【黙示録】二百年という刻

■ショートシナリオ


担当:たかおかとしや

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:03月11日〜03月18日

リプレイ公開日:2009年03月20日

●オープニング

 それは一冊の日記だった。
 古代魔法語でもなければ、ラテン語でもない。一介の薬草師の書いた、ゲルマン語の日記。二百年前、キエフの一地域を襲った破局的な病に対する、克明な戦いの記録。




 ―――地獄病、と。そう言われていたのだそうだ。
 あるいはもしかしたら、本当に『地獄』と関係していたのかも知れない。時期や病の発生場所を克明に調べれば、当時のデビル達の活動や、一時期地表に口を開けたという、地獄へと繋がる通路との関連も多少は見えてくるだろう。しかしその病の名前は、罹れば間違いなく地獄行きだという、至極単純な理由から名付けられたモノに過ぎない。
 血を吐き、痛み、苦しみ。
 病は急速に、そして例外なく患者の命を奪い去っていく。

 薬草師の日記には、彼の元を訪れた患者の名前と、死んだ患者の名前がずらずらと羅列されていた。
 もう、どちらか一つでもいいのでは?
 読む者に対してそう思わせる程に、両者の行列は全く同じ。
 病気に罹り、罹った者は死んでいく。
 病にはどのような薬草も効かなかった。植物、動物、時にはモンスターの内臓を煎じた薬さえ調合されたようだが、全ての薬は、地獄病の進行を唯一日とて遅らせる事は出来なかった。

 病に罹り、罹った者は死んでいく。
 シンプルな、それ故に余りにも凄絶なそのリストは、だが、最後の一行になって、その趣を変える。
 病に罹り、しかし、その者の名は死者の行列には記されてはいなかった。
 日記の最後のページには、その者に対して処方された薬草の名前が記されてある。
 効いたとも、効かなかったとも書かれてはいない。
 その薬草を処方された者の名前が、死者の行列に加わっていない。
 たったそれだけの、小さな変化。

 学者は初め、その変化の意味に気が付かなかった。
 気が付いた時、彼は駆け出していた。
 病のまま氷の中に眠る、古代の剣士の命を救う方法。ひいては、ロシアを救う方法はこれであると。
 その確信を胸に、冒険者ギルドへまっしぐらに駆け出していた。




 氷と水晶の結晶が咲き誇る、光り輝く花畑。
 その中央に屹立する氷柱の中、静かに眠る隻腕の剣士。
 雪の女王は、泣き腫らした真っ赤な目を拭い、剣士に語りかける。
「精霊共が騒いで居る。狼共も落ち着きがないようじゃ。禍々しい気配が、山に近付いておる」

 ‥‥二百年。彼女は剣士を守り続けてきた。
 それは人為らざる寿命を保つ彼女にあっても、決して短い時間ではない。

「お主を起こしてよいものかどうなのか。我には未だ判らぬ。あの気配が山を襲うまで、あと数日。それまでに、我にこの難問の答えを導けるかどうか‥‥?」

 膨大な瘴気。
 以前、彼女の洞穴に侵入した二体の中級デビルなど、全く話にもならぬ程。
 山全体が、その瘴気に怯えているようだった。

「だが、如何にせよ、我のすべき事は変わらない。我は二百年間、そなたを守ってきた。あの時の誓いは違えぬ。
 我は雪と氷の女王。ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイクを守る者」




 冒険者ギルドに、一人の学者が息せき切って走り込んできた。以前、冒険者達に古代の剣士に対して助力を頼むよう依頼したその学者は、遂に、件の剣士を犯す致命の病に対して特効を持つ薬草を発見したという。

 同時に冒険者ギルドへ、一人のフロスト・フェアリーがやはり息せき切って飛び込んできた。
 地獄の魔獣マルコシアスが地表に姿を現し、雪の女王の山に向っている。
 女王はあらゆる雪の精霊とフロストウルフに下知し、マルコシアスを迎え撃つつもりだという。エンペラースノーの意を受けたフロストフェアリーは冒険者に救援を求めるべく、一昼夜を掛けて人の街まで飛んできたのだ。


 『依頼内容:古代の魔剣士の病を治す薬草を採取、処方する事。
 及び、地獄の魔獣マルコシアスから古代の魔剣士と、彼の持つ魔剣を防衛する事』


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

●雪の女王の山
 キエフから東へ、徒歩で二日の位置にあるボリスピリの街。そこから更に徒歩で半日の距離にある山の山頂に、雪の女王の住まう洞穴が存在します。女王の山は常に吹雪に包まれていますが、依頼人のフロストフェアリーに同行していれば、山中であっても道に迷う事はありません。

