【犬と猫と黙示録】暗殺者の依頼人
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■ショートシナリオ
担当:たかおかとしや
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月23日〜03月28日
リプレイ公開日:2009年04月02日
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●オープニング
わんわん、と。
ただ一鳴きで、ギルド内のご婦人方の注目を一身に集めたその手腕は、成る程大したものだった。
若いお嬢さんから、多少お年を召したお嬢さんまで。その万夫不当の破壊力は、有象無象の区別をしない。どよめく黄色い歓声に果てはなく、それを取り囲む黒山の人集りは、尚膨張を続けて限りなし。
それは、秋田犬の子犬だった。
とてもとても可愛らしい、白と茶色の小さな子犬。てふてふと歩いては、もこもこ茶色の丸いお尻で机の上にちょっこり腰を掛ける、その可愛らしさこそは超越級! 悪魔だ何だと殺伐としたこの世界にも、確かに神の救いはあるのだと。むしろ、神なんかもうどうでもいいから、とにかく一度抱かせてくれと。
混沌とした情動の渦の中で、子犬はカールした短い尻尾を元気に揺らす。
可愛いにも程がある。
いーから一撫で触らせろ!!
そんな、冒険者ギルドを襲った、時ならぬ子犬騒動。
ギルドの全女性陣は元より、多くの男性陣までもが参加したその騒動に受付嬢が参戦しなかったのは、その高い職業意識のなせる技‥‥と言うわけではなく。受付のカウンターに頬杖をついた、その男の言葉を聞いてしまったからだった。
「忍犬忍法、可愛さ遁の術。‥‥とは言え、ちょっと効き過ぎでんな。丸次郎には、後で加減ちゅーもんを教えとかんと‥‥。あ、受付はこちらでっか? わて、『犬遣い』言うんだっけど、依頼、聞いてくれまへんやろうか?」
●
犬遣い、と。確かに男はそう言った。
訛りのあるゲルマン語を喋る、愛想の良い、年齢不詳の東洋人。
男の姿に見覚えはないが、受付嬢は以前、とある手紙の中でその名前を目にしたことを覚えていた。キエフ有数の大商人、ミロスラフ・ブラヴィノフの命を狙った殺人予告状の差出人。冒険者達の活躍により、暗殺自体は無事に阻止されたものの、忍犬を縦横に操る暗殺者の捕獲には失敗したとの報告を受けている。
「‥‥あなたがミロスラフ・ブラヴィノフの命を狙った暗殺者? 冗談なら、早めに訂正した方がいいですよ?」
「別に冗談やおまへんのや。犬遣いとして、こちらさんのお強い冒険者方の力を借りたい思いまして。へえ」
ぬけぬけと、東洋人は言い放つ。
冒険者と犬遣いが、キエフ市街、ブラヴィノフの屋敷で刃を交えてから、そう幾日も経ってはいない。男の直ぐ背後で子犬を取り囲んでいる者達は、皆が揃って一角の冒険者だ。彼女が一声上げれば、喜んで暗殺者の捕縛に手を貸してくれるだろう。犬遣いが如何に手練れの忍者であったとしても、無事に建物から出られるとは思えない。
実際、受付嬢は直ぐにも声を上げるつもりだったのだ。
息を吸い、喉を開け、腹筋に力を込めて‥‥!
「わての依頼主な、デビルやったんや」
ぶわっほっっ!!
