【黙示録】氷の中に眠る想い

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:02月23日〜03月02日

リプレイ公開日:2009年03月04日

●オープニング

 ―――キエフの雪深い山中。
 雪の女王と精霊達によって守られし氷の中で、強大な魔剣を手に、永遠の刻を眠る一人の剣士がいるという。

 ケルベロスが敗北し、城塞都市ディーテでの攻防戦が激烈さを増す。
 そんな激しい戦いの裏で、中級格の目端の利くデビルらを中心に、もう一つの関心事に対する注目が次第にその輪を広げつつあった。
 冠。
 魔王の封印を解き、デビルらに対して、最終的な勝利を約束する絶大なる秘宝。
 その冠を見出したデビルに対して与えられる褒賞は計り知れない。それに比べれば、目前の人間共との戦いなど、頭の足りないウォー・ホリックどもの乱痴気騒ぎに他ならなかった。

「‥‥今の話を、もう一度申してみよ」
「あ、いや、そのですね。地上で人間共がキエフと呼んでいる山中に、精霊共に守られて、一人の剣士が強大な魔剣と共に眠っていると‥‥。既に剣を狙った中級デビル達が数名、返り討ちに遭っている事からも、何某かがそこにあるのは確実で‥‥」
 巨大な魔狼を前に、その中級悪魔はへどもどしながら、先程自分の行った説明を繰り返す。
 変幻自在、比較的動物の姿をとる事も多いデビルらの中でさえ、魔獣とまで謳われる者はそう多くない。そして、彼の眼前で寝そべる巨大な狼こそ、『地獄の魔獣』と呼ばれ畏れられし魔狼、マルコシアスに他ならなかった。魔狼の不興を買った数多くのデビルらの末路を思い出し(大半は、一口で終わりだ)、彼は内心冷や汗を流す。

 既に叱責なりを覚悟したデビルの前で、だが、魔狼は意外にも声を上げて笑い出す。
「くっかっかっ! 魔剣遣いよ、まだ生きていたか?! 再会を約してより二百有余年、ただの人間にしては随分と義理堅いものよな?」
「あ、え‥‥お、お知り合いで‥‥?」
 心底楽しそうに笑う魔狼を前に、デビルは愛想笑いを浮かべながらそう聞いた。
 各地で発見の報が上がる『冠』候補の中でも、キエフ山中の魔剣遣いの噂は第一級である。点数稼ぎのつもりでマルコシアスに報告を入れたのは良いが、当のマルコシアスに因縁があるとするなら、下手に藪を突いて、一口にされては堪らない。

「―――二百年以上前に、魔剣を片手に、地獄に降りてきた一人の男がいた。偶然に開いた、地上へと繋がる通路を塞ぐ為だとな。‥‥その男の前に立ち塞がったのがこの私なのだ」
「それで、その男はどうなったんで?」
 どうもこうもない。
 如何なる剣士であろうと、マルコシアスの牙と炎から、生きて逃れられる道理はないはず‥‥。
 だが、魔狼は吠え、口から炎を噴き出した!
「引き分けよ! 奴の片腕を噛潰してやった代わりに、私は片翼を斬り跳ばされた。本体の力を解放していたにも関わらずな!
 どのみち、それは偶然の産んだ不安定な小道だった。通路が再び閉じようとした時、奴と私はその場で一つの取り決めを行ったのだ。次にまた地獄への通路が開いたその時こそ、互いの決着をつけようとな」

 つまり、マルコシアスとその魔剣遣いとは、因縁があると言う事か。
 真の力を解放した魔狼の翼を斬り跳ばすなどとは、件の魔剣も尋常な代物ではあるまい。『冠』候補としての可能性が、これでまた一段と跳ね上がったと言えよう。
 魔狼に対して、デビルはそれは良かったですね、等と何かお追従を言おうとして―――魔狼の酷薄な笑みに、慌てて口をつぐむ。

「くっくっく。ラインヴァルトよ。次は、殺す‥‥!」




 キエフの冒険者ギルドに、一人の学者からある話が持ち込まれる。
 数百年前の、実在の魔剣士。幾つもの記録にも名を残し、デビル殺しと渾名された当時の魔剣士が、なんと今もキエフ山中の洞窟の中で、雪の女王と精霊達に守られながら、当時のままに生きながらえているという。