●薬草の位置
 女王の山から、更に東へ徒歩で二日の地点に、その薬草の生えている群生地が存在するそうです。
 二百年前、キエフの一地域を壊滅させた末に姿を消した『地獄病』にのみ薬効を持つこの薬草は、現在、薬草としてはほぼ忘れられた存在であり、市井には全く流通していません。
 薬草は、植物知識を高い水準で持つ者が居れば、半日程の調合により、実際の薬として処方する事が可能です。

●マルコシアス
 フロストフェアリーが言うには、およそ三日後に、マルコシアスは山へと到達するそうです(依頼期間中、四日目)。複数の手下を伴っているとの話もありますが、詳細は不明です。

●雪の女王と、雪の精霊達
 雪の女王、二体のフロストウルフ、エンペラースノーが彼らの主立った戦力であり、別に、十数体のスノーマン、及びフロストフェアリーがマルコシアスに立ち向かうつもりでいます。

●デビル殺し『ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイク』
 彼は隻腕で、且つ病に冒された身ではありますが、強力な魔剣を手にした、非常に優れた剣士でもあります。
 もし彼をアイスコフィンによる眠りから起こすのなら、その力は冒険者、そして雪の女王にとって絶大な助力となるでしょう。

●今回の参加者

 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea9114 フィニィ・フォルテン(23歳・♀・バード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec0128 マグナス・ダイモス(29歳・♂・パラディン・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec0129 アンドリー・フィルス(39歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ec4531 ウェンディ・リンスノエル(29歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

以心 伝助(ea4744)/ カグラ・シンヨウ(eb0744)/ アンリ・フィルス(eb4667)/ 木下 茜(eb5817)/ ヴィクトリア・トルスタヤ(eb8588)/ アルバート・レオン(ec0195

●リプレイ本文


 岩の根本にへばりつくようにして咲く、それは小さな白い花。
 マグナス・ダイモス(ec0128)が、その大きな手で、そっと薬草の株を採取する。ゆっくりと丁寧に。岩に張り付いた細い根の一本までも疎かにせず、慎重に引き剥がしていく。
「マグナス殿、薬草はそれで間違いないか?」
「はい、確かに、薬草師の日記に載っていた薬草です。良かった、初めにここに来た時は、どうなる事かと‥‥」
「‥‥確かに、な‥‥」
 マグナスの言葉に頷き、アンドリー・フィルス(ec0129)は背後の景色に目をやった。

 そこは、茫漠と広がる雪原。
 ぽつりぽつりと裸の樹木が立ち尽くす他は、僅かな色彩さえも見当たらぬ。マグナスとアンドリー、二人のパラディンがこの雪原に辿り着いた時、はじめは、文献の地図が間違っているのではないかと随分疑ったものだった。この広大な雪原で、彼らが何とか目当ての薬草を見つけ出す事ができたのは、マグナスの豊富な植物に関する知識と‥‥後は、運だ。目の良いアンドリーが偶然その小さな白い花に目を留めなければ、一体どれ程の時間を無駄にしたかも判らない。

「とは言え、予想よりも大きく時間を食ったのは確かだ。もう日も暮れる。急ごう、マグナス殿」
「予定の量にはとても届きませんが‥‥仕方ないですか」
 マグナスの採取した、僅か数株の薬草。多くはないが、それでも一人分の薬くらいの量にはなるだろう。

 僅かな夕暮れの光の中、パラディンの二人は同時に呪文の詠唱を開始。パラスプリントの発動と共に、二人は光に溶け込むように姿を消した。
 向かうは西の山。
 雪の女王が住まい、古代の剣士が眠り、地獄の魔獣が目指すところ。




「‥‥それは、まことか‥‥?!」
 眼を見開き、問い直す雪の女王に、シェリル・オレアリス(eb4803)、サラサ・フローライト(ea3026)は大きく頷き返す。
「もう一度、ラインヴァルトさんと同じ時が過ごせますよ?」
 フィニィ・フォルテン(ea9114)の言葉に、女王は我知らず、洞穴の奥を振り返った。洞の最奥、ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイクの眠るその場所を。