思いっきり、むせた。
全力で叫ぶつもりだった空気が、行き場を失ってゲホゲホと大きな咳に変わる。
「わ、嬢ちゃん、大丈夫でっか? 若い娘さんが、急に大声なんか出そうとするからでっせ、全く」
犬遣いの差し出すコップの水を一気に飲み干し(犬遣いは、このコップを何処からもってきたのだろう?)、受付嬢は、きっ、と視線を改めて犬遣いに向ける。
「‥‥今なんと言いました? げっほ」
「デビルや、デビル。正確には、依頼人の黒幕なんだっけどな? なんぼ依頼人の言うことは絶対や言うても、流石にデビルの言うことなんか聞けまへんわ。しかも、失敗したとか知り過ぎたとか言うて、わての命まで狙おうとしとるんやさかい、ほんま、どもならんやっちゃで。
―――だから、こうして依頼に来ましたんや。黒幕のデビル退治。わての依頼人共々、どうやら冒険者の皆さん方にも関わる、悪い計画を立ててるみたいでっせ? 依頼引き受けてくれはったら、その辺のこともみんな教えましょ。どないでっか?」
男の背後でまた、人集りからどっと黄色いどよめきが持ち上がった。
多分、子犬がころんと転がってみたとか、そんな他愛のない事なのだろう。
‥‥子犬がギルド内の視線を一身に集めるその直ぐ側で、犬遣いと受付嬢に目をやる者は一人としていなかった。
『依頼内容:ブラヴィノフ商会転覆を狙った暗殺者の依頼主の拿捕。及び、その背後に潜む黒幕のデビルを退治し、デビルの陰謀を曝く事』
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【犬遣いを雇った、依頼人の屋敷図(縮尺:一文字分で縦横四メートル)】
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┃仝◆◆◆仝仝仝仝仝仝仝仝仝仝┃
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┃仝∴□□屋敷□□───┘仝仝┃
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┗━━━━━■門■━━━━━━┛
□/建物
■/高い建物(三階建て以上)
仝/木
@/池
─/小道
━/外塀(高さ三メートル)
∴/平地
◆/丘
●犬遣いの計画
犬遣いは自らの案内により、彼を以前雇った依頼人の屋敷を急襲しようと提案しています。
屋敷には「依頼人」の雇っている数名の護衛と、黒幕のデビル。さらには黒幕の手下である、数匹の小悪魔が居るとの事です。急襲によって依頼人を捕まえ、その黒幕のデビルを退治する。特に、黒幕のデビルを退治する事が肝心だと犬遣いは強調します。
●ブラヴィノフ暗殺の依頼人
・某、大商人。正確な所在やその名前は、犬遣いが実際に現地に着いてから教える、との事
・ブラヴィノフ商会が邪魔なライバル商人?
●襲撃先の屋敷
・池の祠、屋敷、木立に囲まれた塔、倉庫(?)の、四棟の建物が存在
・犬遣いが入った事があるのは、屋敷の玄関に近い一室だけ
・何処かに地下室があるという噂(犬遣いは、その所在を自分では確認していない)
・門番を含め、五名程度の警備員が常駐している
・商人とは別に、一般の使用人やメイドなども、数名居住している模様
・屋敷内の警備には、下級デビルも加わっている(?)
●黒幕のデビルについて
・依頼人のバックに、依頼人に指図をする長身の男がいることは以前から知っていた
・任務に失敗した犬遣いの抹殺を決めたのは、その男
・その際、犬遣いはその男に対して反攻を試みている。が、彼の犬の牙は黒幕に傷一つ付ける事は出来なかった。黒幕がデビルだと言う事を知ったのは、その時
・敷地内の何処かに住んでいるらしいが、何処にいるかは未確認
●犬遣い
・熟練した技を持つ忍者。ただし、戦闘自体は忍犬任せ
・三匹の忍犬を従えている。忍犬程ではないが、普通の犬も別に何匹か従えているらしい
・魔剣の類は持っていない、との事
●リプレイ本文
「気づいたら依頼を受けちゃってた‥‥。恐るべし忍犬忍法、可愛さの術‥‥!」
もふもふ。
シャリン・シャラン(eb3232)が、子犬の丸次郎に抱きついたまま離れない。
相棒のフレアやアーシアら、かしましいエレメントらとともに、歓声を上げながら思う存分子犬をもふり倒す。丸次郎の方も、犬遣いから大人しくしておけと言い含められているのだろう。初めて目にするシフールやフェアリーの小ささに小首を捻りつつも(でも人間みたい。不思議!)、お手と言われれば、前足をむいと差し出す事は忘れない。
「すごーい! この子、こんなに小さいのにもうお手が出来るのね☆」『すご〜い☆』
「‥‥あー、そろそろ本題に入りたいんだっけど、そちらさんも、そないなところで堪忍しとくんなはれ」
犬遣いのその言葉に、ようやく彼女達は騒ぐのをやめる。
‥‥勿論、抱いた子犬は離さないわけだが。
●
丸次郎の引き起こした子犬騒動もようやく潮が引いて。
犬遣いの持ちかけた依頼を最終的に引け受けたのは、シャリンを初めとする四名の冒険者達であった。彼らに対して、犬遣いは一人一人に頭を下げては感謝の言葉を述べていく。その態度だけを見ていれば、目の前の東洋人の男が『犬遣い』の異名を持つ有能な暗殺者であるとは、とても想像も出来ないだろう。
だが、男こそは、間違いなく犬遣いその人であった!
