【怪鳥】冷たい峠で

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:2人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月12日〜02月18日

リプレイ公開日:2009年02月21日

●オープニング

 息も凍るような寒い戸外。
 しかし、一歩ギルドの扉をくぐると、そこは人いきれの熱気で溢れていた。
 商売繁盛結構。
 ‥‥だが、幾ら年中無休の冒険者ギルドと言えども、昨今の忙しさはやや異常である。よく見れば、壁に張り出されている依頼文の多くがデビル絡み、地獄絡み。ラスプーチンが攻めてきた、ケルベロスの次が現れたと、息つく暇もない大事件の連続である。
 ロシアの危機、世界の危機―――そんな大きな事件の影に紛れて、その小さな事件は人々から忘れ去られようとしていた。人命がかかっているわけではない。緊急性があるわけではない。デビルの陰謀でもなさそうだ。それじゃあ、しょうがない。また次、また今度。
 それも当然であろう。冒険者は慈善事業ではなく‥‥それどころか、時には正義の味方のヒーローそのものでさえあったが、ヒーローにだって事の優先順位はあるのだった。

 それは、彼、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)とて同じである。
 大きな大儀が、彼の卓絶したウィザードとしての腕を求めていた。現実的で理知的で、常に物事を合理的に考えてきたエルンストにとって、今為すべき事はあまりにも明白だ。
 それでも。
 エルンストは数週間前の記憶を思い出す。
 大きな大儀では消せぬ、小さな後悔が彼の心を捉えていた。峠で死んだ家族の遺体をきっと持ち帰ると、冒険者は依頼人に約束した。その約束は、まだ果たされてはいないのだ。




「あら、エルンストさん。お疲れ様。次の依頼をお探しですか?」
 受付嬢は、ギルドに入ってきたエルンストに笑顔を向ける。キエフ有数の冒険者ウィザードである彼は、受付嬢にとってはお馴染みの相手である。早速エルンストに手渡す依頼の物色を始めた受付嬢を、しかし、エルンストは片手で押し止める。
「済まないが、今日は依頼を探しに来たのではないのでな」
「‥‥と、言いますと?」
「‥‥以前の峠の件だが、あれからどうなっている?」
「あ‥‥え、あの峠は‥‥‥‥」
 エルンストの問いに、受付嬢は一瞬口ごもる。
 以前エルンスト達、冒険者が引き受けた、峠の怪物に殺された家族の遺体を回収して欲しいという依頼。結局その時は峠の怪物を目にすることなく、家族の遺体の内、一人分のみを回収しただけという結末に終わったわけであるが。

 ―――端的に言って、どうにもなってはいなかった。
 一時、峠に巣くっていた怪鳥達もなりを潜めていたが、すぐにまた峠に舞い戻ったようであった。峠の道自体、未だに破損した馬車に半分以上塞がれたままである。撤去の話もないではなかったものの、季節柄、作業のやりにくさと、元来そう通行量の多い道でもなかった為、計画は延び延びになってしまっていた。

 事情を語る受付嬢の言葉を最後まで聞いていたエルンストは、ややあって口を開く。
「実は依頼を行いたいのだ。‥‥いや、これは依頼ではないな、任意の同行人を募集してみたい、と言うところか」
 以前見付からなかった、子供の遺体をもう一度探したい。
 それがエルンストの希望であった。
「怪鳥共は、禍根を残さぬよう今度こそ討ち果たそう。同行人が居なければ、俺一人でも出発するつもりだ」
「え、でも‥‥それは」
 受付嬢は常識的な言葉を吐くつもりでいた。
 それでは報酬は出ない。如何に相手がドラゴンなどの強力なモンスターでないとは言え、一人は危険すぎる。子供の遺体を、今から見つけるのは難しいのではないか?
 だけど、受付嬢は、何も言わなかった。
 姿勢良く、軽く腕組みをしてこちらを見る馴染みのハーフエルフの、その表情を見てしまったから。