 冒険者達の一行が、雪の女王の住まう山頂の洞窟に辿り着いたのは、冒険開始、二日目の夕刻の事だった。
 吹雪を越えて助っ人に訪れた冒険者達を、エンペラースノーは大いに歓迎し、雪の女王もまた、控えめながらも冒険者達に対して感謝の意を口にする。そんな彼女に対して、冒険者達は挨拶もそこそこに、その事を告げた。「ラインヴァルトの病を治す方法が見付かった」と。

 驚く女王に対して、冒険者は語る。
 二百年前、この地を席巻した地獄病の事。当時、全くの致命の病であったこの病気に対して、ある種の薬草が特効薬として発見された事。例の薬草師の日記をはじめとする幾つかの資料に依れば、薬の投与さえ間に合えば、生存率は決して低くはない事。
「薬草は、現在二人の仲間が採取に向っている。文献に書かれていた調合の手順自体にも、特に問題は見当たらなかった」
「ラインヴァルトさんの腕は、私が再生させましょう。多少時間は掛かりますが、半月もすればきちんと腕は元通りになりますから」
 サラサの言葉に、シェリルが後を続ける。
「ラインヴァルトの、腕も‥‥」
 女王は呆然と、オウム返しに呟いた。

 次に、ラインヴァルトが目を覚ます時は、彼が死ぬ時だと思っていた。
 二百年の間、ずっと。
 当時の地獄病の恐ろしさは彼女自身も覚えている。ほんのひと月、ふた月の間に、布で拭い去ったかのように、街から人が消えていく。罹れば皆死ぬ。病と言うには、あまりにも凄惨な病。それが地獄病なのだ。
 ───腕?
 そうだ、ラインヴァルトは片腕だ。地獄で、マルコシアスによって食い千切られたのだ。
 だが、彼女は彼の腕を元に戻そうなどと、今まで夢にも思いはしなかった。半月もすれば元通りという、その『半月』の命さえ、彼にはもう残されてはいなかったのだから。
 だが。

「‥‥本当なのか? ラインヴァルトの病は、本当に治るのか? 我は信じるのが恐ろしい。二百年の間、ラインヴァルトの残る命の数日間だけを指折り数えていたのじゃから」
 女王は、両の手を冒険者達に差し出す。
 真っ白な、細い十本の指が‥‥震えていた。
 二百年。刻を凍らせ続けていたのは、ラインヴァルトだけではなかったのだ。
 女王は叫ぶ。
「何度数えても、十日。十日じゃった。二百年、増えもせぬ、減りもせぬ。たった十日間!
‥‥我は恐ろしい。ぬか喜びをさせんでくれ。いや、ぬか喜びどころか、やはりダメだったと言う事にでもなれば、ラインヴァルトは‥‥‥‥」

「大丈夫です!」
 震える女王を、ルンルン・フレール(eb5885)が抱きしめる。
 暖かい、花の匂いが女王を包む。
「女王様の、二百年の純粋な想いは、神様だって絶対無碍には出来ないはずだもの。悲しい事はもう終わり! これからは、未来を見なくっちゃ。ね?」
 そう言って、ルンルンはにっこり女王に微笑んで見せる。

「女王よ。私達を‥‥いや、貴方とラインヴァルトの、二人の未来を信じて下さい。病にも、地獄の魔獣にも負けない、二人の未来を。
‥‥マルコシアスが山に迫ってきています。今この時、貴方だけに戦わせるのは、ラインヴァルト殿の願うところではないでしょう。彼の封印を解くのは今しかありません。彼のサポートは私達が全力で行います。だから、どうか女王よ‥‥‥‥ご決断を」
 ディアルト・ヘレス(ea2181)の言葉に、女王はルンルンから身を離し、そして大きく頷く。

 本当は、女王のする事は二百年前から決まっていたのだ。
 ただ、愛する男、ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイクの望みのままに。
 バッドエンドでしかないと思っていたその終局が、ハッピーエンドで終わるかも知れないと、希望を持てただけでも大したものだ。雪と氷に包まれたこの山に、二百年間、最も欠けていたものが、それだった。




 女王が頷いてより二日間。不可思議な高揚が、その場の空気を支配していた。
 石英製の暖炉の火が投げかける熱と光の中、希望と絶望が交錯し、喜びと悲しみが入り交じる。

 ラインヴァルトの解凍の準備は、女王が頷くのと同時に開始された。
 その日の晩には、アンドリーとマグナス、二人のパラディンは無事目当ての薬草を持ち帰り、薬草はサラサの手によって、当時のままの手順で調合されていく。

 翌日、三日目の朝には、ラインヴァルトの解凍もほぼ終了した。夜を徹して進められた薬の調合も、同じ頃には無事終了。期待通りの薬効があるかないか、これは患者が実際に飲んでみない事には判らない。