過去、二度に渡ってブラヴィノフ家(と、その猫達)を恐怖のどん底に叩き落とし、二度、冒険者達と刃を交えて悠々と逃げ延びた忍犬使い。
「‥‥上手く化かしているが、おまえは、確かに忍者だな」
双海一刃(ea3947)が、犬遣いの挙動に目を眇める。
「そういうあんさんこそ、ご同業でんな。へえ、確かに忍者でおま。眼力の程、感服ですわ! ‥‥その調子で、あんじょう宜しゅう頼んます?」
双海の言葉にも、犬遣いは平然としたものだ。
正体を隠す気はないという事だろう。ぬけぬけとそう言って頭を下げる。
「初めに言っておくが、俺達はお前の事を信用したわけではない」
その犬遣いに、エルンスト・ヴェディゲン(ea8785)が背後から言葉を投げつけた。
四人の冒険者の内、双海と妙道院孔宣(ec5511)は男とは初対面だが、エルンストとシャリンは、随分な馴染みである。なにせ、二回切り結んだ当の張本人だ。一見無害そうな男の外見がどれ程当てにならない事か、二人は十分に心得ていた。
「信用できないどころか、おまえが、俺達やブラヴィノフ家を罠に嵌めようとしているのではないかとさえ疑っている。動くのは、十分裏は取ってからだと言う事を忘れるな」
敵意さえ含んだエルンストの言葉。
更に、シャリンの鋭い言葉が追い打ちを掛ける。
「そうよ! あたい達はあんたじゃない、わんこに免じて協力してあげるだけなんだから(もふもふ)」
「滅相もない‥‥と、わてが言うても信用できへんでしょうな。ええ、真っ当な、賢明なご判断やと思います」
犬遣いは柔和な態度を崩さず、冒険者四人に改めて向き直った。
「―――それでは、皆様改めまして、今回は宜しゅうお頼申します。襲撃やら下調べにも、わても同行しまっさかい、その時はまた、どうぞ宜しゅうに。それでは、一旦ここでお暇させて頂きますわ。ほら、丸次郎帰んで?」
「だぁ〜め〜(もふもふ)」
「‥‥は?」
ワンと吠えて、犬遣いの元に駆け寄ろうとした子犬を、シャリンとフレアが抱きすくめて離さない。
「今一つあんたは信用できないからね。デビルの仕業だって確証が出来るまで、この丸次郎は犬質としてあたいが預かっておくわ!(もふもふ)」『預かっておくわ☆(もふもふ)』
実はもふりたいだけなんじゃねーだろうなぁとか、下手に出てればいい気になりやがってとか、お前よりも丸次郎の方がよっぽどラヴリーで可愛いんだよ、この性悪女が! とか。
犬遣いは色々思ったのだろう。
短い葛藤の後、犬遣いは一言呟く。
「判ったよ、後で覚えとけよ、畜生め!」
柔和な東洋商人の仮面が外れた犬遣いの暴言こそ、シャリンの得た勝利の証。
もふもふ。
●
それからの数日間、冒険者達の行動は犬遣いの話の裏取りに費やされた。
何しろ、信じろと言うのも無理がある。
犬遣いこそは、つい先月、キエフの大商人であるブラヴィノフ家に暗殺予告状を送りつけ、実際に行動に移した張本人だ。エルンストの言うように、これが罠である可能性が排除できぬ内は、迂闊に動く事は出来なかった。ブラヴィノフ家所縁の屋敷に押込み強盗を働くような結果にでもなれば、それこそ目も当てられない。
まず肝心なのは、犬遣いの元依頼人であり、襲撃先ともなる相手の名前である。
隠す意味もないと言う事なのだろう、冒険者達に対して、犬遣いはあっさりその名前を口にした。
ゴルロフ交易商会当主、ウーゴ・ゴルロフ。
王宮とも取引があり、船舶、及び月道貿易を営む交易商として、大手と目されるキエフ商人の内の一人である。最近は新興のブラヴィノフに押されて左前だという噂もなくはないが、果たして‥‥?