 ‥‥代わりに、受付嬢はカウンターの奥から、それぞれ一組ずつ、小さな毛糸の靴下と、毛糸の手袋を取り出した。
「実は、丁度昨日、以前の依頼人の娘さんが、一人でここに来たんです」
 小さく、可愛らしい。母親のお手製らしい、動物の模様が編み込まれている幼児用の靴下と、手袋。
 受付嬢は、それを掌の上に載せた。
「女の子は、これは弟さんのずっと大切に使ってた手袋と靴下だって。母親の足がとっても冷たかったから、多分、弟も今寒い思いをしているに違いない。だから、弟にこの手袋と靴下を渡して欲しいって。弟は手か、足か、どっちが残ってるか、判らないから、二つとも持って‥‥きた‥‥って‥‥‥‥」
 受付嬢の言葉が、震える。
 ポタポタと流れ落ちる涙が手袋に掛かりそうになり、彼女は慌ててそれらをカウンターに置き、袖で涙を拭った。
「‥‥あ、その、ごめんなさい。‥‥その時は、それがとても依頼とは言えないものだったから、依頼書を作る事もしなかったんです。女の子も、知り合いらしい人に、すぐに連れ帰られてしまいましたし。それで、あの‥‥」

「引き受けた」
「え?」
 受付嬢は、エルンストの顔を見上げた。
 エルンストは、カウンター上の小さな手袋と靴下を見つめ、その言葉を再び繰り返す。
「確かに引き受けたと、娘さんに伝えて欲しい。確かに弟さんにこれらを手渡し、そして、弟さんを必ず連れ戻す、と」


 『依頼内容:峠の怪物退治&峠で死んだ少年の、遺体の回収』
  注意)今回の依頼に、金銭的な報酬は全くありません

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●場所
 キエフから、街道沿いに徒歩で丸一日先の丘。丘の麓から峠までは、徒歩で二時間ほど。

●襲撃現場
 両側を切り立った壁のような崖に挟まれた、細い峠道です。
 一月半ばに冒険者達が捜索をし、立ち去った時点では、二頭の馬の死体、御者の死体、倒れた馬車が遺されていました。捜索の際、一度あちこちの雪を冒険者達がスコップで掘り返していますが、その後、また何度か降雪があった模様です。

●怪物
 複数のヴァルチャーと、ハルピュイアの混成集団です。
 ハルピュイアは人面鳥身の醜悪な怪物であり、爪には毒を持っています。また、奇襲攻撃を得意とする狡猾なモンスターでもあります。

●丘
 一本の街道に貫かれた、緩やかな傾斜を持つ丘で、葉の落ちた背の高い木立が疎らに存在しています。
 街道沿いにただ進むと、両側を崖に挟まれた場所(上記、襲撃現場)を通る事になる為、丘全体を探索する為には、早い段階で街道から道を外れる必要があります。

●前回の依頼人について
 前回に依頼人であった、父親とその娘は、現在キエフの知り合いの元に身を寄せています。
 冒険者ギルドの受付に頼めば、父娘の居場所について教えて貰えるでしょう。

●今回の参加者

 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec5511 妙道院 孔宣(38歳・♀・僧兵・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文


『同行者求む』

 エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)の名で掲示板に張り出されたその簡潔な依頼書は、全くと言っていい程、他の冒険者達の注目を集める事はなかった。僅かに文面に注目した者も、これといって緊急性の見当たらない依頼目的にすぐに目を逸らし、他の、より差し迫った冒険に出かけていく。
 中には、エルンストにこう忠告をする者までいた。
 このような依頼を忘れて、他の依頼を受けた方がいい。デビルらの未曾有の侵攻が始まった今こそ、悪魔に虐げられし弱き者達が、冒険者の力を求めているのだぞ、と。

