大きな木箱が一つだけ。商人の荷物にしては、あまり見かけない代物であった。あの大きさと形。そう、あれは木箱と言うよりも、まるで棺桶のようで‥‥

 考えをそこまで進めたところで、宿の主人はぞくりと身体を震わせた。
 いやいや、何でもない。何でもない。
 この陰鬱とした雪と風に、有りもしない妄想を刺激されただけなのだ。
 ただでさえ、この街はつい一月前にも、デビルの群に襲われたばかりであった。大雪だけでも手一杯だというのに、これ以上悪い事が重なっては堪らない。
 暗い妄想を頭から振り払い、宿の主人は暖炉に薪をくべていく。
 雪も風も、デビルも狼も、おかしな商人とおかしな木箱も。みんなこの薪のように、火にくべて燃やせてしまえばいいのにと、主人は思う。




「いかんな、いかんぞ、これは!」
 巨大な雪達磨が、黒い目と眉、黒い口をしかめて渋面を作る。
 吹き荒れる吹雪の轟きは、彼の棲まう深い洞穴の奥にまでもはっきりと聞こえていた。
「エレメント共の多くが、女王の怒りと悲しみに引きずられている。その上フロストウルフまで人の街に向ったとなれば、これは、収まる話も収まらんぞ?」
「女王様、怖いものね〜?」
「大切な『あの人』を盗られて超怒ってる!」
「フロストウルフは超怒ってる!」
 巨大な雪達磨の周囲を、小さな妖精達がくるくると飛び交う。
 白い衣装、白い羽の妖精達。
 エンペラースノーと、フロストフェアリー。

 雪達磨、エンペラースノーは言う。
「誰か、フロストウルフよりも先に、女王の元から盗まれたアレを取り戻す者はおらんか?」
 その言葉に、勿論、返事を返すフェアリーは誰もいない。
 無茶を言われても困る。小さなフェアリー達では、怒ったフロストウルフの三時のおやつになるのが関の山だ。

 沈黙の中、互いに顔を見合わせていたフェアリー達の一人が、その時、ハタと手を打った。
「冒険者に頼めばいいんじゃない?」
「そうだそうだ。冒険者に頼めばいい♪」
「いたよいたよ、何人かの冒険者、丁度あの街の宿屋に泊まってた!」
 素敵な考え。これは名案! 再び元気を取り戻し、くるくると踊り出すフロストフェアリー達。
 エンペラースノーは彼女達の様子を見ながら、ふむ、と考える。
 成る程。確かに、それはいい考えかも知れん。

「おい、お前達、早速街に遣いに行ってこい! なんなら、スノーマンの二三匹も一緒に連れて行け!」


 『依頼内容?:「雪の女王」の元から盗まれた、宝物を取り返して欲しい』

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●街について
 キエフから、東へ徒歩二日の位置に存在しています。
 街道筋の小さな街。人口は五百人を少し越える程度です。
 街の中では、五件程の旅人向けの宿屋が営業中です(依頼を受ける冒険者達は、そのうちの一つに逗留していた事になります)。

●依頼について
 依頼人として、街の宿に逗留中の冒険者達の元に、三人のフロストフェアリーと、三人のスノーマンがやってきます。
 依頼内容は「雪の女王」の元から盗まれた宝物を取り返して欲しい、というもの。宝物は「結構大きくて、重い物」「女王様の一番大切な物」との事。あまり具体的な内容について、フェアリー達も積極的に喋ろうとはしません。
 彼ら六人のエレメントは、依頼には積極的に参加します。何かして欲しい事があれば、頼んでみて下さい。戦闘は苦手ですが、寒さには滅法強いです。
 尚、取り返した宝物は、彼らからエンペラースノーを経由するか、もしくはフロストウルフに直接返還をする事になるでしょう。

●盗んだ相手に対して
 二人組の人間のようだと、フェアリー達は証言します。
 雪の女王やエンペラースノーの意を受けた精霊達の捜索により、その二人がこの街入ったところまでの足取りは確実です。その後、雪の女王によって引き起こされた猛烈な吹雪の為、おそらくはまだ街の中に居るであろう事も。
 フェアリー達は併せて、女王の宝物は、盗人が姿を消していたとしか思えぬ方法で盗まれた事も教えてくれます。