「この記録がもし本当なら、剣士と、そして彼の携える魔剣の存在は、今冒険者達が進めている対悪魔との闘争に際して、大きな助けになる事は間違いありません! 嘘か真か、件の剣士は地獄へと降りて、そこに住まう大悪魔との闘争にも打ち勝ったと記録されているのです!」
 マリンスキー城宮廷図書館の奥で発見したという古い書物を手に、その学者は熱弁を振るう。
「彼と、そして精霊達に伝えなければ。来たる日の大悪魔との再戦のため、人為らざる寿命を保っていると言う魔剣士に、その日が遂に来たと言う事を、早く教えて差し上げねば!」


 『依頼内容:件の魔剣士と雪の女王、雪の精霊達に黙示録の戦いの現状を伝え、助力を乞い願う事』


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●場所
 キエフから徒歩三日。雪深い山中に、雪の女王の住まう洞穴が存在する、と記録にはあります。
 それ以上の、洞穴の詳細な場所については不明です。また現地は、常に吹雪に包まれているという天候の荒れたところで、特に冬場は、地元の猟師でさえも近寄れない非常な難所です。

 山の麓にやや近いところには、街道沿いに宿屋の建ち並ぶ小さな街が存在しています。
 雪山に向う際には、その街が実質的な出発地点となるでしょう。

●今回の参加者

 ea6738 ヴィクトル・アルビレオ(38歳・♂・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5076 シャリオラ・ハイアット(27歳・♀・クレリック・人間・ビザンチン帝国)
 eb8317 サクラ・フリューゲル(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ec0205 アン・シュヴァリエ(28歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec1051 ウォルター・ガーラント(34歳・♂・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ec4531 ウェンディ・リンスノエル(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ローガン・カーティス(eb3087)/ エレイン・ラ・ファイエット(eb5299)/ 水之江 政清(eb9679)/ アクア・リンスノエル(ec4567

●リプレイ本文


「女王と剣士の昔話ですか? ああ、知ってますよ。子供の頃にはよく聞かされましたから」
 冒険者達の問いかけに、宿の主人はそう言葉を洩らす。

 初日の夜。
 学者の依頼を受け、キエフの街を出発した冒険者は、馬とセブンリーグブーツを飛ばし、その日の内に雪の女王の住まうという、山の近くの街にまで辿り着いた。
 今回、依頼を引き受けた冒険者は総勢八名。中には何度もこの街に訪れたことのある者もおり、対応する宿屋の主人も馴れたものだ。夕食の給仕に顔を出した主人と冒険者達との、他愛のないお喋り。女王と剣士の話題が出たのも、そんな時のことだった。
「そのお話、聞かせて頂けませんか?」
 セシリア・ティレット(eb4721)の問いかけに、宿の主人は気さくに応じる。
「なに、他愛のないお伽噺ですよ。永遠に生きる黒剣の剣士と、剣士を見守る雪の女王。ロシアの大地に悪魔が溢れた時、剣士は人々を救う為に再びその姿を現す‥‥。何でも、ここ、ボリスピリの街に植わっているモミの木も、元はその剣士が植えたとか言う話でして。この辺じゃ有名な英雄伝説です」
 その話は、セシリアやウェンディ・リンスノエル(ec4531)が、旅立ち前、友人達から聞いた話と大筋では同じだった。英雄譚と、その英雄の再臨を願う素朴な民話。宿の主人の言う通り、それはただのお伽噺なのかも知れないが‥‥
 ‥‥雪の女王が居ることも、彼女が何かを守っていることも。そして、大地に悪魔が溢れようとしていることも、全てが疑いようのない真実であった。
 皆さん、明日はどちらへ? そう問いかけた宿の主人に、サクラ・フリューゲル(eb8317)は視線を北に向ける。
 雪の女王が住まうと言う、常に吹雪の吹き荒れる、北の山。

「お会いしに行くのです」
 以前、女王とエンペラースノーから受け取った、その白みがかったクリスタルを手に、サクラは言う。
「北の山へ、雪の女王と古代の剣士に会う為に」




 ゴオォオォォオ―――――――――ッッ!!

 轟く風の音。見渡す限りの、白と、白。
 全く、デビルの襲撃を警戒するどころの騒ぎではない!