●
「‥‥む」
天使の羽と呼ばれる、魔力を秘めた一片の羽。
それを燃やした双海の脳裏に、暗いデビルの影が確かによぎる。
顔を上げた双海の視線の先に延々と連なる、屋敷を囲む堅牢な外壁。
依頼を引き受けた時点で、犬遣いの提示した大きな屋敷の地図―――即ち、ウーゴ・ゴルロフの住まうキエフ郊外の屋敷に、早速下見に向かった双海と犬遣いの二人。その屋敷の前で、犬遣いの目を盗んでまず双海が取った行動がこれであった。
天使の羽と呼ばれるこの魔法のアイテムは、燃やす事で周囲百メートル内に存在するデビルの存在を感知する事が出来る。何しろ広い屋敷だ。この羽一つで敷地全てをカバーする事は出来ないが‥‥それでも、天使の羽に強い反応が返ってきたのは、僥倖と言えるのか、どうか。
だがとにかく、これでこの屋敷が怪しい事は明白となった。屋敷の所在さえ判れば、もう犬遣いの案内は必要ない。今夜辺り、一度内部に潜入して‥‥
「‥‥下調べにとお連れしましたが、塀の中に入るのは辞めた方がええでっせ?」
まるで、心中を見透かしたような犬遣いの声に、双海はわざとゆっくり、声のする方へと振り返る。
「―――どういう意味だ?」
「そのまんまですわ。デビル相手は、わてなんかよりも、あんさんの方が本職だっしゃろ? 姿を消し、魔法を操り、見張りが蝿か鼠かも判らんようなデビル屋敷に、大した用も無しに入っても、いらん怪我するのがオチでっせ」
犬遣いの言葉は正しい。
如何に忍びの技を振るったところで、デビルの監視網を抜ける事は確かに至難の業だろう。だが、一方で、犬遣いの言動に対する疑いは消えない。こう言って双海の事前の偵察を禁じる事で、犬遣いは何らかの企みを企てようとしているのではないか?
双海は逡巡し‥‥やがて、身を翻す。
「‥‥お前の言葉を、信じたのではないぞ」
信じたのは自身の勘と、経験だ。
邸内にはデビルがいる。まず何より、この事実を伝えるべく、双海は仲間達の元へと足を速めた。
●
ウーゴ・ゴルロフは、以前はもっと付き合いやすい人物だった、と言う噂。
‥‥つまり、最近は付き合いにくくなったという事だ。
エルンストや妙道院が街で聞き出してきたゴルロフ交易商会にまつわる噂は、どれも決まっていた。
昔は大した大店であったが、最近は他の商会に押されて左前だという事(十人中七人が、他の商会としてブラヴィノフの名を挙げた)。
当主のウーゴ・ゴルロフは、以前は外向的な人物であったが、最近は屋敷に閉じこもって、滅多に外にも出なくなったという事。その為本業の方はますます傾いているのだとか。
「‥‥その結果が、あれですか」
妙道院が池の中心の小島に立つ、その奇妙な石像に目を向けた。
月明かりの下、白い石材で作られた真新しいその像は、意外な程はっきりと細部の様子まで見て取れる。
獅子の身体に、ガチョウの足。ガチョウの頭。丸い尻尾は兎だろうか?