●今回の参加者

 ea2804 アルヴィス・スヴィバル(21歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6320 リュシエンヌ・アルビレオ(38歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea8539 セフィナ・プランティエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea9527 雨宮 零(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

サラサ・フローライト(ea3026)/ シャリン・シャラン(eb3232)/ 黒之森 烏丸(eb7196

●リプレイ本文

 三人のフロストフェアリーと、三人のスノーマン。
 彼らの依頼を引き受けた冒険者が先ず初めにした事は、依頼人であるエレメント達に対する詳しい情報の聞き込みである。いつ何処でどのような物を、誰に盗られてしまったのか。犯人は二人組であるという話だが、具体的な人相風体はどのようなものか?
 吹雪は昼夜問わず荒れ狂い、フロストウルフはいつ街にやってくるかも判らない。
 犯人を効率的に捜し出す為にも、それらの情報の聞き出しこそが最優先の課題であった。




「‥‥それなのに、さ、三時間も‥‥。私、既に精神力がやばいわ‥‥」
「私も‥‥ルンルン忍法、使い過ぎちゃいました‥‥!」
 リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)が宿のテーブルに突っ伏すと、隣でルンルン・フレール(eb5885)もベッドの上にひっくり返る。二人の前では一人の若いスノーマンが、何故か得意顔で、出来上がった似顔絵を手にウンウンと満足げに頷いていた。

 さて。
 エレメント達から、犯人の具体的な人相を聞き出す。
 たったそれだけの事が、思いの外難行である事に気が付いたのは、エレメント達の中で唯一直接犯人を目撃したという、その若いスノーマンに対して掛けたリュシエンヌのリシーブメモリーが、『目と耳が二つ、鼻と口が一つ。白くなかった』と答えを返してきた時。
 人とエレメンタルの認識の溝は、思ったよりも広くて深い。たしかに耳も鼻もない真っ白なスノーマン達には、それだけでも大きな特徴だと言えるのかも知れないけれど。だけど‥‥!!

 ルンルンとリュシエンヌによって、繰り返し掛けられるリシーブメモリーが捗々しい成果を上げない中、最終的に最も頼りになったのは、セフィナ・プランティエ(ea8539)の絵画技術であった。移り気なフェアリーらを通訳に、お世辞にも確かとは言えないスノーマンの記憶の中のイメージを、根気よく筆で写し取っていく。セフィナの繊細な技術には、リュシエンヌも感心しきりだ。
「いやー、セフィナがいなかったら、大変な事になるところだったわ。‥‥しかし、これがその泥棒とやらの格好だとすると、街の人じゃないわね? これは」
 スノーマンの背後から、リュシエンヌがその、出来たばかりの似顔絵に視線を落とす。
 ひどい鷲鼻の、背の高い、真っ黒な外套姿。幾つかの特徴的な旅装からも、その女王の大切な物を盗んだという二人組が、どこか別の土地からやってきた者である事が伺い知れた。犯人が街の者ではないとしたら、その所在は随分と絞り込める。この街の宿屋は、冒険者達の泊まっている当のこの宿を含めても五軒だけだ。

「この街の方でない事は確かだと思います。何処の誰、とまではちょっと判りませんでしたけれど‥‥」
「まあ、この似顔絵があればバッチリね。ここの宿の人に聞き込みに行った男共が戻ってきたら、次はみんなで本格的な捜索に出るとしましょうか」
 そうセフィナとリュシエンヌが言葉を交わす傍らで、サクラ・フリューゲル(eb8317)は、その似顔絵にもう一つ、別の感想を抱いていた。

(‥‥これは、人なのかどうかも怪しいですわね‥‥)
 セフィナの描いた絵の奥から浮かび上がる、それはひどく邪悪な気配。
 サクラの、神聖騎士としての勘が囁く。
 この小さな街の住人では無論ないだろうし―――おそらくは、人でもない。




「こ、これは‥‥‥‥」
 昼間の筈なのに、外は暗く、白い、雪嵐。
 本当はもう少し何事かを喋るつもりだったのだが、肺の中まで雪に埋まりそうな気がして、アルヴィス・スヴィバル(ea2804)は口をつぐむ。先を進む以心伝助(ea4744)の背中だけを頼りに、アルヴィスはなんとか雪に埋まる通りを進んでいった。
 冗談抜きに、街の中で遭難をしてしまいそうな程の大吹雪!