 そんな周囲からの声に対して、エルンストは多くを語らない。
 同行者の定かならぬ内から彼は一人、黙々と装備を調え、対策を立案し、前回の冒険や、それ以後にギルドに寄せられた各種の情報から、峠に棲まうヴァルチャーの群の生息箇所を予測する。
 前回姿を見せたヴァルチャーらしき鳥達と、その飛来方向。幾つかの被害報告や目撃証言などから導かれるその先に、鳥達の巣は必ず存在する。そして、求める少年の遺骸があるとすれば、最も可能性の高い場所こそがそこであった。

 出発の前夜。
 唯一人、今回の依頼に同行を申し出た妙道院孔宣(ec5511)とエルンストは、互いに打ち合わせに余念がない。
「今日あらためてギルドの受付の者に、被害者の少年の当時の格好について話を聞いてみた。それによると、少年は当時、錫製の玩具の勲章を留めた、トナカイの毛皮のコートを上に羽織っていたそうだ。錫のバッヂを食べるヴァルチャーもいないだろう。捜索の手掛かりにして欲しい」
「はい、判りました」
 妙道院はエルンストの言葉に素直に頷き、てきぱきと馬に積み込む荷の点検を行っている。
 ‥‥そんな彼女の様子に、エルンストは初めて『その事』を聞いてみる気になった。

「気を悪くしたら済まないのだが‥‥。妙道院、お前は何故この依頼に同行する気になった? 俺はともかく、本来、お前にはこんなタダ働きをする義理はない筈だが‥‥」
 目的が同じであれば、依頼へ参加する動機などは関係がない。そう、今まで思っていた。
 ベテラン冒険者として、三桁にも及ばんとする彼の依頼履歴を振り返っても、同行の仲間の参加動機を自ら尋ねた事は殆どない。だが無報酬の、他人から言われるまでもなく、労ばかり多いこの依頼に、何故彼女は参加してくれたのか。それが、彼には不思議だった。

 エルンストの言葉に、妙道院は作業の手を止め、笑顔を浮かべて振り返る。
「エルンストさん。あなたは、もっと別の依頼を受けよと忠告してきた人に、こう言いましたよね。
『弱き者が救いを求めている。確かに、彼らを救うのは冒険者としてあるべき仕事だ。だが世の中には、そうやって救いを求める事さえ出来ぬ、もっとも弱き者達が存在する。気付いた者が彼らを救わなかったら、一体誰が彼らを救うのか?』と」

 ―――彼女は両手を合わせて合掌し、そっと目を伏せる。
「私も、そう思います。エルンストさん、あなたは正しい事をしている。聞いて頂いて良かった。私は、その事をあなたにお伝えしたくて、この依頼に参加を決めたのです」




 翌日、二人はキエフの街を後にする。
 件の丘まで、馬と、セブンリーグブーツによる快足を飛ばせば、そう幾らも掛かりはしない。そこから峠の現場へは、僅かに二時間程。道中のブレスセンサーにも、特に大型の生物の反応は掛からない。
 そうして、丘を登り、雪を踏みしめ、冒険者は再びその地へとやって来た。

 二ヶ月前、不幸な家族がヴァルチャーの群に襲われたところ。
 一ヶ月前、冒険者達が母親の遺体だけを馬に載せ、苦い思いと共に立ち去ったところ。
 両側を高い崖に挟まれた、狭い通路。
 丘の現場に、冒険者は再びやってきたのだ。




「ここが、前回の報告書にあった襲撃の現場ですか‥‥」
 妙道院が、雪に覆われた現場に目をやった。
 急峻な、岩だらけの絶壁。
 通路の中程で、ひっくり返ったままの馬車。
 あちこちの雪が掘り返された地面。
 どれも、エルンストの記憶にある風景から比べれば、多少雪が多く降り積もっているようだ。
 だが、それだけ。
 現場は以前立ち去った時から、刻が凍ってしまったかの様に、驚く程何も変わってはいなかった。