 ‥‥だが、肝心のラインヴァルトは目を覚まさなかった。
 サラサが別途持ち込んでいた秘薬やハーブ、秘石の類が処方され、フィニィの安らぎの竪琴が美しい音色を響かせる。それでも剣士は眠ったまま。ジ・アース随一のプリーストと名高い、シェリルのリカバーやクローニングの呪文が唱えられてさえ、依然としてラインヴァルトがその目を開く事はなかった。

 体温は戻っている。呼吸もしている。
 地獄病と言えど、未だ罹患初期の段階であり、現段階でこのような状況に陥る原因になるとは思えない。
 では、人の身に二百年という期間は長すぎたと言う事か?
 不吉な予感を噛み殺し、知恵と技の限りを尽くす冒険者をよそに、女王は黙然と眠るラインヴァルトを見守り続け、その枕元を片時も離れようとはしなかった。

 三日目が終わり、四日目の朝。
 初めにそれを目にしたのは、ルンルンだった。
 フライングブルームで偵察に出た彼女が見つけた、雪上を進む、有翼異形の者ども。
 隊列の先頭を、熊の如き、巨大な狼が歩を進めているのがはっきりと見えた。
 ラインヴァルトの目覚めぬ前に、遂に地獄の魔獣、マルコシアスが女王の洞穴へとやって来たのだ。




「地獄の魔獣、マルコシアス! お前をここから先に進ませるわけには参りません!」
 ウェンディ・リンスノエル(ec4531)が、真紅の長槍を手に、デビル達の前に立ち塞がった。
 無論彼女だけではない。
 ラインヴァルトの手当の為に洞内に残った、シェリルとサラサ、そして雪の女王を除く全員がその場に居並んでいた。六名の冒険者に、エンペラースノー。多くのフロストフェアリーと、スノーマン。
 一方の、対峙するデビル達の数はそれ程には多くない。インプやグレムリンと言った、お馴染みの木っ端デビルらを除けば、多少目立つ者と言えば、二体のネルガルに、青白い馬に乗った中級らしき一体のデビルだけ。寧ろそれだからこそ、それら全ての先頭に立つマルコシアスの、己が実力に対する自信の程が伺えた。

 マルコシアスは言う。
「愚かな人間よ。私の名を知りて、尚その前に立つ、蛮勇とも言うべきその勇気は認めよう。だがお前達には用はない。ラインヴァルトに伝えよ。魔狼が、二百年前の約束を果たしにやって来たと」
 そうして、足を一歩前に。
 ただそれだけで、魔狼の秘める強大な力が仄見える。例え万全な状態であったとして、個の人間が立ち向かう事など想像さえ難しい強力なデビル。ましてや、意識さえ取り戻していないラインヴァルトに、このデビルを今会わせるわけにはいかなかった。

「マルコシアス! 確かにここにはラインヴァルトさんがいます。でも、彼は二百年の眠りから、未だ目を覚ましてはいません。その身体も病魔に冒されており、とても万全とは言えないのです。どうか、ラインヴァルトさんとの戦いを望むのであれば、せめて後数日の間待っていただけませんか?!」
 フィニィが叫ぶ。
 ディアルトも、また口を開いた。
「病でボロボロの者と戦うために、目を覚まさぬままの者と戦う為に、二百年もの時を待っていたのですか? そうではないでしょう?」
 これは一種の賭けであった。
 ただのデビルであれば、標的が病身であると聞けば、むしろ嬉々として襲いかかってくるだろう。
 だが、義に厚く、筋の通らぬ事を好まないと言われているマルコシアスなら、あるいは引き下がってくれるのではないか?
 二百年という年月の重さに比べれば、僅か数日、待てぬはずはないだろう、と。

 しかし、マルコシアスは更に、足をもう一歩前に踏み出したのだ。
 冒険者達との距離は、僅かに十数メートル。
「人間よ、お前達は思い違いをしている。因縁ではない。力試しをしたいのでもない。私はただ、ここに約束を果たしに来ただけなのだ」
 魔狼の口から、熱い炎がこぼれ出る。
「私は奴と約束をした。次に現世と地獄を繋がる通路が出来た時、きっと、お前を殺してやろうと。人の身に流れる、二百年という年月の意味が判らぬ訳ではない。なればこそ、私は約束を果たさねばならぬ。病ではなく、年月ではなく。ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイクを殺す約束を交わした者は、天地に唯一、私のみなのだから‥‥!」

 ゴフォァァアァァ──────ッッッ!!!