 翌日。
 予定通り街を発った一行は、徒歩で北の山へと向った。麓からしばらくは何と言う程の問題もなかったが、中腹を越えた途端、伸ばした手の先も見えぬ程の激烈な吹雪が一行に襲いかかる。
 雪に慣れぬ者は元より、フィニィ・フォルテン(ea9114)、ヴィクトル・アルビレオ(ea6738)ら、雪上に於いて多少の経験と知識を持つ者達にとっても、それは容易に進めぬ氷嵐の渦。
 互いを結んだロープがなければ、真っ白な視界の中で、あっという間に一行は散り散りになってしまった事だろう。吹雪の中、山中を彷徨う事三時間以上。冗談ではなく、フィニィの必死のテレパシーがエンペラースノーに通じるのがあと少し遅ければ、危うくそのまま遭難するところであった。

「はっはっは。我らが雪と氷の国へようこそ、冒険者諸君よ。随分と苦労したようじゃが、して、このようなところに、何用じゃな?」
 二段重ねの身体に、真っ黒い目鼻。造作の簡単な、しかし呆れる程にばかでっかい雪達磨。エンペラースノーが、冒険者達を前にしてようようと語りかける。
「あ、あの、私達はラインヴァルトさんにお伝えする事があって、ここまでやって来たんです!」
 フィニィの出したその名前に、エンペラースノーの真っ黒な眉が大きく上下する。
「剣士殿、そして何より雪の女王にお会いしたい! エンペラースノー殿、どうか私達を女王に引き合わせて頂けないだろうか?」
 フィニィの言葉の後を継ぎ、吹雪の中、ヴィクトルも声を張り上げた。
 ヴィクトルの背後では、セシリアやサクラなど、それぞれにエンペラースノーと面識のある冒険者達が精霊の顔を見つめている。
「ラインヴァルト。永き時が経ったが、人はまだ、その名を覚えていたのじゃな‥‥」
 僅かな嘆息の後、エンペラースノーは自らを見上げる冒険者達の瞳を、そのぐりぐりの黒い目で、一人一人丹念に覗いていった。まるで心の奥底を見透かそうとでもするかのように、じっくりと。
 目も開けていられぬ程の強風の中で、それでも冒険者達は必死に彼の黒目を見つめ返す。なんとしても、ここで目を逸らすわけにはいかない。
 ‥‥ふと、風の音が間遠になる。
「よかろう」
 長い沈黙の後、エンペラースノーは頷いた。
「お主達冒険者には、少々では返せぬ程の借りがある。またデビル共の動きも、最早看過は出来ぬ。遅かれ早かれ、お主達のような者が来ることは避けられぬ運命なのじゃろう。案内しよう、付いて参れ」

 くるりと背を向け、エンペラースノーの巨体が、山の山頂目指して動き出す。
 いつの間にか、あれ程の吹雪が綺麗に止んでいた。
 明るい午後の陽光に照らされて、キラキラと輝くスノーダスト。雪片の輝き越しに見る山の頂は、驚く程に間近にあった。




「おお、覚えておるぞ。先日、お主達には世話になった。そちらの者達は初めてじゃな? よい、久方ぶりの客人じゃ。もてなしは行き届かぬじゃろうが、ゆるりとしていくがよいぞ」

 山頂付近に口を開けた洞穴の奥。
 そこで冒険者達を待っていたのは、氷と水晶で形作られた光り輝かんばかりの豪奢な住処と、スノーマン。そして喜色を浮かべた雪の女王の歓待であった。
「‥‥女王というよりも、まるで小さな女の子のようですね」
 スノーマンの給仕を受けつつ、シャリオラ・ハイアット(eb5076)は感想を洩らす。温かい料理が出ないのは残念であるが、洞窟の中は意外に明るく、寒くもない。取り分け客間の隅にあった、石英製らしい半透明の暖炉の存在は予想外であった。
「あの、女王様? 雪の精霊や女王様達も、寒い日にはやっぱり暖炉を使うんですか?」
 アン・シュヴァリエ(ec0205)の割と真剣な質問に、女王はケラケラと笑う。
「ははは! 面白い冗談じゃ。何、それはそなた達のような、寒がりの来客向けに特別に設えた物よ。‥‥もっとも、火を入れるのは二百年ぶりの事じゃがの」
 そう言われて見ると、洞窟のそこかしこには毛皮の敷物や、木製の椅子や机が見て取れる。どれも随分と古びているが、手入れが行き届いているのか、多少の寒さを我慢すれば、すぐにも人が住めそうな状況が維持されているようであった。
 自らに不要な道具を、二百年の間手入れを怠らぬ。
 ‥‥それが来客向けだというのなら、その客は、女王にとって余程大切な相手に違いない。