人程のサイズもあるひどくおかしな石像で。‥‥同時に、それはひどく邪悪な石像だった。
依頼最終日。
冒険者達と犬遣いを含む五名は、深夜、ゴルロフの屋敷へと忍び込んでいた。
事前に冒険者達が集めた情報はどれも噂話の域を出ず、犬遣いの言葉を裏付ける、決定的な証拠が出たわけではない。それでもゴルロフの屋敷にデビルがいる事が確実であるのなら、やはり放っておく訳にはいかなかった。そんな彼らをまず初めに迎えたのが、池の小島に立つこの怪しい石像だった。
「もとあった別の像を打ち壊して、そこにあの石像を置いたみたいだな。もしかしたら、祠にエレメントが祀られているかもと期待したんだが‥‥」
夜目の利く双海には、石像の足下に散乱する、砕けた瓦礫の山がはっきりと見える。彼の連れてきたウンディーネの蓮にも、特に精霊の気配を感じている様子は見られない。
エルンストの発動させたブレスセンサーが、彼に屋敷の内外の生命の息吹を伝えた。
「正門に二人、屋敷の中に七人。西側の建物の位置に、人より大きな動物がいるが‥‥多分、馬だろう。他に大きな反応は見当たらないな」
「正門の二人は警備の人よね? やっぱり、黒幕は屋敷の中かしら‥‥」
シャリンが、月明かりに浮かぶゴルロフの屋敷に目を凝らす。
屋敷に侵入した、冒険者達の目的は二つ。
ウーゴ・ゴルロフとデビルとの関連の証拠を見つけ出し、黒幕のデビルを退治する事。
しかし、事前の調査ではデビルの存在自体は判明しても、デビルの細かい所在についての手掛かりは殆ど得る事は出来なかった。その中で、唯一の確からしい手掛かりが、シャリンの使ったフォーノリッヂの呪文によって得られた情報である。
シミオン、今夜、居場所。
シャリンの指定した三つの単語で表された、未来の映像。
「窓のない、豪奢な部屋で椅子に腰掛けた長身の男‥‥多分、屋敷の映像だと思うんだけど。ねぇ、犬遣い? このシミオンって名前、本当でしょうね?」
「さあ? どうでっしゃろ」
シャリンの問いかけに、犬遣いはあっさり首を振った。
「ゴルロフから一度、シミオン様と呼ばれているのを耳にしただけでっさかいな。本名じゃない可能性の方が高いくらいで」
「ちょっと、あんたねぇ‥‥」
犬遣いの言葉に、シャリンが声を荒げようとした瞬間。近くの木立が、ガサリと大きな音を立てる!
ほー ほー ほー‥‥
「‥‥なんだ、びっくりしちゃった。ただの梟じゃない」
胸を撫で下ろすシャリン。
そんな彼女に対して、梟はぎょろりとその大きな目を離さず、さらに声高に鳴き続ける。
ほー ほー ほー!
「‥‥この梟‥‥!」
双海が忍者刀を構えた。
指輪の石に刻まれた蝶が大きく羽ばたいていることに、エルンスト、妙道院の二人が気付く。
ほー!! ほー!! ほー!!
「皆さん、気をつけて! 私の後ろに!」
妙道院がカオススレイヤーを抜いた。エルンストがウィンドスラッシュの詠唱を開始し、シャリンの身体からフレイムエリベイションの赤い光が溢れ出す。
「デビル!」
●
暗い屋敷の廊下を、冒険者が走り抜ける。
池の畔で梟に擬態したインプに見付かったのを皮切りに、出るわ出るわ!