「‥‥エルンストさん?」
「あ‥‥ああ、済まない。手筈通り、さっそく餌を仕掛けよう」
 妙道院に促されて、エルンスト達は持参の餌を馬車の近くに設置する。
 餌はキエフで購入した大きな魚である。魚体に派手な赤い布を結びつけ、目立つよう工夫を凝らしてあった。餌に群がるヴァルチャー達にとっても、そして餌を掴んだヴァルチャー達を追跡する冒険者達にとっても、その赤い布は確かな目印となるだろう。
 周囲には念を入れて、特別に強い匂いを放つ干物の保存食をぶつ切りにしてばら播いてある。冬山で、腹を減らした鳥や獣達からすれば、それらは涎の出る程の御馳走に見える事だろう。

 二人の立てた作戦の、骨子そのものは単純である。
 餌で誘き寄せたヴァルチャーらの帰りを追跡し、巣ごと群を一挙に駆逐する。言えばそれだけであるが、ヴァルチャーを追跡する為の手段は用意した。十分に訓練された犬や鷹、ブレスセンサーの援護もある。慎重に事を運びさえすれば、必ず巣を見つける事が出来る筈だ。
「私達が身を潜めるなら、あの逆さまになった馬車の下辺りが良いかも知れませんね。犬などはともかく、馬は大分離れたところに繋いどかないといけませんが‥‥」
「ああ、それで問題はないだろう」
 妙道院の提案に、エルンストは同意を返す。

 一行は逆様になった馬車の車体と、辺りの雪を利用して、簡易のかまくらの様なものを構築する。峠の現場から離れた林の中に馬を隠してきた事で、準備は全て整った。
 ‥‥後は、禿鷲共が来るのを待つだけだ。




 その日、用心をしていたのか、ヴァルチャー達は姿を現さなかった。
 夜の丘はひどく寒い。
 迂闊に火を起こす事も出来ない為、その寒さもひとしおである。
 二人は、辛抱強く朝が来るのを待ち続ける。
 気の遠くなる程の、寒い寒い夜。
 だが、その夜もいつかは終わる。いつしか、二人の潜む崖の下にまで陽の光が差し込み初めたことで、二人はようやく長い夜が明けた事を知った。

 それから三時間後。
 それはやってきた。高空から飛来する、二羽の大きな禿鷲が。




 馬車の車体の下に隠れた一行のすぐ近くを、二羽のヴァルチャーが匂いを放つ干物をつついて歩き回っている。
(エルンストさん、来ました)
(ああ、判っている)
 二人はヴァルチャーに気取られぬよう、動きを止める。鷹と猟犬も、視線だけを外の鳥達に据えたまま、じっと微動だにしない。エルンストは彼らの様子を確認しつつ、半透明の飴を口に入れる。魔力を秘めた飴玉の効力によって、すっと、エルンストの気配も薄くなった。

 ヴァルチャーらは、すぐに赤い布の結ばれた、その大きな魚に気が付いた。二、三度啄んでみるものの、夜の内にどうやら魚は半ば凍ってしまっていたらしい。上手く肉を啄めない獲物を前に、二羽のヴァルチャーはしばらくその周囲をウロウロと巡っていたが、やがて一羽が魚を足で掴み、ばさばさと大きく羽ばたき始める。魚は十キロ近い大物だが、数度翼で宙を打つだけで、ヴァルチャーの身体は魚もろとも宙に浮かんだ。干物を飲み込んだ相棒も、魚を追ってやはり宙に舞い上がる。