 泊まっていた宿に対しての聞き込みを終えた冒険者達は(勿論この宿には、冒険者達以外、怪しい二人組など泊まってはいなかった)、パーティーを二つに分け、それぞれが手分けをして街の宿屋をあらためる事にした。街の西に向うA班は、アルヴィスを含む、リュシエンヌ、サクラ、伝助の計四名。
 冒険者の泊まっている宿屋は、ほぼ街の中央に位置している。そこからは、東西の市壁の端まで歩いても僅か数百メートル。普段なら何と言う事もない短い距離なのだが、この猛吹雪の中となると話は別だ。隣の宿屋にまで歩いただけで、掛かった時間はたっぷり二十分以上。

 雪まみれの一行に驚く宿の主人に対し、伝助とサクラが聞き込みを始めたその傍らで、リュシエンヌはB班の方へとテレパシーを送る。呪文の有効範囲は、彼女の場合、直線距離で百メートル。随分歩いたつもりだが、それでも、多分届くはずだ。
(‥‥こちらはA班、リュシエンヌ。ようやく一つ目の宿に着いたわ。そちらはどう?)




(はい、こちらB班、フィニィです。女王様のお怒りは随分と激しいようですね。セフィナさんと、彼女のスノークリスタルがなければ、危うく遭難していたところです‥‥!)

 同時刻、街の東に向ったB班。
 リュシエンヌのテレパシーを受けて、フィニィ・フォルテン(ea9114)が連絡を返す。
 B班はフィニィ、セフィナ、ルンルンに雨宮零(ea9527)の四名。
 やはり、勿論、当然のように。彼らB班もひどい目に会っていた。むしろ状況は尚悪く、たった五十メートル程の距離しか歩いてないにも関わらず、聖なる母の住まう、天上の花畑を垣間見てしまう程のやばさ加減である。
 それでも何とか一軒目の宿に着き、A班同様、B班一行も聞き込みを開始。

 A班、B班共に、セフィナの描いた似顔絵やフロストフェアリー達の証言を元に、宿の主人に不審な二人組について訪ねていく。しかし、どちらも一軒目の宿からは目覚ましい手掛かりは得られなかった。
 一通り聞き込みを終えた後、A班は更に街の西へ、B班は更に街の東へ。

 そして彼らは出会した。
 A班は二軒目の宿屋も空振りに終わった、その直後に。
 B班は、街の東端の、最も街の外部に近い位置にある宿に入った途端。




 カキィィィ―――ンッッッ!!

 吹雪の中、意外な程その音は高く響く。
 真っ白な狼の牙を、伝助の金属製のナックルが辛うじて弾き返した。
「流石、半端じゃないでやすね!」
 速い。白狼の動きは、吹き流れる吹雪そのものであるかのように、縦横無尽に伝助の身体を切り刻む。凄腕の忍者である伝助だが、この吹雪の中では全く分が悪かった。
 その白狼が。フロストウルフが二体!

「待ってくれ! 今、僕らは君達の『大切な物』を返す為に、賊を見つけようとしているところなんだ。どうか、僕らに時間をくれないか?!」
 アルヴィスが必死に声を張り上げる。
 フロストウルフが街にやってくるまでの時間は、冒険者達の予測よりも遙かに短かった。
 何故? 待ちきれない理由でもあったのか?

「皆さん、集まって下さい。結界を張ります!」
 サクラがホーリーフィールドを発動させると、堅固な結界が冒険者の周囲を覆う。
 だが、この結界も、荒ぶる白狼の牙を前に、一体どれほどの時を保たせられるだろうか‥‥?