 しばらくは、何と言う事のない話題が続いた。
 透明な椅子に座って、透明な大机を囲む。贈り物にとヴィクトルの差し出した、サクラの蜂蜜掛けの砕き氷スイーツは甚く女王のお気に召したらしく、彼女は甘い氷を食べながら上機嫌だ。
 やがて話題は自然と、彼女の宝物と、それを奪ったデビル達の話に移っていく。
 ―――そして遂には、ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイクの名も。

「私達は、ラインヴァルトさんに、再戦の時が来た事をお伝えする為にここに来たのです」
 セシリアの言葉に、甘い氷を食べる、女王の手が止まる。
「彼が二百年もの間、貴方の元で、来たる再戦の時を待っていると言う話は伺いました。今、世界と地獄は繋がり、地上にはデビルが溢れています。ラインヴァルトさんが待ち望んだ黙示録の戦いが、始まったのです」
「‥‥そのような者は知らぬ」
「私個人としては、彼はもう戦う必要はないと思います。この二百年の間に、冒険者の数も増えました。ただ、彼の持つ剣が‥‥」
「知らぬ!」
 セシリアの言葉を遮り、女王は立ち上がった。
 部屋の温度が下がり、暖炉の火が消える。
 先程の可愛らしい童女然とした姿はそこにはない。雪と氷を司る銀髪の女王が、冒険者達にその凶眼を向けていた。

「落ち着いて下さい、女王様! 私達は彼を戦いに連れて行こうというわけではないのです。ただデビルらが彼の身柄を狙っている以上、このままではまた‥‥」
 サクラが慌てて女王に差し伸べた手は、だが、白い狼によって撥ね除けられた。
 女王の前に立つ二体のフロストウルフが、冒険者達に牙と敵意を露わに向ける。
「そのような者はここにはおらぬ! 去ね! 愚図愚図しておると、狼共が主らの素っ首を掻き落とすぞ!!」
 フロストウルフが吠える。
 友愛の欠片も見られぬその咆吼に、女王の言葉が些かも脅しでない事を冒険者達は知った。

「‥‥皆さん、ここは一度出直しましょう。」
 いざという時は得意の口八丁で仲裁を。そう思っていたシャリオラだが、彼女からして、女王の豹変ぶりは予想外であった。話術の達人であるからこそ、それが効かぬ状況をも知悉している。今女王に必要なのは、言葉ではなく、時間であった。




 女王の洞穴から追い立てらた冒険者達は、その日の晩、同じ山中にある、エンペラースノーの住まう洞窟へと身を寄せていた。女王の住処と比べれば、流石に見栄えは大きく落ちる。調度がないどころか、むしろ、天然の洞窟そのままだ。精霊達にとっては、このような住まいが本来の姿なのだろう。

「‥‥エンペラースノー殿は、女王と剣士殿の馴初めなどについて、ご存じなのですか?」
 夜。
 洞内の岩場に拵えた竃を前に、ヴィクトルはエンペラースノーに尋ねる。
「ああ、よく覚えているとも。馴初めと言う程上品なものじゃなかったが。何しろラインヴァルトは、女王を退治しに来たのじゃから」
「え?」
 誰かが、そんな声を上げた。
「意外だったかな? 今でこそ可愛らしいもんじゃが、二百年程前は、ボリスピリの雪の女王と言えば、誰もがその名を聞いて震え上がる暴れ者じゃったよ」

 それは二百年以上前の昔話。
 未だキエフ公国の影さえなかった頃。戯れに人間達を凍らせる、恐ろしい雪の女王がこの地にいた。そんな女王を討伐するべく名乗りを上げたのが、ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイクだった。女王は剣士に討たれたが、剣士の計らいにより、二度と悪さをせぬ事を条件にその命を助けられる。改心した雪の女王の元へ、その後ちょくちょく剣士は足を運んでいたが、いつしか、二人の気持ちに愛が芽生え‥‥

「えー?」
「きゃー♪」
「愛だの恋だのの話は‥‥そ、その‥‥そういう話は、妹のアクアの方が得意なのですけれど」
 即座に入る黄色い合いの手に、エンペラースノーは可笑しそうに笑う。

 ‥‥それから、二人の間に数年の時が過ぎる。
 傍目にも二人は上手くいっている様だった。しょっちゅう西に東にと冒険に出かけるラインヴァルトに女王は心配していた様ではあったが、そこはじっと我慢。ラインヴァルトも女王を一人にさせる事なく、どんな冒険からも必ず彼女の元へと帰ってきた。そう、地獄で魔狼マルコシアスと戦った、その時も。