「ゼロ、紅鷹!」
 名前を呼ばれたペット達が、弾かれた様に身を起こす。
「追え。ただし、手は出すな。さあ、行け!」
 主たるエルンストの言葉に、鷹と猟犬は弾かれた矢の如き勢いで、先行するヴァルチャーを追って野を、空を、それぞれに疾駆する。
「妙道院、俺はあいつらを先に追いかける。お前は馬を連れて、後から追いかけてきてくれ」
「はい、それでは、お気をつけて!」
 頭上の馬車の車体を跳ね上げ、妙道院が馬の元へと走り出すと、エルンストも先行した猟犬の後を追って全力疾走。幸い、抜けるような冬晴れの空を背景に、バタバタとはためく赤い布をはっきりと確認する事が出来た。とにかくその赤を見失わぬよう、エルンストは全力で雪の丘を走る。

 ―――その、雪上のマラソンは、二、三十分も続いただろうか。
 終点は、街道から大きく外れた、丘の裏手の急斜面。
 直線距離では数キロ程だから、翼を持つヴァルチャーらにとっては一跨ぎであろうが、雪の上を走ったエルンストにとって、生半な道程ではない。

「‥‥ぜー、はー。随分走らされたが、その甲斐はあったようだな‥‥」
 荒い息を吐くエルンストの足下には、忠実な猟犬が腹這いに身を伏せ、近くの枝の一本には、鷹が黙然と視線を一点へと向けている。
 鷹と猟犬の視線の交差する先。
 岩だらけの急斜面から、宙に突き出すようにして生えた一群の樹木。
 枝々が密に絡まり合うその中程に、五、六羽の鳥達が営巣をしているのがはっきりと見える。
 その中に混じる、人面鳥身の化け物の姿も、はっきりと。

 馬で走り寄る妙道院の気配を背中に感じながら、エルンストは荒い息を吐き、そして呟く。
「ようやくのご対面。遅刻したのは詫びよう。‥‥本来貴様達は、一ヶ月も前に滅んでいるはずだった」




 初めに異常に気が付いたのは、ハルピュイアだった。雌らしい、醜く汚れた顔を更に歪め、樹上の巣からギョロギョロと周囲を覗く。不快な違和感。一体この違和感は何だ? ハルピュイアはすぐにその原因に気が付いた。
 人間だ!
 敵意を持った人間が、彼女におかしな木の棒を向けてそこに立っている!
 ハルピュイアの脳では、それがクリーチャーの行動を阻害するレミエラの結界だと言う事までは判らない。しかし、棒を持つ人間と、その後ろに立つ大きな人間が、明確な敵意を投げかけている事だけは認識出来た。

『ヒギィィィイィィ――――――!!!』

 彼女の金切り声に周囲のヴァルチャー達も人間の存在に気が付き、叫び声を上げて二人に襲いかかる。鳥達にとって、人などは容易い餌に過ぎなかった。鈍く、無力で、嘴をちょっと閃かせば容易く死んでしまう動物。

 そのヴァルチャーが認識を改める事は遂にない。
 自らの自慢の嘴が、大柄な人間によって躱された事も、カウンターで叩き込まれた黄金の刀身が、彼の細い首を両断した事も。あまりに素早い出来事に、彼の小さな脳味噌では何が起こったかすら理解する事は出来なかったのだ。
「鏡月!」と。
 それが、ヴァルチャーの最後に聞いた音だった。




 二人に飛びかかった五羽のヴァルチャーは、瞬く間に地に墜ちた。
 妙道院のカウンターアタックと、エルンストのウィンドスラッシュは、ともに禿鷲共にとっては致命の一撃である。運良く死ななかった個体も、翼を切り裂かれては死んだも同じだ。所詮は死肉食いが専門の鳥。奇襲や、弱っている相手ならともかく、十分に武装した冒険者を前にしては、本来この程度のものなのだ。

「‥‥その、ただの動物であったヴァルチャーを、人を襲う怪物に仕立て上げた者が居る。ハルピュイアよ。滑稽な造作の、醜い鳥よ。既に残りはお前一羽。お前が今まで、何を食べてきたのか、その身に叩き込んでやろう」
 言葉は分からなくとも、敵意を含んだ言葉の調子が、ハルピュイアを激高させる。
 人の、それだけは女そのものの声で一声高く泣き叫び、ずらりと並んだ牙を剥き出しにして怪鳥はエルンストに目掛けて飛びかかる!
「エルンストさん、ここは私が‥‥」
 聖剣を片手に前に出ようとする妙道院を、エルンストが止める。
「悪いが、ここは俺にやらせてくれ」
「エルンストさん‥‥」