「ああ、この人らかい? 確かにうちの客だ。ほらそこ、目の前カウンターに座ってる、その二人だよ」
 宿の主人は事も無げにそう言って、男達を指さした。
 狭い、簡易な酒場風の作りのカウンターで、二人の男が胡散臭げに冒険者を眺めている。
 共にひどい鷲鼻の、背の高い黒外套。
 男達に近寄ろうとした雨宮の袖を、セフィナが咄嗟に掴んで止める。袖を掴んだセフィナの指の上で、蝶が激しく羽ばたきを繰り返していた。
 雨宮も、ルンルンも、フィニィも。
 その場の全ての冒険者が、その指輪の意味するところに気が付いた。
 デビル!

 しかし、どうする? 相手がデビルであるとしたら、間合いが如何にも近すぎた。
 彼我の距離は僅かに四メートル程。
 ここには宿の主人もおり、何より、猛吹雪の中を歩いてきたばかりの冒険者達には、手中に武器の一つも有りはしない。フィニィのテレパシーにも、A班の面々は返事を返しては来なかった。元より、街の東西に離れていては流石に呪文の効果範囲外である。連絡がついたとしても、この吹雪の中、応援が間に合う見込みは薄かった。

 男達の片方が、突然雪まみれでやってきた一行に、露骨な警戒の視線を向ける。
 何だ、お前達は。何か用か? 男達の目が、そう言っていた。
 時間にして、ほんの一、二秒。

 男達の疑念が膨れ、弾ける寸前‥‥
 ‥‥明るいメロディが酒場に響く。




 短い旋律を、フィニィは軽やかに歌い上げて微笑んだ。
「まあ、お客様ですね? 長引く吹雪の中で、きっと随分御退屈の筈。こう言う時こそ我ら吟遊詩人の出番です。さあさ、こうして雪を押して参ったのです。リクエストはありませんか? 一曲と言わずに二曲でも三曲でも♪」
 フィニィの歌と笑顔に、男達を毒気を呑まれたかのように、目をしばたかせる。素人離れ、どころか玄人でも遙かに及びもつかぬフィニィの艶やかな歌声に、張り詰めた男達の疑念の気配が急速に散じていった。

 男達の一人が、口を開ける。
「本来ならさっさと追い返すところだが、流しの詩人にしては良い喉だ。構わん、二、三曲、好きに歌っていけ」
 男の投げ寄越した金貨を一枚、フィニィは受け取り、笑顔を返す。
「寛大なお言葉、ありがとうございます♪ それでは、雨宮さん? 伴奏、お願いしますね」
 フィニィの言葉に、雨宮は無言で懐から桃の木の横笛を取り出した。

 雨宮の笛の音に、フィニィの声が重なり、響く。
 一曲目、二曲目。
 流れるメロディの中、二人の男は‥‥いや、二匹のデビルは、いつの間にか宿の主人がセフィナと共に奥へと退き、ルンルンが姿を消した事にも気付かない。

 三曲目。
 雨宮は笛を降ろし、代わって、フィニィの竪琴がスローペースに掻き鳴らされる。
 それは、とても素朴な子守歌。ほんの僅か、彼女の身体が銀色に輝き、歌に織り込まれたスリープの呪文が発動する。




 男達の一人が、かくんと眠りにつく。だが、もう一人の男には、呪文の効果が及ばない。
 突然の眠気と、相棒の様子に、デビルは己が罠にはめられた事を悟る。
「おのれ! やはり雪の女王の手の者か! 冠はお前らには渡さぬぞ!」
 男が、デビルとしての正体を現した。
 道化服を着込んだ人型のデビル。名前は分からぬまでも、そいつが下級のデビルでない事だけは、その身の雰囲気だけでもはっきりと判る。

 正体を現したデビルは、寝込んだ相棒を蹴飛ばしざま、大きく後方へと跳ねる。狙いは酒場の奥、裏口のすぐ側に目立たぬように置かれた、長方形の木箱。その木箱へ大きく跳ね飛んだデビルの身体が、しかし、空中で小さなダガーによって撃墜される。
「何奴?!」
「これが雪の女王の宝物ですね? これは返して貰います!」
 インビジブルの呪文を遣い、こっそり裏へと先回りしていたルンルンの読みが当った。空中でダガーを受けたデビルは、忌々しげに舌打ちをし、相棒の方を振り返る。
 寝起きのまま、人の剣士を切り結ぶ相棒。だが、傍目にも劣勢は明らかだった。
「降伏しなさい。どのみち、逃しはしません」
 人の剣士―――雨宮が、目前のデビルにラハト・ケレブの刀身を突きつける。