 魔狼の言葉が、輝ける炎として具現化したその瞬間。
 人とデビルの戦いが始まった!




 激しい争乱の気配は、女王の洞穴の奥深く、水晶の花畑にまで到達する。
 眠ったままのラインヴァルトを連れ、非戦闘員の多くのフェアリーらと共に、シェリルとサラサは洞内の奥に立て籠もっていた。
「どうやら、交渉は決裂したようだな‥‥」
 先程聞こえた、深い洞窟をも揺るがす、巨大な爆発音。
 仲間は誰もが百戦錬磨の達人揃い。生半なデビルに対してよもや後れを取る事もあるまいが、今回の敵に限っては、とても安閑とはしていられなかった。
「ここは私が看よう。シェリルは上で、皆の手助けをしてやってくれないか? 僧侶のあなた無しでは、みんなデビル相手に苦戦しているだろうから」
「‥‥そうね、じゃあサラサさん、お願いするわ。ここはホーリーフィールドが効いている内は、多少デビルが入り込んできても大丈夫だと思う。女王様も、気をしっかり持って‥‥」
「‥‥っ」
「え?」
 女王が、何事かを小声で呟いている。
 何を言っているのだろう?
 自分の言葉に返事を返したようにも聞こえず、シェリルは女王に近付き、そして気が付いた。
 女王の手を握り返す、ラインヴァルトの右の手に!
 シェリルは、女王の声をはっきりと聞いた。

「強き魔剣の遣い手。デビル殺し。ラインヴァルト・ブラウンシュヴァイク。
そして───おはよう。愛しい人」




 激烈なブレスによって幕を開けた戦いは、幾分、冒険者側に不利な形で推移していた。
 マグニの篭手を付けていたアンドリーは、オーラシールドの用意が間に合わず、ブレスの直撃を受けた。流石に膝をつくアンドリーを庇い、マグナスはたった一人、マルコシアスに相対する。援護に向かおうとするディアルトらを妨害する、下級デビル達。

「くっはっはっ! なかなかの腕前だ! しかし、魔獣と一騎討ちを演じるにはまだまだ未熟!」
 魔狼の身体が燃え上がる。
 それぞれに多重に高速付与された身体強化の術法により、マルコシアスとマグナスは、もつれ合う二条の稲妻の如き速さで、互いの周囲を巡り合った。雪原を縦横に駆け回る、炎と剣風の凄まじさよ!
 だが、初め、全くの互角に見えた戦いも、徐々に魔狼の方へとその天秤を傾けていく。
「く、この雪さえなければ‥‥!」
「言い訳はいかんな、パラディンよ。さあ、お前を殺してラインヴァルトに会いに行くとしようか?」
「マグナス!」
 閃く魔狼の牙。
 ウェンディが下級デビルを薙ぎ倒し、盾を構えて駆け寄るが、だが、これは間に合わない!

 ゴギンッッッ!!!

 鈍い音が、雪原に響く。
「久しぶりだね、マルコシアス。‥‥済まないが、少し前から先約なんだ。君の手柄を横取りするようで悪いんだが、ここは俺に任せてくれないかな?」
 片腕の、黒い剣を握った剣士が、マルコシアスの牙を受け止めていた。
 いかつい二つ名に似合わぬ、優しい声。
 ‥‥成る程、女王が首ったけなのも、少しは判るという物だ。
「勿論、お譲りしますよ。ラインヴァルト殿」




 黒い剣が、雪上を踊る。
 力では、ジャイアントであるアンドリーやマグナスに遙かに及ばぬ。
 如何に強力な魔剣と言えど、マルコシアス程の大悪魔を前に力不足の感は否めない。
 それなのに。
「‥‥強い」
 シェリルの治療を受けつつ、アンドリーは唸る。
 病に冒された者の動きとは思えぬ、美しい剣の舞。
 いつしか、人も、デビルも、全ての者がその戦いを見守っていた。

 二百年の刻を越えた、人と魔の一騎討ち。
 逃げる気もない。
 逃がす気もない。
 両者の悪縁が、魔狼と共に塵となって風に消えたその瞬間、女王はラインヴァルトの胸に飛び込んだ!

「本当に、本当に寝坊助じゃ! 心配させおって、苦労をかけおって! もう離さぬぞ、ラインヴァルト!」
「‥‥おはよう、カテリーナ」
 剣士は、にっこりと笑う。
「また、君に敢えて本当に嬉しいよ」