 涎を垂らし、喉首目掛けて食い付こうとする醜い怪鳥。
 その牙は、エルンストが僅かに身を捻った為に、肩口に囓り付く結果になるが、ハルピュイアは一切お構いなしに、そのまま小癪な人間の肉を食い千切ろうとする。
 あの男のように、身動き出来ずに死んだあの女のように。
 泣きながら彼女に食い殺された、あの小さな子供のように!

 だが、その牙が新たな犠牲者を産む事は、二度とない。
 左肩に食い込んだハルピュイアの頭を腕で掴み、エルンストは呪文を唱える。
 ウィンドスラッシュ。
 生み出された真空の刃がハルピュイアの身体を大きく切り裂いた。
 予想外の激痛に、ハルピュイアは慌ててエルンストから離れようとするが、首を深く抱かれた姿勢ではそれも出来ぬ相談だ。
 暴れるハルピュイアの身体に、真空の刃が更に食い込む。
 そして、更にもう一度。




 全ての鳥達に止めを刺した後、妙道院は樹上のヴァルチャー達の巣をあらためた。
「‥‥ありました、エルンストさん」
 妙道院は小さな毛糸の靴下と手袋を『彼』の前に捧げ、その場でジャパン式の念仏を唱え始める。
 バラバラになったトナカイの毛皮に包まれた、それは、小さな少年の骨。
 年の頃は、三つか四つか。妙道院の手に平の収まる程の小さな頭蓋骨の傍らで、錫の玩具の勲章が、太陽の光に銀灰色に輝いていた。




 翌日。
 ギルドの受付嬢から聞いた先の民家で、二人は包帯を巻いた男に出会っていた。峠に眠る家族の遺体を探し出して欲しいと、冒険者に初めに依頼した、その男。
 男は、冒険者達から手渡された、軽い、小さな布の包みを腕に抱いた。
「‥‥ありがとうございます。これで家族四人、再び揃う事が出来ました。私も娘も、これでようやく、家族の死を現実のものとして受け入れる事が出来ます‥‥」
 言葉少なに謝罪の言葉を述べる男に、エルンストはただ、頭を下げる。
 もっと良い方法があったのではないか。別の者達なら、もっと何か、よりよい方法を見つけられたのではないか。
 頭をよぎるその思いを噛み締め、エルンストは再び頭を下げる。

「あ、こら、ニーナ、どうしたと言うんだ?」
 振り返り、家を後にしようとしたエルンストらを、その少女が引き留める。
 父親と共に生き残った娘。少年の姉。
 少女はエルンストに歩み寄ると、銀色の勲章を差し出した。
「これ、あげるって」
「これは、弟さんの大事にしていた物だろう? とても受け取るわけには‥‥」
 戸惑うエルンストの様子を意に介すことなく、少女は彼の手にその錫製のバッヂを押しつける。
「いいの。弟が、助けて貰ってとても嬉しかったって。僕にはもういらないから、お兄ちゃんにあげるんだって、ほら!」
 少女が振り返り、父親の傍らを指さす。

 それは幻想か。
「おお、お前達‥‥‥‥!!」
 男が笑い、泣き、そして笑う。
 彼の傍らに見える二人の姿。
 笑顔で手を振る婦人と、毛糸の手袋を手に、やんちゃそうな茶目っ気を見せる男の子。

 両手を合わせ、深く頭を下げる妙道院の隣で、エルンストは錫製のバッヂを強く握りしめる。
 それこそは、彼の冒険者としての生き方が間違っていなかった事の証。

「依頼料を、確かに受け取った。ありがとう」