「それから、二人はどうなったんですか?」
 いつの間にか、最前列で話を聞いていたウェンディの言葉に、エンペラースノーはゆっくりと頭を振った。
「‥‥その先に事については、儂から言うわけにはいかん。女王自身の口から聞かせて貰うといい」




 翌日、再び山頂の洞穴に向った冒険者達を、女王は二体のフロストウルフと共に出迎えた。
「また来おったか! 素っ首掻き落とすと言った我の言葉、まさか忘れたとは言わさぬぞ!?」
「女王様、聞いて下さい。確かに私達は魔剣士さんの力を借りたいと思っている。でもそれ以上に、皆、貴方に幸せになって欲しいと願っているんです!」
「聞いた風な口を! いけ!」
 アンの言葉に、女王は耳も貸さずフロストウルフらをけしかける。
 やむなくアンはホーリーフィールドを展開。結界に阻まれた白狼達は、牙を剥きだして冒険者達を威嚇した。

「女王様、貴方がラインヴァルトさんの事を大切に思うのなら、彼の思いを聞いてあげて欲しいのです!」
「黙れ! 何も知らぬくせに! 何も判っておらぬくせに!」
 フィニィの言葉に、女王は叫んだ。
 銀髪を振り乱し、白いドレスの袖口を握りしめる。
「誇り高き魔剣使い。ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイクの気持ちは二百年前のままじゃ! 弱き民の為に剣を振るう。彼の誇りに、一点の曇りも有りはせぬ!」
 それなら。
 そう言いかけて、フィニィは口をつぐんだ。
 女王は二百年前、ラインヴァルトが地獄へ向った際も見送った筈だった。確かに大怪我はしただろうが、彼は帰ってきた。それを、何故今になってこれ程までに頑なな態度をとるのだろう?

 沈黙を守っていたウォルター・ガーラント(ec1051)が遂に口を開く。
「女王よ、貴方は何を恐れているのですか? デビルが彼とその剣を狙っている事はご存じの筈。彼は貴方の事を信じて、二百年の間、その身を預けたのではないですか。彼の身が心配なら、私達が彼を守りましょう」
「黙れ黙れ! 我はそのような事を心配しているのではない! ラインヴァルトはデビルなどには負けぬ。地獄の魔獣が、何程の事があろう!」

「哀れなりラインヴァルト!」
 ウォルターが吠える。
 女王の火を噴くような剣幕に、彼は一歩も引かなかった。
「望んだ時が来たにも関わらず、信頼して全てを託した相手に裏切られ、朽ちる事も赦されず、何も出来ない慰み物に成り果てたこの状況を彼は何と言うでしょうかね?!」

 その言葉は、目前の結界に爪を立てるフロストウルフをも退け、女王の胸元へと突き刺さった。
 白いドレスの下、白い肌の下。
 深々と、雪と氷の心臓の上に。




 ‥‥女王は、小さな少女のように泣きじゃくっていた。
 女王の洞穴の奥の奥。
 淡く、水晶の天井越しに差し込む陽の光が、冒険者達の前で冷たい花々を七色に照らし出す。
 ここは女王の花園。
 氷と水晶の結晶が花開く、刻の止まった花畑。

「我は、ラインヴァルトの意に沿うてやりたい」
 花畑の中央に、彼は立っていた。
 太い氷柱の中で眠る青年。左腕はなく、右腕には、黒い長剣を持っている。
「‥‥しかし、マルコシアスと戦った後、ラインヴァルトは不治の病に罹ったのじゃ。病の進行は早かった。彼は、このまま無為に病で命を散らすくらいならばと、時が来るまで、氷の中で眠る事を我に願った。‥‥氷を解けば、ラインヴァルトの命は十日も保たぬじゃろう‥‥」
 水晶の花園の中で、女王は泣き続ける。
「病に死ぬるよりは、人を救う戦いの中で死にたいと。我はその気持ちに沿うてやりたい。彼の高潔な魂と、その信頼に応えてやりたい。だが、どうしても我にはその氷が解けぬのじゃ。
 生きていて欲しい! 例え物言わぬ氷の中であっても、彼の意に添えなくとも、我は彼に生きていて欲しいのじゃ。‥‥どうすれば、我はどうすれば‥‥」

 強き魔剣の遣い手。
 デビル殺し。
 魔剣を手に、氷の中で永遠の刻を過ごす者。
 残り最後の命を、人々を救う戦いの中に散らしたいと願った者。
 雪の女王の全て。ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイク。

 魔狼マルコシアスが、その命を狙う者。