デビル自身が姿を変えた動物と、そのデビルの使い魔である動物達。何しろ、どちらも見かけは共に動物の姿なのだから、尚更性質が悪かった。両者による、執拗な追跡を振り切れない。
既に、忍び歩きをする意味は失われていた。
事、ここに至っては速攻あるのみ!
「その角部屋、ブレスセンサーの反応が人間三体分!」
走りざま、エルンストが先を行く双海と妙道院の二人に声を掛ける。
既に一行は、屋敷内の人間の内、三人の使用人達と、一人の警備兵を当て身と春花の術によって眠らせていた。残る人間は、目前の部屋の三人のみ。
ドガンッ!
部屋の扉を蹴り開けて飛び込んだ妙道院に、左右から剣撃が襲いかかる!
「甘いですよ!」
待ち伏せを予測していた妙道院のカウンターアタックが、剣を振るう男達を弾き飛ばし、続いて部屋に飛び込んだ双海が、倒れた男達に素早く当て身を食らわせていく。
「ひ、な、なんだお前達は?! ブラヴィノフの意趣返しかっ?」
三人の反応の内、最後の一人。初老の男が、部屋に飛び込んできた一行に、怯えた声を投げかける。
犬遣いから事前に聞いていた特徴と合致する。この男が、ウーゴ・ゴルロフ本人で間違いはないだろう。
しかし、冒険者達は誰もゴルロフに視線を向けようともしなかった。
窓のない豪奢な部屋で。
‥‥ブレスセンサーの反応を返さない四人目の男が、犬遣いと冒険者達を前に、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
●
「犬遣いか。やはり、人の暗殺者など使うべきではなかったようだな。飼い犬に手を噛まれるとは、まさにこの事だ」
長身の男は、その冗談が気に入ったのか、しばし笑う。
突如闖入してきた冒険者達を前に、怯える様子もない。
「それに、後ろのお友達は冒険者だな‥‥成る程、どうやら潮時のようだな」
「そ、そんなシミオン様! お待ち下さい! それでは、ブラヴィノフを蹴落とす、私との契約は‥‥」
「ああ、私としても残念だよ、ゴルロフ」
必死に縋り付こうとするゴルロフを、シミオンは手荒く蹴り飛ばす。
ガチョウの足で。
デビルとしての本性が露わとなった、池の石像そのままのシミオンの姿。
床に倒れ伏したゴルロフに、ガチョウの嘴でシミオンは告げた。
「契約は、ここまでだ」
言葉と同時に、シミオンの身体が正視出来ぬ程の強烈な光に包まれる!
「‥‥ダズリングアーマーか?!」
双海と妙道院の二人が光に目掛けて斬り込むが、当らない。
二人の攻撃を躱し、昼の太陽よりも尚眩く輝く光球が、部屋の扉から外の廊下へと飛び出していく。後を追って部屋から出ようとするシャリンとエルンストの前に、二匹のグレムリンが立ち塞がった。
「もー、邪魔だったら!」
シャリンとエルンストの呪文がグレムリンを打ち払い、駆けつけた妙道院、双海らの剣によって二匹の下級デビルが塵と化すまでに掛かった時間は、ほんの数十秒。
だが、輝く光球が夜空の向こうに消えるのには、それで十分であった。
●
夜明け。差し込む曙光の中、冒険者達はデビルの消え失せた屋敷を後にしていた。
例の部屋で双海の見つけた、暗殺者と、そしてデビルとの契約を示す羊皮紙。これを然るべきところに持ち込めば、ゴルロフ交易商会は終わったも同然であろう。
惜しむらくは、黒幕であるデビルを取り逃した事と‥‥
「もふもふが、もふもふが‥‥」『もふもふ‥‥』
シャリンが、フレアと共に肩を落とす。
‥‥丸次郎が、犬遣いがと共に姿を消した事だろう。
返す返すも、残念だ。