「く、一旦引くぞ! 所在は判っているのだ、物はまた取りに戻ればそれでよい!」
「やむを得ないか‥‥」
 互いに言い交わすなり、デビルの姿が急速に消えていく。
 デビルお得意の透明化能力!
 即座に雨宮、ルンルンが消え失せる寸前のデビルらに斬りつける。雨宮の剣は目前のデビルに止めを刺す事に成功したが、ルンルンのダガーは目標を外す。インビジブルの呪文は自分の姿を消すのと引き替えに、周囲の様子も見えにくい。
「そこっ! ‥‥って、あれ?」
「ははは! 阿呆め、女王に伝えるがいい。再び、お前の大切な恋人を貰い受けに参ると! それまでは精々大事に抱えとくがいい!」
 虚空から響くデビルの声。

 ―――女王の声が応えて曰く。
「二度とは渡さぬ」




 声と共に、宿の扉が大きく開き、猛烈な吹雪が室内に吹き込んだ。
 雪片の中に浮かび上がる、宙を飛ぶ、透明な人型の姿。
「は?」
 思わぬ方角からの声に、デビルはそう声を上げた、その姿勢のままに凍り付いた。人型の氷が、ゴトリと床に転がり落ちる。

 雨宮が扉に振り返った。
 ゴウゴウと吹き込む吹雪を背に立つ、白いドレスを着た銀髪の若い女。二頭の白狼を従え、背後にはフロストフェアリーらの姿も見える。そしてエンペラースノーと、A班の面々、四人の姿もその後ろに!
 ドスン!
 巨大な雪達磨の立てる地響きが、宿の床を大きく揺らす。
「やれやれ、結局はエライ騒ぎになったしもうたわい。女王よ、これで判ったろう。お主の恋人を奪ったのは、人間ではない。汚らわしいデビル共よ」
「そのようじゃな。‥‥そこの者達よ。狼をけしかけたのは済まなんだ。許せよ」

 戸口の外に立つエンペラースノーの言葉に、白いドレスの女、フロストクイーンは割合素直に頭を下げた。
 今はもう、フロストウルフ達も大人しい。
 痺れを切らして直々にやってきた彼女が白狼を止めなければ、雪中で、A班の面々がどうなっていたかは判らない。もっとも、そもそも街に狼をけしかけたのは、当の女王自身であるのだが‥‥

 宿の中で互いの無事を確認しあった八人の冒険者達の前で、フロストクイーンは宿の奥に置いてあった、大きな木箱に駆け寄り、愛おしげに箱を撫でる。
「おお、ラインヴァルト! 一時とは言え、そなたを手元から離したのは我の不覚じゃ。もう二度とこのような真似はさせぬと誓うぞ!」

「あの、ラインヴァルトって? その箱の中は、一体何なんでやしょう?」
「我の全てじゃ」
 オズオズと手を挙げ、質問をする伝助に、女王は躊躇いもなく即答した。
「強き魔剣の遣い手。デビル殺し。魔剣を手に、氷の中で永遠の刻を過ごす者。ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイク。即ち‥‥」
 女王は微笑む。
 あどけない、幼い童女のように、にっこりと。
「我の全てじゃ」




 いつの間にか、吹雪は止んでいた。
 女王とエンペラースノーから謝罪と礼を受けた一行は、報酬として白く輝くクリスタルを受け取った。
 思えば、この街は未だ旅の途中。
 互いに挨拶を交わし、再開を約束して、冒険者は街道を東西へと別れて進む。

 女王の想い人。悪魔の狙い。
 考えるべき事、調べなければならない事は山積みだ。
 それはともかく。
 セフィナは、後ろを付いて歩く、白い雪達磨への対応に苦慮していた。

「あの〜? 貴方は何処までついていらっしゃるんですか?」
「ずっと、だって」
 付き添いのフロストフェアリーの言葉に、若いスノーマンはウンウンと頷く。
「あなたの絵が気に入ったから、もっと見たいから、ついて行くんだってさ」
 ウンウン。